野を駈ける鹿は眠り姫の夢の中
- HOLi C -



04.カミサマと願い事





四月一日が顔を見せるようになったときには、すでにその“こども”は 〈店〉 にいた。


その存在に四月一日君尋(ワタヌキキミヒロ)が気づいたのは、バイトとしてそこで働くことになって数日後のこと。
侑子に《霊感困ったちゃん》とまでいわれた四月一日が、数日もの間気付かなかったが、“こども”はたしかにソコにいた。





 -- side 四月一日 --





自分が気付いたときには、もうこどもはそこにいて、この店の主人がいうには、自分がここを訪れるよりも遥かに前から“あれ”はこの屋敷に存在していたらしい。
こどもは、マルやモロのように、侑子さんに何かを頼まれることもなく、ただそこにいるだけ。
一日中縁側の隅の方にいて、そのほとんどを寝てすごしている。
だからマルやモロが、ふとんをかけてあげていたりする。

「侑子さん、あの子は?」

侑子さんは自分の視線の先をたどり、縁側で丸まっているものをみて眉間にしわを寄せ、首を横に振った。

「だめよ四月一日。あなたは、あの子に触れてはだめ」
「まさかあやかしのたぐい・・・」
「いいえ。
でも、そうね。これから長い付き合いになるでしょうから話しておいた方がいいわね。
あれの目が開いていても、彼が起きているわけではないの。魂は常に眠っているの」

“いまの”アレには、魂があるけど、ないのと同じ。
マルとモロと同じ。
だからこの屋敷を出ることができないの。

侑子さんの言葉に、目を見張る。

「みためは、そうね、たしかにひとのこども・・・だけど。
アレは神。ふつうの獣だった彼は、神々の森で天寿を全うし神聖なものに近くなってしまった。
けれど壊れかけてるの。だから四月一日、触ってはダメよ。また壊れてしまうわ」

あんな小さなこどもが?
神様?

ってか、神様とか本当にいるのかよ!

「四月一日には“アレ”はどうい視えるのかしら」
「え。どうって・・・」

ただの人間のこどもにしかみえない。

癖が強く外にあちこちはえた赤い髪に、こども用の黒い和服の衣装に身を包んだ姿は、どこをどうみてもただのこどもだ。

だけどあれは人ではないのだと思えば、なんとなくその存在に“ひとらしい”感じがないことに今更気づく。

いわれてみると、彼は寝てはいないのだろう。
横になったままのこどもは眠っているのではなく、たまに目をあけては閉じてを繰り返していたりする。
しかし金に近い明るい黄緑の瞳はうつろで、表情もなく横になっているだけの姿を見ていると、 体だけそこにあってまるで中身が入っていない――そう人形のようにも思えた。

「神さま、なんだ・・・」
「ひとではないことはたしかね」

侑子さんはあのこを人でないという。
けれど悪いものではないらしい。
むしろよいものに近いとか。

ふいに視線を感じてそれをたどれば、あの子と目が合った。
“合った”といっても、実際彼の瞳に意思は感じない。 彼はいつのまにか上半身を起こしていて、まるでなにかの反射運動の様に縁側から身体を乗り出すようにしておれに手を伸ばしてきた。
周囲の状況が見えていない、というよりも、認識していないのだろう。
ぐらりとこどもの体が揺れ、縁側からその身体がかたむき――

「あぶない!」

そのままこどもがおちてしまう。そう思って、とっさに手をのばそうとしたら、側にいた侑子さんに襟首を引っ張られ、縁側とは逆の遠くへほうりなげられる。

「だめだといったでしょう」

そこでハッとする。
無意識に助けに行こうとしてしまったが、それは“触れる”ということ。

あのこどもはどうなったのだろうとみやれば、マルとモロがささえていた。
それにほっとするも、深い色の目にギクリと身体が固まる。
こどもは相変わらず、おれにむけて手をのばしていた。
その目にはひかりはなく、なにかをあきらめるような、なきそうなかお・・・

