月鏡と百鬼夜行
〜異世界小旅行 妖怪編〜



字春が雲外鏡になりまして 02




その魂は――数多の輪廻から外れ、廻り、転生を繰り返す者。
そしてはるか昔に別の世界で“オオカミ”であった者だ。

神様の転生。


これは“弥生春”という鏡が歩んだ物語とは異なるもうひとりの“春”の物語。







【02. 太陽の神は月の祈りにこたえる】

 〜 side 春成り代わり夢主 〜








オレは転生者だ。
いつの頃からか、生まれては死んでを繰り返している。

長い時を生きて、幾度か、世界に嫌われてしまったことがあった。
また、別の世界では、寛容な世界もあり、そこでは生きることを許してくれた。

ひとつ前の世界は、寛容であったように思う。

だけれども。
だからといってオレがきちんと寿命を迎えたかまではわからない。
自分のことなのに、“わからない”と言い回しをするのは、オレの最後の記憶が高校時代までの記憶しかないからだ。
死んだ記憶もない。

同じ転生仲間によると、あの世界には原作というものがあるらしい。
そのことから考えるに、原作終了と同時に世界も終わってしまったのかもしれない。

ただ自分が、先の世界とは別の場所で“新たに生まれた”ということだけが、感覚でわかるだけだ。


再度、オレが気づいたときには、オレという存在は小さな社に祀られた、人間の顔と同じくらいのサイズの鏡であった。


鏡であるオレには雲を模した台座はあったが、生き物のように足はない。
動くことができずとも鏡として存在していたオレは、それほど不便を感じることなく、まどろみの中で訪れる人々を映していた。
映すこと意外にすることがなかったともいう。
なぜならとおに百年を超えたはずなのに、オレはつくも神になったわけではないらしく、他の妖のように妖の姿をとることも顕現することもできなかったのだから。

っと、いうよりオレの問題は、顕現できないことじゃぁないな。

字『なにが一番まずいかって?つくもとはいえ、“また”神になってしまったようですよ』

そう。問題は“また”なのだ。
すでにあいまいになった前世の記憶からして、たしか神に何度か関わっているし、自分自身も神であったはずなのだ。
その証拠に魂は相変わらず神格があり、天照大神のときのままだ。

ぶっちゃけ、オレがつくも神としてなぜ顕現できないかはわかりきっている。
原因はこれ。
この神様神気が、オレが宿っている鏡の耐久度を超えているため、つくも神としてはオレは不安定なのだ。

字『不安定とはいえ、つくも神もいいものだねぇ。何もしなくていいし』
神〔大神。わたしより神格上の貴方様がいつまでそうしているおつもりですか?〕
字『あ、主神様〜おかえりー』

ふいにかけられた声に意識をそちらへ向ければ、ふわりと綺麗なひとがたの神様が姿を見せる。
彼こそこの社の本当の神様。
太陽を祀るこの社の主は、太陽神の眷属にあたる神様だ。
オレはその神様の依り代となるはずだったただの神鏡というわけだ。
だからオレは敬意をこめて彼をこの社の主、メインの神ということで「主神様」と呼んでいる。

つくも神とは、百年大切にされた物が妖に変化する九十九神と、物に神や精霊が宿って付喪神となる二種類がいる。
オレは後者であり、オレという魂が鏡に宿っていることに気付いた主神様が、「名のある神がよくぞこんなさびれた社へ参られた」と名を訊ねられた。
そのとき、もう神だってばれてる。なら、神だったときの名をなのるかと安易に「アマテラス」と名乗ったことがあった。
っが、しかし。名を名乗ろうとしたら、本体がビシと嫌な音を立てて、ひびが入りかけた。
最期までは名乗れなかったけど、主神様にはオレが誰かバッチリわかったと青い顔をして言われた。
この事件をきっかけに、「アマテラス」とオレが名乗ることはタブーとなった。
慌てた主神様により、オレは以降“大神”と呼ばれている。

