外伝 ・ も し も 話
[花悲壮] → ツキウタ



【SS-04】 これは御伽噺です

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※魔法の国(字の世界)…『漢字名称』

<弥生字>
・本名《字》
・魔法のある世界の春成り代わり主
・一つ前の世界は【黒バヌ】の花宮成り代わり
・魔力豊富な世界で、生まれつき魔力0体質
・だれも本名を呼べないので、むかしは《花》と呼ばれていた
・芸名「春」
・前世から変わらず、見えてはいけないものが視える
・始の魔力で生かされてる
・ロジャーという蝶は字の魂と連結している存在(現在、始に張り付いて魔力を常に供給してもらっている)
・ロジャーがいないと情緒不安定になる
・始は充電器か空気という認識

※お題「ヴァレンタイン」から、若干話がつながっています。








【大樹は語り】
 〜side 春 成り代わり世界〜



共有ルームのソファの上。
コーヒーを飲みながら本を読んでいた字の横には、隼がいる。
隼が覗き込んでも字は反応がない。
のぞいてみれば、日本語でも英語でもない謎の言語がかかれている。
しかも小難しい記号や数式が描かれたそれに、これは下手をすると何かの論文の可能性があると気づく。
顔をひきつらせた隼は、思わず「なにか研究して発表するつもりなのかい?」と彼にきいたほどだ。
しかし字は不思議そうに、「これ、もう研究つくされてるのに新しい何かが必要かな?」と首をかしげる始末。
隼には、どうやったってその“新しい発見”へのヒントたる回答は浮かばない。

字の趣味は理解しがたい。
たぶんこれは誰であってもわからないであろう。

字はたまにイタリア語やドイツ語の本を読んでいることもあれば、「ね〇のきもち」なんて雑誌を嬉しそうに見ていたり、かと思えば、 ゲームの攻略本をよんでいたりと、とにかく雑食だ。
ちなみにゲームの攻略本は、恋と新にさそわれてやったゲームがすすめなかったせいらしい。
ゲームと現実の感覚の違いがひどすぎて、プロローグもいいところの初回のステージから道に迷って身動きできなくて困っていたのだという。 結局何度やっても初回ステージからぬけられなかったため、憐れんだ新と恋が代わりに進めたらしい。
あるときなど、共有ルームの椅子で春が泣いていたことがあった。あの「春」が泣いている!? と思ってかけつけたら、なんと外見からはイメージがわかないような週刊ジoンプをよんでいただけとか。
とにかく字は、本に関しては雑食だ。

今日は他のメンバーは仕事や学校っと外出中で、隼は暇だった。
本を読んでる字にちょっかいだしても、彼は笑いながら頭を撫でてきて――そのまま本の続きを読み始めてしまう。
見ているのも飽き、退屈になった隼は、字の膝にうつ伏せの状態でのりあげながら、じゃれる猫のように「かまってよー」と笑いながらうったえる。
頭をやさしくなでいた字の手が一度とまり、それを気にして隼が顔を上げれば、字が本を読むのを止めてクスクスとわらっていた。

字『ふふ。ごめんね。つい本ばっか見てたよ。さぁ隼、オレは君になにをしてあげればいいかな』

字はわざわざ本を閉じ、それを邪魔にならない様にと机の上に置くと、まっすぐに隼をみおろす。
それと同時に再びやさしく隼の髪がなでられ、隼はごろんと今度は仰向きに寝っ転がる。膝枕だ。
見上げれば、字と視線が合う。
隼は、自分と字の目の色はほとんど同じ色合いだと思っていたが、下から覗いた字の目はより鮮やかな色彩を持っていて、一度見たら忘れられない“なにか”がそこにはあった。 けれどその何かが、彼の色をどこか柔らかく感じさせる。
隼は、字の目元へ手を伸ばすと「えい」っと眼鏡をとってしまい、それを先程机の上に置かれた本の横に置く。
もう一度字の膝に頭を載せて、上を見上げれば、先程のガラスごしよりもさらによくみれた印象的な緑が視界にとびこんでくる。 宝物をみつけたような気分になって隼は、字の目元をなでながら、「君はやっぱり面白いね」と笑う。