色に、その深い色合いの目にとらわれそうになる。

――っと。
ふいに影ができる。
彼の視界からかばうように、彼そのものから距離を離すように、侑子さんがおれをその背にかばうようにして、おれの前に立ったのだ。

『         』
「セカイなら側にいるわ。
これは四月一日。あなたのじゃないの」

おれには声は聞こえなかった。

けれど侑子さんには聞き取れたようで、その言葉に戸惑うような表情を見せた後、こどもののばされていた手がとさりと軽い音を立てておちる。
そのときなぜか、そののばされた左手の薬指にはまった青い指輪に目がいって、離れなかった。

触れてはいけないこども。
人の姿をしているけど人ではない者。

神様。


侑子さんは相手が今度こそ動かなくなったをみて、そこではじめて肩から力抜き、溜息を吐き出す。
なんだか侑子さんが緊張するなんて、らしくない気がした。

「たまにああやって起きるというか、動くけど、“わたしたち”は彼に触れられない。死にたくなければ触らないことよ」

マル、モロと彼女たちの名を呼び、こどもを室内へと運ばせる。
なぜ侑子さんもおれも彼に触れてはいけないのかが分からない。

たぶん彼が“ひとでない”からだと思うけど・・・。

その日は少しだけ違和感を感じた。





* * * * *





彼を一度認識してからは、彼がこの屋敷にいるというのをきちんと“みえる”ようになった。

たまに起きているかと思えば、ボォーっとしてるだけで、そのまま一日中縁側に座っている。
あとは寝ている。

あとは・・・・・そう、動物。
うらやましいと思ってしまうほどに、彼の周りには動物が集まってくる。
まるで動物と話せるのではないかと思えるほど、こどもの周囲には動物が集まっていて、気付くといなくなっている。
動物たちはいるべき場所に帰ったのだろうとのんきに思っていた。

まぁ、おれは彼の声を一度も聞いたことがないんだけど。
むしろ声が出ないんじゃないかなと思う時がある。


あ、ほら。また生き物が寄っていく。
いまなんか黒い蝶をまとわりつかせていて、寄ってくる動物に手を伸ばしている。

ん?動物?

鳥とかウサギかと思っていた小さな生き物は、よくよく目を凝らしてみれば、みな異形の姿で――


『         』


こどもの姿の神さまとやらが手を伸ばせば、小さな異形たちは側によっていく。
そんな小さな者たちにこどもは何かを話しかけるが、やはりこちらまで声は聞こえない。

そうしているうちにこどもが触れた生き物が光となって消えていく。
それに目を丸くしていれば、

いつのまにか横に侑子さんがたっていて、あの現象について教えてくれた。

「侑子さん、いまのは?」
「もう寿命だった子達。その子たちの命を奪ったのよ」

命を奪う?
物騒な話だ。
どういうことだと首を傾げれば、侑子さんの口から《命の神》がどんなものなのか答えがかえってくる。

アレの真は、次の太陽の神。

「けれど“アレ”は太陽にはなれずに死に、そして赤いシシとして蘇った。
生まれた先で“アレ”は《命の神》にみそめられ、その後継者となったの。
もう“アレ”は太陽の神ではなく、《命の神》になってしまった。
だから・・・アレは命を与えることもあるけれど、同時に奪う存在でもあるのよ」

だから触れてはいけないのか。
壊れるとは、触れた側が命を吸われるとそういう意味だったのか。

「どうかしらね」
「え」

命を与え、奪う。それこそが命の神の正体。
それが目の前のあのこどもの姿をしているものだという。

「壊れるのは“なに”かしら?」
「奪われた魂って意味じゃないんですね」
「神に命を吸われた者たちの魂はどこへいくのか。それはわたしにもわからないわ。
そして“アレ”のことも。
神々の森で天寿を全うしたとき、いいえ、もっと昔に“アレ”は壊れていたのかもしれないわね。
もう“アレ”がどういうものなのか誰もわからない。
人なのか神なのかそうでないのかも。
ただ願いのために生き続けることを定められた魂。
死ぬことを許されないから、魂が砕けてしまっても生きるために、治すために“ここ”にいるのよ。
・・・四月一日、アレに触ってはダメよ。
わたしやあなたのような者が触れれば、壊れてしまう。
それに、その命を奪われたくなければ・・・アレに触れてはいけないわ」

なんて壮大な話だ。

おれが侑子さんの店に足を踏み込んでから、知らないことをたくさんしった。
境界、願い、等価交換。

いままでよりもずっと・・・おれの世界は広がったように思えた。

はたしてそれは本当なのだろうか?



