有得 [アリナシセカイ]
++ 字春・IF太極伝記 ++
02:ウグイス・コード
<詳細設定>
【弥生花(ヤヨイハナ)】
・転生し続けている
・春成り代わり主
・芸名「春」/戸籍名「花」※真名は別にある。
・ロジャーと運命共同体
・前世から引き継いだ“超直感”は健在で、未来予知並みに勘がいい
・魔力がない
・ナニカ視えている
【睦月始(ムツキハジメ)】
・花の相棒
・笑い上戸
・魔力がとても巨大
【霜月隼(シモツキシュン)】
・通称魔王
・視えはしないが、不思議な力を使える
・幼いころから始と花とは知り合い
この世界はどうして“くらい”の?
眼鏡という人工物でさえぎっていないオレの目には魔力が光となって見えていた。当然"ミエテハイケナイナニカ"も映っていた。
まるで世界中が希望に満ちあふれたかのように、この世界はいつも眩しくて眩しくてしょうがなかった。
なのに。
いまはくらい。
メガネをしていて、停電に見舞われているのだろうか。
そうおもって顔に触れても、つっかかるものはない。
裸眼のはずだ。
なら、どうして?
どうしてこんなにもこの世界は“くらい”の?
ここは―――
〜 Side 春成り代わり主 〜
花『ねぇ、始――』
服の残りカスの魔力ではたりない。ロジャーの張り付いたを始の服を手に、始らのもとへ駆けよろうと一歩踏み出した途端に、花の視界が暗転した。
否、世界がぐるりと回ったような感覚を味わった。
突然真っ暗になった視界。
それにに驚き、花は足を止める。
まるで何かが切り替わるように、視界はきかないままだ
パチパチと瞬きを繰り返す緑の目には、いまは何も映らない。
花『てい、でん?』
きょとんとした声が、“風”にあおられていずこかへ流れていく。
一瞬何とも言い難い違和感がよぎるが、暗闇の中ではその正体を判断することができない。
風を感じるのだから、自分は寝てはいないはずだと納得し、花は目をこらす。
目だって開けている。
しかもメガネはスタイリストさんにもっていかれたままらしく裸眼だ。
裸眼ということは、普段であれば、普通では見えない魔力の流れやナニカが視えているはずなのだ。
しかし周囲は真っ暗で、本当に自分が目を開けているのかさえだんだんと自信がなくなってくる。
それに停電にしては、騒がしい仲間たちから一言も声が上がらないのはおかしいではないか。
そもそも電気を消した程度で、自分の目が光を映さなくなることはあるのだろうか。
否。ありえない。
突然周囲が暗闇に包まれたことに花は驚いたが、“認めたくない”感覚があり、それを無視してただの停電だろうと思うことにした。
考えてはいけないと頭が警告を鳴らす。
花は、また相方たる始の名を呼ぼうとして、ゾワリと悪寒を感じて身動きを止める。
背筋を冷や汗がつたい、その冷気に肩をふるわす。
ここを動いてはいけないと衝動的に思った。
動いてしまうと、すべてが崩れていくような・・・。
つきまとう違和感は“なに”に対してかはわからない――否、花とてすぐに理解していた。
だがそれを理解したくなくて、信じたくなくて、脳がそのことについて考えようとするたびに、思考が停止し、体の動きさえ止めさせる。
“なにか”から焦点を変えさせようとするかのように、別の方向へと思考が働く。
花は体の芯からくる震えをごまかすように、せまりくる“なにか”に気づかないふりをして、足を止めたまま周囲を見やる。
目を見開く。閉じる。
けれど風景は変わらない。
“暗い”まま。
花は状況を把握しようと、ほんの数秒前のことを振り返る。
腕の中には、布の感触。たぶんこれはつかんでいた始の上着であろう。――――ホントウニ?
(っ!?こ、これは始の上着!だってオレは始の、ロジャーのいる上着を手にしていたんだから。始の上着以外のなんだっていうんだ)
病気の可能性を疑う。
だが、今日の自分の体調はいつもと同じで異常はなかった。
そもそも花は転生者であり、その影響で、自分に向けられた術や魔法、ウィルスなどといったものを無効化してしまう。病にかからない体質の彼が、風邪などひこうはずもない。
もしなにかあれば、寝不足くらいは花とてなる。病のような症状が出るとしたら、それは魔力供給者である始が原因ということだ。
では今のこれは寝不足によるものか?
