も し も 話
[花悲壮] → ツ*キウタ



字春が軍人になりまして 02

 


顔から血の気が下がっていくのを感じた。
こんなはずじゃなかった。
自分の考えの甘さに、舌打ちをつきたくなる。
ああ、もうだめだ。
眩暈までしてくる。いますぐ吐いてしまいたいほど。
ここから逃げたい。けれどそれは無理なこと。
なぜ、オレはのこのこと彼らについてきてしまったのだろうか。
そんなことを思っても後の祭り。

これは死へのカウントダウン。
薬はどこにあっただろうか。

こんな状況にした少し前の自分を呪いたい。


『オレはね、みんなのこと好きだよ。ずっと大切な仲間だって思ってた!だから――』


どうか、お願い。

切実な祈りも込めて、それを手放した。





 

【死地に赴くこどもたち】
 〜 side 成り代わり春 〜






 

手にしていたものを離し、目の前のものをおしやれば、横にいた始におもいっきりため息をつかれる。

『新・・・許可する、やれ』
『まじっすか!やったー!』

ずっとキラキラした目でみていた新が、始の言葉に歓声を浮かべる。
喜んでる仲間の姿を見ると、オレも嬉しくなる。
葵君がそんな新に苦笑を浮かべて「ほどほどに」と注意をしている。



オレたちはいま、スィーツカフェにきている。

オレにとってそれはまさに戦場・・・いや地獄。
もはや死地にも近い場所であった。

ことの発端は、甘いものが食べたい!特に苺パフェ!――と叫んだ新である。
ちょうど今の旬はイチゴであり、いちごづくしというイベントをやっている事が多く、新が 「俺のための月です!!」と、行きたい場所リストをもって共有ルームにやってきたのだ。

賛同したのは、その場にいた始のみ。新に「自分もいく」とつげ、ふたりで無言で頷きあったのだとか。。
うんうん、始は甘い物やおいしいものが好きだもんね。

二人がちょっとした変装をしてでかけようとしたところ、玄関前で葵君と遭遇。
さらに寮から少し歩いたところで、オレもバッタリ出逢い「たまには甘いものもいいかも」と、そのまま四人で向かうこととなったのだ。

今度は年少組もさそおうねと、喜々としてはいったのはいいのだが。

オレはメニューをみて、固まった。

笑顔まで固まってますよとつっこまれたが、しかたがないだろう。
はっきりいって“おしゃれなスィーツカフェ”というのをなめていた。

メニューのほとんどが甘い物しかなかった。

オレははっきり言うと、甘いのは得意ではない。辛い方が好きです。
でもたまには、たまにでいいんだけどね。甘いものが食べたいなぁとおもったりするわけで。
ほら、人間には糖分は必要なんだよ!
お仕事帰りとか。
疲れたときとかに!

いや、甘いのしかないとか。そこまではいいんだよ。しかたがないし。むしろわかりきっていたことだから。
問題はそこじゃない。

なにがどう問題かというと、トッピングというか、オマケの方がやばかったんだ。

経緯はこう。困ったことに、そのメニューの7割に写真がない。 謎めいたカタカナの名称と、下の説明を読んで、うんうんうなって、 すごく考えて、どれが甘さ控えめだろうと、超直感をはたらかせて――悩むこと10分。

きたのはガトーショコラ。
た・だ・し!!!
ケーキを半分おおいつくすほどの山盛りの生クリーム。

きたとたん血がザーって下がっていく気がしたよね。
何度でも言うが、オレは甘いのが本当にダメなんだ。においだけでもきつい。
これは前世からずっとそうで、あまいのっていうか、辛党で。激辛とか余裕なんだけど、バニラエッセンスのにおいは吐き気がするし。
原因はあるんだよ。いつだかの前世で生クリームにあたったんだ。それ以降、本当に無理なんだよね。

今度の人生でようやく生クリーム一口くらいならなんとか食べれるようにはなったけど、二口目は無理!マジで死ぬ。

胃薬って寮にあったかな?

