有得 [アリナシセカイ]
++ 零隼・IF太極伝記 ++
01. Monoclome sky
<詳細設定>
【霜月シュン(シモツキシュン)】
・真名「神崎零(カンザキレイ)」
・霜月隼の成り代わり主
・前世は〈黒バス〉の火神大我
・一人称「俺」
・前世の影響でとにかくよく食べる
・バスケバカ
・運動するのが大好きで、現在は剣術をならっている
〜Side 元火神な零なシュン〜
――最近、よく空を見上げることがある
きっかけはたぶん、ハロウィン企画の打ち合わせでのこと。
部屋の階が違うグループとはあまりかかわりがないが、プロセラとグラビは兄弟グループとして紹介されてから、仕事をよくグループ混合一緒くたにされることも多い。
各階にはそれぞれの共有ルームといわれる場所があるが、俺たち通称「ツキウタ」のめんめんは、所属グループ関係なしに、お互いの階や部屋を行き来している。
その共有ルームの一室に、12人全員が集められたということは、12人そろっての大きな企画があるということ。
念願の合同ライブだろうか?それなら先にリーダー(らしくないとはいえ俺がリーダー)の俺に、声がかかってもいいだろうに。
みんなも何かがあるのはわかっているので、ソワソワと落ち着きがない。
しばらくわいわいと待っていると、白と黒の参謀ズたちが、なにやら楽しそうな表情で紙の束を持って入ってくる。
春「じゃーん。おまたせ〜」
始「いいから早く始めろハル。全員を集めたってことはなにかあるんだろ?その手元の紙束からして」
春「もう。ハジメってばせっかちだな」
海「っと、いうわけでハロウィンだ!」
零「ん?」
葵「どういうわけ?」
恋「ハイハーイ!もしかしてハロウィンっていうことは、パーっとなにかやるんですか!」
海「コイ、正解!この企画案を持ち掛けられたとき、俺とハルは、“これしかない!”って思ったな」
春「うんうん。月城さんにも協力してもらったよね」
零「だからなにやるんだ?」
春「聞いて驚いてね!なんとみんなでハロウィンパーティーやるよ!
それもオレたち12人だけじゃなく、ツキプロのみんなでグループごとに仮装して、街を練り歩いてグループをアピールするんだって」
プロセラとグラビの全員が参謀ズによって集められ、10月のハロウインイベントについて詳細が話される。
驚いたことにプロセラとグラビで合同企画だという。と、そこで喜ぶどころか、どうやら会社全体の合同企画であるらしく、他のグループも参加するらしい。
なんて豪勢な。
春「それでいろんな人に俺達を知ってもらおうってことらしくてね。より親しんでもらうため、俺達ツキプロ所属の子たちが、来場者に向けてお菓子を配るんだよ」
海「いわばファン獲得のためのお近づきイベントだな」
春「ふふ。社長も面白いことやるよね。
ちなみにすでにだいたいのコンセプトは決まっているらしくて、SOARAの子たちは海賊。
Growthは成長するって意味だからか、ジ○リのトトロだって!
