有得 [アリナシセカイ]
++ 字春・IF太極伝記 ++



【太極伝奇】 外伝 03



「ここが俺の国です!」

栄華の華やかな街並みが遺跡となった場所。
そこに建てられた三日月マークの旗のもと、復興された都――月野王国。

長い旅の末についたのは、かつて「大和」と呼ばれていた島国だった。







【ノスタルジック・ムーン】
 〜side 獄族のはる〜








春「大和ぉ!?ま、まだあったんだ!ど、どうしよう!?どうしよう はじめ!こ、こんなことって! こんなにたくさんの人が残ってたなんて!ああ、もう・・・無理。感動しすぎて死にそう」

にぎわう港町。海を越えて到着した場所の華やかな光景に、〈はる〉は目をパチクリさせたあと、 遠くに見える独特な形の山を見て目を大きく見開くと、興奮したように「フジヤマ!?」っと声を上げ、額を抑えてそのまま倒れかける。
さっと〈あおい〉の陰から姿を見せた〈あらた〉がその背を支える。
興奮しすぎでたおれた〈はる〉に、慌てて駆け寄るのは〈あおい〉だ。

葵「はるさん、しっかり!!!大丈夫ですか!?人に酔ってしまったんでしょうか!?しっかり はるさん!はるさん 死なないで!」
新「おちつけ あおい。死なないから。ただ興奮しすぎただけだから」
葵「ほんとうに?」
春「あ、ごめんね あおい君。大丈夫。ちょっと、きてみたかった場所に来れて緊張してるだけで」

始「はる、おちつけ。お前のテンションに あおい様 がこまってるだろうが。ほら、起きれるか?」
春「あ、ありがとう はじめ。あーもう。ここまでドキドキしたの生まれて初めてだよ」

言葉の通り、かなり興奮しているようで、普段はひんやりとした獄族らしい青白い肌は上気して微かに朱がかかり、普段より血色がよくみえる。
それに苦笑しつつ〈はじめ〉が手を伸ばせば、〈あらた〉にささえられていた〈はる〉はのばされた手を取って立ち上がる。
眼鏡の向こうの瞳が、はるか遠くに見える山の陰影を見つめて微かに潤んでいる。

葵「これほど喜んでいただけると、王族みょうりにつきます!」

始「ところで はる。お前、うちの国に来たことあったのか?」
春「ないけど!ないけど大和の知識はあるよ!!」
始「ヤマト?ここは月野王国だが?」
春「この地は“崩壊の日”までは大和っていわれてたんだよ!ほら不死山!!」
葵「いえ、あれは日昇山とかいて、ヒショウザンといいます。太陽が一番最初に昇る場所ですから、ずっと昔からその名でしたよ」

春「それより前!この国の歴史が始まるより前!太陽がなくなる前だよ!! “崩壊の日”より前!!この島がまだお月様みたいな形じゃなくて、竜みたいな姿だった時の話。
えっと!なんていえばいいのかな。オレの憧れというか・・・・そうだオレ!オレの《核》。その願いの原点なんだよここは!
オレの《核》は、あたたかい春を望むひとびとの願い。
大和って、その春――というか季節が一番美しい国といわれていてね!! 春を望むひとたちの記憶は、いつもこの大和の四季をみんな思い浮かべてたんだよ!だからオレには大和の四季の記憶があって」
葵「“崩壊の日”・・・」
春「むかしもあの不死山はこの地のどこからでも見える。うつりゆく四季の象徴だった。
ああ、まさか大和にこれるなんておもってもみなかった!!あ、この光景、なんだか“むこうの日本”に似てるかも。大和は並行世界の日本にあたるのかも」

〈はる〉は嬉しそうにそこまで一気に語ると、祈るように手を組んだあと、もう一度日昇山を見つめた。

好きなだけこの国を見てくださいね。と〈あおい〉が告げ、〈はる〉があきるまでそうしていようと見守る。

笑顔で頷いた彼は、また視線を月野王国の景色へと視線を移す。
失われた景色を思い出しているのか、どこか寂しげにもみえた。

愁いをおびた表情に加え、うっすらと漂う霧が〈はる〉の儚さを際立たせ、佇んでいるだけだというのに悩まし気だ。へたをすると、そのまま空気に溶けて消えてしまうのではないかとまで錯覚させる。

