有得 [アリナシセカイ]
++ 零隼・IF太極伝記 ++



03. November Stars
<詳細設定>
【霜月シュン(シモツキシュン)】
・真名「神崎零(カンザキレイ)」
・霜月隼の成り代わり主
・前世は〈黒バス〉の火神大我
・一人称「俺」
・前世の影響でとにかくよく食べる
・バスケバカ
・運動するのが大好きで、現在は剣術をならっている



―――霜月の、雪のなかで生まれたこどもがいた。



だから俺はそのこに、“霜月シュン”の名前をつけたんだ。



春「ねぇ、シュン。君は、獄族の“ハル”を覚えてますか?」

きらきらした雪のなかでさえ、その笑顔は隠れることなく。
その存在は陽の光の中でも健在で。
強い強い力を宿していた。

陰の存在なのに、陽の下を笑顔で歩ける君を羨ましく思うと同時に、 君の存在が、この世界になにか新しいことをよぶのではと予感させた。

俺たち獄族にとって君は「光」で。
君はこの暗闇の世界で―――輝く一等星のようだった。

だから・・・





「人間なんかに君を取られてはっきり言って腹が立ったんだよね。
うちの子を勝手につれてくとか、ポケ○ンゲットだぜ!じゃあるまいし、獄族だってね家族がいるんだから無断つれさりとか本当にやめてほしい。 え?ポケ○ン?なにそれ?それがなにかよくわかんないけど。俺、今なんか言ったっかな。
・・・うん、まぁ、つまりね。何が言いたいかというと、この人間常識大丈夫?何考えてるの?って思ったわけなんだよね。 契約したからって、その場で連れ帰るのってどうなの?せめて名付け親のオレに挨拶するべきじゃない?
だからそのときは、なにも連絡せずにシュンを連れて行っちゃったハジメをどうにかしてやろうかと思ったんだ。 だけど、君たち仲いいし。うん。あきらめたよね。
かわりにハジメには小さな嫌味をネチネチと仕掛けることにしたんだよ。 なにってちょっとした呪いだよ。 うん。ほんとに大したことないやつ。 え?どんなのって―――――

《箪笥の角に小指をぶつけて痛がればいいのに!》

って、怨念めっちゃくちゃ込めた呪いだけど? ん?なにかな?地味に結構痛い?そんなのしらないかなー♪」







【03. November Stars】
 「太極伝奇・零」 〜Side 火神なシュン〜








ここはツキノ寮。
ツキノ芸能プロダクションに所属するアイドルが住む場所である。
たまになんで俺はアイドルなんてやってるんだろうかと、前世のことを思い返しても縁がなさ過ぎて不思議に思うが、まぁ、ここに住まわせてもらっている時点で、やはりアイドルなのだろう。

そんな俺、元火神大我な霜月シュンは、現在とても悩んでいる。
なぜならば――

ここ最近ハジメがやたらと包丁を持たせたがるのだ。


原因はわかりきっている。
少し前にハルとカイがいい笑顔で盛り上げた中華企画からだ。

不本意ながら、夢見草の劇で殺陣の練習に付き合ってい以降、ヨルとヨウが俺が刃物を持つと料理以外でも怯えるようになった。
その彼らには申し訳ないが、なぜか最近ハジメがやたらと俺に包丁を持たせたがるんだ。
こればかりは、何度ハジメに言っても止める気配がないので、はっきり言って困っている。
おかげで包丁をもって満足そうなハジメに対して、ヨウとヨルが顔を引きつらせて逃げる。
当事者である俺が一番困ってるんだがな。
いちおう、ハジメにはご飯を望んでいるのか?と聞いたことはある。
だがそうではないらしく、包丁を持たせて一瞥し、満足そうな顔で去るのだ。それの繰り返し。
意味が判らない。
この意味の分からない行動を、朝起きてからわざわざプロセラの階に来てまでやるのが最近のハジメの日課になりつつある。


始「いっそ腰に包丁が2、3本入れられるホルダーでもお前用に特注するか」
零「待て待て、ジーと俺の腰を見て何言ってんだ。包丁を装備するとか料理漫画にいそうなキャラじゃあるまいし…そもそも今の生活で何本も包丁要らねぇだろ」
始「この間、刺身包丁が欲しいなと呟いていたろ」
零「あー…鮪のさくを切っていたときの覚えてたのか」
始「個人的には中華包丁のが良いんだがな」
零「使ったことないぞ?!」
始「大丈夫だ。お前なら扱える。似合う。俺の勘が言ってる」
零「……王様に酒を飲ませたのは誰だ?」
始「俺は飲んでないし酔ってもいない」
零「じゃぁ、おねむなのか…最近忙しかったから疲労すごいんだろ。ほら、11月ウサ君でも抱きしめて寝てろ」
始「寝ぼけてもいない(ぶっすぅ)」