字『ほくろでも気になった?よく聞かれるけど、こんな目の下にあってもまったく気にならないんだよねぇ』
隼『あはは、そうきたかー。いやいや、ほくろじゃなくてね。春の目はきれいだなぁって思ってね』
字『んーそう?』
隼『うん。君の目は、僕たちのしらないものをみてきたんだなぁって思ってね、つい』
字『おやおや。オレは、それほど色んなものは見えないよ。こないだも始が(笑いすぎて)床に転がってるの気づかずに思いっきりふんじゃったしね』
隼『見える見えないじゃないけど、うーん。まぁ、今日はそういうことにしておこうかな』

柔らかな言葉でノラリクラリと言葉はかわされ、一瞬だけ字の目に陰がよぎる。字の目は「これ以上は何も語らない」と言っているようで、哀しげだ。
それに降参とばかりに隼は肩をすくめ、「寝ようかなぁ」と目を閉じる。

字『あれ?このまま寝ちゃうの?オレの膝枕なんて硬いでしょうに』
隼『そういわずにさ♪いまはここがいいんだよね」

隼『そうだ春。なにかお話しでもしてくれるかい?君の声を聴いていたらよく眠れそうだ」
字『なぁに。「おはなしして」って。・・・・・隼ってば、あきらめ悪いなぁ』
隼『まぁまぁ。春の語る“物語”はいつも面白いから大好きなんだよね』
字『そう?自分ではそんな面白いことを言ってるつもりはなかったけどね』

隼『そうだ!このあいだヴァレンタインの話をしていたね。春は「結婚したい人は、一人で十分」って言ってたけど。なにか春の知る恋話はないのかい?』

字『しかたないなぁ。隼だから特別だよ』
隼『もちろんこのことは、誰にも言わないさ。ふふ、僕は約束を守る男だよ』

字『じゃぁ、こういうお話はどうかな?』


その目は、本当に、自分たちの知らないあまたの世界をみてきたのだろう。
いくつもの世界。生き物、人、関係、すべての時の流れを見続けた色。

深く深く。
鮮やかな緑。

いつの間にか若木は老木へと。
長い時の流れをたゆたい、人の営みを見続けてきた森のよう

君の目はまるで――



隼『大樹のようだね。  ・・・ねぇ、《字》』

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【一つ目の物語】
 〜side 春 成り代わり世界〜



―――そこはとても不思議な世界。

その世界には、万物のすべての知識が集まる海がありました。
電子の海です。
そこで知識は常に発生し、ときにはいずこから海に流れ込み、〈知識の海〉は日々その広さを広げていきました。
いつしかその海には、生き物の“魂”や“記憶”まで流れ込むようになりました。
そこにないのは、生身の生物だけ。

そんな〈知識の海〉に、ひとりの電子精霊がいました。
知識をつかさどる精霊は、主の命令で長い間人々を見守っていました。
時がたち、ひとの流れを見守ることにも飽きてきたころ、〈知識の海〉に新たな精霊が生まれました。
知識をつかさどる精霊は、新たな精霊たちに世界を任せ、転生をすることにしました。



隼『転生をした精霊はどうなったんだい?』
字『それはこれからだよ。知識をつかさどる精霊は人間に生まれ変わったんだ』



元精霊は人になったとはいえ、もとは知識の精霊です。
彼には元から人間に関しての知識がありました。
彼は言語にも生活も、人として問題なくふるまうことができました。
そうして成長した精霊は、今後の人生を左右する二人の人間と出会います。

ひとりは、物語を書くことが好きな少女エマ。
ふたりめは、少女のことを慕う少年で、名をハロルド。彼は人間にしてはとても頭がよいのに、柔軟性を持ち合わせた子供でした。

精霊のおとぎ話のような言葉さえ信じ、お調子者の精霊に合わせて笑いあえる彼らは、とてもとても大切な存在になりました。
エマは精霊の前世の話を楽しそうに聞き、ハロルドは精霊と数式や化学論争を楽しみました。

しかし、悲劇は訪れます。
エマが、事故で死んでしまったのです。

エマはひとつの物語を執筆中でした。
それは精霊が語った“物語という名の彼の前世での数々の出来事”をうまくまとめ、さらに彼女の想像力が追加され、一つの空想世界となった――そんな物語でした。
けれどエマが死んでしまったことで、物語は途中のまま、終わってしまいます。

エマの死をひどく悲しんだハロルドは、エマが書き途中であった文章をかき集めると、それをもとにゲームを作り始めました。
そのとき、彼は精霊が冗談のように語った〈ある公式〉をゲームに使いました。
精霊はしらずしらず、禁忌を犯していたのです。
その〈公式〉とは、当時の人間たちが知ってはいけない“未来の知識”でした。