やがて日昇山を追い越した太陽の柔らかな光が、〈はる〉の淡い色の髪を照らしだす。
朝の名残で残る空気中の水分が朝の光を内包し、内側で光は屈折を繰り返し乱反射し、その一粒一粒が宝石のごとく輝く。
朝日の柔らかい光はベールとなり、霧はそのまま光で織った羽衣と姿を変えた。
双方が全く異なる煌めきを放ちながら、風にゆれてキラキラと光の粒子を世界中にばらまくようにその翼を広げていく。
この国ならではの緑の色が濃い空間に、たくさんの光がはじけていく。
そんな自然豊かな景色に溶け込むように、〈はる〉はその全身でなにかを感じようとするように光の中でたたずんでいる。

〈はる〉は獄族らしい感性をもちあわせているが、それでいて獄族らしからぬ獄族だ。
彼が持つ柔らかな雰囲気は、決して本来の獄族では持ちえぬもの。
大声をあげたり怒鳴るようなことはなく、性格も穏やか。
その微笑みは、まさに新しい蕾が芽吹き、ほころぶ花のごとく。 それこそ花がゆっくりと開花して、大輪の花を咲かせる姿――とは、こういうものかと納得してしまいそうなほど優美だ。
眼鏡のガラスの奥には、若葉のような美しい翡翠が存在する。
彼は名の通り、“春”そのもの。たたずむ姿はまさに化身といってもよかった。
〈はる〉という存在は、負のイメージの塊でもある獄族でありながら、むしろ清廉で優しいイメージを与えた。

そんな〈はる〉をこの国の大気そのものが歓迎するかのように、空気は暖かく揺れ動き、光は跳ね。鳥たちも歌いはじめる。
その光景は、まるでこの世界にはない“春の陽だまり”のようで、それこそ中心にいる〈はる〉こそが、光でできた造形物のようであった。

背後の原風景と〈はる〉の精霊か何かのような容姿も、楚々とした雰囲気も、すべてがあいまって、そこだけが物語の絵巻のような美しく暖かな光景だった。
そんな神秘的な風景に、通りすがりの人々がホゥっと息をついて見惚れたように足を止める。


春「よし!っと」

ふいに、満足したのか〈はる〉が気合を入れる声が響き、魅了されていた者たちの時間も戻ってくる。
クルリと嬉しそうに振り返った〈はる〉は、我に返ったばかりの〈あおい〉に近づくと、その両の手をぎゅっと握りしめる。

春「あおいくん!」
葵「は、はいっ!?」

春「大和につれてきてくれてありがとう!!本当にありがとう!」

そのまま〈はる〉は〈あおい〉の手を両手で握ると、今までにないほど弾んだ声で、それはそれは幸せそうにほわりと微笑んだのだった。
嬉しいという気持ちがあふれださんばかりのそれに、周囲にお花か星が散っているようだ。と、常に王子っぽい キラキラしていると言われ続けている〈あおい〉でさえたえきれなくなり、顔を真っ赤にし、きゅ〜っと魂が抜けてそのままたおれこむ。
その前に〈あらた〉が〈あおい〉を支え肩を担ぎ、魂を押し込んで戻し、不思議そうに首をかしげている〈はる〉から距離をとる。

新「うちのおかん、すごかろ」
葵「も、もうダメ・・あらた・・・おはなが・・おはなが・・・」
新「そうだろうとも、そうだろうとも。ふいうちの威力がハンパナイから気をつけろよ」


突然距離を置かれてしまった〈はる〉は、〈はじめ〉のそばにもどってから「二人はどうしたのかな?」と首をかしげる。
〈はじめ〉は〈はる〉と同じようにどうしてそうなったのかわからないとばかりに心底不思議そうに「何でだろうな?」と首をかしげ、 近寄ってきた〈はる〉の頭をわしゃりとなで気を紛らわせる。
結局ふたりの会話は「まぁ、なにかあったんだろう」と、それで落ち着いてしまった。