それでも無理やりハジメに11月ツキウサ人形(特大)を添えて、布団に寝かしつけ上掛けをかけると、やはり多忙だったせいかハジメはすぐに眠りに落ちた。
それを見ていた俺も・・・・ふわぁ〜・・・あ、やべ。俺も欠伸が出た。
うーむ…陽気のせいかな。
どうにも眠気に誘われる。

零「まったく。ハジメが包丁に目覚めた変質狂なんて年中小組に懸念されてるのどうにかならないか…はふ…。もう今日オフだし俺も寝よ」

畳の上にクッションを簡易枕にして、ボスンとそのままハジメの隣で横になる。


(まただ…)


今は見えないアメジストが残念でならない。けれど人形のように整ったその寝顔が正面にあることに、ふと懐かしさを覚える。
既視感。
こうやって二人して横になるのも雑魚寝も何度もしてるのに…それとは“違うなにか”が懐かしいのだと魂が訴えかけてくる。
なぜだろう。普段のあっさりした私服姿のハジメが、今は別の衣装を身にまとった違う姿とダブって見える。

(そうだ‥ハジメはもっと…髪が長くて…結えて…‥‥ん?違うだろ俺。でもたしかに…いや、んなワケ…どこで…見たんだ…っけ?)

髪の長いハジメがいる。
いや、目の前にいるのはSIX GRAVITYのリーダーの・・・

なんだか睡魔が強くて、どちらが今目の前にある現実か判断できなくて、けれど眠りに落ちる寸前だれかに 《レイ》 と呼ばれた気がした。
レイ。零――その名は、誰でもない俺という存在の魂につけられた、この世界の誰にも教えていないはずの名前だった。

零「    」

名を呼ぶ誰かに答えたつもりだったが、それが言葉になっていたかはもうわからない。
ただ、どうしようもなく眠かった。
そのまま俺は眠りに落ちた。


(ああ…そうだ…あの時に“  ”に教えたんだ…‥)







* * * * *
 






夢を見ていた。
それは懐かしい、今は存在しない世界の・・・とおい、とおいむかしのこと・・。



陰陽のバランスが壊れた世界に、俺は“獄族”という《陰》の種族としてうまれた。
それは俺が【黒バヌ】世界の火神大我に成り代わり、人生をバスケにささげ、楽しく生き寿命で死んだそのすぐ後のこと――。





獄族に血の繋がりはなく、《陰》の気が自然と凝り固まって出来る存在らしい。
俺もそのひとり。
初霜降りた明け方、霜月の雪原で、獄族として誕生した俺は、同じ獄族のハルに発見された。

肌も髪も真っ白――な儚い幼子。

まるでビスクドールなような綺麗な造形。
なんだか宝石みたいな薄い黄緑の瞳は大きく、白い肌は滑らかで、これは将来美青年かくじついわんばかりの容姿。
さすがに鏡を見たとたん固まった。
いままでの転生人生でさえお目にかかったことがないレベルのその容姿に、これが今度の自分の顔なのかと驚愕した記憶がある。
今までの経験で、意外性には慣れてきた――女だったのに男として生まれたこととか――はいいとして、 新たな外見は、正直いままでの自分には縁のないものだったのだからしかたがない。

しかし衝撃だったのは、最初の方だけ。
俺は今回の人生(獄族生?)は、今回だ。前は前と、受け入れた。
そもそも今まで自分の肉体ごとのトリップだけだったのに、火神大我として転生した時点で“生まれなおし”をしているのだ。
今回のことも些細な転生影響と受け取ることにしたのだ。


俺を拾ったハルは、《シュン》と名付け、獄族としての生活を教えてくれた。
今回の世界に予備知識もない俺にとっては、とても有りがたかった。
それを学び俺は、獄族のシュンとしてはスクスクと育っていった。

ただし。


外見を裏切るものへと(笑)


