有得 [アリナシセカイ]
++ 字春・IF太極伝記 ++
【太極伝奇】 外伝 02
本物の春が、いや、花が戻ってきた。
花『うわっ!?体がおもい!』
その第一声がこれ。
感動も涙も色気(?)も何もあったもんじゃない。
【世界の違い】
〜side アイドル世界の睦月始〜
葵が作ったチョコレートを食べた後の記憶がない。
たしか――
葵『よ、よかった!はるさん、始さぁん!!!』
目を覚ますと、泣きそうな・・・いや、あれはもう泣いてるな。
葵が涙目で自分たちを覗き込んでいた。
気付けば始と春は、互いによりかかるようにソファに座らせており、その周りを他のツキウタの仲間たちが心配げに囲んでいた。
肩にかかる重みにそちらをむけば、春もパチパチと目をしばたたいて状況を理解していない。
いったい何があっただろうかと振り返り、始は甘いチョコレートの匂いに記憶を刺激され、少し前のことを思い出した。
〈はる〉に葵が料理を指導していたのだ。
あまりにいい匂いがしたのと暇だったので、始は喜々としてつまみ食いに台所に忍び込んだのだ。
そこまで思い出せば、あとはあっという間に記憶は戻ってくる。
「いただきます」と手を合わせたところで、なぜか葵が作っていたチョコレートが突然型からとびだした。
チョコはそのまま鳥の姿となって羽ばたき、あわや隼のしわざか!?とその場は大騒ぎになった。
しかし隼を呼ぶより先に、チョコレートのヒバリがパタパタしていたはばたきをやたら多くしたかと思えば、態勢を滑空姿勢へと変え、加速し、勢いよく〈はる〉へめがけて飛んだ。
そのまま額をうちぬかれた〈はる〉は、脳震盪でも起こしたのか目をまわして気絶し、背後でつまみぐいをしていた始が〈はる〉が倒れてきたことで、二次被害が発生。
結果として、二人は転倒し意識を失うというハプニングがあった。
つまり今の現状は、その続きと言うわけだ。
自分の作ったヒバリチョコレートがなぜか動きだし、傍にいた相手を攻撃したとなれば。
そりゃぁ、葵が泣きそうになるのも仕方ないというもの。
それにしても。
始『“向こう”の〈あおい様〉の術のへっぽこ具合は有り得ないレベルだったな。札が再利用できるってのはどういうことだ』
葵『は、始さん?』
始『いや、なんでもない。次からは周囲に障害物がないか確認してからつまみ食いをすることにする』
葵『そもそもつまみぐいをやめてください!』
まかせろ!とばかりにキラリと笑みを向けた始に、葵が「最初からそんなことしないで!」とアワアワしている。
そんなやりとりのあいまに、柔らかな笑い声が聞こえた。
『ふふ。始は相変わらずだねぇ』
鈴を転がすような小さなそれは、けれどとても柔らかく、声に誘われて見やれば、始の横で春が楽し気に笑っていた。
その笑顔があまりに幸せそうで、あまりに優しく、まるで陽だまりに咲く花がわらっているようだったものだから、周囲が一気に暖かくなったような錯覚を引き起こす。
そういう笑い方を、獄族の〈はる〉はしない。
〈はる〉はいつもどこか不安げで、さびしさを隠した、そんな笑い方しかしない。
ハッとして葵たちが、始をみやれば、始は不敵な笑みを浮かべて春を見ている。
始『おそいぞ“花”』
花『それはこっちのセリフかな。迎えが遅い。また始ってば、寝ぎたなく寝てたんでしょ』
始『それは、わるかった』
花『いいよ。迎えにきてくれたから許す。それで始くん、オレに言うことは?』
始『悪かった』
花『・・・・ちょっとまって、何に謝ってるの?』
