字春が魔族になりまして 05 |
この世界の住人達は、生命の樹の〈葉〉から生まれたがゆえに、その背に羽をもつ。 彼らの核は、耳に生えた“葉”の方。 ゆえに背中の羽根は、力が具現化したものにすぎない。 背中の羽は移動時以外は基本は邪魔なので“しまう”ことが多い。 実体を失った力は、体のどこかに、羽の紋としてあらわれる。 そして対なる相手が生まれると、羽は生え変わり相手の羽根と混ざり合う。 それが、世界の法則。 『僕はしってるよ。この世界の誰にもまねはできない。だれも持ち得ない――それはそれはとても美しい“ハネ”の持ち主を』 【05. 葉は羽にして翅にあらず】 『春さんって生まれながらに対羽だったって噂を聞いたことがあるんですが・・・』 『いや、耳みただろ。どうみても闇羽が一個だぜ』 『背中の翼もひとつですよね?』 『どっからそんな噂が流れたんだろ?』 『さぁ?』 『羽っていうと、羽と服って関係がある?それともこれってただの流行り?』 『さすがおしゃれ担当!そこに注目するか』 『今度から服の歴史について研究してみるのも手じゃねwww』 『服の歴史かぁー。おもしろそうかも。たしかにそこを重視して研究した人いなそうだし』 『つか春さんの服ノセンスの悪さって知ってる?』 『知ってる知ってる。哀しいレベルで酷い服の・・・』 『春さんの部下がいつも洋服選んでくれるんだって。それを着ないと春さん館の外に出してもらえないらしい』 『いや、だってあの服のセンスじゃねー(遠い目)』 『そういえば俺、春さんが、天族の皆さんみたいに肌見せてるの見たことないです』 『似合う衣装を部下さんが選んでるから、部下さんの趣味じゃない?』 『うんうん』 『天族でも肌見せない人は見せないよ?』 『だね。隼さんなんかガッツリ布の塊みたいな人ですしwww』 『そういうなら魔族でもチラミセ率は多いな〜。天族限定ではなさそうだぞ』 『いやいや、天族の人は太陽に近い位置にいるから何時も暑くて薄手が多いんですよ』 『そこの魔族!嘘はダメー!!』 『うーん。やっぱりこれは服の歴史っていう研究を始めるべきなきがwww』 『冗談やめろよ。気が遠くなる』 『で?春さんが、どうかしたの?』 『服の歴史のなかに春さんを参考にしてはいけないと改めて思った感じ?』 『つか、むなもとの開け具合がエロイよなあのひと』 『そこ以外の肌を見たことがないひとってことですよ。あのひとぬがないし』 『ぬ、ぬがれてもこまるけどね』 『春さんによく似合ってる。部下さんがうまい具合に見極めて頑張って選んでくれてる証拠だね』 『でもあまりに衣装センスよすぎて。・・・エロイよな、春さん』 『隼さんや始さんもきれいですけど、そういう可憐さとか大人の魅力とか美しさではなくてですね』 『それなーそれな。なんてーの。男の色気?とかとは違う、なんか別次元な何かを感じる。ぬぐとよりヤバ気なきが・・・』 『大人の色気って言うなら里津花さんも綺麗ですよね』 『それともなんか違って』 『あーわかるわそれ』 『だから春さん、なんか違うんですって』 『それで?何の話だっけ?』 『春さんの素肌について?だったか?』 『違うようなあっているような・・・?』 『洋服がどうのって・・・』 『胸元バーンって空いてるよねって。ってはなしじゃなかったっけ?』 『そうかも?』 『そう、だっけ?』 『大きな襟に頬釣りして首元さむくない。ってほくほくして周囲に花を飛ばしてたのならみたことあるわ〜』 『さむがり?』 『春さん、たまに天族の方の衣装をガンミしてるんですよ。なんでかなぁって思ったら、ひらひらした部分がほしいらしいです。あまった布の部分とかほしいって』 『は?』 『首元寒いからストールかマフラーになるなにかがほしいみたいです』 『そ、それで、がんみ?』 『隼さんはニコニコして羽衣っていうか腕にかけてる布を巻いてあげてますよ』 『優しいね。