俺の容姿がまるで雪の妖精か何かのように儚げなのかが悪かったらしい。 同村獄族の中でもカケル、ハル、アラタ、ルイ、ヨウは特に俺のやんちゃ具合を心配した。

雪のような肌と髪の色
幻のように溶けてしまうんではと思わせる細さ

村の獄族達は口を揃えて、俺のことをそう評す。

零「ハラ減ったから今から材料獲ってくるわ!」

っと、口を開けば生きるのにかなり逞しい言葉が飛び出し、およそ獄族らしさがないレベルで勇ましく狩猟に向かいます。
外見がどれだけ儚かろうと、雪に溶けてしまいそうといわれようと、中身俺ですし。
いえ、つまりですね、中身、まんま火神大我のときの俺そのままなんですよwww
期待を裏切る成長のしかたですみませんwww
でも雪と一緒に溶けたりは絶対に有り得ないのでご安心を。


駆「シュンさん!!だから、霊布もなしに外を出歩かないでくださいよ!!」

みなさんの心配と外見を裏切る勢いで、包丁を腰のホルダー装着しいざ食力調達!と飛び出そうとしたところで、カケルにとめられる。
わたされた霊布は、はためにはただの包帯である。
だがこれは光に弱い獄族が、その光から肌を守るために、霊力をこめて織られたもの。獄族にとっては必需品である。
まぁ、俺は獄族として力が大きいらしく、陽の下にいても火傷をおうこともないわけで、本当は必要ないんだが。 ほら、外見みんなが心配するからな!

零「あっと!ありがとうな、カケル。ちゃんと巻く」
新「真っ昼間なのに相変わらずシュンさんは機敏な動きするな」
涙「ねむい…」
陽「ほらほら、ルイはまだ布団かぶっとけ?」
零「ルイ、起こしてゴメンな。お土産に皆が満足するような獲物取ってくっから!」
新「俺、苺。あと搾りたて牛の乳」
陽「この時期に苺はないだろ。どうせなら猪辺り頼むわ。煮込み料理作っからさ」

もちろん。その日は、近くの森でイノシシとおいかっけっこをして勝利を収めた。
だが、イノシシの牙という攻撃に耐えきった包丁は傷んだ。
やはり野菜を切るようなそこらの包丁ではだめか。ちゃんとした包丁を調達すべきだろう。

後日、ハルの契約者であり、何でも屋を営むカイに、包丁を依頼した。


海「シュン。頼まれた追加のもん持ってきたぜ」
零「お!カイひさしぶり!ありがとうな!おおおぉ!!!これだよこれ!切れ味が良さそうな骨刀だな」
海「仕立てた甲斐はあるが、お前立派な爪があんのに…薄刃・厚刃、包丁それぞれ扱うとか料理屋でも開くつもりなのか? 獄族料理店…話題性抜群だけど」
零「包丁のが切れ口が綺麗なんだよ。衛生面もあるし、料理は見た目大事だ!あと、3本の包丁にもそれぞれ役割がある。 この包丁が骨切り用のようにな。薄刃で捌こうものなら刃こぼれしちまう。
おかげでイノシシと戦った後のこの包丁をみてくれ。もうボロボロだ」

カイから受け取った中華包丁を改めて見る。
うん、頑丈そうである。
一通り包丁を確認し終えると棚から籠を取り出し、取り立てで粋の良いそれをカイに渡す。

零「カイ、これ今朝摘んできた山菜だ。包丁仕入れてくれたお礼に受け取ってくれ。鍋に入れても炒めても天ぷらにしても美味いはず。よし、さっそく一狩り行ってくるぜ!」
海「おぉ。山菜どっさりだな。ありがとな」
零「じゃぁいってきまーす!」
海「さっそくかwwwま、気をつけろよ。後、やるにしても程々な。早く帰るんだぞー!ハルに怒られんの俺だからー」

春「ふふ、なんだ。カイってばちゃんと分かってるようだね」
海「うおっ!ハル((((;゜Д゜))))」

春「わかってるならなんでとめないの!!今は日中だよ!!!」

包丁を装備して、家を出るときカイの悲鳴と、風が一瞬ゴォってうちの家を取り巻いたが・・・・うん、まぁいつのものことだ。
たしかハルは風の属性持ち。
あの風はハルがきたってことだけど。

気にしない気にしない。

さぁ、今日も元気よく―――狩るぞ!!