昨日の夜だって普通に寝たので、寝不足ということはない。
なによりこうしてバランスよく二本の足で立っているのだから、寝落ちなど考えられない。
そばに半身であるロジャーも始もいたのだ。魔力切れで意識が飛んだということはないはずだ。
やはり電気がおちてしまったか。
花には突如視界が暗闇に閉ざされ、スタジオ内が暗闇となった理由がそれ以外おもいつかない。
なら、なぜここまで不安になるのだろうか。
花『ねぇ、始。隼、海?』
返答は返らない。
それに不安があおられ、握っていた布をきつく抱きしめ、花はあせったように周囲に向かって声をかけ続ける。
花『これはなんの冗談かな?やめよう、やめようね、みんな。ね、いい加減電気つけてよ。オレ、十分驚いたよ。
ね、ねえ、恋や駆まで、なんでみんなだまってるの?・・月城さんまで。やめてよ』
視界が突如暗闇に覆われたあの瞬間から、花はずっと背筋が寒くなるような震えを覚え、それが身体を硬直させている。
なんでここまで不安になるのか、花には理解できない。
花『隼でしょ!ねぇ、もういいから!ドッキリはわかったから。だから・・・返事、してよ・・・・・お願いだから!』
花の目には映らなくとも、彼の周囲には“なにか”がある。
彼はあまたの戦場を駆け抜けた転生者だ。さらにいうと〈超直感〉と呼ばれるほどに鋭い直感力も前世から引き継いでいる。
そんな花が、この状況の答えが分からないはずがない。
けれど彼は初っ端から自分の中の第六感が“なにか”をつげているのは気づいていたが、その意味を理解した脳が、無意識に“それ”を認めたくなくて、その結果、答えがなくなった。
そのせいで“わからないこと”への畏怖だけが彼をしばり、それゆえ身体を動かすことができないでいた。
下手に一歩でも動かしてしまえば、この恐怖が現実のものとなって自分に襲い掛かるのではないかとさえ思えていた。
“違和感”は、はじめからあった。
それでなくても自分をごまかすのはそろそろ限界だろうと、呼んでも返らぬ〈超直感〉の返答から、花は覚悟を決めた。
花は胸につっかえた何かを無理やり嚥下するように生唾を飲み込む。そのまま不安にかられ始の上着だろうそれを強く強くつかみ、勇気を出すように動かしづらい身体に力を込めて無理やり足を前にだす。
カサリ。
祈るように目をきつく閉じ一歩足を踏み出せば、花の足元で乾いたものを踏んだ音が響き、その足の裏が“靴”の下で柔らかい“地面”を踏んだ。
瞬間、心臓がしめつけられるように苦しく思えて、花はその場にしゃがみこむ。
花の手が触れた場所は土のにおいと感触がし、力を込めた彼の爪が地面をえぐる。
ああ、もう。自分さえごまかせないのだと、“理解”した花は絶望におそわれた。
今日は“室内”での撮影だ。それがなぜ靴をはいている?