ハロルドは、エマが何を思っていたのかしろうと、必死でした。
エマの存在をさがすように、彼女の途中となった物語を完成させようとしたのです。

そしてハロルドは、生身の体と魂を分離する〈公式〉をもちいて、ゲームの世界に人の魂をとりこむプログラムを組み込みました。

けれど中途半端な物語では、彼のゲームは、エマの思い浮かべたであろう世界は完成しません。
困ったハロルドは、我が身を捨て、ゲームの中へ入っていきました。

二人もの大切な友人を亡くした精霊は、絶望にくれました。
一人は運のなかった事故だったとはいえ、二人目の友人がこの世を捨てたのは、精霊が〈公式〉を教えてしまったせいです。
精霊には知識は豊富にありましたが、それを応用するほどの能力はありません。ハロルドが〈公式〉をどう組み替えたのかさえ、ただの人となってしまった精霊には知ることができませんでした。

そんな彼を支えたのが、 ××という女性でした。

××はとても芯が強く、そして懐の広い女性でした。
精霊はもとから自分が異端な存在であると理解していたため、人間の輪の中に入ってもどこかで線を引いていました。 しかし彼女はその境界を楽々と超えてきては、自分から踏み出そうとせず、ふさいだままの精霊を叱咤激励しました。
彼女存在は、ひとりぼっちと思いこんでいた精霊に、温かい気持ちを取り戻させてくれたのです。
そうして彼女のその強さに救われ、親友の喪失から立ち直るまで傍にいてくれた彼女に惹かれていきました。
精霊が彼女に恋をするのは、そう時間はかかりませんでした。

それは精霊にとって初めての恋で、はじめはその感情の意味を理解できていませんでした。
けれどその感情を愛しいと思うようになり、そのとき精霊は、本当の意味で孤独から解放されたのです。

やがて、 ××と精霊の間に、一人の男の子が生まれました。
精霊によく似た色合いの赤い髪に、緑の目。顔だちは ××によく似ていました。

しかし精霊にはやらなければいけないことがありました。
親友に自分が、“未来の知識”を教えてしまったことではじまった、ゲームの拡散。
エマの物語を元にしたゲームは、ハロルドの願い通り“終わり”をもとめて、いまとなっては自律的な意思でその世界を広げている。
その後始末をつける必要があったのです。

けれどそれをしてしまうと、二度と ××にも子供にも合うことはかないません。
妻子をおいていくことに精霊は、世界をとるか愛をとるか悩みました。
そんな精霊に ××は、姿が変わってもあなたへの気持ちは変わらないと告げ、精霊が人として死ぬことがわかっていても、彼の背をおしました。
そのおかげで精霊は一歩踏み出す勇気が持てました。

精霊は愛しいひとに事情を話し、ハロルドを追って、ゲームの世界へと入り込みました。
そのとき、人としての精霊は死んでしまいました。
魂だけとなった精霊は、再び精霊へともどってしまいました。

精霊はゲームの世界でたくさんの仲間たちと協力し、やがてハロルドの魂を探しだすことに成功しました。
そうしてゲームを一度完結させたものの、その物語が“ゲーム”という形をとって世間にでていたことで、 別の誰かがそのゲームをもとに続編を作ってしまい、精霊とエマの物語は、長くながく続くこととなります。
まぁ、精霊とでただでゲーム世界に閉じ込められるほど良い性格ではありません。 己の前世の“知識”を総動員して、画面の内側と外という問題はあれど、精霊は ××と画面越しに語り合うことを可能としたのです。
「まるで遠距離恋愛みたいね」と ××は笑いました。
××は精霊が人でなくゲームの住人となったあとも、ずっと精霊を愛し続けました。
そうして二人は幸せにくらしまた。


××と精霊の間に生まれたこどもは、やがて精霊の能力を引き継いでいることが分かります。
子供もまたその能力でゲームの世界に飛び込むことになりますが―――それはまた別のお話。



字『はい、おしまい』
隼『うんうん。いい話だねぇ。こういう違う形の愛もあるんだね』
字『 ××はね、とても強い人で。見守る形の愛を精霊に与えてたんだよ。精霊は外部からの悪影響を防ぐ、という形で愛を返していた』
隼『お互い触れられないことだけがさびしいね』
字『ふふ。隼ならそういうと思った。他の、恋とかが今の話きいたら、絶対「こどもの冒険はどうなったの?!」って聞かれそうだもん』
隼『ああ、それは言えてるね。ところで、はぁーる』
字『えーそんなキラキラした目を向けられてもなぁ』
隼『僕、まだ眠くないなー』

