03.ツバサ持つ者たちの |
オレと彼女はもともと“縁”があった。 だからきっと、爺様が願わずとも、オレはこの“地”に来ていたのではないかと思う。 次元の魔女のシンボルは蝶。 その蝶は、きっと時間も時も超えて羽ばたいているのだろう。 -- side オレ -- 魔女の名前は侑子というらしい。 オレはまだ本調子ではないようで、眠っては起きるというサイクルを繰り返している。 しかし眠ると言っても普通の眠りではなく、何日も何週間も眠り続けていることもあるようだ。目が覚めるのは不定期。 侑子いわく、強い“ちからあるもの”に触れてはだめだそうだ。 触れてしまえば、せっかく修復が進んだ魂がまた砕けてしまうのだという。 砕けるというのはよくわからないが、どうやらそれはオレが眠っている間のことをさすようだ。 寝てる間の記憶は特になく、起きれば前回目が覚めた時よりずいぶん体が軽く感じていたのは魂の修理がうまくいっている証拠らしい。 オレの指には、あの契約の日を境に、海のように青い透明な何かでできた指輪がある。 これは、オレの魂の死とひきかえに、オレから切り離したロジャーの魂を視える形にしたもの。 この海の色は、ロジャーの魂の色なのだと思う。 尚この指輪がある限り、オレは転生しても前世の記憶をしっかり持ち、前世の能力も前以上に制約に囚われず使えるようになるというおまけつきだ。便利だね。 とはいうものの、いつだかの《能力を付与する納力》事態も代価のひとつとして持っていかれたようだから、これから使える能力はかなり限定されてしまっているようだが。 さて。 この完全に、あからさま過ぎるほど異空間に立つ、客も店主もやることなすこと全てが“異常”なこの店で過ごして・・・・えっと、たぶん数年がたったわけだ。 いまだに借金分の代価がどれだけ残っているのかも、そもそも今も人型をしている時点でなにかしら追加の代価が発生しているのではと不安になるが、とりあえずオレは侑子さんがあきるまではここでバイトだ。 っで、目が覚めたとき、たまたま料理を作ってやったら・・・オレの料理に侑子さんがつれた。というか、気に入られた。 おかげで、「にがさないわよ〜おいしいごはん!」とさけばれ、しがみつかれたのは記憶に新しい。 そんなわけで今日も買出しに行ってさばを買ってきたので、さばの味噌煮にしようと家の玄関をくぐったところで―― ボス。 顔面から何かに衝突した。 子供のままの身体はあっけなくはじけとばされ、オレがしりもちをつくハメとなった。 オレがぶつかった相手もそうとう驚いたようで、ん?あれ?振りい向くことなく悲鳴を上げて頭を抱えられたんだけど。これはどういうことだろう? 『あ、えっと・・・』 「お帰りなさい。今日の収穫は?」 『あ、ただいまユーコ。さばが安かったんだ』 「まぁ!すてきね!酒もあると最高よね」 『なぁ、ところ。っで。ユーコ、こいつどうしたんだと思う?』 「幽霊でも見えるんでしょうよ」 『あー。いるよね。ユーコのところに来る客の一番相談事って徐霊関係本当に多いよな。たまに変なの来るし』 「ふふ。貴方も十分変よ赤獅子さん」 『わぉ。それ“前の世界”で呼ばれていた呼び名だね。本当にユーコってばなんでも知ってるな〜。どうでもいいけどそのお客さん、オレに近づけないでね』 「当然でしょ」 うずくまっていた眼鏡の青年をまたぎ、館から外緒に出れない侑子のかわりに捕獲してきた戦利品をみせ、今日は日本酒が飲みたいな〜と台所に向かった。 オレのあとを、ヒラリと青い光をまとった蝶がふわりとおいかけてきた。 『爺様、今日はサバの味噌煮だよ。オレお神酒のんでもいいかな?』 肩にとまって存在をアピールするような黒い蝶に笑いながら、オレは今日は豪勢にしようと思った。 契約を交わしてから爺様、ロジャーは、オレにある程度“力”があるとそれを糧に具現化するようになった。 具現化とはいっても一瞬で、そのときばかりはオレの左手の薬指から指輪が消える。 同時に、オレに彼を顕現できるだけの力がないと――― ブツリとTVの電源を切ったように視界が真っ黒になる。 ふいにドサリと鈍い音が聞こえて・・・ ああ、またやってしまったと思った。 今度の眠りはいつ目覚めるだろうか。 つか、買ったサバをせめて冷蔵庫に入れてくれ!!!たのむだれか!食材を・・・・ * * * * * * 暗い水の上。 ピチョーンと鳴り響く水滴の音。 側にはアルバムがたくさん浮いているのを確認し、どうやら自分はまたずいぶんと深い眠りの世界にやってきてしまったのだと知る。 この真っ暗な世界は、オレの精神世界。 何度この場所に足を踏み入れたことか。 