SOLIDSさんたちは、ハロウィンぽくフランケンシュタインとか狼男、吸血鬼。
星と花の女子たちはツキウサと組んで、うさ耳必須で、かぐや姫や妖精とかおとぎ話のキャラクター中心にいろいろやるみたい」
海「そんなわけで、俺らのコンセプトは――」
春海「「《中華》だ/だよ」」
海「それでみんな統一することになったから、後日衣装合わせすんぞ!」
春「お菓子は社の方で用意してくれるって言うから、あとは衣装合わせだけで。日程だけど・・・」
いつもより若干テンションが高いカイとハルが、資料をもとに仲間たちにイベントの説明をしていく。
二人はそんなに行事イベントが好きだったのだろうか?とちょっとした違和感に疑問に思うが、あの参謀ズのめったにみれないイタズラガ成功しましたと言わんばかりの楽しげな様子に、まぁ、いいかと思ってしまう。
俺の名は、霜月シュン。
前世は漫画〈黒バス〉に酷似した世界の火神大我だった。
・・・そのハズだ。
だから外見は白く儚そうなまったく別物になった今も、火神大我としての名残よろしく、山盛りの量のご飯をいつも食べている。
バスケだって大好きだ。一人称も「俺」のまま。
だけど・・・なんだろうな。
最近、なんだか記憶に違和感を感じる。
些細な祖語。
ふとした拍子に、「前にも」「こいつと」こういう会話なかったっけ?と既視感のようなものを覚えるのだ。
デジャヴを感じるということは、経験したこと。だけどそう思わせる相手が、黒子や水色、バスケといった前世に関連付けられるものではない。“懐かしい”と感じさせるのは、常に「ツキウタ」の仲間たちのみ。
おかしなはなしだ。
なつかしさ。それをふりはらっても、自分の中に残るのは困惑だけ。
そういうときは、ふと空をみあげてしまう。
あるのはいつもと変わらない青空ばかり。
青い空にさえ違和感を感じてしまう。
・・・なんて、だれにもいえるわけがないが。
伸ばした手は、雪もあの空の破片さえふれず。
なにもつかむことはなく。
ただ、青い空が、まぶしく視界を焼いただけだった。
* * * * *
“その日”がきたのは、あのハロウィン企画の衣装合わせの日だった。
この企画がでてからは、参謀のハルとカイがいつにもまして盛り上がっていた。
そのテンションのままやってきた当日。
参謀ズたちによって再度「ツキウタ」メンバーが全員集められた。
陽「ハロウィンがまさかの中華とは・・・ん?これ、皆デザイン違うんか」
春「ふふっ流石ヨウだね。よく気付いてくれたよ!もうすっごい頑張っちゃったよ」
海「おー、全員違うんだぜっ!俺とハルでめちゃくちゃ細かくデザインについては指定したからなw」
駆「ふわー本当に細かい」
葵「え。まさかこの装飾とかも?いやハルさんならたしかにここまでこだわりそうとか、やりそうだとは思うんですけど」
涙「こまかい」
恋「これってキョンシーとカンフーに分かれてたりします?あ、俺はカンフーバージョンだ」
新「俺のはキョンシーか。ん?こ、これは!御札の文字にさりげなく苺模様!!?<●><●>」
陽「札に苺だと?うぉ!まじだ!」
零「ハロウィンってことは、この格好でトリックオアトリートって・・・桃饅とか胡麻団子になるのか?」
葵「中華らしいね」
涙「桃まん食べたい。あ、ツキウサまんでもいい」
零「桃まん。ツキウサまん・・・胡麻団子、麺鴨肉餃子小籠包青椒肉絲麻婆――」
海「食べ物思考はそこまでにしとけって。涎ストップなシュンにルイ」
春「それと。衛生面とか配布の都合で、ラッピングが中華風であって中身はチョコとかキャンディとかってだけだからね!」
始「そもそも食べるのはお前でなく、お客様、だろ」
零「Σ(゚Д゚)」
新「うわー本当に細かいこれ」
始「ハルはともかくあのカイがここまで熱をいれこむなんてな。・・なにかあったりして、な」
海「おいおいハジメ、俺がまるでなにかたくらんでるみたいじゃないか。ここは参謀として頑張ったといってほしいね」
恋「あのサバイバルイメージがお茶の間のみなさんに定着しちゃって脳筋ぽく思われがちなカイさんが!」
海「おいこら(笑)」
涙「カイ、中華好きだったんだね」
海「まぁ、今回の設定がたまたま俺のなかにガッツンときただけだぜ」
駆「それにしても本当にすごいですね!」
夜「ねー。ハルさんとカイさんのこだわりようがすごすぎる」
駆「こんな細かく作るほど、これって重大なイベントなんですか?あ、いや!どんな仕事も大切ですけど!!ちょっと二人にしてはやりすぎというか熱が入りすぎというか!!(汗)」
始「カケル、気持ちは分かるから気にするな。確かに新曲を兼ねたイベントならまだしも・・・ここまで細かいのは意外だな」
郁「そうですね、衣装の生地や装飾も凝ってますよ。これすっごい肌触りがいい」
春「フフ、企画を考えた俺とカイに妥協はないよっ!」
海「今回限定だがな。なんか燃えたわー」
ハルとカイによってデザインされたという衣装は、二人のこだわりがわかるようで装飾も小道具もとても細かかった。
まるでなにかを見本にしているように・・・。
見本?