さすが大天使』 『っていうか、春さんがあまりに羨ましそうに見るから、天族の方の多くはそのために余分な布を持ち歩いてるんじゃっって気がしてきました』 『うちの志季もそうだけど、天族ってけっこう布率高いもんな〜』 『志季さんはともかく、布率高いくせに露出率も高いという天族の謎』 『だからお空の太陽に近い場所を飛ぶからだろ?wwww』 『とぶっていうなら俺ら魔族だってとぶじゃん空』 『魔族はだまっていような。だから天族がなぜ薄着かつ布を沢山まとうかって話だろ』 『脱線・・・なう』 『隼さんはなかでも一番フワフワ着込んでますよね。そっかぁ〜あれ、春さんのためか』 『隼さんの布は、さむがりの春のためだったwwwwwなんてなw』 『ないだろwwwさすがにそれはwww』 『うける』 『そういえばさ、“飛ぶ”で思い出したけど、みんな羽根って普通は“しまう”よね?』 『当然』 『室内では邪魔だ』 『だよね〜』 『春さんってさ、服脱がないだけじゃなくて、羽もしまわないんだよ』 『へ?それどうやって服着るのさ』 『気付いたら着てる』 『いやいや!家の中じゃぁさすがに邪魔だろ!?』 『隼さんや始さんほどでないにしろ、あの羽十分でかいだろ』 『あのままで室内とか・・・』 『ぜんぜん邪魔じゃなさそうに。さら〜っと物をよけていくんだよね』 『ま、まぁ・・・俺らの羽って力の具現化したものだから、服を着てても羽を出し入れとか・・・できないこともないけどさ。え、でも実体化してる時の羽って邪魔、だよな』 『う、うん。さすがに室内だと邪魔だよねぇ』 『脱がないし、しまう・・・っていうと、春さんの羽紋(ハモン)ってみたことある?』 『あれだけ大きな翼だと綺麗だろうね』 『魔族だから黒の羽紋か』 『やっぱりそうなると脱がないから、だれもみたことないよな』 『うん。あのひと極度のさむがりだから、ぬがないでしょ』 『お日様の下でも?』 『たぶん俺らが暑いと思ってるとき、あのひとは“ちょうどいい”っておもってるんじゃないか?』 『みたことならあるよ』 『あ、隼さん』 『なんだか面白そうな話をしているね』 『春さんが前はバーンなのに寒がりで脱がないですねって言う話』 『そうだっけ?春さんが翼をしまったのを見たことないっていう話じゃ』 『両方だって』 『あと春の雰囲気がエロイよなーって話だろ』 『あ、うん。そうだった』 『たしかに紋の美しさは、僕らの一種のステータスだからねぇ』 『天族はみせびらかすよな』 『いや、だからそれは違って、羽の出し入れが楽なように背中だしてるわけで・・・たぶん』 『でもさ服を着てても羽って力が実体化してるだけだから、わざわざそのために服どうこうしなくてもいいような気が』 『やはり服の歴史の調査をするべき?』 『変な黒歴史でてこないかそれ?天族の』 『天族ばっかヒラヒラだと思うなよ!というか、天族からしたらあれが一番いいんだって!飛んでる時羽一枚でも絡まると痛いし!気になるし!引っかかって動きずらいからヒラヒラしてる方が楽なの!』 『あーそういう感覚魔族には薄いわwww俺ら基本的に皮膜率高いしwww』 『なんで最近露出多い服はやってるんだろうね』 『超腹出してるおまえにだけはいわれたくないわー!!』 『まぁまぁおちついてwwwふふ。そっかぁ羽紋かぁ』 『隼さんの羽紋はやっぱり背中ですか?』 『そうだね。背中が半分は真っ白になるよ』 『『『さすが六翼』』』 『ねぇ隼。春の羽紋はどういうのなの?』 『あ、そういえばさっき見たことあるって』 『春の紋はね――それはそれは綺麗なんだよ』 『どうして隼さんが知ってるんですか?』 『どうしてって。君たち、さっき自分で話したじゃないか。僕がいつも布を持ち歩く理由を』 『え。あれ、正解なの!?』 『うん。あまりにうらやましがるから、僕が春に服を着せてるんだよ。そりゃぁ、着替えの際にみえるよね。背中のことだよ』 『いつか、君たちも“しまわれたハネ”をみれるといいね』 * * * * * この世界の住人は、セフィロトの樹の〈葉〉から生まれ、〈花〉が肉の器となった存在だ。 『僕は知っているよ』 ここに生きる者たちの命の源とは、〈葉〉の方である。 