本当ならそんなたいそうな天上の神が地上なんかにいてはダメだと、必死に主神様が鏡から出してくれようとした。
オレもさすがに自分の名前を名乗ろうとしだけで壊れる本体なんてやばいと思い、すぐさま鏡から出ようとした。
したのだが。
だめだった。
魂の大きさと本体があってないくせに、魂の波長とはピッタリフィットしてしまったようで、鏡に魂がはまってぬけなくなってしまったのだ。
もう、これは主神様に仕えるただのつくも神になりさがろう。

字『主神様ー"あるじ"と呼んでもいいですかー?』
神〔やめてくださいよー。もうこれ何年目のやり取りですか〕
字『ん〜?そうだねぇ、そろそろ3ケタはいくかな?』
神〔そのとおり。わたしのご神体の鏡に魂が宿っていたので、ついに付喪神になったのかとワクワクしていたら・・・大神とか!!!めちゃくちゃビビったんですよー〕

この主神様いがいとゆるくて好き。
まぁ、主神様の話し相手にはなれるんだけど、彼の眷属とかつくも神にはしてもらえなかった。
いわく、「いやです。私なんかただの土地神、下っ端ですよー(ヾノ・∀・`)ムリムリ」と笑顔で断られた。

字『でも言わなきゃわかんなかったでしょ?』
神〔でも言われちゃいましたからねぇ、お名前もしっかり聞こえちゃいましたねぇ〜〕
字『いや、でも本来はオレ、魂の性質をまるっと隠すぐらいお手のものなんだよ』

はいはい。そうでしたね。そう穏やかに笑う主神様に本体を優しくなでられる。
優しい神気が注がれるのは好き。
だけど残念、オレただの鏡だから、感触とかないのがとてもくやまれる。

字『それにしてもおかしいなぁ』
神〔なにがです?〕
字『そろそろ人間生活も終わりかなぁ〜とは思ってたけど、まさかまた神になるとは。それも付喪神とか。神違いだよね』
神〔魂の影響では?人の魂ではないのですから、人外の者に縁が生まれても仕方ありません。
むしろこの社は本来貴方様太陽に連なる者の社。そりゃぁ縁もあるでしょうよ〕
字『そういわれると主神様って、前世のオレの縁者かぁ。ふふ、ずいぶん生まれ方も逆転しちゃったねぇ』
神〔本当にもう。笑っていいのやらなんとやらで。我らが大神がわたしのような下っ端の神の御神体に生まれ変わるとは世も末ですよ〕
字『ところで主神様、大神っていうのはやめてくれないかな。ばれちゃうでしょうが』
神〔じゃぁわたしのことも主神ってよばないでください〕
字『でも事実だし』
神〔それ言うならあなたが大神なのも事実じゃないですか〕
字『んー。そろそろ名前でも呼び合う?』
神〔嫌ですよ、大神、以前真名名乗ろうとしたじゃないですかー。その言葉に宿った力が大きすぎて、貴方の本体に皹がはいりかけたでしょうに〕
字『そうなんだよねぇ。呼べない名前ってあってもこまるなぁ』
神〔いちおう、貴方様は雲外鏡になるだろう存在なんですがねぇ。まだ妖になれもせず顕現もできてないですが〕
字『っと、同時に今のオレの本体、あなたの現世の器ですよー。ご神鏡www』
神〔そうなるとやはり名付けはよくないでしょうね。わたしでは力不足ということで、そのうち誰かにつけてもらってくださいね。
あと、私は人前では“うちの鏡”ってよぶことにしときます〕
字『妥当じゃないかなぁ?』

な〜んて会話をしながら、数百年。
主神様とは何事もなく、相変わらずオレは鏡のまま、妖にもましてやつくも神にもなれず、ただただ世の移り変わりをのんびりみていることしかできなかった。


そんなあるときのこと。


字『え?ちょっと、あっれぇ?』
神〔大神〜!お元気で!!立派な付喪神になりきるんですよ!〕

字『あ〜れぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!』

ハンカチ片手に涙をぬぐう仕草をし、手を振りながら、なまあたたかい笑顔で主神様に見送られた。
“付喪神になる”。じゃなくて、“なりきる”ってなんだ?!

