有得 [アリナシセカイ]
++ 字春・IF陰陽録 ++
2頁目 待ち人ノ談
<詳細設定>
【弥生春】
・転生し続けている成り代わり主
・芸名「春」/戸籍名「花」※真名は別にある。
・ロジャーと運命共同体
・前世から引き継いだ“超直感”は健在で、未来予知並みに勘がいい
・ナニカ視えている
・魔力がないので始に魔力を分け与えられて生き延びている
【睦月始】
・花の相棒
・笑い上戸
・愉快犯
・魔力がとても巨大
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じめじめとした地下の牢獄。
明り取り用の小窓一つさえないここは、かの天帝がおわす居城の最下層だ。
天上界における最高の貴人の真下に囚人を置いて大丈夫なのかと疑いたくなるが、逆である。
その最高の存在によって封印と結界が施されているので、囚人は完全に力を使うこともここから出ることもかなわない――〈異郷〉最高峰の牢獄だ。
ここにいるのは、獣の姿の門番のみ。
天帝が生み出した光と闇の龍だ。
彼らは知性も理性もあるが、
情はない。ひとの営みも常識もない。
そんなものに賄賂も涙目も思い出話も役には立たない。
ゆえの、門番である。
しかしそんな門番さえもくぐりぬけ、ひらりと青く光る蝶が、牢の中に迷い込んできた。
直後――
銀色の閃光が暗闇を斬り裂いた。
〜 side 睦月始 〜
門番らは、明かりがなくとも闇の中でも見えている。
ゆえに松明の明かりさえ、牢の中にはなかった。
地上からどれだけの道筋をたどったのか、ピチョーンと水滴が天上からしたたる音だけが静かに響いている。
しかもここは結界内であることもあり、時間が止まっているようで食事の有無がなくても死ねないときている。
囚人の幾人かは、この静寂と暗闇の世界に時間感覚を奪われ発狂する。
俺も、そろそろここにいれられてからどれくらいたつのかわからなくなってきている。
とはいえ、昼寝が大好きな俺としては最高な環境とも言えなくはない。ただし、とんでもなく暇であるが。
時間つぶしに何るなにかが欲しいところだ。
"こと"を起こした奴らに慈悲はなくて当然なので、結局は何もすることもなく牢の床で転がって日々生きているしかないのだが。
そんな明かり一つない暗闇のなか、ふいにコツコツと一定のリズムが遠くに響く。
靴音だ。
久しぶりに、水滴と捕らえられている生物の息遣い以外の音を聞いた。
そんなものが聞こえたのは、最初に俺をここへ連れてきた兵士の足音ぶりだろうか。
音は次第に近づいてきている。
身内らは「数百年ぐらい反省しろ!」と言っていたし、まだ数百年も歳月は立ってないのはさすがにわかるので身内ではない。
では誰か?
しかも囚人しかいないこんな地の底の牢獄に何の用があるというのだろう。
そう思っていたら、ふわりと青い光が視界にとまる。
気付けば、俺のいる牢の中に一匹の蝶がふわりふわりと飛んでいる。
いつの間に。
どこから、どうやって入ってきたのだろうか。
門番はどうしたのだろう。
久しぶりに見た暗闇以外のもの。
青い光を放つ蝶に一瞬見惚れてしまう。
ぼんやりとした思考のままに、この空間唯一の光源である蝶に手を伸ばそうとして、俺をこの牢につなぎとめていた鎖がじゃらりと音を立て、我に返る。
そこで、ふと思い出す。
自分の頭上を飛ぶその蝶に見覚えがあると。
この蝶は、"この世界に来る前に”よく見た。そう。よく自分のそばにいた存在であると思い至る。
カツン。そんな音がして、ハッとして顔をあげる。
『おまえは』
いつからそこにいたのか、牢の格子をはさんで影がたたずんでいた。
そいつは足音も気にせず、周囲の囚人の様子も目に留まらないとばかりに、まっすぐにこの場所へやってきた。
牢番からとってきたのだろう牢の鍵をあけると、躊躇なく暗い牢の中に足を踏み込んでくる。
暗闇に目はなれたとはいえ、やはりあかりになるものがないせいか、いまいち正確な姿は見えない。
ただ暗闇でもわかる鮮やかな色の瞳が、氷のような光を載せているのには気づいた。