始『お前の部屋の服がまるっと一新してる原因は俺のせいだ。あと朏さんがお前にはもうラーメンをおごらないと宣言したこと。これはお前の手帳の月マークが朏さんと遊びに行く日というのを はる に伝え忘れたせいだな。
あと3月ツキウサすべてに俺手製眼鏡をはりつけたこと。
お前の蓄えていた菓子という菓子を年下組にばらまいたこと。
お前のチョコレートをすべてカカオ50%以下の甘ったるいやつに挿げ替えたこと。それと』
花『・・・まだ、あるの』
始『ふっ。当然だろう。これを言わなくしてどうするんだ?』
始『お か え り、はぁーな』
その言葉を聞いた春の表情が驚きにきょとんとするも、すぐに嬉しそうにつぼみがほころび花が開くような笑顔を見せる。
花『ただいま!』
花と共にソファで目を覚ました。
始の横にいるのが、自分たちの世界の“弥生春”であると理解し、仲間たちの顔をもパッと輝く。
『『『春さぁーーん!!』』』
なみだ目の子供たちが、そのまま春に抱き着いたのは、いうまでもない。
嬉しそうに子ども立ちを抱き留めながら笑う春は、はっきりいって額を赤くさせているのだけがとても残念だった。
もどった二人は、どちらも“この世界の二人”であった。
別の世界の〈はる〉と入れ替わっていた花は、こどもたちを構い倒したあと、チョコレートにやられ赤くはれた痛む額を抑えながら、目をギラリと光らせると、
目の前の始に喜々として飛びついた。
花『ロジャー!!!!オレの半身!!!超アイシテル!!!ろじゃぁぁぁぁぁぁーーーーーー!』
始そっちのけで、ガバリと彼の服をはぎだす花。
心臓の上あたりに蝶の痣のようなものを発見し、眉間にしわを寄せていらいらしている始に頬ずりを決めた。
そのままアイアンクローをくらいはがされた花である。
なお、これが〈はる〉であるならば、まずは始を気にかけ、大声をあげて騒ぎ立てることもなければ、ひとを勝手にひんむくこともせず大人しくしていることだろう。
始『お前は何度人をむいたら気が済むんだ?ええ?そのうち金とるぞ』
花『向こうの世界のも勘定に入ってるだとぉ!?・・・あっちの様子を知ってるってことは、ヤダぁ、みられた。見〜た〜な〜』
始『それは向こうの〈俺〉のセリフだろう。ほら、もういいか。離れろ』
引き離されてもなお、不安げな様子がないことから、一目見て満足したのだろう。
始自身もソファの上で目覚めると前と後では、だるいような息苦しいような感覚はいっさいない。
あるべき場所にあるべきものが戻った。
花と始は、感覚でそれを理解した。
そんな二人を隼が微笑ましそうに見つめている。
隼『紅茶でも飲もうか。さぁ、お手をどうぞ花』
花『紅茶かぁ、いいねぇ。淹れてくれるのは・・・ふふ、だれかな』
海『俺か!?あーまぁ、しょうがねぇな。他に飲む奴いるか?』
隼が手を差し出せば、ためらいも躊躇も何もなく、花はエスコトーとされるのが当たり前とばかりに、延ばされたその手の上に手を重ねる。
そのまま立ち上がろうとして――
花『うわっ!?体がおもい!』
すってんと転び、床にベタリと転がる。
そこだけ重力が違うかのように、腕の力で起き上がろうとしては失敗し、そのままもごもごとうごめいている。
花『か、体がおもいぃ!術!?また術なの!?だれか術解いてぇ〜!』
始『そういえば・・・〈はる〉が最初に来た時も同じようなこと言ってたな』
隼『あっちでは重力でも違ったのかな?』
花『ん〜重力?というよりは!う!あっだめだ!せ、正確には、種族の、差かな!ふぬぬ!!!