あ!始、オレいまからちょっと薬局にいきたいんだけど。え、近くに薬局もコンビニもない・・・あ、そうですか。

そもそも、まってオレ。そういう酔い止め的な薬って、たしか“なったあと”じゃ意味がなくて、“具合悪くなる前”に飲まないといけないんだよね。
ダメじゃん・・・。

『いまなら、リコとグリの歌を歌ったあとに死ねるよオレ?』
『むしろ年少組のデュエットソングがあいそうな状況ですよね』
『そうかも』

胸やけがしそうな♪甘い香りは〜♪素敵なバニラの香り♪

『本当ダ。ピッタリダネ』
『それ歌詞からして色々違いますから!!』
『おー“甘いミルクティーは〜”の歌詞がひどいことに』
『リコグリ要素はどこにいった?』

『オレはね、みんなのこと好きだよ。ずっと大切な仲間だって思ってた!だからどうかお願い』


『生クリーム、たべてほしいな!』


『必死ですね春さん』
『うぅ・・・だって、なにをたのんでもすべてに生クリームがついてくるなんてきいてない』
『ま、まぁたしかに(苦笑)』
『甘いの苦手な人にはきついかもしれないですねー』
『ならついてくるな。もったいないだろ』
『ひどい始!苦手だけど、苦手だけどぉ!たまに無性に甘いもの欲しくなるんだよ!』
『わかりますそれ』

苦めなビーター味の項目があるのに、そのすべてのトッピングに大量の生クリームがついてくるとか。だれがおもうだろう?
思わないよね。
ビーターって、甘いの苦手な人ようだとおもうんだけどなぁ。
これでも超直感がいうには、一番生クリームがすくないやつなのに。

・・・うっ。バニラエッセンスの香りが。
ただよってきた甘い香りに思わず吐きそうになって、フォークをおいて空いた手で口元を抑えた。

そのまま目の前のケーキから視線をそらし、若干悩んだすえ、ガトーショコラにはさよならをすることを決める。生クリーム無理・・・。
そうしてケーキをテーブルのまんなかにおしやる。
だれか食べてイイヨ。オレハモウムリダカラ。

そこまでしたらさすがの始からもため息をつかれた。

『新・・・許可する。(かわりに食って)やれ』
『まじっすか!やったー!』

テーブルの中央に押しやった時点で、とびかからんばかりに目をギラギラかがやかせていた新が、即座にくいつき。
嬉しそうにオレの皿の上のこんもりとした生クリームを自分のパフェの上にさらに盛っていく。

『おー!これが本物の白い巨塔か』

なんて愉快なツッコミが聞こえたけど、オレはこの胸妬けをなんとかすべく、店員さんにブラックでコーヒーのお代わりを追加した。

ブラック!最高だよね!今すぐほしい。切なる願いをこめて注文を聞いてくれた店員さんにニコニコしていたら、おもいいっきり始に頭たたかれる。
アイアンクローだったらよける気万満々だったよ。

『よけるな』
『心を読まないでくれるかな!?はっ!?まさか始さん、あなたついに妖怪サトリに』
『なるかバカ』

妖怪サトリってあれだよね。
眼鏡をかけていて、糸目で、うさんくさい関西弁で・・・

『だれがうさんくさい糸目だ』
『春さんって、なんで妖怪に眼鏡かけさせたがるんです?』
『だってそういう妖怪がいたんだよ』
『いるか』

本当にいたのだ(前世だけど)と、口を開こうとしたが、それをふせぐように始がデコピンをしてきた。

始は自分の腕力が強いのをわかってないと思うんだ。
本当はそれもよけようとしたけど、超直感が突然なにかを訴えてきて、警鐘を鳴らす原因がわからなくて一瞬体が固まる。その隙をついて…





バシッ!





火花が散るような音と衝撃。

だがしかし。
衝撃は"額"ではなく、"右手"にきた。

手?
なんだ?
なんで右手?


