有得 [アリナシセカイ]
++ 字春・IF太極伝記 ++
05:ハルカゼとヒバリ
※『文字の名』…アイドル世界の住人のセリフ
※「ひらがな名」…太極世界の住人のセリフ
―――大丈夫。
世界はね 君が思うより 以外とうまくできているんだよ。
だから
もう少しだけ…
「もう少し早く速く走ってぇ!!!」
「早くっ!いそいで!遅いです はじめさん!!!」
「無茶を言うな!!!ただでさえ かい を背負ってんだぞ!!!」
「はははwwいやーわるいわるいww」
「せいっ!!!」
「というか待って!ねぇ、待って!!よる はそのフライパンどこから出したんだよ!?」
「ぎゃー!!!春さんおとした!!!」
「かけるん のアンラッキーがこんなところで!!!」
「あああ、春さぁぁぁぁぁぁーーーん!」
「だれか春さん回収してー!!!!」
「春に手を出すやつはこうだよ。えい!ん?あれ?あ、ごめん術使えなかった」
「獄族組(俺たち)はいまは役立たずなんだからさっさと逃げろって!」
「ほら、ぐだぐだしてんなお前ら!にげんぞ!!黄色とピンクは春さん拾ったな!つっきるぜ!!」
「殿ならまかせてください!」
「俺も手伝います!みなさんは先に行ってください!かける、スリッパ借りるよ!!」
「ほい!うけとって!! いっくん、後はまかせたよ!」
「ここは通さないよ、俺がお相手です!人間だからってなめないでよ」
「あおいさん みたいな剣技はできないけど。仙術、体術ならおまかせを!ここは指一本通しません!」
「ひゅー♪ あおいちゃん と いっくん 強ぇ!!
つかなんで いく は かける のスリッパ両手につけて構えてんの!?なんかご利益あるのかよ?!」
「あれは俺の秘伝の武器です(ドヤ)」
「ふふ。こんな盛大に逃げてたら、居場所がばれてしまうねぇwww」
「おまえはなんでこの状況で笑ってられるんだ?」
「いやぁ、だっておかしくてね。ふふ」
「おかしい。なんで春さん救出しにこっそり潜入したのに…」
「途中でのんきに歌いだしたの誰だよ!!!」
「あ、敵だ!」
「「「にげろーーーーー!!!!!」」」
〜 最 終 話 〜
隼『僕はいま最高に幸せな状況下にいると思うんだ』
始『…』
その煌めくばかりの笑顔と、煌々とした隼の雄たけびに、グラビの共有ルームに集まっていた仲間たちが苦笑を浮かべる。隼のこらえきれない心の声が漏れあふれ、つい声にまで出てしまったものだ。
この状況はなにも今に始まったことではなく、本日すでに何度目かである。
海などは、「いい加減にしとけよ隼ー」っと言うだけ言って肩をすくめている。
ほかの者たちもいつもどおりとばかりに「はいはい」と軽く隼の言葉を流している。
興奮して顔を真っ赤にしてる隼にみつめられ、始の顔がうっとうしそうに歪む。
魂だけ入れ替わりこのような経験の浅い〈はる〉だけが、隼の過剰な態度に戸惑いをみせ、ひきぎみだ。
隼『だって始!』
キラキラした隼の目が、彼を下からのぞき込む顔をみる。
隼『きいてくれるかい始!僕はいま、君を!!愛する始をこの膝の上にのせて!膝枕なんてやっちゃってるんだよ!!
これが興奮しないでいらるかい?!ああ、だれかビデオを録画してくれないかな。こんなアングルめったにないのに。
なんで今僕の手元にカメラがないんだ!こんなにも始がちか…‥ぐふ』
始『だまれ隼』
隼『ああ〜始の掌が僕の顔を‥鷲塚むのはさすがにちょっとやめてくれるかな!?顔はやめて!顔は!僕だって始と同じアイドルだよ!
い、いたったたた!い、痛い!!
けど…わるくない!!業褒美だよ!』
始『はぁ…いい加減騒ぐな』
きっかけは些細なことだ。
全員でゴロゴロとくつろいでいたところ、床に座って台本を読んでいた始にいち早く気付きた隼が、膝枕をしたいと言いだした。
今まであれば、そういったことは、始と阿吽の呼吸を見せる《花》の役目であったが、現在当人は魂が入れ替わっていて不在である。
いまの春は、〈はる〉だ。獄族だったという彼は、人との交流がほとんどないため、まず始が手招きしても何も言わずに膝枕をしてくれはしない。むしろ膝枕について理解もしていない可能性のほうが高いといえる。
なにぶん〈はる〉の脳みその大半は旧時代とやらの知識をどんどこ詰め込まれすぎている。彼を育てた××もまた科学者で、そういった些細な人間同士のやり取りに関しては頭が回らなかったともいえる。
そこで〈はる〉の代わりに僕が!と意気揚々と手を挙げたのが隼だ。
今ならば始も自分の上で寝てくれてるでは!?と、当然魂胆はまるみえであった。
その丸み怨恨単にさすがの始も眉をしかめていたが、彼が否定するより早く隼が行動した。
そのまま隼は始のそばに腰を下ろすと足を延ばして、ぽんぽんと手を膝の上でたたき、にっこりとやわらかな笑顔を始へむけた。
横にいた始はさらに眉をしかめたものの、ため息をつくと、「枕なら大人しくしてろよ」と釘をさしてから、彼の膝の上に転がった。
その後の隼の絶叫は――
もうおわかりだろう。心の声のはずが、口からダダ漏れの騒がしいものだった。
最初の釘は、意味をなさずに引っこ抜けたあげく吹っ飛んでしまったようだ。
始は隼にさそわれしかたなくその足を枕としたのだが、興奮した魔王は愛を盛大に叫んでは動く。動く(笑)
始の顔はそのつどゆがめられ、何度目かの雄たけびの今となっては、始の眉間のしわがすごいことになっていた。
その皺の数が一本一本と増えていく様をバッチリ見続けることとなった〈はる〉だけが、周囲とは違って恐怖におののいていた。
〈はる〉は盛大に顔を引きつらせ、しまいには困ったようにオロオロと隼と始をみやる。
どちらをとめればいいのか、それともなだめるべきなのか。これがどこまでが冗談で本気かさえも分からない。まだ〈はる〉にはその差は判断できないのだ。
あと、はっきり言おう。
始の顔が、物凄く怖すぎた。
キングの眉間のしわ数は限界に達している。
それに気づいていないのか、隼はまるで舞台の上に立った役者のごとく身振り手振りで始への愛をまき散らし、派手な動きで今がどれほど幸せかを熱く語っている。
これは寝るのが大好きな始にとっては安眠妨害に等しい行為である。
一層甚だしいといえるだろう。
もはやお得意のアイアンクローがさく裂するのではないかと周囲が見守る中、始はガシリと隼の顔面をその大きな掌でおおった。むしろ鷲塚んだ。そのまま始はギリギリとその手に力を注ぎこんでいく。
すると隼からは悲鳴がもれるが…
隼『ああそんな始もすゴブッ!!?』
始『動くな。寝づらい!!!』
悲鳴とはまた違う恍惚とした言葉がではじめると、アンクロどころか頭突きがさく裂したのだった。
始の頭部が見事な急所をつらぬいた。
『『『……』』』
始『おい はる』
春「は、はい?」
始『いいかよく覚えておけ、これが急所のひとつだ。人間はあごの下から衝撃を与えると脳が揺さぶられ意識が飛ぶ。なにかあったらそこを狙え。このように魔王でもたおせる』
春「え」
始『ふぁ〜ねむい。さ、寝るか』
春「え?えええぇ!?」
恋『始さん、それ教えちゃダメなやつぅ〜!!!!』
新『寝ぼけた王様の攻撃力…こわっ』
陽『あ、隼さんすっげー幸せそうな顔‥って!?始さんもう寝てる!?』
葵『きっと疲れてたんだよ(苦笑)』
海『はは。なんだかうちの隼が…‥本当にすまん』
* * * * *
夜明けまであと数時間。
日照時間が短いその世界では、肉の体をもつ生き物は太陽を待ち望む。
闇に生きる者は、そのわずかばかりの時間を恐れ、闇に息をひそめる。
じきに長い夜の時間が開けようとする頃。
その場には特殊な存在が集まっていた。
〈かい〉の営む“何でも屋”に集まったメンツは、総勢10人。
しかも人と獄族という不思議な組み合わせである。
ましてやここまで獄族がそろうこともなければ、獄族と契約した人間がこれほど一か所にも集まるのも珍しい。
すべての者が同じ村に住んでいるのでもなければ、生まれも育った国も違う。しかも同じ種族でもない。そんな10人だった。
そこへ新たにひとり人間の青年が加わる。
扉を開けて入ってきたのは、長い黒髪をひとつに束ねた赤い服の人物。
外見だけでいうなら、〈しゅん〉や〈かい〉に近い年齢にみえる。
だが落ち着いた雰囲気が酷く彼を年齢よりも大人びさせてみせた。
知らない場所であろうと動揺することもなく、堂々と入ってくる様は、一種の貫禄さえある。
黒髪の彼をみとがめ、〈しゅん〉が目を輝かせて「わぉ♪」と歓声を上げている。
どうやらお気に召したようだ。
〈かい〉に促されて扉をくぐってやってきた人物は、そこに集まった想定外な有り得ない組み合わせに一瞬動きを止める。
彼の紫の瞳が驚きに目を見開くが、そのなかに〈あらた〉と〈あおい〉をみとがめ、ほっとしたように目を細める。
新葵「「はじめさん!?」」
始「かい が、お前たちによく似たやつを逃がしたと言っていたから。それに賭けてみたんだが。ついてきて正解だったみたいだな」
始「二人共、無事でなによりだ」
葵「はじめさんこそ無事でよかったです」
始「俺は かい のおかげで助かったんだ。
あらた、よくここまで あおい を連れてきた。よくやったな」
新「うっす」
〈はじめ〉と呼ばれた青年は、〈あおい〉の頭を一度撫でたあと、〈かい〉が追加で持ってきた椅子にうながされて腰を落ち着ける。
なかにはたっているもの、床に座るものものいたが、部屋に11人がおさまった。
働きたくないが口癖だった〈しゅん〉が、〈はじめ〉がきてからずっとうっとりとした眼差しでその一挙一動を追い続けている。
もちろん〈はじめ〉もその熱い視線に気づいている。いい加減うっとうしくなってきたのか、〈しゅん〉へ視線を向けた〈はじめ〉は「なんの用だ」と睨むように彼を見る。
それにさえ〈しゅん〉は嬉しそうに頬を赤らめるだけ。
「その力、惚れちゃいそうだねぇ」とクスクス笑う白い獄族に、〈はじめ〉はさらに眉をしかめる。
隼「ああ、大丈夫大丈夫。僕にはもう かい という素敵な契約者がいるからね。
君に契約を求めはしないよ。だけど“君からもとめる”ことはあるかもね。そういう子が近々現れるのは間違いないよ」
始「俺が、獄族を求める‥ね。ありえないな」
隼「ふふ。そうかな?」
始「ああ、ない」
葵「はじめさん は、家の都合で獄族と契約をしなければいけない立場なんですが、いろいろあって契約を毛嫌いしているんですよ。なのでしかたありません」
新「まぁ、はじめさん は、あれだ。うん。しかたないって」
陽「あんた、はじめ …といったっか?それだけの巨大な力をもっていたら、いろんな獄族からアタックされただろ」
始「ふっ。そうだな。喰って取り込んだらさぞ美味しいだろうと言われたことがあるな」
陽「あーそれ勘違い。俺ら人間なんか喰うとか、無理無理。
ほら今の人間って極端に陰を拒絶してるせいで、陽のかたまりのような存在なんだよ。
その人間の一部でも体内にいれたら、どうなるか。傷だって陽の力で受けたものは治らないのに、それを体内なんかにいれたら…そりゃぁさすがの獄族も死ぬって。
死ぬって言うか消滅?相反する属性が反発しあって、内側から俺ら砕けて死んじまうっての。だから人間を食うとか、ないない。
あんたが襲われたと言うなら、それは本能が強いやつかな。獄族からすると人間てのはな"自分を滅ぼすことができる存在"であると本能的に認識してる。
強い力を持った人間は、よけいおそろしい。だから襲う。恐怖の根源を排除するために。
ああ、そうか。まだあったな。
あるいは――長い人生に疲れたやつとかだと、人間をねらう。目的は自殺。
…まぁ、ドンマイ別嬪さん」
夜「こら よう。話がそれてるよ。あとあまりひとを怯えさせるようなこと言わないの。
ごめんなさい はじめさん。気を悪くしたらすみません。
たぶんうちの よう が最初に尋ねたかったのは、獄族は人間を食べる食べないという話ではなく、力が強い分、“獄族側から”契約をよく持ち掛けられたんじゃないかってことですよ。
あなたが今、契約しているのかどうか。これから先も契約をしたくないか、知りたかったんじゃないですかね。
先程のお家柄に関してもおっしゃっていたので、その関係でも契約を持ち掛けてきた獄族はいたかもしれませんが…」
葵「たしかに。うちの国で はじめさん というか、睦月と言えばすっごい有名で」
新「だからといって、はじめさん に猛烈アタックってのはないかもー。獄族からすると はじめさん”の力って、あまり契約を結びたくないというか。なんか力は強いのはわかるんですけど、強すぎるというか。それが異常というか。
ほら、はじめさんって、力がちょっと強すぎて、たぶん普通のやつでは拮抗しないんですよー。俺なんかじゃ絶対無理ですし。
獄族側の方が力強ければ しゅんさん みたいな裏技使って、力を抑え込んで人間に合わせることはできるんですけどね。逆なんで。それである低お互いの力量が分かる獄族たちははじめさんを忌避しちゃうんすよ」
始「たしかにあったな「すごく魅力的な力の気配を感じるけど、君とは契約したくはないなぁ」と笑顔で去っていった理性的な獄族が何人か。契約したくないならなぜ来た?と思わず突っ込んだ覚えがある。
あと一番多かったのが、血走った眼のどこかいかれたようなヤツラだな。
そいつらは契約したかったのかよくわからないが、初っ端から襲いかかってきたから、殴り飛ばした」
恋「なぐり…まじか!?」
隼「いままで契約をはねていた。力が強すぎる――それは僥倖!だからこそかな。はじめ は“求める”よ」
始「さっきも言ったが、俺は契約者などいらない。いまのままで十分ことたりてる」
隼「まぁまぁ。君はそうは言うけどね。それでも君はきっと“求める”。君だけの契約者を」
始「なんだそれは。予言か?ばかばかしい」
隼「ふふ、さぁてどうかな。予言者は僕じゃない。別にいるからねぇ。
ただ、君を見たら、あの子の顔がふと浮かんでね。
あの子と君が契約して、もうあの子がひとりじゃなくなるといいなぁ〜なんて思ってしまってね。なぁに、これは予言でも何でもない。ただの、僕の願望だよ」
隼「僕はね はじめ。花を咲かせたいんだよ」
始「はな?」
隼「我らが永遠の花に。いや、むしろこの世界中に花を咲かせたい」
「「「…」」」
隼「僕はあの子の心からの笑顔を一度でもみてみたいのさ。そのためには笑顔が咲き誇る世界が望みだ。君がいるとそれが叶いそうな気がするんだよね。
笑顔を花と例えてもいい。本物の植物の花でもいい。
世界中に花を。
願わくば、そうなってくれればいい。この願いが力となる世界で、唯一叶わぬ願い。だから願わせてほしいんだよ――我らが花に、祝福あらんことを」
陽「花…おい しゅん」
隼「なんだい よう」
陽「“それ”は、ここにいる獄族全員が願えば叶うか?」
夜「え?なら、人間でも願ってもいいですか?春さんがもうさびしくなくなりませんようにって」
駆「え!?このひと、春さんの契約者候補ですか!?まじか!!!何十年ぶりだろう!」
涙「十じゃなくて百だよ かける。ケタが一つ違う」
郁「そういえば百五十年ぐらい前に一度契約しようとしてましたね春さん」
涙「うん。一番最近だとそのころ」
葵「あれ?その いく って子は人間じゃ…え?百って?」
郁「俺ただの人間であってますよ。ちょっと仙骨あって、人間界から離れて暮らしはしてますが、ただの仙人見習い道士ですね。
あ、そういえば あおいさん は、薬を探してるんですよね。
たぶんその噂の店、それって俺らの茶屋のことだと思うんですよ。そもそも俺たちの店は、るいが空間属性のおかげで、あちこちに道がつながるので。実質どこの国からも行き来可能です(笑)
あとで調合しますね。症状とか教えてください!俺、頑張っちゃいますよ!」
葵「あ、ありが…えええええ!?せ、仙人!?道士様ぁ!!!?」
新「まじか」
郁「これからも御贔屓にお願いいたします(営業スマイルでキラリ)」
涙「いっくん、イケメン」
陽「ずっと言いたかったんだけどさ、そもそも道士やら仙人やら仙界からして“ただの”じゃねぇだろそれ」
夜「まぁまぁ」
隼「よる は本当に何事にも応じなくなって。まるで春のよう」
海「というか、俺、その“はる”ってひとしらないんだけど」
駆「はっ!そうだった!!お願いしますそこの黒い人!春さんを幸せにしてあげてください!俺たちの一生のお願いです!春さんいつも寂しそうで!お願いします見ず知らずのそこの人!!」
恋「え?見ず知らずって、知らない人なのこの人!?なのになにか頼んじゃってるけどいいのそれ!?」
言われてみれば、同じ国出身の者たち以外は、今ここで出会ったばかり。
〈かい〉や〈こい〉の言葉でそれをようやく思い出した獄族たちは、人間も含めて顔を見合わせ、軽く自己紹介をしていく。
名を名乗り、だれがだれと契約しているかを語っていく。
始「――睦月はじめ。あおい とは同郷で、彼の護衛として付き添ってきた。術なら任せてくれ」
新「ひゅーひゅー(棒読み)はじめさんがきたからには、これで人間百人分の戦力が追加されましたぜ〜」
始「そう過剰評価はやめろ あらた。百人力だとしても獄族一人にもかないはしないただの人間だ」
新「百人力は否定しないんだ」
始「してほしいのか?…それを言うなら あおいさ」
葵「はじめさんストップ!!“それ”以上はだめです!!」
始「あ、ああ。そうだったな。――まぁ、“それ”はいいとして。
武力で言うなら、俺よりもそこの あおい の方が、百人力の戦闘能力があるぞ。俺はただの術者にすぎん」
陽「え。まじか、そんな可憐な容姿しときながら、あおいちゃん 百人力なのかよ!?」
葵「そんなわけないでしょ!!!はじめさん も あらた の言葉にのっかってあおるのやめてくださいよ。俺は普通の人間ですからっ!」
新「…え、お前けっこう強いだろ。ぶっちゃけ、国を出るとき、俺いる意味があるかなぁ〜って結構悩んだからな」
葵「もう あらた まで!」
始「いや、事実だろ。さすがに未熟な あらた と二人っていうのは、心配になってついてきたが…。
術や獄族の絡まないただの人間相手なら、あおい にかなうやつはいないだろうな」
郁「そうなんですか!あおいさん!ぜひ今度俺とお手合わせ願います!」
恋「俺も俺も!一緒にこぶしを交えようぜ!」
葵「え?!いや無理!!道士様とかそもそも伝説ですよ!?その拳とかホント無理だから!!そ、その、武器があれば…って!ちがうちがう!!武器があれば、まぁなんとかやれなくもない。…はっ!?な、なんて思ってないよ!おもわなくもないけど、やっぱムリー!!」
夜「まぁまぁ。えーっと、君たちの話だと、かい と一緒にきたそのひとが、あおい君 たちの言っていた“連れ”ってことでいいのかな?」
陽「物おじしないで笑顔で突っ込んでいくところがもうすっかり春さんそっくりだぞ よる」
夜「ちょっと よう は黙ってて。泣くならあっちで勝手に泣いてて」
春という人物が〈よる〉の性格に大きく影響していて、そのせいでずいぶんと彼がしたたかな性格になったのは理解できた。
しかしいまいちピンとこないことが多い。
海「なぁ、ちょっといいか?」
いままで一歩下がった位置で聞き手に回っていた〈かい〉が、困ったように笑いながら手を挙げて会話に割って入る。
それに待っていたとばかりに、〈しゅん〉が笑顔で促す。
隼「どうぞ かぁい」
海「あー、わりぃな しゅん。じゃぁ、遠慮なく」
海「ずいぶん面白い集いだなぁってのはわかったんだけどさ。結局、これはなんの集まりなんだ?」
“隠されていた春という存在”をしらない人間からすると、半分はわけのわからない話である。
獄族たちがわざと明確な単語をだしたり、春について語らないこともそれの原因のひとつ。
あいまいな言い回しでも春のことをさしていると気づくのは、獄族側からは“知っていて当然”ということなのかもしれない。
そこに〈よる〉が含むのは、人間として唯一〈よる〉だけが春の存在を明かされていたせいだ。
その性格が感化されるほどには、傍にいた時間も長い。
人間を代表した〈かい〉の質問に答えたのは、そんな獄族の事情を知る人間――どこまでも笑みの絶えない〈よる〉だった。
夜「春さん救出作戦会議中です」
もちろんそれに首をかしげる者もではじめる。
始「はる?」
海「さっき言ってたなぁ〜。っで?そいつはお前たちのなんなんだ?」
新「春さんは俺の親でーす」
隼「正確には、ここのいる獄族みんなのだよ。ここにいる獄族はみんな春に誕生を祝われ、名前をさづけられた――いわば兄弟たちだ」
始「獄族にも親がいたのか」
海「へぇーそりゃぁ初耳だなwww
春さん?ってのは、ずいぶんがんばったんだなぁ。5人も子供産むなんて。に、してもお前ら似てないな。全員父親似か?」
隼「ん〜ちょっと人間が使うそれとはニュアンスが違うかな。僕らは自然に生まれる。だから獄族に血縁関係とかはなく、普通は共同生活をしたり群れをつくることはない。だから父も母もいないよ。
この関係はなんていうのかな。群れの棟梁……ん〜人間で言うなら…義理の家族?家族ごっこ?ん〜、もっと近くて、でも血は繋がってなくて」
始「お前が言いたいのってもしかして"仲間"か?」
隼「ああ、それそれ。僕らは春という獄族を中心とした仲間だよ。べつに春に生んでもらったわけではなくてね、親っていっても彼が僕らの名前を付けてくれたから、親って呼んでるのさ」
始「それを救出ってことは、なにかあったんだな?」
隼「きいたら、もう戻れないよ」
海「ははは。なに言ってんだよ。いまさらだろ」
隼「本来であれば、獄族はけっして人間の前で“彼”の話をしない。“彼”を守るために僕らは口をとざす――それほどの存在だよ?」
隼「育ての親とか、名づけとか。そういうのは関係ない。僕ら獄族は"彼"を本能で守る。魂がそうあれと告げるから。本能とはいわば直感。それは魂からの言葉。魂がそうあれというのであれば、それは"業"の謎に通じるナニカ。従うべきだ。
春本人は僕らと同じだと思っているのか、それとも"彼"自身は忘れてしまったのか、本当に気付いていないのか、どちらかはしらないけれど。"彼"は理解はしているはず。絶対に〈はる〉という存在を死なせてはいけないと。死なせたくないのは、もちろん僕らも同じ。
〈はる〉という存在は、この世界にとって本当に重要だ。僕ら獄族は、そう本能で知っている。たとえそれがどういう意味で、どう重要なのか知らなくても。
だから、野良の獄族だって"彼"のことを口にはしない。
―――〈はる〉っていうのはそういう存在なんだよ」
隼「人間はそんな存在だから"宝"と誤解した。それが今回の発端」
恋「あ、あの!俺、あんまり難しいことわかんないけど!でも かけるさん たちの大事なひとっていうのは間違いないんですよね!?なら俺、どうしても助けたいです!手伝いたい!」
陽「手伝ってもらえよ しゅん。これもまた運命ってやつじゃね(笑)」
夜「そうですよ!この場には春さんの関係者が集まってる。
その獄族と契約してる時点で、もう巻き込まれてるようなものですよ しゅんさん。
ここまできたら、巻き込んでください俺たちを。その覚悟はあります」
海「だな。相方の大切な奴ぐらい守ってやらないとな。それに しゅん のわがままに振り回されるのは慣れてるしw」
隼「かい ってば。くすくす。惚れ直しちゃいそうだねぇ」
海「お。いいぞ(笑)」
駆「そのとおーり!!会ったこともないけど!それでも助けたいと思うんです!!どうぞ巻き込んでください!!」
恋「かけるさん…」
郁「俺たちもお手伝いします!」
涙「当然」
すでに〈いく〉と〈るい〉が特攻済みであることも告げ、互いに巻き付けていた包帯の事情を明かせば、保護者の立場に近かった〈かい〉と〈はじめ〉からあきれたようなため息が漏れる。
それにたいし仙界コンビからは、怪我も何のその!とばかりの良い笑顔が返ってくる。
郁「もちろん春さんの居場所は俺たちで把握しています。いつでも案内できます!」
ドヤ顔である。
また策もなにもなく特攻するという方向だけはやめてほしい。怪我人が増えるだけだ。
苦笑を浮かべる〈かい〉に、頭痛をこらえるように掌で額を抑えた〈はじめ〉が、いますぐいこう!と立ち上がる血気盛んなこどもたちをなだめおさえる。
葵「あの、はじめさん!お願いします!!」
ふいに〈あおい〉が席を立ちあがり、〈はじめ〉に頭を下げる。
それに〈あらた〉と〈はじめ〉がぎょっとするものの、〈はじめ〉は〈あおい〉の言いたいであろうことを理解したのか、頭を上げろと告げてから、視線を合わす。
始「どうした あおい?」
葵「彼らを手伝わせてください!
あらた にはいつも助けてもらってて、その あらた が今困ってる。少しでも何かしたくて!それに薬の件もどうかなりそうですし。だから!お願いします!!」
新「ダメ!絶対だめー!!!あおい は、あおい の目的があって旅をしてるんだ!薬を抜きにしても、あの人にはかかわるべきじゃない!
こんだけ獄族がいればあの人のことは大丈夫だから!あおい は、だめ!!」
葵「何を言ってるのさ あらたっ!」
新「いや、それよりあおいの身のほうが重要!ですよね はじめさん!」
葵「あらたさっきの話聞いてなかったの!?はるさんをまもりたいって獄族の本能だって!それほどのことなんでしょ!?」
新「それはそうだけど!でもなーでもこっちはこっちで…」
座ったままの〈はじめ〉の正面で、〈あらた〉と〈あおい〉の言い合いが始まる。
この三人の序列としては、〈はじめ〉に権利があるようで、すでに春の救出を考えている残りのメンバーは三人のやり取りを邪魔しないように見守るしかできない。
始「はぁー‥」
葵新「「!」」
〈あおい〉と〈あらた〉のやりとりをとめたのは、〈はじめ〉のため息だった。
それに肩を揺らして二人がそちらを見やる。
葵「はじめさん…」
始「ダメとは、言ってないだろう」
葵「え、じゃぁ」
新「ちょ!?いいんですか はじめさん!あおい をいかせるなんて!しかもこれは俺たち獄族の問題で!!」
始「そもそも、お前たち勘違いしていないか?」
葵「?」
始「俺はお前らのただの付き添いであって、俺にはお前らを止める権利など持ち合わせていない。
それにこの旅を計画したのは あおい だぞ。主導権はあおいにしかない。なんで俺に聞くんだお前ら」
新「そういえばそうだった。あまりに はじめさん が頼りがいありすぎて一瞬忘れてました」
葵「と、いうことは?」
始「俺は あおい に従う」
葵「よしっ!ではいきましょう!!絶対そのはるさんってひとを助けるよ あらたっ!」
新「たしかに助けたいとは思っていたけど、俺は参加しないものと…はぁ〜‥こうなった あおい はもうとめられない」
郁「ではそちらの話も決まったところで!さっそく行きましょう!!頼むよ、るい!」
涙「うん。“路”をつなぐよ」
葵「え?みちって…空間能力者ぁ!?そんな能力者いたんですねぇ」
救出メンバーが決まったところで、早速!と行動を起こそうとした年少組に、年中組が準備を始めようと動き出す。
賑やかになっていくそれに、再び〈はじめ〉の大きなため息が響く。
隼「どうかしたのかい はじめ」
始「どうもこうもない。お前らはまず落ち着け!」
あきれ果てたとばかりの〈はじめ〉の一括で、その場の全員が動きを止める。
「さぁ僕の出番だね」と立ち上がっていた魔王さへも動きを止めて彼をみやる。
不思議そうな10対の視線が、頭をおさえている〈はじめ〉へむけられる。
始「その春ってやつが獄族にとってなぜか大事なのかも。ここにいるやつらの親ってのも理解した。そいつをどこからか救出したいのも。いまはここにいないのもわかった。
他のやつらも状況を理解してるのかもしれんが。俺は今来たんだ。
だから。“なに”があったかをまず話せ。
話はそこからだ」
恋「そういえばお兄さん、さっききたばかりだった」
陽「やっべー。いまのいままで、“春さん自信のことは詳しく言えない”ってことしか頭になかったわ」
隼「おっと。これはいけないいけない。僕もうっかりしていたよ。そうだね、詳細を話し忘れていたね」
涙「春、攫われた」
駆「う〜春さぁん…ぐす(涙)」
海「攫われたぁ!?なんちゅー物騒な展開だったんだ。お前らそれ早く言えよ!それを聞いてたら俺たちだってすぐ協力したぞ」
始「で?詳細は?」
隼「獄族狩りだよ」
海「さらに物騒な言葉が」
始「獄族狩り…あおい と あらた が狙われたやつか」
海「え!?そうなのか?俺は噂で近いうちにあるらしいっていうのをきいただけだったんだが。そうか‥お前ら無事で何よりだな」
夜「状況はもっと悪いみたいです」
始「獄族狩りでお前たちの親が攫われたってことではなく?」
陽「さっきもしゅんが言ったけど、親が心配だから〜とかじゃないんだよ!その獄族狩りのメインが“春さん”なのが最悪だって話」
始「どういうことだ」
新「どうやら今回の獄族狩りは、はじめから一人の獄族を捕まえるために練られたものらしいんです」
陽「獄族ならだれでもいいとか、そういうわけではないらしいんだよなぁこれが。あらた の話を交えたうえで、春さんが誘拐された時期、そして かい が持ち帰ってきた“噂”。
それらを総合すると、考えつくのが狙いが“春さん”。だったというわけ」
始「うわさ?」
海「それなぁ。俺も今日きいたばかりなんだけど。どうも力が強い獄族たちが守る宝が存在するって。それを狙ってるやつがいるってはなしだな」
始「宝…それが春っというやつか」
隼「そういうこと。だから実は今回の獄族狩りは、すべて春を捕まえるために行われていたんじゃなかいって話になってね」
葵「その方は、宝と言われるぐらいですし、やっぱり特別な獄族なんですよね。本能が守りたい以外に何かあったり?」
駆「名付け親だから特別って意味じゃないからね。本当に特別」
始「つまりその“特別”をねらって獄族狩りが行われた――と、そういうことか」
隼「話が早くて助かるよ。僕らはそう判断した。
他の獄族がねらわれているのは、春との違いを比較するため。
あるいは、巨大な力を持つ存在に対抗する武力とするためか、術の要とする檻とするための生贄か。春への人質にするためか。どれが正解かなんて犯人じゃないから、断定はできないけどね。
まぁ、間違いなく、“獄族狩り”の裏にあるものは、ろくなものじゃないよ。…“いつも”ね」
このなかで一番長く生き、春と共にいた時間も長のは〈しゅん〉だ。
そのぶん、人間の醜さも知っている。
隼「多くの人間が数百年単位で、そうだね。だいたい人が忘れたころに、獄族狩りなんて単語はよみがえる。
もう幾度もその単語を人間たちが使うのを聞いてきたよ。
その末路をなぜ人々はたかが百年で忘れてしまえるのか。僕は不思議でならないよ。
そもそも獄族ってどうやって生まれたか人間は忘れてるんじゃないのかな。いや、"はじまりのこと"なんてだれもしらないんだったか。それじゃぁしょうがないけどさぁー。あーもう、本当に人間馬鹿すぎて嫌い。いっそ皆殺しにしたいところ!...だけど、それをすると〈はる〉が困るからね」
陽「おちつけしゅん。そもそも"はじまりのこと"なんて俺らもしらんわ」
隼「あれぇ、そうなの?僕は何となく答えをしっているよ。本能的なものだから、詳細はしらないけど。
ただ、〈はる〉なら詳細も知っているのかもしれない。彼は長生きなんだ。たぶん"はじまりのこと"もすべてしっている可能性が高い。それぐらい彼は陰のモノとは思えないほどに感情がある。知能も知識も人間よりある。だからこそ"特別な存在"なんだろうけどね。
だけど、彼をつかまえても不老不死など手に入りはしないんだよ。それでもなぜか、人は獄族に不老不死の理想を求めて狩りを行う」
隼「結果からいうと僕らは人が嫌いだ」
新「っすね。俺も春さんが契約を失敗して戻ってくるたびに、人間と絶対契約なんかするもんかって思ってましたもん。よう なんか、それがもう顕著で」
陽「うっせー」
駆「俺からすると、ここにいる全員が人間と契約してることにビックリです」
隼「ふふ。実はね。ここにいる獄族は、ふつうの獄族より人間嫌いが激しいんだ。驚いたでしょう?」
海「いまは、いいんだろう?別に俺らがそばにいても」
隼「とーぜん。僕の契約者は君がはじめてで、君だけであればいいのにと思うよ。
おかげで、いまなら春がどうしてあそこまで人間を好きなのか、よぉーくわかっているつもりだよ。まぁ、彼ほど世界のすべてを愛せる自信は僕にはないけどね」
夜「簡単にいうと獄族のストッパーが春さんです」
始「春っていうのは、そういうやつなのか」
陽「そう!そうなんだよ!聞いてくれよあんた!!博愛主義っていうの?もう優しすぎてどうしようもなくて!自分よりも他人優先なんだよあのひと!!俺がどんなにやめろって言ってもきかないし!すぐ人間に手を差し伸べちゃうし!!!