耳にある〈葉〉こそ、彼らの核ともいえる。 背中の羽は、力が実態を得たものにすぎずそれは〈葉〉ではない。 だから顕現を解き、羽を“しまう”こともできるのだ。 核が〈葉〉である彼らの翼がみな同じような形をしているのは、本体が同じ樹の〈葉〉であるせい。 だからこの世界の者たちは、ある程度同じ姿かたちをしているのだ。 “ただひとり”をのぞいては。 『そうだね。その“ハネ”を言葉で表すのなら――』 あまたの知識の海をおよぐように。 そこからたったひとつの情報を探すように “深淵に座すもの”は、“最期”の記憶を懐かしそうにふりかえる。 『だれも持ち得ない――それはそれは、とても美しい“翅”だ』 * * * * * じぃーーーーーーーー あつい視線を魔族の少年にむけられ、しまいにはほかの天族や魔族の子供たちからも視線が向けられる。 その集中砲火にたじろぐ字の心を表すように、その背中の黒い皮膜のはった翼が、所在なさげにパサリとゆれる。 その様はまるで、ふるえるウサギや猫などの小動物が耳をぺたりとたらしているかのようにか弱げだ。 ぷるぷる震えるその小さな羽音をきっかけに、金色の少年が口を開く。 駆『春さんって、絶対に背中みせませんよね〜。俺春さんの翼見たことないです』 その言葉にキョトンとした字は、翼が揺れる自分の背中を振り返る。 そこには立派な皮膜の翼が黒く艶を放っている。 バサリと大きくその羽根を広げ、不思議そうにそのままこどもたちに背中を見せるが、「そうじゃない」と首を横に振られる。 字『えっと・・・オレの翼ってこれだけど・・・どうかした?』 恋『そうじゃないんです』 駆『うん。違う違う』 郁『そうじゃなくてですね』 流『胸元はばーっとあけてるくせに、あんたいつも着こみすぎじゃねって話になってさ』 星『羽紋をみたことない』 翼『そもそもあんたが翼をしまってるところを見たやつがほとんどいないよなーって話になったわけだ』 涙『さむがり?でも、それと翼をしまわないのは関係ない、よね?』 字『そうだねぇ。風が肌にあたる感覚をさむいと思っちゃうんだよねオレ。冷え性だってみんなにいわれてて』 流『そうそう!どんな羽紋かなぁって。いつも羽だしっぱだし』 翼『俺もちょーきになるんだよね!』 字『ああ、そういう意味の“背中”かぁ〜。たしかにほとんどの子は腕や背中に羽紋あるものね・・・・えっと、それでオレの羽紋は背中にありそうだと? オレの羽紋が見たい。で、いいのかな?』 『『『みたい!』』』 字『普通だと思うけどねぇ』 なんてことはないように、翼を“しまう”と、字は着ていたロングコートのボタンをはずし、肩からすべらすように降ろす。 翼『うっわーエッロ』 恋『ひゃぁー!!!』 流『した!したきてないのかよあんた!!!!』 春『着たいんだけど、この格好には不適切ですって脱がされるんだよぉ〜』 郁『涙みちゃだめ!////』 涙『いっくんみえなーい』 男らしくバサリ!と颯爽と風をきってひるがえすでもなく、腕を抜くことなくゆるりと肩だけずらし、腰に引っかかるようにおさえてみせるその一連の仕草はなんとも艶やかだ。 ロングコートの下からでてきたのは、タンクトップやシャツなどではない傷ひとつない素肌で、白い肌が黒衣の中に浮き出て映える。 そうしてはだけられた上半身の中、首元で鎖を揺らす黒いチョーカーだけが彼の素肌を滑る。 その黒と白だけで彩られた姿はもはや倒錯的で、表現しがたいほどに色っぽい。 字『背中っていうより、俺の波紋は首元から肩にかかってるんだ』 こどもたちのみたがった羽紋は、彼の言葉の通りチョーカーの下、その首元から肩にかけてひろがっていた。 まるで首元から肩を覆うように、牙か爪痕をほうふつとさせる鋭い意匠の黒い羽紋が浮かびあがっている。 首元に紋がはるためか、だぼっと腕にかかるコートを邪魔そうにしつつ、その腕が長く淡い色の髪をよけて細いうなじをあらわにさせる。 よりクッキリみえるようになった黒い紋は、白い肌を舐める傷跡のように鋭い模様が重ね合わさり皮膜の翼のようなものを描く。 