そうだ、この手は"払った"のだ。
何か・・・そう・・とても“きらいなもの”を。
それを勢いよくはらったところだ。

「さわるな!!」

気が付けば、自分の口からそんな言葉が発せられていた。


ん?
なにがおきてる?

目の前には、傷ついた顔をした始がいて。その衣装は先程まで着ていた一般人風のそれではなく、軍服を思わせる制服のようなものを着ていた。

始はこちらに手を伸ばそうとしていたのだろう。 持ちあげかけたような状態で、手は宙で所在投げに彷徨っている。
オレの"掌"に熱い痛みがあることから、目の前の彼の手を思いっきりはたいたことは間違いないだろう。

「オレに話しかけるなっ!」

「春、俺は」
「オレはお前のような奴に名を呼ぶ許可を出した覚えはない!!」


『え・・』

自分の意思とは関係なく紡がれるトゲのある言葉の数々に驚き、思わず声が漏れる。

なぜ始の手を払ってあんなことを言ってしまったのか。
わけがわからない。

動揺した心がそのまま音となって漏れ出し、慌てて手で口をふさぐ。

え?ってなんだえ?って。しかも始をオレが“お前よばわり”するうとか。なにこれ?

そもそもなぜオレが始をたたく必要がある?
これはなんだ?
白昼夢?それにしては、痛みも重さもある。

・・・そもそもオレはなにをしていたのだったか。

誰かに状況を聞こうにも、始のことは嫌いじゃないと思っていても、体は今も自分の意思とは関係なく“睦月始”を拒絶し、口は彼を罵倒し、憎悪のこもった目で睨みをきかせている。

さっきまでなにをしていただろうか。

たしか・・・そう。そうだ。もとから“大嫌い”だった“睦月”が、馴れ馴れしく声をかけてきて。 それが癇癪を起したいほど嫌で、嫌でたまらなくて。あいつの存在じたいが腹正しくて。


何かが違うような気がする。


そう思ったときには、言葉が口からもれていて。

『どうして』

自分の意思とは別に体が動いているのを理解し、自分は見ているだけで、体を使うことも声を発することのないと思っていたのに。
どうせ口とオレの意思は関係なく動くに違いない。 ならオレがなにを考えてもそれが声になることはないだろう。
と思っていたが、予想に反して、その瞬間はオレが体を使っていた。

『あれ?・・え・・・うそ・・・オレ、なんで』

「春、おまえ・・・」


とっさのことだったが、“その瞬間”は、感情も口も体もオレの意思で動いた。
先程まで勝手に動いていた口と身体だから、“そう”はならないとおもっていたのに、いまは明らかにオレがこの体を動かしている。
驚きすぎて状況がよくわからない。
だけどそれ以上に、目の前の“睦月”の方が、オレをみて驚いた顔をしていた。

「お前も、そんな顔できたんだな」

ふっと表情を緩め、柔らかく笑った“睦月”に、思わず視線をそむける。
その言葉を言われた瞬間、駆け出していた。
この廊下の先を幾度か曲がれば宿舎で、そこが自分の部屋だ。

駆け出す?廊下?宿舎?
あれ?オレはさっきまでどこかの店舗で座っていなかっただろか。なのに走る?そんな場所なんてないはずでは?


もはや混乱しすぎて。オレが彼から視線をそらした理由も、走った理由もわからなかった。

胸が締め付けられるようにぎゅうっとなり、痛くて痛くて辛くて、たまらなかった。

恥ずかしかった。
憎らしかった。

わけがわからなかった。

けれど一番は、“殺意すら沸いていた相手に自分の内側の感情を少しでも見せてしまった”ことがたまらなく、悔しくて。
ただ「あんなやつにみられた!」そんな思いが頭を駆け抜けた。


「あんなやつと口もききたくなかったのに」


ちょっとまて。
“その感情”は本当にオレの意思か?

だってオレが、始を“あんなやつ”扱いしたことがあっただろうか。

――睦月は"外"をなにもしらない!お坊ちゃまなんか嫌いだよ!