っと、いうわけで。その春さんを救いたい。あんた陽の力がすごい強いし。そのまま契約しちゃってよ。そうしたら春さん、光の下歩けるだろ」
駆「でも、もう春さん、足が…ぐす‥ぐす‥」
隼「そうなんだよねぇ。人間をかばうから。人間がいなければ春は…おっと、人間の君たちに言うことじゃないかったね、ごめんね」
隼「――――‥は、いいね。じゃぁ、作戦会議はこのぐらいかな。どうかな、いく?」
郁「これだけつよい陽の術者がそろっていれば、建物にはられた結界に穴をあけることは可能です」
涙「そこまでは僕がみんなをつれてく」
郁「ですが、中はどうなっているかわかりません。あと最初に「陰の力」をはじく結界があったので、それをふまえると獄族の力を抑える術式がある可能性があります。獄族の方は、力がつかえない場合の手段も考えて動いてください」
海「じゃぁ、武器をいつもより多めに持っていこう」
陽「あと、配置はさっき指定した通りに。要は いく と はじめの二人だ。二人が前衛となる。お前ら無理するなよ」
仙術で確認した建物の構造などテーブルに簡易的な見取り図をかき散らかし、店にあった術道具を分配し、配置と手順を確認していく。
あとはなにかないか。と〈かい〉が周囲を見渡せば、〈はじめ〉が仲間たちを鼓舞するように声をかける。
始「人間のせいとはいえ、獄族狩りや不老不死などくだらない。そんなことで、決して死ぬな」
恋「うわ〜なんかビリリってきましたよ!」
駆「はじめさんに言われるとやるきでますね!」
隼「ふふ。本当に はじめ は不思議だねぇ」
そのまま連れの二人へ視線を向ける。
紫の宝石と青色の視線が混ざり合う。
始「特に あおい。わかってるな?あらた に何かあっても迷わず切り捨てる覚悟でいけ。さすがの俺も、お前を死なせることだけは許されてないんでな」
葵「大丈夫です!絶対に俺は死にません!」
新「そうそう。あおい は、とにかく無事帰ってくること!俺はほおっておいても問題ないから!あおい だけでも帰らないと、朏さんに俺が殺される」
夜「みかづき?」
始「あおい の家庭教師だ。恐ろしく強い」
涙「大丈夫。いざとなったら、僕が時空に放り込む」
郁「敵前逃亡も時には必要です!」
海「はは。たのもしいな〜 いく と るい は」
始「――ところで。その獄族の春とやらは契約をしていないんだよな?」
隼「そうだね」
始「時間…大丈夫なのか?」
隼「え?」
始「あと数時間で夜明けだが」
「「「アウトー!!!!」」」
涙「いますぐ道をつなげるよ!」
夜「いそいで!!!!!」
葵「す、すみません!俺武器を奪われてしまって!な、なにか武器は!?」
陽「太陽!太陽やべぇ!!!霊布とか!?霊布なら光防げる!?かい!店に厚手の布ないか!!」
郁「はやく準備を!!」
隼「かい!ありったけの呪符と武具あつめて!!!あおいくん になにか武器も!!」
海「お、おうっ!ちょっと待ってろ!!」
駆「回復!回復しなきゃ!いっくーん薬頂戴!!!」
夜「お弁当もってくからまってて!!!」
始「…大丈夫かこれ」
葵「あ、あはは(苦笑)どうでしょうか」
新「大丈夫…な、ハズ」
葵「あ、槍より刀が得意です!先に言わなくてご、ごめんなさぃ!」
駆「ああ、もう!あおいさん はこれで!!!」
葵「む、鞭ぃとスリッパ!?さすがにそれは無理です!!!」
* * * * *
春「膝枕。うん。覚えたよ。大丈夫!疲れた人にやってあげて寝かせてあげて、疲れを取ってあげるものだよね」
夜『うーん、ちょっと違う気がするけど はるさんはそれでいいです、むしろそのままの はるさんでいてください(*´▽`*)』
陽『夜、お前…目がチベスナになってんぞ』
春「それにしても膝枕。すごい怖い技だね。寝た人が癒える代わりに、膝を貸した人の足から力が奪われる――なんておそろしいことを人間は思いつくんだろうね。ビリビリしてたてないよ?!」
駆『それ技ちがーう!!』
恋『…最近、気付くと隼さんがグラビの共有ルームにいるんです。最初は はるさん を心配してかなぁ〜って思ったんですが』
海『ああ、そういえばいるな。どこにいるかと思って探すと対外始に膝枕をしてるんだよな』
涙『安定の始クラスタだね』
葵『花さんが帰ってきたとき嫉妬されそうなぐらい仲良しですよね〜』
駆『わかる。葵さんのいうのわかります!花さんと始さんの距離感、もとから近かったですもんね。そこを隼さんに取られてしまった感じですかね』
新『グラビのマミーとパピーが離婚の危機!?』
陽『はなさーん!始さんが浮気してますよ〜といっても花さんいないわ』
夜『うわー。花さんが嫉妬とか…あれ?おかしいな。なんでかな全然想像ができない』
郁『花さんはともかく。はるさん なら、むしろ嫉妬とかしらなさそう。そこんとこどうです はるさん?』
葵『はるさん、むしろ“怒る”ってわかります?』
春「ふふ。オレだってそのくらいはわかるよ。たぶん?いちおうオレは特殊な獄族でね。生まれながらに"ある人間の記憶"を全部引き継いでいたから、感情は知ってるんだよ。…とはいえ、実際怒ったことはないかもしれない。
まぁ、さすがのオレでも、嫌だなぁとか。うらめしいな〜とかも思うことはあるね。
たとえば、太陽の下に出れる生き物はいいなぁとか。死ぬことができた獄族とかうらやましくて。ねたみ過ぎて気が狂いそうだったもん(´v`) なんでオレは生きなきゃいけないんだろうってね。
あ、ほら、オレだってちゃんと怒れてるんじゃないかなこれ」
『『『…』』』
春「あれ?どうしたのみんな?(こてん)」
恋『よ、予想外に重すぎた』
そんな何とも言いがたい議論をしている仲間たちから少し離れた位置。
隼は本日も始を膝枕していた。
そっと始の髪をなでる隼は、どこか嬉しそうだ。
隼『ああ、今日も始ってば髪がさらさらだね!なんて撫でごたえがあるんだろう!でも最近ちょっと始のキューティクルなエンジェルリングが艶を失っているようで、僕は悲しい!!よければ今晩は僕が丹念にその髪を洗ってあげようか!いいね!それは名案だ!!さぁ!始!!!』
いつもと変わらず大げさなまでに手で表現しながら、熱い愛をささやくのは、自他ともに認める始クラスタ霜月隼である。
隼『―――――っと、普段の僕ならこうテンションがどんどんあがるんだろうけど。どう思う始?』
だが、そのままもちあげていた手をおろし、再び優しい手つきで隼は始の髪を一束そっと手に取って、黄緑の瞳を哀しげに細める。
白い手のなかにある始の髪はどこか艶がなく、色も褪せているようにさえおもってしまう。
始『どうもこうもないだろ。何度言えばわかるんだお前は。もういい。動くな。寝づらい。あとうるさい』
隼『ああ、ごめん…‥うん、でもね』
隼『幸せのはずの状況が、“夢見草”の最後の光景を思い出させるのはなんでだろうね』
始『わかりきったことをきくな』
隼『そう、だね』
最初にオーバーに愛を語ったせいか、それともすでに隼による膝枕が定番になりつつあるのか、
二人のやりとりをいつものことと、笑いながらみていた仲間たちは“知らない”。
小声でかわされた、そのあとの二人の会話を。
カウントダウンの秒針の音に――
彼らはまだ気づかない。
すでに時は刻まれ始めていることを。
隼の手はひとより若干冷たい。
しかし隼がそっと撫でた始の頬の方が今はヒンヤリとしている。
本来であれば寝るのが大好きなせいか子供体温のようにもっと温かい始の肌は、今は冷たすぎた。
だというのに、触れなければわからないほどではあるが汗をかいてしっとりとしている。
それに隼は眉を顰める。
若干“顔色の青い”始に、隼はその疲労のうかがえる表情を仲間たちから隠すようにそっとなでる。
“魔力”をそそぎながら。
隼が上からのぞき込めば、視線を感じてか紫と目が合う。
その紫の目に宿る意思の炎は、まだ疲れを知らないかのように燃えている。
けれど…。
その意志とは裏腹に、ロジャーに生命エネルギー(魔力)を分け与え続けている始の方にも影響はでてきていた。
そそがれる隼の暖かな“力”の気配を感じながら、始の瞼が閉ざされる。
それに隼は眉をさらにしかめる。
しかしその表情を見られないようにか、すぐにいつもの穏やかな見守るような表情に戻る。
そっと始の頭を撫でる隼の手が一瞬止まる。
それにうながされるように再び目をひらいた始が見たのは、揺れる淡い翡翠。
隼『ねぇ、始…まだ頑張れる?』
始『できなくともやらないと困るやつがいるだろ』
隼『非力ながら僕もできる限り協力は惜しまないよ』
隼『はやく。はやく‥すべての“想い”が、集まればいいのにね』
始『そう、だな』
* * * * *
じゃらり
しずみかけた意識の淵で、鉄錆びたにおいだけが鼻につく。
ポタリ ポタリ‥
自分が動こうとするのをやめれば、次に聞こえてくるのは正確な水音。
耳には、まるで時計の秒針のように同じ感覚で水がおちる音ががずっと聞こえてる。
何かが、たまった水場に落ちていく。水の上を水滴が跳ねる――そんな哀しい音。
その音の正体を探ろうと、手を動かそうとしたら、動かなかった。
何かが腕にまきついているにはわかる。
動かせばそれが床とこすれ、じゃらりじゃらりとなんだか鈍い音が響くのが聞こえた。
けれど重さはよくわからない。
なんだろうこれ?
右腕は太陽に焼かれて、ひじから下は足が動きづらくなるよりも前になくなった。
すでに業の多さのせいで、足は動かなかったのに、いまでは痛覚さえなくなってしまった。
心配性の仲間には言ってはいなかったけど、実は残った腕ももう感覚はほとんどない。
オレの業は、すでに足だけでなく、腕にも数珠のような痣がのびている。もう足だけでなく腕も真っ黒だ。
そのせいで、痛みを感じない。
痛みがないってことは、重さもよくわからないんだ。
そんな身体は、無茶をしてもよくわからなくて少し困ってしまう。
この世界に来た時から、魂が半分しかないから体が疲れやすく、長い時間起きていることができなかった。
一つ分の生命を半分の力で維持するために眠る。
それが業が増えていくごとに、のびていく。
眠る時間が長くなっていくのは、業をささえるだけの力がオレにはないから。
あれ?なら、オレはまだ眠っているのかな。
この匂いは、鉄じゃなくてもしかして血か。そうなると、紅茶でもいれてる間に眠ってしまったってことかな。
気付かない間に食器を壊して怪我でもしたのかもしれない。
それともオレじゃないだれか怪我をした?
そうでないといいな。
誰も傷ついていないといい。
どうしてだろう。
なんだかくらくらする。
むせかえるような異様な「 」のにおいが鼻につく。
鉄のさびたような…
そのまま目を閉じたら。
匂いも音も聞こえなくなった。
「―た‥失敗だと!!」
「なぜだ!?」
「――――!!!」
「――!!それ以上は!!――‥この獄族が――…っ!!」
「契約――‥―た…ずだ!!」
コエガ キコエタ
カラダガ オモイ ナァ
ダレ ノ コエ?
重い瞼を無理やり開ければ、滲んでかすんだ視界が、かすかな人影を複数とらえた。
声がした日、前よりももっと血の匂いが濃くなっていた。
目は相変わらずみえない。
でもきらきらしたものが自分をとりまくのはみえた。
まるで蝶の鱗粉のようだ。
綺麗な――ひかり。
そういえば、これは何度も見たな。人間と契約をするときの光に似ている。
その光は目の前ではじけたかと思えば、それはオレのほうにまきついて…突如体がズッシリとさらにおもくなって、目を開けてられなくなった。
どれくらい眠っていただろう。
たまに、なにかに呼ばれるようにふわりと意識が浮上する。
そういときはあの契約の光をみた。その光を見るたびに体の重さが増していく。
ほら、また呼ばれている。
けれど声に応えようとして体を動こうとするけど、重くなった体は思うように動かすことができない。
まるで意識と肉体が分離してしまったようで、暗闇から目覚めることができないのを不思議に思う。
どうして自分は眠っているのだろうと、こうなる前にあったことを思い出そうとするも、
あのときもまだ“眠り”のなかにいて、誰かが傍にいたような気がする――というあいまいな記憶しかない。
ここはどこだろう。
花の甘いにおいも緑のにおいもない。
誰かがあの住処からオレを連れ出したのか。
それともこれは夢の中?
そうだね。
夢に違いない。
だって、そうじゃなきゃ、オレは光なんて見れない。
だれかに呼ばれるたびに、意識がなにかの衝撃を感じてよびおこされる。
その都度、綺麗な光を何度かみた。
太陽のような光ではないけれど、小さくてたくさんの煌めく光。
太陽のように温かくはなく、その光が身体に流れこんでくると痛くて冷たくて悲しいけれど。それでも眩しいと思える――光。
そっか。ゆ、めか‥。
なら、全部…全部が夢だったらいいのにな。
次に目が覚めたら、ホケキョくんがオレをおこしに歌を歌ってくれて。
扉を開けて、みんなにおはようって声をかける。
葵くんの美味しいご飯をたべて。
新が苺牛乳を飲んでいるのを笑って。
恋と駆に勉強を教えてあげて。
始と大学にいって…
光輝く舞台の上でみんなが汗をながして歌って、踊って。
みんなが傍にいる。
それで、オレは太陽の下でバスケットをするんだ。
目が覚めたら――すべて夢だったらいいのに。
そうしたらあんな長い孤独は、もういらないのにね。
“ひかり”が、とおいなぁ。
ああ、これは夢だ。
眩しいと思うのは夢だから。
だって、今のオレには光はふれることさえできないものだから。
またオレは“眠っている”のかと、ため息が出そうになる。
この世界で、この体で無茶をしすぎた。
もしかするとそれよりも前からか。魂が半分しかないからこうも眠いのか。どちらにせよ限界だ。
おかげであまり長い時間起きていられないのだ。
本当はようやくツキウタ。メンバーと同じ魂の仲間たちが生まれたから、彼らともっとお話しして、もっと笑いあいたいのに。
もっと起きていたいのになぁ。
そういえば声をかけられて、呼ばれてる気がして目を一度だけ開けた気がする。
そのとき「ほしいものはなんだい?」ときかれて、たまたま前世でバスケをしているときの夢を見ていたから、思わず何も考えずにチョコレートがたべたいなぁって思ったな。
あれ?この世界にチョコってあったかな。
まぁいいや。
あるなら、〈よう〉と〈よる〉にもたべさせてあげたいなぁ。
ちゃんとお土産で持ち帰れるように包んでくれないかな。
あ、でもカカオ濃度が高すぎると、だめだね。
オレは前世の影響で95%でも全然おいしいと思うんだけど。
みんなからは「もうそれは泥です春さん!」ってよく言われるんだよね。
ああ、みんなの顔が見たいなぁ。
この前、また人がきた。
目は覚めてはなかったんだけど、腕がいたくて一気に目が覚めた。
視界は相変わらず暗い。
腕に感覚を感じたのはずいぶん久しぶり。
それは体の中を回るらしく、腕から体中へ広がった。
痛いのは、しだいにあったかくなった。
ほかほかではないんだけど、焼けるように焦がすように、まるで光に焼かれるように痛くて…
どうしてかな。
おかしいな。
眠くて眠くてしようがない。
うん。そう。そうだよ、ねむいんだオレ。
たぶんねむいはず。
だって、もう目を開けてられない。
ほら、やっぱりオレは眠いみたい。
ねむいなぁ。
寝たくなんかないのに。
寝てしまったらもう目が覚めないんじゃないかって思ってしまうから好きじゃないんだけど。
水音がずっと聞こえてる。
ポタポタポタリと、何かが落ちていく音。
ねむいなぁ…
ああ、でも眠ると言ったら、リーダーズが酷かったなぁ。
隼は起きたくないっていつも言ってて。
□じ□はいつも眠そうだったよね。どこでも寝れるがウリだったし。アイドルやるからには寝ないでよ!って何度も言ったんだけどね。
ほら、は□□は昔から眠るのが好きで…
ん?
あれ?
《 》って――― だ れ だ ろ う ?
* * * * *
ガタン!!!
大きな音がして、一斉に仲間たちがそちらへ視線を向ける。
そこには仕事から帰ったばかりなのだろう始が、左手が服の上から心臓をつかむようにおさえ、肩で息をつきながら、青い顔をして扉に寄り掛かるようにしてたっていた。
荷物にかまっているゆとりはないのだろう。始の手からすべりおちた荷物がドサリと床に落ち広がる。
春「む、睦月くん!?」
恋『始さん!?』
葵『大丈夫ですか!?なにが』
海『おい!始!?フラフラじゃないか!』
夜『いまなにかあたたかいものを!座ってやすんでください!』
慌てて駆け寄る仲間たちの中、隼だけがソファーに座ったまま、態度を変えることなく紅茶のカップを机の上におく。
新『隼、さん?』
海『…』
普段であれば始の状態に、一番に駆け付けてきそうなひとに異変がない。それこそが異変である。
それに気づいたのは傍にいた海と新だけ。
始は心配そうにやってきな仲間たちをおしのけ、そのまま隼のもとへ足を進める。
始『隼』
隼『うん。おかえり始』
駆『え、隼、さん?』
葵『始さん?』
涙『隼が愛を叫ばないなんて』
陽『おいおい、いま、どういう状況だよ』
夜『なにが、起きてるの?』
普段と違う様子の始に、寮の仲間たちは驚き、慌てて駆け寄ろうとするが、普段であれば一番騒ぎそうな人物が静かなことに、彼らの中でよけいに不安がかき立てられる。
隼が腕を広げる。
始はそのまま倒れ込むように、隼の腕につつまれる。
自分から隼にむかっていく始など珍しいを通り越して有り得ない光景だ。
しかし冷やかせる雰囲気でも声をかけられる雰囲気でもない。
始はぎゅうっと自身の服をつかむが、その顔は険しく、病人のそれに近い。
始の目は苦痛をこらえるようにきつく閉じられ、息をするのもきついのか肩であらあらしく呼吸を整るのに必死だ。
しゃべれるような状態ではないのだろう。
隼『想像以上に魔力の消費が激しいみたいだね。むこうで花に何かあったかな』
始『はぁ‥はぁ…』
隼『君がばてるにはまだ早いよ始。あと少し。あと少しこらえて』
始『…まだ、か‥隼…もう‥…』
隼『まだだね。でも時間はあまりないようだ。少し計画をはやめるよ』
そっと魔力をのせて隼が始を撫でれば、少しだけ始の呼吸がおさまるが、それでも状況はよくないのは誰の目にも見て取れる。
だれもが動くことができず、ただ様子を見守るしかないなか、ふいっと隼の瞳が入り口付近で固まったまま青い顔をしている〈はる〉をみやる。
魔力を送っている始がここまで消耗しているのだ。入れ替わりを成し遂げた本人同士では、もっとつながりがあるだろう。
隼『はる。君はなにか"影響"はないかい?』
春「あ…あの…声がずっと聞こえていて…‥水の、音が‥うる、さくて…」
よくよくみえれば、その淡い色の瞳が隼をみているようでみていない。
どこをみているのか、ゆらりと揺れる視線は何かに怯えるように、耳をふさごうとしているのか、手を動かそうとしてはうまく上がらないをくりかえし、かすかにふるえている。
ふいに〈はる〉がその場に膝をつく。
腕はいつのまにか持ち上がっていて耳をふさいでいる。
目を閉じ、うずくまる〈はる〉が、何かを拒絶するように首を横に振る。
春「っ!!!ダメだ!!だめだよ“春”!!!その光は違う!それはダメ!それは太陽の光じゃない!!それは契約の!?だめだ受け入れちゃ…‥あ‥」
その口からは、まるで引き留めようとするかのように、「だめだ」と同じ言葉がこぼれる。
ふいに瞳が開かれる。
その目が宙をさまよい、隼に抱きしめられている始をとらえ、大きく目をみひらく。
春「‥どうして?…だれ?…名前‥なまえが…なまえ‥呼べない。だぁれ?‥あ…っ‥違う!なまえ、名前を、呼んでほしくて…よべない?よぶ?ちが…手がうごかなくて…光が…なまえが…ひかり‥なまえ…どこ?」
始にむけて〈はる〉の手がのばされる。
けれどその口から、名前が出ることはない。
それに戸惑ったように〈はる〉が、何度も始の名前をよぼうと、その名前を探そうとするように視線をあちこちに向ける。
しかしそれも次第に、なにか別のものを追うように、言葉の意味も変化していく。
様々な感情が混ざってうまく整理がつかないような〈はる〉に、年下組が息を殺して見守る。
隼『むこうの“花”と、感覚あたりがつながちゃったみたいだね』
いっきにたくさんの情報が流れ込んできたのだろう。それに苦しむ様子の〈はる〉をみかねたように、隼の瞳がいつもより細められる。
チラリと向けられたそれをうけとり、海が動く。
静かに〈はる〉の傍へと近寄ると、海は〈はる〉の目をふさぐ。
突如訪れた暗闇に、〈はる〉の肩が揺れる。
だが海が言い聞かせるように、言葉を紡ぐ。
春「くら、い…オレは、またねむって‥」
海『おちつけ はる。ここはグラビの共有ルームだかんな。お前は起きてる。目ぇ覚めてるぞー。寝てない寝てないからな』
春「ぐら、び…‥起きて?」
隼『わぁお。僕はてっきり手刀で、意識でも落とすのかと』
海『いやいや。マンガじゃあるまいしwwwそんな芸当できないからな。できるとしたら…花ぐらいか?』
隼『うん、まぁ、あの子はちょっと人体の急所をやたらとついてくるからねぇ。たしかに、できる気がする』
苦笑を浮かべた隼の腕の中で、ふいに始がみじろぐ。
くいっと服をひかれ、始の方を見れば、紙のように顔色が悪くなっている中で、二つのアメジストが鮮烈なまでの光を放って隼をにらみつけている。
始『しゅ、ん』
隼『うんわかってるよ。だからそんなに睨まないでよ』
始『時間、が、ない‥もう…』
隼『始でも、もう限界なんだね』
頷く代わりに、始は痛みを抑えるため、それとも焦っているのか、始はにぎっていた隼の服をつかむ力を強め、ギリギリと爪が掌に食い込みそうなほどに力を込めてくる。
ふいに、海の腕から解放されてもなおぼぉ〜っとうつむいたままだった〈はる〉が顔を上げる。
淡い瞳が不思議そうに瞬き、何かを“聞き取った”ようで、その“ことば”を舌に、声にのせた。
その「言葉」に、隼がハッと表情を変える。
〈はる〉へ視線がむく。
〈はる〉は一度“こたえる”ように頷くと―――
春「…‥ “ア ザ ナ” ‥?」
“名”を――よんだ。
* * * * *
駆「うわーん!!よかったまだ夜だ!!間に合った!」
恋「ちょ!?かけるさん!こんなところでとまらないで!あぎゃぁ!!!?」
駆「え?うわぁ!?お、おもい。重いよ こい!」
恋「だから止まらないでって言ったのに〜」
そこは街より少し離れた場所にある、すでに廃村になったさびれた村だった。
その村の一番奥にひっそりとたたずむ大きな館の門前にて、突如地上から5mほど宙に亀裂がはいった。
空中に突如現れた線は、すぐに上下へと幅を広げ、やがて上と下がくっつき楕円へとつながると、ぬぅっと向こう側から手がでてきた。
金色の髪の獄族がそのまま飛び出るように穴から飛び出てき空がまだ明けてないのをみて、ほっといきをつく。
しかしすぐに続いて桃色の少年が飛び出してきたことで、足を止めていた金色の獄族にタックルする形となってしまい、二人して雪の多く残る路に転がる。
新「おー相変わらず るい の移動術すげー。ほい あおい」
葵「あ、ありがとう あらた。一人でも大丈夫だったよ?」
新「ん?まぁ、あれだ。習慣だ」
葵「もう」
続いて黒髪の獄族がスタンと飛び降りてくる。足元で転がっていた金色と桃色が踏まれてつぶれたような声を出したがそこは無視された。
そのまま〈あらた〉は、穴の淵に足をかけていた淡い金髪の人間へと手を差し出し、エスコートするように降りるのを手伝う。
その後からもぞくぞくと、獄族と人が穴から危なげなく飛び降りてくる。
スタンと雪を踏む音だけを立てて降りてくるもの。
どりゃぁという掛け声とともに降りてきて、雪に滑って尻もちをついた者。
よっと。という軽い掛け声とともに、雪の精霊かとおもわせる白い獄族の手を引いてとびでてくるもの。
相方を抱き上げて一緒に飛び降りてくるもの。
総勢11人が宙にあいた穴からでると、それがわかっていたかのように穴は収縮していき、最期にははじめからなにもなかったよに消えてしまった。
隼「さて、夜明け前になんとか奪還しないとね」
〈しゅん〉の掛け声で、それぞれが配置につく。
目の前の建物には、見た目はただの廃墟だが、目に見えない術が幾度も施されている。
獄族が触れてしまえば、すぐに察知されてしまうだろう。
すでに〈るい〉と〈いく〉の接触により、彼らは獄族が動いてることを把握している。
郁「やっぱり中の警備の人数が増えていますね」
隼「ふふ。それは好都合だよ。春の居場所の方に人は集中してないかい?」
郁「そうですね。春さんがいると思われる場所――結界の中でそこだけ何も感知できない場所があるんです。そこがあやしいですね。現にそこへの路が一番警備が増えています」
葵「ふわぁ仙術ってすごーい!」
郁「なぁに言ってるんですか。気配察知の術ならだれでもできるじゃないですか」
恋「俺も少しなら」
葵「う…えっと。殺気があれば?なんちゃって。あはは……やっぱこのままじゃだめかな」
新「あー。あおい は、武闘派で。術はまったくダメダメ〜。武人としてはそうとうのレベルなんで、そういう意味で気配には敏感なんだけどな。
今回の旅で術関係は、基本 はじめさんにまかせっきりだったし」
葵「す、すみません!」
始「まぁ、そんなわけで あおい たちの護衛として俺がいるわけだが。いく の術は制度がすごいな」
郁「おほめいただきありがとうございます。
そもそも術として認識してるものが俺とあなたたちでは違うんですよ。
今回は、陽の術、陰の術に対して過剰なまでに敏感な結界術式がくまれているので、俺が適任かと思って情報集させてもらってます。次回からは はじめ さんあたりに頼んでくださいね」
始「ふむ。なら次は あおい に少し術を学ばせるか」
葵「ひぃ〜!?アンクロ塾!?い、いえ…その、あ、でも…よし!決めた!!決めたよ あらた!俺、やる!!」
新「おーがんばれ(たぶん無理だろうけど)」
葵「はじめさん!お、お手柔らかにおねがいします!!」
始「とはいえ、俺でもそこまでくわしく、結界の中や建物の中の反応なんてわからないなぞ」
郁「あー。まぁそうかもしれません。仙術で今回探しているのは、"動くもの全般"を感覚的に察知してます。なんか術式で動かしてる式っぽいがいたので、生命エネルギーを探す方法は控えてみたんです。
どちらも人間が使うような気配や音を察知するものとは違いますね」
隼「なるほどね。いく の言うように、やっぱり術式てきに僕ら獄族への目くらまし、無意識的にこの場所を忌避するように術が施されているよ。かい そっちは?」
海「だな。こっちも同じ。探索術式をそらす陽の術。それに同じように陽の術者への目くらまし。ってとこだな」
隼「ふふ。ここまで念入りにやったのはいいけど、敵さんからすると予想よりも早く僕らに見つかってしまったのかもしれないね。
なにせこちらには、いく と るい なんていう規格外の子たちがいるからねぇ」
始「これだけの陰陽入り乱れた術だ。たぶんだが。こうも厳重なものをつくるのに、そうとうの年月と…‥犠牲をしいただろうな」
隼「おや。犠牲ときたか。まぁ、そうだよね。こんな―――血生臭い結界」
振り返れば獄族の仲間たちは全員が顔をしかめている。
隼「これは僕ら獄族の血と人間の血でできた“呪”だよ」
そう言って隼が建物の外壁へと手を伸ばせば、バチリ!と大きな音を立てて弾かれる。
その手は火傷をおったように酷く傷ついていた。
〈しゅん〉がその手をひらりとふれば、傷の場所にキラキラとした白い光が集い、次の瞬間にはある程度の傷が治っている。
この世界は陰の力が満ちた世界。陰の塊である獄族は、大気中に満ちたその陰の力をすぐさま取り込むので、怪我もあっという間に完治する。
完治にいたらないのは、この術式の中に「陽の力」が組み込まれているためだ。
掌の傷を舐めつつ、〈しゅん〉は結界に覆われたその建物をにらみつける。
陽の力は陰の力を相殺しうるもの。陽の力でおった傷は、獄族には治すことができない。
長い年月陰の力を浴び続けていれば、やがては修復することもあるが、それは本当に小さな傷の場合だけだ。
〈しゅん〉の負ったものは、小さな傷に値する。
今はそんなことで慌てるべきではないと、〈よる〉が何事もなかったように笑顔で、手早く〈しゅん〉の手に包帯を巻く。
涙「この結界に僕らもやられた」
郁「術を跳ね返すんですよ。仙術だけ効果ありました」
始「だが基本的には陰の力だ。陽の力はほとんど感じない」
隼「人間にはあまり警戒していないのかもね。あるいは、人間を生贄にささげるには、人攫いは悪目立ちしすぎるからしなかっただけか」
郁「どちらにせよ!みなさん、ドカン!とやっちゃってください!とはいえ穴が開くのは一瞬です。侵入できてもすぐに結界は自動的に修復してしまうので、獄族の皆さんは能力が使えないものと思って覚悟してくださいね」
〈いく〉の言葉にしかりと頷く獄族の手には、それぞれ大量の縄(呪符付き)や、巨大ハンマー、異臭を放つ薬品(マスク装備済み)や、眠り粉、しびれ粉、クワや、フライパンや、スリッパ()まで多種多様な様々なものを手にしている。
いつの間にとつっこんだ〈あおい〉は悪くないだろう。
なにせ彼らはつい先ほどまで手ぶらであったのだから。
いわく、すがすがしい笑顔で〈かい〉が「今配った」と告げる。
それにまぁ、何とか納得し、人間たちが6人前に進み出る。
始「結界を破るだけでいいのなら、この符だな」
郁「助かります。では俺がみなさんの力を後押しします」
恋「ヒィー!はじめさんこの札きつぅ!えげつない量の陽の気を吸い取ってくんですけど!え、この術めちゃくちゃ術式が細かっ!?」
葵「そうでしょうそうでしょう。なにせ はじめさん ですからね!」
海「うっし!やるか!」
夜「陽の力をこめればいいんですよね…あ、ごめんちょっとまった。よう!よう もきて!!」
新「あ」
涙「そういえば」
隼「おや」
駆「そうだった」
陽「おい、こら。おまえら、俺の存在忘れるとかまじやめてくんね?」
始「ん?そいつは獄族だろう?」
隼「よる と よう は特別さ。お互いに半分ずつ陰陽の力を持つ。陰中陽、陽中陰の関係さ。二人は、ふたりでひとりさ♪」
始「ああ、なるほど」
葵「それはすごいですね!」
恋「そんなことはいいからはやく!!時間ないんですから!!」
〈はじめ〉のだした符に、〈かい〉〈よる〉〈あおい〉〈こい〉が触れていく。
札をもつ〈はじめ〉の反対の手に、〈いく〉が両手で抱き着くようにしがみつく。
〈よる〉が延ばした手を〈よう〉が握ったところで、札に精密に描かれていた文字が光かりだす。
文字はそのまま光となって札から浮き上がると、何物も寄せ付けない結界に張り付き、その場所を中心に光が波紋となって結界を揺るがす。
それはいままで不可視の盾であった結界の表面をなぞるように、七色の光の波となってつたっていく。
郁「いきますよ!ついてきてください!」
札に描かれていた文字そのままを形どった光を中心に結界に穴が開く。
しかし文字はすでに、端の方からなにかの力に押されるように光の粒子となって消え始めている。
結界の力がそれほど強いのだ。
11人は結界のほころびが消滅する前にと、〈いく〉を先頭に建物のへと侵入を成功させた。
廃墟に見えていた館だが、
結界の中の建物は今も生活感があり、しっかりとそこに存在していた。
始「ふむ。表のは幻術だったか。いくが言うように本当にこった結界だったわけだ」
涙「気を付けて。建物のなかに変な気配がある。それと陰の力が制限されてるみたい』
体が重くなった。というつぶやきが獄族たちから漏れる。
なお、その彼らは臨戦態勢で、武器をしっかり手にしてやる気満々である。
ただし巨大ハンマーは没収された。
建物の被害が怖いためである
駆「うぅ…」
恋「だめだよ かけるさん!よるさん お願いします!!」
夜「こんなこともあろうかと!」
建物に侵入してから、探索は二組にわかれた。
探知できない空間がある方へ、〈はじめ〉〈しゅん〉〈いく〉〈よう〉〈あらた〉。
広い場所に大量の人が集まっている謎の空間へ、〈かい〉〈るい〉〈よる〉〈かける〉〈こい〉〈あおい〉
人質とされないように契約者どうしはできるだけわけ、さらに案内に〈いく〉、そして武力による偏りを考量した結果だ。
二手に分かれ、地図を頭に叩き込みさらに年長である〈かい〉を先頭に広間へむかっていたなか、廊下に漂う匂いによって異変が起きた。
脳神経に働きかけるような、それでいて一瞬でとりこにさせられてしまいそうな、感覚を狂わせるような匂いにクラリよろめく。
あまりに強い匂いに、〈かける〉が先にねをあげる。
医師の家系ならではの持ち物か。気付け薬あたりだろう、いちはやくカバンから白い何かを取り出すと〈よる〉はそれを〈かける〉の口に放り込む。
くちをもごもごとしたあと、少しして〈かける〉が正気を取り戻し、再び足を動かしだす。
涙「いっそ別のガスでもまいて、このにおいを消そうか?」
海「いやぁ〜これは先に根源をたたないだめだろ」
自分の作った薬がくさいため、それ防止のためにしょっぱなから立派なマスクで鼻と口を覆っていた〈るい〉が、異臭のする薬を掲げて見せる。
その威力を春の住処で体験済みの〈よる〉が顔を引きつらせる。
マスクのせいか、〈かける〉と同じ獄族である〈るい〉には匂いの影響が出ていない。
状況をいち早く判断した〈かい〉は、まずは〈かける〉を苦しめるこの匂いをなんとかしようと、目的の広場へと向かう。
葵「これが匂いの正体…」
匂いがしていた時点で、そこまでの路に警備はいないと判断した〈かい〉の推測通り、彼らを害するものはなにもなくたやすく扉の前にたどり着く。
6人といえど、これだけの武力があれば問題ないと〈かい〉はあっさりその重厚な扉をひらいた。
その先に広がるのは――
駆「ちょっこ、れいとぉーーーーーーーっ!!!いっただきまーす!」
白衣、マスク、白帽子、白手袋に身を包み、あまい香りのする湯気の立ち込める中、せっせとチョコレートを量産する人間たちの姿だった。
今にも匂いにつられて飛びつこうとしていた〈かける〉の襟首を相方の〈こい〉が絶妙なタイミングでつかみ、涎をたらしてお腹をグーグーいわしている〈かける〉にストップをかける。
普段であれば獄族の力に勝てずひきずられてしまう〈こい〉だったが、結界の中なので、人間と同じ力しか出ないのか、一人でも余裕で〈かける〉の暴走を止めることができた。
葵「え?なん!?ええ!?あんな強固な結界作っておきながらなにやってるのここにひとたち!?ちょ!?なんでチョコレートの生産してるの?!えぇぇぇ?!なにこれ!?」
涙「匂いがした時点でわかってた」
海「だよな。なんか しゅん から春ってやつの話を聞いてた時点で、そんな気はしてたわ〜www」
恋「春さんも春さんですが。誘拐犯もおかしいですよ」
夜「チョコレートが春さんの契約内容だと思ったんだろうねぇ(チベスナ目)」
* * * * *
春「え…それってどういう?」
だれもそれを聞き取ることはできなかった。
〈はる〉だけが花の本当の名を呼ぶことができた。
それに隼と始が悔しげな顔を見せる。
そして再びなにか向こうにいる自分とやりとりをしていた〈はる〉が、不思議そうに首をかしげる。
その様子に、隼が警戒の色を見せる。
むこうにいる自分の仲間に何かがあったのではないかと。
その様子はぐったりとしている始にも伝わったのか、閉じられていた瞼がかすかに持ち上がり、一瞬不安そうな色が〈はる〉をとらえる。
また唐突に真名なんて呼ばれてはたまったものではない。
それは真名を呼ばずにはいられないほどの何かが向こうではあったということなのだから。
隼『どうかしたかい はる?』
始に魔力を与えるべくその背をなでながら、隼がたずねれば、〈はる〉が向こうの春と何か話しているのか、しばし後に一度頷き――
春「あ、あの…向こうのオレが、何かをお願いしてる来るんだけど。
かかおまめを120℃で約30分加熱して、かかお豆の殻と胚芽を取り除く。
胚芽も出来るだけぴんせっとを使って綺麗に取り除く。
ふーどぷろせっさや、ばーみっく?などを使ってかかお豆を細かく砕き「かかおます」という状態にする。
そこから〜〜〜〜…で、さらに滑らかさを出す為にじっくり時間を掛けて練り上げる。(湯煎で45℃きーぷ)。
50℃⇒25℃⇒45℃と温度を変えつつ、ちょこの状態を整える。好みの型に流し込み成型。
冷蔵庫で冷やし固める。型から外せば完成。――――だから、かかお濃度が高いのがほしいって。えっと、これってなんのことかな?」
淡い色の瞳を不安そうにゆらしながら、頭上にハテナを沢山浮かべつつ告げてきた〈はる〉の言葉に、隼が梅干しでも食べたような渋い顔をして「ん゛ん゛ん」と声を荒げる。
春「あの、これ、言っちゃダメな話だった?」
隼『ん゛。あ、いやそういうわけじゃなくてね。うん。はる、それ伝言じゃないよたぶん』
葵『えっと…レシピ?なのかな?というかレシピだよね〜(遠い目)』
始『アタマガイタイ』
夜『やだ花さん、うちの陽なみに原料からこだわってる』
葵『あ、やっぱりレシピだよね。それ以外ないよね?一瞬俺がおかしいのかと』
夜『だ、大丈夫だよ葵!俺もレシピにしか聞こえないから。それも』
葵『あ、うん。やっぱり』
陽『豆からつくるチョコか』
春「ごめん、まだなんか言ってる。
ちよ?ん?えーっと、ちょこれいと????とかいうのを食べたいって。お土産につつんでほしいなぁ〜って言ってる。んだけど…」
これはなにかな?