零「つか、毎回ながらこの顔までの包帯どうにかならねぇかな」

顔まで覆う包帯のような霊布は、若干視界も遮り正直邪魔だった。
だけどこれをしないと日中出歩くのに白い肌が焼けると、皆が口を酸っぱくして言うのだ。
そもそも獄族そのものが太陽を恐れ、陽光に当たれば肌が異常に焼けてしまうらしい・・・らしいっというのは、俺がそれに当てはまらないから。
だが俺の容姿は輪にかけて日焼けが酷そうとみえるらしく、もうミイラ男と勘違いされそうなレベルで身内に全身ぐるぐる巻きにされている。

(まぁ、これが第三者なら俺だって同じことを言ったかもしれない……)

こんな儚い容姿の獄族が、日光に当たるなんて――そんな第三者視点の映像を重いい浮かべて、ちょっとゾっとした。
心臓に悪いレベルで心配になるのもうなずける。

だが一度、実験として洗濯物日和の“昼間”に、霊布なしで外にそのまま出たが、焼けることは全くなかったのだ。
が、それを知った仲間たちの反応は・・・・うん。思い出したくもない。
罪悪感が半端無かったと言っておこう。



火神大我として一生分を生きた俺もといシュンの肉体は、火神に馴染みきった魂をもとに《陰》の気でつくられたためか、 本来は腹がすかない獄族であるのにかかわらずその異様な食欲は未だ健在だった。

そして今日も今日とて、お腹を満たすべく俺は自分で食材を調達するため近くの山に入ったのだった。

―――っと、ここまでは良かった。


零「まてこらぁぁぁぁぁ!俺の夕飯ぃぃぃっ!!!」


今日の夕飯は川魚の塩焼きと、野草のおひたしにそれから――と思いを馳せ釣りをしていたら

熊に釣った川魚を横取りされた。

そこで諦めれば良かったのだろうが、横取りされた川魚は丸々太った脂の乗った今日一番の大物。
それを黙って引き下がるのは、俺に出来なかった。
ターゲットは熊に変更。今日の晩飯は熊鍋にすると、俺は真新しい包丁に誓った。
待ってろカイ!村のみんな!今日の晩飯をしっかり狩って帰えるから!!

零「てか!雪降ってんのにあの熊は冬眠しねぇのかよ?!すっげぇ機敏な動きしてるんだけど!!」

爪で空気を切り裂いてかまいたちをおこそうが、さっ!と瞬時に方向転換をして逃げる逃げる――熊。
あまりの俊敏さに、思わず悪態をつくよね。冬だから冬眠するか動きにぶれよ!っとな。
獄族の性か前世の影響か…かつて人間の女だった時には考えもしなかった川魚一匹をかけて熊を追い掛け回すという行為。
時速何十キロと走る熊を目視したまま追跡できるほど獄族の身体能力とは凄いもので、追いかけっこは終わることがなかった。

気付けば一つ山を越え、陽はずいぶんと傾き、熊がヘトヘトになったであろうところで、森の木にかくれようとする影をねらいダンッと片足で地面を力強く蹴り上げ――


零「メテオ・ジャムっ包丁版!!!!」


バスケリングにボールを叩き入れるように勢い良く包丁を投げつけた。
それは勢いよく風を切り木にささり、しばらくした後に、包丁が刺さった大木がメキメキと折れた。
だが狙いは間違っていなかったようで、大木のそばにはまだ熊がいる。
傷一つないとか、あれを避けるとは、さすが野生。侮れないものだ。

そのまま熊は俺との距離があることを利用して、すぐさま方向転換をすると森の奥へ逃げようとする。

だが、しかし。

零「させるかぁ!!!」

獄族の脚力で一気に森をとびこえ、地面に着地。
さぁ、こい逃がさねぇぞ。今日の晩飯!

俺がきたことで、熊は逃げられないと判断したのだろう。
横暴はあきらめ、俺とにらみ合う熊。
まさに戦闘態勢の熊が怒り狂った表情で、こちらを見てくる。
いいだろう。やってやろうじゃないか。

チッ。舌打ち打つ。
そこでふと熊との戦闘音以外の音が聞こえた気がして、それが複数の悲鳴だとわかり、やっと我に返る。

周囲を見渡すと、目の前に数人の男達が腰を抜かしていたのだ。
いつから人間がいたのだろう。
彼らは、俺を視認するや否や「獄族…!!」と慄かれへっぴり腰で逃げていく。

ああ、もう!熊には逃げられるは、何もしてないのに人間には怖がられるはで散々である。
だが、本来の獲物である大熊はまだ目の前にいる。
空気を読まないがゆえにこの場から去っていくことができた人間たちとは違い、熊は俺を警戒しているため空気を読みすぎ動けば攻撃されるとわかってか、 その背をけっしてみせまいとしている。
ならばと、唇をなめる。
強いやつは好きだぜ。
ああ、燃えるな。

さぁ、闘(や)ろうか。


ここで会ったが百年目ぇ!お前への恨みはわすれてねぇ!!!


