01.死んだ赤獅子と壊れた海の欠片 |
-- side オレ -- パキンと音がした。 なんとか繋ぎ止めていたものが粉々になる感覚。 なにか大切なものがオレの中から抜けていき、オレの今までのすべてが何処かへ落ちる途方もない焦燥感。 それでも無意識に散った欠片を集めて、これ以上零れ落ちないように必死に抱きしめた。 何か優しくて大きくて暖かいもの。 潮のにおいのする“ソレ”は、青い色を持っていたはずで。 蒼くて、あおくて―― “ソレ”もまとめてこの欠片の中にあると信じて、必死に欠片を抱きしめる。 けれど必死こいて腕の中のものを抱きしめている自分にはゆとりがなくて、結局“ソレ”を逃がさないようにつかんでいると思っていた自分が“ソレ”に抱きしめられていた。 ふわりと潮の香りがした気がした。 ********** 次に目が覚めたとき、自分が自分だということ以外はよくわからなくて、いろいろごちゃごちゃした記憶を抱えたままに、獣に転生していた。 赤い毛の鹿。 角は立派で、ひとの主がいたんだ。 その世界は森と人とが暮らしていた。 森にはたくさんの動物の神々がいて、でも森の側には人が住んでいた。 それで人と森との争いが起きて、一時保留ってことで決着がついた後は、オレの主はその行く末を見続けることにしたらしい。 主がそこに残るというのなら、ついていくかぁ〜ってことで、一緒にオレも森にとどまった。 オレは鹿だから、主のいる邑と森を行き来する暮らしだった。 だって人の馬小屋になんかつながれてるのは、オレにはせまいし動きたいじゃないか。 そんなわけで森では命を司る獅子神様という一番上の神様と、まったり日々をすごしながら、会話をすることが多くなり―――。 オレは鹿としての一生を終えた。 ********** 生前オレは鹿科の生き物で、森で生きるものと人との流れを見守っていた主アシタカと共に暮らしていた。 まぁ、しょせん鹿なので、ひとよりは長く生きることはできなかったが。 何度目かの――――気がついたら。 鹿として死んだ筈のオレは、どこかの和風な家の庭先で横になっていた。 彼女は己のを魔女と言い、オレに言った。 「人の言葉を話せないなんて面倒ね」 そうして魔女は、鹿なのでしゃべれないオレに、「面倒」の一言でオレを人間にした。 「あなたと“彼”の魂は私が預かったわ。 しばらくはここでその壊れた魂を直すことだけに専念しなさい」 “彼”? それって――青い、青い、海のこと? 「・・・・?・・・???」 あれれ?おかしいな。 いま、なにかを言おうとしたんだけど…。 人間の言葉はわかるが、口を動かしても音が出ない。 たしか、いつだか自分は人間だった気がするのだけど、しゃべり方も話し方も思い出せなかった。 魔女はそんなオレに、しょせんひとでないのだから無理はしてはいけないという。 喉の構造が違うんだって。 のど? はて…むりってなんだろう。 おれってなんだろう。 そうそう、鹿だ。 赤毛の立派な角の生えた鹿。 ああ、でもなにか大切ものがあったような気がするなぁ。 まだそれがここにあるのはわかる。 だって胸が温かいもの。 けど、ちょっと思い出せない。 寝れば、直るのかな? 魔女も無理はダメっていってたし。 あれ?むりってなんだ? おれってだれだ? 「おれ」っていうのはどういう意味だっけ? いみってなんだ? 空、キラキラしていて綺麗だな 青くて 蒼くて あおくて―― 海、みたい・・・ うみ? なん、だっけ・・・・・ まぁ、いいか。 |