なにかを?
見本にしている何かがある?
ふとまたいつもの違和感を覚えるが、解答にはたどり着けず首をかしげるに終わる。
周りを見渡すと、たしかに今回の衣装へのこだわりがすごいというのがよくわかる。
チャイナ服といっても、キョンシー指定されたこどもたちの衣装は全体的に袖が長く、数珠のようなものも用意されている。
アラタが喜々としてイチゴのお札を額に張り、ハルにダメだしをされているのが新鮮だ。「帽子にはらないとお客様に顔が見えないでしょ」とハルは苦笑しているが・・・
ホ・ン・ト・ウ・ニ?
その帽子も札も本当は、ハルとカイの中では確定したものではないのだろうか。
わからない。
なんで今日はこんなにも集中できないのだろうか。
そうか腹がすいているのかもしれない。
小道具のなかにあった神粘土製の桃饅頭を手に取り、これが本物だったらいいのにと、ため息をつく。
食べれないものは仕方ない。
たべることのできないぬいぐるみにでももたせて、満足するとしよう。
そのまま桃まんをパンダのぬいぐるみにはさませ、パンダごとかかえこむ。
こういうモフモフしたの12個もよういしたなんて、きっと動物園のお土産はいい売り上げになっただろう。
え?普通のお店でもぬいぐるみ売ってるって?そうなの?
まぁ、いいや。
腹が減っては戦はできぬ。そうおもって、なにか腹にいれられる本物の食べ物はないかと視線をさまよわせれば、ほかのメンバーと衣装担当のスタッフが丈の長さなどの微調整のため仮縫いやマーカーを施している。
他の子どもたちはまだ着替えと格闘中だったり、スタッフと意見を交わしていたり、小道具で遊んだりしてはしゃいでいる。
どうやら俺だけ今は手隙状態のようだ。
まぁ、裾はちょっと引きづるので、俺もあとあと彼ら同様にスタッフさんに直してもらわないといけない。
そういえば自分の衣装はどうみえるんだろうか。
この世界に転生してからは、外見のせいかやたらと白い服ばかり着せられていたから、黒い服はすごく新鮮だ。
ひととおりみんなが着替えが終わる頃には、テンションが上がっていた。少なからず仮装が楽しいのだろう。
俺もコスプレとかそういうの好きだし。
コスプレってやってるときも楽しいし、出来上がったときの完成度を見てニマニマしちゃうんだよな。
さぁ、黒い自分というのはどういうものだろうか。
ワクワクとして自分の格好がみれる大鏡の前にたてば、そこには黒いのにやはり白い俺がいた。
零「・・・」
違和感。
いや・・・・・これは・・・既視感?