『『『はなさぁぁぁぁぁぁぁぁーん!!?』』』
隼『あっはっははwwwwさすがは花だねぇwwwいやぁ、おかしいwwwご、ごめんね はる。ついおかしくてwww』
始『…は、ぁ…あいつ‥』
隼『ああ、でも“春たち”がお互いを認識できるってことは、ずいぶん世界の距離が縮まっているんだろうね。そろそろ戻ってくるんじゃないかな。始はそれまでもたせてね』
始『はぁ‥違う意味で、頭がいたい…』
隼『どうやらあちらは無事そうだからね、少しは気がぬけたかな始?』
始『寝る』
盛大につっこみをはもらせたり、笑ったり、涙をこらえるようにして〈はる〉の様子をうかがっていた面々は、全員がほっとしたように笑みを浮かべている。
なかでも葵の喜びようはかなりのもので、パっとたちあがるなり嬉しそうに財布を手に「買い物にいってきます!」と準備をしはじめるほど。
葵『俺、花さんが帰ってきたときように、苦いチョコレート買いに行ってきますね!さすがに豆からは無理ですが(苦笑)』
とめるまもなく、「いってきます」と笑顔で駆け出していく葵に、新が「俺に苺チョコを!」と慌てて追いかけていく。
そんな微笑ましい光景を見送りながら、隼は床にペタンと座ったままの〈はる〉に笑いかける。
心配はもうなさそうだと。そのやさしい笑みが語る。
隼『はる は、もし向こうに意思を伝えられるようなら、チョコレートが待ってるよ〜って強く思ってみて。意外とそれでつれて帰ってくるかもしれないしねw』
春「う、うんわかった」
目を閉じ、向こう側の自分と交信を取ろうとしたのだろう。しかしすぐに〈はる〉は、ハッとしたように目を開き、慌てたように周囲を見渡す。
春「あ、あの、さ!でも、あの、ちょこれいとってなにかな?」
かわいらしい質問に、周囲からくるものはやさしい空気だ。
海『あまいお菓子のことさ!うまいぜーwww』
夜『溶かすといろんなお菓子にも合わせることができるんですよ』
陽『冷やすと固まって。あ、ちょい待ってろ。たしか冷蔵庫にあったはず』
春「お菓子はわかるよ。お菓子はよく皐月君からもらってたよ。うん。でもちょこれいとは始めて。
硬くて甘いのか。へぇ〜豆がどうのってあっちのオレは言ってたけど、お菓子にも豆ってつかうんだね。すごいねぇ」
恋『なんてことだ!俺としたことがぁぁ!!はるさんたちが入れ替わって3か月!!あれほどおいしいものを教え忘れていたなんて!!!」
駆『うっかりしてたね。さぁ、いまから陽にこびりにいきましょう!』
恋『かけるさん…よだれが!!!!』
涙『冷蔵庫にあったから勝手に食べてよかったのに』
春「冷蔵庫。なるほど。そんなところにもお菓子ってあったんだね。
向こうでは食べるっていう習慣がなかったから、冷蔵庫の中身とかは、まだどれが食べれるものでそうでないのかよくわからなくて、極力触ってなかったや」
陽『そんな はるさん にこれを!おまたせ。では、はるさん に、問題です。こちらに皿がふたつあります。ひとつはカレーのルー。ひとつはチョコレート。さぁ、どっち?www』
恋『よーうーーーー!!!純粋な はるさんになんてことを!!!はるさん、においですよ!におい!カレーは何度も食べてますよね!ピリっとした匂いは食べちゃダメですよ!!』
春「ま、まぁまぁ。如月くんもおちつて。おちついて。ね。
でもどっちも茶色…ねぇ、これ本当に食べ物?泥を固めたものじゃなくて?」
隼『花が好むチョコレートはまさに泥のようだけど。甘いのが好きな はる にはちょうどいいんじゃないかな』
いつのまにか始を膝枕していた隼は、あやすようにその髪をなでながら、二つの皿の上にのった物体をしげしげと眺めて「うんうん」とうなっている〈はる〉をみておかしそうに目を細めた。
隼『はる。左がおすすめだよ』
陽『あ、隼!?』
春「え、ほんと?じゃぁこっちをいっただきまーす」
春「ん!?」
隼『はぁ〜じめ。ねぇ、みんながチョコのように甘くて、幸せな気持ちになれる。そんな素敵な魔法があればいいねぇ』
始『花の食べるチョコを食べた人間は…あれは幸せにならなくないか?』
隼『…‥花の好みはカカオ95%以上のチョコレート。あれは泥っていうんだよ始(真顔)』
隼『あれ?……寝ちゃったか』
いまだけはゆっくり眠れますように。
そのくらいのお呪いなら、かけれるのね。
隼の手が再び閉じてしまった瞳に軽くふれ、いつものように魔力を注ぎながら、始にきかせるように小さく子守唄を口ずさむ。
* * * * *
始「“花”のチョコレートはカカオ95%以上だ」
始「ん?なんだいまのは」
新「はじめさん、今何か言いました?」
始「いや、なんでもない」
郁「こっちです!こっちに探査でも部屋も人も判明しない“無”の場所があるんです」
陽「うっし!ここまできたらあと少しだな!」
隼「ふふ。やるきがでるねぇ」
チョコレートラインに到着した救出部隊とは別の部隊では。
警備の数が物々しく、待ち構えていたように人間の傭兵たちや、契約とは別にも札を貼られあやつられてるとわかる獄族や、式の一種と思われる泥人形が襲い掛かってきた。
陽「術は使えなくてもこちとら春さん直伝の武術仕込みだ!どりゃぁ!!」
隼「よっと♪」
新「なまじ あおい の相手をさせられてきたのは、無駄じゃなかったみたいだな」
郁「破ぁっ!!」
すぐさま交戦となったこちらでは、術を封じられていてもかまわず獄族組(+いく)が、敵をののしていく。
まず人間は武器を奪ったうえで急所を狙えば一撃だ。獄族はあきらかに意識を奪われて動きがのろく、操るための札を剥がしてしまえばその場で昏倒した。手ごわかったのは泥人形だ。泥から作られ簡単な命令しか聞かないそれらは、痛みも感じなければ再生を繰り返す。しかし幾度か破壊しているうちに泥人形の頭頂部に媒体となる赤い石が埋め込まれているのに気付いたのだ。小指の詰めほどの小さな赤い石はとてももろく空気に触れると黒いう煙のように気化して消えてしまった。そこからはもう、怒涛の勢いだった。
隼「あの石…どうして一人の人間がここまで大量の式を生み出せるのかと思っていたけどあれが原因だね」
新「なんなんですあれ。すっごいイヤなかんじがしましたよ」
始「黒く気化して消えたということは、獄族、あるいは陰のモノの血の結晶じゃないか」
陽「うえー。だから人間は嫌いなんだ」
隼新「「わかる」」
郁「いや、そこはわからないでもらいたかった(苦笑)」
郁「でも珍しいですね。陰のモノの血が結晶になるなんて。たいがいはすぐ陰に還元されてしまうのに」
隼「そこは……今は、深く考えたくないとこかな」
陽「いやな予感しかしねぇ」
新「だな」
〈あらた〉と〈いく〉は身長が近いためか、背をあづけて、互いに互いをカバーするような形で動く。
せわしなく飛ぶようにはねては攻撃をしかけ、くるくる回転するように蹴りをくらわす。その動きは軽やかで、まるでダンスをしているようだ。
泥人形の頭部がえぐられ、空気に触れた赤い石が消滅していく。それとともにボロボロに崩れていく泥人形は、ただの土くれとなって山積みになっていく。
その横では〈よう〉が軽快に、敵を殴り飛ばし、急所をねらっては意識を刈り取っていく。
視界にヒラリヒラリと白が舞う。
目立つその色をめがけて奇襲がかけられるが、それも服さえかすれさせることもなく優雅な仕草で〈しゅん〉がかわしていく。
〈しゅん〉は攻撃をよけるとその人間の背後に回って首に手刀をたたきこんでいく。
最も戦闘力が低そうな人間である〈はじめ〉は、「ただの護身術だ」と言いながら、たくみな体術をつかって相手を軽く地にひれ伏している。
合気道というものらしく、軽く触れただけで相手がどんどん吹っ飛ばされていくようにも見える。
「相手の力が強ければ強いほど自然の流れでたおれる」と軽く言ってのけるが、それを成し遂げてしまう〈はじめ〉も相当の腕の持ち主である。
彼は倒れた獄族から、彼らを操っていると思われる札をはがして懐にしまっている。
かわりに別の札をはりつけて、完全に動きが停止するのを確認する。―――その作業の繰り返しだ。
始「本当に、数が多いな」
隼「このままじゃぁド泥人形のせいで通路が塞がれてしまい沿うんだねぇ」
郁「うーん。やっぱり俺たちの奇襲のせいで増えてますね。特に式が」
陽「っというか、これって屋敷の警備をほとんどこっちに回してんじゃね?ま、おかげでこっちに大事なもの、かくしておきたいもの、みられたくないものがありますよーって言ってるのは明白だがな」
隼「ひとの言葉でいうなら、この状況は《この館の主とやらは、本当に人間かい?獄族以上に、血も涙もないね》って状況だね。
ひとは感情がある生き物だと思っていたけど…ひとって不思議。
ここの主は、仲間らしい獄族たちが塵となり陰に戻ってしまっても何とも思わないのかな」
始「そうでなければ、こんなことしないだろうさ」
郁「っというか、操られていたようですし。たぶん獄族狩りでさらってきた獄族じゃないですか彼ら」
陽「ケッ!獄族狩りをしようというやつは、たいていいつもそんな感じさ。人間らしい、やさしさとやらを持ち合わせちゃいないのさ!」
隼「むしろ春の方が人間らしい気がするよ。うん。
ああ、春は大丈夫かな。心配だねぇ」
操られ、ただの使い捨ての駒とされている獄族たちが哀れである。彼らの多くは契約者がいたかもしれない。下手すると契約者を人質に取られている可能性もある。人間よりも獄族のほうが数多い。
しかしこの館は、陰の術を封じる結界に覆われている。
意思も威力もない爪だけを向けられても、〈しゅん〉たちの相手ではなかった。
ただ、やっかいなのは、〈しゅん〉たちには別の制約があることだ。
彼らは、“殺すという行為”ができない。
制約といっても、紙面に起こしたわけでもなく、口に出しての約束でも、暗黙の了解でも何でもない。なんの縛りもない制約だが、彼らがすすんで“そうしたい”とおもっていることに違いはない。
実際は簡単に殺すことはできる。それが人であれ同胞であれだ。獄族の心は、その程度では揺らがない。
しかし春がそれを望んでいないのだ。
だから〈しゅん〉たちは、人を傷つけない。
そうはいうものの、敵は自分たちを殺す気でかかってくる。あげく敵の半数はただの人間だ。
ここの主はなにかの宗教団体の教祖だったのかもしれない。傭兵のような武器をメインとする山賊じみたものたちが姿を消すと、続いて現れたのは同じローブに身を包んだ人間たちだった。彼らは武器は手にしていない代わりになにかしかの術式の刻まれた札を放って来た。
〈しゅん〉たちは彼らの攻撃を避け、気絶させを繰り返す。だが、同じローブの術者たちはすぐに起き上がる。その際には黒い靄が一回体を覆い、怪我まで治ってしまうしまつ。高笑いしつつ攻撃してくる術者たちは諦めが悪い。
「これが私たちの研究成果だ!」
などと高笑いしていることから、ローブの舌に何かしらの術式を仕込んでいるのかもしれない。
よって〈しゅん〉たちが圧倒的な力差をみせようとも、敵に大怪我さえ負わせることができない状況は、あまりいい状況とはいいがたかった。
本来、獄族からすると、自分の契約者以外の人間などいつ死のうが興味もなければ、ここで切り捨ててしまってもかまわない存在だ。
獄族に関しては、陽の力で殺されたら、陰に還ることもできず魂も何もかも消滅する。
それ以外の方法で死んだのなら、陰にかえるだけ。魂は真っ白になって再び陰の存在として生まれるだけ。
それだけだ。むしろ寿命のない種であるからこそ、死は救いにも等しい。
つまり獄族からすれば、いま正面から襲ってくる敵が人間であろうと獄族であろうと、かまわず攻撃することも大けがを負わせることも殺すことさえ、何とも思わないに等しい。
こういうところで種族の違いを人間は思い知る。
しかしここにいる獄族たちは、人の心をそれなりに理解できるようにと春にそう育てられてきた者たち。
ゆえに、彼らはよけいなことを、今、この瞬間では語ることはしない。
一つの目的のために協定を結んでいる今、人間サイドに不安になられると困るためだ。
その彼らが「殺さず」をモットーに、この場を潜り抜けなければいけないかというと、
余分な「死」をだすことをこれから救出したい存在が嫌うのだ。
本人とて、敵と判断した存在には容赦しないくせに、それでも人死にを嫌い、かなしむのだ。
そして二つ目の問題が、敷地全体にかけられた術式だ。
あれには人と獄族の血が使われていた。
それもまた、〈しゅん〉たちが相手を傷つけることができない理由でもあった。
なぜなら、へたに余分な血を流した場合、それらは屋敷に刻まれた術に吸収され、さらに術が強度を増す可能性があった。
さてどうするか。と思ったところで、陽が手を挙げた。
陽「なぁ、思ったんだけど、体が再生しても動けなければ意味はないよな?」
郁「なるほど。それはたしかに」
始「面倒だが、人間は全部縛るか」
ビィーン!と太いロープを引っ張りつつ、真顔で始がうなずいた。
どこからだしたかは不明である。
気絶したと放置していたのがわるいのだ。
ならばと、物理にでた救出部隊たちだった。
隼「はい!!うーん、本当に数が多いなぁ。あ、はじめ、そいつ縛って!そっちはよろしく〜」
始「はぁー…お前に自由だな」
隼「それにしてもそろそろこの“不殺”がつらいんだけど。さて、どうしようか。ドカンと大きな技はないのかな はじめ?」
始「俺をたよるな獄族」
隼「いやだなぁ はじめ!もう僕の名前をわすれてしまったの?今度はちゃんと覚えてね。僕は しゅん。君になら僕は何度だって名前を呼ばれたい!さぁ!!」
始「…」
新「しゅん は、あれか?はじめさん に一目ぼれてきな?」
隼「そう!かい とは違うなにかを一目会ったときから受信してしまってね!僕は一瞬で君のとりこだ!」
郁「俺の感覚ですけど、それ、力が拮抗してるからじゃ(苦笑)」
隼「そう!それだよ!まさにそんな感じだよ!さすが いっくん!いうなれば契約者との関係ではなく、僕の不足している何かを補ってくれるような!
はじめ!どうやら僕らは対だよ!契約者としては相性最悪だけど!!僕らは“守るため”ならば立派な対になりうる!そうだね!僕らは対だ!」
始「なんのはなしだ。あと勝手にわけのわからんことを決めつけるな」
新「へーほー最悪なのかー(棒)それだけ愛をささやいていて…。そっか、こういうの最悪なのか(遠い目)意味わからん」
陽「おい しゅん、ふざけてるのもいい加減にしろよ。おまえ、さっきから敵をよけてるだけじゃねぇか!しっかり意識狩れよ!縛れねーだろ!!」
隼「うーん。手加減がきかなくて殺してしまいそうでこわくねてね」
陽「それは俺だって同じだっつぅの!あーーーもう!胸糞悪りぃ」
始「狂信者だな。この術者たち。何をあがめて研究をしていたんだか」
郁「獄族は彼ら化すると実験動物の一つなんでしょうか。
こんなに集めて…こんなことのために人と契約をしりしないはず。こうやってあ操られていたら、なんのための“願いの成就”か、わかりませんよ!」
隼「獄族の狩りの被害者だろうしね彼ら。まぁ、望んでこんなところで戦ってはいないだろうけど。
さぁて、彼らがつらいと思っているか哀しいと思っているかと言われれば――たぶん“ない”とおもうけどね」
始「…操られても、“辛くない”か」
新「ま、獄族ってのはこういうもんってこと。本来は」
郁「わかっています。獄族とは価値観も考え方も違うことぐらい。人間があまいってのは。でもそれじゃぁ、本当に何ために“契約”したかわからないじゃないですか」
隼「ふふ、君は僕らとかかわりが長いからね。ある程度は割り切ることもできるだろうね。
はじめ は、やはりこんな僕らと契約を結ぶのは嫌かい?」
始「さぁ?ただの俺がしるのは、国にいる獄族どもだけで。お前はあいつらより、より“獄族ぽい”とは思ったがな」
陽「なるほど。野生の しゅん があらわれた。さぁ、どうする?って感じか」
隼「失礼な。まぁ、“獄族ぽい”のは当然だね。だって僕は獄族だものwwwむしろ君の国の獄族が“人間に近すぎる”んじゃないかい?
一か所に長く居続けたせいで感情豊かになったのかな?」
たおした者を〈いく〉と〈はじめ〉で術を施し、その大半は物理的に縛って…
それを繰り返し、いくばくか。
郁「うーん。こう多くちゃ、身体しばりの術符の数が足らなくなりそうですね」
〈かい〉の家からあさるだけあさって持ってきた荷物にも限界がある。
心もとなくなってきたロープをみながら〈いく〉がつぶやき、筆で直接術を昏倒した敵にかきはじめていた〈はじめ〉もうなずく。
横では〈あらた〉が傍の調度品である古びたカーテンを裂きながら、敵を素巻きにしている。
新「この屋敷、見た目より古くはないんでぇー。まぁ家財道具も拘束具として使えるっちゃ使えるんですけど、下手すると引きちぎられる可能性大っすね」
陽「駒の数が多すぎんだよ!」
始「そうだな。
なら、一網打尽にしたあと、ロープで円をつくって、そのロープ事態に札を貼ったらどうだ?個人ではなく、ロープで囲った範囲そのものを効果対象にするんだ…できないか?」
郁「!?その発想はなかった。なるほど、対象者に直接触れなきゃいけないとばかり思ってましたが。やってみましょう」
始「…成功か?」
郁「こんなところで新しい技をひらめくなんて…修行不足でした」
新「たしかにこりゃぁ新しい術式だ。札って振れている部分限定の効果しか出ないとばかり思ってた」
陽「というか、ここから移動できないな。これ」
新「あ、そういうえば。敵を次からこん中に突っ込んでいかなきゃいけない感じっすかねぇ」
郁始「「あ」」
隼「まぁ、そうだねぇ。でもちょうどいいかもよ。ここからはあまり気配もなければ動く音もない。道も狭まってる。
集まってくる敵をここで一網打尽に積み上げておくのも一つの手だね」
陽「だな。いっそ敵をどんどん山積みにしていこうぜwwwそうすりゃぁ、通路をふさぐ柵にもなるってもんだ」
郁「うわー。ようしゃないなぁ」
隼「いやいや、僕らはまだ優しい方だよ。なにせ、だれも死んでないのだからw」
新「あ、なら俺が残ってこの場を守りますよ、っと。たぶんこの中で一番人間との戦いに慣れてるのは俺ですしー。それにほら、いく と はじめさん だけは目的地まで行かなきゃいけないんでしょ?」
隼「そうだね。春と契約してくれるかもしれないし」
始「勝手に決めるな、しないぞ俺は」
隼「まぁまぁ」
郁「俺は案内のためと、術を壊すためについていかないといけないので…すみません。あらたさん、頼めますか」
陽「なら いく の護衛は俺だな。殿は任せろ。なにがなんでも しゅん たちは、先に進ませて見せる」
新「きまり。じゃぁ、はじめさん、春さんをどうかたのみます」
普段はゆるい態度が多い〈あらた〉が、それなりに長い付き合いであった〈はじめ〉にさえみせたことのない複雑そうな表情で、頭をさげる。
それに驚きつつ〈はじめ〉は、しっかりと頷き返した。
契約するかはともかくと、心の中で追加しつつ。
始「いくぞ」
〈はじめ〉から視線を向けられた〈しゅん〉がうなずく。
〈あらた〉が頭までさげて救出してほしいというほどの獄族。
つまりこの先に待っているのはよほどの“特別”だと〈はじめ〉は判断した。
それが獄族全体の物なのか、“春の子”と称す彼らだけの“特別”なのかはさだかではなかったが。
視線を向けただけで意図を組んだのだろう。〈しゅん〉が横を走りながら、「だから何度も言ってるでしょう。親だからってわけじゃないんだよ」と〈はじめ〉の心を読んだかのように小声で語り掛けてくる。
その表情はこのどこか王者の椅子にでもすわってすべてを見下していそうな、そんな他の獄族とは違う異質さを醸し出す彼には不似合いな、酷く気が高ぶっているかのように険しく、
正面の闇の先を睨みつけていた。
普段はやさしげに仲間たちを見ている黄緑の瞳が、なにかどす黒いものをとりこんだように、今は昏い。
そこに宿るものに、〈はじめ〉の背に一瞬ゾクリと悪寒が走る。
冷たい汗に気づかないふりをして、こんな化け物じみた存在と契約をしてかつ、それでも笑っていられる〈かい〉に思わず思考をはせる。
始「とんでもないな」
どちらも化け物じゃないか。
こいつと自分の力が拮抗してる?
どこがだ。
思わず〈はじめ〉は深いため息をついたのだった。
今は走ることだけに専念した方がいいと、思考をきりかえたのだった。
それからどれほど走ったか。
道はせまくなり地下へ続く階段があった。
そこにいた敵も倒し、なおかつ進めば、あるのは地下牢。
しかしそこには人がいた形跡さえない。あるのは血の跡だけ。
進んでい行くうちに扉があり、ひらけば、そこには巨大な術式がかかれた床と真っ黒に塗りつぶされたような部屋だけが残されていた。
隣の部屋には…‥人間の遺体の一部と思われるものが部屋に描かれた術式の上に山積みにされていた。
そのへやには結界が施されていてはいることはできなかったが、部屋の術式が赤く発光し、その都度遺体の一部がしゅわりと黒い霧になって消えていく。
隼「あの黒い部屋は、すべて陰のモノたちだ。その亡骸の跡だよ。
あまりに大量の陰の力がここで一気に消滅したことで残滓が残ってしまったんだ。部屋が黒いのはその残り。命が失われた形跡だ」
始「こっちは血と肉体が残っている。やはり人も動力にされているんだな」
隼「あるいは族族かもしれない。ヒトガタをしているのは何も人間だけではないからね。あれは身体から切り離されて時間がたったから、ただ陰に還元されただけか」
始「あの死体の下の術式がなにかわかれば、その謎もとけるだろうさ。
この館を結界と獄族の力を奪う封印術、そしてあいつらの再生術は、この犠牲者たちの命が代償になっている可能性が高いな」
陽「むなくそわりい、はやくいこうぜ」
郁「そうですね」
そこからはどこの部屋も似たり寄ったりだった。
いくつもの拷問危惧が残された場所。
なにかの液体が容器にたくさんいれられた部屋。
複雑な機械にあふれた部屋。
あまたの術式が書き散らかされた、書類の山にあふれた部屋。
ひとはいなかった。
陽「ちっ。まだ続くのかよ」
隼「ここは全体で研究施設なんだろうね。ああ、趣味が悪い」
容器や危惧、書類を軽く一瞥しただけで〈しゅん〉は不快そうに口元を袖でおおう。
隼「僕としてはこれ、全部消してしまいたいんだけど。ねぇ、始。“君の国”に、これらは証拠として必要かい?」
始「国に。証拠、な。
なるほど。お前の言いたいことはわかった。
だが、いいのか。もし俺が本当に、持ち帰りたいと言ったらどうする気なんだ?たとえばここのやつらの研究を引き継いで、獄族に手を出すかもしれんぞ」
隼「君がここのやつらと同じことをするとは思ってないよ。むしろ悪人はそういうことを自ら言わないって、春が言っていたしね。
なにより、ここにあるものはすべて未完成にして、間違った資料だ。その証明が、これだけの研究。何度も何度も失敗を重ねたってことだよこの資料は」
机におかれた資料を一枚手に取り、その瞼がうれいげにふせられる。
そっと資料の乗った机をなでる手が、あらたな資料に触れ――
隼「……その分、どれだけの血が流れたか」
強く、強く拳が握られる。
始「ここの処理は後だ。先を急ぐのだろう」
隼「ああ、そうだね。ごめんね」
促され部屋をでていく。
最後に部屋の扉を閉じるとき、ちらりと〈はじめ〉の目に資料の山に共通する単語を見つけたが、すぐに扉をしめた。
―――不老不死。
そんなものはない。
だが、ここの研究者たちはそれを望み、不老不死とされる種族 獄族の解明をはかろうとした。
それがことのすべての発端なのだろう。
廊下を進み、やがて〈よう〉が耐えきれないとばかりに、顔を険しくさせる。
〈しゅん〉からはすでに表情さえ抜け落ちている。
陽「…血のにおいが濃くなってきたな」
隼「これは本当に最悪のパターンだねぇ」
郁「パターン?」
隼「春への対処だよ。やさしくベッドの上で眠る春とこんちわ。という展開はなさそうってことだね。…いっくん、はじめ。覚悟をしておいて」
なんの覚悟だとは、言えなかった。
先程までの施設の利用を見てしまった後だと、なおさらだ。
“まっとう”なものがあるはずがない。
〈いく〉がごくりと唾をのむ。
〈はじめ〉は、すぐにでも札を取り出せるように、札に力を練り込みはじめる。
四人がたどりついたのは、一番奥まった場所にあった地下施設にしては豪奢な扉だった。
そこに足を踏み入れようとした獄族の全員が足を止めざるをえなかった。
扉に触れた途端、再び結界が阻んだのだ。
隼「春の力を感じる。この結界、春の力を元に作られてるね」
張られているのは、建物に張られたのと同じもの。
しかし建物にはられたそれより強い。
存在をくらますような惑わせるものや、術を跳ね返すような効果はないが、その分、獄族と許可されないものを拒むことに全力が注がれているのだ。
人間は通り抜けができるようにか、その術は陰の力だけをひたすらに拒絶している。
隼「春を、ださないため‥かな」
始「なら、俺の出番だろう」
郁「俺が扉の半分をささえます」
〈はじめ〉と〈いく〉がとびらの左右ののぶに手をかける。
バチリ!と再び火花が散るが、二人は陽の力を込めていき強引にその拒絶をおしやって、手を伸ばす。
始「っく!!」
郁「きっつ!」
陽「どんだけ強いんだこの結界」
隼「春だからね。いっくん、仙術だよ。陽の力のだめおしだけじゃなく、陽の力を、陽でも陰でもない違う力でくるんでやれば」
郁「はい!!がんばります!」
〈しゅん〉の言葉にハッとした〈いく〉が、〈はじめ〉と視線を合わせる。二人の手はまだノブに届いていない。
一度目を閉じ深く深呼吸した〈いく〉が扱い慣れた“気”をねる。目に見えない力の流れが、あらたな風をふかす。
〈はじめ〉は自分の手のひらを包み込むような暖かな空気の流れを感じ取る。
これならいけると、手に陽の力をこめ、抵抗を感じる結界をおしやるようにしてとびらののぶへと手を伸ばす。同じように〈いく〉も気合を入れてノブへふれ、ふたりそろって結界のせいで重さまで増したような扉を体重をかけておしひらく。
祈るように二人の様子を見守っていた〈しゅん〉と〈よう〉の目の前で、ゆっくりゆっくりと扉はひらいていき――――
陽「っ?!いく を外に出せっ!!」
隼「ふたりとも。目を閉じて」
開かれた扉から敏感な獄族が先に気付き、扉をひらききろうとした〈はじめ〉と〈いく〉をあわててひきはがす。
微かに開けられた隙間からでさえ感じた“血の匂い”。
ほかの研究室とは比べようもないほど、生々しく、いまだ真新しいそれに、部屋の先にあるものを想像し、〈しゅん〉と〈よう〉は動いたのだ。
あわてた〈よう〉がとっさに〈いく〉の襟首をつかみ背後へとなげとばす。
声に従いとっさに扉から後退した〈はじめ〉が〈いく〉をうけとめ、そのまま〈いく〉の目をふさぐように手で覆う。
目をふさいでも匂いでわかる。
隼「ここまで扉が開いてしまうと、人間にもそろそろわかるね?」
陽「春さん…」
始「これは…」
郁「うっ!?‥あ、あの、これってもしかして血の…」
始「…こどもたちを、連れてこなかったのは正解だな」
陽「おい しゅん 、“これ”を予想してのチームわけか?くそっ!!吐き気がする。だから人間なんか嫌いなんだよ!!!」
隼「そんなわけないでしょ。そうだったら、いっくん はここにはいないよ」
視界をふさがれていてもわかるほどの異臭。
それに〈いく〉の顔から血の気が引いていく。
扉がひらいたまま、勢いあまって飛び込もうとした〈よう〉がバチリとおおきな火花を散らして弾かれる。
扉は開いたのに、いまだ結界は作動しているのだろう。なにもない空間を壁をたたくように〈よう〉が扉の向こうへ行こうと体当たりを繰り返す。
陽「春さん!!春さん!くそっ!なんで通れないんだよ!!なんで!そこにいるのに!!!春さんっ!!!」
部屋の中には、呪符であふれていた。
大理石でできたような表面がサラリとした床には、いくつもの術式が円を描くように刻まれ、おなじく壁の四方すべてに同じ術式が彫られ、部屋の中心に向け天井のあちこちから呪符つきの鎖がたれさがる。
最も太い数本の鎖が部屋の中心にあるものをしばり、床には大量の血が水たまりを作り上げている。
部屋の中心には、血だまりを中心に円がえがかれ、その溝をつたって血は流れ、円の周囲をさらに囲んでいる赤い結晶へ注がれる。
結晶は血を飲み込むように、血がふれると赤く色づき鼓動するように赤く発光し、明滅を繰り返す。
結晶につながれた幾本ものチューブのようなものが赤い光の粒子を運んで壁へと流れていく。
意識がなくぐったりとした春がそこにいた。
天井からの鎖が春の両の手をしばるが、片腕がないため右腕だけがつられている。
長めの鎖のせいで宙づりとは違い、足は膝を床につけた状態だ。
しかしその足には床から伸びた細い鎖が幾重にも巻き付き、さらには呪符のはられた槍のような筒状の棒が床にぬいとめるかのように春の足をつらぬき地面に刺さっている。
その筒から血がゆっくりとあふれでる。
人間でいう動脈がある首元も生々しい傷が一本はしり、そこからもポタリと血がしみでている。
着ていた服もボロボロで、もとから日に焼かれ失った右腕は、新しくつけられたのだろう刃物できられたのか、肉と骨が見えるほどに抉られ、こちらも血さえとまっていない。
左腕は獄族の証である長い爪さえない。
他にもまるで血をしぼりとろうとするように、いたるところに大なり小なり傷があり、そこから血がしたたり落ちている。
床に広がった血はすべて、彼のものなのだろう。
それは床に描かれた術式に染み込み、結晶を通して館全体の術の動力となっている。
怪我といっても打撲跡などはみあたらない。あったとしても獄族ならではの治癒力で治ってしまったのかもしれないが。
だが、それとは別にひとつ異常なものに目がとまる。
痣だ。
黒い蔦のようなその痣は、服の隙間から見えるかぎりあり、春を絞め殺そうとするかのように上半身肌の表面をほとんどにおおいつくほどに浮かんでいる。
顔までのびたそれは、閉じた瞼の上にまでおよび、まるで呪詛のようだ。
郁「はじめさん、大丈夫です。手を、離してください」
始「…お前が思うよりも状況はよくないぞ」
郁「それでも!かまいません。それに、これでも俺は はじめさん より年上ですよ」
苦笑を口元に浮かべた〈いく〉に、そういえばと思い出したように〈はじめ〉がその手をそっと放し。
においだけでもそうとうの血が流れているとわかる。
それがわかっているから〈いく〉自身もひらく勇気がいるのだろう。〈はじめ〉の手を離したとき、〈いく〉は目をきつく閉じていたが、深く深呼吸し気を整えると、目を開き――。
郁「ひどい」
扉の向こう側は、それほどの惨状であった。
血の滴る音と、術式の作動する小さな音だけが赤光の中に響く。
隼「おかしい」
ふいに〈しゅん〉が扉の奥を見つめながら、眉をしかめる。
その一言は、先程よりも意志強くもっと扉を開こうと手をのばした〈いく〉と〈はじめ〉の動きを止めるには十分だった。
隼「あの血はなんだろう?」
始「なにって‥どこからどうみても春ってやつの血だろう。それがどうした」
隼「そこからしておかしいんだって。
僕らは獄族だ。血がこの状態で流れ続けるなんておかしい」
郁「え?」
隼「獄族は陰の存在。体から離れた血肉はすべて粒子となって闇にかえるんだよ。ほら、春の血だまりみて。少し表面に黒い湯気みたいのがあるでしょう。あれが陰に還元されてる証拠だよ。
同じように陰の力があるかぎり、失った部分は再生する」
郁「あ!そういえば」
隼「それゆに僕らは不死とされるんだよ。
ま、陽の力に触れた個所は消滅するから、治らないんだけどね。治ったとしても、治りが遅かったり傷跡になったりはするね。
でもこれだけの量の血だ。しかも身体から離れてなお、ほとんど還元されていないのはおかしいってことさ」
結界をにらみつけるように扉の前にいた〈よう〉が、歯をかみしめる。
ギリリと音が聞こえてきそうなほどに強く。
そして己の右腕を持ち上げ、扉の向こうにいる春をみやる。
陽「春さんの右腕は、陽の力で失った。だから、あまりに消滅した個所が多すぎて、失った個所を再生することはなかった。
そこからとんでもない歳月をかけて、表面の皮膚はなんとかもどってた。だけどあんな…」
隼「落ち着いて。おちついてね、よう」
始「陽の力を纏ったものでうけた怪我だから、治りが遅い――だけにしては、血が粒子に戻らないのはおかしいってことだな」
隼「そう。正確には、還元される量と、身体から離れた血の量の割合が合わないんだよ。
これに当てはまるものを僕たちはもう見ている」
郁「あ、さっきの泥人形の赤い石!」
隼「同じだと思う。空気にふれるまで赤い石は、泥人形の中で形を保っていた。
あれ獄族の血を凝縮したものなんじゃないかな。
たとえば獄族の血を凝縮して少しの間だけでも"陰に戻らせない手段"をさっきのローブたちが生み出したとか」
陽「春さんの血だったのかも」
隼「そうだね。その可能性は高い。
さっきの赤い石も結局は陰に還っていた。そもそもこの世界は、建物の中だろうと世界の上にいる限り、陰の力は常に存在している。だからどこにいようと僕ら獄族の怪我は治る。同じように身体から離れたものは陰の力へと還元される。本来であれば、ね」
始「結界が邪魔をしてはいるが、なかの術式から術の形状は探れる。みたことないものだが、おおよそ封印術の改造したものだろうな」
隼「やっぱり。じゃぁ、これが研究の成果のひとつってわけだね。本当にいやになるなぁ。
ここのやつらは、僕らの循環の性質を利用して、それを術の動力源にしてるんだよ。
この部屋は いっくん の探査でも“無”と判断されたでしょう。それはたぶん、陰の力を取り込まないようにしてたせいだと思う」
郁「とりこまない。それだと獄族である春さんも死んじゃうじゃないですか。でもこうして形を保ってる。それははおかしくないですか?」
隼「そこだよ」
隼「この部屋は、きっと陰の力を一度すべて撤去したんだ。その後も外から陰の力が入り込まないように術を施した。
僕らがはじかれるのもそのせいだね。
つまりこの結界は、春を奪還しに来るだろう獄族を警戒して“獄族を拒絶している”のではなく、“陰の力”そのものが入り込まないような術式なんだよ。
そのあと春を部屋にいれ、今度は“陰の力”が部屋から逃げ出さないように封じる術を施した。封印術ってのは、普通にあるしね。
そこで問題だ。
部屋の中の春は怪我をしている。
春の身体から離れたものは、自然の摂理として陰へ還る。
そして怪我を治すために、獄族は陰の気をとりこむ。
だけど、その部屋に“春の力”しか、“陰の気”に該当するものが存在しなかったら?