〈はじめ〉自身、なぜ〈あおい〉が倒れ、〈あらた〉が距離をとったかわかっていない。
状況はきちんと見ていたし、あのすべてが浄化されてしまいそうなほどの破壊力がある微笑みもきちんと目撃している。
だが、おかしなところなど何もなかったとしか思えない。
なにせ〈はじめ〉としては、〈はる〉が嬉しそうでよかった。――とそれに満足していた。つまるところ、〈はじめ〉に〈はる〉の天使の微笑みは効果がなかったとも言える。
そのため彼は、〈あおい〉の反応に連結する“なにか”の正体に、最期まで気づかなかったのである。

撫でることはあっても撫でられたことがない〈はる〉は、〈はじめ〉たちと旅をして初めて味わうそれに最初は意味も解らずキョトンとしていたが、最近は慣れてきたようで気持ちよさそうになでられるがままだ。

〈はじめ〉は〈はる〉の頭をなでつつ、先程までの彼の様子を思い返し、月野王国の風景を見渡し、ふむと顎に手をやる。
撫でる手が止まったので〈はる〉がちらりと〈はじめ〉をみやれば、日昇山をみて〈はじめ〉はなにか考え込んでいる。

春「どうしたの はじめ?」
始「考えていた」
春「うん」

始「いうなれば、ここは・・・人の願う“春”という場所の起源。ということだろうか、と」

起源。
懐かしいという感覚が〈はる〉を大和を知っているという感覚にさせる。
それのことだろうかと考え、それをもう一度舌の上で転がし、ストンと胸に落ちたことで納得する。

春「そう、だね。なんだか生まれた場所はちがうんだけど。こう、魂が、この景色を知ってるって、そんな感じがしてね。
もうこの世にはない光景だけど。
この場所がとても鮮やかな色彩を纏っていて、雄大な不二山が光を浴びながら古風な都を照らす――そんな光景が目に浮かぶんだ。
ああ、ここにあった花と緑がさきほこるあの鮮やかな景色は、“オレ”のことだなぁ〜とか。
帰ってきたというか、なんだか空気そのものが懐かしく思えて。こういう感覚はひとで言うなら・・・なんだろ?」

ノスタルジック。
失われた言葉で、それをひとはそう呼ぶ。
とある光景をみて、昔を思い出すなぁ。懐かしい。という感覚をよぶものである。

けれどそんな便利な言葉はこの世界にはなく、途切れ粉々になった文明をつぎあわせて継続されたこの世界では、そのまま残っている言葉もあれば、あまたの文化同様に失われたものも多い。
そのため一言で表すには、〈はる〉の感覚をそのまま表す単語はもはやない。

それでも人が感じ、おぼえる“なつかしい”という感覚と言葉はそのままで――

葵「故郷に帰ってきたとか?そんな感じでしょうか」

春「コ、キヨウ?・・・えっと、それはなにかな?」
新「故郷ですよ、はるさん。発音が違います。
とはいえ、あー・・俺ら“大陸”の獄族は、この国の獄族とけっこう違うんだった。“大陸”の獄族に説明するにはどういえばいいんだか。
普通、獄族は人間と同じように集団で暮らしたり、家をもったりしない。食事も眠ることもしないのが普通。家っていう概念がないと故郷を説明するのは少し難しいですね。
はるさんは、眠ることが必要だったので、住処っていうのはわかるとおもうんですが、そこのとこどうです?家ってわかります?」
春「人間が集団でまとまって住むのはしってるよ?家もわかる。一緒に暮らして、寝起きを共にする場所だよね」
新「故郷ってのは、基本的にその家、生まれた場所があるところをさすらしいです。実のところ、俺にもいまいちよくわからないんですけどね」
春「家と関係がある・・・なるほど、コ・キョーっていうのは、調味料の一種じゃないんだね」
新「故郷です」
春「こきょー。こきょう。うん、覚えた」

始「知っていて当然だと思っている感覚を、口で説明するのは難しいな」
葵「そうですね〜」

葵「まず故郷についてですかね。
いっぱんてきに故郷というのは、生まれた場所であったり、育った場所だったりを示す単語です。
俺の考えなんですけど。そのひとによりけりだけど、心の中にすぐに浮かんで懐かしいようなほっとするような風景のある場所。それもまた故郷だと、俺は思っています」
始「ふっ。そうだな。心が懐かしい嬉しいと感じ、ひとが帰るべき場所のことだ」