見覚えがあるなんて、そんなわけない。
だってこれは今日始めて着たもので、デザインもくわしくは今日まではまったく知らされなかった。ならこれは「なつかしさ」なんてものではなく、「違和感」に違いない。ほらいつもと着ている服の色が違うし。きっとそう。
うん。すごい新鮮だ。
全身黒でも似合うじゃん。今度から白以外も着よう。
鏡をうんうんと満足げにみていると、鏡の中で動くものを見つけた。
そのままスタスタとハジメがやってきて、覗き込むように背後から鏡を見る。
零「どうよハジメ。俺のはキョンシーだぜ。さすが参謀ズ。似合うと思わないか?」
始「シュン・・・」
ドヤ顔して振り返れば、ハジメはなぜか眉間にしわを寄せている。
似合ってないだろうかと一瞬不安になったのだが、次の言葉でその場に静寂が訪れた。
始「装備に包丁が足らない」
は?っと聞き返した俺はたぶん悪くない。
真面目な顔をして何を言うんだろうと思ったのは、なにも俺だけではないようで、はしゃいでいたこどもたちも勢いよく振り返ってくる始末。
中には青い顔をしているものまでいる。
いや、スッタフさんよ、ハジメのはジョークだから。そんな殺人鬼を見るような怯えた目で、このイケメンリーダーをみないでやってくれ。ハジメのは・・・あれだ!ただの天然だから。・・・・たぶん。
天然、だよな?そうだよな?
夜「ハジメさんなに言って?!」
零「えっとキョンシーだから、怖いものってイメージか?・・・俺、ジェイソンでもジャックザリッパーでもないぞ?うん?」
涙「なぜ包丁?」
郁「ここには包丁ありませんからね!」
恋「キョンシーって包丁持つもんでしたっけ?!ねぇ、カケルさん、そこのところどうなの!?」
駆「え!?ふ、ふつうはチェンソー、あ、まちがった。えっとお札を額につけてピョンピョンはねてるだけかと(汗)」
新「まぁまぁ、おちつけ」
葵「なんで平然としてるのアラタ!」
陽「チェ、チェンソーを持ったキョンシー・・・俺らアイドルじゃん!?なんで包丁とチェンソーなんて選択したし!!」
春「あ、チェンソーが増えてる」
大パニックである。
もといみんなノリがいいとでもいうのか、ハジメの発言を真に受けててんやわんやの大騒ぎだ。
ただ、そのなかで参謀ズだけ、驚きも何もみせず苦笑を浮かべている。
海などは、なにか考えるようにハジメをみつめているだけで、こどもたちのノリツッコミには参加していなかった。
海「なぁ、ハジメ。どこからその包丁設定でてきたんだ?俺も不思議でさ〜」
俺がみているのに気づくと、カイはいつもと同じようにニッカリと笑って手を振ってくる。
そのままカイはハジメのもとによると、なんで周囲が騒いでいるのか理解していないらしく不思議そうに首をかしげているハジメの肩をポンとたたく。
ハジメは俺の姿を見てやはり「包丁がないよな?」っと眉をしかめたが、カイに苦笑されたうえ別の場所に誘導されていったので、包丁の件はここまでとなった。
包丁・・・それをどこかで。
俺は長すぎる袖から自分の手をだし思わず見つめてしまう。
そうだ。たしかに俺は、いつかどこかで、この長い袖に包丁を隠し持っていて・・・それで――
ちらり
ちらり
視界を一瞬何か白いものがよぎった気がした。
いけないいけない!空腹すぎて、ついに舞う埃が綿あめのように見えたなんて思ってはいけない。
いまのはきっと鏡に映った自分の髪の毛だ。そうに違いない。
だって・・・10月の、それもこんな部屋の中で“雪”なんか降るわけがないのだから。
慌てて首を振るも、感じた既視感はぬぐえない。
チラっと視線を向ければ、騒いでいた仲間たちがどこか先ほどみた鏡の中の自分と同じような・・・なんとも言い難い顔をしていた。
抱いた違和感。あるいは既視感。もしかするとそれを感じたのは、自分だけではないのかもしれない。
きっとお腹がすいているから。
だから、なにかが“足りない”と思うのもしょうがないことで。もちろん足らないのは包丁なんかではない。
寒さを紛らわせるように、ぎゅっと、うでのなかのパンダを抱きしめた。
俺が持っていたパンダは、必要な小道具だったらしく、桃まんをつけたままハルに回収された。