たしかに衣装の一つとして、全員分の靴は用意されていた。けれど靴はざっとサイズをあわせたあとは、みんな別の衣装を合わせるために脱いだのだ。それは花も同じ。そして暗闇が訪れる寸前までは、だれも靴を履いてはいなかった。
違和感の正体。音、空気、風の流れ。そんなものはすべてが“切り替わった”瞬間にすべてわかっていたことだ。
けれど花は信じたくなかった。それを今、信じざるを得ない。
花『・・・どうして』
ふわりとかおるのは植物と土の匂い。
あきらかに室内ではなく屋外と思われる、いずこからいずこかへ流れる空気。
花は背筋に冷たく流れるものの正体を、すでに理解していた。
己がつい先ほどまで"いた場所ではない"ということ。―――それも一人で。
それでもだれか仲間がいないかと、花は目を閉じる。
見えないなら目を開けているのは無意味。映像が、視界が邪魔だ。と、その目を閉じ、今度こそ周囲を完全にみないようにすると、感覚だけを頼りに気配を探る。
生き物、植物、大地、空。そして冷たい〈なにか〉が活発にうごめく気配。
そこにあったのは、突然の暗闇におびえ驚く大切な仲間たちの姿―――ではなく、未知の生き物の気配であった。
ふつうであれば恐ろしいと思うのであろうが、その〈なにか〉が花を襲う気配はない。
ただでさえ長生きのし過ぎでまとうオーラが生き物を怯えさせる花だ。彼を襲おうと思う生き物はそうはいない。
そうでなくとも花とて、ただでやられる気はない。
なにがこようと花からすれば、たいした問題ではない。
もっとくわしくと花が周囲を見渡そうとし、条件反射のように目を開けてしまったが、目を開けば広がるのはやはり暗闇だけである。
自分の視力がなくなってしまったのか、それとも風の動きから屋外であることは確実なので“こっち”は夜なのか。
気づけば、花はひとりで、知らない場所に立っていた。
さらに花はもうひとつ、気づきたくない事実に目をむける。
花『ろじゃ・・は、じめ?しゅ・・・・・』
わかっていたのに、みないふりをしていた。
本当に、ここには“知り合いがだれも”いない。人の気配さえないのだから当然だ。
気配を追うなんてことまでしてしまったので、花は今ここに自分が望む人物がどこにもいないということを理解してしまった。ここは"違う"のだとをより明確にされただけだった。
そう、“誰一人”としていない。
何度探しても、ずっと傍にあったグラビやプロセラの仲間たちの気配はない。
《弥生春》の相方である始も。
花の半身であるロジャーの存在さえもだ。
ザァーっと頭から一気に血が下がっていくようだった。
この世界に佇んだ時から、〈超直感〉が警告を鳴らしていた。
それにずっと気づかないふりをしていた。
気付いたら気が狂ってしまいそうで・・・。
けれど、“警告の正体”を目の当たりにしてしまえば、認めざるを得ない。
いま、花は一人だ。
――ひとり。孤独。
その単語で、花のなかに、過去の記憶がよみがえる。
いつだかの前世の記憶。
たくさんの世界を回ることとなった原因――そこでは世界は彼を拒絶していた。周囲から彼の記憶を奪い存在を削っていく。あの孤独と恐怖がフラッシュバックするようによみがえってきた。
カチカチと歯が音を立てる。
反射的に心臓を抑えるようにしても、せまりくる孤独と痛みと恐怖への感情があふれてきてとまらない。
花の呼吸が浅く繰り返されるが、それで彼の脳に酸素は余計届かず、思考がうまくまとまらない。
花は“いない”とわかっていても、混乱した頭が“その事実”を拒否したことで、自分を救い上げてくれる“だれか”をさがしはじめる。
この際知人でなくてもいい、だれかひとりでも会話さえできればそれでいい。
だれか。なにか――どうか名を呼んでくれ。
そうでないと、自分という存在はあっさり理に飲まれてしまう。
ここにいるのだと。ここにいていいのだと。
自分が今生きているのだという証明が、すぐにでも花はほしかった。
花『ロジャー、みんな、始どこ?だれか・・』
花の腕の中。ぎゅっとにぎられた上着は、すこしも花の心に温かさを与えない。
その上着は、彼が停電になるよりも前に持っていたものと違うものなのだろう。なにせ、ここは先程まで花がいた場所ではないのだから。
なにより、自分の傍にいるはずの存在、魂の片割れの気がどこにもない。
弥生花という存在を生かす、温かい“力”の持ち主の気配さえも・・・。
もう空気も違うのだ。
なにかがきっかけで次元を超えたと、そう考えるのが妥当だ。
ズキリ。
痛くはない。けれど痛い。
始に魔力提供を受けてから久しく感じていなかった身体の痛みが、世界からの拒絶という痛みがえるようだった。