その循環はどうなると思う?」
陽「足りない身体の一部を補うために必要な陰の力がない…」
郁「でも陰は陰にもどる」
始「必然的にそいつの身体から離れて還元された陰の力が、そのままあいつの体の中に戻る…しかなくなるな」
隼「正解」
始「そして、陽の力で傷つけられた傷が治るほどの陰の気が部屋には存在してない。
怪我にかんしてはおいておくとして。陰の力は、なくしたものを補う…つまり、陰の力は抜け出た血液になるってことか」
陽「制約が強いこの場で、陰に還元できる量も少ない。だから怪我も治らず、すべての血がもどりきらず液体のまま残ってるんだ。
しかも微量であれ循環はするから、血は常に作られ続ける。還元量をこえた血は液体として流れ続ける」
隼「獄族は食事も必要としない。出血多量ごときでは死なない。ましてや循環して血さえ戻ってくる。
嫌な話、この部屋の中であれば、春は死なないし、、永遠と血をだしつづける。
もし時間がたち怪我が治っても。また傷つければいいだけ」
隼「ここのやつらかすると、いまや春は永遠に血を供給する水源だ」
これが人間が獄族を狩り、得ようとしたもの。
けれど――
隼「春の血を屋敷の術につかうだけがここのやつらの研究じゃない」
始「不老不死、だったか」
隼「そう。それが最終的な目的。春の血をそれに活用しようというのはわかるんだけど…でも、人間が僕らの血を体内にいれたら死ぬよね?
それは一般的にわかり切ってることだと思うんだけど。
だからなぜここまで無限ループのような仕組みを作ってまで、春を捕らえたのかがわからない。
春の血を永遠と飲み続ければ、不死になるとでも思っているのかな?
…ん〜。どう考えても無理でしょ。むしろ寿命を減らすだけだよね?人間なんかすこしでも春の血を飲んだら、死ぬと思うんだけどなぁ。春だし。だって春だし」
始「やたらと春というのを押すな、お前」
隼「言ったでしょう。春は“特別”だって。長生きだからその分、陰の力が濃い」
隼「――って、普段の僕ならぼかすところだけど。このメンバーには言ってもいいかな。
僕やようとかは、陰の力が"もの"に宿って生まれた獄族だ。ようはマグマ。僕は雪。最初の獄族だって陰の力が"トアルモノ"に宿って生まれたんだ。だけど〈はる〉は、陰の力が"宿るべき器"がない状態で生まれた。陰の力のそのものなんだよ。
ゆえに〈はる〉は僕らより陰としての性質が強いんだ」
「「「…‥」」」
陽「あのー、しゅんさん?しゅん。その、さらっと何かやばい発言暴露するのやめてくれませんかねぇ。どうしろとっ!?」
郁「きいてよかったの!?って、内心ゾワゾワしました(苦笑)」
始「…はぁー。お前ら獄族、秘密多すぎだろ」
隼「てへ☆文句は"そういう風"にした世界に言っておくれよ。僕は"知ってる"だけだもん」
陽「もんとかやめろぉー」
郁「え、えっと…とりあえず。この結界こえちゃいますね」
* * * * *
駆「ちょーこー」
恋「かけるさんあれはだめだよ。まだ作り途中であっちっちだよ?」
駆「でもいい匂いで…」
恋「よるさ〜ん」
夜「はいはい。かける はこれでも食べて我慢してね」
駆「う〜…もぐもぐ」
呼ばれて駆け寄った〈よる〉が鞄からだしたのは、マシュマロである。
春におしえてもらったというレシピで作られたそれは、今回チョコレートが絶対どこかで出てくるだろうと予測した〈よる〉が持ってきたものだ。
さらに〈よる〉が肩からかけている鞄には、握り飯、チマキなどもしっかりはいっている。
もちろん医療道具もはいっているが、彼のカバンの半分以上は食料による重さである。
先程チョコレートの甘いにおいで、食べたくてしょうがなくなり暴走しかけた〈かける〉をひきとめた白いものは、気付け薬でも何でもなく、ただのマシュマロであった。
駆「(´〜`)モグモグモグ」
海「ひとまず、このチョコレート工場のラインをとめるぞ。
ここはたぶん一般の人間の警邏にみつかってもただのチョコレート工場だと言えばそれでおわる。だから警備もなにも必要なかった。ってとこだろう。あるいは“向こうに”急遽全員回したか」
葵「あ!」
海「どうした?」
葵「あ、あの!あれ、みてください!彼らの何人かは服の下に呪符が」
海「あの呪符は…」
涙「あれは“制約の呪符”。かわした制約を破ることはできない、誓いの証。はがすことができるのは、制約の内容を知っている者だけ。
けれど貼られた者は、制約の内容を言葉にすることも文字に書くこともできなくなるものだよ。そして最悪なのが、その制約を破った場合のしっぺ返しが…命を奪うようなものであること」
夜「つまり、ここのひとたちは半分が契約者たち。半分はただの労働者ってとこかな。
呪符なら、鎖や枷と違ってはためにはわからない。たとえ査察が入っても怪我がないから、無理やり働かされてるなんて気付かない。
たちが悪いね。
最近誘拐事件や行方不明者が出たなんて話は聞いてない。そうなると、契約者たちは、自ら進んでこの屋敷に来ていることになる。
…相方の獄族を人質に取られたと考えるべきだね」
葵「俺たちもそうなるところだったんですね」
海「だな」
術よりも武術に長けた葵には、とっさにわからない。
術にくわしい〈るい〉が、札の効果をすぐにおしえてくれる。
だが、それはあまりにも非人道的すぎる事柄だ。
きつく拳を握って、すべてを目に焼き付けるように、工場で働く人たちをみている〈あおい〉に、〈かける〉が首を横にふる。
〈よる〉から今度はおにぎりをもらって「いただきます」と言ってからかぶりつき始めた〈かける〉が、鼻を動かしすんと周囲のにおいをかいだ後に苦い顔をする。
駆「全員を助けたいと思ってるなら無意味だよ」
葵「そんなことまだわからないじゃないですか!この人たちから札を奪えば術もきっと」
駆「モグモグ‥ごく…。いや、わかるんだな〜それが。言っちゃぁ悪いけど。たぶん獄族の大半は生きてないと思う。獄族に限らず、契約もしてない人間たちは家族とか人質にされてるんじゃないかなぁ。その人質も生きてる確率は低いと思うよ。
さっきの結界といい、この屋敷中、ずっと血なまぐさすぎる」
涙「そうだね。結界には人の血も使われてた。屋敷内には陰の気が強い術が張られている。たぶん獄族の血がつかわれてる。これだけの術式を維持するには、使用している血が多く必要になる。そう考えると"人質"は絶望的だね」
夜「…いっくん の予感的中だね」
葵「そんな!?」
夜「働いてる彼らは、しらないんだろうね」
涙「まぁ、獄族と人の契約って。破棄するのは簡単なんだよ。春は破棄しまくってる。
それに、成し遂げられないこともあり得る。相方が死んだとき、契約は白紙に戻る。
けれど生き残った片割れを巻き添えにしないために、ショックを与えないために…その場合、相方へはなにも衝撃もおこらない。なにも感じない。契約の証である笹熊が消えるだけ。
そんな配慮いらないのにね。だけど、変なところで世界はやさしい。
だからここの労働者は、相方がもうこの世にいないことにも気づいていない可能性がある」
海「たとえしっていても身動きできないんだろう、札のせいで」
涙「あるいは、何かがおかしいっていう“そういうこと”さえ考えられなくさせられてるのかも。感情操作的な」
海「ありえるな。俺たちがいても、あれほどあばれていたのに、誰一人反応していない。思考を奪う術をかけられてるのは間違いなさそうだな」
春から種族のあれこれやら真実をきかされている〈よる〉と〈るい〉以外が、しらなかった事実に目を丸くする。
〈こい〉が本当なのかと横の〈かける〉をみれば、〈かける〉は「言う必要性を感じなかったから」とサラリと頷いた。
〈あおい〉とて〈こい〉と同じ気持ちだ。
きっとそばに〈あらた〉がいたら、同じことを聞いていただろう。
そしてきっと帰ってくる返答まで同じなのだ。
駆「世界の配慮ってやつだよ。俺も相方が傷つくの嫌だし。間違ってないと思う」
葵「でも契約者が消えたのもわからないんて酷いよ。どこが配慮なの」
恋「契約破棄してもわからないなら!その前に俺に言ってね かけるさん!絶対だよ!!」
駆「言いたくないかも。あ、でも!こい とおわかれなんて俺も嫌だ〜!せめてあと40年くらいは一緒にいて!!(抱き!)」
恋「もっと一緒でもいいよ!!(ぎゅー)」
海「ははww相変わらず仲良しだなぁwww」
涙「僕は、半分だから。
獄族と人の言い分もわかる。でもすべてに賛同できるわけじゃない」
海「普通の獄族は、たしかに“悲しい”ってことをまず理解できなかったな。そう考えると、うちの しゅん はまだましか」
涙「僕らは、人と契約できるように。春に感情をまず教えてもらったからね」
夜「そういえば春さんは人間寄りの思考をしてたね」
涙「春は、悲しむこと。嬉しいってことを僕に教えてくれたよ。
だから、こい や あおい たちが悲しむっていう気持ちもわかる。人間が、獄族とは違ってとても感情豊か感じ方をしてるのも、わかる」
自分の相方である〈こい〉とハグをしつつ、頬釣りをしながら〈かける〉が、少し眉をひそめて、会話をする〈るい〉たちをみやる。
駆「俺は、っていうかたぶん春さんに育てられた獄族たちは、今の契約者がみんな初めてだ。だからまだ俺たちは、“喪失感”をしらない。
でもさ、でもさ。もし契約者は一生に一人だけってなったら、永遠を生きる俺たちはいつまでもひとりぼっちだよ。
それはきっととてもつらいことだと思う。
だって、春さんがそういう顔してる」
涙「逆も同じだよ。僕らが“残される側”ではなく、逆に人と一緒に居続けるとするよね。
たとえば契約したらおたがいの寿命が一緒になったり、命が一蓮托生になった場合。
人間が永遠にも近い長い時を生きるのは、たぶんきついとおもうよ。
獄族の春でさえ、気が狂いそうって言ってるぐらいの時間を僕たちは生きる。それを弱い人間が過ごせると思う?
肉体は長寿にたえられても、人間の心では耐えられなくなるんだって。
一瞬を懸命に生きるから人間は弱くて、その分輝いてる。そこが人間のいいところだって、春は言ってた」
駆「だから…世界の判断は正しいと、俺は思う。
契約の在り方はこれでいい。
獄族には、人間みたいな豊かな感情は必要ないってのも正しい。
あおいさん をみてると、思う。小さなことに心を揺れ動かしちゃぁ、俺たちはきっと春さんが言うように“心”がきっと壊れちゃう。
俺たちは、契約が結ばれた瞬間から、契約者がとっても大切になる。
それを失うのはつらい。…春さんはいつもそう。何度も何度も契約したい人とおわかれして、いつもかなしそうで。
こい は、長生きしてね」
葵「世界の配慮って…」
獄族組の正直な意見に、〈あおい〉は絶句する。〈あおい〉は彼らの言葉に賛同できない。
自分の国にいた獄族たちは、言われてみれば目の前の〈かける〉や〈るい〉よりも感情が豊だった。
そして、みな世界の定めからも“抗おう”としていた。
〈あおい〉のいた国では、獄族と人とが協力しながら、常に運命にさえ抗って、道を切り開てきた。そういう者たちしかいなかった。
彼らもまた長い時を生きているであろうに、それでも狂うこともなく笑顔で…。
ただし、よく考えてみれば、やはりそれは世界の配慮なのだとさえ実感する。
自国の長く生きる獄族たちは、たいがい最初に契約した者に連なる者と新たに契約を引き継ぐ。今ふりかえれば、わかることだった。それは"残される側"だからだ。一人残され孤独に嘆くより、血を頼りに契約を続けることで、彼らは孤独を免れているのだ。
だから自国の獄族は人のそばに居続ける。
そんな彼らと、野で生まれ暮らしていた“ふつうの獄族”との違いに、その価値観の違いに〈あおい〉は改めて気づく。
“本来あるべき獄族の価値観”。その違いに、言葉がでない。
ずっと同じ国で過ごし生きてきた〈あおい〉の国の獄族は、人間の近くにずっといたせいで、価値観も思考の在り方も人間のそれに近いのだ。
夜「大丈夫、あおいくん?獄族ってけっこう遠慮がないからね、しかも全部悪気がないときてるもんだから(苦笑)」
恋「うんうん。こっちの精神ダメージを理解してほしいものだよ。まだうちの かけるさん はましだけど。ましなだけだよ。日常でだってかなり意見が合わなくて食い違うことは多いし」
海「だなwww しゅん もなー、あんな繊細なナリしておいて、俺の目の前だろうとかまわず獣とかやつざきにするぐらいだし。
おかげで目の前で血みどろ映像みさせられた俺の気持ちを察してくれ!!と、もめたことあったわ。
他の獄族よりはたぶんましなんだろうけど。あまり人間の感覚というか、感情にはうといよな〜」
夜「よう なんかも酷いよ。すぐに人間はああだこうだ、だから人間は〜って言うんだもん。あの人間嫌いも相当だよね」
恋「いえ。よう はかなり察しがいい方です。なんというか、人間どうでもいい説は獄族らしいんですけど、めちゃくちゃ気が利きますよあれ」
夜「え?そう?」
恋「人間の感覚はわからないけど、人間がどういうことで精神ダメージをおうかは誰よりも理解してるっていうか…春さんの面倒見てたからじゃないですかね。よう は、人とか関係なく家畜でも“殺し”をしませんし」
夜「そうえいば、そうかも?」
海「配慮と遠慮ができるんだよ よう は」
〈あおい〉を慰めるように苦笑を浮かべてその背を優しくなでながら〈よる〉が、人間と獄族は違うものだと告げる。
それにぞくぞくと人間の契約者たちが、口々に自分たちの相方の愚痴を言い始める。
〈かける〉は“価値観が違う”という点はうなずける場所があったのか、ほっぺにご飯粒をつけながら、新しくもらったチマキを食べながらリスのようにふくらましモグモグとなにか言っている。
海「ま、小難しい話はぬきにしておこうぜ。いまは、目の前のことに集中!」
夜「そうでした。つい愚痴がポロっと」
恋「でるでる!でも俺は かけるさん と契約したこと後悔してないし。違う道をたどっても相方は かけるさん を選ぶから!」
駆「そういう こい だから俺も一緒にいたい!」
海「仲良きことはよきかな。ってな♪」
相方の愚痴が漏れ出したことで、ぷぅーと不満げに、先程とは違う意味で頬をふくらました〈かける〉に、〈こい〉が再び笑顔で抱きつく。
それにパァーっと笑顔を見せると〈かける〉も〈こい〉に熱烈なハグをきめた。
はためには金色の犬が、飼い主に尻尾をブンブンふりながらじゃれているようにみえるのはなぜか。
〈よる〉と〈かい〉の見守るような生暖かい目が向けられ、〈るい〉からは「やれやれ」と肩をすくまれる。
間にはいれないのは〈あおい〉だけだったが、〈あおい〉は彼らの話を自分の中で吟味した後、考え込むように周囲を見渡し、自分の契約者と、国にいる知人たちの姿を思い浮かべる。
葵「あの!」
意を決したように声をかけたのは、それからまもなくだ。
葵「このひとたちを開放してあげることはできませんか?」
夜「それは」
海「当然するが。相方の話はどう説明する気だ?」
涙「僕は半分だから消えないけど。
普通の獄族なら、死ぬとただの陰(カゲ)にもどって消えてしまう。血の染みついた跡とかでさえ跡形もなく消えるんだ。力によってつくられた服も当然一緒に消える。
だから本当は、肉体も血も、なにも残らないんだよ。
けどね、この屋敷にはられてる結界はずっと消えずに効果を発揮している。現に僕はまだ術が使えない。この意味は、わかる?」
夜「…どんな結末にしても。それは、とてもつらい結果にしかならいね」
海「っ!?おいまさか」
恋「うわーなんだろう。すっごい嫌な予感」
駆「うー‥わかるけど、聞きたくないなぁ」
葵「それって…」
涙「つまり、この血なまぐさい結界を維持する媒介となる血か、肉体が"まだ"どこかに残ってるってこと」
海「つまり生きてはいなくても、身体が消えずに残ってる可能性がある。ってことか。
はは、まさか、生きたまま使われてるとかじゃぁないよな」
涙「どちらかはわからないけど。贄はまだあるはず」
駆「うへー。その場合、契約者のひとたちは酷い光景を見ることになるね」
夜「それを相方の死の証拠としてみせるか。言葉だけで告げるか。
どちらにせよ、この屋敷を動かす結界が消えるか、屋敷の外にそれらを出した途端に、獄族の還元はおこり、残っていた箇所も消滅してしまうかもしれないけど」
恋「よるさん、本当にくわしいっすね」
夜「まぁ、なんでか春さんにやたらと世界の理やら、獄族やらの知識は叩き込まれたからねぇ(苦笑)……まさか“このため”だったとか?いや、なんかたぶん違うな、うん」
そこまで現状を導いたところで。
〈るい〉が〈あおい〉へと視線を向ける。
その意味を察したように、〈よる〉が困ったように〈あおい〉をみる。
〈かい〉は小難しい顔をして腕を組んでいる。
涙「っで、どうする?」
葵「俺は―――…」
* * * * *
春の動かない足には、中心が空洞になっている細めのパイプが何本か、床と春の体を縫い付けている。
ポタリ
ポタリと
床へ零れ落ちる水滴は、春につけられた浅い傷からこぼれおちる血の音だ。
床に広がる水たまりは怪我から流れつづけるそれによるものだ。
部屋には、陰の気がはいることはできず、なおかつ中にあるものを逃がさないような術式が組み立てられている。
その術式をくみ上げているのは、春自身の血液と、陽の力の混ざり合った二種類の呪符。と床と壁に掘られた術式だ。
鎖にもなにかしらの術のつけられた札がはられ、部屋の四方の壁にも同じものが大量につけられている。
陰の力が少しでもあると、室内に入ることができず、〈しゅん〉と〈よう〉はしかたなく部屋の前で待つ羽目となってしまった。
春のいる部屋に入ったとたん、先程よりも酷い“死”のにおいに、〈いく〉が思わず口をふさぐ。
隼「きこえるかい はじめ?」
始「ああ」
入り口から〈しゅん〉が大きめの声を出して、春のそばまでたどりついたふたりに声をかける。
隼「なら、聞いて。
春の皮膚の表面をおおってる痣があるよね?」
郁「顔まで黒い蔦みたないな痣が」
隼「それは“業”っていうちょっとやっかいなものでね。詳細は省くけど、契約が不成立になると増えるんだよ。
そこまで広がってるってことは、誰かが春と無理やり契約をしようとしたのかもしれないね。たとえば“春が望むもの”と引き換えに」
陽「望むものって…あ、チョコレート!」
隼「そういうこと。
とはいえ、普通は十回失敗しようが百回失敗しようが、そうならないんだけど。春はもとから全身にそれがあった。だけどそこまで広がるってことは相当だよ。
ここのやつらは、春に何度も契約をためし、その都度失敗したってこと。
それは触れてもうつったりしないし、痛みもない。
…いや、むしろ。その痣があるおかげで、春はきっといま痛みを全く感じていないと思う。
ついでにいうと自分の意志ではもう体を動かせないとも思うけど」
始「なるほど、痛みはないのか。で、これは抜いていいものか?」
郁「怪我の度合いがひどすぎます。このまま大量出血をおこしてしまったら、消滅しかねないんじゃ」
足に突き刺さったパイプからも血液が流れ出ているが、それはとてもゆっくりで少量ずつだ。
人間であれば、抜いた瞬間に、血は一気にふきだす。
それを考量し、〈いく〉と〈はじめ〉は手が出せなかったのだが、〈しゅん〉は首を振る。
隼「言ったでしょう。春は自分では動けないし、痛みも感じない――抜いて。
大丈夫。部屋の外に出たらとまるから」
春は死なないよと〈しゅん〉が保証したことで、〈いく〉が安堵の息を漏らす。
春は死なない。
否、死なせはない。
〈しゅん〉が強く頷いたことで、〈いく〉たちは再び春にむかいあう。
始「抜くだけなら…いけるか?」
郁「どうでしょうね。これじたいには陽の気はないんですが…」
始「血を抜くためだろう?血が必要なのに、パイプに陽の術式を使ったら、中をとおるその血が消滅して消える。そうなったら意味がないから当然だな」
郁「ああ、だから術式が施されてないんだ。でもあちこちに陽の気が…」
始「道士、ひとつきくが、この鎖はなんだ?とてもいびつな感じがするんだが」
郁「そうですねぇ。はためには強い力…ちょっと違うか。強いではなく、“たくさん”の力を感じますね。
複数人から得た陽の血に、一度漬けられてると考えた方がいいですよこの鎖。
呪符ですが、陽と陰双方の血を混ぜて描かれているようですね。
鎖は春さんをこの場にとどめておくためのもの。ただの拘束具にすぎません。札は、意識を混濁させ、肉体の動きを制限するものが交互に連なっていますね」
陽「ひゅ〜。さすがは いく だな。一目でここまで分析できるなんてな」
隼「“気”の性質に関しては、いっくん は専門家だからねぇ。でも、分析できるのと、壊せるのとは違うよ」
郁「…問題は、呪符の数が多すぎることです。呪符の一枚一枚は大した術ではありません。
ですがこれだけあることで、術と術の間に流れが生まれ、そのせいで別の術式が出来上がっているみたいです。
これが偶然の産物なのか、そうでないのかはわからないんですが」
始「別の?」
郁「すべての術式が混ざってしまったようです。
意識を奪う術。獄族の体から力を奪う術。外からの陰の力をいれない術。陰の力が逃げ出さないための封印術。そして命を吸い取り続ける術。
これらが混ざった結果、すべてが春さんの命と連結してしまってます。
命を吸い取るこの術式、つまり春さんの下にかかれてるこの術式が、いまはこの部屋全体の要となってるようですね」
隼「やっぱり」
陽「簡単にはいかないか」
始「…それは、どうやってはずす?札を一枚一枚はずせばいいのか?」
郁「そんなことしたら春さんにすべて反動がいくんです!!だから無理はだめだって」
陽「そうすっと、今の状態であのパイプを引き抜くのはまずいな。術を解除した後じゃないと、陰の力が圧倒的に足らなすぎる」
どうやって一つに繋がった術を解除するかで、悩んでいたところ。
ふいに何かを思い出したように表情変えた〈しゅん〉が、焦ったように声をあげる。
隼「蝶は!?蝶は無事?!」
陽「は?何言ってんだよ しゅん」
隼「春の左足!!左のふとももらへんみて!!服やぶっていいから!!」
始「変態か?」
郁「やぶ!?あわわわわ(*ノωノ)///」
陽「しゅん、おまえ‥春さんがこんな時になにエロイこと考えてんの」
隼「えろ…って!!ちがーう!!!片翅の蝶の刺青っぽいのはないかな!?それは春の魂が顕現したものだ!それが無事ならまだ!」
〈しゅん〉の言葉に眉を寄せ、若干距離を取ろうとした〈はじめ〉。
春をみて、それから〈しゅん〉のセリフに顔を真っ赤にして顔をそむけた〈いく〉。〈いく〉などはすでに耳をふさいで「お、俺はなにもきいてませんよ!」と言っている。
〈よう〉は、何とも言えない顔をしている。
そんな仲間たちに慌てて「ちがーう!!」といつもの魔王ぜんとした〈しゅん〉らしくなくバタバタと長い袖を振って、こちらも顔を真っ赤にして必死に挽回を繰り返す。
始「あったな」
郁「でもこれ‥やばくないですか」
始「おい、これはいいのか?」
隼「ど、どういう状況かな?」
ちょっとした珍騒動のあとに、いまだ顔を赤くしてあついとばかりに袖で顔から熱を取るためかパタパタあおぐ〈しゅん〉はまだ通常モードではないようだ。
めったにはしゃぐことがないからよけいだろう。
状況を確認してもらえば、蝶の刺青はたしかにある。
しかし隼が知っているのとは違い、業の証である痣が絡まっているだけではないという。
怪我が翅をかすっている状況らしい。
隼「術式じゃない。混濁状態の原因は主にそれだ」
瞬間、〈しゅん〉は、顔を隠すように手で頭を押さえ、眉間にしわを寄せ天を仰いだ。
春のそばにいた彼らは見ることはなかったが、その〈しゅん〉の目が昏くよどみ、淡い黄緑がより金へ近く変化していた。そこにあるのは“殺意”。すべてを破壊したいという衝動と、その目をみたものの命を奪いかねないほどの絶対零度の眼差し。
横にいた〈よう〉は、抑え込まれていてもなおあふれだそうともがく獣のような鋭い気配に身を硬直させている。
すわった目はすでに獰猛な金に変化し、無表情でありながら、いまにも暴れだしそうな雰囲気だ。
そんな〈しゅん〉からは、圧倒的な殺気と妖気が、抑え込んでいてもなお感じられる。
〈しゅん〉は一度思考するように目を閉じ、大きく深く息を吐き出すと。顔を覆っていた手をおろす。
それとともに異様な気配をかもしだしていたそれが霧散する。
それにより〈よう〉は肩から力を抜く。
隼「ふぅ〜…いけないいけない」
陽「だっはーーーーーーーーーーー死ぬ…」
始「ん?そっちでなにかあったか?」
郁「い、いま…しゅ、しゅんさん!?」
隼「いやいや気にしないでね。ちょっと屋敷をそのままつぶそうとか、人間皆殺しにしたいな。なんて、おもってないからwww」
「「「…‥」」」
全員が絶句しているなか、〈しゅん〉はいつもと同じような笑顔をむけると、そのまま結界に触れるのもかまわず扉へと近づく。
より春の近くにいくためだろう。
けれどやはりその進行を結界がはばむ。
バチリと音がしてもなお、〈しゅん〉は結界の境目である開け放たれた扉の箇所に手を伸ばしたまま。
隼「本当に邪魔な結界だねぇ」
結界から手を離せば、結界に触れていた〈しゅん〉の手が赤くはれている。
その掌をさめた目で見つめながら、ペロリと怪我の部分をなめる。
〈しゅん〉と部屋の中の〈はじめ〉の目が合う。それに〈しゅん〉はニコリと微笑んだ。
隼「いまこそ出番だよ はじめ」
始「は?」
隼「これは契約しかないね」
陽「はぁ!?何言ってんだよ しゅん!?契約ってのは互いに願わなくちゃできないだろうが!!それに失敗したらまた!!」
隼「いっきにすべてを無効化する必要がある。それだけの“力”は契約でしか発生しない」
陽「おい、しゅん!わかって」
隼「よう、少しだまって」
陽「っ!?」
隼「時間がないんだ。
君たちはわかってない。彼は王でもなんでもない。ただの獄族だ。このさい親とかは関係ない。それでも僕は彼を死なすわけにはいかないんだ。
このままだと、彼のなかにある“もの”がもたない」
始「こいつのなかに、あるもの?」
隼「僕は“それ”をまもりたい。
でも春自身すでに“業”の負荷のせいで、肉体が限界だった。なのにこんなことをされて。このままだと“もどらなくなる”。それだけは、こまるんだよね」
隼「だからね、はじめ。その前に春を助けて。
春だけは絶対に死なすわけにはいかないんだ」
始「‥っと、懇願されたが。契約ってそもそもどうやるんだ?というかこの状態でできるものなのか?」
そこのところどうなんだと、部屋の外の獄族組に視線をむければ、二人ともハッとしたような顔をしたあと、さっとに視線をそらす。
そのまま〈はじめ〉は横にいる〈いく〉へ視線を向ければ、彼は苦笑を浮かべていた。
郁「いちおう相手の願いがわかっていればこの状態でもできないことはないかと」
始「願い?…‥チョコレート、だったか?」
それは違う!!!絶対違う!と扉の外から獄族組がキャンキャン騒ぎ出す。
ならどうしろと言うんだと、〈はじめ〉の眉間にしわがよる。
〈いく〉も何かを思い出そうとするように、腕を組んでうんうんうなりはじめる。
〈はじめ〉も自分の願いは何だろうかと考え、眠ったままの春をみやる。
ふと、心の中でなにかがざわついた。
ずっとむかしから、なにかに呼ばれている気がしていた。
物心ついたころにはあったその感覚をふいに思い出す。
国の両親や、彼らと契約を結んでいる獄族は、むかしから何かを探すようにしては「呼ばれてる」と告げた〈はじめ〉に、「それは契約者がお前を待っているんだよ」と喜んだ。
春をみていると、その感覚がよりいっそう強くなり、頭の中で何かが警告をならす。
こいつだ。自分を呼んでいたのはこの獄族だ。自分が探していた相手だ。
そう思えて、うなだれたままの春へ手を伸ばそうとして――
いや、違う。こいつじゃない。
別人だ!という警鐘が頭に突如響く。
しかし懐かしさと共に、春から声が聞こえてる気がして。
違う。あってる。
そのふたつの言葉が〈はじめ〉の中でぐるぐると周りはじめ、どちらが正しい感覚なのかわからなくなり、しだいに頭痛を覚え頭をかかえようとした。
そこで――
陽「名前」
〈はじめ〉の思考をいっきに現実に引き戻すように、〈よう〉の言葉がスッと頭に入ってくる。
その単語はまるで自分のなかの混濁した思考のなか、道を示す一筋の光のように、霧がいっきにはれていった。
その言葉の意味にひかれるように、〈はじめ〉の視線が、その言葉を発した〈よう〉をみる。
隼「なんだい よう?」
陽「名前を呼んで。っていつも春さん言ってた。もし。もしもその“名前”を呼べたら」
「“花”」
名前を呼べだと?
いまさら何を言ってる。
何十、何百回とお前の名前を呼んだと思ってるんだ。
お前の名前なんて、とおのむかしに知ってる。
―― 弥生花。
もっと呼んでほしいのなら、いくらでも呼んでやる。
俺たちがお前を引き留める。だから名を呼び続けてやるって、そうお前に約束したよな?
それにお前の名前は、TVをとおしてたくさんのひとたちが知っている。
お前を待っている奴らがやまのようにいる。
なぁ、そうだろう。
SIX GRAVITY参謀の弥生春。
始「起きろ、“花”」
ふいに“流れ込んできた記憶”。
それに思わずおかしくなって口端が持ち上がる。
たくさんの光のあふれた世界。
月の加護がやさしく世界を包み、太陽がきらきら輝く世界。
そのなかでも舞台にたって、別の“光”をたくさんあび、ファンに希望とあこがれと言う名の光を届ける仕事。
睦月始は紫。
相方の彼がたつと、ライトは黄緑に変わる。
いつも隣にいるのは――
始『“花”。はぁーる、オンステージだ』
いくらでも
呼んでやる。
目を覚ませ。
その呼びかけにこたえるように、春の長いまつげがふるりとゆれる。
花『‥だぁれ?』
ゆっくりと、ゆっくりとひらかれ、自分をみあげてきたのは、黄緑の瞳。
それを見た瞬間、〈はじめ〉の意識は遠のく。
金に近いほど明るい黄緑は、深さがあるのに昏いわけではなく――まるで生きた森をそのまま結晶にしたようだった。不思議な色合いのそれに引き込まれそうになる。強烈なまでに鮮やかな緑が脳裏に焼き付く。
ひきずられる。
一瞬の浮遊感。瞬きをすれば、なにか別の意識が、〈はじめ〉にはいりこんだのを感じた。
〈はじめ〉はそれにほっと息をつく。
これで大丈夫。
“この場”はしのげる。
〈はじめ〉は“彼”に、体を譲った。
始『…すぐに返す』
花『なまえ…』
始『忘れたか?まぁ、いい。あとで嫌ってほど名乗ってやるよ。
お前の耳が忘れなくなるぐらい、お前の名前も呼んでやる』
始『ところで、なんでお前、そんなCMの衣装をきてボロボロなんだ?ここは』
花『夢を見てる、のかな』
始『ふっ。それは俺のことか?それともお前がか?』
花『…どっちも。夢だよ』
始『これは“そういうこと”か。夢をみているんだな俺は』
花『君の名前をよびたいなぁ』
始『あとで存分に呼べ』
花『そう、だね』
花『もう“起きて”。まだダメだよ。“こっち”に“君が”きちゃぁ、ダメだ』
始『なら、花。わかってるな?』
花『うん』
始『俺も、もうもたない。いそげよ』
花『うん。うん。絶対に、帰るから…もう、少し、待っていて。“ ”と一緒に。…向こうで。必ず、必ず帰るから。〈はる〉にごめんねって』
ジャラリ!!
