死んで死後の世界にたどりつき
- B LEACH -



05.ひとつだけ。君に嘘をつくとして





 -- side オレ --





 誰かに呼ばれた気がして、目を閉じた。
次に開いたときには、そこは現実空間ではなく、心の姿を映した――深層心理の領域。


「ここは……。

オレの“なか”か」


 ――まず目の前に広がったのは、暗闇の世界だった。

 宙にはまるで天井から糸でブル下げられたように、無数の本が浮いている。
周りが暗すぎて、天井も壁があるのかも何もわからない。
足元まで暗く、なにも見えないが、たしかに足の裏には地面を踏んでいるような感覚が伝わってき、オレはここにまっすぐ立っているのだと理解する。
視界に入るのは、宙を好き勝手な高さに浮かぶ本ばかり。
それ以外見える物や遮るものはなく、暗闇だけがひろがっている。
けれど歩くたびにポーンときれいな音を立てて白い波紋が生まれるので。やはり地面はあるのかもしれない。
 そこで足元ばかり見ていたせいで、宙に浮いていた本の角に頭をぶつけた。
痛みは・・・無視できるぐらいだったから無視した。
とりあえずその痛みの元たる現況を睨みつける。ふと本が思ったより大きいことに気付く。
やたらとでかいなと思っていたそれを手にとり、好奇心に負けて中をひらく。
それらは本ではなくアルバムだった。
どうやらこの世界に浮いている本のすべてが、写真という名の思い出がおさめられたアルバムのようだった。
 開いてみると、切り取ったワンシーンではなく動画のように映像が動いている。
どこのハ○ポタ世界だよとか思ったが、深くは追求しないことにした。


「・・・オレの記憶か」

 パタンとアルバムを閉じる。
手を離すとアルバムは落ちることはなく、フワフワとまた宙に浮き、そのまま何事もなかったように動きを止める。


「またな」


 オレは、今日は用がないそのアルバムに挨拶するように手を振ると、目的地を目指す。
招待状が来たわけでも案内板があるわけでもない。
けれどこのままいけばいいのだと感覚で理解し、足を進める。
この先に何があるのかは、誰が待っているのか何もわからない。
しかしここはオレの精神世界。
そんな場所にこれる、あるいはいる存在。待ち受ける者の予想ぐらい、たやすく想像できた。



 ピー・・ン
ポン
ポーーン

 世界は楽器のように、オレが歩くたびに音を立てる。

 歩き続けてどれくらいか。
オレはふいに現れたそれに、足を止めた。
それにより、空間に響き続けていた音が、オレの動作と共にとまる。

 たどりついたのは、一つの扉の前。
ためらうことなくあけると、そこは“オレの原点”たる記憶が広がっていた。
 赤い髪をしたこのオレの原点は、《HUNTER×HUNTER》世界で【黒筆 (クロフデ )】として生まれた時。
扉を開けた先に広がった光景は、が生まれ、育ち、家族と暮らした生家であった。

ハッとして、ふりかってみるが、案の定もう扉はない。


 先程の暗闇だけの世界が嘘のようにこの空間は明るい。
古いが立派な日本風家屋。木々の合間を縫って差し込む温かい日差し、晴れた青空と庭を見渡せる縁側。
庭には、オレの記憶のままに、整った林が囲いを作り、ちょうど春まっさかりなのか、花も緑も匂いたちそうなほど深く色付き、庭の隅にある老いた桜が満開だった。
暖かな日に照らされ、風は甘いにおいを運ぶ。
穏やかで優しい空間だった。
しかしそれがオレには“寂しい”としか・・・思えない。

「趣味がいいんだか悪いんだか悩むな」

 ここは懐かしい。
ここを選んだのは、趣味がいいと言える。
なにせオレの、の“原点”なのだ。家に戻ったようで落ち着くと、普通なら思っても間違いはない。

 ただ、あまりにも記憶のままだから。
よけいに、哀しいと思えたんだ。
音が…そこにはなかったから。
人の気配も動植物の息遣いも、なにも…ない。
 ふだんは父様、母様がいて、ヒソカの笑い声が響いていた。
この場所にはいつも“黒筆家”のだれかがいたし、近くにある道場からは、父さんの門弟たちが竹刀を打ち付ける音が、迫力ある掛け声とともに常に響いていた。
だから鳥の声一つしないこの空間に、オレの心は悲鳴をあげそうになる。