深く深く沈んでいくようなそんな情景の世界。 あまりの陰鬱とした雰囲気にあきれ、胸の中に詰まった不快感を吐き出すようにため息を大き目について、よっこらしょと上半身を起き上がらさせる。 しかし水に滑るのか旨く立てずまた水面に沈む。 みかねたのか、青い光をまとう黒い蝶が、水面の下から飛び出してきて、オレの前までくるとフワリと人型を取り、手を差し伸べてきた。 『爺様、あんた・・・契約してから随分とアクティブになったな』 《そこは喜んでおけ。それとお前に客人だ》 なんだか動かしずらい身体を爺様のたすけをかりて立ち上がる。 ロジャーが正面の空間を見て手を掲げれば、真っ黒な空だと思っていた景色がはばたいた。 背景が蝶になって飛び立つ。 そして黒から蝶、白へと空間が変わっていく。 そこはたくさんの白い羽が空から舞っている世界だった。 [コンニチワ。カミサマ] 背に翼の模様の入った白い服をきた人物が、ふわりと笑みを浮かべて振り返り、来訪者たるオレたちを歓迎してくれた。 気付けばオレの側にロジャーの姿はなく、オレは真っ黒な服を着て、左腕に青い蝶の刺青が浮かんでいた。 あの白いやつが鳥であるのに対し、真っ黒なオレは蝶だ。 空間も色もすべてが真逆だ。 でもお互い、その身に“ツバサ”を持っていることには違いない。 [カミサマ・・・あの■に■えた?] 『ああ。それでお前は?探し物はみつかったか“ツバサ”?』 [■■■を■■■■ぇ■■■■■■ぃ■■■■■て] 『それをオレに頼むのか?お前はすでにオレと契約している。その代価を“オレが払う”とも約束した。いま、お前が言ったその願いをオレに望むということは、あの契約にさらに追加される。お前たちにまだ支払える代価はあるのか?』 「・・・・■■■みたい」 『すっかり次元の魔女と似たようなことを言うようになったと思っただろお前。だが世界が成り立つために必要なものだ。願いをかなえるために“使った”ものをそのままにしておくと、“そこ”に穴が開く。その穴を防ぐためには変わりのつめものが必要なのさ。それが代価だ』 オレは優秀な生き物でもなければ、この世界の住人でもない。 神とはいえそれはすべて別の世界でのこと。 オレのできることは本当に少ないんだ。 夢を伝ってこうして会いに来てくれる者がいる。 けれどオレには“ツバサ”の今回の願いをかなえてあげることはできない。 だってオレはすでに“ツバサ”から、“願い”をひとつ、たくされているのだ。 この“願い”があるから、いまだに魂の回復が完全に終わりきらない。 どうも侑子はこの先に起こるであろう“何か”が変わる未来がみたいらしく、「イレギュラー」であるオレならと、絶対的な必然と運命というサダメからはずれた未もしかすると次元の魔女である侑子はなにかしら気付いているかもしれないけど、オレと目の前の白い存在との会話を見て見ぬふりをしてくれているのだろう。 侑子はいつも未来というものに期待している。 白いこいつとオレの邂逅さえ、侑子にはかすかな希望になるのなら、構わない。 ま、難しい話はどうでもいいよ。 問題は目の前。 オレの目の前には、大人が守るべきこどもがいる。 しかも眉を八の字にさせて、必死で泣くのをこらえようと踏ん張っている強がりな子供だ。 困ったように泣きそうなその顔の“ツバサ”をひきよせ、そのまま頭を撫でてやる。 するとそいつが顔を上げてオレをみあげるが、くしゃっと顔をゆがめていて・・・ 『ああ、もう!泣きたいなら泣け。ここにはオレたちしかいない』 「・・・デモ、ロジャー、サン、イル」 『あいつのことは空気と思え』 泣けばいいんだ。 夢の中ぐらい泣いてもいいのだと何度も何度も言い聞かせて、“ツバサ”から涙を引き出す。 こうでもしないとこのこどもは決して泣かないのだ。 こいつはいつも傷だらけでくるか、泣くのをこらえる。 オレは転生しまくってるからね。魂でいうなら大人だ。 ポンポンと背中をさすってやれば、しだいに腕の中から「ヒック」「ひっく・・・うぅ・・・」と微かな鼻をすするような音とかすれた声が漏れだす。 『願え。 願い続けろ』 ここは夢の世界だから、実際にこの子をたすけてやることはできない。 いまはお互い体がない生身体だ。 このまま“ツバサ”のもとにいってやること、も触れることも認識することもできないだろう。 オレはなにもこの子にしてやれることはない。 “今”は―― その小さな背を撫でてやる。 こいつの目が覚めるまで側にいてやること、こいつを泣かしてやることしかできないから。 だから今だけは存分にこいつを甘やかすのだ。 なぁ ツ バ サ オレもお前も い つ か ―― 自由に“飛べる”ことが できれば いいのにな |