祈りこそ信仰。
だから“かみさま”は、意外とひとのにちかくにいるものらしい。





* * * * *





「まだ起きるのは先だと思ったけど」
『言の葉を、たくされた』
「そう」

夜、眠れなくて起きてしまった。
立ち聞きなんかするつもりはなかったけど、初めて聞こえた声に思わず足を止める。

そのたどたどしい声で、“侑子”と彼が彼女の名を呼ぶ。

知らない声。
だけど庭先で話している二人の姿を見て納得する。

話せないとばかり思っていた子が話したのだ。

そのことにちょっとうれしいと思ったけど、彼の隣にいた侑子さんの顔を見て、その感情を引っ込める。

『・・・ぅこ?ゆーこ、ゆうこ。ユウコ。ゆ・う・こ・・侑子。ああ、そうか。次元の、魔女か』

侑子さんの名を呼ぶごとに、彼のその目に知性の光が戻ってくる。
言葉の練習を繰り返すような彼に侑子さんは口を挟むことはなかったが、こどもの様子をよしとはしていないようで、眉を寄せてこどもをみつめていた。
あの神様を見る侑子さんの表情はいつもすぐれない。

『まだ頭がはっきりしていなくて、すまない』
「どうせまた眠ってしまうのでしょう?いいわ、いまのボケは忘れてあげる」
『それはありがたい。
まぁ、“眠る”――それだけですめばいいんだろうがな。
ちょっとややこしいことになりそうだ』

「・・・“わたしのこと”を知っているのね」

『ああ。“■■■”からきいてる。
けれどもっと"違う場所″への切符を君に届けると約束しちゃってね』
「!?」

『“別の未来”をたどった貴方をこの先のオレは知っている。“羽持つもの”が貴方の願いをかねてくれるよ』
「それはあなたじゃないの?」
『“蝶”というツバサをもつ同士オレと君との縁は深い。それが“ひとつしかない未来”を破壊する標となるんだってさ』
「そう・・・」

『どうせあんたは“知っている”のだろう?結末を・・・・・だって、それが貴方の願い』

「わからなくなった。あなたがきたから」
『ふむ。ならとっておきの呪文を教えてあげようか』
「え」


『"大丈夫″』


『その魔法があれば、“二人”は大丈夫なんだそうだ。だからこの』


彼は何かを続けようとしたが、話の途中でふいに瞳からふっと光が消え、何か痛みを抑えるように体を丸めて倒れこむ。
戸惑うように周囲を見渡すが、しょせんおれは覗き見をしているような状態。
それに彼に触れてはいけないと言われている。
どうしようかと思っていたら、クイっと袖を轢かれる。
どこから現れたのかマルとモロが、辛そうに八の字に眉を寄せて立っていた。
自分はどうしたらいいだろうかと視線で問えば、ふたりには首を横に振られる。
彼女たちはそっとおれに部屋に帰るように指示すると、トテトテと軽い音を立てて侑子さんとこどものもとへかけていった。


ふたりを見送った後、すぐに踵を返した。
侑子さんとこどもは二人に共通する何かがある。
ああ、わからない。
けどいまの二人のやりとりは覚えていないといけないと、なぜかそう思えた。
だから部屋に戻ったらいまみたことを整理しようと、その光景から目をそらす。



だからおれはしらなかった。

こどもが最後におれが隠れていた方を見て、それはそれは花が開くように慈愛に満ちた目で笑ったのを。



そして侑子さんが―――と、言ったのを。





偶然なんか存在しない。
あるのは必然だけ。

侑子さんがいつも言っている言葉だ。

もしここでおれがこの光景を目にしたことに“意味”があるのだと、もっと早く気付いてれば。
そうしたら・・・

何かがもっと早く動き出していたのだろうか。




そうすれば“切符”を彼女は受け取ってくれたのだろうか。





 















「せっかくなおったのに。“わたしたち”のためなんかに・・・無茶をする。また壊れてしまったわ」








――世界を変える代価にはまだ遠い










<< Back  TOP  Next >>