字『じゃぁ次は―――』

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【二つ目の物語】
 〜side 春 成り代わり世界〜



字『白い猫のお話をしようかな』
隼『おや、今度はずいぶんとかわいらしい主人公だね』



その猫は、むかし神様でした。


命をつかさどる神様は、猫へと生まれ変わりました。
母親猫に似たまっしろな猫です。
神様は猫として生まれてから、200年の歳月を生きました。
この先も彼はまだ生きるのでしょう。
なにせ神様ですから。

あるとき、白猫は人里から離れた深い山奥で、白銀の鬼の子供を拾いました。
白銀の子は、銀と名付けられます。

しばらく育てていくうちに、白猫は銀が「にゃー」としか言わないことに気づきました。
それは当然のことでした。 白猫は神様なので、心の声“念話”というのが可能でしたが、実際彼の口から出る言葉は「にゃー」ばかり。 なにせ今の彼は猫ですから。
これはまずいと、あせった白猫は、考えて考えました。
その世界では人間が主流の文化世界でしたから、色以外は人間にしか見えない銀が人の流れにまぎれることができるにはどうするべきかと。
自分と同じ猫生活が定着する前にと、白猫は慌てて銀を心優しい人間にたくしました。
人間語や人間としての生活ができるようにと、白猫が必死に考えた結果です。

白猫もしばらく猫らしく、その人間にやっかいになっていましたが、もともと猫とは気まぐれなものです。
銀と人間をおいてふらりと旅に出ることもありました。
その旅の先で、ひとつの奇跡が起き、白猫は人間になるすべを得ました。

その姿を見せようと、銀のもとにむかいましたが、時は流れ、時代は戦争まっただなか。
銀も戦争に身を投じていました。

こどもたちばかりにまかせられるかと、白猫も人型になって参戦します。

そのとき血を浴びすぎた白猫は、神格が落ちてしまい、神様ではなくなりました。
真っ白だった毛は、ぬぐっても落ちない血がこびりついたように赤く染まってしまいました。

戦争が終われば、次は生き残った者たちが、“未来”を夢見て仲間たちは散り散りとなっていきます。
そんな彼らの背を見送った赤くなった猫と、白銀の鬼子は、「また生きて会おう」ことを約束し、背を向けた。
彼らもまた戦場を駆け抜けた者たちと同じように、この先の時代を見つめていました。

そうして赤い猫は、人間としての暮らしを確立させながらも。猫らしく生きていました。

町で人間らしく仕事をしながら穏やかに暮らしていた赤い猫は、あるときそれはそれは毛並みの美しい灰色の猫と出会いました。
猫としての本来の自分を捨てたわけではなかった赤い猫は、人間の姿では彼女をあまやかし。猫の姿では傍に寄り添いました。
町でたまたま銀と再会した赤い猫は、自分の愛する嫁を紹介します。
銀はとても驚いていましたが、灰色猫に挨拶をします。
灰色猫は普通の猫でしたので、人間のように長く生きることはできません。
赤い猫に比べれば寿命が短いであろう人間でさえ、彼女にとっては長寿の生き物です。
短い時間しかともにいれないことをわびながらも、灰色猫は赤い猫のそばにいました。

赤い猫が、猫でなくとも人であろうと、彼女は彼を受け入れていました。
赤い猫がつらければただ横にいて、赤い猫が嬉しいときはその話を聞き、ともに笑い――そうして騒がしくも楽しい日々を送ったのです。



字『まさに良妻賢母。静かに赤い猫のそばにいて、赤い猫を支え続けた。
猫なのに彼女は人型の銀をとても愛してくれたんだ』
隼『ふふ、なんだいそれは?それじゃぁ、まるで春が赤い猫で、嫁と息子自慢をしたいだけに聞こえるよ』
字『まぁ、何が言いたいかっていうとね。赤い猫はどんな姿をしていても自分を愛してくれる存在を見つけました。っていうおはなしかな』
隼『ああ、たしかに。それはとても素敵なことだね』

