有得 [アリナシセカイ]
++ 零隼・IF太極伝記 ++
02. 氷輪紫鬼
<詳細設定>
【霜月シュン(シモツキシュン)】
・真名「神崎零(カンザキレイ)」
・霜月隼の成り代わり主
・前世は〈黒バス〉の火神大我
・一人称「俺」
・前世の影響でとにかくよく食べる
・バスケバカ
・運動するのが大好きで、現在は剣術をならっている
〜Side 睦月ハジメ〜
――最近、よく空を見上げることがある
氷のように冷たく輝く月を“氷輪”というらしい。
「驚いた。ずいぶん冷めた表情の鬼がいるなと思ったら、人間の子供か」
雪の広がる森のなか。
この世で最も綺麗な“それ”が、月を背景に雪が降り始めた幻想的な光景の中で、俺をみて笑った。
大丈夫かと延ばされた手は長い爪が――――・・・
パチリと目が覚める。
ハルとカイがハロウィンの企画でこりにこったことをしでかして以降、おかしな夢を見る。
夢の内容は覚えていない。
思い出そうにもまるで必要ないことだからと言わんばかりに、夢のことは記憶からスルリとどんどん抜け落ちていく。
それに前髪をひっぱってでも夢の記憶を引きとめようとしたが、かき上げた髪がくしゃくしゃになっただけだった。
あとにはおかしな胸のモヤモヤだけを残し、溶けて消える雪のように何も残らなかった。
自分がおかしな行動をとっている自覚はある。
前髪ごと額をおさえつければ少しは目が覚める。そのままため息がこぼれおちた。
ああ、今日も同じ。
夢を見たということと、胸に残るたったひとつの感情だけを残して、夢は消え去った。
始「どうして、こうも・・・」
――“包丁”が気になるんだ。俺は。
どうも夢を見た後は必ず、シュンに包丁を持たせたくて仕方なくなる。内容を覚えていないのにもかかわらずだ。
どんな感情といわれても「それが正しい」と思えるといった感情だ。
自分で言っていておかしいとは思うが、夢を見るようになってからは、目が覚めるとシュンを探しに行きたくなる。
っで、シュンに包丁を持たせて満足するとか。
絶対おかしい。
ただ、漠然と・・・これらのすべての発端が、あの中華企画が関係しているのはわかる。
ハルたちのあのノリからして、たぶん夢とあの衣装は関係がある。
だが、それが夢とどう関係があるのかはわからない。あと、包丁。
ああ、だめだ。やはりシュンには包丁がたらないと・・・・なにをどうしてか、そう思ってしまってやまないのだ。
始「なぁ、ハル」
春「ん?」
わからないままでいるのがすごくむずがゆかった。
ならば、もう元凶だと思われるやつに聴いてみることにした。
これは断定だ。
だって、ハル。お前、夢の原因を知ってるだろ?