こちらを見下ろしてくる目はまるで蔑むような目つきだ。
ただ見下ろしているからそう見えるのではない。これは明らかな憤りに似た感情が宿ったがゆえの態度だ。
はじめて会う相手を見下してくるとは、何と失礼な奴か。
やる気かと、見つめてくる相手を俺も睨み返す。
パサリパサリとふつりあいなやわらかな蝶の羽音だけが静寂の中に響き、光る蝶の淡い光源だけを頼りに相手の様子を伺っていれば、そいつはどうでもいいものをみるような目でこちらを見たあと、俺の足にはめられた足枷をみ、腰をかがめて枷から延びた鎖を手に取った。
そのまま立ち上がったそいつの手の中に俺とつながった鎖が握られている。
引っ張られたのが足の鎖のため、俺自身は立ち上がることができず、地に座り込んだままひきずられてしまう。
抵抗するには、この場所にそこそこの間いたせいで、まったくもって力は入らず、いろいろ気が滅入っていたのもあり、もはやされるがままだ。
そのままひきずらてどこかに連れていかれるのだろうかと思ったが、あいつは持ち上げていた鎖をある程度ひっぱりあげると唐突に手を離した。
あいつの手から鎖が離れ、ジャラジャラと派手な音をたてて鎖は一瞬宙を舞う。
あいつがスッと足を引いてかすかに腰をかがめるような動作をする。
あの動作は鞘に手をやる人間のそれ――攻撃される!?
そこで相手が武器らしきものを持っていたのに気づく。
この世界で武器を持っている者は少なかったせいで、それが抜かれるまで全く武器を警戒するのを忘れていた。
チャキとかすかな音がし、相手の腰当たりで銀色が姿を見せる。青い光を反射するは見事な銀色はまさしく刀だった。
突然の蛮行に目を見張る。
瞬間――
ガキィンッ!!!
銀色の閃光が、視界を走り抜けたかと思いきや、次の瞬間には派手な金属音と小さな火花を散らして、太い鎖が断ち斬られていた。
その瞬間は、まるで時の進みが遅くなったような錯覚を覚えた。すべてスローモーションのようだった。
鎖が砕ける。
蝶の青い光を反射して、キラキラと破片がおちる。
銀色の鋼が暗闇を切り裂いて、零れ落ちる星屑のような煌めきを映しこむ。
綺麗だ。
そう思った。
あれは刀だろうか。
それを掲げる相手の目が視界にとまる。
青い光が鉄に反射する。
きらめく星が暗闇に明滅し、がしゃがしゃと大きな音を立てて地面に落ちて弾ける。
そんななかで、銀色の向こう側に、鮮烈なまでの"緑"があった。
一目見たら忘れないような鮮やかさ。
光っているわけでも色が濃いわけでもなんでもない。ただその色が脳に焼き付くのだ。
それは光によっては金にも見えるほど淡く、けれど太陽をあびた葉のように明るい黄緑のようでもあり、木々で覆い隠した影をものみこんだ深さを感じる――そう、まさに地上の森のごとき瞳だった。
それは"どこにいっても"その目だけは変わらないのだと親友が言っていた――"あの目"だ。
ずいぶんと久しぶりにみたそれに、思わず頬が緩む。
『遅いぞ、春』
名を呼んでもあいつの表情はピクリとも動かない。
相変わらずの冷たい目に、笑顔一つもない。
これはもしかして"アイドルをしていた記憶"がないパターンだろうか。
そう思って思わず眉をひそめる。
が、しかし。そうではないらしい。
『遅い?だってぇぇ』
キッ!とメガネのない目が釣りあがり、地べたに無様に転がっていた俺の服の襟を鷲塚むと、がっ!とそのまま壁におしつけられる。
頭がガツンと壁か何かにぶつかりくらっときた。
『始が妖怪で、しかも人が住む世界とは結界を挟んだ向こう側にいるとか知るわけないだろ!ただの人間でしかないオレがどれだけ君を探すのが大変かわかる!?そもそもなんでこんな監獄の奥底で封印されてるんだよ!わかるかボケェ!!!あとオレのことは"花"ってよんでぇぇ!!!!!』
正論に願望に…とにかくいろいろな感情がごちゃ前になったような声で、いままでどれだけ春が大変な目にあってきたのかを長々と語られる。そのたび「ねぇきいてるの!始!」とおしかりが聞こえ、都度ガクガクゆさぶられる。それでも以前とまったく変わらない花に、思わずおかしくなって笑ってしまった。