そっと春の腕が〈はじめ〉へとのばされようとして、鎖がぶつかりあう大きな音が鳴り響く。
その音で全員が我に返る。
誰もが言葉を発せなくなっていた。息をするのも忘れたように、二人のやりとりを見ていたが、音でハッと意識を現実へと戻す。
春は不思議そうに動かない足と鎖を見つめて首を傾げ。
〈はじめ〉は額をおさえ、一瞬よろめきながらもなんとかたおれるのをこらえる。
春が目を覚ましたことに、〈いく〉〈よう〉〈しゅん〉が嬉しそうに目を輝かせて彼の名を呼ぶ。
〈はじめ〉だけが、何度か頭をふって、頭痛が遠ざかるのを待つようにため息を吐いた。
郁「は、春さん‥ぐす…よかった。よかった…意識が戻って。よかったです」」
陽「春さん!!今からたすけますからね!!」
隼「意識が戻ったぁ。よかった…それだけでも」
陽「ってうか、いまので契約なりたったのか?術って解除できたのか?つか、まて。春さんっていま、なんてよばれてた?あとすてーじってなに?」
仲間たちが歓声を上げる中、春はキョトンとした表情で首を傾げた。
寝起きのせいか、まだ状況がはっきりわかっていないようだ。
春はそのまま右腕を持ち上げて、肘までもないそれが血みどろなのを見て顔をしかめ、体ごとつるしている左腕をみつめては「あちゃ〜」となんともゆるい声を出している。
どうやら痛みがないというのは本当のようだ。
爪もすべてはがされてなお、痛みがないというのは、逆にいい状態とは言い難いだろう。
始「はな…というのか」
一気に疲労が襲い来る感覚にたえながら〈はじめ〉は、くいくいと鎖を引っ張っては「むー」と不満そうな春をみて、先程自分の口を通して“別の誰か”が語っていた言葉を思い返す。
目の前の獄族の本当の名前は、花。
けれど一度口に出して分かったが、“あちらの世界”で真名が呼べないように、こちらの世界で真名に最も近しい“花”という名を呼ぶだけで、ゾワリと身体を悪寒が走る。
ましてや、こうして今は口にできたとしても彼の名は、〈よう〉の言うように誰にも聞こえてないに違いない。
周囲の彼の仲間たちが、目の前の獄族を「春」とよぶそれに、あやかるしかないかと、〈はじめ〉はため息をつく。
〈はじめ〉は先程の件で、自分が幼いころよりもとめていた“呼び声”の正体を知った。
間違いなく目の前の獄族が自分の契約者だと今ならわかる。
だからこそ再度契約を望もうとした。契約をすれば、その力でこの術をすべて無効化することができるのも承知積みだ。
なにより〈はじめ〉は、目の前の春に自由を与えてやりたいと強く思った。
“向こうの世界”で、明るい光のなか微笑む鶯を“見て”しまったあとだからよけいに。
のばされた〈はじめ〉の手が、あちこち視線を向けていた春の頬にそえられ、視線を固定する。
そのまま緑と紫の視線がカチリとまざり合う。
始「春。ここからお前を出す。そのためにも俺と契約してほしい」
花『‥あ‥君、君‥なまえ…あ、ああ、ようやく、ようやく会えた』
ポロリと、緑の瞳から、歓喜に近い感情と共に、ひとつ雫がこぼれおちる。
だが、動かない身体では拭うこともできず、こぼれた涙にきづいた春は…
花『これは鼻水です』
「「「「……」」」」
とっさに真顔で、おかしなほうにごまかした。
陽「真顔でそんなことを言ってる場合じゃぁないからっ!!!!!!」
郁「せめて恥ずかしがるとか悲しがるとか、もっとうまい表情でごまかして!!!!その真顔だけは状況的になんか!なんか!!!違うから!!!」
花『じゃぁ汗か謎の水滴?』
陽「鼻水でも汗でも天井から落ちてくる水分が顔に落ちてきただけということでも絶対ないから!」
花『えっと。えーっと…じゃぁ』
隼「ひらめいた!みたいにうれしそうな顔で続けないで!」
郁「どうみても涙だから!」
陽「どんだけごまかしたいんだ」
隼「目覚めたのはよかったけど。えぇ〜これはどうなのかな」
郁「はは。ごまかし方がなんかずれてる…さすが春さんとでもいえばいいのかな(乾いた笑い)」
陽「安定の春さんでちょっと安心した」
始「(むすっ)契約は…」
それからああでもない。こうでもないと話していて、ようやく春が寝ぼけていた状態から目をさまし、周囲の状況を把握し始めるまでにしばし時間を要した。
いまだ〈はじめ〉は春とは契約できていない。
むしろまだ春が状況を完全に把握していない。
血は零れ落ち続けている。
それに〈しゅん〉などはハラハラとみまもるばかり。
花『この身長の大男を誘拐する奴なんていないでしょ』
くすくすと冗談でも聞いたように笑う春は、今の自分の状況を本当に理解しているのか怪しい。
隼「身長って、それいうなら体の軽さを考慮してる?」
陽「獄族もけっこう体重軽いけど、春さんに体重ないだろ。これ、どっかでも同じこと言った気がする…かも?」
花『…(首こてん)え?本当に誘拐されてたの?』
郁「獄族が守る特別な獄族ってことで攫われたんですよ春さん!現に、ここやばい結界ばかりで!それを解くために はじめさん と春さんとの契約の力で何とかしようって話になったぐらいですよ!!」
花『あらら。春さん大ピーンチ?それは困ったねぇ』
郁「いや、けっこうまじでピンチですよ」
隼「現在進行形でね!!!すっごく春、危ない状況だよ!!」
花『っで、術が絡まってるから手を出せないと。ふーん。
あ。あのへん、面白い感じでからまってるね。あれぐらいなら二か所ぐらいほどけば何とかなるよ』
陽「!?やっぱなんか“視えてる”ぅ!!!!??」
隼「あ、術の流れ見えてる感じ。あ、はい。そうですか。えええええ!?ありなのそれって!?ちょ!?はるぅ!?」
郁「…俺より精度よさそうですね(チベスナ目)」
始「アタマガイタイ」
花『見えてない。何も見えないよ。でもあそこ気持ち悪い感じがするから、きっと大丈夫』
花『ふんっ!』
「「「「ファッ!?Σ(゚Д゚)」」」」
その瞬間、春は、それはもうあっさり、それはもういままでの仲間たちの苦労がまるで嘘のように、行動を起こした。
軽い掛け声とともに、上半身を縛っていた鎖を勢いよくひっぱり、天井の金具ごとひっこぬいたのだ。
じゃらりと鎖が天井からたれてきて、その分ある程度の長さを確保できたことで、右腕が自由になる。
次には、長さにゆとりができた鎖をじゃらじゃらいわせつつ、足をつらぬいていたパイプを右手で、それはもう「ほいっ」っと、信じられないぐらいあっさりひきぬいた。
支えるものをくしたせいで、春はそのままべしゃりと前にたおれこむ。
パイプを抜いた衝動と、怪我が治っていない影響で、血が派手に飛び散る。
しかし春の猛攻はまだまだ続く。
春は周囲がポカーンと口をあけたままの状態に不思議そうに首をかしげながら、上半身を腕の力だけでおこすと、今度は腕にまきついた鎖を「よいしょ!えーい!!」と振り回す。
とっさにぎゃー!!と〈いく〉が頭をおさえてしゃがみこみ、ぎょっとした〈はじめ〉があわてて腹ばいになる。べったりと床の血が服につくがそれどころではない。
ブンブンとんでもなく風を切りつつまわされたそれが、ガリガリガリガリとドリルのような騒音をたてて壁の術式を壁の石ごと削っていく。
しまいには自分の足を突き刺していたパイプを手に取り、足元の術と円を描くように配置された水晶などを一瞥して――
花『この法則を…こうしてこう!ケセラセラ〜♪なぁんちゃって』
と、鼻歌を歌うように、ガリっと術式にいろいろとかきたしていく。
それをみていた〈いく〉の顔が恐怖に色づく。
郁「ちょ‥は、はるさん?すっごい不穏な気をその陣から感じるですけど、な、なに‥を‥」
花『なにって。多忙な世界にかわって願いを叶えてあげようと思って』
隼「願いを叶える?」
花『この術が陰の力に作用してるし。ほら、陰の力ってもともとは願いを叶える力じゃない。それがこれだけあるわけだから。ね』
郁「ね、ってなんですか。ね、って。…それ、あんまりいい予感がしないのですが、えーっと、その、誰の願いを叶えるおつもりで?」
花『誰って』
振り返った春は、いつもと全く変わらないふんわりとした笑顔で
花『この術に飲み込まれて陰になった子たちの魂がいろいろ訴えかけてきてたから、そのまま術者のもとへいくように誘導しただけだよ』
あ、それ怨霊やん。
その場にいた全員が、遠くを見るような、もうなんともいえないような笑顔で、その瞬間全員が同じことを思った。
声に出した者は誰もいなかった。
どこか遠くで、地獄の断末魔のような悲鳴が聞こえたのは……きっと気のせいである。
春が目覚め無双したことで、あらかたの悩みが吹っ飛んでしまったあと。
部屋の中にいては怪我が治らないということで、〈はじめ〉が春を抱き上げて出てきた。
そこでいったん春の体調が落ち着くまで待つことになり、廊下の壁に寄り掛からせるように〈はじめ〉がそっと春の身体を下ろす。
〈よう〉はようやく肩の荷が下りたとばかりにほっと大きな息をつき、嬉しそうにしている。
〈いく〉と〈しゅん〉はなにかを心配するように、春に声をかけながら、その背を支えている。
顔色やすぐにふらつくところからして、大人しく座っていることさえきついのだろう。
けれど春は、つらそうなところをいっさい見せず〈いく〉に首を振り、〈しゅん〉と少し会話をした後、なんでもないとばかりに笑みを見せている。
しかしその顔色は病人よりもひどく、死人のような土気色だ。
そんな様子の春をみていた〈はじめ〉に、彼が春に声をかけようとするたびに、〈よう〉の威嚇がはいる。
威嚇といっても、何とも言い難い具合で睨まれるだけだが。
そのさまはまるで人を警戒して気を逆立てる猫のようにもみえる。
“みている”というよりは、最早“みはっている”といったかんじだろうか。
いきの段階では〈はじめ〉が、獄族に興味がなかったからいい。
だが、いまでは〈はじめ〉の方が契約をしたがっている。
これは〈よう〉にとってかなり問題だった。
〈よう〉からすると、春が契約をするということは、一種のトラウマにも近い。
いまなどは春の痣が顔半分を覆うほどに痣が広がっている時点で、そうはみせていないが〈よう〉は内心パニックだ。人間への怒りを抑えるので精一杯といったところだろう。
そのせいで、春に一度でも契約を持ち掛けた〈はじめ〉に、過剰な反応を見せているのだ。
だがしかし、そんな〈よう〉の気をしらないのか、春のほうから〈はじめ〉に話しかけた。
花『ところで』
始「ん?」
花『ちょーっと魂に重傷を負ってしまいまして、君の名前だけが思い出せないんだけど。いや、むしろ自分の名前もちょっと覚えてないんだけど。
そこの君は、オレと契約を交わしたいんだよね?寝ぼけてる間にそう言われた気がしたけど。間違ってる?』
始「間違ってないが。名前って…それは大丈夫なのか?」
花『だめかもしれない。それでもね、かまわないんだ。
名前よりももっと重要なこと。だって名前は後でいくらだって聞くことができるからね。
実は、さっきまでの騒動で絶不調すぎて、勘がはたらかないというか、感覚そのものもよくわからなくなっててね。君に一つお願いがあるんだけど。いい、かな?』
始「ああ、俺ができることなら」
花『そ。じゃぁ』
花『脱いで(^−^)』
「「「「は?」」」」
花『だーかーら!ぬいで。できればパンツまでぬいでほしいけどそこはいいや。はい、両手ばんざーい。ほら、はやくしてよ』
始「はぁ!?」
花『もう!はやくしてよ〜。オレにはあまり時間がないだから。起きてられるいまのうちに確認しとかないとね。
よっこいしょ。うん?やっぱりないな〜』
始「ちょ!おい!!!!」
花『心臓は…っと。あっれぇ?ないなぁ。目玉の中?頸動脈とか?髪じゃま〜うなじ…ない!?
君は君なのに…。
オレの片翅もってないの?
うーん。背中とか?ないなぁ。まさか!?足の裏?ないなぁ』
始「やめいっ!!!」
必死になって抵抗する〈はじめ〉を床に押し倒すように、春は動かない身体をかたむけそのままたおれこむようにして〈はじめ〉にのしかかると、うんうんうめきながら、〈はじめ〉の服に手をかける。
そのまま唯一の左手で身体をささえながら、肘までしかない右手でペタペタと〈はじめ〉の肌を撫でていく。
くすぐったいのか笑いながら暴れる〈はじめ〉に、春は遠慮なく服をむいては、そこになにかを確認するように肌をみて、首をかしげる。
しまいには、目玉を覗き込もうと息がかかるほどに顔面を近づけ、それでも目的の物がないとわかると、転げ落ちるようにして〈はじめ〉の上からおりて、〈はじめ〉の靴をひっぺがし、足の裏の確認までしている。
体調がまだ整っていないための短い息遣いや、辛さをこらえるような春の一瞬の表情が、顔色が青いことをぬかせばぐっとくるものがある。ついでにいうと、お互い服の状態があまりよくない。片方はボロボロだし、片方ははだけている始末。
それで、顔を赤くしている〈はじめ〉を押したおしての床ドンである。
明らかに何か誤解を招ぎそうな絵面である。
〈しゅん〉の目が「いいな〜!」とキラキラと輝いた。
郁「は、は、春さん近いです!!」
陽「なんかすごいエロイ。うなってる春さんといい、脱がされてる はじめさん といい!めっちゃエロイ!!!」
郁「あれ、けっこう壮絶な光景だって…本人気付いてないんじゃ」
隼「目玉をのぞきこむっていうのは、こうやって第三者視点でみると、本当にキスしてるようにしかみえない不思議。
いいねいいね、春!ぶっちゅっとやっちゃぇ!できれば僕にも一口分残してくれればなおよしwww」
陽「はじめさん をどうしたいんだ しゅん は」
〈しゅん〉いわく、〈かい〉とは別に対というのは愛しくてしょうがないのだという。
隼「僕の大切な一番は かい だよ。でもね、こう憧れというか、僕に道しるべをくれるのが対たる彼だよ!ずばり僕は はじめ のファンになったわけだ!というわけで春!ぜひともその場所を代わってほしいぐらいだよ!」
本人はまったくそのつもりはないのだろうが、春と〈はじめ〉のからみは傍目からには目の毒だ。
色っぽいという言葉がぴったりな二人が、熱いキスをしながら絡み合ってるようにしか見えない現状であるため、思わず〈いく〉が顔を真っ赤にする。
なお、この始と春のゼロ距離は、アイドル世界においては通常運転であり、互いを空気認識してる二人であると定番の距離にして見慣れた光景であるが、それをしらずまったく耐性のないこちらの仲間たちは顔を真っ赤にしては視線をそらすことに必死だ。
新「…わぉ。あの はじめさん を悶えさせて、真っ赤にさせることができるなんて。そんなひとはじめてみた」
パタパタと複数の足音が響いたのはまさにそのときだった。
先頭でやってきたのは〈あらた〉で、なんだか死んだような目で、それはもう遠くを見てつぶやいた。
続いてやってきた〈あおい〉が、〈はじめ〉と春をみて瞬時に顔を赤くして服で顔を隠している。
どうやらタイミングよくチョコレート工場にいた面々が合流してきたらしい。
だが6人がおいついてきたとき、そこでは混沌した状況が広がっていた。
〈はじめ〉が「たすけろ!」と大声をあげるその顔の真横で、〈しゅん〉が目をキラキラさせて「いいねぇ はじめ!なんで僕はこれを記録する道具を持っていないんだろう!かい 記憶を保存しておける機械を開発しないかい?」などと騒いでいる。
それを必死に抑え「いいかげんにしろぉ」と叫ぶ〈よう〉。
すみっこでうずくまって「みてませんよ!!」と訴えている〈いく〉。
そして春だが…
彼は足は動かないし、左手しかない状態の春は、匍匐前進しか動く手段がない。
その状態でできることには限りがあり、床に仰向けで倒れる〈はじめ〉の上に春がうつぶせでたおれこんでる状態だ。
違うとわかっていても、目を覆いたくなる色か漂う光景に、思わず合流してきたメンバー全員が「おかまいなく」「みてないので続けてください」と、顔を赤くしながら視線をおもいっきりそらしていた。
花『うーん。続けてって言われても。もう終わったよ?』
始「だったらどけ!くすぐったいんだよ!」
花『そうしたいのは、やまやまなんだけどねぇ〜』
ごめんと小さく謝ると春は、ペタリと〈はじめ〉の上で力をなくし、ぐったりとたおれふす。
それに赤い顔のままの〈はじめ〉が寝るな!と声をあげるが、春は動く様子もない。
花『充電されない…』
始「ひとのうえからおりてから寝てくれ!!」
花『いや、でも‥ふぅー。もう転がる力も、なくて…』
始「なっ!?」
隼「おやおや。じゃぁ、春。こっちにおいで〜。僕が運んであげる」
だるそうに目をとじている春は、本当に力を使い切ってしまったようで、〈しゅん〉が伸ばした手にこたえることもない。
そんな春を慣れた様子で〈しゅん〉はだきあげると、春の頭が自分の胸元によりかかるように抱き方を変え、〈はじめ〉からそっと距離を置く。
始「それで?さっきのはなんだったんだ?」
胸の上の圧迫感がなくなったことで一息つくと、〈はじめ〉は腹筋を使っておきあがると、乱れた髪をかきあげながら、はぁーっと大きなためいきをついて、〈しゅん〉の腕のなかの春を見やる。
なお、このかん、〈はじめ〉の服は相変わらず乱れ切ったまま、上半身はみごとにむかれて半裸の状態であり、疲労が愁いを帯びた男の色気となってあふれ出ていたため、うっかり髪をかき上げるしぐさなんかを目撃してしまった何人かが「ひー!」と声をあげて真っ赤になっていた。
〈しゅん〉がかすかに腕を揺らし、「春」と声をかければ、春がかすかに目をあける。
その目が〈しゅん〉をみたあと、探すようにさまよい、疲れ切った様子の〈はじめ〉を発見する。
始「俺になにをさがしていた?」
花『‥翅…』
始「はね?」
花『…ない、から』
始「ない?」
花『片翅が‥ない、から…君じゃ、ない。オレと君じゃぁ‥契約、できない』
封印術の影響がまだあるのか、今にも閉じそうな瞼を懸命に何度も瞬かせては、とまりそうになる口を懸命に動かし、春はポツリポツリとかたる。
その言葉を何度か己の舌の上で転がした〈はじめ〉は、そこでようやく意味を理解し、目を見開く。
始「契約できない、だと?」
花『‥う、ん。君と、は、‥オレでは…“はる”なら、可能かもしれない…けど‥翅、ないから…願い、が…かなわ‥ない…』
あれほど〈しゅん〉をふくめたものたちが、春と自分との契約をすすめてきた。仙人である〈いく〉でさえ拮抗しているという。
だが、その本人は無理だという。
すでに契約する気になっていた〈はじめ〉からするとショックを隠せない。
ずっと己を呼んでいたのは春であるはずなのに。
ゴホっと、春が一度せきこむ。
なにかをこらえるようにきつく目を閉じた後、春は大きく深呼吸をするように息を整えると、再びゆっくりと目を開く。
まだ言いたいことがあるとばかりに。
春を見守る〈しゅん〉の顔は険しい。
しかし春は〈しゅん〉ではなく、〈はじめ〉に視線を向ける。
いまは視線だけを動かすのさえギリギリなのだろう。
呆然と〈しゅん〉の腕の中の獄族を見やれば、〈はじめ〉と春のまなざしが合う。
春は青い顔が嘘のようにふわりと柔らかくわらいかけ、「大丈夫」と告げる。
花『君の、契約者、は、ちゃんと、いるから…』
始「…いるのか?本当に?」
花『そう、だよ。まだ、あわせて、あげられない…けど…』
始「そうか。いるならいい」
ずっと呼んでいたのは彼に間違いはない。けれど別の“はる”がいるのだろうことも、“始”に身体を明け渡した時点で〈はじめ〉も理解していた。
〈はじめ〉の意図も伝わったのか、春は頷く。
そして鮮やかな瞳がこまったように〈はじめ〉をみつめ、何かを言いたそうな眼差しを向ける。
それに首をかしげつつ〈はじめ〉がうながせば、春は――
花『なんで…‥』
コテンと春の首が疑問符と共にかしげられる。
始「ん?」
花『‥なん、で‥脱いで、いる、の?‥だっ‥ぴ?…人間は、風邪…ひくから‥気を、つけない‥と‥だめ、だよ?』
「「「「「……」」」」」
始「………お前が脱がしたんだろうが!!!!」
* * * * *
始『人間は脱皮しない』
春「ん?どうかした睦月君」
始『いやなんでもない。いや、違うな。いま、向こうでうちの“花”がなにかとんでもないことをしでかした気がしただけだ』
春「んん?花さんが?オレ、何も感じなかったけど…」
始『いや、お前はそのままのお前でいろ』
メンバー一緒での収録中に控室にて、ふいに始が口走った言葉に、その場にいた全員がギョッとした顔で振り返る。
始はいまが本番ではなくよかったと、ため息をついている。
そのままキョトンとする〈はる〉の頭を撫でて癒されていた。
わけがわからない〈はる〉としては、されるがままだ。だが、くすぐったいよと笑う様子から、撫でられることはまんざらでもないのだろう。
年長組が花を振りまいてほわほわと和んでいるの脇で、始の発言に対し、他の者たちはそうも和んでいられない。
現実的に考えて、なにからなにまでおかしい。
新『脱皮する人間って、花さーん…』
葵『うん。つっこむのはそこだよね』
駆『また花さんかぁ〜‥何したんだろ』
新『こっちの はるさん は、だんだん常識がついていくのに、向こうの 春さん はどんどん非常識をみにつけてるんだな』
『『『…』』』
葵『それまずくない?』
駆『むしろ有り得そうで怖い(gkbr)ただでさえ思考がずれてるのに、始さんに洗脳されてかなり抜けた感じのひとだったのに。それがそれが…』
新『わーお。人外こわいなぁ』
恋『夜さんたちにきいた“はるさんによる人間分裂説”を思い出した』
とりあえず、そのとき全員が思ったのは、これが本番真っただ中でなくよかったということだ。
* * * * *
――そのとき、彼らは脱兎のごとく逃げていた。脱皮ではない。
結界が解けたこと、春がしでかした術の逆流により、館中がてんやわんやだった。
それもそのはず、術式の生贄にされた者たちの怨念がその無念を晴らそうとあふれだしたのだ。
彼らは元は死者たちの絶望と痛みが染み込んだ感情のかすっぺのようなものだった。それが、自分たちを取り込んだ陰の力を逆に取り込み、狂暴な怨念となって館を襲ったのだ。ターゲットは生かして転がしてあった術者たち。
それだけならばまだよかった。
自業自得のひとことですんだのだ。
だが、しかし。
強い力を取り込みすぎたそれらにすでに意思はなく、術者に飽き足らず館内にいるもの――つまりは春を救出にきた11人さえも襲い始めたのだ。
なお、すでにチョコレート向上にとらわれていた人間たちは屋敷の外に逃がした後である。
もはやそれは、原形をとどめず、赤黒い巨大な闇の塊でしかなかった。
それが廊下から突如現れたのだ。
それは春に脱皮じゃないと突っ込んだ直後のことで。
とっさのことで、〈るい〉をかばった〈かい〉が足にけがをおい、慌て服を着こんだ〈はじめ〉が〈かい〉を背負いとびすさり、直後その場にドロドロした塊が降り注ぎ、ジュワっと床が溶ける。
それに驚いた〈しゅん〉がうっかり手を離してしまい春をドスンと落とし、すでに意識がなかった春はそのまま床に転がり…と、まぁそのような状態で、大慌て。
しかもそこは地下だ。
正面の敵をなんとかしなければ、もう逃げ場はない。
始「逃げろ あおい!」
葵「え?え!?なんなんですかこれ〜!?うわっ気持ちわる」
陽「うへー‥まだ陰の術が制限されてる中でこれはないわー」
葵「先程、結界の割れる音がしましたよ?術はとかれたんでは?」
始「そこの春が術式を書き換えたんだ!っと」
新「大丈夫ですか はじめさん。これ、あぶなすぎー。えーこれなんですか?」
夜「物理攻撃が若干効果あるだけましかな。塩まいたらきえないかなぁ」
葵「工場の人たちをさきに全員を外に出していてよかった〜」
始「おまえたち、そんなことしてたのか…」
海「うーん。ところでなんだろうなぁアレ。突然現れたぜ」
陽「春さんが、春さんを捕らえてた術式を逆利用して怨霊を呼び出したんだよ!
もっと詳しく語るなら、館中に張られた術式に逆流してるっぽい。逆流はしているが、それを道として利用したせいで、術自体はまだ生きてる。あげく怨霊が外に出ることができず大暴れ。あげく怨霊は自分たちを捕らえていた陰の力をそのまま取り込んで、館中を駆け巡りつつ、ただいま俺たちも捕食されそうになっててマジやべぇって状況」
海「ほぉーなるほどな♪」
始「か、かい、重いんだが」
海「はは、わりい。もうちょい頼むわ」
始「!?」
恋「うわー、いたそー。このひとが“はるさん”?息してる?大丈夫なの?」
駆「ぐすぐす‥ごぶじでぇ!は、ばる゛ざぁーん!!!」
ピンクと黄色のコンビが唖然としたまま固まって“かたまり”をみている白い魔王の足元に転がる春を二人がかりであわてて運ぶ。
なんとか“かたまり”の攻撃をかわす異国トリオ。
仙界コンビは他の路を探そうと動き…
そこでふと、〈しゅん〉がうごかないのに、〈いく〉が気づく。
郁「しゅん、さん?」
どうしたんですかと声をかければ、そこでようやく金縛りがとけたのか、〈しゅん〉が真顔で。
隼「春が‥なんかごめん。なんでこうなったんだったか…ああ、春をありがとうね こい、かける」
乾いた笑い声をあげながら、それはそれはもう疲れたようにありえないぐらい大きなため息をついたのだった。
涙「とりあえず」
郁「うん」
涙「逃げよう」
そうして始まったのは、騒がしい逃走劇。
慌てすぎて身体の大きい春を〈こい〉と〈かける〉がおとしかけたり、〈かい〉の重さに〈はじめ〉が遅くなってしまい陰に襲われかけたり。
術が使えない状態で、術を使おうとした〈るい〉がうっかり陰にのまれこみかけたり。
どこからだしたのかスリッパを武器に戦おうとする〈かける〉のかわりに〈いく〉がとびだしたり。
〈あおい〉が武器を手にスパスパ“かたまり”をきったり…。
それはもう騒がしく逃走するのだった。
「逃がさない。逃がすものか!!」
赤毛の獄族に背おわれていた者の閉じていた瞳がうっすらとひらく。
瞼の下からのぞいた鮮やかな緑が、チラリと遠ざかっていく建物をとらえる。
花『……誘拐犯っていたよね?』
吐息のような微かなつぶやきをもらし、そのまま黄緑の瞳はしずかにとざされた。
* * * * *
葵『花さんは料理が得意でね。俺もよく教えてもらったんだよ』
グラビの共有ルームにあるキッチンで、葵は水色のエプロンをかけ、にこにことチョコレートの板を割りながら説明をする。
その横では黄緑のエプロンをした〈はる〉が、興味津々と彼の手元と自分の手の中の雑誌を交互に見つめている。
チョコレートをしらないと言ったあの日に、お菓子というものを改めて知った〈はる〉は、それらが自分で作れるのだと知りとても驚いた。
あれ以降、料理に挑戦するが、獄族としての爪がない感覚やら、いろいろあって、すべて失敗に終わっていた。
爪がないおかげでピアノというものはひけるようになって、涙や始におそわって音楽を楽しむことは覚えた。
今回は葵が傍で見ているからと、お菓子作りに挑戦することになったのだ。
チョコレート使ったお菓子だけでもたくさん目移りしてしまいそうだ。
春「とはいえ、どれがどんな味なのか全く想像できないんだけどね」
葵『ふふ。おいしそうでしょうその雑誌にのってるやつ』
葵『さぁ、湯せんをするよ。
これが型。これに流しこんで冷やすと、この形どうりのチョコレートができるんです』
春「これは、鳥?あ、星もある」
葵『ふっふっふ。これはですね!以前チョコレートのCM撮影で使った型をそのままもらったやつなんですよー。
ほらグラビのロゴまで!まぁ、俺のロゴは本来ツバメのはずなんですが相手先の勘違いでヒバリになっちゃったんですけどね。
春さんのはこっちの鳥さんマークです。はい、どうぞ』
春「あ、すごい!SIX GRAVITYの文字の型まで。文字もお菓子になるんだねぇ〜すごいすごい!」
葵『そうなんですよ!これで今日はチョコレートをつくりましょうね!』
春「わー楽しみだなぁ」
春「ねぇ皐月くん。この雑誌に載ってるこれはこのチョコレートからは作れないの?」
葵『フォンダンショコラですね。ではあとで一緒に作りましょうか。
あとこの写真のこれは生チョコ、こっちのはチョコレートボンボン。チョコレートでも種類が違うんですよ。
これは抹茶チョコ。抹茶チョコはいまあるからあげます』
春「ほわ〜ホケキョくん色のお菓子だ。これは始めてみるよ」
葵『それはよかった』
春「これは料理には使わないの?」
葵『うん。料理に使うのは、こういうなにも混ざってないチョコを使うんです』
春「ねぇ、皐月君。この雑誌の、これはなにかな?」
葵『チョコプリン。チョコムース、マフィンに、パイか。いいチョイスです春さん。これはですねチョコの―――…でね』
春「これが花の好物で作った料理かぁ〜すごいね」
葵『‥っと、いっても。ここまでチョコずくしだとうちの花さんだと吐きます(笑)』
春「もぐもぐ…え。これおいしいのに…」
恋『はるさん は甘いのが好きなんですねぇ〜』
始『おいしそうに食うよなお前は』
春「だって、おいしいよ?」
葵『ちなみにうちの花さんは、辛いのと苦いのが好物で。むしろ甘いのが壊滅的にダメです。
カカオ95%くらいのチョコぐらいだと食べてくれますが』
春「95%!?ど、泥だよあれ(涙目)」
春「なんだろう。こんなとこで世界の違いを実感したんだけど」
新『そんな恐怖を味わったあなたにこれ!ドーン!これが俺のおすすめ!イチゴチョコレート!!!』
葵『新、どこにいってたのかと思ったら』
春「いちご?いちごは果物じゃなかったけ?」
葵『その苺に味を近づけたお菓子ですよ。たぶん はるさん は好きだと思いますよ』
春「はむ。もぐ…んんん!!!おいしぃ!!これはこれでいいね」
―――ふふ。よく、そんな甘いものがたべれるね。オレには無理だなぁ。
春「ん?」
葵『どうしました はるさん』
春「いま、声が?」
《 時間だよ はる 》
春「はな?」
部屋の中だというのに、宙からキラキラと光の粒子をまきながらたくさんの花ビラが降り注ぐ。
他の者には見えていないのか、〈はる〉がそれをみあげていると、仲間たちは不思議そうに首を傾げ、〈はる〉を心配げに見やる。
ちょうどつまみ食いをしようとやってきていた始だけが、「ふっ」と笑みを浮かべた。
“羽根”のはばたきが、ふわりと温かな風を生み出すのを感じた。
――さぁ、そろそろ自分の時間に戻ろうか。
役者はすべてそろった。
たくさんの想いが、力を貸してくれる。
“願い”を叶えよう。
君の願いを。
オレたちの願いを。
またせたね――“ ”。
始『ああ、まったくだ。待ちくたびれた』
* * * * *
陰の塊となった怨霊は、館をでたとたん弾けて消え、霧散する。
葵「わ!?ど、どうなって!?」
隼「…春だよ。結界の礎となっていた春が結界の外に出たことで、術は維持できなくなって。陰の力が霧散したことで魂も開放されたんだ」
新「おかげで春さんの服の修復始まりましたねー」
陽「ようやくか。つーことは、ここからは俺たちの力も使えるってことだな」
葵「ふ、服!?あ、あれはちょっと、め、めの、目の毒でした〜はい///」
新「あー春さんって、流し目とか半端なく色っぽいんだよなー。わかるー。なんかえっちというか、エロティックというか、大人のただならぬ色気っていうの?ハンパナイからな。うん、ドンマイ」
郁「それ全部同じ意味じゃ(苦笑)」
恋「春さん、大丈夫?」
駆「陰の力を妨げるものがなくなったとはいえ、春さん、目を覚ましませんね。やっぱり封印の影響がまだ」
隼「大丈夫だよ かける。でももとから春は体調が万全じゃないし、それに“これ”は…」
郁「しゅんさん、“そのこと”は」
隼「そうだね。うん、“これ”はいいや。
ほら、春は居眠りさんだからね。普段だって起きてる方が珍しいぐらいだし。次にいつ目が覚めるかわからないけど、きっとおねむなんだよ。だから、今は、眠らせてあげて」
陽「それよりあんたらいそげ!“ひと”がくる!」
新「あ、あいつらの服。あおい をねらってくれたやつらと同じ。やっぱりここのやつらが犯人か」
恋「ひょぇ!?なんですとぉ!?」
駆「だったら逃げましょうよ!」
夜「今逃げてるところだからね、もうちょっと頑張ってね」
葵「わわわ!?ど、どうしたら(汗」
始「あおい、式をとばせ!それでかく乱させる!」
葵「し、しきぃ!?」
始「この札をつかえ。そこに陽の力をこめればお前の気質に合った式が召喚される」
新「まじ?え?あおい にやらせるの?」
始「俺は かい を背負ってるんだ。これでせいいっぱいだ!お前たちのことまで手が回らん」
葵「が、がんばりま…あ!」
新「…はじめさん。術が発動する前に、お札で手を切った あおい の血が札に染み込んだあげく、札が、
ツバメ?いや、ツバメっぽいのが歪んだあげくちょっとぽっちゃりめの鳥の姿になってそのままどこかにとんでいちゃったんですけどぉー…ええー。
あれなんですか」
始「式‥なのか?」
葵「お、お札にまだ陽の力を注いでませんよ!いまのはいったい…(gkbr)」
海「なぁ、式って普通は、術者の言うこときかないか?むしろ術者の言うことしか聞かない気が…」
始「普通は、そうだな」
海「なぁ、さっきの鳥どこいった?」
新「…あおい〜、お前、なにしたの?」
葵「な、なんでこうなるのぉー!!」
隼「あっはは。なんだかおもしろいことになっているねぇ向こうは。そうは思わないかい?」
始「おも‥おもい、死ぬ…なんで俺だけ」
海「あちゃー。悪いなぁ。ま、もうちょい頼むわ はじめ」
陽「ああ、もう!春さんは俺が背負う!しゅん は、はじめさんとかわってやれよ!!」
隼「あ、その手があったか。ありがとう はじめ。かい のことは僕に――
“よう”っ!!!」
こどもたちから春を受け取り、背負ってかけていた〈よう〉の背後の影がゆらぎ、ぬぅっと手がのびてきたのだ。
先頭を走っていた〈しゅん〉が振りかえると、それはまさに同時で。
〈しゅん〉が警告したときには、〈よう〉の腕を赤い線が走っていた。
陽「っ!!」
夜「よう!?」
陽「ちっ!ぬかった」
駆新「「春さん!」」
陽の力でつかられたものではないようで〈よう〉の腕の傷はすぐにふさがるものの、
一瞬の隙ができたことは間違いなく、彼らがそちらに視線を向けた時には、ナイフを手にした獄族に春を捕らえていた。その横にはひとりの人間の男がいる。
春はいまだ意識がなく、ぴくりともせず、瞼が揺れることもなくぐったりしたままだ。
男の獄族はそんな春の首に腕をまわし、ナイフをつきつけ〈しゅん〉たちを牽制している。
涙「大丈夫 よう?」
陽「平気だ。…あのやろう」
郁「彼は“実力派”の若手の獄族だったはずです。人間は下等生物と見ていて、その彼が人間と契約するなんて」
涙「いたねぇ、そういうのが。徹底的に叩き潰した気がしたけど」
海「ありゃぁ、どうみても“とらわれ”てるだろ。目はうつろだし」
始「小指の先が黒く染まっている…あれは春のと同じものか?」
隼「ふん。一回の契約の反動さえ受け入れないような器の小さな子には興味なんてないよ」
駆「“穏健派”筆頭の春さんを敵に回した時点でアウトだよ!消されて当然だよね!」
陽「あー…なんだ。うん。あいつも一応術で操られてるんだと思うけど…」
葵「そうです!そんな方を攻撃なんて」
陽「え?それ あおいちゃん が言っちゃう?」
新「あおい たちと合流するまで、めちゃくちゃ戦ってた俺はその場合どうなるんだ」
葵「あ」
獄族につけられた札は、どうやら契約の証の札ではなく、相手の意識を縛るためのものだったようだ。
あやつられているぶん動きが予測しづらい相手の動きを警戒しつつ、〈しゅん〉は翡翠色の瞳をきゅうっと細める。
敵はどこからきた?
獄族はもともと生まれとする器次第で属性が異なるが能力を持っていることが多い。〈あらた〉のように影の中にもぐりこむことができるものもいるし、〈るい〉のように空間を移動できたり操ることも可能なものもいる。
それらはすべて陰の力の恩恵。
しかし陰の力などもちえない生身の人間にそれは不可能だ。
ずんぐりとした相手の体系からして、気配を消して獄族の背後をとれるたのはどうしてだ?