始「あの中華企画はなんだ?」
ごまかすなと睨むようにハルを見つめれば、「まだ中途半端なんだね」とハルがため息をついた。
洗いざらいすべて吐けと言えば、ハルはスッと目を細めてくる。
春「オレが“それ”を告げて、ハジメの価値観も世界もすべてかわるとしても?」
始「もう“包丁=シュン”となっている時点でいろいろ変わってる」
春「そう。覚悟はできてる?」
始「今できた」
春「なら――」
ハルの口端が持ち上がった。
その目が、一瞬獰猛な獣を前にしたように細められきらめいた。
* * * * *
ヒラリ ヒラリ
雪ような白い花が、視界をよぎった。
“今度”は逃がしてたまるかと、その“白”をおいかけた。
始「シュン!!」
ハルから“その単語”を告げられたとたん、パキンと何かが自分の中ではじけて、あいまいだった夢の記憶がまず鮮明によみがえった。
瞬間俺は椅子をけ飛ばす勢いで立ち上がり、部屋を飛び出し、“懐かしい気配”をたどって外に飛び出した。
真っ白の幻夢が、廊下を走る中で視界をよぎる。
ひらりひらりと。
〈シュン〉と“本当に”初めて出会った日に目にしたもの。
あれはきっと雪。
11月とはいえ、まだ雪の降るような気温ではない。
ならば、あれは俺の願望がみせるまぼろしなのだろう。
俺たちがこの世界にいるということは、それは一度死んだということ。
なら俺は〈あの雪〉を、一度この手から逃してしまったということ。
ああ、だめだ。
手放してたまるか。
それは俺のだ。
幻の雪をおいかければ、寮の裏庭にでる。
シュンは相変わらずで、外見と不似合いなほどTシャツとズボンと動きやすい格好で汗だくになって、寮の裏庭(垣根が大きく外から見えない)にいた。
設置されたバスケゴールにむけて、ボールを放つところだった。
オレンジ色が青い空を横切る。
シュっと音がして、オレンジ色はネットだけをゆらしてゴールにはいる。
始「シュン!」
零「あ?おーハジメじゃん。どうし・・ぶっ!?」
振り返ったシュンがこっちを向いた。
あいつの言葉をさえぎってしまったが、目の前の相手がいることが嬉しくて抱き着いていた。
なにかつぶれたような声が聞こえたが知ったことではない。
もうすべてを思い出した。
ああ、そうだ。
あの夢は俺の記憶。
忘れてはいけないもの。
けれど生まれなおした今の世界には、必要がないから本来であるなら残っているはずのない記憶。
あれは俺たちの―――“前世”の記憶。
* * * * *
日照時間がとても短い世界で、俺は人間の、それもかなり地位の高い家に生まれた。
家柄
才
対人関係
見た目
それらは、どんな人間にも付いてるように、自分にも付属するものであった。
困ったことに、自分はその人間の嫉妬の対象のすべてを持ち得る人間だった。
地位がある。才能がある。人柄がよい。外見がよい。強い力を持つ。―――今までこれらの理由で、同じ年頃の者には、難癖をつけられてきた。
こちらが歩み寄りを試みたが、見えない壁に憚れてるように相手との距離が近づくことはなかった。
始(なにをしても絡まれるのは、いい加減数え飽きた)
己のやり方が悪いのか、いくども試行錯誤し、めぼしい個所を改めてみても状況に改善の兆しが見えない。
今日もまた――同じ学び舎の者どもから呼び出された。
こうなるとわかって警戒はしていたが、いかないのも後々がめんどうになるのが目に見えている。
バカバカしい見え透いたいじめめいたそれにわざわざのってやれば、
村から少し離れた人気のない森の入り口付近の待ち合わせ場所には三人の男がいた。
雪が一面を白く染めるなか、森のなかだけが暗く、まだ日があるというのにどこか怪しさを放ってみえる。
こんな場所を待ち合わせ場所にするなんて、“陰のもの”に襲われたいのだろうか。何を考えているのだろうとため息をつきたくなる。
「俺達のが才能あんのによ!!なんでおまえがっ!」
たどり着いたとたんに、男の一人から俺の才を羨む発言とともに、石をぶつけられる。
こんなやり取りも、すでに経験済みである。
「あーあ、お綺麗な顔に傷がついたぜ。ざまぁねな坊ちゃんよ」
「声ひとつもあげられないか!いいざまだな」
「・・・っち!!すました顔しやがって」
「お前なんてたかが家の権力しか持ち合わせてねぇんだろ?権力ですべてもみ消してるんだろ!?」
「俺達なら実力で“陰の者”を滅せれるんだよ」
始「――俺の才を評価する暇があるなら、己の力を鍛えていたほうが有意義ではないのか?