春「かえる、ばしょ・・・」

新「心の中の故郷。って言い回しも人間はするんですけどー、その場合は実際にない場所もさしてるらしいです。 たぶん はるさん が感じているのはそういうものじゃないですかね」
春「そっかぁ。故郷かぁ。ここが、オレの、“春”の故郷・・・・・なんだか照れるね」
葵「うちの国を故郷って思ってもらえるなんて嬉しいです」

そこからは〈あおい〉のテンションが上がり、「はるさん にお見せしたい場所がたくさんあるんです!」と、戸惑う〈はる〉の手を引っ張って駆けだしてしまう。

新「いいんですか、あれ」
始「なにがだ?」
新「いや、うちの あおい が、そのぉ〜、いいところを全部かっさらってる気がするんですが」
始「それがなんだ?」
新「しゅんさん の言葉じゃないですけど。俺はてっきり あおい に全部取られて、はじめさん は悔しくて嫉妬の炎に燃え盛っているのではないかと。 今すぐ あおい を はるさん から引き離さなければ!とか・・・いろいろ考えてたんですけどー」
始「あおい様が国を見せたいと思うことは、王族として当然じゃないのか?はる も故郷にこれて幸せそうだし、問題ないだろ」
新「・・・・素敵です。ぜひお義父さんと呼ばせ」
始「やめろ」





 


葵「そういえば はるさん、うちの王国でなぜ両儀の研究が行われてきたかわかりますか?」

王都と呼ばれる場所へ向かう道中――。
あれはこうだ。こういう歴史が〜。と、月野王国のあちこちを案内してくれていた〈あおい〉が、意味深な笑顔を張り付けて振り返る。

春「うん?・・文献でもあった?あ、むかしの研究員の子孫・・・とか?」

問われた言葉に、〈はる〉はもっとも有り得そうな選択肢を選び、答える。
しかし〈あおい〉は正解とは告げず、ただニコニコと嬉しそうだ。
なんだかいたずらを成功させた子供の様である。

葵「はるさん のおっしゃるとおり、うちの王族は、“人間”の研究者の末裔です。
俺たちの始祖は、第一世代の方から研究をたくされ、我々は国を挙げて代々その研究を引き継ぎ続けてきました。
でもそれだけじゃぁないんですよ。
これを言ったら、絶対 はるさん 喜ぶんじゃないかと思って、いつ言おうかって悩んでたんです」

新「いじわるはやめてやれ あおい」
葵「月野にまで帰ってくるまで黙ってたんだからこれぐらいは許してほしいかな」

春「?」

葵「実は、協力者の中には、はるさん と同じ“第二世代”の獄族さんが何人かいるんです!
第二世代の数人は、研究を引き継ぐ者と契約してくれていて、研究のサポートをしてくれています。 おひとりは、ずっと我が王家と契約を結んでる方なんですよ! いまは王、俺の父と契約を結んでいて、俺にとっては武術指南は彼ですね」
春「え!うそ!?・・・第二、世代の?」
葵「そうですよ。第二世代です」
春「何人も、いるの?」
葵「はい!何人も!です!!」

春「・・・まだ、生きてるの?」
葵「ええ、もちろん」
春「まだ、絶望せずに?」
葵「はい、そのとおりです!」

春「・・・・・・そんな、こと・・って」

始「泣くな」
葵「ああ、泣かないでください。やっぱりご存じなかったんですね。
相手も春さんのことは知らなかったみたいで、みなさん会いたいって言ってましたよ!」

春「・・・・・・・え?会いたいって・・・連絡どうやって?え?あおいくん が式とばしたの?え?あおいくん が?ご、ごめん、涙引っ込んだ。え?どうやって連絡を?はっ!?まさかスマフォがここにもあるの!?」

葵「あ、あの!す、すまほ?がなにかはちょっとわからないんですが。その、おっしゃるとおり式を・・とばしまして」
春「え・・あ、うん。そうだよね あおいくん も人間だし、そりゃぁ術とか使えるよね。オレ、てっきり・・・うん、ごめんね。できないなんて勘違いしてて」
葵「わー!!!す、すみませーん!!!俺じゃないです!俺には式を作るのは無理でした!!!」
始「・・・とばしたのは俺だな」