 こんな場所知らない。
こんな場所に長居をしたくない。

見える物に懐かしさを覚えはするが、それだけだ。
 笑い声が響いていた記憶がオレの中でリピートされるが、目の前には形だけの光景。
なにもない家。
 過去と今があまりに違いすぎるて、でもあまりに同じで、どちらが“今”なのかわからなくなりそうだ。
そうして遠近感もあやふやになりかけ、ここはただ記憶が反映されただけにすぎないのだと、否応がなく理解してしまう。

見回してもどこにも懐かしい人たちのぬくもりを感じることはできない。

 これほどまでに春を投影しているというに。
これほどまでに陽だまりのなかにいるというのに。

それこそれが、オレには物寂しさを引き立たせているようにしか思えなかった。

 音がないと逆に耳が痛くなるのだと誰かが言っていた。まさに現状がそれだ。痛いほどの静寂に、泣きたいのか笑いたいのか……浮かんだのは苦笑だった。
 さもすれば、このまま膝をついて大泣きしたくなったが、そんなオレの来訪に気付いた夜宴が、チョイチョイとその小さな人形の手で手招きをし、オレを呼んだ。
誘われるままに縁側に腰を下ろす。

 ここにはオレと夜宴以外いない。
人気がない。
生き物の気配もない。
これは幻影?まやかし?
ただの記憶が再生されているだけだとわかるから、会いたい人たちのいないむなしさを、ひとりで受け止めなくてはいけない。
こうやって懐かしい光景が目の前にあるから、よけいに寂しくて寂しくてどうしようもなくなってしまう。

きっとこの庭の向こうには、いつもオレを追いまわしてくれた恐竜モドキたちがいた森はなく、先程までのあの暗闇が広がっているのだろう。



「ここはたしかにオレの中なんだな」

『メェ〜。泣くかマスタァ?
泣くのも・・・ここではダレも。とがめないメェ』

 ここはマスタァが大切に思っていた場所が、形としてみえているだけ。と夜宴は言う。
夜宴は斬魄刀の分身。斬魄刀はオレの半身。
そうやってオレが喜びそうな光景を呼び出したんだろう。
斬魄刀である夜宴はオレをオレ以上に知っているから、この場所を話しをするために適切だと選んだのだ。話をよりスムーズにするための、春という演出にすぎない。
 ここが現実でないなんて、わかってる。
だって、オレの記憶は、すべて宙に浮くあのアルバムたちの中にしまわれているのだから。
もう、それらは戻ってはこれないのだから。
なくしたものは、過去は、戻りはしない。
あるのは「今」だけ。
そう。これは一時の“場所”にすぎない。

だから・・・



――泣かないよ。

泣けないんだ。





**********





 そこはいうなれば、オレの精神世界の中に作られた、斬魄刀の思い描く別の空間――オレの中の“中”。
オレと人形のような黒い羊姿の斬魄刀が作り出した空間で、縁側に腰掛けて桜を見ながら明るい日差しの下で、まったり茶をすすっている。

さっきまでのシリアスはどうした!?って気持ちになるけど、そこはそれ。

気を紛らわせようと茶を飲むぐらいいいだろうが。

 オレが一息ついたのを見計らったように、庭先で小鳥が歌う。
桜が風にあおられて、雪のような花びらを降らす。
想い描けば、この景色はいくらでも変わった。
しかしそこに“登場人物”が増えることだけはなく――。
なつかしい。

 いまからでは何十年、ああ、もうそろそろ百数十年といった方が正しいか。
オレが死神になって百年はたっているし、そうして死ぬ前にも30年以上は海賊をやっていたし、それ以前の前世もある。
鳥の声を聞きながら、思わず息をつく。