“陰の者”を相手に生半可な覚悟では対抗できないぞ」
若干の鬱憤もあり、つい棘のある言い方で返す。
ハッと皮肉げに言えば、案の定、面白いほど想像した通りの反応を三人の男達はする――意外性の欠片もない。
そう。こういったやりとりも何度目か。
この世界は魔物や物の怪が跋扈しており、日照時間が少ないからこそ全体的に陰の気におおわれている。
人間は唯一“陽”の属性を持っているとされているが、この世界の生き物の大多数とは相反する属性の為、立場がかなり弱く、常に魔物の脅威に晒されている。
俺はそのなかでもまれにいる“陰”に対抗するすべをもって生まれた。
まぁ、そういう者が生まれやすい一族と言えばいいだろうか。
“陰のもの”とは、長い夜の時間に生きる者たちのことで、それに対抗できるのは唯一“陽の気”を持つ人間だけとされる。
ゆえに“陰のもの”をたおすことこそが、俺の住まう場所では一人前として認められる。
“陰のもの”がなぜ人を襲うのか、実のところよくわかっていない。
それがただの捕食なのか、己にはない“陽の気”をもとめての本能ゆえか、はたまた自分たちを消すことができる存在…敵を一掃しようとしてかは定かでない。
ただ人は常に“陰のもの”におびえ、短い昼の時間だけで暮らしている。
それを守るのが、俺たち“力ある者”の役目だ。
ある程度の身を守るすべが必要な世界で必然的に、人は力がなくとも術を使うすべを身に着けていった。
それはあくまで“おまじない”程度の効果だったが、その術を学ぶために学び舎はあった。
今回のこれはまさにそれの同胞たちによりものだ。
俺が持つ力はすでに一人前として認められ、大人や術師たちとすでに仕事にもついている。
そんな者がまだ学び舎にいるのがゆるせないのだろう。
(ツマラナイ)
己には己のすべきことがあるが、これが毎日だと閉塞感しか湧かない。
今のこの場とて、時が経てば向こうが勝手に去る――それを待てばいい。
気が済むまで、やらせるのもいい。
夜を待つのもいい。じきに夜の時間が来る。そうなれば力のない一般人の彼らは、慌てて室内へと引っ込むのだから。
それはドロドロとした感情だった。
だが、その日はいつもと違った。
始(なにか…地響きがこちらに向かってくる?)
かすかだった音が次第に大きくなるのを知覚するが、男達は未だ気づいてないようである。
ビューっと何かが風を切る音がしたかと思うと、俺の目の前を何かが横切った。
ガッッッ!!!
その大きい音の正体は大ぶりの包丁で、すぐ傍の大木に突き刺さっていた。
「なっ!?な!?」
「は?包丁??」
「どっどっからだ?!!」
あと小石一つ分でも足が前にあれば、男の米神に包丁が突き立てられた可能性がある。
それを理解したのだろう。男はペタンと腰を抜かす。
メキメキメキッ!
包丁を受けたその部分から大木の中心が裂け、重く大きな音を響かせ木はかたむく。
ドォォンと大きな音をたて粉雪を舞わして倒れた木は、まるで男達と俺の間を断絶するかのように倒れたのだった。
それだけでも驚愕だが、突如木の陰から大きな熊が姿を現したことに瞬時に構える。
俺をとりかこんでいた男たちが腰を抜かしているその横を走り抜け、大熊は俺に突進するように駆けてきた。
「「「「うわぉぁぁぁ!!」」」」
男たち三人のなさけない悲鳴が上がるが、熊はそちらには見向きもしていない。
俺がタイミングをはかってよければ、熊は一度俺をみたが、すぐに踵を返し、森の奥へ入っていこうとする。
「させるかぁ!!!」
どこか遠くから聞こえる声。
それに熊がビクリと肩を揺らし、毛を逆立てた猫のように、警戒の色を強めたのに気づき、熊の狙いが俺たちではなく、熊を狙う何者から逃げてきたのだとようやく理解する。
そして鋭い舌打ちが聞こえると、ざっと雪がはじけ、俺の正面に立ちはだかるように、長い服をゆらしさっそうと立つ青年がいた。