葵「式ぐらい作れるようにとか。やろうとはしたんですよ!でも!でもっ!!」
始「試したのは、旅だってすぐのころだったな(遠い目)」
新「ああ、あれ・・・あの惨劇を俺は忘れない・・いや、“あれ”は式なんてかわいいものじゃ・・・うん。忘れよう。あんなもの・・・そうだ。俺はなにもみなかった」
始「・・・・・・あの時は、みんな生きて帰れて。何よりだ」
葵「本当にすみませ〜ん!」
春「え。それほどなの」

始「この前のチョコレートの式はたまたまだな」
春「そ、そう・・なの?」

新「あおい様 は術はてんでだめだ。いっそ脳筋ともいえる具合で」
葵「う、うう・・・脳筋でごめんなさいorz」
春「ん?そういえばオレを助けてくれた時、成功してたよね?あとでチョコレートにもどちゃったけど」
始「成功・・・そうか、血だ。この前のは、あおい様 の血が札にかかった。血は、術において最高の呪具になりえるからな」

葵「も、もうやめてください!俺には術の才能がないのは明白で、俺なんかダメダメで・・・うぅ・・なんだか泣けてきた」

春「でもね。その あおいくん の式のおかげで、オレはここに戻ってこれたんだ。だから元気出して」
葵「はるさーん!!!!」

春「あおいくん の式のおかげで、オレはここにいる。
こんなにもまだオレの知らない世界があるって、あおいくん は教えてくれた。
オレに故郷をくれた。故郷に連れてきてくれた。それってすごいことだよ?
ね。あおいくん は、ぜんぜんダメじゃない」



春「連れ戻してくれて――ありがとう」





* * * * *
 




月野王国に上陸してから、また何日もかけ、いろんな乗り物にのり、〈はる〉たちは王都に到着した。
そこにはいままでみたことのないほど大きなドーム状の結界がはられ、大陸ではみたことのない古風なつくりの都がひろがっていた。
あまりの人の多さ、そして普通に獄族たちが人と同じように生活をしている。
なかには、札がない(未契約)のもののすがたもみれる。
街の獄族たちは、みな表情豊かで、人間と言葉のやり取りを不自由なくこなしている。冗談まで言っている者さえいた。
〈はる〉はそれに驚きポカーンとした表情でいたが、〈あおい〉にこっちですとひっぱられてしまう。
町人たちはみな〈あおい〉と顔見知りなのか、笑顔で声をかけていく。
どうやら王族であっても、この地の民は、気さくで、民と貴族の距離が近いらしい。

始「だから あおい様 が、一人で国を出ようとするのを目撃したからついてきたと言っただろう」
春「ん?んんん?」
始「あおい様 が王子だと知ってたから」
春「えーっと、それって はじめ も役職もちで王族に近いからとか・・・じゃなくて?」
新「うちの国の王族めっちゃくちゃフットワーク軽いんでぇー。王都は庭?てきな」
葵「こどものころから、ふつうに父と城下うろついてましたねぇー。ほら、護衛に契約獄族がいつもついてましたし」
始「つまり小さな子供でも、この あおい様 が王子だと知っているわけだ。うちの隣のドーナツ屋のやつだってそれくらいしってるぞ」
葵「ですね」

春「距離近すぎない?」



それから〈はる〉は、一度家に帰ると告げた〈はじめ〉とわかれた。
別れ際、ちらっとみせてもらった繁盛しているドーナツ屋の横には、幽霊屋敷かと思わずにはいられないボロッとした(だが生活感はある)大きめの屋敷が建っていた。

始「お前のことは後で家族に紹介する。だがまずは、その、家を掃除というか修理してくるから・・・そのあとまた会おう」

研究に没頭しすぎる家系らしく、障子に穴がというか障子紙がほぼない。
〈はじめ〉をむかえた獄族は、苦笑を浮かべながら、どこどこに穴が開いたなどと留守の報告をしている。
〈はる〉と視線があうと、その獄族は人間の様に柔らかい笑みで微笑み返してくる。