それがまるで「こいつは自分のものだ」と誰かが牽制しつけた傷跡のようにもみえ、白い素肌の上に映える黒とあいまって、いいようのない色香 となって、その妖しさに一役買っている。 肩がみえるようにずらされはだけた黒のロングコートを腕に通したままむけられてたその背中は――とても男とは思えない。 ゴクリと唾をのむ者。 視線を逸らす者。 相方の目を必死に塞ぐ者。 何処に視線を向ければいいかと視線を彷徨わす者。 それを見た瞬間の行動はさまざまであるが、その場にいた誰もが顔を少なからず赤くしている。 郁『あれですかね。普段露出が少ない人ほど、なんか緊張するっていうか・・・新鮮ていうかなんというか(顔を赤くして苦笑)』 流『そうだったら着こんでる人全員対象になるじゃんそれ!翼だってエーチだってエロイ部類に入っちゃうし!あんなエロさはエーチにはない!』 翼『鉄壁のガード今破れたり!みたいな?つか破けたらもっとやばいわこれ・・・うちの里津花でもむりだぞこれは。むしろ紋からしてなんかエロイとかきてない!!!』 涙『あ、春なまめかしい』 郁『せ、せめて色っぽいとかにしようよ涙!』 恋『やめて!そんな発言ききたくない!どっちもいやー!』 駆『なんか、さすがとしかいえない・・・なにこの色気』 恋『春さんの肌が見えるだけで、ものすごいえっちい』 流『さらにうえをいく露出が高くエロイ格好をしてる恋や駆にはこれほどの色気がない件について』 駆『俺達のはこういうデザインの流行りなの!へそ出しは流行りでしょ!えろくないから!翼さんだってへそ出してるし!』 恋『というか、俺や駆さんにエロスをもとめないで!あんなの無理だから!!』 翼『俺だって黒い衣服であんまり露出ないのに!!脱げば凄いからとか言ってた俺がばかだった!!あれは無理!あんな風な色気俺もほしい!』 星『でも。うん、わかる・・・春さんは恋たちと違って、その、ちょっと目のやり場に困る』 字『・・・・・君たち、どこを見てるの』 もう、いいかい?そろそろ寒いんだけど! そんなうったえとともにスルリとコートが持ち上がる。 さっさと着込んでほっと息をつき「寒かった」とつぶやく字に、顔を赤くし目をそらしていた子供たちがうわーとむらがる。 駆『うう!春さんエロかったです!』 字『その感想いらないんだけど!!』 恋『俺にもその色気をわかけてくださーい!いや、むしろご教授願いたい!!そしてモテたいっ!全力で!!』 字『色気って何の話!?』 涙『春、僕も春みたいな大人になりたい』 郁『涙はそのままでいて!春さんみたいに妖しいひとにならないで!』 字『まって!?なんなの!?なんで羽紋の話が!なんかおかしな話になってるよ!!怪しい人ってオレがなにをしたの!?』 星『いま“あやしい”の解釈が違った気が・・・』 駆『あ、お菓子たべたい』 翼『wwwおかしなはなしだけに?www』 そのままお菓子議談となり、駆のお腹がグゥ〜と大きな音を立てる。 それに「しょうがないなぁ」と字が笑う。 字『みんなでうちにおいで。お茶会にしよう』 クスクスと柔らかく微笑むその様は慈愛にあふれ、陽だまりのようだ。 その笑顔で手を伸ばされれば、こどもたちの顔が輝き、幾人かは嬉しそうに飛びついた。 両手を涙と駆にだきつかれ、そのままワイワイと騒ぐ子供たちをひきつれ歩き出す。 その背にはパサリと小さな音を立てて再び字の黒い羽がひらく。 『いまのは・・・』 コートが上へと引き上げられる。 その瞬間、ひとりの天族の目に“それ”は映った。 有り得ないはずの“それ”に、壱星は目を見開く。 本当に自分の目を疑うほどに一瞬のことだったが、肩甲骨より下、春の素肌の上にうっすらとだが“白い羽紋”が続いているのをみてしまったのだ。 星『あ、だからか』 きっと“噂”は本当だったのだ。 だから彼はあれ以上脱がなかったのだと、衝撃から我に返った壱星はスッキリした面持ちで、自分を呼ぶ声を追いかけた。 『ふふ。そもそも誰も嘘なんかついてないけど。信じないものだよねぇ〜――・・“そろそろ”かな』 『春さん?』 