それは幻覚。実際には体になんの影響も出ていないのに。心が、恐怖をよみがえらせ、幻の痛みをともなわせる。
花『・・さむい・・いたい・・こわいさむいさむいいたいいたいいたいいたいいきたいまだ・・こわいこわいいやだまたしにたくない・・・一人はいやだ・・まだ・・』
孤独、消滅――その単語が花の脳裏によぎる。
自分の中からごっそりとなにかを持っていかれたように、胸に虚無感がつのる。
魂を同じくするロジャーがそばにいないせい。
自分を生かしてくれた魔力が体内に流れていないから。
それはきっとこの暗闇の中に足を踏み込んだ瞬間からあった喪失感だろうが、今の花には恐怖からきているようにしか思えない。
おのれの半分が足りない。世界に命をつなぎとめるためのエネルギーが足りない。
否、この世界に一歩足を踏み込んだ時点で、肉体が違うのだとわかっていた。ここにはあの世界のように輝くように豊富な魔力は存在していない。この体を動かすのは魔力ではなく、別の"なにか"。
花は地面に膝をついた状態から力が入らず、起き上がろうとしたが、その身体はグラリとかしぐ。
震える身体は重く、動きも鈍い。
体を動かそうにも重さが違う。体が軽すぎる気もするし、実体を得ていないようなあいまいな感覚さえした。
だがその体の軽さが、花にとって嫌な記憶をさらに呼び起こす。
転生者である彼は、生まれた瞬間から、“死”への《恐怖》と戦っている。それはどんな生き物でも誰もが持つゆるりとした死へむかうものとは違い、もはや暴力に近いほどの強制的な突然の“死”。世界の強制力だ。
それは世界が彼を異物と感じるとき、花の存在を消そうと力が働く。花は別の世界でそれに幾度か存在を消されているし、新たに生まれた世界では何度も消されかけている。
その形が「死」か「消滅」か「存在の上書き」かは世界によって違う。
だが修正力に負けたときの、あの《絶望》と《恐怖》は、生まれるたびに常につきまとう。
花にとっての生は歓喜にあらず。
いつまで生きれるか。この世界は自分を拒絶しないか。
“世界そのもの”にあらがう者として、彼の根本はそこにある。
花は本当の絶望を知っている。
それは花のなかにぬぐいされないなにかとなって、今も花をさいなみ、胸の中にドロリとした感情を蓄積していく。
足に力が入らず、そのまま意識も周囲の闇にひきずられるようにおちていく。
このまま眠ってしまったら、次は目覚めないのではないかという恐怖。
目覚めても、周囲の記憶のなかに自分という存在はいなくなっているかもしれないこと。
そんな幾度も体験した恐怖と孤独が、また現実のものとして自分を待ち構えているかもしれない。
(それだけは嫌だ。もうひとりは・・・ひとりはいやだ・・・)
襲い来る恐怖にあらがうように、血が出るのではと思うほどに強く歯をかみしめ、まるで重力で押しつぶされ地面に縛り付けられたように重い身体を起そうと、花は腕に力をこめる。
しかしそれは、カリカリと爪が地面をひっかくだけで終わる。
花『・・・いやだ・・いやだ!・・・っ!?』
消えたくない。
忘れられたくない。
花の悲痛な声だけが、暗闇の中に響く。
爪にたくさんの土をつけてまで無理やり動かし、“どこか”へ向けて伸ばされた花の手は、なにも掴まず地面にもどる。
それと同時に花の手からパサリとおち、地面に広がった上着には――“蝶”の柄はどこにもなかった。ましてやそれは上着でもなんでもないただのボロボロの布切れだった。
地面にたおれた花のもとに乾いた土の匂いがとどき、さやさやと木々や植物のざわめきが耳をくすぐる。
「ぴ?」「ホーホケキョ」
すぐ近くで緑色の小鳥と茶色の小鳥が、不思議そうに花をみつめている。
暗闇しか映さない花の目に、二匹の小鳥の姿は映らない。
朦朧とした意識は、すでに花の聴覚さえ麻痺させ、鳥の憂いた声は彼の耳には届かない。
とじかける瞼にさえあらがい懸命に目に意識を保とうとするが、そんな花の抵抗など無意味だといわんばかりに、彼の意志に反して思考まで霞がかっていく。
花『・・・・っ!こんなところで!・・まだだ・・まだ・・・』
死 に た く な い。
花『・・・・こわいよぉ・・・はじ、めぇ・・』
―――あいつの“コエ”が聞こえた・・・。
始『・・・春?』
バサリと春の腕から、始の上着が落ちる。
名前を呼ばれた気がした始が、花の方へと振り返れば、花はうつむいたまま動きを止めている。
眼鏡をしていないためいつもよりハッキリと見えるその目は、なにをみたのか、驚きに大きく見開き、自分の掌をじっとみつめている。
なにがあったかはわからないが、ロジャーの憑いた服を花が乱雑にするのは珍しいことだ。
それを床に落とすようなど、何かがあったのか。
もしかして服になにかついていたのか。
虫でもついていたか?