零「今夜の晩飯・・・川魚のうらみだ!!そこの熊ぁ!!!責任もっててめぇが俺の晩飯となれぇ!!!」

び!っと人差し指をさして、お前を倒す!とポーズとともに宣戦布告した後、俺がとびかかるのと熊が咆哮を上げて突進してきたのは同時だった。
包丁を振り回せば、熊は華麗によけ、凶悪な爪をむけてくる。
こっちだって爪があんだよ!
体重とともにしかけられた爪の攻撃を裂け、お返しにとばかりに俺が腕をふるう。
爪で起こす風など見向きもしない立派すぎる大熊は、俺の詰めの攻撃をそよ風かといわんばかりの顔をするので腹が立ち、 地面に落ちていた包丁をひろって剣のかわりにふりまわす。
俺の包丁を牙でとめるだとぉ!
なんという熊だ。
くそがぁ!

がむしゃらになって戦い、相手も傷もかまわず仕掛けてくるのでたまらない。
互いに一度距離をとれば、かなり間がひらく。

さぁ、次だ次!力に物言わせてやるしかないだろう?

いくぜ!うなれ!俺の拳ぃ!!!
拳を突き出して殴り掛かれば、動きが大きすぎたのか、熊にはよけられ、代わりに牙を向けられる。 ドゴッっと地面が俺のせいでえぐれるがきにせず、地面についた拳を中心に足をあげて、がるぅ!!!っとおそいかかってきた大熊のあごを下から蹴り上げる。
足が上に上がった反動を利用して立ち上がれば、口をから血と涎をたらした熊が血走った眼でこちらを見てくる。
ガァァ!!!っと今度は熊が走ってきたのでその爪をかわす。
枝葉が一気に折れ、木の幹にかれのつめあとがくっきりつく。
次はこっちの番だと包丁を横に薙ぎ払い、続けてもう一つの包丁を投げつける。
ガッ!!!っといい音をたてる俺の包丁。 ・・・・・あらやだ。力を込めすぎたようだ。包丁がぶっすり木に刺さった。
その木は威力に耐えられなかったのか、包丁が刺さった個所からバキバキバキとひび割れ、縦に真っ二つになるとドォォン!っと大きな音を立てて倒れた。
騒音とともに振動があたりを揺らがし、地面に積もっていた雪がブワリと舞う。
そして――

雪煙が消えた後には、熊の姿はどこにもなくなっていた。

零「だぁー!!Damn it!!せっかくの獣肉GetのChanceが!!!熊鍋にありつけるかと思ったのに!!!」

腹立ちまぎれで叫ぶと少しスッキリした気もしなくはない。
うん。というか、そうとでも思ってないとやってられない。
晩飯を逃した挙句、ただ汚れて汗をかいて終わるとか。獄族は食べなくても平気とはいえ、俺はたべたかったんだぁ!!!!

零「あっっっつい!!汗疹になるわっ」

余計な運動までさせられておわりとか。八つ当たりのように、顔の霊布を勢いよくはぎ取れば、幾分か気分が変わる。
涼しい風にフーっと息を吐く。
よくよく考えてみれば、山を何個か超えた気もする。しかも全速力で走ったし、厚着だし、熊はやたら殺気に敏感で逃げ足早いし。もう汗はダラダラだ。
こんだけの汗の量は、前世のバスケの試合を思い出す。

どうせもう夜だし、ハルたちが居ないのだから怒るやつはいないだろうと、腕の霊布も緩めて袖を思いっきりめくり、ついでに首元も寛げパタパタと風を取り込む。

零「――あー生き返る。涼しい〜」

冷えた風が汗ばんだ肌を癒し、雪が頬を撫でる。
獄族になってから若干寒さ等の感覚が鈍っていたが、うん。やっぱり風は気持ちいい。

零「ん?」

ひとり涼んでいて、ふと気配がして、そちらを振り返れば、なんと俺の背後にまだ一人の人間がいた。
逃げ遅れたのだろうか。
―――いや、札を構えたままという時点で、自分に対抗しようとしたのかもしれない。
今はなぜかポカーンとしたまま微動だにしないが。
つか

(なんちゅー美形だ!!)