そうそう、今オレは人間の手によって運ばれている。
どこへ?って思うだろう。
実は人間たちにより、「御神体だけは移動させねば!」とかうんぬん騒いでいた人間たちにより“神の引っ越しの儀式”もせず社からだされ、別の場所に連れていかれたのだ。
そのためここで主神様とはお別れとなった。

その後、人間はオレを神そのものと勘違いして祀ってきたので、きがつけば神を下ろすための神鏡ではなく、オレ自身が“彼らが信じる神”となっていた。
当時の人々は宗教を否定され、太陽信仰ができなくなっていたらしく、オレは気づけばわかりづらい洞にいた。
はじめは太陽を信仰していたのだが、ときがたち迫害された彼らが夜にしか来なくなったことで、気づけば人々はオレを月の神と思うようになった。
神にとって信仰は力。
もともとの太陽の化身と思われていたことと、丸い鏡の形で月の化身あつかいしてくることで、最近すっかりオレは月高太陽だかわからなくなっている。



ああ、今日も人々の祈りは、太陽にも月にもさせささげられていて心地よい。
それを子守歌に、話し相手もいないオレはまどろみのなかで寝たり起きたりを繰り返していた。

主神様とわかれてからどれくらいたったのか。
オレの本体は、それはそれは立派な社に移されていた。
人間たちは宗教による迫害から解放されたようで、オレの本体はやがて日のもとへどもだされいつもきれいに磨かれていた。


人々のおかげで徐々に徐々にではあるが、オレの本体は力を得てきていて、あと何百年かしたらオレも立派な付喪神として顕現することができるだろう。

そう思っていた時、あるときから祈りの声が少し遠くなった。
正確にはさらに大きな力が二つすぐそばにあるようになり、その二人の声のほうがよく聞こえてくるようになったのだ。
どうやらオレという鏡しかいなかった社に、白と黒の天狐が住み着いたらしい。
その二人がオレを鏡として使ってくれるようになったことで、その気が流れ込んできたために、人々の入りとの間に一枚布をはさんだようなかたちになったらしい。
それでもきちんとオレへむけられた人々の信仰の声は届いているので、着々とオレは力をため込むことができた。



そうして、オレは顕現することができた。

オレの社に居を構えた天狐二人は、神にも匹敵する力があるようだったが、オレや主神様からするとおおいにこどもだ。
まだまだ千と年齢も若く感じる。
顕現当初、思わず「子」と言ってしまったが、よくよく考えると二人の気のおかげで顕現できたのだから、オレこそが二人「こ」だろうと思いなおし、天狐二人を「父母」と呼ぶことにした。

けれど顕現当初は天狐たちの妖力でさえまだ少しばかり力が足らず、というかつくも神としての肉体が不安定で、うまく言葉を話すこともできず、唯一話せたのが「かー」と「てー」という単語だけだった。
父様を「てー」。母様を「かー」としか呼べなかった。
それから満月の夜。
その日の太陽の光も沢山浴びて、月の光もあびて、ようやく肉体に力が満ちたのを感じた。

本体からもあふれ出そうなほど溜まった気をつくも神の肉体に循環するように、抑えるための術をほどこす。
くるくると回って大地からの補助を得るように陣を描き、やがて鏡にのみたまっていた力がヒトガタの方へ流れ込み、不安定だったものが完全なものとなる。

気付けばオレの姿は顕現当初の赤子のような幼い妖怪の姿から、天狐二人と同じくらいの人間で言うなら十代後半ぐらいであろう青年の姿に変わっていた。


ああ、これでようやくオレは貴方たちとちゃんと話ができる。
嬉しくなって、天狐たちにむけ「母様」「父様」と笑いかけた。






















――――そんなもう一つの物語。







ただし

白黒天狐のどっちが母とか父とか考えてなかった。

のは、ここだけの話で。













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