その青年の爪は人間にはありえないぐらい長く、肌を包帯で覆っている。
始「獄族だと…?!」
長い爪も包帯も内包する気の性質からも、相手が獄族であるのは明白だった。
目や鼻や口以外はふさがれているのではないかと思うほど、顔まですっかり布で覆った獄族。
獄族がしている包帯は、光に弱い肌を守るための霊布の一種だと噂されている。
札も笹熊も見当たらない“ソレ”が、昼間に活動しているのは初めて見るものだった。
しかし驚くのはまだ早い。
熊と俺の間に割ってはいたのが獄族だとわかるやいなや、男共は顔を青くして散り散りに走り去っていった。
その情けない去り方に、思わず舌打ちをする。先程の意気込みはどうしたと言ってやりたいものだ。
始(よくもあのような大口を叩けたものだ)
一息をつくと俺はいつ攻撃されても良いように体制を整える。
相手が背を向けている今がチャンス。
こっそりと懐から術札をとりだし、“陽の気”を注ぐ。
やられる前にやる。
いざ――
っと、術を発動しようとしたところで
零「今夜の晩飯・・・川魚のうらみだ!!そこの熊ぁ!!!責任もっててめぇが俺の晩飯となれぇ!!!」
始「は?」
響いた絶叫に思わず、術を繰り出すタイミングを間違ってしまう。
あまりのことに呆けていると、包帯まみれのミイラのような獄族は体を縮めると勢いよくとびだし、逃げる熊めがけてとびかかる。
ビシリ!と指を刺された大熊は、がるるると咆哮を上げ、襲い来る敵をみとがめると獄族めがけてかけだした。
ガァ!!ドゴ!どりゃぁぁ!!!
爪が武器となる獄族が放つ刃物のような疾風を大熊がさけ、牙をむき出しにして大熊が獄族に襲い掛かる。
激しい音があたりに響き、地面がなん箇所か獄族のせいでえぐれ、木の幹が傷を負う。
獄族が地面に転がる包丁を拾い上げれば、それをみごとな構えで投するも熊は察したようにそれを交わす。
それにより熊の背後の木に包丁はささり、再び木が幹から縦に裂け、大きな地響きとおともに倒れる。
そこで舞い上がった雪のせいで、一瞬視界が白でおおわれる。
雪が消えた時には、すでに大熊の姿はどこにもなかった。
零「だぁー!!Damn it!!せっかくの獣肉GetのChanceが!!!熊鍋にありつけるかと思ったのに!!!」
横を見れば、大層嘆く獄族がいる。
あまりの人間らしい発言に、思わず毒気が抜かれた。
はっきり言って「ゲット」や「チャンス」など、聞き覚えがあるはずの単語が異様に発音がよく聞こえ、まるで別の国の単語のように聞こえたのは錯覚だろうか。
あと最初の聞いたことない単語は何だろう。「であまと」ってどういう意味だ?
地団太を踏んで、熊を逃したことを悔しがっていた語族は、ふいにピタッと動きを止め
零「あっっっつい!!!汗疹になるわっ」
ガッ!と顔の包帯を乱暴に剥ぎ、首元も寛げた獄族はフーフーと呼吸を繰り返していた。
――白
霊布をはぎとり、現れたのは、白色。
獄族特有の青白さとは違う美しい色。
しいていうなら、この場を見事な銀世界に変えている雪のような・・・。
髪も肌も新雪を彷彿とさせる。
光加減で透き通るかのような若菜色の瞳。
あれで包丁を抉るように投げつけたとは信じ難い華奢さ。
濃い色合いの衣服が、その白い獄族の存在をきわだたせていた。
儚い雪のように今にも解けてしまいそうなのに、彼がそこにいるとすべてが証明していた。
存在感があふれだすようだった。
目を奪われる――とはこの事なんだろうか
零「驚いた。ずいぶん冷めた表情の鬼がいるなと思ったら、人間の子供か」
包帯をといたことでようやく俺を視認したらしい。
白い獄族が俺を振り返り笑った。
いつの間にか夜の時間になっていたらしい。同族と間違ったと告げる獄族の背後に、明るいほどの月が出ていたのに気づいた。
チラリチラリと雪が舞う。