かわりに笑顔でカイから、札を加えたパンダのぬいぐるみを手渡された。
合計12体のパンダはそれぞれ特徴があり、しかも名前もあるらしい。
これまたハルとカイの中では、パンダを持つのは全員必須で、持つべき人の設定も決まっているようだ。
ハジメには、つい先程まで俺がもっていた桃まんを持ったちょっとふくよかなパンダが渡される。
カイが持っているパンダは腕に装飾をしていて帽子をかぶっている。
ハルがもっているのは片目だけ眼帯をしたパンダ。などなど。
そして迷いなく12体のパンダは、12人のメンバーの腕に収まっていく。
春「こちらも各々の特徴をとらえたデザインにしてみたよ。そしてなんとこの子達には名前があって――」
零「ハジュ」始「カリン」
ウキウキと話すハルの言葉をさえぎってしまったのは、すまないと思う。
でも、腕の中のぬいぐるみを見たら、浮かんだのだからどうしようもない。それをうっかり口にしてしまったのは失敗だったが、ほぼ無意識といっていい。
だけどそれは俺だけでなく、ハジメも同じよう。
バッと俺とハジメは見合わせる。二人とも全く頭になかったからだ。ただ単に頭に浮かんだだけのを同じタイミングで口にしたのだ。
ハルとカイがどこか柔らかい苦笑を漏らす。
春「おやおや、さっそく当てられちゃったかぁ。なんだざんね〜ん。ハジメの抱いてるパンダなんか、名前がひねってあるからすぐには当てられないとおもったんだけどね・・・・・・・・まぁしょうがないか」
海「じゃぁ、ネタばらしをすると、そっちからハジュ、カリン、ハルル、ミミ、シンシン、キキ、カケルン、レンレン、ヨウヨウ、ヨルル、ルイルイ、フーミンだ。けっこう名前の漢字をだぶらせたやつが多いんだよ」
郁「あれ?もしかしてパンダの持ち主って自分たちの相方と交換こなんですね」
海「ああ。そのまま本人の名前のパンダを手渡したらひねりがないだろw」
駆「ねぇ、コイが持ってるパンダの名前だけがめちゃくちゃ安直なんですけど!!俺の名前そのままつけられてる!!」
恋「カケルんのもってる子は、俺の名前ってことですよね。じゃぁ俺が“恋”だから。えーっと、恋愛からきてレンレンとか?」
葵「アラタとおれのパンダは名前を音読みしたんだね。ちょっと新鮮だね俺の名を“キ”って読ませるなんて」
新「そっちのパンダが俺をイメージしてるなら、イチゴでよかったのに」
葵「それはちょっと(苦笑)」
涙「かわいい」
相方というには、参謀ズとリーダーズの相方がなにかおかしいような気もするが。問題はそこではない。
ハルの言葉にみんながそれぞれのパンダを手に、名前のセンスを笑う。
しかし俺は笑えるどころではなく、手元のパンダをみながら思わず微かに顔を引きつらせた。
零「ひねってって・・・それでその名前って」
俺の手元のハジュはいい。
問題はハジメが手に持つパンダ―――《カリン》という名のそいつである。
ハジメの手の中にいるのは、あきらかに「霜月シュン」とは別の〈俺〉をしめしているような、きわめてなんともいいがたい特徴を持つパンダである。
まず第一に、他のパンダとはちがい特徴的な二又眉で、どことなく強面である。
自分の「今の」顔とも、名前もなにも共通点などないパンダ。
そもそも名前からしておかしい。
もし他のメンバーと同じように相棒の名前から命名しているのであれば、俺のパンダにあたるハジメの腕の中のそいつの名前は・・・例えば「シュンシュン」とかになったはずだ。
シュンシュン――ではなく、カリン。
だが、“前世”を含めると、そうではない。むしろ……どう見ても〈前世の火神〉をほうふつとさせられる。
二又眉毛。
名前のもじり方がなど「火神」+「誠凛」を混ぜたようなそれ。
前世の俺が成り代わった火神大我というのは、たしかに特徴的な眉毛であったし、俺は誠凛の生徒だった。なにより高校時代のバスケが大好きでしょうがなかった。
だから自分の名前と大好きな高校時代の記憶をもとに、“俺が”自ら自分のパンダに《カリン》と名前を付けるならわかる。
なのに名づけ親は、俺じゃない。
俺は一度だって、前世の話はしたことがない。
なぜハルとカイは、“それ”を知っている?