オレって、こんなところに住んでいたんだなって、少しの郷愁の念と暖かさを感じて笑う。

 本当にオレって転生やらトリップばっかだ。
いつになったら、本当の“終わり”がくるのやら。
先は長そうな気がする。

こういう勘ばかりがあたる。たまには良い方を当ててくれよと、そんな自分が恨めしくなる。

 こうも目の前に懐かしい光景が広がっていると、嬉しいよりもつらい。
だれもいないこの場所は、オレが今ひとりなんだって思い知らされるようで、こわいんだ。
横に夜宴がいるけど、この人形のような顔の表情筋が動くことはないし、オレの分身とはいえ心を完全に理解しているわけではない。
だからか、さっきから頭が変なことを考える。

終わりはどこにあるのだろう?とか。

一人は寂しい。
もう置いて逝くのもおいていかれるのもたえられそうにない。
転生というこの果てのない旅を終わら去られたらどれだけ楽だろうか。

過去は戻らない。
失ったものには手が届かない。

生きているからさびしいと思うんだ。

わかってるよ。そんなことわかってる。
だれにいわれなくとも――



 なんだか本当にたまらなくなって、冗談交じりに夜宴に聞いてみた。

「ねぇ夜宴」
『なんだメェ』

「君はオレの側にずっといる?いなくならない?」

 死はひとをわかつ。
側に居てくれる者とは、長くはいられないのが常となりつつあった。
 オレはそうやっていつも誰かを置いて逝く。
そうして自分を知る者がいない世界にいくのだ。
 でも、よっぽどオレは世界に嫌われているのだろうな。
この世界はそもそもが“死後”だから、もう死んでいるわけで、早死にするという単語も色んな意味でどこかおかしいような気がするけど。

 それでもね。
なにもない、静かな空間にいると、人の心はどうしても弱っていくものだから・・・。
オレだって、そこまで強くはないんだよ。


 半身である斬魄刀にはオレの気持ちはきっとわかってしまうのだろう。
 それでもたずねずには、いられなかった。
穏やかでありながら、静寂も同時に広がるこの空間だからこそ――さびいしと感じてしまうから。

「夜宴?」
『……』

 返って来たのは一瞬の沈黙。
そして―――相変わらずのきつい言葉の数々だった。

『斬魄刀はお前の魂の一部・・・っと、授業で習わなかったかめぇ?やっぱりマスタァはダメダメのアホだめぇ〜』
「習ったけ?」
『この記憶力ゼロボケマスタァめェーが死にさらせ』
「あいかわらずひどいなぁ」


 生前にあった空気中の水分を墨に変換し、それで描いた絵は具現化する――そのオレの能力は、この世界に来ると同時になくなってしまっていた。
かわりに、側にいるのは、斬魄刀。

名を【夜宴御伽語(ヤエンオトギガタリ)】

 オレの前世の能力を引き継いだ刀は、オレの魂の半分――っと、いうことらしい。
御大層なことだ。
 かれは相変わらず口が悪い。
けれどそれは生前の夜宴とはまた違うもの。

「おー。赤くなってやんの。もしかして照れてたり?」
『死ね、マスター』

 死ねはないと思う。だけどその顔は照れ隠しのようにほんのりと赤く染まっていて、そっぽをむいている姿はツンデレというやつだろう。けっこう可愛い。
ああ。なんだか、おかしくなって笑った。

「そうだったね。お前がいるわ。オレってばかー」

 生前から記憶力がないオレでも、大切な思い出は覚えてる。
いまはさびいしけど、生きている限り思い出は作られていくから、オレは目を覚ませばひとりじゃないんだろう。
またすぐに騒がしい世界が訪れる。
次に目を覚ましたら目の前にはだれがいるだろう?
騒がしさはそこに命がある証。
そう思えれば、きっと目覚めたオレはその日一日を最高だと思ってすごせるのだろう。

なんたってオレの部隊の隊長は、頭をウニのようにワクスでかため、あげくに鈴をつけちゃうような愉快な戦闘狂だ。
騒がしさならどの隊にも負けはしないだろう。
ただし礼儀は、一番なっちゃぁいない隊だろうが。