それがいつもの寒さからくる雪なのか、それとも獄族が地面の雪をけとばして飛んだ雪なのかは、わからないが。
ただ、ただ、攻撃することさえも忘れて、それに見入ってしまっていた。
きらきらとした若草の瞳が「どうした?」と微笑みながら眇められる。
その様は相当な色香を発揮していて、背後の月と相まって、ああ、なんてきれいなんだと思った。
敵のはずなのに、そう思ってしまった。
ぐぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜
ふいに響いた音に、思わず目を見張る。
綺麗だとおもって見惚れていた、そんな空気が綺麗さっぱり霧散する。
零「あー腹へったなぁ」
その大きな音は、どうやら白い獄族の腹の虫の音だったらしい。
儚いと思っていた姿はどこかへ消え、「わりーわりー」と腹をさすりながら頬を描く姿に、笑ってしまう。
こういう状況でなければいっそ、ふつうの人間の会話だ。
それが“陰のもの”でも最強とよばれる種族、獄族の男が人間の俺に言っているのだ。
これがおかしくないはずがない。思わず大きな笑いをしてしまった。
始「はははは!お前のような獄族がいるとはな」
零「そんなに笑うなよ。腹が減っては戦はできぬというだろ。
まぁ、俺たち獄族は気まぐれなのも多いから、人間に協力するやつもいるわな。あ、俺も別に人間嫌いじゃないぜ。っというか、もう夜時間だろ。あぶないから送ってくぜ」
始「ふっ、やはり面白いやつだな」
零「って!?お、お前?!額から血が流れてるぞっ」
月の位置のせいで獄族の影になっていてあまり俺の姿がはっきり見えていなかったようだ。
獄族は俺の顔をまじまじと見るなり、ギョッとして、あわあわと懐から包帯と小さなツボを取り出す。
香りからして薬草をすり潰したものらしく、ソレを塗りつけテキパキと治療し始めた。
獄族なのに。
始「獄族が…薬草を持つのか。それに随分と手馴れている」
零「獄族は頑丈だが、知り合いの人間が無茶をするんでな。
何故か、崖の先だの洞窟の奥だの危ない地へロマンスを感じるらしい…だから作っては渡してんだよ。」
始「ろま?いや待て。これをお前が作っているのか?!」
零「おう。―――っと、これでヨシ。薬草には自信あるが応急手当だから、ちゃんと、診てもらえよ!」
月を背にニカッと笑う姿は、およそ陰を纏うはずの獄族とは思えなかった。
始(首元にぶら下げた数珠が無ければ俺(人間)と変わりがない)
村まで送るという言葉は事実だったようで、どこどこの森の薬草がどう効く。
とか、
熊は血抜きをしても獣臭いからリンゴと一緒に置いておくと少し匂いが和らぐとか、仲間が人間と契約していて――など。
白い獄族は、なんでもないことのように知性なく襲ってくる魔物を爪をふるってあっさりたおしながら、村までおくってくれた。
生きる時間も種族も違うはずなのに、そいつはまるで旧知の友人のようにくったくなく話しかけてくる。
会話をしていても普通に会話ははずみ、敵であるはずなのに、なぜかそいつの横を歩くのは悪くないと思えた。
村が見えてくると、さすがに傍によると自分が攻撃をくらうとわかっているらしく「じゃぁな!」というと立ち上がり、来た道を戻ろうとする。
そのままでは雪にまぎれて消えてしまいそうに思えて、獄族の腕を俺は無意識に掴んでいた。
零「どうした?」
始「・・・名前」
零「は?」
始「俺の名前はハジメだ。お前の名を教えて欲しい」
気づいたら、名前を教えていた。
名前はこの世で一番短い呪だと聞いたことがあった。
それをかるはずみに名乗ってしまったが、後悔はなかった。
白い獄族は、俺が名乗ったことにポカーンとしていたが、意味を理解すると、ニヤリと口端を持ち上げた。
零「―――シュンだ」
これが、後に俺と契約をする白い獄族〈シュン〉との、初めの出会だった。