その名は、たしかに前世の〈黒バス〉の関係という気がしてならないのに、“今の”白く繊細とさえいえる俺のこの外見で・・・誰が二又眉毛のパンダをみて「カリン」なんてイメージ出来るんだよ。
疑問はあるのに、それが口から出ない。
前世のことなんて言えるわけない。
ならばなぜ?
でも、どこかで納得してしまう自分がいるのも確か。
よくわからないが、ハルとカイならば“そう名付けて”もおかしくない気がしてしまった。
“彼ら”だからこそ――。
それに・・・
始「シュン!?」
ハジメに肩をゆすぶられて、ハッと我に返る。
なんだっけ?
いま、俺は何を考えていたっけ。
たしかだいじなことを・・・
ふと腕の中を見れば、いつのまにかハジュがいなくなっている。
どうやら落としてしまったらしいと気付き拾おうとしたが、それよりさきにカイに顔を押さえつけられゴシゴシと音がしそうな勢いで顔を何かでふかれる。
海「っ!ほら、ハンカチ!」
いたたた!力強すぎだバカカイ!!!
ハンカチってなんだよ。顔になにかついていたのか?
なんだっていうんだよ・・・
零「え?」
なんだこれ?
なんで――
零「なんで涙がとまらないんだ」
どうやら気づかない間に俺は泣いていたらしい。
それに慌てたカイとハジメが声をかけてくれたり、ハンカチをくれたらしい。
俺は泣いているんだと、気づいてしまったら、涙はどんどん出続けた。
ポロポロと流れ落ちる涙はとまらなくて。
正直、理由なんて思い至らず、なんで自分が泣いているのかもわからないのに、訳が分からないまま――なのに止まらない。
これには年中組と年少組が驚き、慰めようと駆け寄ってくる。
涙「痛いの?シュン。ナデナデ」
恋「ぎゃー!!!大丈夫ですかシュンさん!名前そんなに嫌だったんですか?そ、それともゴミですか!?」
対照的な二人がまず駆け寄ってきて、二人そろって見当違いなことを言ってくる。
それにようやく気分が浮上し、すこしだけ笑えた。
涙はまだとまらない。
零「あ・・・そのうち止まるから?たぶん。ありがとな」
うん。痛くもないから。
いや、痛いかな?どこか・・・・・・・・まるで魂のどこかに、ぽっかり穴があいてしまったようで。
ああ、そうか。
だから涙が止まらないんだ。
つらくてつらくて。この胸の中の空白がかなしくて。
だけどそれの正体なんて結局、俺にもわからなくて、流れる涙はそのままに笑うしかできなかった。
零「大丈夫だ。本当に、なんでも、ないから」
恋「説得力ゼロー!!!アウトですよぉ!」
夜「なんでもない表情と溢れ落ちる涙のギャップ差で言われましても」
陽「だな。今日はシュンさん様子変だったし、少し休んだほうがいいんじゃないか?」
郁「そうですよ。少し休みましょう」
涙「シュン、お腹すきすぎ?」
新「おーっし、ならば、この俺がとっておきをシュンさんにあげちゃいまーす。わーい、ドンドンパフパフ(棒読み)。本当はあげたくないけど、シュンさんはあれでしょ。糖分不足でしょーし。さぁ、これを飲んであっちでちょっと休んでてくださいなっ!っと!・・・ジャーン!イチゴぎゅーにゅー」
葵「!?あ、アラタが。あのアラタが!!自ら命と称してるイチゴ牛乳を他人にあげるなんて!・・・ううぅぅ。成長したねアラタ」