ご、獄族の〈はる〉は陰の力が人型に凝縮したようもの、だからね!獄族には体重ってないんだぁ!!あ、もうだめ・・・(:3」∠)』
バタリ
何度も起き上がろうとしては、そのまま床に張り付くを繰り返したあと。
花は諦めたように、べちゃりと床に倒れ込み、ぜぇはーぜぇはーと息を荒げている。
花『じゅ、重力を感じる・・・死ぬ・・・』
海『死なない。死なないww』
隼『よいっしょと』
もう気力体力、歩く力もありませんとばかりに、花がパタリと床に転がる。
隼はそれをさらに仰向けに転がした後、背中と膝裏に手を回し、何かおまじないでも使っているのか軽い掛け声で花を持ち上げた。
花は運ばれることに慣れているようでそのままはこばれている。
「おもーいー」と隼の首に腕を回し、そのままぐったりとしてしまう。
始『まぁ、そいつの場合は“持ち上げる”っていう力の法則がねじ曲がってるからなぁ。お前でも涙でも持ち上げれるわけだが』
花『これでもちゃんと体重はあるんだよオレ。まぁ、自分で自分の重さを感じちゃうから、獄族からもどると体中に重しとか枷をつけられたみたい。
は〜もうやだ。重い。体重ってこんなに重いもんだったんだね・・・痩せよう』
隼にかかえられ、お姫様抱っこのままテーブル脇の椅子に降ろされた花は、はぁーとため息をついて、ベチャリとテーブルにだらしなく倒れ込む。
花はそこでいったん顔を上げ、机の上で腕枕をしていた己の腕を見つめる。
右手は意思のままにに自由に動く。
花『自分の体なのに、なんだか凄い違和感を感じるんだけど』
隼『肉体と魂が離れていた時間が長かったせいかもね。いまはゆくっりなじむのを待つしかないかな』
花『よくこの重い体にあっちのオレはなれた。オレ、今、鋼鉄の鎧でも着てる?』
始『花は・・・しばらくリハビリだな』
郁『なにがあっても大丈夫。花さんならいつでも運びますよ!』
隼『そうだね。花にはわからないだろうけど、僕らにとっては君は軽いからねぇ』
始『時間はたっぷりある。身体の使い方はゆっくりおもいだせばいいさ』
花『・・・ありすぎるのは、もう勘弁だけどね』
* * * * *
駆『・・・・・・・・・というようなことがありましてー』
花『へぇー。あっちの〈オレ〉はずいぶん性格が違った感じ?』
恋『ぶっちゃけていうと向こうの〈はる〉さんは、まさに聖母のような人でした』
花『うん?聖母?』
恋『怒るってことがまずないです。やんわりわらいながら窘めるって感じで』
駆『あと一挙一動がかわいかったです』
花『それはあれだね。たぶんなにをやるにも始めてだったからじゃないかな』
新『高いところがダメで、撮影のために観覧車に乗ったとき始さんにくっついて震えてましたー』
花『獄族のジャンプ力って、すごい高いところまで行けるけど。自分の力じゃないのにそんな高い場所に行ったのは初めてだったのかもねぇ』
葵『はるさん は、甘いものが好きみたいでしたよ。甘いものを食べてる時の はるさん は、それはもうふぁ〜って周囲に花が飛ぶぐらい嬉しそうで。
逆に刺激の強いもの、わさびとか辛いのは苦手そうでした』
花『え〜。おいしのにね。もったいない』
夜『味覚とか、好きなもの嫌いなものとか。花さんと はるさん って真逆ですね』
花『えーそう?同じ“はる”なんだけどなぁ』
新『じゃぁ、チョコレートといえば?』
花『カカオ100%』
葵『はるさんは60以上は無理でしたよ(苦笑)』
恋『高いところは?』
花『平気〜』
駆『さっきもいいましたが、はるさん は椅子の上にも立てないぐらいの怖がりさんです』
新『始さんのことは?』
花『空気』