春「ここのひとたちは、みんな“心”をもってるんだね」
葵「生きる環境が違うせいですね。俺も国を出てからはじめて、“獄族”というものの在り方を知りましたから」
春「こういう温かい場所で過ごせたら、獄族狩りみたいなの、なかったのかな」
葵「・・・そのための俺です!はるさん!世界をもっとよくしましょう!そのためにも俺を使ってください!!」
春「ふふ。自分を軽くみてはだめだよ あおいくん。君はこの国の要だ。――――いこうか」
葵「はい!ではこっちです。あわせたいひとがいるんです」



〈はる〉をつれ葵がやってきたのは王城。
王城へと連れてこられた〈はる〉は、玉座のある広間にとおされ困惑気味に周囲を見渡し、ひとりの人物を目にとめ、そのまま目を見張ったまま固まってしまう。

〈はる〉は、目の前の光景が信じられず、言葉もでてこない。

彼の目の前には――

春「み、み、み、朏さん!?どうしてここに!!」

奥には玉座があるが、椅子に座る者の顔だけはかくすように、上から簾が半分おりている。
その玉座の横には、なんと〈はる〉が入れ替わった世界でラーメンをやたらとすすめてきた朏ユズルとうり二つの青年がたたずんでいた。

その額には、契約をとげた証拠である札がゆれている。

朏「あれ?お前、なんでおれのことしってんだ?」
春「はっ!?あっちの朏さんかと思っちゃった。そっかーこっちの世界では朏さん、獄族だったんですね。
あの、はじめまして。オレ、はるっていいます。よろしくおねがいしますね(´v`)」
朏「久しぶりに“同胞”と会えたかと思ったら。変な奴だな(笑)」
春「どう、ほう・・」
朏「俺は俗にいう第二世代だ。とはいえ、お前とは違って、それほど重い業は背負ってはいない。この国の繁栄を願った第一世代の願いによって生まれたからな。この国で生まれ、この国で育だった」
春「オレは、自分の背負うものが何かわかっています。この、彼らの願いはオレの願い。オレをここまで生かしてくれたものでもあります。大丈夫、重くないです」
朏「そうか」

葵「ふふ。みかづきさん、紹介がまだですよ?俺が はるさんに 教えちゃってもいいんですか?」
朏「ダメに決まってるだろう。
まったく、こう口がやたら達者なのは、この王族の血筋か」

朏「名乗り遅れたな。あおい様 あたりに俺のことはきいてるかもしれないが。俺は、ゆづる。 朏ゆづる という。この国の王に貢献した証として氏名をもらっている。よろしくな はる」
春「はい!お願いします」


「はなしはすんだかな?そろそろ私も彼と話したいのだがね」

〈朏〉と話していれば、ふいに楽し気な声がはいってくる。
視線を向ければ、玉座の上の人間が、御簾を片手で持ち上げ、もういいかなとばかりに立ち上がっている。

「あおい の父で、この国の王。月野みことという。よろしく」

〈はる〉の息が一瞬とまる。

春「ッファッ!?しゃ、しゃちょう!?ええええええぇぇぇぇぇーーーーーーー!?」

御簾の下から現れ、それはニコニコと〈あおい〉の傍にたつのは、向こうの世界で〈はる〉が“弥生春”の代わりとして何度か顔をあわせたことのある、ツキノ芸能プロダクション社長・月野尊、そのひとだった。
正確には、別人である。だが、並行世界の“月野尊”であることは間違いないだろう。

しばらくパニックに陥っていた〈はる〉だったが、周囲が不思議そうに首をかしげていること。目の前の〈朏〉と〈みこと〉が、別次元の同一存在だという結論に思い至り、そこでようやく落ち着きを取り戻す。

一度深呼吸をして、気を落ち着ける。

冷静になってみればいろいろ違いはすぐにわかる。
そこで王と〈あおい〉の苗字が違うことにおもいあたり、理由を問えば、“皐月”というのは妻の苗字だという。
旅に出るのに王族そのものの苗字では目立ってしまうから、旅に出る王族は別の姓でとおすことが定例となっていたらしい。