ましてや自分たちが気づかないほどに早く走れるとは思えなかった。
隼「影移動。特定の獄族の能力だけど…本来、人間にはできない技だねぇ。それができたということは」
結論として〈しゅん〉がたどりついたのは一つ。
隼「お前、“陰の気”を、取り込んだね」
その言葉に、男は横に控えていた獄族から春の身体をひったくると、その太い腕で春の髪をひっぱりあげる。
獄族の男はその際に地面に倒れこんだまま動かなくなる。
男「ああ!そうとも!おかげで気分がいい!!まるで若返ったように体も軽い!力も倍増した!
土くれたちに埋め込んだ、こいつの血でできた結晶。あれをくらって、その力で怨霊を消してやった。廊下に転がっていたその獄族も操ってやった!もっとはやくにあれを食らっておけばよかった。
あの結晶こそが長年の研究成果だ!これでわたしも不死の仲間入りだ!!ここまでするのにどれだけの年月をかけたか!
それをいともたやすく壊してくれて。お前たちは、作り直した術の生贄にしてくれるわっ!!この獄族さえいれば、何度でもあんな術作れる!わたしの力は永遠に増幅される!!」
葵「なんということを!?そんなことをしたら」
始「まて あおい。“気”だけなら問題はないだろう」
葵「あ、そ、そっか。それなら」
隼「…本当にそうかな?春の血をもとに作られた結晶なのに?」
新「それより今は春さんだ!」
男「ああ、それにしてもこいつはいい。
他の獄族とは違って、こいつひとりで俺の力は無尽蔵に増え続ける!!
たった一滴の血で、生きた獄族の50人分の力がわきおこる!!この素晴らしさが貴様らにわかるか!
素晴らしい実験材料だ。契約ができないことが惜しいが。なぁに、こいつと同じように意識を奪ってしまえば問題はない!!
お前たち獄族はよくもこれほどの宝を隠してくれたな。かえしてもらうぞ!これはわたしのものだ!」
身長のせいだろう。
男が春の髪をつかんで腕をあげようと、春の膝が地面についたままだ。
そのまま警戒して動けない仲間たちをあざ笑うように、春をひきづるようにして、ようしゃなく髪をつかんだまま館へもどろうとする。
男が合図を送れば、背をかばうように、影のなかから数十体の泥人形が姿を見せる。
それらは館内で見た「まさに泥人形」といった風体とは違い、まるでひとだった。
それは術者が結晶を飲み込んで力を蓄えたがゆえだろう。
本物の人のようにしっかり二足歩行であるき、泥がぼろぼろと崩れ落ちることもない。筋肉質な人間のような、完全なヒトガタをとっていた。
だがゆらゆら動く姿はまるで幽鬼のようで、あくまで式でしかない彼らには生気も覇気もなく、まるで魂のない抜け殻のような状態だ。
その光景はまさに、ゾンビ軍団ともいえた。
隼「春!!」
手を伸ばそうとすれば、ゆらりゆらりと泥人形の剛腕がふりおろされ、〈しゅん〉たちの行く手を阻む。
数が多く、男にまで手が伸びない。
男「陰の力は願いを叶える力だ!!!これだけの力を、この獄族どもから奪ってやったのさ!人間が劣等生物だと!?ひとよりも劣るのはお前たち獄族だ!!ははははは!!
獄族たちから奪った陰の力を試すときだ!
さぁ、次こそわたしの願いを叶えてくれ」
〈しゅん〉たちとの距離ができてゆとりができたのか、男はつかんでいた髪をさらにひっぱり春と視線が合う位置までもってくると、ぐったりしたままの春の顔を両手でささえ、ぶつぶつとなにかをつぶやき始める。
春の顔があらわになった状態だからこそ、“それ”が目にとまる。
顔の半分は真っ黒だ。
痛々しいほどに傷ついた春の顔には、じわりと今まさにレーザーで焼き印を施している途中のように、赤黒い蔦の模様がじわりじわりとのびて、侵食していっている。
それに〈しゅん〉がギリっと歯をかみしめる。
隼「春に触るなゲスが!!!!」
夜「!?なんで浸食がひろがって!そんな早くに“業”がひろがるわけないのに!」
陽「契約だ!!あいつ陰の力を利用して無理やり契約を結ぼうとしてるんだ!!早く春さんを助けないと!」
葵「まさか…まさかあれが契約違反の証!?そんなもの本当にあったなんて」
駆「ほんとこいつら邪魔!どけよ!春さん!!春さん!」
新「よっと!黄色に賛同!!邪魔だ!
おい、黄色頭!こいつらの弱点は体内にある赤い結晶だ!」
海「俺が怪我なんかしてなければ」
始「いいから、お前はじっとしていろ」
襲い掛かってくる泥人形の相手をしつつ、春を取り戻そうとするのだが、数が多く先へ進めない。
魂を必要としていないのであれば、“力”があるものなら形だけの兵士を作り上げることはたやすいのだ。
もともとが土の塊なので、前回と同じように壊れてもすぐに再生を繰り返す。
しかも相手は前回よりも力をつけた術師により操られている。
館の中で〈よう〉が提案したように動きを物理で封じることもできない。
そうなってしまえば、春を助けたくともなかなかすすめなくなってしまう。
バチッ!!!
ふいに大きな音と主に小さな雷のように光がはじける。
それに思わず〈しゅん〉たちの動きがいったん止まり、音の方向へ視線を向ける。
男「ちぃ!!また弾かれたか!」
春と無理やり契約しようとしていた男の手からバチバチと小さな火花が散っている。その痛みゆえか男が手をパッとひらき、春の体が男の腕から離れ、地面にたおれこむ。
その春の顔には、もう肌がほとんど見えないほど黒い痣が広がっていた。
それをみた〈しゅん〉が息を飲む。
その顔は見たことないほどに蒼白だ。
横にいる〈いく〉もまた絶望を目の当たりにしたような顔をしている。
隼「いく…‥春に、まだ時間はある?」
郁「はっきりいって、さっき意識が戻ったことといい、肉体が消滅していないことの方が不思議です」
隼「あのひとだけは死なすわけにはいかないんだ―――それが僕の“役目”だ。獄族の僕じゃぁ触れない。なかにある“あれ”を取り除くことは?」
郁「で、できません」
どうすることもできないと首を横に振る〈いく〉は、なみだ目だ。
〈いく〉はこぼれそうになるそれを袖でぬぐい、懸命に涙をこぼすまいとうつむき、きつく目を閉じて必死にこらえている。
涙「なんのことかわからないけど。獄族(しゅん)がだめなら、半分の僕じゃぁ、無理?」
ふいに〈るい〉が動きを止めた二人に声をかける。
それに〈いく〉は顔を勢いよくあげて、〈るい〉の肩をつかんでひきとめようと首を横に振る。
郁「だめ!ぜったいだめ! るい にそんなことさせたくない!るい も死んじゃうよぉ!」
涙「僕が、死ぬ?」
陽「まて!"も"ってことはなんだ!いま、春さんは陰の力で治りかけてる…どころか」
夜「死にかけてるわけですか!?」
陽「なんでそれを隠すんだよ!俺らにも手伝わせろ しゅん」
契約に失敗した影響か、泥人形たちの指揮をとっていた男の気がそがれているせいか、先程より泥人形の動きがにぶくなっている。
その隙をついて、〈あおい〉が剣を振り回して獄族を消していき、〈あらた〉が〈かい〉を背負う〈はじめ〉のサポートをするべく敵を蹴散らして駆け寄っていく。
そんななか、〈いく〉たちのやりとりを聞いていた〈よう〉と〈よる〉が、〈しゅん〉の前の敵を術とフライパンでたおしていく。
〈かい〉は、〈はじめ〉に話しかけながら、なんだか楽し気に札を掲げて、敵の動きをとめている。
ただし〈はじめ〉の顔だけが背にかかる重さでひたすら渋い。
オマケで〈るい〉が〈いく〉に腕をつかまれたままとはいえ手は動くため、ホイっとそれは軽い調子で怪しげな布包みを泥人形の群れへと投げ―――ボフンと包みがほどけ周囲を一瞬謎の煙が覆いつくす。その煙をあびた泥人形が怨嗟のごときうめき声をあげて崩れ落ちていく。槌変になったところを赤いけっようがあらわになりそれを踏み潰し砕く。
なにを撒いた?思わず全員が一瞬動きを止めたが、誰もその瞬間声をかけれるものはいなかった。
呆然とほうける〈いく〉がみたのは、Vの字をみせるいい笑顔(そうはみえないが)の〈るい〉だった。
郁「るい、いまの…なに?」
涙「熊も一撃でとかす、じゃなくて起きなくなる超濃度の酸性ぶ…じゃなくて睡眠薬」
郁「言いかけた言葉は聞かなかったことにしておくね」
頼りがいのある仲間たちを前に固まっていた〈しゅん〉だが、〈よう〉と〈よる〉を驚きと期待のまなざしで見やる。
隼「いっくん、僕、いまなんか世界が輝いて見えるよ。そういえば僕らのそばには凄い存在がいたわけだけど」
郁「そういえばとんでもない存在がいましたね」
〈るい〉の破天荒ぶりになんだか一気に頭が冷えた〈いく〉が、〈しゅん〉の驚きをあっさりスルーして、そうですねと頷く。
〈いく〉と〈しゅん〉の視線はそのまま、〈よう〉と〈よる〉に向かう。
陽「あ?」
夜「へ?えっと、なにかあった?」
隼「“二人”がいればなんとかなるかもしれない!!」
郁「“二人だから”こそ、なると思います!」
歓喜の視線と、生暖かい視線を向けられた、〈よう〉と〈よる〉はわけわからないとばかりに顔を見合わせる。
二人は、太極図でいう、勾玉の穴の部分にあたる存在だ。
太極図とは、二つの勾玉のような形から成り立っている。
黒い勾玉には、一か所白い部分がある。
白い勾玉もまたしかり。
黒円を陽中陰。白円は陰中陽という。
これは陽の中にも陰があり、陰の中にも陽があり、純粋なものなど存在せず、何が陽で何が陰かと分類することはあまり意味がないと言うたとえなのだという。
涙「つまり?(こてん)」
隼「二人がいたら、“春の中にある陽の力”を抑えることができるかもしれない!!」
「「「「はぁぁ!?」」」
陽「んだとぉ!!!おまっ、しゅん!!!そういうことは早く言え!!!」
海「おいおいそれって大丈夫なのかよ」
隼「よくない。よくないよ。
獄族である春が目覚めることをおそれて弱らせるって名目で、きっと人間の血を春に飲ませるか打つかしたんだと思う」
夜「陽の力をどうこうするとか無理ぃ〜!!!お、俺はそんな器用じゃ…」
陽「そういうのは俺の役目。お前は陰の力を何とかしろ」
夜「う、うんわかって!!こ、こまるよ!武器なんかフライパンと消臭スプレーしかないんだけど、え、ごめん、気絶していい?」
陽「お前は働いてからだ。いくぞ よる!つか消臭スプレーってなんだ!?」
夜「火をつけたら爆発するかなぁっと」
恋「よるさん が物騒!?」
駆「な、なんてことだ!!はやく、はやくしないと春さんが死んじゃうぅぅぅぅ!!!うえーーーーーんん!!!!!!!」
恋「え?それってやばいの?!よくわかんないけどヤバイ気配がする!!!!」
葵「普通は自分が持つのと性質の気を取り込んだらアウトです!!
例えば血とか、体内に入れたら、内側からガリガリ削られて殺されていくようなものですよ!!
狂ってもおかしくない!むしろ死にます普通なら!!」
夜「ヒェ!」
始「普通、なら?ならなんで春は無事だ?」
隼「春だからだよ。春は僕らよりはるかに長生きだ。その分、“おさえる”すべをしってるんだ」
陽「そういえば春さん、たぶん俺らと違うもん“みえて”ませんかね、あれ」
隼「本人いわく見えてはいないらしい。ただ感じるんだって。だから"もって"いる。そう考えた方がいいね。"わかる"ってことは理解してるってことだから。誰よりも力の流れに敏感だからこそ、操れるんだ」
葵「驚いた。体内の陽の力さえ抑え込んでるってことですか!?―――もしかして春さんは…」
恋「ん?そうなるとあのおっさんはなんなのさぁ!?春さんは特別だからとして、陰のなにかを取り込んだみたいに言ってるけど!生きてるよ!!」
郁「春さんの血の成分を取り込んだのに平然としているあの人間がなぜ生きているかが一番意味が分からないんだよ」
葵「まだ決定的なものを取り込んでないんですきっと!」
隼「あるいは、春が人間をかばって、無意識に、あいつの中にある"己の力"を抑え込んでいるか」
葵「彼が陰の気を取り込んだからです!気と力は別のものです!
彼ができたのは"気をとりこむための術式”を開発した。というところまでなんでしょう。獄族が本当は何なのかどういう存在化を知っていれば、こんなことはしていないはずですから。
獄族の血でできた結晶を飲み込んだ。とはいえ、たぶん消化しきっていない結晶は、微弱な気を発するのが限界だった。動力源としている泥人形たちは結晶と完全連結が可能だった。けれど人間は体内に陽の力で満ちています。つまり陰の力そのもの結晶は溶けもせず、肉体と結合することもなく残ったままなんです。だから結晶が発する"気"だけしかとりこめなかった。だからまだ無事なんです。
ゆっくり陰の気をとりこんでいき、体を陰にならしたあと、“陰の力”をとりこめば。あるいは…肉体が保つのかもしれません。基本的にはその段階で死ぬか、肉体が変異を起こします。そこで生き残った者だけ、陰の力への抗体を得ることができます。ただし陽の力を失います。断定はでませんが。
そうやってあの男は陰の気を取り込でいる最中なのだと思います。男の話からして、まだ決定的な“力”となりうるものを得てはいないようですし。いまなら!」
陽「あおいちゃん なんだかんだいって、いろいろ獄族に関して詳しくね?」
葵「それは‥」
新「そのはなしはあと!」
〈あおい〉の話をきいた〈しゅん〉が、沈痛な面持ちをみせつつ手を強く握りしめる。長い爪が皮膚を引き裂くが、それも陰にあふれた世界では一瞬で戻ってしまう。
隼「気とか力とかなんだっていい。とにかく、いまは春だ。
こんな痛みさえ、いまの春のはわからないんだ。
彼の体内に相反する力がある。苦しいはずなんだ。なのにみんなの前ではそういった姿一切見せなくて。
みせたくないし、しられてくないって春が言うから。それに春が「死ぬわけにいかない」って言ったんだ。救出してすぐ彼の体の中に、陽の気を感じ取った いく と僕は、春が死なないとその言葉を信じてみんなに黙っていた」
陽「だからこその"俺たち"だって、しゅん さっき言ってただろ」
夜「そうですよ!俺たち、陰陽二つの力をつかえます!だから安心してください」
陽「いっちょ春さん助けに行くぞ、よる!」
夜「うん!」
〈あおい〉からの男への推測と、〈しゅん〉の懺悔のような言葉を聞き――それならよけいに急ぐべきだ!と、〈よう〉は〈よる〉の手をひいて、手薄な今がチャンスとばかりに敵の合間を縫って進んでいく。
そのあとを追うように、どこからあらわれたのか増援の泥人形たちが起き上がる。
しかし長い柄の先に湾曲した刃を取り付けた大刀――偃月刀をもった〈あらた〉がその行く手を阻む。
その側では「両刃離れないんだけどね」と言いつつ、両刃の剣をたくみにあやつる〈あおい〉。二人の攻撃が〈よう〉と〈よる〉の道を春の素へつなげる。
〈はじめ〉が言っていたことは正しかったようで、武器を手に駆け回る〈あおい〉の姿は何一つ躊躇もなく、流れるような動きはまさに舞いのようで、その一振りで切り刻まれる敵を目にしてしまえば、その力量が百人力と言わしめたのもわかるというもの。まさに鬼神のごとく、すべてを薙ぎ払っていく。
〈いく〉と〈こい〉もお得意の体術であぶれた時を粉砕していく。
〈かける〉がえんやこらと、どこから取り出したのか岩の塊がついたロープをふりまわして、再生しようとしている土くれをさらに砕いていく。
いわく「これで胴仕打ちだぁ!」とのこと。あの岩の塊は再生途中の泥人形の一部だったらしい。
それらを「爽快だなぁ〜」と、投げ飛ばされていく土くれの群れを見て〈かい〉が、はしゃいだ声をあげる。
〈はじめ〉から〈かい〉の体をひょいと持ち上げた〈しゅん〉が彼を地面に座らせ、〈はじめ〉から治癒札をうけとり貼り付ける。
そこでふと、うじゃうじゃといる泥人形の群れ、のその向こう側の光景を見ていた〈かい〉が、眉をしかめる。
海「ちょっと待て」
隼「どうかした?」
海「それならあいつは。あの男はなんであそこまで春に執着するんだよ?血の結晶も人間の体内にある限りある程度抑えられちまうんだろ。あげく春とは契約もできない。なのに力になるとか。なってなくないか?」
隼「一理あるねぇ。でも僕は人間じゃないからねぇ、人間の動機までは想像もつかないよ」
葵「力に取りつかれたんでしょう」
隼「最も人間らしい回答だね」
葵「あの男は、きっと陰の力に宿る「便利な力」に気づいてしまった。だから高望みをしたんです。次は何をしでかすかわかりませんよああいうのは。下手すると春さんの血を直接欲するかも」
隼「まぁ、そこまでしちゃうともう自滅の道しかないね」
新「あおいっ 後ろ!」
新「しゅんさん たちが気になるのはわかるが、よそ見するな!今は前だけを見ろ!!」
葵「ご、ごめん あらた」
〈かい〉の質問に答えようとしたのは、〈よう〉と〈よる〉のために道を切り開こうとその剣をふるっていた〈あおい〉だった。
その言葉はやがて彼の背後を狙った敵のがよってきたためさえぎられる。
一度だけ「すみません」と〈あおい〉が謝罪するように〈しゅん〉たちにむけ頭を下げたが、
〈あらた〉に周りを見ろと言われ、彼に背をあづけて再び武器を構える。
そんなあわただしい〈あらた〉と〈あおい〉をみて、〈はじめ〉が呆れたようなため息を小さく吐いた。
〈しゅん〉はその〈はじめ〉のため息にも気づいたが、チラリと一瞥しただけでそれを追究することはなかった。
〈かい〉は困惑したように〈あおい〉を見送りつつ、〈しゅん〉をみやる。
海「おい、しゅん。あいつ詳しすぎねぇか?このまま側にいて大丈夫か?」
隼「あおい君 は。本当にくわしいねぇ。どうしてか、教えてほしいぐらいだけど。時間はないからね、その話は後にするとしよう。
さて、かい。そろそろ君にも働いてもらおうかな。はじめ、かいの手当ありがとうね」
始「たいしたことじゃない。おまえのせいで傷んだ俺の腰の分も働け、かい」
海「ははwそれもそうだなぁ」
ちらりと〈はじめ〉をみやれば、その手は〈かい〉の足の怪我に包帯を巻いている。
とめられる気配がないことで「話してもいい」とあたりをつけ〈しゅん〉は〈かい〉へむきなおる。
〈しゅん〉が口を開こうとしたところで――
バリンッ!!!
始「!?」
海「なんだ!?」
音の方にいっせいに視線があつまる。
隼「…」
ふいに〈よう〉たちが向かった方向から、この場には場違いな先程と似たガラスの割れる音がさらに響き渡る。
それに〈しゅん〉は今までにないほど目を細める。その目はすでに臨戦態勢の金色だ。
男「術式をお前らに壊されてしまったからな!こいつの血だけでもとりこんでやったわ!!!わたしこそが!!!これでわたしは永遠の!!」
そこには春を腕で抱えていた男が、“赤い目”をして大笑いをしていた。
その足元には、太い針のついた赤黒い液体を付着させた注射器といくつかの試験管が粉々に割れている。
男の口元に紅のようについた朱から、"飲んだ"のだと誰もが分かり目を見張る。
男「そうさ!わたしは陰の気を取り込んだ!!陽の力しか持たない人間には毒だ。それを気だけ取り入れることで、怪我もすぐになおる!!
つまり!わたしの中にはすでに陰の力にたいする抗体があるのだ!!契約ができないのなら、あとは直接血を奪えばいい!獄族の血こそ永遠の命の源!
これぞ人類が探し求めた妙薬!!こいつの血はすべてわたしのものだっ!!!!」
男の腕には服を破いた形跡があり、そこから微かに赤が流れ落ちている。
自分の腕に先程の注射器をさし、春の血を取り込んだのだろう。
男は血で汚れた口元をぬぐうと、誰に向けたのかわからない高笑いを続ける。
駆「人間ふぜいが!」
陽「うわー…」
新「あらら〜自滅?自滅するのあいつ?」
涙「アウトー」
隼「愚かなことを」
〈かける〉がふだんの愛嬌のある大きな瞳を吊り上げ、威嚇する獣のように喉からうなり声を出し、低い声で罵声を浴びせる。
そんな〈かける〉を止める者は、いまはだれもいない。
男の白目だった部分は赤く染まり、瞳孔はひらっきっぱなし。肌の色はすでに人とは程遠いものとなっている。
〈しゅん〉などは呆れたように、それこそ冷めたような眼差しで、春の血を取り込みどんどん異形へと姿を変えていく男をみつめている。
男自身は気付いていないのか、背丈もグンとのび、あっというまに配下の泥人外用を超すほどに筋肉は膨れ上がり、口は裂け、牙がとびで、骨はバキバキと音を立てて、いたるところに醜悪なこぶを生み出していく。もはや二足歩行している以外は人間らしい姿を保ってはいない。
そんな男の様子に、〈あおい〉が泣きそうな顔で膝をつく。
葵「どうして。どうして“繰り返す”んですか…これじゃぁ…“俺たち”がやってきたことは」
新「落ち着けって あおい。あいつどうせすぐ死ぬし。そうしたら、"お前たち"がやってきたことは無駄にはならないからさ」
〈しゅん〉が興味深げに彼を見たが、その視線から〈あおい〉を隠すように訳知りらしい〈あらた〉が間にはいり、〈あおい〉をなぐさめる。
ただし、相手は人間と獄族。若干、慰めどころがずれていたり、内容が物騒なのはいたしかたあるまい。
男「はははは!私が死ぬ!?なにをごちゃごちゃと!!今、この瞬間にわたしは死を克服したのだ!!
みよ!!これほどの力が沸き起こる!!!この獄族の血はそれだけの力を秘めているのだ!!」
〈あらた〉の会話を聞いていた男“だったもの”が、筋肉の盛り上がった腕をみせつけるように、いままではできなかったことをしてみせる。
人間らしい肌色部分はもはや見当たらない。
その型腕一本で春を軽々と持ち上げて見せたのだ。
ポタリポタリとふさがっていない傷から血がこぼれおちる。
男はその血を甘い蜜を見るような目でみつめ、ゾロリと長くのびた異形の舌で己の裂けた口を舐める。
始「――大人しく聞いていれば」
男の蛮行に声を上げたのは、〈はじめ〉だった。
隼「おやぁ」
葵「はじめさん?」
新「お。これはいけるか」
始「そいつは俺のだ。かえしてもらう!」
男「かえす?何を言っているんだぁ?これはわたしのだ。わたしに力を与えるためだけにいるのだ!」
〈かい〉の治療を終えた〈はじめ〉が立ち上がる。
宝石のごときアメジストの瞳は、まっすぐに春だけを見ている。
契約が嫌だ。獄族は苦手だと言っていた人物と同じとは思えない。
“その存在”を強く望んでいるのは、なにも化け物となった男だけではない。
新「やだ、あの獄族嫌いの ハジメさん が“俺のもの”発言とか…」
葵「わー!あの ハジメさん が契約したがるなんて!!国に帰ったらお祝いしなきゃ!お赤飯炊きましょうね!」
さっきの落ち込みはどこへやら、〈あおい〉と〈あらた〉が喜々として、ハイタッチをしている。
〈はじめ〉が一歩進みだし、男へ近づこうとする。
その手には術式のかかれた札が握られている。
しかし札が効力を発揮するよりも前に、化け物の咆哮が、衝撃派となって、敵味方関係なく男の周囲から吹き飛ばす。
あと少しと言うところまで近づいていた〈よう〉と〈よる〉も、意思のない他の獄族もろともにスタート地点に戻る羽目になった。
陽「くそ!あと少しだったのに!」
夜「いたたた。あんなのアリですか。もうただの雄たけびとか言ってられませんよ今の威力」
隼「大丈夫かい二人とも。まぁ、それだけ春の血がとんでもないってことだよ」
始「『界っ!』――結界をはった!おまえたちは下がってろ!!」
葵「せめて援護をさせてくださいよ はじめさん!」
新「あれは、うん。ダメだ あおい。はじめさん、きいてない」
隼「おやおや。僕まで結界のなかかい。手伝おうと思ったんだけどねぇ。追い出されてしまったよ。
鴨く蝉よりも鳴かぬ蛍が身をこがす。うーん。まさに今の はじめ こそ泣かぬ蛍だね。いやぁ、はじめ の情熱があついねぇ〜」
海「はぁ〜 しゅん。空気読めって」
駆「しゅんさん を外に出していたら、あいつ八つ裂きにされてましたよね絶対に」
隼「当然じゃないか」
陽「しゅん…やめとけ。な。いつのまにか はじめさん のなかで、春さんは一等大事な存在として、めちゃくちゃ格上げされてるから。邪魔したらまずいって」
駆「しゅんさん のかわりに、はじめさん!しっかりガッツリやっつけてくださいね!」
夜「…たしかに蝉のようにあいつうるさいなぁとは思うけど。蛍の情熱がこわいなぁ〜(チベスナ目)」
新「堰かれて募る恋の情ってね。いやぁ、初々しいですな(遠い目)」
陽「おま、なんちゅうことを。つか、あの はじめさん をみて初々しいって…むしろ荒々しいの間違いじゃ?」
恋「よくわからないけど!は、はじめさん!頑張ってください!!」
始「そいつには俺という先約がある。勝手に契約などしないでもらおうか」
化け物となった男に対抗するためにか、札を掲げ、男が発する衝撃派などの攻撃をおさえつつ進む〈はじめ〉に、男が仇でも見るかのような目を向けてすでに人間とは程遠いうなり声をあげ吠える。
イヤイヤをするように地団太を踏めば、男の足元の地面が波打ち、地震となって周囲を襲う。
始「くっ!」
男「わたしを超えるものなどもういない!!わたしこど‥が!?がぁぁぁ!!ぐっ!?え、永遠の…不老不死にああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!」
さすがの〈はじめ〉も地面そのものが津波のように揺れては、立っていることができず一度膝をつく。
余波を浴びた結界の中では、子供たちがギャーギャー言いながら地面に転がっている。
敵となるものが、地面に全員転がったのをみて、男だったものは赤い目をニタリと細める。
男が再び足を大きく振り上げようとしたとき、黒く冷たいものが男の手に触れる。
『…ふふ。おか しい の』
それと同時に甘く、けれどやさしい風が周囲にふきこむ。
ふわりと〈しゅん〉の前を花びらが舞う。
それは一枚だけにとどまらず、気付けば、男と〈はじめ〉をかこうように大量の花びらが、周囲に渦を作って壁を作り上げていた。
その中心にいるのは…
隼「春!?」
駆「春さん!」
郁「!?あの状態で意識が戻るなんて」
恋「これ、もしかして全部花ってやつ?」
葵「おどろいた。こんな大量の花、みたことない」
海「うひょー。なんだか少し目を離したとたんに。いやぁ、これは絶景だなぁ」
男の動きを止めたのは、その男に捕らえらえたままの春だ。
赤黒い痣に覆われた顔のなかではひときわ目をひく春の鮮やかな緑がうっそりと細められ、その目は月明りを浴びて金のようなきらめきを見せている。
業のせいで広がった赤黒い痣が覆う冷え切った冷たい左手が、己を捕まえている男の腕をそい、その後爪のない彼の腕が首元へと伸びる。
男の、ではなく。
春自身の、いまだ傷の癒えていないそこへ――
花『ほしいのなら』
いつのまにつかんでいたのか。春の冷え切ったその手には、男が投げ捨てた注射器の破片がにぎられていて
花『あげるよ』
強く突き刺した。
郁「春さんっ!!!!!」
始「春!!!」
隼「!?」
周囲を壁のようにかこっている花が何かしらの効果を働かせているのか、"人間の子"たちの視線が春を見とがめることはなく、彼らは花びらにみとれたままだ。
それをいいことに、春の腕に力がこもる。
首元も覆っていた赤黒い痣の上に、鮮烈な色がつたいおちる。
グサッと肉を抉る音とともに、ボタボタっと重い音が響き、春の首から赤い色が溢れ出す。
先程までの花びらが漂わせていたそれとは異なる、哲錆びた匂いが周囲にぶわりと広がる。
春は少し眉を寄せたものの、痛みは感じないのか、ゴホリと血を一度吐き出すと、ガラスを抜き取って、口もとの血を左手で拭い去る。
花『ごほっ…ほと、んど、とまっては、はぁ‥いる、けど‥陽の力でついた傷は、けっこうあるからね』
今のオレでも傷を開くぐらいならできる。
春はそう言うと、すでに力をこめるのも限界なのだろう。力の抜けた腕をだらりとたらし、異形と化した男をみやる。
花『ほら…。
どう、したの?飲まないの?強い力、が、ほしい、ん、でしょう?
オレの血は、誰よりも“濃い”。…もっと、つよく、なれるよ』
ボタリ
ボタリ‥
地面に落ちる血は、異様な重さを伝えてくる。
同時に今もなお首筋から零れ落ちる血の一部は、陰へと戻るべくキラキラと黒い粒子となっていく。
男「あ‥ああ‥血‥血だ‥えいえんの!!!!」
花『残念。永遠なんて‥この血には、ないよ。あるのは…きっと‥…』
異形となった男は、春の頭部をつかんでいた手をそのまま乱暴に引き寄せ、もったいないと言わんばかりに、春の腕をもう片方の腕でつかみ、血を流すその首にかみついた。
花『ぐぁっ!!!』
首と肩をおさえられ、肉をえぐるほどに噛みつくように血を舐める異形に、春は一瞬逃げるように体をそらし息を詰まらせる。
〈はじめ〉がギリリと拳を強く握り、歯を噛砕かんばかりに怒りの形相でそれをみつめ、やめろ!と声をあげる。
しかし花びらが邪魔をして届かない。
春たちを認識してる獄族の仲間が駆け寄ろうとするが、今度は〈はじめ〉の結界にはばまれ進めず、それでも結界の中で声を荒げ、手を伸ばそうとする。
花『っ!痛みはないけど、さすがにちょっと、気持ち悪いね』
男「血ちちちちちちちちだぁもっとよこせちを」
ジュルジュルと音を立てて吸われるごとに春は顔をしかめ、カタカタとその身を震わせてなにかをこらえるように、目を固く閉じている。
男は一滴も取りこぼすまいと、春の傷を丹念になめていく。
春の血を体内に取り込むごとに、ゴボリゴキリバキと男の身体が軋みをあげ、変化が起きていることに、男は気づいていない。
人間の男だったものからはついに棘のようなものが手や足をつきさし、尾らしきものはイボでおおわれている。
赤一色に染まった目からは血がながれおち、体の筋肉はふくれあがり巨大なコブとなってはそこから
ごぼごぼ。ボキリ。ゴキリと人の成長過程では聞こえるはずのないおかしな音が響いては、骨が砕け再生していくかのような耳障りな異音を立ててどんどん膨れていく。
もはや異形に意識などないのだろう。ただ本能のままに欲望のままに、春の血をすすってた。
血を失いすぎ、さらには痣が染み込み黒く変色した部分の隙間からもわかるほど、真っ白な顔をした春が、異形と化したそれをみて口端を持ち上げる。
花『きみ、は…ゴホッゴホッ…は、はっ‥ぐっ…きみ、は、獄族や“陰のもの”の…ごほっ…ごほごほ‥っ…自殺の、仕方って‥しってる?』
喉を傷つけられ、どこかおかしなところから息が漏れているようだ。ヒューとおかしな息がこぼれるそれを意地で動かした春の口端から、血がこぼれでる。
それをぬぐう力もない春は、ただ距離を離そうとするように異形に手をつきつつ―――――わらった。
花『日に焼かれるか、より多くの力をため込んで‥内側から、破裂して死ぬか。
そのどちらかしか、ないんだよ』
永遠を生きるっていうのは、そういうこと。
死ねないのだ。
そんな本当の孤独と苦しみに耐えられる?