葵『はるさんは、始さんに畏怖のような何かを感じていたらしいですよ。あと、さげずむ目?』
始『・・・それはさっき謝った(視線をそらす)』
花『始さん、向こうの俺に嫌われるようなこと何したの?』
始『洋服的なイタズラ?』
花『もう。本当に始は』
恋『こっち(普通のTシャツ)とあの洋服(絶叫しているおどろおどろしい女の絵が描かれたシャツ)ってどう思います?』
花『あっち(絶叫してる・・・)のほうがみんなが喜びそうだよね』
陽恋『『基準からしておかしい!』』
葵『その感覚は はるさん はまともで(ニッコリ)。花さんと同じものを選択する始さんをそれはもう素敵な冷たい目で見ていました』
涙『花さん、ピアノはひけますか?』
花『興味はないなぁ。勘頼りでよければ、ひけないことはないかも』
郁『はるさん は興味持ってて、涙や始さんにおそわってましたよ』
夜『料理は?』
花『けっこう得意かな』
葵『はるさん は壊滅的でした(サッと目をそらす)』
恋『ごはんは食べるもの?』
花『いや。作るものだねぇ』
駆『はるさん は俺と同じで食べる専門でした。お茶をいれることだけマスターしてましたが』
隼『うんうん。あの子の入れるお茶もおいしかったねぇ。心がこもっているから余計にね(ウィンク)』
陽『あ、そうだ。花さんって、眼鏡なしだとなにがみえてるわけ?』
花『なにかみえるねぇ』
夜『はるさん は、なにもみえないそうです。むしろ眼鏡なしで十分みたいでした』
葵『スーツってどうおもいます?』
花『着やすいよね。もういっそみんなスーツか制服を着てれば楽なのにっていつも思うよ』
新『はるさん、不器用すぎて衣装のボタンとか飾りのついたスーツ苦手でしたー』
恋『向こうの はるさん は、せめてひもでとめるぐらいか。あと上からかぶるの好きでしたよ』
夜『朏さんをどう思います?というかなんと呼びます?』
花『いいひと。呼び名はユズだねぇ』
夜『抱く感想は同じなんですけどねぇ。はるさん は、さいごまで“みかづきさん”ってよんでましたね』
紅茶を飲みながら、この3ヵ月であったことをわいのわいのと話していく。
どうやら獄族の〈はる〉は、彼なりにこの世界で頑張っていたようだ。
自分との些細な違いを聞いては楽しそうに花も笑った。
そんな花に「向こうで何したんですか?」と聞いたのは誰だったか。
花は「何を言うべきかな」と困ったように首をかしげて、始をみつめ。
始も思い返すように目をつむり、腕を組み・・・
始『飛んでたな』
花『うん。そうだよね』
花は、始の言葉の意図を素早く読み取ると、合わせるように頷いた。
平和なこの世界で生きる彼らに、太陽のないあの世界の話をするのははばまれた。
優しく大切な彼らによけいな心配をさせたくなはい。
仲間たちの心を傷つけるようなことは、自分たちの意ではない。と。
ならば向こうの世界について、深く話す必要はない。
面白おかしく、語れる範囲をやわらかくやわらかく包み込んで――。
そうなると詳細をできるだけ省いたとして、面白いのはどこだろうか。
話せるのは最後の瞬間。ハッピーエンドをむかえたあの瞬間についてを語るのが好ましい。
花も瞬時にそこまで理解すると、また始と同じように“最期の瞬間”を思い返しつつ、あれをどう表現したものかと考え、始と二人してうなりだす。
しばらくして――
『『ラピュタごっこしてたな/ね』』
始と花のセリフが意図せず、みごとにはもったのだった。
その言葉に仲間たちは絶句していた。
『『『『!?』』』』
意味が解らない。
むしろ笑うべきとこですか!?
黒年長二人の真意を知る者はいない。
その背後、白年長だけが、爆笑していたのだった。