心がそう叫ぶ。

嫌いすぎて、苦手も嫌悪を通り越して、睦月始など憎らしさと殺意を覚えるほどだ。
この感情は間違いないく相手のことが憎くてしょうがないから生まれたもの。

しかし同時に、オレは睦月始がとても大切で。
ずっと一緒にやっていきたくて。

この二つの気持ちが入り乱れて、オレは混乱で頭がパニックになっていた。
憎い。大切。
オレの気持ちのようなきもするけど、違う気もする。いや、どちらもオレのが感じているものには違いないはず。

もうなにがなんだかわからなくて、パニックになり焦った表情を表に出してしまった。 そのせいで通りすがりのやつらが、こちらにいぶかしむような視線を向けてきたり、声をかけてくる者もいたが。 すべて無視して“自分の部屋”にとびこんだ。

『あれ?なんでここがオレの部屋って』
「自分の部屋に入って何がわるい」
『たしかにこんな集団生活してたら、逃げ込むにはここしかないよな』
「あたりまえじゃん・・・」

「『ん?』」

「・・・なに、これ?オレ?なのに・・なんで“知らない記憶”が」
『いやいや、それはオレのセリフだよ』

自分で考えて言葉を発しているような気がする。
けれどそうでないような感覚がして、そんなおかしなはずはないだろうと、また考える。
すると、その思考とは全く別の思考が、自分の中で同時に展開している感覚がし、それに疑問に思えば自分の声で自分の想いに対し返答が返る。

「『どういうことだ?』」

二つの思考が同時に疑問を覚え、顔をあげる。
駆け込んだ部屋の中は明かりをつけていないせいでうすぼんやりとしている。だが、家具の配置も何もかも馴染みがあり見覚えがある。
否!見覚えはない。

即座にもう一つの思考が、ここが自分の部屋だという断定を否定した。

自分の部屋には、黄緑の絨毯があったはずだ。
――そんなはずはない。ここには絨毯のような高価なものはない。

自分の部屋にはたくさんの植物のプランターがあり、ホケキョくんがいて。
――植物なんてそんな貴重なものあるわけがない。ホケキョとは?

自分の部屋には、手作りのクッションがいっぱいあって、ツキウサのぬいぐるみがあって。
――ここにあるのは灰色の備え付けの家具だけ。クッションなんてもの必要性はないだろう。

アイドルを始めてから住み始めた寮とはいえ、もう我が家ともいえるほど馴染んだ部屋こそが自分の部屋だ。
――ここはこどもたちを兵士として育成するためのいわば収容所だ。その宿舎。死地に赴くためだけの自分たちの部屋に余分なものがあるわけない。


「え?」
『あれ?』


尋問自答をしているうちに、だんだんと心の中で返ってくる返答がなんだかおかしくなってきたことに気付く。

オレがホケキョくんをしらないはずがない。
――オレがこの部屋に絨毯や小物を置くはずがない。

睦月始をどう思う?飯伏かしく思って尋問自党のように疑問を浮かべてみる。

――嫌い。
好き。

返ってきたのは案の定二つの回答。
その二つの思考がグルグルとすれ違い、しまいに思考はあわなくなり・・・その“差”により、“別の存在”に互いに気付いた。


「オレのなかにいる君はだれ?」
『オレがいるこの体は君の?』


精神的にはどこかでまだ混ざり合った部分がある感じがする。そのせいで、互いの思考がたまにつつぬけになるが、“自分とは違う”とわかれば、あっけない。
混ざり合っていた思考が、それによりきれいに分離する。
たがいにこの体の中に、“別の自分”の存在を感じ取ることができた。






つまり、オレもといアイドル世界の弥生春が、この戦争真っ只中の帝国弥生春の中に憑依してしまったらしい。





『え?始のデコピンで異世界にすってんころりんとか・・・ないわ〜』

"ここ"は、スイーツカフェとはまた別の戦場のようだ。








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