陽「いや、どこのおかんよアオイちゃん」
その後、本当にお腹がすいていたようで、アラタが(最後の最後まで手を離せず歯を食いしばっていたが)手渡してきたイチゴ牛乳を飲んだことで、甘さが身に染みわたるようで少しほっとしたことで、涙は止まった。
落ち着きをとりもどすことができ、なんとも悲しそうに自分の手とにらめっこしていたアラタに礼を述べ、あとでイチゴ牛乳をおごると約束した。
しかし今日起こった現象は何だったのか。
本人である俺でさえ意味が分からないのに、ほかのだれかがわかるはずもない。
そのためなにか“今回の企画”そのものに腑に落ちないものを覚えつつ、スタッフさんから軽食をバリバリ食べている間も悶々としていたのは変わらなかった。
ヒ ラ リ・・・
ああ、またか。
視界を“白”がよぎる。
ああ、そうだ。
これだ。俺の傍に何時もあったのは・・・
望んでいたのは、きれいな日の下の青でなく。
あの白のバックにいつも存在していた・・・・・黒い空。
―――空を見上げ、恋焦がれるように求めたのは月。バスケットボールみたいで、いつもおいかけていた。
「・・・・・」
「どう思う?」
「おれ達ちょっと調子に乗りすぎちゃったかもしれないね」
「気づいては・・・いないよな」
「たぶんね」
「二人ともか?」
「今日のところは。でも未来はどうなるかは、運しだいってとこかな」
「なぁ、あのことって。もう時効だと思うかハル?」
「教えて、あげる・・べきなのかなぁ。でもねカイ、俺には――
どうしたらいいかなんて・・・わからないんだ」
* * * * *
―――夢を見た。
ひ ら り
ひらり くるくる ひら り・・
■■■の空から舞い降ちる。
それは―――■。
地面にふれれば儚く夢のごとく溶けて消えてしまうもの。
けれどそれが夢でない証拠に
■の上に降り注げば
とけることなく
やがて積もり 重なり
幻想的な白夜の草原を作り出す。
雪の中でポツンと一人だけ。自分だけがそこにいる。
見上げた空には大きな丸い月が昇っていて、一生懸命それに両手を伸ばす。
ああ、なんて大きいんだ。
きれいな真円、丸い――それ。
まるでバスケットボールみたいだ。
月を追いかけるように雪の中を走った。
見上げた空は、いつも“真っ暗”だった。
そこにあったのは夜だけの世界。と少ない太陽の時間。
だからほとんどの時間空には月が浮かんでいた。
夜の空は、黒いのに。
いつも星が瞬いてきれいだった。
――ずっと見続けてきたのは、白と黒だけの世界。
それがこの世界に生まれてからすべてだった。
一面を覆いつくす雪の白と、夜空の黒だけがすべて。
だからはじめてキラキラとした“色”が入ってきた時、これこそが“太陽の色”だと思ったんだ。
白と黒以外の色。
ひさしぶりにみたそれ。
陽の下でこそもちえる濃い色を持つそれに、興味を持った。
それはきっと陽の光の下で一等輝くものに違いなくて。
この世界に生まれてからは、“濃い色合い”なんてうわさでしか聞いたことがなくて。
ずっと本物を見てみたくて。
会ってみたくて。
極彩色のそれを月の光で照らす姿に、きれいだなって思って。
俺が生まれたこの世界は暗いから、みんな淡い色ばかりで。
同じ黒い空の下にそれがあるのがうれしくて、うれしくて――
きみに声をかけた。