『どうかしましたか?』 『うんん。なんでもないよ』 『おやつー!』 『はいはい(笑)』 ――そこは美しい庭園がひろがるとある魔族の白い館。 茶会も仕事もおわらせ、一息ついた屋敷の主は、水を浴びようと執務をするための部屋を出た。 浴室は風呂の上に浮かべられた花が甘い香りをたて、ふわふわと白い湯気が空間の温度を上げている。 小さな絹連れの音がして、その身をおおっていた布がおちる、 床に広がる布の漆黒が、磨き抜かれた大理石の床に映していた姿をかきけす。 『ふふ。“第三者”からみると“僕”の羽はこうみえるんだね』 しつれいするよ。とノックなしで浴室に入ってきた天族に、彼は困ったように笑う。 みられてまずいものはないが、なにも浴室までくることはないだろう。と。 『隼。用があるなら部屋で待っててよ』 『どうせ君は僕がきていたのも気づいてたんだろう?ならいいじゃないか』 『だからって風呂場までくるのはちょっとどうかと思うよ。君じゃなかったら、オレはいまごろ悲鳴を上げているよ』 クスクスと笑いながら、そのまま手招きすれば、白い天族はかまわずやってくる。 服に湿気がまとわりついて重そうだと魔族の青年が指摘をするが、すぐにかわくと首を横に振られる。 『今日はどうしたの?』 『たまになつかしくなるんだよ――この“羽”がね』 天族のその手が、青年の背の“黒い羽紋”をなでる。 それにくすぐったそうに笑いながら、「でもまだ小さいでしょう」と返す。 『もう少し生きないと“昔の隼”ほどの大きさには成長しないね。まだこの翼は育成途中さ』 この世界の天族も魔族も、生きた年数の分だけ力は大きくなり翼の大きさも変化する。 まぁピークがすぎれば、老いがきて、力も羽も縮んでしまうが・・・。 現段階では、彼らはまだ成長まっただなかの若い部類に入る。 彼の羽は、まだまだ大きく立派になる――それを白と黒の二人は“すで”に知っていた。 彼らは、その羽根の本来の大きさを“しって”いる。 “遠い昔”――それもセフィロトの樹が箱庭を作り上げるより前に、実際に“目にしたことがある”のだ。 だからこそ、その羽がどれほど大きくなるのかを知っている。 『窮屈じゃない?大丈夫?』 ふいに隼の白い手が、とがった字の耳の〈葉〉に触れる。 字は生まれながらに対を持っていると噂される。 その噂がいつどこから出たかはわかってはいないが、噂自体は周知の事実である。 しかしその話をだれも信じることはない。それはしょせん“噂”だと、誰もが思い込むのだ。 その原因としては、字の耳には一枚の闇羽しかないからだ。 常に表に見えている核の象徴である耳の〈葉〉が、一般的な闇葉一枚であることで、やがて人々は“春にはまだ対がいない”と思い込む。 対羽がいれば〈葉〉は形を変え、背中の翼にも変化が生まれ、相手の色が混ざり合う翼が新に生まれるためだ。 それのない“春”には、対はいない。 ――常識ではそれが正しい判断である。 しかしそれはあくまで“常識内”であればのはなしだ。 『そうだね。たまには、はねを伸ばしたいよ』 『ふふ。僕らにはピッタリな言い回しだね』 『そうでしょう。オレもそう思って今使ってみた』 いまは僕しかいないよ。 隼の言葉を引き金に、まるで糸が切れた人形のように字の身体がぐらつきたおれこむ。 そのまま彼は床に座りこみ、自分の身体を抱きしめるように腕をまわし、その手は水を浴びる前の乾いた肌をなぞる。 変化は突然起きた。 パサリパサリと軽やかな小鳥の羽ばたきのような音がし、彼の耳元の〈葉〉が枚数を増やしていく。 黒一色だったそれに、白い葉が増える。 否、それだけではなく、耳そのものを覆うように白色は増殖し、肌色の耳をみせていたそれさえもが翼となる。 次に訪れた変化は背だ。 背には、首元から肩にかけてあった黒い羽紋のほかに、そのした、背中から腰にかけてを覆うように“白い”五つの羽紋が先程よりくっきりと浮かび上がってくる。 その背中から、紋が浮きでるように濃さを増し、そのまま黒と白の翼が実体をもちはじめる。 黒い一対の翼。 