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【三つ目の物語】
 〜side 春 成り代わり世界〜



字『・・・おーい隼?隼てば』

字『あーあ、寝ちゃったか隼は・・・』


字『なら、最後のこれは、オレのただの独白だね』



何度も何度も転生して、何十回目のそれで、やさしい両親のいる世界に生まれた。
赤色と黄色の忍。
二人の間に生まれたオレは、オレンジ忍者。

まだ学校に通っていた10歳にも満たないころから、オレの好きな人は、まっすぐと前を見つめていた。
忍という立場について深く考え、将来自分が人を殺さなければいけないと自覚し、その覚悟を胸に秘めていた。
立ち姿は常に凛と背筋を伸ばし、長い髪はいつもサラサラで、こどもたちの中にいても人一倍大人びていた。
彼女は誰よりも周囲を気づかい、そして見守っていた。

あまりにやさしい女性らしい姿に、こどもとは思えない潔さに、芯の強さに―― 一目で恋に落ちた。

転生しまくっていたから、周囲の人間すべてが自分より年下に見えていた。
自分だって体に合わせてこどものふりはしていたが、それでもどこかで彼らを“守る側”だと思っていた。
そんなオレに、「守られるてるなんてたまったもんじゃない」と彼女は言い切った。
まさかわずか十にも満たない子供が、オレの心のうちを見透かして、「ばかにしないで!」とののしってくるとは思わないだろう。

そのときからオレは彼女にひかれていて、それが本気の恋にかわるなんて、そう時間はかからなかった。

彼女といたいと思ったし、彼女を守りたいと思ったし、彼女と背中を合わせられる仲になりたかった。
だれよりも彼女を幸せにしてみせるとさえ思った。

これほど強く思ったことは、きっといままでの生の中ではなった。

傍にいてほしい人は何人かいた。
それらはたぶん精神の老いからくる穏やかな“見守るといったポジション”。
だから与えられた愛をもらうばかりだった。

しかし、そのときだけは違った。
心から「オレ彼女へなにかしたい」と、“与えたい”と思った。
老いすぎていたオレのなかに春の陽射しのようなあたたかな風が吹いた。
オレの心が大きく動き出した。
そのきっかけをくれたのが彼女だった。

いや、オレはけっこう最初のころから「好きだ!」って言ってたし、猛烈アピールをしてたんだけど。
彼女、気づいてくれなくてねー。
幼馴染みや班の仲間にも協力してもらって、何度も彼女を口説き―――

ああ、ごめん。今意識がちょっと遠くにいてった。

オレが17歳の時。ようやく彼女にオレの真意が通じまして。
晴れて結婚。
いやーあそこまで、本当に長かった。

オレの本当の想いを理解した瞬間のいのってばすっげー顔を真っ赤にしてだな。

かわ・・ごほん。
そんなわけで十年以上の恋がかなったら、あとは結婚ですよね。

あー・・・もう///今思い返しても彼女の一挙一動がかわいくてしょうがない。
照れる顔とか、怒った顔も。



まぁ、もう・・・・
会うことは二度とないんだけどさ。

だってオレは、あの世界で死んだんだ。
もう世界そのものもとびこえて、彼女が巡るだろう輪廻とは違う場所にいる。
オレの魂は輪廻の輪に入ることはできないから、同じ世界に行かない限りもう一度会うこともできない。
来世を共にと願うこともできなくて。
彼女と永遠を誓うことさえできなかった。

それでも――
君のおかげで知ることができたオレの感情は、いまもここにある。
いつまでもオレは君を求めてる。





なぁ、覚えてるか?
君はもう覚えてはいないだろうね。
なにせ君とオレがいた世界は“原作”があった世界だから、もうどこにもオレがいた記録も何もないのだろう。

『オレが君を置いて逝くことがあるなら、君はオレのことを忘れるんだろうね』
『君がオレより先に逝くというのなら、オレはいつまでも君を忘れない』
『すべての記憶が消されとようと、すべての記憶がなにかで書き換わろうとも。オレは君を覚えていたい』

『嫌いにならないで』
『傍にいて』
『忘れないで』
『オレを見て』

どれだけ願い、他の世界ではかなわなかった言葉たち。
どれだけの言葉を君に告げただろう。
けれど君はオレの願いをかなえてくれた。
どれだけ叶えてくれたかしっているかい?しらないなら、このままにしておこう。秘密だよ。



ああ、だけど、きいてくれ。
今はどこにもいない、オレの記憶の中の君に。

まだあの熱い気持ちだけが、この胸にあるんだ。
君がいなくて、風が冷たく感じるよ。





字『ねぇ――』







字『大好きだよ』

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