 ――じきにこの世界では、原作が始まろうとしている。

 だから巻き込まれて死なないように、オレの斬魄刀は、願い、新たな力を与えんと夢を伝って声をかけ続けてきたのだから。
原作の《BLEACH》はちょっとしか見てないし、あんまり覚えてもいないけれど、原作のことを考えると、強くなりたい・・・かも。って、思う。
 ゆえに、最近、卍解ができる斑目一角に、斬魄刀の訓練に付き合ってもらったりしている今日この頃。
オレたちが卍解できるのは二人だけの秘密。
 まぁ、砕蜂さんや更木隊長とか、なんかオレを見る目が、「なんでかくす〜」っていうジレンマかかえた目なのは無視するとして。
だましてるわけでも隠してるわけでもないし。
気配を消すのが得意なだけで、この世界のルールは制約が多く馴染んでないオレはあまり強いわけじゃない。
たぶんそれが事実だ。おふたかたはきっとオレを誤解してるんだ。
うん。そうに違いないよ。

 ここからでて目が覚めたオレの周囲はやっぱり騒がしそうだ。
騒がしいのは嫌いじゃない。
だけどだからといって“穏やか”t程遠い11番隊とかいろいろ間違ってる。
ちきしょう――平穏がほしいぜ。
書類処理生活もあきたし。
でも原作に巻き込まれたくない。
あんなドンパチに巻き込まれたら・・・まがりなりにも死なないとしても、面倒なことには変わりない。

やっぱり、平穏が一番だよなぁ〜。

「これから騒がしくなるなぁ〜」
『介入・・・するな、めぇ』
「するきはないよ。言ってんだろ。オレは例え異世界行っても原作に関わりたいわけじゃないんだってさ。 オレは異世界に行ったらそこでしか得れない能力があるなら学びたい。 オレは決められたレールを歩くのがいやでね。自由に生きたいんだよ。
生きているのなら、人生楽しく生きて生き抜いて死ぬのがいい」

 ズズーっとお茶をすする。
う〜ん。
どうせなら茶菓子とかあればいいのに・・・・
ここはオレのなかの世界なのに、融通が利かないってどういうこと?

『ところで』
「なぁに?」

 結局まったりしすぎたせいで、はなしがいつのまにか途切れていた。
そんなオレに意を決したように、今日のオレ様呼び出し人である夜宴が口を開く。

『君の半身でアルはずなのに。ワカラナイことがアルメェ〜』

 その言葉についにきたかと思った。
今日、この精神世界に来たのは、オレの意思ではない。
斬魄刀に呼ばれた気がしてきたら、待ち受けていたのは茶会。
なにか言いたいことがあるのはわかっていたけど、相手が口を開かないからいつもの調子でふざけた会話を投げかけていたのだ。

だって。
きっと夜宴が知りたいことは、オレもつい最近――夜宴が気付いたことでオレも自然と知った事実。
だから詳しいことがよくわからないんだけど。
嘘じゃない。

 さてさて。
君が知りたいことってなんだろうね?
オレ以上にオレのことを知っていそうな斬魄刀のくせにさ。

「そう?まぁ、そういうもんじゃない?原作でさ、一護がわかってないことを斬月は知っていたようにそういうこともあるっしょ」
『ボク、ニマで。なにを隠シテイルメェ?』
「なんのことさ。なんで自分の半身にまで嘘つくんだよ?ってか、斬魄刀にまでうそをつける奴って聞いたこともないよ!それちょっと凄すぎない!?」

 オレがジョークだとばかりに大げさに驚き、笑って見せると、空気がザワリとゆれる。
殺気というか途方もない圧迫感が空間を支配するが、このくらいの殺気は、生前の二つの世界でくらいまくったから慣れている。
涼風のように爽やかですね。
作ったような笑顔を浮かべて言ってやった。
そうしたらムッとした表情を夜宴は見せる。

『ふざけるのもやめろメェ』

 なにもそこまで気にする話題じゃないと思うんだけどナァ。
偶然にも魂の伴侶にさえ気付かれなかったそれは、たぶんオレの記憶力の悪さゆえ、オレ自身でさえ忘れていたこと。
本気で忘れてないものと思っていたから、目の前の羊さんも気付かなかったんだろう。
オレだって、言われて“今日”はじめて、“そんなもの”があるって気付いたほどだしね。