黒曜石のような髪。
紫水晶を溶かしたかのような瞳。
一目で判る上等な衣服。
控え目にも凝った装飾品。

ちょっと詩的に例えてみたが、人ならざる者といえばそう思ってしまってもおかしくないほどの美しさだった。
ただし、その構えられた札から高圧的な威力をピリピリ本能で感じ取る。
これで人間なのかと驚いた。

(あー・・・【モノノ怪】の妖達は札を前にするとこんな風に感じていたのか)

と、僅かばかり意識を逸らしたが、すぐに眼の前の人間を再度見直す。

容姿、いや威圧的なカリスマ的オーラが凄いのだ。
獄族なのはきれいな奴らが多いが、そんなやつさえ目じゃないほど――その人間の宝石のような瞳にひかれた。

零「驚いた。ずいぶん冷めた表情の鬼がいるなと思ったら、人間の子供か」

思わず最初はあまりの人間離れした容姿に、人外生物だと思ったしな。
険しい顔をしているのがもったいないくらいだ。
俺が話しかければポカンとしていた表情はかきけされ、無表情な仮面に覆われる。

しかし獄族という種族なだけで、今は何もしていないのに攻撃される謂れはない。
いちおう、さっきの逃げるだけのやからとは違うようだし、話合いで解決できないだろうか。
そう思って、こちらから攻撃の意志はないと言おうとして――

ぐぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜

恥ずかしいことに、盛大に俺の腹が鳴った。
相当な美丈夫な男にその腹の音をきかれたあげく、大笑いされたのだった。



それから、綺麗すぎる人間の男の額から血が流れていたのをみて、自分と熊の余波がいってしまったのかと、あわてて手当をさせてもらう。
なぜだか男には獄族が薬を持っていることに驚かれてた。
これはだな。よく薬草を渡す相手…生傷絶えないカイとそれにため息をつくハルのことを思って俺が前前世の記憶を駆使して作ったんだと、まぁ、かいつまんで軽く説明する。
すっかり夜だし、野生動物だけでなく《陰のモノ》もでる時間で危ないからな。俺は男を彼の村まで送ることにした。


(楽しかったなぁ……また話してみてぇかも?)

彼との会話は結構面白かった。
こういう風に昔からの友人のように人間でも獄族でも話題さえ合えばあまり変わらないとさえ思えてしまう。
人間でもカイと同じように種族が違っても仲良くなれそうで嬉しくなった。ちょっとだけ、また逢えたらいいなぁ〜っなんて思うぐらいには。


ここまでくれば安全。っと、村の結界のすぐそばまでハジメを送り、さぁ、帰るかと踵を返したところで、何故か美丈夫に腕を掴まれた。


始「名前…」

零「は?」
始「俺の名前はハジメだ。お前の名を教えて欲しい」

その言葉に思わず笑ってしまう。
なんだあんたもか。
俺もあんたとまた話したいと思ってたんだ。


零「シュンだ」


よろしくなと笑って、手を伸ばした。







* * * * *
 






ガバリと起きる。


零「なるほど。夢か」

今の夢をみて、すべてを思い出した。


どうやら俺は、否、俺たちは、みんな忘れてしまっているが“前世”で出会っていたらしい。
このアイドルになる前の世界とは別の世界で、同じ名前と同じ姿で生きていたようだ。

あの世界の洋服をしっていたことといい、ハルとカイには記憶があると考えていい。
最近色んなものを探し求めたり、懐かしいと思っていたのも、これですべて納得がいく。
あと、ハジメが包丁に興味を持ちだしたのも同じく。
あの出会いじゃなぁ〜っと思った。