男「血だ!血だ!血だ!これさえあれば!!」
花『ふふ。ばかだねぇ。“獄族の血肉を食らえば、力を得る”、“不老不死になる”って、信じ‥てるの?』
郁「春、さん?」
隼「なんてことを…春、君は“そのために”自分を犠牲にする気か」
花『獄族の血肉はすべて陰の力でできている。
気をとりこんだぐらいでいいきになってるのはいいけど、そんなものを“今の”陽の力しか持ち合わせていない人間が、取り込んだら。
さぁ、どうなるかな』
郁「それって」
ふいに春の視線が、結界の中の〈いく〉や〈しゅん〉たちをとらえる。
その目が〈はじめ〉と合うと、愛おしそうにふわりと細められる。
花『“堕ちる”んだよ』
男「が!ががががあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
それは突然おきた。
いままでぎりぎり原形を保っていたものが、一気にふくれあがると破裂するように弾けたのだ。
言葉にするなら、まさに先程春が言っていた「力をためこみすぎ、内側から破裂して死ぬ」というそれそのものだ。
春『ごほ…ふ、ふ…ざまぁみろ!‥っ…この、"陰の世界"で死ねると‥思うな!』
春をつかんでいた腕が、関節であっただろう部分から血を吹き出して腐り朽ち始める。
春の拘束はそれでとかれるが、力などとうに入らない身体は、血だまりの中にくずれおちる。
それでもなお、男の異形化はとまらず、のたうち回り咆哮をあげる男の筋肉は盛り上がっては破裂して、けれど再生しては破裂する。それを繰り返えしはじめる。
びしゃりびしゃりと周囲に異臭の放つ肉と血のような液体を放ちながら、皮膚も何もかも腐りはてた肉の塊となってなお、口だった部分を抑え、叫び声を上げ続ける異形。
それは、そんな姿になってなお、ギョロリと目だまを動かし、血だまりに倒れ伏す春を見つめている。
地面に打ち付けられ息を止めそうになった春は、若干回復した力で体をささえ異形へと視線を向けるのでやっとだ。逃げることはかなわない。
異形は、春の血さえ飲めば治るとでも思っているのか、動けない春を視界にとらえると、手とはいいがたい赤い蔦のようなものをひろげた。
それはどろりと腐った肉の破片をまき散らし、腐肉が落ちた地面をさらに腐敗させながら、春へと伸ばされる。
男「血、血、血血血血血血ちぃ…あ‥もっと…もっとよこ…えいえんを…がはっ…ぬけ‥ぬける!!!!いのちがぬけ‥あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁあなぜなぜなぜなぜなぜああああああああああ!!!!!!!!!!!」
花『おどろいた。まだ話せるのか。
それで?オレの血の味はどうだった?生きたまま死ぬ感じかな?オレも生きたまま細胞が削れていくのは痛かったなぁ。
うん、痛いよね。痛覚がないこの体でも"相反する力"は、痛くて目が覚める程だったものね』
喉の修復が終わったのか、かすれつつもさらりと語った春の言葉を聞き、〈しゅん〉がけわしい表情を一瞬みせる。
異形は自分がすでに肉の塊となりはてていることさえわかっていない。自分がどこへ向かっているかも理解していないのだろうに、春の声に反応するように「あ゛あ゛あ゛」とうなりながら近寄ろうと手を伸ばす。
花『…そういえば君は人間だったね。痛覚があるんだろう。それは、さぞ辛いんだろうね。再生する君は、肉を少しずつ削がれて骨を細かく砕かれてるような痛みが、続いている』
コホっと小さくせき込んだ春は、血の塊を吐き出すと、鋭いまなざしでうごめく肉の塊を見やる。
その先のない右腕が持ち上げられ、長い袖がファサリと軽く振るわれる。
ゴオゥ!!っと風が起こった。
花びらを巻き込む風が、肉の塊の進行を阻む。
再びケホリと小さな咳の音。
花『オレは、こいつらが思っているような博愛主義者じゃないんだ。しいていうならやられたことは倍返しでノシ付けてかえしたい派なんだよ』
ギラリとばかりに春の緑の目に力が帯びる。
その目は相手を見定めるように、否、みさだめるものなんてものではない。肉の塊のもっともっと"奥"にある"違う何か"を見ているようだった。
穏やかな春さんはここまでだ。と、花の口調が、本来の彼のものに戻る。
淡々としたそれは、感情を感じさせずどこか冷たい。まるで世界を客観してみる傍観者のそれだった。
光の加減で色を変える鮮やかなもえる緑の瞳に、自我さえ失ったはずの異形の動きが気圧されて止まる。
花『しっているか?この世界の理において、体の中に反対の属性のものを流し込まれれば、耐性のないものは死ぬらしい。
もとから身体に陰の力が少しでもあれば、まだましだろうがな。
オレが子の数千年見てきた限り、そもそも“陰から生まれたもの”以外の肉体を持つどの“生き物”にも、本来は陰陽の両方の耐性があるはずだ。
どうしたことか、今の人族は陽の力に偏ってる。長い年月の間に陽の力ばかり使って生活をしていたから、種族全体がそう進化し、陰の力がうせたんだろう。
人間はあわれだな。両義が傾いた原因を忘れ、過ちを繰り返す。少し考えたらわかることだろうに。この世界の人間は本当にどこまで愚かなのか』
あわれでしょうがないという言葉に、異形となった男の何かを刺激したのだろう。
ざわりと肉の塊が波打つ。
しかし周囲に舞っていた花びらがまといつき、それ以上動くことができない。
花は一度ため息をつくと、言葉を和らげる。表情が戻った花のかおにはにこにことした笑顔が浮かんでいる。
花『――つまるところ!そんな君たちじゃ、オレの血肉を取り込むのは無理だよね。
体の中に入れられた異物に耐えきれず、痛みにのたうちまわり、それでも死ねず。先に精神が狂い死ぬ。精神が死に、魂が疲弊しても肉体だけは陰の力で動かされ続ける―――そんな存在になりたかったのかな。…ああ、もう聞こえないか』
花まみれになってビクリビクリと血を吐き出しつつけれど再生しては地面を腐食していく――“もの”をみつめて、春が寂しげに微笑んだ。
それは自嘲の様に。
疲れ切ったようなそれは、相手を憐れんでか。
それとも別の意図があってか。
花『よかったねぇ〜、“オレの血”なんかは、“特”に、人間には“毒”だよ?』
春がもういいとばかりに、目を閉じる。
それは死者へ向けられた、いささかばちがいな言葉で言うのであれば、静謐な祈りの様にもみえた。
業にしばられ、ほとんど動かすことが不自由な身体をゆらし、その目が再びひらかれたのを合図に、肉片を包囲していた花が枯れ、かわりに地面から勢いよく植物が芽をはやす。
それはすでに言葉を失った肉片を地面から突き刺す槍のようであった。
小さなクローバーほどの花は肉片を貫いたのに、そこを苗床に、小さな赤い花を咲かしていく。
花『再生を繰り返す限り、その子たちはお前を逃がすことはないよ』
植物は肉片による汚染を受けすぐに枯れるものの、枯れた花を土台に新たな花を咲かす。
根は地中深く生え、すでに地面に縫い付けられたような状態の塊に、それ以上動く手段はなかった。
花『やがて、あれの中からオレの血の効果も抜けるから。…あとは、よろしくね』
ここからは人の領域だよ。
春が微笑むと同時に、周囲に吹き荒れていた花吹雪がやむ。
力を失った春の身体が、地に再び崩れおちる。
隼「さすが春。敵に容赦ないなぁ」
隼「わるいけど はじめ、この結界を解いてくれるかい?」
始「あ、ああ」
始「なんであいつは人でなくなったんだ?」
隼「すでに影移動ができる程、陰の力に身体を漬けている。その分性質は春の血を受け入れた。
けれど彼はもともと陽の力しかもたない人間だ。
体は陰の力と春の力で再生を繰り返す。けれど陽の力も内包しているから、内側が反発をおこし、削れると再生の繰り返し。無限の地獄があいつをいま襲ってる」
始「だからあいつは人でなくなった…そういうことか」
夜「すごい一瞬で」
陽「さすがといえばいいのか、あの身体であの状態で…なんちゅう威力だ」
隼「二人とも。まだこれからだよ」
郁「はっ!?そうでした!よう と よる さんは、すぐに春さんの力の安定を!」
夜「りょ、了解です!!」
陽「うっす」
涙「…やっぱり よる には、春の術もきいてないね?見てたよね全部」
夜「だね(苦笑)」
新「…あおい、大丈夫か?」
葵「あ、あれ?え?なんか意識が一瞬飛んでる間に」
駆「やっぱし春さんすごい」
恋「え!?なんで?なんか周囲がめちゃくちゃ悲惨なことになってるけど!?え?えっと春さんって人は無事なの?あれ?いまってどういう状況?」
海「うへ!?な、なんだあれ?っていうか、なにがどうなって」
今だ金色に染めたままの瞳を細め〈しゅん〉が腕を振るえば、花びらの優しいにおいごと血の匂いも異臭もその場に吹いた風が吹き流していく。
後処理をするように、風がすべてを運んでいき、強固な術式がはりめぐらされていた建物さえも今の風の勢いでガラガラと崩れ去る。
地面に縛り付けられた肉の塊だけが残り、〈しゅん〉は〈はじめ〉へ手をかして立たせると、〈よう〉と〈よる〉と春の傍に歩み寄る。
隼「陽の力だけが、陰のものをたおせるように。
自分とは違う属性は、対になる属性を打ち消すこともできる。
春いわく、抵抗力がないものが別の属性のものをとりこむと、弱い方が打ち消される。
この世界は陰の力に満ちているから、人間の小さな陽の気など普通は陰の気の前では手も足も出ない。
だから人間が陰の力をとりこむと陰の力によって変異し理性の残らない化け物になって死んでしまう。
普通ならね。
でも逆は?
陽は陰を消滅することができるんだよ」
始「!?」
隼「ようやく気付いた?」
ぐったりとして再び咳き込み続け血だまりでうずくまる春に、血で汚れるのもかまわず抱き着くように〈よる〉が春の身体に覆いかぶさる。
ぎゅうっと抱き着く〈よる〉の周囲がポワっと光る。
つづいて〈よう〉が地面に転がったままの春の体を〈よる〉ごと抱き起し、春の背を支えれば、春の体は〈よう〉にもたれかかる状態となる。
その春に〈よる〉が必死にしがみついている。
〈よう〉と〈よる〉が視線で頷きあい、その手を握りあう。相手方の手で二人の手が春に触れる。そこから、黒い粒子と白い粒子がじわりと染み出るように、春の身体からにじみ出てくる。
隼「――陽の力を獄族の体内にそそぎすぎたら、存在そのものが消滅しかねない。…これもまた、わかりきってることなのにねぇ」
夜「っ!?」
陽「くっ!!な、なんちゅう…俺たちもやべぇぞこれ。飲み込まれそうになる」
郁「…ぐす…普通で抑えられる量じゃないんです。――春さんの中にある“人間の血”は!!」
始「俺にできることはないか?」
隼「契約できればいいんだけど。業がここまできてしまってる。もう春にはそれをこなすだけの力が」
花『はぁはぁ‥ごほっ‥ごほ…ん゛‥だいじょ、ぶ、だからゴホっ‥ぐぅっ。
…ごほごほ‥まだ、だよ。まだ、オレは死ぬ、わけには…ごほっ…ごほごほごほっ…はぁはぁ…ごほ』
〈はじめ〉が傍に来たことでか、春が閉じていた目を開く。
青い顔で血の混じる咳を繰り返しつつも、少しだけひらかれた瞳は、視線が定まらずうつろだ。だが〈はじめ〉の方へその緑がむけられ、嬉しそうに緑が弧を描き細められる。
他にも周囲にいる気配を感じてか、安心させようとするように「大丈夫」と春は繰り返す。
隼「春」
みかねたように〈しゅん〉が咳き込む春の口を指でふさぐ。しゃべるなという意図は通じたのか、無理やり春が口を開くことはなかった。
隼「もういいよ春」
花『………っごほ‥ごほごほ…ケホッ…どう、したの、しゅん?』
隼「もういいんだよ春。あとは僕たちがやるから」
花『…そ、う…なら‥あと、は…』
隼「うん」
春の中に陽の力がある。
それを隠す必要もないのならと、こらえていた糸が切れたのか、限界になった春は意識をうしなった。
春の身体を抱きしめていた〈よう〉と〈よる〉の額に汗がにじむ。
すこしずつ体内にあるよぶんな力を外に押し出し、力の拮抗を乱さないように力の流れを整えていく作業は、生半可なものではなかった。
何かにあらがうように二人も必死だ。
春の体内から出る陽の力は、いまだ微々たるもの。
そんな春のもとに救出のためにかけつけてくれた仲間が不安そうに集う。
〈るい〉と〈いく〉もそれぞれが、〈よう〉と〈よる〉の力になろうと己の力を分け与える。
そんな仲間たちにその場をあずけると、〈しゅん〉は春の手を握っていた〈はじめ〉を呼び寄せる。
〈しゅん〉が視線を感じてそちらの方をチラリみやれば、〈あおい〉と〈あらた〉がピクリと肩を震わせ、意を決したように〈はじめ〉についてやってくる。
そんな二人を見定めるように〈しゅん〉はみつめていたが、〈あおい〉の今までの様子を振り返って小さくため息をついた。
そのまま三人を手招く。
始「なんだ?」
自分も少しでも春の力になりたかったものの〈しゅん〉に呼ばれ、彼らから若干距離を置く位置へと移動させられた〈はじめ〉は眉間にしわを寄せて不満そうに見返してくる。
そんな彼に〈しゅん〉は苦笑を浮かべながら、表情をあらためてる。
隼「春と契約したいのなら、聞いてほしいことがある」
新「えーっと、それって俺たちも聞いていいこと?」
隼「というか、そこの人間の君は、わけしりだよね。そうなると契約してる あらた も。このあと僕が言いたいことはわかってるんじゃないかな?」
新「あちゃー、わかります?さすが魔王様」
葵「どけと言われても俺はもうどきません!!すべてをちゃんと知るまで離れません!」
隼「どうやら あらた がいた国は、ここよりも獄族の事情に詳しそうだからねぇ」
意気込む〈あおい〉をみやる〈しゅん〉の瞳は、いつの間にか柔らかな黄緑色に戻っており、いたずらを見破ったように笑みをたたえている。
その笑顔でみられた〈あおい〉と〈あらた〉は、詳細を黙っていることを条件に説教は回避された。
隼「さて、なにから話したものか」
始「契約というが…だが、無理なんだろう?俺とあいつと契約は」
隼「おや。はじめ はおかしなところで、気が弱いのだね。
まぁ、あの春がそう言ってたし、現状契約反故による影響が強くて、春の肉体がこれ以上はもたないのもたしかだ。たぶん今の状態で契約は無理だよ」
それをきき〈はじめ〉が落ち込んだ雰囲気をだした。それを察知した〈あらた〉がちゃちゃをいれようとして、〈あおい〉が慌てて〈あらた〉の口をふさぐ。
隼「まぁ落ち着いて。ずっと声が聞こえてったていうのが本当なら、彼の契約者は君だよ、はじめ。それが“いつ”のことかは僕にはわからないけど」
始「……それで?こいつらが知っていて俺がしらないことというのはなんだ」
隼「今の状況について。
春と言う存在について、君に知ってもらいたい」
その言葉で、四人の空気が再び引き締まる。
結論に先に到着している〈あおい〉へ視線を向ければ、〈あおい〉は自分のは予測でしかないと、口を割る気配を見せない。
〈はじめ〉は意外と意志の強い〈あおい〉にため息をつき、面白そうに三人の関係を見ていた〈しゅん〉へさきをうながした。
隼「何度も言うけど、この状況で、肉体を保っているのはあの子だからだ」
始「あいつが特別だとお前は言っていたな」
隼「そう、特別。陰そのものである彼は、強い。いれられた陽の力が、彼にとっては弱いから、今は保っている状態だ。現状、まだ彼の力の方が強いからいい。だけど陽の力はそこにある限り体内で反発しあって、獄族の身を蝕み続ける。その痛みに耐えれるものじゃない。人間があんな感じに異形化するぐらいだ。違う属性のものを取り込むっていうことは、狂い死ぬほどのものなんだ。…“ふつう”は無理だ」
始「…意識を保っていたさっきまでのは」
隼「《春》だからだよ」
始「またそれか。
“普通では無理”。“春だから”というなら、あいつはなんなんだ?」
隼「……〈はる〉の体は、陰の力が濃いって話はしたよね。それは長生きだからっていうのは建前で、彼は種が違うんだ」
始「種、なぁ」
隼「第二世代って呼ばれてるんだったかな。事故が原因で人類が滅んだあと、"最初に生まれた命"だよ」
葵「やっぱり」
隼「なお第一世代は…言っていいのかわかんないけど。事故が起きたときに、人が生きたまま陰の力を浴びて変異してしまった存在。それが第一世代。つまり獄族の起源は人間なんだ。ちなみに僕は第三世代。第二世代が死なないように、補佐する役目を持って生まれた」
葵「あらた、どうして春さんのこと教えてくれなかったのさ!第二世代って知ってればもっとなにか」
新「こっちみんな、あおい。春さんのことは、暗黙の了解での秘密だったんだよ」
葵「でも、もう少し早く教えてくれればもっと何かできたかもしれないのに」
隼「教えていたとしても起きてしまったことだ。君にはどうすることもできなかったよ。もちろん あらた もね」
葵「う‥」
隼「まぁ、今回は、その獄族全体の秘密があだになって、勘ぐられた挙句の誘拐騒動なわけだけどね。その勘繰りってのもあながち間違っちゃいなかったのがしゃくだけど」
葵「あ!?あらた はわるくないです!だから」
新「俺ぇ?!ちょ、あおい。その言い方だと元凶俺みたいじゃん!?」
隼「怒らないし、今回のことはだれも悪くはないんだよ。ただ運が悪かっただけ。…いや、もしかすると」
隼「春が、“すべて”を呼んだのかもしれないね」
葵「え?」
新「ああ、そうか。もうそれほど」
始「?」
隼「うん。もう、あの子も限界だったのかもしれない。生きることに。待つことに。
だから、君がここにいるのかもしれない」
隼「君だよ―――はじめ」
始「俺?」
隼「春は契約者を待っていたから」
葵「じゃぁ、はじめさん はやっぱり春さんの契約者なんですね」
隼「そうだね。ただし《春》じゃない〈はる〉だ」
葵始新「「「は?」」」
隼「はじめの契約者は〈はる〉だよ。この世界で生まれた方の〈はる〉だ」
葵「どういう意味ですか?」
隼「あの体はもともとこの世界で生まれた〈はる〉のものだったんだ。けれど〈はる〉は、孤独に耐えきれなくなって己の中にあった"願いの力"で、別の世界の《春》と自分の魂を入れ替えてしまった。ややこしいから別の世界の春のことは"旅人"と呼ぶよ。
これは"旅人"にきいたはなし。だから、きっかけが〈はる〉だったのは間違いない。
僕が生まれるよりもずっとずっと前、彼は〈はる〉と入れ替わった。彼は術も何も使えないただびとでしかなかったというから、よくここまでもったって本当に思うよ。幾度狂い、幾度死を望んだか。
その都度、「死ねない」っていうんだ。
入れ替わりを終わらすまでは死ねないって。そして〈はる〉という獄族と、他の獄族と肉体の違いを知り、彼は「この肉体を死なせてはいけない」と理解してしまった。
第二世代の獄族だけは死なせちゃいけないんだよ。彼らは世界のいとし子だから。
それを生きて旅した先で見てきたものと、周囲からの証言を組み合わせ、あまたの情報の中から真実を見つけて、回答を理解してしまった。
おかげで"旅人"は余計死を望めなくなってしまった」
〈しゅん〉の顔が見たことないまでにくしゃりと歪む。泣き笑いのようなそれに、口を挟める者はいなかった。
隼「はじめの契約者は"旅人"じゃない。〈はる〉だ」
始「……」
隼「〈はる〉がいつもどってくるのかわからないから、あの子と契約するには覚悟がいるよって言ってるんだ。僕も本物の〈はる〉に会ったことはないしね。あと二人の入れ替わりを知っているのはたぶん僕だけ。
しかも今の〈はる〉の身体は、たびかさなる契約破棄の反動でボロボロだ。そこへこの騒ぎだよ。さっきあたらが言っていたように「もうそれほど」っていうのは、彼には時間が残ってないって意味だ」
葵「そんな!」
新「…」
隼「"旅人"は、頑張ったよ。僕が生まれるよりも前からずっと頑張ってた。その長すぎる歳月さえも乗り越えた精神力と、特別な〈はる〉の肉体のおかげで、今だ彼は生きてる。
だからこそ陽の力にも抵抗できたんだ」
普通の獄族は、ただ「陰の力」が力ある物質に宿っただけ。陰より生まれ、肉体がありながら、やがては陰に還るだけの存在だ。
しかし『第二世代』だけは違う。
第二世代は、器の代わりに《核》となるものがあって、それを中心に陰の力で肉体が構成されている。
〈はる〉の器を作る陰の力は濃く、混じりけがなく、純粋そのもので、陽の力には弱い。
しかしその肉体を維持してる彼の《核》は、陽でも陰の属性でもない。皮肉なことに〈はる〉は、"人の願い"という想い(力)が集まって生まれた存在だった。それが第二世代の特徴である。
隼「だけどね“それ”を持ち得ていない僕らには、その感覚はよくわわからない。願いっていうのか。それがどんな属性なのかとか、《核》がある感覚とかね。
ただ今もまだ〈はる〉の肉体がギリギリのとこで生きて、この状況が維持されているのは、その《核》のおかげなのは間違いがないだろうね」
隼「ああ、でも。僕ほどの力が強い獄族であれば、少量程度の陽の気なら気が狂うことはあっても、まだもつよ。ちょびっとだけど。
まぁ、 はじめ ほどの力の持ち主の血だと、さすがの僕もやばいけどね(苦笑)」
始「…春に入れられた量はその比じゃないと?」
隼「いっくんが言ってたでしょう。なにより陰陽のこどもたちが、あれほど汗をかいて、歯を食いしばって、こらえて、やっと動かせるだけの力。
――普通なら耐えられる量の供用範囲を超えてる」
始「核っていうのはなんだ?それがあると普通の獄族とどう違う?」
隼「一番は守護者が生まれるね。
たとえば僕の存在。僕は春の中にあるその《核》をまもるために生まれた。それが僕の“業”。
《核》があると、それを守護するための獄族が生まれたりするんだよねぇ。ね、それだけでも凄いでしょう」
葵「《核》、しかもそれを守護する獄族がいるってそうとうですよ」
新「うちの国にも第二世代はいたけど。なんか〈はる〉さんって存在は、少し規格外な気がする」
始「第二世代なんて、誰かいたか?」
葵「あ、ごめんなさい! はじめさん がたとえ“睦月” でも。俺たち言えないんです!そ、その、あの種族に関しては、掟というか制約というか、話しちゃいけないことになってて!だから彼らは一般の獄族に紛れてます」
新「っというわけで、きいてくれるな はじめさん。
たぶん春さんについて話せるのは、今は しゅんさん だけなんでー。
あとよろしく!」
葵「本当にすみません!!!」
これ以上の言及をさけるように、〈あおい〉がペコリと謝罪をし、そんな彼の腕を〈あらた〉が引っ張り、二人は脱兎のごとくその場を離れてしまう。
そんな二人をクスクスと笑って見送りながら〈しゅん〉は、不機嫌さを増した〈はじめ〉にウィンクをよこす。
それに〈はじめ〉の眉間のしわが、さらに増えた。
隼「おやおや、そんな顔をするもんじゃないよ、せっかくの綺麗な顔が台無しだ。
博識な一族には、一族ならではの掟があるもの。つまり、〈はる〉の種族はそれだけ厳格に、いろんな“もの”に守られてきた種だってことだけど。
でも、言い逃げとは、あの子たちも困ったものだねぇ」
始「おい。本当にあの〈はる〉ってのは何者なんだ?俺はどうしたら契約が結べる?」
隼「“はる”は――――」
ブチリブチリと、強いはずの根がちぎれる音が響く。
瞬間、“ひとだったもの”が動いた。
すべてを薙ぎ払い、うごめく肉塊と化した影が、意識を失っている春へとその醜くゆがんだ体をのばし…
始「はるっ!!!!」
太陽が昇り始めていた。
* * * * *
一匹のヒバリが
パタパタ翼を動かしながら 風をきる
お菓子のような甘い匂いをさせて
チョコレートでできた羽根をひろげ ヒバリは羽ばたく
導くように
水色の光の粒子を散らしながら
ピロリピロロと歌を歌いながら
周囲は暗闇だけ
しかし足元には淡く光輝く花が 道のように一つの線を描いている
花びらがふわりと 視界をよぎる
けれどそれはすぐに茶色く枯れて 塵になってしまう
振り返えれば 花は 道は もうどこにもない
この空間は光がささないからか
花は 道をつくるそのふちのほうから枯れていく
それでも花は まるで 街路灯のように
二人の行く先をしめすように
道となるべく
その鮮やかな色を 誇らしげに 咲き誇らせる
蝶の放つ光とそれを道しるべに
光輝く路を 走る
追いかける
走って走って…
まるで不思議の国のアリスのようではないかと笑いながら
『手を離すなよ!!』
「はいっ!」
紫の蝶が 黄緑の小鳥をつれて
走る はしる‥
世界を―――
とびこえた
* * * * *
一瞬のことだった。
“それ”は地面に根付き己の身体を貫いていた植物をひきちぎり、本能のままに望むものを手に入れようと動いた。
子供たちごと薙ぎ払い、人形のように動かない獲物めがけて“それ”が襲い掛かった。
始「はるっ!!!!」
一番最初に気づいたのは、〈はじめ〉だった。
突如、塊である“それ”の強い力で春からひきはがされた仲間たちは、何が起きたか理解できず一瞬の隙を作ってしまう。
彼らから距離をおいていた〈はじめ〉だけが、すべてを見ていた。
植物でがんじがらめにされていた“それ”が、突然動き、血の匂いに誘われてか、春にむかっていったのだ。
春の中の陰陽の力のバランスを取ろうとしていたこどもたちは、それに気づかず、邪魔だとばかりにふるわれた“それ”のしっぽのようなものでふりはらわれる。
そうして“それ”は春の身体をくわえると、再びその血の恩恵をうけボコボコと身体を変形させながら、ぐしゃりと肉をやぶって木の根っこのような足のようなものをはやした。
肉片だった“それ”は活性化し、吹き飛ばされた仲間たちが正気付くより先に、そのまま森へむかう。
隼「春の血をさらに吸収したか。陰の力が“アレ”をより活性化させている。おかげで、足?なのかな。木の根っこみたいのが生えてきてしまったね。
はじめ の国なら、あの研究を持ち帰ってもらうのもいいかなと思ったけど。“アレ”ごと国に持ち帰るとかどう?
それで?――君はどうするんだい。はじめ」
始「容赦はできない!」
隼「いいよ。むしろ跡形もなく消してしまっていいよ」
うごうごと肉片の塊となった“それ”は、変形を繰り返しながら、血と腐肉をまき散らし、地面に赤黒い跡を残しながら、春をつれて移動していく。
駈けだしたのは、〈はじめ〉ただひとり。
森の動物たちが、歪な存在に怯えて逃げ惑う。小鳥たちだけが飛びだってなお戻ってきては、春を心配するようにピロロと〈はじめ〉に声をかけていく。
しかしおいかけていくうちに、森の空が明るくなっていくことに気づき、〈はじめ〉は激しく舌打ちをする。
春は契約をしていない獄族だ。さらに先の〈しゅん〉の言葉どうりであるなら、春はほかの獄族よりはるかに太陽の力に弱いということになる。
このままでは太陽が昇り切ってしまう。そうなると春の命が危ない。
〈はじめ〉は化け物を追う足を速めた。
ホー ホケキョ ケキョ
ホケキョ
ピーピー ピ−チュク ピュ
黄緑の小鳥が鳴く、それにこたえるように茶色の小鳥が声をあげる。
それに誘導されるように、化け物の這っていった跡がのこっている。
赤く鮮やかな血は、春ののものだろう。キラキラと黒い光になっていく。
ふいにチョコレートのような甘い匂いが、風にのって流れてくる。
なんでチョコレート?と首を傾げつつ顔をあげれば、茶色の小鳥が、パタパタと羽ばたきをしており、小鳥は〈はじめ〉と目が合うと微笑むように目を細め、パシャンとチョコレートになって消えてしまう。
鳥が消えた場所からは、〈あおい〉が手を切ったのと同じ式符がヒラリとおちる。
始「‥いまのは、あおい の式?」
おちてきた術符を拾い、〈はじめ〉は、再び駆け出す。
―――こ っ ち だ よ――
森の中を走っていれば、〈はじめ〉の耳に風が柔らかい声をのせて届く。
それに笑みが浮かぶ。
始「ああ、そうか」
“待っていた”のは、春ではなく――“おまえ”だな。
こたえるように風が笑った気がした。
鳥や風の導きに従えば、化け物の残した跡は違う山道にそれてしまったが、かまわずつきすすむ。
まるで植物が〈はじめ〉をよけるように、〈はじめ〉の歩みを阻むものはない。
〈はじめ〉が辿り着いたのは、森の終わり。
なぜこんなところにと周囲を見渡せば、斜め上に崖がセリたっていて、森のざわめきが頭上から響いている。
始「先回りしたのか」
そこでふと視界に眩しいものが目に留まりハッと振り返れば、すでに太陽はのぼりはじめていた。
それに焦りを覚え上を見やれば、森の木々をたおし、動物たちが逃げ出す“それ”が森を飛び出して現れた。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
もはや人の言葉では表せない声をあげて、“それ”は太陽の光に照らされる。
光は“それ”の肉を焼き、陰への還元ではなく、完全に焼ききろうとするように強さを増していく。
じゅぅじゅぅと煙を放って、“それ”の体からどす黒い煙が沸き立つ。
自然こそが何にもまさる。
それほどまでに太陽光の放つ威力はすさまじい。
相反する力で打ち消していくそれには、どれほどの再生力もかなわない。
化け物は太陽から逃げるように体をうねらせ、太陽から身体を守ろうと突如暴れだした。
春の身体をおもわず放り投げるように手放し、その身体が崖から突き落とされる。
下にいた〈はじめ〉はとっさに手を伸ばして、その身体をうけとめようとするが、その場では手が届かず、体勢を崩した〈はじめ〉もまた崖へと身を投じた。
春へとのびた太陽の光によって、体のあちこちから黒い粒子があふれだしている。
〈はじめ〉は空中でうけとめた春の身体をしっかりと抱き締め、これ以上光が当たらないように、その身体をこれ以上一粒のかけらさえ失わせないようにと、強く強く抱きしめる。
そのまま自分が下敷きになるようにむきをかえ、衝撃に耐えるように目をきつくとじる。
――よくやった!
パチンと、すべてが弾けた。
始『“花”ぁーーーーーーーーーーーーー!!!!!』
春の身体を抱えていた〈はじめ〉が、突如カッ!と目を見開き、腕の中にとじこめていた人物の頭を鷲塚んで空中であることもかまわず大きく揺さぶった。
“名”を呼ばれ、それにひきずられ、無理やり春の目がひらく。
パチリ。
濁った緑が、正面にあるものを探すように、瞬きを繰り返す。
花『だぁ、れ?』
始『みえてないのか?まぁ、いい。迎えに来た』
花『え?…あ‥君は、“君”なの?』
始『始だ。帰ったら存分に呼べよ』
名前の呼べないままの春に、始は激しく舌打ちした後、春の肌を覆う痛々しい痣をそっとなで、己の名を名乗る。
それに春は目を見開いた後、嬉しそうに頷き、自分の頬を撫でる始の手を左手でそっとつかむ。
始『迎えに来た!あっちで〈はる〉がお前の分の穴埋めしてる。だから』
始『とっとと帰るぞ《花》!』
始が《花》の手を握り返す。
春のひとつしかない手が、それでもはなすまいと強く握り返す。
再び名を呼ばれた《花》の目から、ボロリと大きな涙があふれ出た。
待ってた。ずっと待ってたよ。
こつんと額と額を合わせれば、巨大な力がうねりをあげるのを《花》は感じた。
それに意識すればあたたかい風が動く。
そっと背を押されるように、下から吹き上げる風が二人を支えるように落下速度が遅くなる。
業による負荷のせいで、その目はもうあいまいな色しか映さない。
けれど《花》は、目の前の相手に泣きながら嬉しそうにだきつき、くすぐったそうにその温もりに笑みを返す。
花『《字》ってこういうときぐらい呼んでよ!ばぁーか!!!』
始『よべれたらよんでるわ!!このぼけアホ毛!!』
二人で猫のように頬をすりよせ、笑えば、紫と黄緑の瞳がばちりと合う。
そのまま微笑み、目を合わせ――
『『契約だ』』
瞬間パン!とまるで数珠がはじけ飛ぶような音がし、〈はる〉の身体がふわりと光につつまれる。
体の動きを鈍くさせていた赤黒い数珠の模様が身体から消えて、すべてのしがらみから解放されたように軽くなる。
身体を覆っていた痣は、ほんとうにうっすらと痕を残しただけで、久しぶりの肌の色があらわになる。
陽の力でついた傷も一瞬で消え、痛いと思っていた光が肌の細胞を壊すことなくやさしく照り返す。
花『ちゃんと傷は治して返さなきゃね』
始『お前にしては、よくできたんじゃないか』
花『腕と目はちょっとだめっぽいけど、まぁ上出来ってことで』
視線を合わせれば、始がわらってる。
《花》もそれに笑い返す。
花『“オレの翅を返して”――始』
始『“一緒に帰るぞ”、花』
願いを告げたとたん、意識が白く塗りつぶされる。
温かく懐かしいなにかが体中をめぐる感覚に《花》はホッと息をつき、そうして目を閉じた。
* * * * *
引っ張られる感覚に身を任せるように目を閉じた。
光の中を落ちていく感覚がして、『ごめんね』『ばいばい』『ありがとう』――そんなもうひとりの“オレ”の声が聞こえた気がした。
目をひらけば、なつかしいほどの冷気が身体を撫でる。
温かい光よりもドンヨリとした空の面が多い。そして一面を覆う消えることのない雪景色。
〈はる〉が目をひらけば、ふわふわと自分たちは淡い光につつまれていて、それのせいか、宙に〈はじめ〉と二人で浮いている。
正確には落下している最中なのだろうが、その速度が異常に遅い。
空中じゃぁ、どうすることもできず、そのままでいれば、すぐ横にいた青年が手を伸ばしてくる。
始「ようやく、会えたな」
その“はじめてみる”やさしい紫に笑い返す。
目の視力はいつ悪くなったのか。若干視界が滲んで見えるも、生活を送る上では問題なさそうだ。
しかし右手の感覚がないことから、入れ替わっていた間にもう一人の自分は相当にやらかしてくれたらしいと〈はる〉は苦笑する。
痛みがないのでよしとする。
しょうがないから存在している左手だけを相手にのばせば、浮いたままだった身体をひきよせられだきしめられる。
徐々に消えかけていた光がそれとほぼ同時に消え、落下速度が戻ってくる。それにぎょっとするものの、〈はじめ〉がビシリと一枚の札を正面にたたきつけるようになげれば、なぜか甘い香りのする札は、書かれていた文字が紫の光を放ち、札そのものがやがて大きな蝶へと姿を変えた。
紫の粒子を放ちながら巨大な蝶はそのまま背に二人をのせると、バサリバサリと大きな羽根を揺らして、宙を優雅に飛ぶ。
「二人も乗って重くない?」と〈はる〉がきけば、「体重がない」といわれて、そういえば獄族とは食料など必要としないものだったと思い出す。
始「そもそも式に重量制限はない。きにするな」
春「へぇ。これが人間の使う“しき”だったんだね。すごいね君」
〈はる〉が足元の式をほめれば、〈はじめ〉はムッとしたような顔をしたあと、「俺を褒めろ」と口をとがらせてつぶやいたため、〈はる〉はおかしそうに笑い声をあげた。
しばしの空中散歩をおえれば、式はふたりを地面におろしてくれる。
始「“おかえり”と言うべきか?」
春「“はじめまして”じゃない?」
始「それもそうか」
地面に足をつき、二人むかいあえば、〈はる〉の方が〈はじめ〉より若干身長が高く、それに気づいた〈はじめ〉が少しうらやましげに風に揺れる〈はる〉のアホ毛をにらみつけている。
どこみてるのと〈はる〉は笑い、その目を合わせるように、〈はじめ〉の目に自分が写り込むようにのぞき込む。
カチリと視線が合うと満足そうに〈はる〉は頷き、嬉しそうに目を細める。
そのまま口元を大きめの袖で隠しながら、クスクスとくすぐったそうにはにかむように微笑んだ。
その笑顔があまりに柔らかく、あたたかい日差しのようで、〈はじめ〉は一瞬おどろくも、つられるように口端を持ち上げた。
春「それでは、改めて。
はじめまして。
ふふ、おかしいね。本当に“あっち”の彼が言ったとおりだ。こっちにも睦月君がいる」
始「ああ。俺がお前の契約者の“睦月はじめ”だ」
春「おかしいの。目を閉じて開けたら、しらないひとが契約者宣言してるんだけど。ふふ。ねぇ、オレはどうしたらいいかな?」
始「安心しろ。俺とお前の力は拮抗しているのは、別の俺たちで保証済みだ」
春「ん〜契約もなにも初対面だよ?いいの?オレなんかで。おれは“花”とはちがうよ。君と会うの、はじめてだよ?」
始「いいんだよ。“あっち”には、もうふられてる。…っで、返事は?」
わかっているとばかりに不敵に笑ってる彼におかしくなるけど、きちんと自分の望みをこたえなければフェアじゃない。
なにより〈はる〉には、目の前の彼こそが必要だった。
長い長い間をたったひとりで生き続け、もう生さえいやけがさしていた自分にとっての――光。
それが目の前の存在だった。
意を決して、〈はる〉も名乗りあげる。
春「はる。オレは獄族の“はる”。はじめましてオレの契約者さん」
手と手を握り合う。
もう二度と契約が失敗することがないように。
きちんと契約が成功するように。
もう彼の身体に負担がいかないように願って。
額と額をくっつけ、祈るように二人が目を閉じる。
魂の波長を合わせるように、意識を深く深くおとし、感覚を研ぎ澄ませる。
どこか神経とは別のもっと奥深く。
繋がった。
そんな感覚に、不安を隠すように二人はさらにきつく目を閉じ、握っていた手にも力が加わる。
繋がった感覚を手繰り寄せるように――
「「契約を―」」
春「オレの願いはひとつ。“オレをひとりにしないで”」
始「なら、俺は――“お前とこの先も手を取って共に生きたい”」
春「ふふ、手がないと無理なお願いだけど」
始「想定内だ」
始「あっちの俺に『願え!』といわれたよ。
こちらの契約は、願いの力だ。願いの力は陰の力。
そして獄族は基本、陰の力より生まれる。
ならば、願いに込められた思いが強ければ、失った手をはやすというそんな無謀な願いも契約によって発生する巨大な力が叶えてくれる。っと、まぁ、向こうの俺がほざいていたが、信じてみるものだな」
くいっと引っ張られる感覚に、怖くて開けなかった目を開けば
春「わぁ〜おどろいた〜」
始「ああ、こうしてお前の手をとる日が来るとは思わなかった」
そこには陽で消えたはずの、〈はる〉の右腕がしっかりと指先まで存在していた。
掲げてみても消えることもない。
さっきまでなかった感覚が、“あるとき”とかわらずもどってくる。
意識して指を曲げれば、思いどうりに指は動き、そっと〈はじめ〉に握られたそれを握り返すことができた。
春「ありがとう睦月君。オレのために願ってくれて」
始「はじめ」
春「ん?」
始「名前で呼べ」
春「んんん?ん?」
拗ねたような表情を見せるなんて、向こうの彼と違ってかわいいなぁ〜なんて和みながら、右手の感覚を堪能していた〈はる〉は、〈はじめ〉の言葉に首をかしげる。
始「はじめ」
春「え」
始「名前で呼べ」
春「え?えーっと、オレ、さっきから呼んでるよね?睦月くんって」
始「それは名前じゃない」
春「へ?」
始「…まさか、お前」
始「“睦月はじめ”で一つの名前だと思ってないか?」
春「え!?ち、ちがうの?長いなぁーとおもって、きれがよさそうなところでわけてたんだけど…‥えぇぇ!?う、うそ…だって“オレが生まれた時いた人間”には、名前が二つもあるひとなんていなかったし。えっと…その…え?えええええぇぇー!?ど、どうしよう!?“向こう”の彼らも後ろの方の名前でばかり呼びあってた気がする!?変な区切り方だなぁとは思ってたけど。もしかして“むこう”のみんなのこと、オレずっと名前じゃないほうで呼んでたかも!?」
始「……」
〈はじめ〉に言われて初めて気づいたとばかりに、〈はる〉はあわてふためき、申し訳ないことをしたとオロオロしはじめる。
そんな〈はる〉に呆れたような視線を向けた〈はじめ〉だったが、ふと何かをおもいついたような表情を浮かべ、ニヤリと意味深な笑みを浮かべた。
始「つまり俺は、お前のはじめてってわけだな」
凄く満足そうな〈はじめ〉に、〈はる〉は不思議そうに「それがどうしたの?」とキョトンと首をかしげる。
出会ったのも今日がはじめて。
契約するのもはじめて。
この世界で太陽の下に出れたのもはじめて。
名前が二つあるのを知ったのもはじめて。
はじめてづくしで、〈はる〉には彼の意味するところがわからない。
それでいいと〈はじめ〉は楽し気に、もう一度「名前で呼べ」と告げる。
春「じゃぁ、失礼して―――ねぇ、はじめ」
始「なんだ はる?」
春「ふふ、なんだかくすぐったいね」
春とは違う穏やかで明るい〈はる〉の声に、〈はじめ〉は嬉しそうに耳をすませば…
ぐぅぅぅぅ〜
小さな音だが、けれど大きな主張の音が響いた。
始「…獄族は腹は減らないんじゃないのか」
春「あ、えっと。ほら、オレ“向こう”で、食育とかいうのうけさせられてて。そ、それに“花”さんが無茶したみたいでけっこうエネルギーがたりてないというか。その…えへ」
始「しかたない、美味いものつくってやる」
春「わ!?本当!?やったー!」
とびはねて喜ぶ〈はる〉に、〈はじめ〉はその手を差し出した。
伸ばされた左手をみて、〈はる〉は嬉しそうにふわりと微笑んで、その手を右手で握り返す。
始「いくぞ、はる」
春「うん!」
契約の証として〈はじめ〉から札をうけとれば、体の中から何かがあふれ出て、気づけばキュイキュイと鳴く笹熊が二匹そばによりそっていた。
互いの笹熊を肩にのせ、そのもふもふした肌触りに思わず笑みを漏らす。
バランスが悪いのか、すぐに肩から転げ落ちそうになる〈はる〉の笹熊。〈はじめ〉はその笹熊を手でおさえつけつつ、太陽の光を心から嬉しそうに見て楽しげに笑う〈はる〉の手を握る。
右手で笹熊を。左手で〈はる〉を。
獄族と契約を結ぶのが当たり前の家で、反抗心から誰が獄族と契約など結ぶものかと逆らっていた〈はじめ〉だが、いざ〈はる〉と契約を結べば、こいつとこうなりたかったのだと、改めて思えて。この空間が彼の名前の通り春の陽気のようにあたたかく思える。
春「はじめ は、しゅん からきいた‥かな?」
手を引かれるままに歩いていた〈はる〉は、ふと思い出したように〈はじめ〉に声をかけた。
始「なにをだ?あいつ、俺を対だとか、愛がどうとか…もうウルサイぐらいやかましかったぞ…で?どの話だ」
春「あはは。うん。でも“むつきはじめ”という存在は、“しもつきしゅん”の対であるのは間違いないからね。あっちの世界でもそうだったよ。
ちがくて」
始「うん?」
春「オレのこと」
始「核がどうのとは聞いたな」
春「オレはね“記憶を継いだ”獄族なんだよ」
歩みはとめず、視線だけで振り返れば、困ったような表情をした〈はる〉がいた。
握られた〈はる〉の手に、ぎゅっと力がこもる。
始「第二世代だってな」
春「そう。オレには《核》があるから、やらなきゃいけないことがあるんだ」
始「…きいてもいいことなのか?」
春「きいて、ほしいな。
そうじゃないと、オレとちゃんと契約できないよ?」
始「笹熊という証拠まであるのにか?」
春「でもこの子たちは契約を破棄した時点ですぐ消える」
始「しゅん が、お前と契約するには覚悟が必要だとも言っていたな」
正解だったのだろう。
〈はる〉はうつむき、言葉はなく、ただ握られた手の握力が強まった。
始「契約の願い通り、俺はこの手を離すつもりはない。言え はる」
春「…オレは栄華を極めた人間の社会を知っている。一日の半分は太陽の降り注ぐ時代も。陰の力を取り込みすぎた人の末路も。…世界が滅びた瞬間も――その記憶がある。
正確にはそのどれも実際にオレが見たわけじゃない。記憶を引き継いで生まれただけ。
実際には太陽も人間なんてものもみたことはなかった。けれど、オレ達《核》を持って生まれた獄族は、みんなそれらを“してった”」
春「オレの名前は“春”。あの日、世界が滅び四季の失われた世界で、あたたかい春を望んだ“人間だったものたち”の、嘆きと願いがオレを作った」
始「核というのは、“願い”だってきいたが、本当に願いなんだな」
春「そう。多すぎた“陰”が固まってそこに自我が宿ったのではなく、“願い”から生まれた種族。それがオレ。
オレは、世界が陰の力でおおわれた直後に生まれた存在、第二世代。
第一世代は、世界を滅ぼした罰を受けて不死となった人間――はじまりの獄族は彼らのことだよ。
その彼らが、狂いながらも“願った”。その願いを叶えるために第二世代は生まれた。
第一世代はもともとは人間だから、光を知っている。だから望むのもしかたないんだけど。
第二世代のオレたちは、願い――つまり人間たちの「かえりたい(もどりたい)」という想いが核になっている。
帰りたいって言葉にはいろいろあってね、人間だったころに戻りたい。あの繁栄の日々にもどりたい。陰に還りたいとか、いろいろ。
つまり春を望むってのも、むかしあった春という季節があったころに戻りたいってこと。
そういう風に願いの根幹にあるのが、「かえりたい」という言葉。
そのせいで、オレたち第二世代は光を誰よりも望むんだ。
引き継いだ記憶のせいで、光を望む。その本能のせいで、オレ達第二世代は生まれて一番最初に絶望を覚える。
だって目を開ける寸前までは、記憶にあるとおりのきらびやかで温かい世界が広がっていると思っているんだ。だけどね、目を開けるとそんなものどこにもないんだ。
生まれた世界は、“持って生まれた記憶”と同じものなど何一つない。
あるのは暗闇だけ。空もみえず、大気も陰の力にあふれて真っ暗で。暗闇だけが世界を覆っている。
どれだけ歩いても。光も生き物もいない。そんな世界。いるのは光を求めて嘆く人だった者たちだけ。そんな光景を見て絶望しないやつはいない。
第二世代が生まれた時代には、もう太陽はないんだ。地上の栄華はどこにもなくなっている。なんとか「滅びの日」を生きぬいた人々はあまたの動植物をひきつれ地下へもぐってしまったあと。
地上には、荒れ果てた荒野しかない。
それが現実。
現実が目の前にあるというのに、オレたち第二世代はそれが信じられなかったんだ。
だって“記憶”の中の人々は、太陽の下を歩けたはず。世界はこんなに暗くはなかった。――と。見たこともない、けれど引き継いだ記憶はたしかにそう訴える。
第二世代は「滅びの日」の前の世界を知っている――だからオレの種族は光を望み。望みに望みすぎて、そのせいでみんな気が狂って死んでしまった。
残ってるのはもうオレだけ。
オレは《核》をもって生まれたからには、彼らの“願い”を叶えなきゃいけない。世界に春を取り戻すまで死ねない。死ぬわけにはいかない」
そんなオレと一緒にいれますか?