『なにを隠してるメェ。マスタァ、力をかしてほしくないめぇ?』
「そういう恩義世がましい賭け事は嫌いだよ。ってかさ・・・もしも君の言うとおりオレが嘘ついているとしよう。
ひとつ君に嘘をつくとしたら――その嘘は、魂の伴侶である君にまで“隠して”オレに利益はあるのか?
オレは自分が楽しくない人生は送る気はないよ」
『あるからしてるんじゃないのかめぇ?』
「気づけよバカ」

 お前がオレの半身だというなら。
オレの魂の一部である斬魄刀だというのなら・・・。

お前は“それ”には触れてくれるな。

だれしもしられたくないことというのはあるものなのだから。
それが、オレの場合は顕著に隠されているだけにすぎない。
オレ自身さえ欺いていた“記憶”。

オレはそれを忘れることで、気付かない振りをしていた。


それは――心の奥底にしまわれた大切な記憶の欠片。





 ふてくされたのだろう。
あのあと、夜宴と少し会話をした後、いつものように捨て台詞をはいてあいつは消えた。
それと同時に、庭からは鳥の声が消える。
周囲を一瞥すれば、先程まで動いていた鳥や木々が、時が止まったように固まっている。

「やはり夜宴のみせていた空間でしかないか」

 完全に消えた夜宴の気配に眉をしかめる。
今はオレの中に溶け込むように、眠っているオレの斬魄刀。
なんとなく規格外のことをしてくれる芸の細かさは、昔から突拍子もないことをしまくっていたオレらしいといえばオレらしいのかもしれない。

「夜宴という斬魄刀がオレの魂の一部から作られたのだとしたら。君はきっと“優しさ”だけでできている」

 だからあの子は、こうやってオレを喜ばそうと、幸せだった時の空間を作り出す。
残酷な“こんな何もない故郷”を“よし”と思ってみせつける。
夜宴はオレを喜ばそうとしたのだろうが。
だけどそれは間違い。
“誰も居ない”この場所は、オレには辛すぎた。

オレだってね。
本当は泣きたいよ。
大声を上げて、泣いてみたい。

けれど、それをする前に、オレの場合は理性がストップをかけてしまう。
泣くことの無意味さを。
嫌なこととか思い返したり、愚痴としてこぼしたあとは、いつも後悔ばかり。
言わなければよかった。思い出したくなかったのに・・・と、自分はなんて醜いと思ってしまう。
だから泣くのをやめた。それはむかしむかしのこと。


 ――思い出させたのは、君だよ夜宴。

 オレは忘れていたのにね。
“それ”がオレの中にあることに、気づいてさえいなかったのに。

 嘘が嫌いなオレに嘘をつかせたのは、君。

 それほどの記憶の欠片がオレの中にはあったんだよ。
あれはオレが信じたすべてが凝縮したようなもの。
オレにとっては――ひとつなぎの秘宝(ワンピース)だ。



「オレの世界は陽だまりの中にはない」

 自嘲でもするようにそう皮肉げに呟けば、色鮮やかな春の光景は一瞬で色を失い灰色になる。
色を失った景色は徐々に砂か灰のように粉々になり、暗闇に溶けるように消えた。
残された家は、オレが縁側から立ち上がると同じように灰となり闇にまぎれてなにひとつ残らない。
そうして目の前には、やってきた当初と同じような、波紋と音を立てる黒い地面と、本やアルバムが無数に浮く闇の世界。

これが本来のオレの精神世界。

どうやらあの優しい斬魄刀と“オレ”では、精神の作りも違うようだ。



それに苦笑し、足元にむけて笑いかける。





「ねぇ、《セカイ》?」



 オレの視線の先。
そこには――真黒な水面。そしてそのさらに下に沈んだひとつの“アルバム”。
宙に浮かぶ他のアルバムたちとは違って、それだけが足元にある。

「久しぶりだね《セカイ》。あのこ、夜宴っていうんだ。
どうやら貴方のことに気付かなかったみたいだよ」

 こんなすぐそばに夜宴が探す答えはあったというのに。

ああ、でも。夜宴はああみえて優しい。
優しいお前は《セカイ》にはたどり着けまいよ。

 足元は黒い地面かと思いきや、水面のようで、波紋と波打つ“むこうがわ”があるのがうっすらと確認できる。
足元の水は黒く、靄のように黒闇が邪魔をしてはっきりとは見えないが、青いだろう本は薄汚れ、表紙にはタイトルも何もかかれていない。
そのかわりのように、赤黒い染みが、青の間に変な斑模様を作っているのがわかる。