それから〈はる〉は、〈みこと〉によって、両儀を戻す方法・獄族と人が協力して残し続けてきた技術や、研究に力を貸すことを条件に、改めて月野王国の移住を認められる。
その際、第二世代であること、“願い”という業を守り続けてきたことを賞され、苗字を与えられることとなった。
人間の世界では、苗字というものには家を表す意味がある。この国の獄族にとっては、氏名を与えられるのは名誉なことらしい。


――〈はる〉は首を横にふった。


春「いいえ。オレはすでに名前を〈世界〉よりもらっています」


「名を与えよう」と言われた時、浮かんだ名があった。
他人に名付けてもらう必要はない。
〈はる〉は、もう“もっている”のだ。







あの光の世界が嘘でないなら。
あの世界でのできごとを忘れたくないから・・・


ねぇ、そうだよね “オレ”。


オレが君で。君がオレなら。

オレは――





春「オレは “弥生はる” と申します」





万感の想いをこめて告げる。
これから “はる” が “はじまる” のだと。





春を待ちわびる暖かな月に、願いをこめて。
オレを認めてくれた向こうの世界の彼らとの月日を思って。

この月の形をした国で、新しく生まれかわる。生きる。その決意と共に・・・



オレは今日から “弥生” を名乗る。













【オマケ】

春「あの、こちらに"崩壊の日"の記録があるときいたのですが」

獄「あ!君が新しい第二世代の子だね!大陸から来たんだって?遠いところようこそ!」
獄「わたしたちも第二世代なんだ。いや〜おしいことをしたね。君がもう少し早く来れていればね〜」
春「おしい?なにがですか?」
獄「なにって。第一世代のじいさんたち先月まで生きてたんだよwww」

春「え、かるっ!?え、第一世代!?」

獄「そうそう、あおい君が旅立った後なんだけど」
獄「第一世代のやつらは、先月までは全員ピンピンと生きてましたね」
獄「あのひとたち、肉体が変異した後も気にせず研究して、研究に没頭していたらあっというまに数千年たっちゃったみたいで(笑)
いや〜そこまできづかないで研究できるもんかなぁ〜とは思うんだけど、研究者の集中力って怖いよね。かくいうこの研究所にいる第二世代や他の獄族も人間も、みんな似たり寄ったりなんだけどねぇ」

春「第一世代、生きてたんだ。それなら、本当に一度、お会いしたかった、ですね。
しかも……オレが、彼らに謝罪する機会はあたえてくれないんて(苦笑)」

獄「ああああ!おちこまないで君!」
獄「そもそも謝罪って?あのトンチンカンな研究馬鹿な第一世代に謝罪って。君なにしたの?それ、絶対うちんとこの第一世代が何かやらかしたパターンじゃ…」
春「あ…オレは、その…。
"崩壊の日"の発生点で生まれたので、"崩壊させた記憶"があって……「世界を滅ぼしてしまったのがもうしわけない」っていう想いを取り込んで生まれたので、ずっと…謝罪しなきゃって、そういう想いがあったんです。
あの頃を知っている第二世代の方がいたら、皆さんどう思ってるかと思って聞きに来たんですが。第一世代の方がご存命なら、本当に謝らせてほしかった」
獄「ああ、そんなのいらないいらない!」
獄「そうそう!うちんとこの第一世代がまず"あんな"だったからね〜」
獄「罪悪感なんかかけなくていいんだよ?君は好きなように生きてよかったんだ」

春「でも…」

獄「それにねぇ、うちの第一世代のやつら、謝罪とか右から左で聞き流したあげく全く人の話聞かないよ!だいいちに"崩壊の日"なんて、君の謝罪する必要ないことだし!むしろあの第一世代のやつらに謝罪するだけ無駄!もったない!」
春「へ?そ、そこまでいわれるって…」
獄「あのひとたちねぇ、「そろそろ飽きたからいくわ〜」って、僕らに研究すべておしつけて、それはもうあっさり全員ペリっとお札剥がして太陽光に「とう!」って飛び込んじゃったからびっくりしたよねあれはwww」
獄「最期にピースやらウィンクしつつ、ひとりひとりが違う戦隊ヒーローや魔法少女のポーズとかして消えていったんだよね」
獄「あの飛び込むタイミングでの謎のポージングの数々は照らし合わせたのか(遠い目)」
獄「ちゃお!なんて陽気な掛け声で消えたの誰だっけ?(笑)」
獄「ちゃおって何語のどんな意味だよ!」
獄「むしろ第一世代のやつら、あおい様がいなくなったとたん。これ幸いとばかりに逝ったんだよな」
獄「それね、どうもあおい様にしてた研究用の借金がたまりにたまったあげくの逃亡だって話もあった。まぁ、ぶっちゃけ借金返済のめどが立たずにってのが一番有力な奴なんだよなぁ」
獄「ってことは、借金はすべてあおいくんもち?」
獄「「「「あおいくんかわいぞー」」」」

