字春がウサギになりまして 02 |
「王は無事だよ。“向こう側”にいっただけだ」 王が宰相と共に鏡の中に飛び込み、空っぽになった玉座を眺める一匹の黒兎。 【黒いウサギはとく語り・・・】 〜 side 黒兎王国 〜 「・・・・ふーん。そんなこともしらないんだね」 「本当に君たちは“僕ら”のことをしらなすぎる」 座るべき存在がおらずさびしげな玉座の背をツゥーっとなで、黒いウサギはクスクスと笑う。 玉座のまわりを楽し気にくるくるまわったあと、そのウサギは自分に向けられたきつい視線を「ふふ」と笑顔で一笑する。 「君たちの問いに答えてあげるよ」 ほぉら、自分の足元をご覧。 そこには君の影があるだろう?世界は張り付く鏡面のように、向こう側には別の君たちがいる。 まさに影のように。 あちらからすると、こっちの世界が影となるようにね。 「結局どちらが裏か表かなんてなかったんだよ。 “オレ”からすればこちらが表であったというだけ。“僕”からすればあちらが表であっただけ」 「ただ二つの世界は、対極に位置して、ただ背中合わせに存在していただけに過ぎない」 「よいっしょっと」 ポスンと音を立てて玉座に座った黒いウサギは、まるで彼こそが王だと言わんばかりに、そこに腰かけるさまに違和感がない。 黒いウサギは優雅に足を組み、膝置きに右手をついて頬杖をし、世界そのものを見渡すように視線で部屋を一周する。 そうして自分の行動を視線でおいかけてくる相手を見つめると「さて」と小さく息をつく。 「聞きたいことはなにかな?今なら気分がいい。なんでもこたえてあげるよ」 「たとえば?そうだね。君たちの王と宰相をどこにやったか?とか。――それは“向こう側”としか言いようがないねぇ」 「ほかには?」 「ああ、同一存在でありながら、なぜ春が“彼”の対ではないか・・・か。ふむ」 黒いウサギはかけていた眼鏡をはずすと、何かを思い出すように目を閉じる。 しばらくして目をあけた彼は、手の中でいじっていた眼鏡を包み込むように手で覆う。 次にその手がひらかれたとき、眼鏡だったものはふわりと花の花弁となって宙に舞い、消える。 その芸当だけで彼が“ひと”ではないのだとわかる。 “わからせられる”。 「大したことじゃぁないんだ。たしかに“春”は、しゅんでもある。 別に君たちを偽っていたわけではない。すべてが本当のことだよ」 「・・・そうだねぇ、季節の春で例えるとわかりやすいかな。春とは、冬の終わりをしめし、同時に暖かな季節の訪れの始まりでもある。“春”というオレは、終わりと始まりの両方を持ち得る。 だからオレに対なる存在は必要ないってことだね」 「でももうひとりの“しゅん”は、ハヤブサの名をもってうまれてしまった。 “しゅん”と“シュン”は、実はうけもつ世界の比重が違うんだ。これは隼は気付いてはいないことだねぇ」 「春は“終わり”でもあり“始まり”でもある存在。けれどね、終わりだけを司る隼は、すべてを生み出す始まりが必要だった。 それが始だ。 一人ぼっちで支えるには、あの子は少し容量が足らなかったんだね。 隼の心が先にもたなくなってしまったんだよ。だから向こう側が崩壊を始めてしまった。 それを止めるためにも“はじまり”が必要だったんだよ」 だからこの世界に対たる始がうまれた。 「少しだけあちらの時をすすめるために、“はじまり”を借りてるだけだ。いずれは帰ってくるさ」 「ん?もっと詳しく聞きたい?ふふ。困った子だねぇ」 “春”はキラキラと光を反射する宝石のような瞳を細め、クスリと笑うと、優し気な言葉とは裏腹に、意味ありげに口端を持ち上げた。 「では、君たちの王が帰るまで、少しばかり話に付き合ってもらおうかな」 |