握った手から微かな震えが伝わってくる。
〈はじめ〉はもう一度、先刻した契約の内容を思い出し、〈はる〉の手を握り返す。
手を離さないと誓った。
春「…花さんと最初に入れ替わるとき、オレ自身の情報をいっさい花さんにあげなかったんだ。オレ自身もなにがおきたかわかってなかったからね、しかたないんだけど。
なのに花さんは、どこかでわかってたみたい。“この体が死ぬのはダメ”だってこと。
ふふ、そういうとこ花さんってこわいよね」
春「さっきもどるとき、花さんがこの世界で生きてたぶんの記憶も感覚も全部引き継いだ。
地上に太陽が戻ったときオレに知識をくれた第一世代のひとが太陽で焼かれ死んだ。そのあとひとりになった。それからたくさん時間が流れて、地上にまた生き物と人が戻ってきたころ、世界を旅した。それでも同族はいなくて――あまりの淋しさに気がくるってたんだろうね。オレは魂の入れ替わりをしてしまった。そのあとに、まるでオレや花さんの嘆きが神様に届いたように、第三世代が生まれた。
同胞がいなくなった世界で、つぎにうまれ彼ら、オレとは違い「滅びの日」の前の記憶持たない純粋な陰の塊のこどもたち。
ただし彼らは一つの役目を背負っていた。第二世代の守護だ。第二世代の子が、心を壊しこれ以上数を減らさないようにっていう、世界からの祝福だったみたい。オレが知っている第三世代は、しゅんだけだよ。でも彼にも重い物を世話してしまったなぁってちょっと思ってる」
始「安心しろ。しゅんは望んでその職務を全うしている。ところで、お前の核だっていうその第一世代の"願い"ってのはまだ有効なのか?」
春「うん。だってそれがオレの業。オレの生きる意味」
始「願ったやつは生きてないんじゃないのか?」
春「でも、みんな太陽をみたいよね?世界に両儀をもどしてほしいよね?オレもね――はじめ にあっちの世界みたいにあったかくて、明るい世界をみせたい」
始「お前が言うなら、俺もみたいもんだな」
春「なら…」
始「だが」
始「見るなら、二人一緒でだ」
足を止めた〈はじめ〉が振り返るなり、そのまま〈はる〉を正面からぎゅうっと抱き締める。
あちらの世界の始はここまで積極的にかかわってくることはなかった。
この生まれた世界では、ひとりぼっち。周りだけが死んでいくなか、生き続けた。
人と暮らすことなくすごし、生きる意味を見いだせずこもりがちだった。
だから〈はる〉には、わからない。
ぎゅうとだきつかれてもそれへの返し方をしらない〈はる〉は、ただ不思議そうにされるがままだ。
背を撫でることも抱き締め返すということもしらない。
それでも「人肌って温いな〜」と、その温もりに顔が緩むのをとめらない。
始「お前は俺と生きるんだよ」
キョトンとした〈はる〉は、再度耳元で繰り返された言葉に、よくやく言葉の意味を理解するなり、くすぐったそうに、嬉しそうに微笑んだ。
春「ふふ。ほんとに はじめ ったら。もう、やになっちゃうなぁ。どこの世界の はじめ も、どうしてこう、できそうもないことを「できる」って言いきれるのかなぁ」
始「できるからには、やるんだよ」
春「じゃぁ、オレがなんであっても、オレのせいでなにかあっても――手放さないでね」
始「当然だ」
目を合わせれば、すぐにお互いの目が微笑みを描く。
自然と額と額をくっつけ合わせれば、先程の契約の時と同じような双方の温かな力の波長を感じれる。
笹熊たちもその穏やかで同じリズムを刻むそれに気づいたのか、嬉しそうに歌うようにキュイキュイ騒ぎ出す。
陽「ゲロ甘い」
なかなか戻ってこない二人を探しに来た仲間たちが、額をくっつけ、何かささやきあいなんだか幸せそうに笑っている〈はる〉と〈はじめ〉をみて、〈よう〉が砂を吐き。感受性豊かな若者は顔を赤くしている。
〈しゅん〉に軽々と背負われている〈かい〉が、苦笑を浮かべ、異国コンビは「やはりお赤飯だ」と騒いでいる。
隼「んんん!?おやぁ〜なんだか春の雰囲気が違うねぇ。ああ!その笑顔イイっ!!最高!!僕の主の笑顔を引き出した時点でもう最高!はっじめー!!!ついに我が花を手中に収めてくれたね!!いいねぇ!いいねぇ!そんな はじめ の笑顔始めてみるよ?整った はじめ の顔。煌めく笑顔!許す!許すよ!!今の はじめ なら、僕は全力でオセキハンとやらをつくるのに協力しようじゃないか!ところでオセキハンっていうのはなんだい?」
海「お前はやめとけ。また鍋が爆発したらこまる」
隼「なるほど。オセキハンというのは食べ物なんだね!」
陽「っというか しゅん は、春さんの笑顔に浮かれてんの?それとも はじめさん の笑顔に浮かれてんの?どっちだよ?」
隼「そんなの両方に決まってるじゃないか!!!もう はじめ 最高!!」
〈はじめ〉を褒めちぎり、〈はる〉をたたえまくり。ハイテンションの〈しゅん〉は、傍にいた〈よう〉に〈かい〉をたくすと、勢いよくかけていき、そのまま「心配したんだよ!!!」と〈はる〉にだきつき頬釣りをする。
もう大丈夫だよ。そう微笑む〈はる〉の顔に残る若干の痣の跡に顔をしかめるものの、〈しゅん〉は〈はる〉の両腕を取り、歓喜したようにその白い手をにぎりしめる。
隼「ああ、春の白い肌!!もう何十年ぶりだろう!!業から解放されたんだね!!」
春「ふふ。しゅん はあいからずテンション高いねぇ」
ふわりと弧を描き、キラキラと優しい光ののる淡い色の瞳を見て、〈しゅん〉は違和感を覚えるが、胸の中でなにかがピタリとはまったきがして、逆にスッキリした気分で、〈はる〉の手をはなし、〈はじめ〉に手渡す。
そのまま二人をみつめて、これが正解の形だと満足げに頷く。
隼「なるほどなるほど、君は春‥だけどちょっと違うかな?」
春「はじめまして」
始「ただいまの間違いだろ」
春「それでいいの?」
隼「そのやりとり。ふむ。どうやら はじめ は“理解”しているようだね。それならいいんだよ。僕は君たちが二人が納得しているならそれでいいんだ。
それで、〈はる〉。僕へは言ってくれないのかい?」
春「えっと、じゃぁ‥ただいま。ただいま しゅん」
隼「では、僕も。“おかえり”」
隼「ふふ。どうやら随分と長い間でかけていたようだけど、我が花は我が花にかわらず。
ああ、土産話とかはいいよ。君と はじめ が今笑っていられる。それだけで僕の胸はいっぱいでね。詳しくはきかないでおくよ。
さて、我が主。僕は君のことは〈はる〉ってよぶけど、それでいいかな?」
春「うん。そう呼んで」
隼「りょーかい!」
この話はここでおしまいと〈しゅん〉がパンと手をたたけば、それを合図にあまりに〈しゅん〉のハイテンション具合に近寄ることができなかった仲間たちが駆け寄ってくる。
「はじめさぁ〜ん」と言って、〈あおい〉と〈あらた〉がかけてきたところで、〈はじめ〉はふと〈はる〉の今後の行き先に思案する。
チラリと〈かい〉をみれば、〈しゅん〉に飛びつかれている最中で…。
あの二人は〈かい〉の家に住んでいるわけで。
〈あらた〉をみれば、「お赤飯ですよ」と真顔で告げてくる。
彼、〈あらた〉は“春の子”のひとりだが、独立して〈あおい〉のいる国に居を構えている。
〈はる〉は――
春「どうしたの?」
始「いや、契約したからには国に連れて帰るものだとばかりおもってたが…はる は、どうしたい?」
春「?」
葵「はるさん!どうか一緒にきてください!!はじめさん は国でもとぉっても大事な大事な家の跡継ぎで!」
始「おい、あおい‥」
葵「でも!でも!!せっかく契約したし!ここまでくるの結構とおいいんです!それに」
始「まだあるのか」
葵「はじめさん がいないと、国が権力争いでかたむちゃいます!」
新「…いや、たしかに“睦月の家”は、うん。あれだけど…(遠い目)」
必死になってうったえる〈あおい〉に、何を思い出したのか、〈あらた〉と〈はじめ〉がなんだか遠い目をしている。
もう一度お願いします!と言われた〈はる〉は、彼らの様子を見てただ不思議そうに首をかしげている。
春「権力争いは、君の国の事情しらないからいまいちよくわからないけど。オレ、べつに人間と違って家とかもってないし。どこにでもいけるけど?」
もとからついていく気満々だったんだけど…
あれ?だめだった?
その瞬間、〈よう〉が泣いた。
お前は嫁を出す父親かと、〈かい〉が笑う。
〈しゅん〉が歓声を上げた。
〈るい〉と〈いく〉が、「引っ越し先に道を繋げないと」話し合いをはじめた。
〈あおい〉が虚をつかれたような顔で固まった。
駆「うん。それが普通だよねぇ〜。ほら、俺たち獄族だし。もともと家とかないしーおなかすかないし」
春「あ!きいてよ かける!オレね、さっきはじめてお腹がぐーってなったよ!」
駆「おお!ついに はるさん も食事の幸せを知るときが!」
恋「え?はるさん お腹すいてるんですか?ど、どうしよう。かけるさん が全部食べちゃって。よ、よるさん!!」
夜「えぇ!?ごめん。もう鞄の中空っぽで」
春「はじめ がごはんつくってくれるって!ふふ、たのしみだなぁ。ねぇ よる は、ちょこれーとつくれる?フォンダンショコラっていうのをおしえてほしいんだけど」
騒がしい周囲そっちのけで、ほのぼのである。
彼が、〈はる〉であろうが春であろうが、なにもかわりはしない。
しかしご飯について語っていた〈はる〉がピタリと動きを止める。
不安そうに〈はじめ〉をみて、困ったように助けを求めるように〈しゅん〉をみて、ヒョコリと一歩後ろに下がる。
袖で隠れた両手で口を隠しながら、モゴモゴと何か言っては、泣きそうな目で周囲を見回している。
隼「それじゃぁ、聞こえないよ はる」
春「あ、あの…でも。オレを連れてくと、今回みたいな…その‥研究者とかに狙われたり。その、あの…国に戦持ち込むことになるかもしれないから‥やっぱりオレは」
行かないほうがいいよね。
そこまで言う前に、眉間にしわを増やした〈はじめ〉から真顔のチョップが、〈はる〉のアホ毛を直撃した。
春「いたい!」
始「このアホ毛をぬけばその変な思考も一緒に抜けるか?」
春「人参じゃないから抜けないよぉ〜。というかやめて!ひっぱらないでいたたた。で、でも‥その、やっぱりオレ、傍にいるとだめだよね。オレがついていくと絶対悪いことが起きる。迷惑かけたくない。やっぱりついていかないほうがいい!!…‥あ、でもどうしよう。オレ、はじめ と離れたくない」
始「グダグダ言わずお前はついてこい」
新「ひゅ〜そういうとこかっこいいですぜ。どっかのオウサマミタイー」
駆「なー あらた。はじめさん って何者?王様?」
新「はじめさんは はじめさんという王様 だな」
海「というか、なんちゅうか、“はる がいると何か起こる”って言うが、もう契約もなったし、太陽の下を動けるんだから、ほかの獄族に紛れちまえばわからなくないか?」
駆「そうそう。俺らが口を開かなきゃばれませんよ!」
彼らの言葉はもっともだ。
〈はる〉は言うべきかと、視線で〈しゅん〉に問えば、言ってしまえと笑顔がかえってくる。
この際、ここまで協力してもらったのだから、全員巻き込んでしまえというのが、〈しゅん〉と〈はじめ〉の総意だ。
葵「安心してください はるさん。俺達、あなたを助けると会議できめたとき、もう巻き込まれる覚悟はできていました」
夜「それもそうだね。ここに来る前に しゅんさん にちゃんときかれましたしね」
恋「そうそう。契約者つながりとはいえ、巻き込まれる覚悟でちゃんと来ましたよ!だから話してください」
郁「たしかに。全容がわからないままだとちょっと気になりますよね」
海「だな。ここまできたんだ。全部すっきりさせちまおうぜ」
葵「しっかりした答え合わせがしたいです。曖昧なまま、明確な答えが出ないのはむずがゆいです」
夜「まぁ、話すことで。できる対策ってあるからね」
陽「そうそう。どんな はるさん だって、かまわないし。つか、もう俺、長いこと春さんの世話してたし、そんじょそこらのことじゃぁ、俺の度肝はぬけないから安心してくださいよ」
夜「はは、たしかにねぇ。たとえ春さんが動けないのに、片腕でアクロバティックしようが…ええ、もう俺たちには何も驚くことがありませんよ はるさん(´v`)」
新「お、おう‥よう と よるさん はなにをみてきたんだ」
陽夜「「いろいろと?」」
これを言ってしまえば、もう“しらなかった”ではすまない。
なにより教えることで、自分を見る目が変わるかもしれない。恐ろしくなって、傍から離れてしまうかもしれない。
それが〈はる〉の口を閉ざさせていた。
しかし向こうの世界の彼らと同じまっすぐな目を向けられ、〈はる〉に口を閉じているという選択肢はなくなった。
逆に知っておいてもらいたいという想いがうまれ、彼の口を軽くさせる。
ただ、もう一度だけ、自分の中で確認するように、大きく深呼吸をし、自分へ向けられるあたたかい視線を見回し、決意を決める。
春「オレは、両儀を壊した人間によって生まれた。君たちとは発生源が違う獄族…です」
駆「あ、発生源違うのも〈はる〉さんの種が俺たちと違うのも本能で知ってました」
陽「それなー」
新「そういえば知ってた」
隼「うんうん。直感イコール本能だから従うべきだよね」
涙「一目でわかったよ」
春「!?」
始「違うから、今回の獄族狩りにあったんだろうが」
春「あ、そ、そういえば…そうだったね。なんかごめん。もう恥ずかしすぎる!」
郁「まぁまぁ」
夜「それはそうと、両義壊したのって人間のせいだったんですね。そっちがビックリです」
春「気にするのそっち!?」
恋「たしかに。それ気になる!」
駆「同じく!」
新「まぁ、獄族でも人間でも、そんな歴史は引き継がれてないしなぁ。人類の汚点は隠したか?」
隼「僕は知っていたよ」
始「お前は本能からくる警告から推測しただけって言ってただろうが」
洋「いまのところ、なんで世界が崩壊して、獄族が生まれたかー。なんて、直接知ってるやつ生きてないだろ」
春「オレはその現場にいたけどね」
「「「「「生き証人ここにいた!!!」」」」」
夜「はるさんが特別で、はるさんの種族がどうかは、はるさんを普通の獄族の中に隠せば問題ない!ってことで、おいといて。この際、はるさんが知っている歴史をぜひ教えてください!」
春「歴史?」
夜「はい!俺たちが語り継いでないようなことが多そうなんで、真実が知りたいです」
春「なるほどねぇ。簡単に説明すると、ええーと。世界は一度滅びてる」
恋「は?」
夜「え?」
海「まじか」
陽「簡単すぎる!あと衝撃すぎる!!!」
駆「い、いつのまに世界が滅んでいたんですかぁ!?」
春「あれ?これもしらなかった?
記録も言伝も何も残らなかったってことは、あの瞬間どんだけ世界は衰退したんだろう。オレのほうがびっくりだよ。
そうだね、じゃぁ、まずは、人類が滅んだ日を便宜上"崩壊の日"と呼ぶよ。
大昔には化学っていう魔法じみた不思議な力を使う文明が存在していてね。あ、オレはその頃には生まれていないよ。あと"崩壊の日"より前の時代のことは、人々は"栄華の日々"って呼んでたね。
本当にきらびやかな時代だった。だけどその科学技術に"陰の力"をつかってたんだ。使いすぎた結果、陰の力が、黒い滝のように地上に降り注いで両義が壊れちゃったんだよ。そして陰の力が降り注いだ日、人類は文明とともに滅び、世界は崩壊した。これにより地上には闇が多い、生き物の住めない世界へとなった。
ちなみに、そのときの黒い雨にさらされ変異した人間が、最初の獄族だよ。
なんで獄族かっていうと、地上に地獄を運んだ種族だから。って、当時の人たちは言ってたかな」
陽「皮肉が利きすぎる」
海「ほー、獄族の起源が人間だったとは…」
涙「獄族の名前の由来初めて知った」
隼「さすがの僕も由来があったなんて、初耳だねぇ(苦笑)」
春「本当に皮肉だよね。
っで、"崩壊の日"のその日に、爆心地にあった陰の力がかたまってぽこんと生まれちゃったのがオレね。
そこからは大変で、太陽が出なくなって、世界は暗闇に覆われた。でもしばらくしたらさ、太陽は戻ってきたんだよね。ただ、あまりに突然太陽が出たから、地上は天手古舞状態。それで地上の獄族はいっぱい死んじゃって。オレは寂しくなって、旅に出た。そうして人間と生物が地上に戻ってきて、しゅんが生まれ、ヨウがうまれ、あらたがうまれ、かけるがうまれた。
ひとのこも最近ではけっこうふえたよねぇ」
海「いや!長生きしすぎだろ。太陽が出なかった時代なんて知らないぞ俺たち。そりゃぁ、特別な獄族って言われるのもわかる気がする」
新「はるさんのはなしだと、あたかもここ数年の出来事みたいに軽いけど、俺しってますよ!太陽が出なくなって出るまでの歳月が数千年って!」
春「ああ、あれ数百年じゃなくて千年単位だったか、気づかなかったや」
恋「ひぇー長生きしすぎです!」
駆「はるさんて本物の生き字引だったんですね」
夜「特別って意味がすごい身にしみてわかった気がします」
隼「基本的に、今この瞬間まで、そこの異国トリオと僕しか、はる について知らなかったはずだよ!たとえ、同じ獄族であってもね」
〈あおい〉のいた国は、両義と獄族の研究をしていて、第二世代がいまだ健在の国だ。〈あおい〉たちは、"崩壊の日"を知っていてもおかしくないだろう。
さらには、すでに事情を本人からきいていた〈はじめ〉だけが、なんだか優越感いにあふれたドヤ顔をしている。
ざわめく周囲に、勇気がしおれた〈はる〉は、そんな威風堂々としたままの〈はじめ〉のかげにさっと隠れる。
ちらっと〈はじめ〉の背後からのぞけば、子供たちの目は話す前と変わらず。〈はる〉がどういう存在だろうと気にしないとばかりに、彼の語る言葉の方に興味津々だった。ワクワクと〈はる〉の語る次の話を待っているようだった。
それにホッとひといきつくと、〈はる〉は子供たちが物語の続きをねだるようにみえてくるので、盾にしていた〈はじめ〉の背後からそぉっとでてきながら、自分についてをかた‥
春「…ほ、ほら、今日みたいなことがあるとやっかいだからね。先に言っておけば、対策ねれるかなぁって〜な、長生きのはるさんです。あの、その…ごめんね」
語ってなかった。
そのまま、またしゅっと〈はじめ〉の背後に隠れてしまう。
そんな〈はる〉に苦笑を浮かべながら、大丈夫だからと〈しゅん〉が〈はる〉をひっぱりだす。
涙「それで。結局 はる は僕らと何か違うの?」
郁「力が強いのは聞いてますが」
恋「長生きで陰の力濃いのも聞いたよ」
駆「外見は普通の獄族だよね」
陽「はるさんと普通の獄族のちがいっ…てーっと、体重が軽いぐらいじゃね?」
春「えーっと。違い?って、なんだろ」
隼「え。僕が説明するのかい?やっぱり《核》の有無じゃないかな?」
改めて言われると、とっさに違いなんてわからない。
いままで、誰も気づかなかったのだ。それだけ見た目もなにもかも獄族であることにはかわらない。
〈しゅん〉との相談の結果、〈はる〉はひとまず、自分を構築する“核”について話すことにした。
春「うーんと。オレの種族は、《核》っていうものがあって、それを中心に陰の力で肉体が形成されてます」
隼「核っていっても目に見える物質じゃないよ。先人類による“願い”が凝縮したものだ」
春「彼らがひたすらに願ったのは“かえりたい”という想い。
陽の下に帰りたい。幸せだったあの頃に返りたい。死にたい(還りたい)。生まれたい(孵りたい)。
そういった想いすべてをひっくるめての“かえりたい”。
あ、えっと。何が言いたいかと言うと」
春「オレの生は、両儀の再生への鍵。
オレの死は“人間の滅び”と同意義―――それでも、ついていっていいですか?」
始「とうぜ」
隼「はる は古い種族の生き残り。彼は世界にとっても宝なんだよ。そんな彼を“君ごとき”がまもれるかい?」
始「ふん。ごときとはよくいってくれたものだな」
誰よりも先に「当然だ」と返事を返そうとした〈はじめ〉の言葉を、〈しゅん〉がかぶせてさえぎる。
その目は真剣で、逆に当事者である〈はる〉の方がオロオロとしているしまつ。
隼「笑い事じゃないよ。彼は両儀の有無にかかわる存在だ」
葵「なら、はるさん のことは俺にまかせてください!」
春「あおい、くん?」
隼「は?」
さっそうと声を上げたのは、〈あおい〉だった。
予想外の乱入者に、思わず全員が彼へと視線を向ける。
あれ?いまって、〈はじめ〉さんと〈はる〉さんの契約がどうのって展開では?と首をかしげるなか、また〈あおい〉が元気よく、いさましく手をあげてくる。
葵「はいっ!俺が はるさん をまもります!」
始「…(ムス)そこは俺の役目だと思うのだが」
新「いやいや。ここは あおい にまかせたほうがいいって」
隼「おや。それこそ契約者でもない君がかい?」
葵「はい!“皐月あおい”の名にかけて。研究王国《月野》の全勢力をもって。はるさん を守ると、ここにいるみなさんに誓いましょう!」
その宣誓に、今までとは違った意味で周囲がざわめく。
ちなみにもうこれ以上驚かないと言っていた〈よう〉でさえ目を丸くしている。〈よる〉は無言のまま笑顔である。
恋「え!?月野国だって!?あの島国!?」
陽「月野って、あの陽出る地にあるっていうあのバカでかい国だよな?」
夜「月野国って研究大国だったんだね。知らなかったな〜」
駆「まじですか?!島国だから、こっちの大陸とは違う文化が根付いていて、獄族も人間も、とにかく種族も関係なく暮らしてるっていうあの?」
海「種族も関係なく…あーなんか聞いたことあるかも。
どっかの遠い海の向こうの地には、獄族と人が手を取り合って、両儀を復活させるべく作り上げた都があるって。
あれって御伽噺じゃなかったのか」
葵「はい。それです!
俺の国では、このままでは陰に傾きすぎた世界が壊れてしまうことを憂い、王族の若者は、王位を継ぐ前に一年間旅に出ます。
父親の薬が必要というのは次いでです。旅に出るために、幼い頃から武術を仕込まれてるんで、俺も意外とやるときはやるんですよ」
新「や、以外と腕が経つのは、さっき十分見たから、この場の全員がしってる」
葵「あ、それもそうでしたね。お恥ずかしい」
陽「つか王位って…え?あおいちゃん、おうじさま!?」
新「そうだぞ。ひかえおろ〜(棒読み)ここにおわすわ、第一王子 あおい様 であるぞ〜
…ってわけで、そんな あおい をちゃん付けする存在を俺ははじめてみた。
身分を隠していたとはいえ、けっこうびっくりした」
始「は〜。これで あおい様 を名指しで呼ばずに済む。臣下としてはもう、こう胃がキリキリしてだな」
夜「へぇ〜。王子様でも一人旅とか出るんだねぇ。世の中平和だなぁ(チベスナ目)」
恋「え!?は、はじめさんが、じゃなくて あおいさん が?」
葵「はじめさん は、うちの国一番の術師の家系の跡取りです。王族ではないですよ」
始「うちはただの探究者の家系で、はっきりいうと…隣のドーナツ屋より貧乏だ。障子の張替えをここ数年していないほどには」
新「とはいえ、睦月家というのは国の中立で。いなくなられると、分断していた派閥が勢力を増し、一気に国の内情が揺らぐという」
隼「さ、さすがにこれは予想外wwwいやぁ〜、そこの君がやたら“獄族”について詳しいと思ったけど。いやはや、凄い予想外だよこの展開は。
僕はてっきり はじめ こそ、どこかの国の王族かとwww」
葵「変装しているとはいえ、よく言われますそれ」
郁「それって、俺たち今こんな風に話してるのも無礼なんじゃ」
葵「あ、その辺は気にせず。というか、本物の道士様にそんなこと言われたら…俺の方が恐縮してしまうというかなんというか」
なんだか〈よる〉はすでに悟りの境地に到達してしまったようで、驚きもしない。ただ、いっきに騒がしくなった彼らを生温かく、そして清々しいほどよい笑顔で見守っている。
春「なんにせよ、本当にいいの?こんな厄介なオレなんかが。一緒にいても‥いいの?」
始「当然だ」
新「です」
葵「とうぜんですよ!」
不安そうに、仲間たちを見る〈はる〉に、今度こそ了解の返事が戻ってくる。
しかも3つも。
それに嬉しそうに〈はる〉は、「ありがとう」と〈あおい〉に笑顔を向ける。
春「これから、よろしくね」
そんな〈はる〉に〈あおい〉が、今後どうしようかと話し始める。
今回の救出のために集まった仲間たちは、これからを考え楽し気な〈はる〉に、満面の笑顔だ。
「会いに行く」「たまには帰ってきてくださいね」など、それぞれが〈はる〉に、声をかけている。
ひとりぼっちだった〈はる〉は、別世界で出会った仲間と同じ魂の、けれど今度こそ“自分の”仲間に。
大きく頷いた。
隼「ねぇ、はじめ。あおいくん と あらた の横でさも当然とばかりに、腕組んで笑顔で立ってるけど。
今回のいいところ、全部 あおいくん が持っててるからね」
始「……」
隼「へたすると契約者まで取られちゃうかもよ?なにせ契約って人生に一度きりのものじゃぁないしねぇ」
始「!?」
隼「なぁ〜んてね」
彼らが〈はる〉を守ってくれるというのなら、僕の役目はここまで。
あとは彼らがつづっていく物語だ。
これ以上はやぼってもんだろう?
ああ、そうだ。
たまには会いに戻ってきてくれると嬉しいなぁ。
なにせあの子は僕の主であり、我らが愛すべき花だ。そして相方の彼は、僕の愛しい対なのだから。
* * * * *
優しい手が頭をなでる。
さらりさらりと髪をいじくられ、くすぐったくなって身じろぎする。
逃げるなとばかりに手が伸びる。
オレの髪をいじくるのが好きなのは、あいかわらずだね。
まだまだ眠っていたいという思いとともに、このまま覚めないのではという不安がつのり、目をあける。
そうすれば「大丈夫だから」と、耳に心地よい低い声がきこえて、彼がそう言うなら大丈夫だろうと、再び目を閉じる。
つぎはどうか――
「おはよう」って、言ってね。
そうしたらちゃんと起きるから。
起きたら
みんなで 笑って。
一緒に 歌でも歌おうか。
太陽のしたで みんなでピクニックにいこう。
光輝くあの舞台に まいもどれるように。
『ねぇ、始。雪の溶ける夢を見たよ』
みんながいる。
そんな、あたたかい夢をみよう。