春「いや、かるっ!?かるすぎないそれ!?思ってたのと違うんですが…」

獄「うん。だから言ったろ。謝罪するだけもったいないって」
獄「第一世代の爺様婆様たちは、長生きしすぎてはっちゃけたのもあっただろうけどね」
獄「いえ、私が生まれたときから、ここの第一世代はあんなでした。あ、私は第一世代の助手として"願われ"生まれた第二世代ですので、付き合いは一番長いです。なお、私が生まれたときの第一世代の第一声が「よっしゃぁー!ただで助手生まれた!」「もっと助手増えろ〜!」ですからね」
獄「ここの第一世代のやつら、根っからの研究馬鹿でねぇwww "崩壊の日"だって、世界に陰の力が降り注いだ段階で「研究材料が降ってきたぞー」と喜んで、そのまま体が変異しようと気にせず研究を始めちゃったぐらいだし」
獄「あのひとたちむかしからあんなだったよー。ほら、崩壊の日?世界が壊れた日だよね。あのときのことも軽く語ってたし」



「世界が滅んだ日ぃ!?いつだそれは!?そんなことよりこの実験の記録を見てくれ!」
「うちらが獄族になった日だねぇ。おやその実験、赤マークがここに出ているからやめときな」
「ち!また失敗か。
崩壊したの人類だけど、もう結構な数、生命体は地上に戻ってきてるからいまさら気にしなくていいだろうが!」
「なんで人類が滅んだか。だってぇ?あーどうせあれだろ。大陸の、あの気弱な口下手なバカがどうせ失敗した挙句どかーん!っていっちまっただけだろwwwきにするなきにするな!」
「痛い目あった覚えもないしねぇ。気付いたら肉体変わってたし。まぁあの口下手さんなら痛い目あったかもしれないけど」
「ああ、あの口下手すぎて社会人の圧に負けちゃって、あっちの政界人とかにつかまちゃったあの弱虫くん?うっかり研究内容を世間に暴露されちゃったのかわいそうだったよね。口達者な奴の口車にでも乗せられたあげく、変な実験でもしたんじゃないかい?それで世界ごとドカーンってしたんだろうさ」
「「「ありえる!」」」
「可能性高いねぇ。それよりあの気弱口下手君の助手の××くんのほうがかわいそうだよね」
「ああ、しりぬぐいをいつもさせられてたな」
「××くんて、口下手すぎるあいつの翻訳機だとおもってたわ、あたし」
「そういえば弱虫君、奥さんいなかった?いや、恋人か、いや兄弟だっけ?」
「弱虫の"大切"が、弱虫とどういう関係かは知らんが、何かいたわね。でもあの子はもうだめだよ。陰の力の反動に耐えきれなくて寝込んでたし。それよりこの年になって恋人もできなかった私をだれか憐れんで」
「恋人ぉ!?ハッ!そんな奴に時間を割く方が惜しい」
「…言われてみればそうかも。っていうか恋人いなくても後継者いっぱい育てたしねぇ。いまさらだったか」
「あたしの恋人はこの研究所さね。あ、間違いなくあんただけはあたしの好みじゃないよ!」
「いや、そこきいいてねぇし!俺の愛もすべてこのデータに捧げてんだよ!てめぇにやる愛はない!」
「獄族になっていいことは、寝なくても食べなくても実験が続けられることだよね〜。あ〜ここが天国か〜」
「「「それな!」」」



獄「――って、感じで笑って話してましたね」

春「うちのファウスト博士がすみません!!!…って、えぇぇ!?想像以上に獄族人生を満喫してた!?」





〜end〜








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