「そうだよね。気付くはずない。オレだってそうだったんだから」


――こんなところにいたんだね《セカイ》。ごめんね。


 アルバムはまるで開けてはいけない宝箱のように、何重もの鎖が巻きつき、その鎖の先は下へ下へと続いていて、まるで他のアルバム同様に浮上し様とするアルバムをひきとめているかのようだった。
手を御伸ばせば、地面はいつもと同じ波紋を生んで、すっとては水の中へ。
けれど別の空間にあるものがそこに移されている蜃気楼のように、どうしてもアルバムには触れなかった。

手を抜くとピーンと音が響く。手はやはり濡れてもいなかったし、何もつかむことはなかった。
水面から取り出した空っぽの掌を見つめ、悔しさに再び握りしめる。

ちらりとまた眼下を見やれば、それは暗闇と鎖の向こうに、金混じりの赤色をした一つの錠が鈍く輝いているのを見つけ握っていた手に無意識に力がこもった。

「ごめんね閉じ込めたままで。
今のオレには《セカイ》、貴方の側にいけないよ。こんなことなら、知らない方が・・・オレは幸せだったのかな?」

 セ カ イ ―――愛しみをこめてその名を呼ぶ。

 そっと手を伸ばすが、地面に銀の波紋ができるだけで、まるで目の前のソレは幻影であるかのようにオレの手は何も掴まず水面下に沈むだけ。
今日だけじゃない。この手は《セカイ》に向けて伸ばしてもいつも届かない。
オレも、そして斬魄刀なあの子にもきっと触れない。
ましてやあの子にはこの足元にある一冊の本の“影”さえ見えていないのだろう。
触れるためには、“アレ”を開放するためには、【鍵】が必要だ。
だけどオレはそれをどこかに落としてきたしまったらしく、それに触れられない。
まるで陽炎のごとく。
そこにあるものが、本当は遠くの景色で、ただ見えているだけのような・・・蜃気楼のようで。
それはつかめない雲をつかもうとするような感覚。
けれどその例えのどれも間違ってはいないのだろう。

“これ”は、本来オレなんかの中にあるべきではないのだから。

「オレのせいだね。自分でもなにをしたのか覚えてないんだけど・・・まさか自分の能力駆使して、こんなことをしてたとは驚きだよ。
だから。待ってて。いつか必ず開放してみせます」

 ここに開かないようにする鎖があるのなら、それはオレの心が“まだ”これを手放したくないと、みたくないと思っている証。
だからその“想い”をどこかで断ち切らない限りこの鎖から解放してあげれない。
オレはあけるための、切欠たりうる鍵を見つけなければいけない。

「ごめんなさい」





 ポーンと高い音がひびく。
炉端の水溜りに跳ね返る雨のしずくのように、オレが歩けば波紋が生まれる。
打楽器だろうか?
それはときに深い響きをみせ、金属のぶつかり合うような音であったり、木の葉のささやきにも似ていた。

オレは深い暗闇に埋もれた一冊のアルバムにわかれをつげ、これからどうしようかと、夢を去った。


 思い出させたのは、オレの精神世界に住まう半身。
かれは《セカイ》の存在を黙認するオレに、違和感を覚えたようだ。
ずっと見ていたから、“何かを隠しているのではないか”と思うようになった。
だから夜宴は、思い出すための欠片を与え、それが何かをたずねてきた。
けれどオレは嘘をついていない。
忘れてしまったから、知らないんだ。
君も、オレも知らない。
“それ”がなにか。
わからないから、同じ魂でありながらすれ違う。

さがさないと――

どこかに落とした【鍵】を 欠片をすべて埋めるピースを・・・。





―――邂逅、開口、開講、海溝、廻航、かいこう・・・


忘れていた記憶をひとつ思い出した。










殺人鬼と一緒に旅した美食めぐりの旅も
ひとつなぎの秘宝を求めて旅したことも

わすれない・・・








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