隣でまだ寝てるハジメをみて、うん。前世と同じ顔だなぁ〜髪短いけど。これが前世の俺の契約者か・・・と納得する。
しっくりと空いた穴が埋まる感覚に満足する。

ん?記憶が戻ったら、なつかしくないのかって?
いやいや、考えてもみ。俺、もとはいろんな世界トリップしたり成り代わってたりしたたんだよ。あの中華世界の前では、【黒バヌ】の火神に成り代わったぐらいだしな。
それに獄族や人間にとって“契約者”ってかなり信頼できる相手のことだけど、それと恋愛感情とか依存とかそういうのないし。
まぁ、起きた瞬間に、夢に呼び起こされるように一気に全部の記憶を思い出したけど、記憶に飲まれることはない。
前世は前世っていう感覚で、俺のなかではもう決着がついている。 そもそもなんか今の俺とたいしてかわんないから、感情移入も何もない。 むしろ、ああ、継続してんだなーていどの感覚しかない。
まぁ、転生仲間の字さんだとこういう前世の記憶とかめっちゃ引きづりそうな気はするけど。俺は俺ですし。


零「体でもうごかしてこよーっと」

長い夢を見たせいで、体が鉛のように重く感じる。
んーっとのびをして、裏庭のバスケゴール(バスケやりたいといったら社長がつけてくれた)に向かう。
ハジメは放置してきたぞ。だって気持ちよさそうに寝てるの邪魔するのあれじゃん。





始「シュン!!!!」

イメージの中の敵を追い越し、ゴールめがけてシュートを放ったところで、バタバタと大きな足音が聞こえ、 切羽詰まったような声で名を呼ばれた。
なんだろうと振り返れば、みたことないほど憔悴したような、安堵したような、ギラっと獲物を狙うような・・・いろんなもんがまぜこぜになった目をしたハジメがいた。
どうしたーと声をかけようとしたら




思いっきり抱き着かれた。




始「シュン。シュン・・・たのむもう置いてくな!シュンは俺の契約者だろ」
零「ハジメ・・・」

抱き着かれ、そのまま肩口に顔を埋めて震えるような声を出される。

そっかぁ。

ハジメも・・
記憶を、思い出したのか。


思わずそのふるえる背に手を伸ばして――――――――





ドスッ!!!
バン!




首筋に手刀をくらわし、腹に一発くらわした。
抱き締め返す。なんて選択肢はない。あるわけない。

いや、だって、さっきの抱き着くの表現だけど、そんな生易しいものじゃないからな。
やられた瞬間俺はまず「ぐふっ」となんだかカエルがつぶれたような声がこぼれたし、抱き着くって感じじゃなく、マジでしまってたから。
だって強い。強すぎる!!!さすがはアイアンクロ−の達人だ。腕力半端ねー!!めっちゃしまってる!しまってるから!!!
ぎゅーーーーーーって感じでしめられている。
これはもう抱きつくとか、だきしめるというレベルでない。

し め ら れ て るっ !!

あと、なんか「俺のだ」「俺のシュン」ってブツブツ声が聞こえまして、人に抱き着いて肩口でブツブツ言われて、ゾワッって悪寒が走った。
離せと言ってもきかないし。
もう。あれだよね。

前世(もう終わったこと)ごときに、取りつかれてるんじゃねよ!!!と、キレてもしょうがないと思うんだ。



今なら、ハルの気持ちがわかる。
最近のハルが、やたらカイに辛口で不思議だったんだけど。
人間の感情の起伏はどうやら獄族以上に激しいらしく、前世にひきずられやすいようだ。
ハルがあの中華企画いこう、前にもましてカイにマイナスレベルで冷たい視線を向けてるのも物理をくらわしてるのも・・・・わかるきがする。

いちおう、あきらめず「俺のしゅーん!」と飛びついて来ようとした紫には、顔面からバスケボールを食らわしてやった。





春「あれ?その様子だと二人とも完全に思い出したんだね」
海「はははwwwやっぱそうなるよなハジメは。いやー契約者って手放したくないんだよな」

やってきた元凶ズ。
ハルは肩を抱こうとするカイの手をつかむと、みむきもせず慣れた手つきでその手を前へひっぱり一本背負いを決めて笑うカイをしずめていた。
普段は穏やかな緑が嘘のように、氷のような冷たい絶対零度の視線で、敵を前にした獄族そのもののまなざしでもってカイをみおろしていた。



思わず見上げた空は――夜の黒はなく、ただただまぶしいくらいに晴れていた。








ポン。

春「シュン、温かいお茶でもどうかな?」
零「いいなそれ」

空を見上げていたら、ハルがカイをスルーしていつのまにか俺のそばまできて肩をたたき、慰めるようなその手がとても暖かかったのに、なんだかしょっぱい気持ちになった。








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