だが“あの花”だ。
虫でも平然とあいつならはたきおとすのは間違いない。
巨大なムカデが出ようと、ガムテープで捕獲してポイするあいつだ。
むしろそこらにイノシシがいれば、包丁を構えて調理してしまうほどの人間だ。
そんな彼が苦手とする虫はGのつくやつ以外にいただろうかと考え、動きを止める。
花を幼いころから見てきた始は、そこで思いついてはいけない名前を思い出し血の気が引く。
つまり・・・
まさか。
そんなはずはない。と首を振りたいところだが、始は花の様子をみてしまったあとでは、その可能性を疑うことができない。
全世界の皆様の嫌うあの名を言ってはいけないイニシャルG・・・それが自分の上着にいたから手を放したのでは!?っと、そこまで考えがたどりついた瞬間、始の顔が険しく歪みひきつる。
あの花でさえ、あの生き物を見ると、とんでもない勢いで抹殺にかかるかか、衝撃のあまり笑顔で固まったまま動かなくなるかのどちらかだ。
そんなあの生き物が自分の服についていたのかと、始はおそるおそる床に落ちたままの上着を見る。
服は微動だにしない。
だが、やがて始は、服から警戒を解く。
なぜならば、今の花には、あの生き物と戦うときのいつもの殺気がないためだ。
これなら大丈夫だろうとホッとしつつ、始は自分の上着を拾い上げ埃をはたく。
始『ん・・なんだ?』
柄の中に紛れるようにいる蝶をみて、かすかな違和感を覚えたが、着衣の状態で見るのと第三者視点で見る違いだろうと始は気にすることなく服を手に取る。
彼らはいま衣装合わせをしているため、しばらくこの上着を着ることはない。
そうすると始の垂れ流されたままの魔力をあびて生きている花には、悪い意味で影響が出てしまう。
寮のなかは、いつも始がいる場所であるため、始の魔力で満ちている。寮は魔力だまりのようになっているといってもいい。
そのため花もロジャーも好き勝手に、始から離れていることも可能なのだ。
ロジャーと花は二人で一つの魂であるため、二人の間に距離は関係ないらしく、どれだけ離れても目に見えないままにつながっているらしい。
しかし寮以外の外だと、二人ともが自由にというわけにもいかない。
始が魔力を共有できる範囲は、始から半径5メートルだ。
ロジャーか花の片方へ魔力を渡せるのがその範囲なので、ロジャーと花が二人そろって始から5メートル以上離れてしまうと、魔力の供給ができない。どちらか一人が始のそばにいれば問題はないのだが。
そんなわけで、始は常に蝶の姿のロジャーと共にいる。
1月のシンボルマークを蝶がいいといって、常に身近に蝶のアクセントがあるものを身に着けているのは、主にロジャーをまとわりつかせていても違和感をなくすためだ。
だが、このまま衣装を着ていると元の服は不必要ということで、うっかり花との限界ラインを越えてしまいかねない。
一度ロジャーを上着から別のものへと移し替えるかと、始は己の服を持って隼のもとにむかう。
花に声をかけようとしたが、花は相変わらず己の手を開いたり閉じたりしたあと、何かをさがすように周囲をいぶかしげに見渡しているだけで始には気が付かない。
花のことだ。今は眼鏡をしていないし、なにか自分らには視えない“何か”を追っているのだろうと、始は肩をすくめると、花に一言声をかけ隼のもとにむかう。
始には人に分け与えれるだけの魔力があるが、それはただ余分な力が垂れ流されてるだけに過ぎない。
そのためロジャーを実体化したり移動できるのは、当人であるロジャーや花の意志によるところが大きい。あとは魔力操作に長けた隼だけが可能なのだ。
始『ロジャーをうつしてもらってくる。春、お前はおとなしく・・・』