その真ん中から白い翼がひろがり――― ファサ。っと まるで蕾がほころび花開くように、羽根のつけ根から、新たな“ハネ”がひらく。 それは青い光を纏う黒い蝶の翅だ。 鏡にうつるは、地面までとどかせた淡い色のふわりとした髪をもつ存在。 先程までの魔族の姿もその角もなくなっている。 耳のは〈葉〉といより、耳そのものが翼のようで、その根元付近に微かに黒色が混ざっている。 背には一対の黒い翼と白い五翼、そして巨大な蝶の羽根をひろげる――天使の姿がそこにあった。 重なるように複雑に黒と白のはえる翼は、もはや羽ではなく、まるで大輪の花のようにさえみえてくる。 けれど種が違うとわかるその複数の“ハネ”をもつ姿は、どこか儚げで、だまったままうつむいている姿は――そのまま湯気に溶けてしまいそうだ。 『ンー・・・』 『やっぱりきれいだね』 すべての“ハネ”がでそろったのだろう。ようやく顔をあげた字は、ふぅ〜とばかりに肩から力を抜く。 パサリ、パサリとそれぞれの“ハネ”が揺れ、ふわりとあたたかくやわらかい空気をかきまぜる。 『はぁ〜・・・おもい』 『しかたがないよ。実体を持った翼は質量がなくても存在感はあるからね』 『12翼あったときはだるくて動きたくなったのを思い出すよ。 “最期”のとき、隼が羽を交換しようって提案してくれなきゃ、オレはあのまま“深淵”に残って、転生する気はなかったんだよ。動くのだるくて』 『おやおや。それだと“魔族の春”がうまれなかったところだね』 『オレがいなくとも、君には“始まり”が必要だったから、いつかはこの世界に生まれてきただろう? それでどうかな――オレが君にあげた“オレの羽”の付け心地は? 数が多すぎて、オレが昔動くのいやだ〜って言ってた理由がよぉーくわかったんじゃない?』 先程の儚さはどこへ行ったのか、不敵なまでにニヤリと笑う字に、隼は「そうだねぇ」と笑い返す。 『僕が君からもらった羽は半分の六翼だからねぇ。それほどでもないよ』 『残りの“翼”ならぜんぶあげたかったんだけどね。そうやってあと五翼あげちゃうと、君が望んでいた“始”の対になれなかったからね。こればかりはしょうがないね』 『いまの春も素敵だよ』 『うーん。いちおう12あったときよりは軽くなったけど。そうだね、数が減っただけ隼には感謝してるよ』 『僕こそ』 『ありがとう――《字》』 『どういたし・・・・ハッ!?やばい、力の制御に失敗して髪の毛まで伸びちゃった』 『おやおや“毛玉”降臨再びかなwww僕は今のまっすぐにしてるヘアスタイルも嫌いじゃぁないけど、こっちのふわふわした髪型の君の方が好きだよ。 人間が言う“春”っぽくて、なんだかふんわり優しい感じがして、本来の君らしくていいと思う』 『せっかく部下に綺麗に梳いてもらったのにー』 『むしろ、明日からなんて言い訳するんだい?』 『植物に回していたエネルギーが暴走して髪の毛が伸びたとでも言うよ』 『それはそれはwww』 『それより―』 『ん?』 『せっかくきたんだから、“自分の翼”を洗っていく気かはないかい隼?』 ここは浴室だ。 そんな笑顔ともに、クイっと隼の袖が強くひっぱられ、濡れた床に倒れ込むように膝をついてしまう。 その隙をついて、字がそばにあった桶に湯をすくい、キョトンとしている相手の頭からかける。 『一蓮托生♪濡れていけ』 『もう濡れてるよwww』 『お風呂で濡れないでいるとか、なにしにきたのさ』 『それもそうだねwwwせかっくここまできたし。ご相伴にあずかろうかな』 『かわりに隼がもっている“オレの翼”を洗ったあと、念入りにブラッシングしてあげる』 『なら僕は久しぶりに“自分の翼”を泡で洗おうかな♪君の残りの翼とロジャーさんの翅も一緒にあらって平気?』 『もちろん』 『ところで・・・』 『うん。言いたいことはわかるよ』 『僕ら一人でも量が多いのに、二人分の翼となると』 『そうだね』 『どうする?』 『すでに排水溝はつまってるよ』 『だよね』 『『出口が見当たらないぐらい風呂場が泡でいっぱいになっちゃたけどどうしようか』』 |