『なに笑ってるの!!現状わかってるの!?ついにボケたの?え、やめてよ!これから
脱獄するのにボケた始なんか連れて歩くのオレいやだよ!めんどくさい!!』
『はは。いや、こんなやり取りもずいぶん久しぶりだなぁと思ってな。お前はあいかわらずだなぁ花』
『始は、角まではやしてなにやってんの』
『ねぇ、始』
ふいに春のやつが、ニッコリと笑う。
言葉と笑顔の差に寒気が呼ぶ。
あ、怒ってるなーと思った。
『なにを、していたのかな?』
なにをして、こんな場所にいるのだ。春は"そういうこと"を言いたいのだろう。
なにって。
この世界にきて、この世界の睦月始として暮らしていただけだな。
だが、しょうがないだろ。
この世界に来たの不可抗力だし、隼じゃあるまいし、理由なんざしらないんだ。そうなっては、この世界の睦月始として生きるしかないだろうが。
まぁ、そこそこ好きに生きていたから、堪能していたとも言えなくはない。
『なにって、面白おかしく人生、いや鬼生を堪能していた。ドヤ(キラーン)』
『ドヤ。じゃないんだよ!』
『しょうがないだろう。天帝のやつ長ネギ食べるときぴゅってwwwwwあれはwwwははははw今思い出してもwwくっwww笑わずにはいられない!wwwwあーおもいだしてもうけるwwwwwww』
その後、春にはめちゃくそ怒られた。
アイドルじゃないからと、顔も気にせずぶん殴られた。
グーはやめろと言ったら、いい笑顔でびんたをされた。
げせぬ。
いや、だってなぁ。
一族で鍋を囲んでいて、「ねぎはあついので気をつけてくださいね」って、ちゃんと天帝に奥方が忠告していたのに。
さましもせず天帝は食べようとして、あげくかんだところからぴゅって長ネギの中身が飛び出し、天帝が大やけどで大騒ぎ。
飛び出た長ネギはピタゴラスイッチのごとく飛んでいき、眉間にしわを常に浮かべている険しい顔がデフォの天帝の何人目かの息子Bの眉間に直撃。
その後、あつさにとびあがったBが手にした箸が手を離れて床に転がり、背後で天帝に駆け寄ろうとしていた天帝の孫娘C(治癒力もち)がBのおとした箸をふんですべって、顔面から華麗に転んだ。
ピタゴラスイッチはまだまだ続き、俺の凶器なランタンを椅子の背後に立てかけていたせいで舌を火傷したあつさで水を求めてかけてきた天帝の足に杖の先端がひっかり―――まぁ、鍋って熱いのにとにかくてんやわんやの大騒動に発展したわけだ。
なお一族全員巻き込まれて食事会場はひどいありさまだった。
巻き込まれた俺も、あまりのひどい惨状に、ついおかしくなってしまったのはしかたないというものだ。
なお、大惨事の中で余波を食らいつつ一人爆笑していた俺は、一族全員から睨まれた挙句、風呂に叩き込まれた後服をととえさせられると封印の手錠や足枷をされてここに突っ込まれて反省しろと言われたのである。
なお、ここに入れられてもしばらく笑いの衝動が収まらず床を転げまわっていたし、俺の笑い声が牢獄に響きまくっていたのはお察しである。
『天帝を笑うなんてそんなやついるわけないでしょ!そりゃぁ牢屋いきだよ!!
むしろよくそれだけですんでるねきみぃ!!!』
花の絶叫が牢獄に愉快に響いた。
それに久しぶりに俺は笑った。
ところで。
自称ただの人間である花がなぜ〈異郷〉にいるんだ。
〈異郷〉に人間はいないのだが。
実は"いない"だけで、"入ってこれない"わけではないとかだろうか。
俺がしらないところで人間は結界を簡単に素通りできるとか、まさかのそういうオチだったりするのだろうか。
というか・・・
『さっき“これから脱獄する”って言ったか?』
なぁ、まってくれ。
光龍と闇龍(我が家の最強門番)はどうした。
そもそもここは天帝がまもる鉄壁の城塞牢獄なんだが。地の底なんだが。
あともう一度言うが、ここは人間が来れるはずのない〈異郷〉である。
『・・・』
おい、誰か。
まともな解説者呼んで来い!!!!!
説明求む!!!