名前を呼べば花は顔をあげ、不思議そうに目をパチパチとせわしなくまたたいて首を傾げた。
始『ふっ。“そいつら”にいじられてろ。
やれ、お前ら』
恋『いやっほーう!!!始さんから許可がでましたよ!!準備はバッチリです!ヘアピン装備!!陽、準備は?』
陽『まかせろ!!飾って飾りまくるぜ!!このあいだ始さんの髪のいじくり権をとられたうらみ!ここではらさせてもらうぜ春さん!』
不敵に笑った始の言葉を合図に、きょとんとしている花の背後からぬぅっと影が飛び上がる。
グラビとプロセラのおしゃれコンビは、片手にヘアブラシや櫛、シュシュやこじゃれたヘアピンを手にしている。
陽と恋はそのままガッシっと花の腕を左右から抑え込み、突然現れた二人に驚愕の表情を浮かべどうしたらいいのかわからないといわんばかりに戸惑い顔の花を鏡の前へと連行していった。
始『はる?』
恋と陽がやりたいようにさせているのか、花は大人しく彼らにされるがまま。ああでもないこうでもないと、小物を増やされたり、髪形をいじられている。
そんな花をみて、始は先程ロジャーに覚えたような違和感を感じ、かすかに眉を顰める。
けれど名を呼べば自分にチラリと視線をむけるのだから、思い違いかもしれないと始は思い直す。
なにせいまの彼らは、みないつもと違う格好だ。中華服を着るなんて誰もが初めてのことだったはず。違和感を覚えても仕方がない。
始は己を無理やりそう納得させるが、どことなく不安そうに揺れる緑の目を見て――――突如、始の中で焦りにも似た焦燥感が生まれる。
それとともに、まず腕の中のロジャーをなんとかしなければいけない衝動にかられ、始は駆けだした。
隼は先程までいつものおしゃべりを発揮していたのだが、その騒がしさがいつの間にかなりをひそめ、おしゃれコンビに加わりスタッフやらに囲まれる花をみつめていた。
その様子に、始はさらに嫌な予感を覚える。
チラリと隼の横にいた海をみやれば、「魔王様は少し前からそのままだよ」と教えてくれる。
海は隼の突拍子もないいつもの行動だろうといわんばかりであったが、始はなんともいえないうすら寒さを感じた。
隼の視線の先を追えば、巨大な鏡に映る花と目が合う。
鏡の中の花は始をみると、視線をそらすように目を伏せた。
"淡い"瞳の色がひどく陰っていた。
ゾクリ
始『隼!!どういうことだ!なにがあった!?』
だれだ?
あそこにいるのは?
そもそも花の目は、“淡い”色だったか?
花の目の色は、色で表すなら黄緑に近い。だが彼の目に深みを出しているのは、光彩の変化だ。そのせいで金とも黄緑とも言い難い色は、明るい色であるくせに、もっとくらみのある深緑にも見えるのだ。そんな"深みのある"不思議な味わいをだしている。
鏡の中には、そんな人を引き付ける緑色はどこにもなかった。
ただただ、“昏い”。
それに態度もおかしい。
鏡の前にいるのがいつものあいつなら、構われてうれしそうにしてるはず。自分と目があえばきっとへにゃりと笑って手を振ってくるぐらいするだろう。
だが、そんな様子はまったくない。
げんに、花は不安そうに瞳を揺らし、始と視線を合わせようとしない。
そのせいで鏡の前の彼が自分のしらない人間がいるような感覚におちいり、始は声を荒げ、隼に詰め寄る。
めったに声を荒げない人物の怒鳴るような声と、いらただしげに隼の服をつかんでいる始に、海は目をみはり、その場にいた仲間たちやスタッフが怯えたような表情を見せる。
突然隼にくってかかったとしかみえない始を、普段であればとめるであろう花が大人しい。花は止めるどころか、寂しそうに、そのやりとりをみつめているだけだ。
始("寂しそう"ってなんだ!?)
始はそこでようやくロジャーへの違和感の正体も、様子のおかしい花が原因ではないかと思い当り、ロジャーの憑いた自分の上着を隼につきつけるようにみせれば、隼は険しい顔をして「やっぱりか」とつぶやいた。
始『お前、春になにをしたっ!!』
隼『おちついて始。僕じゃないって言っても、今の君は信じてくれなさそうだね』
始『やっぱり原因はお前か隼っ!』
隼『怒らないでくれるかな。それに、さっきから言ってるけど、本当に今回は僕じゃない。
・・・よく見て始。ロジャーさんの片翅がない。君の違和感もそれのせいだろうね』
始『!?』
隼『まだ“つながってる”よ。ギリギリだけどね』
指摘され、バサリと始が広げた上着には、いつもと同じように蝶の絵が横向きで印刷されている。
しかし表面の奥に普段なら描かれているはずの蝶の片翅がない。
それを見た瞬間、始の顔から血の気が引き真っ青になる。
とっさに始は、蝶のプリントに手を伸ばし、今までとは違い“自分の意思で”魔力を流し込む。
隼『まるで半分だけ魂をむしり取られたような、なんだかおかしな削れられ方だね。これで春が無事なはずがない。だけど、さらにおかしなことに春はここにいるんだよねぇ』
海『むしられ・・・って。おいおいおい!?ちょっと待て。ロジャーの翅がないって。なんで・・・だって現に、春は、そこに、いるだろ』
スタッフやマネジャーである彼らはともかく、同じ寮の者はロジャーと花の相互関係を知っている。
その事態にグラビ・プロセラのメンバーから悲鳴が上がる。
知っているからこそ、静けさの中に響いた隼の言葉に全員が顔を青くさせ、泣きそうな顔で始のもとへ駆け寄っていく。
恋『うわーん!!!春さん死んじゃ嫌です!お、おれじゃ力になりませんか!?俺の力分けれませんか!?』
駆『その前に魔力とか使い方わかんないよ!!』
隼『君たちはダメだよ。始と同じことをやったら、死んでしまうからね。
そもそも魔力というのは、本来であれば自分一人を生かす分量しか持って生まれないものなんだよ。始が特別なだけ。始は生まれながらに、2人分以上の魔力を持っている。それでもほら、いまだってあの始が、汗だくになってるぐらいだからね。今のロジャーさんには近づいちゃだめだよ。穴が開いたようにどこかに流れて行ってしまってるようなんだ』
駆『ひぇ』
恋『死・・ひっく・・うぇ〜!ずみ゛ま゛ぜん春ざん!!役立たずで俺、俺ぇ〜』
海『ほら落ち着けって駆に恋も。春と始が特殊なだけだから。お前らはそのままでいいんだよ』
隼『僕が助けてあげれればいいんだけど、僕は魔力が使えるだけであって、人に分け与えられるほど多くはないんだ。困ったね』
涙『ロジャー、いたい?大丈夫?』
郁『片翅ってことは、半分の魔力が突然途切れたってことですよね。どこへいったんでしょうか』
陽「洗濯機で回されても無傷で。しかも余裕でヤマトの爪さえはじいてたやつがなんで!?え?なんで羽がなくなってんだよ。だってさっきまで春さん平然としてて。いまだって・・・』
夜『まさか・・・おとした。とか?・・・あるいは脱皮?』
葵『蝶は蛹からかえるんだよ!脱皮じゃないでしょ!それに命かかってるのに自分で皮はがないよぉ!』
夜『お、おちついて!葵が一番すごいいこと言ってるよ!?』
隼『残念だけど脱皮はさすがに違うかな。
でもまだ春とはつながってるから。延命にしかならないかもだけど、始、しっかりロジャーさんに魔力与え続けてね』
始『ああ』
隼はポンと始の肩をたたくと、この騒動の渦中の人でありながら自分とは関係がないといわんばかりに鏡の前の椅子にポツンと座ったままの花に近づく。
隼『春、ちょっといいかな?』
その問いにコクンと“春の姿をしただれか”が頷く。
何かを言われるだろうとわかっていたといわんばかりの、けれどどこか悲し気に眉をハの字にした花が、そろりと顔をあげる。
どこか翳りをおびた淡い瞳が、隼を見上げる。
隼はその顔を見下して、いつもはキラキラとした鮮やかな瞳がいまはそうではないことに微かに眉をしかめ、けれどすぐに表情をとりつくろうと「大丈夫だから」と優しく声をかけなおす。
隼『どうやら“君”が答えを知っていそうだけど。その前に・・・・・・』
その言葉に、花の眉間にさらにきゅっと力が入る。そのまま泣いてしまいそうな顔で、心底申し訳けなさそうに、花はうつむく。
隼『ねぇ、君は誰だい―――春?』
「鳥(あのこたち)の声が聞こえないんだ・・」
ポツリと、小さな小さな声がその場に零れ落ちた。