有り得ない偶然 SideW
-クロバヌ 外伝-




15:陸の上の魚


魚はエラ呼吸をしているため、陸では生きられない。
だから陸あげされたばかりの魚は、物凄くあばれて苦しみもがくのだ。
同様に、人間は空気から酸素を吸って生きているので、水の中では呼吸ができない。

つまり魚にしろ人間にしろ、自分が生きている場所を離れたら生きていけないが、ちゃんと呼吸ができれば生きていけるということだ。

なお、同じ部活の古橋は、死んだ魚のような目をしているとよく言われているが、今回の魚はそれじゃない。





++ side山崎弘 ++





季節は冬。
放課後の部室は、外がどれほど寒かろうと、それでもストーブがついているので、ぬくぬくと温かい。

部活を終えたあと、花宮が残るというので、そんな彼を待って、みんなでだらだらと時間をつぶして過ごしていた。

今日も外は木枯らしがビュービューと吹いている。
今年の冬はいつもより寒いみたいだな。
部室のストーブは、寒がりの花宮の側でフル活動中だ。

だけどふいに花宮が、机の上に手を組んであごをのせて(ゲンドーポーズってやつだ)、しごく真面目な顔をして言った。


花『今なら・・・陸に上げられた魚の気持ちがわかる』


っと。
瞬間、頭を押さえて、その場で倒れるように机につっぷした花宮に、みんなあわてて窓へと駆けだし、扉や窓を開け、つけていたストーブを消した。

原「もう!お花!!いちいちもったいぶらずに換気してほしいならほしいって言葉でちゃんと言ってよね!!」
古「酸素不足か・・・」
山「うわー外さみぃー!!うん、でも換気の方が重要だな。みんなー生きってかー」
松「あー、なんというか花宮以外は無事だ」
瀬「・・・ああ、うん。まぁ、さっきよりは脳が回ってきた」
山「お前もか瀬戸」

花宮曰く、さっきまでの部室は空気が重く、水中にいるような気分だったらしい。
空気を求めて口を動かしても酸素が入らない。
そんな息苦しさと圧迫感を感じ、最後の方にはもう頭痛が酷くなり、頭が回らずボォーっとしてきていたとか。

もっと、早く言え。


花『・・ずい・・マゼェ・・ぅえ・・頭痛い、しに、そ・・・さむ・・』
山「はぁ〜。花宮、お前は料理店でも作るつもりか?注文が多い。とりあえず原と瀬戸、おまえらのコート花宮に着せといて」
原「りょーかい」
瀬「ああ、それはいい」
古「なぜ俺だけ」
松「おまえのコート重いからだろ」
山「当然だろ。原と瀬戸のはまだ軽い。しかもモコモコだ」


それにしても本当にストーブってあったかいが、こういったところが問題だよな。
石油ストーブだとどうしても酸素が燃焼されるから、狭い部屋だとこまめに換気が必要とか。まさしく欠点にほかならない。
だって、ストーブ消すのも窓を開けるのも寒いだろ。

冬って嫌だ。寒くて。
動く気も失せるわ。


そういえば、うちの部室のストーブって、石油も火も使うんだよなぁ。
これってハロゲンとか暖房と違って、火を使うから危ない気がするけど・・・。
いいのか?生徒だけしかいない部室で使って。

そこはやはりあれだろうか?生徒への信頼とか。
でも他の部室はハロゲンヒーターか暖房なんだよなぁ。部屋全体あったまるとか、うらやましい。

たしか、まだこの旧型ストーブ使ってるのって、用務員さんの部屋と、体育館と、職員室と、あと旧校舎だけだったはず。それとウチの部室な。

ってことは、暖房器具が足らなくて、ウチの部室だけ旧型ストーブなったのか?
学年一秀才で優等生で生徒会長で、部活では主将で、あげく年下と身内に甘い面倒見がいい花宮なら、火の始末も大丈夫だろうっていうことかもしれない。
だからウチの部室は旧型の暖房器具なのだろうか。
あまりがなかったにもしても、生徒だけで使うには危険だけど、花宮への信頼がきっと先生たちの中で上回ったのかもしれない。
でもこれって押し付けてるだけじゃね?

あー・・・
いや、でもちがう‥かも?

火は消したもののヤカンの中の湯はふつふつ沸騰していて、そのお湯で花宮のためにコーヒーを煎れつつ周囲をもう一度よく見回して思い直す。

ストーブの上で湯を沸かしたり、餅やら芋を焼いてる花宮を見てると、先生たちが押し付けたのじゃなく、花宮自身が旧型を希望した可能性もあるかも。
有り得る。
なんたって花宮だし。

まぁ、どっちでもいっか。
たしかに火が側にあるのは便利だよ。うん。そういうことにしておこう。



花『あたまいてぇー』

原「あ、花宮おきた?」
古「心配した。今度この部屋にも毛布を持ってきておくか。これからはあまり火を使わないようにしよう」
松「ってか、やっぱしハロゲンヒーターみたいなのにした方がいいんじゃないか?ほら最近出てんじゃん、わっかみたいなのにあったかいってやつ。予算下りないのか?」
瀬「酸素不足で脳細胞がいくつか死滅したわ」
山「・・・」

瀬戸よ。お前の脳細胞が数個死滅したぐらいで、問題はないだろ。
数個程度じゃ、結局お前のIQ変わるわけねぇ。
たぶん死滅してもなお、俺たち凡人には、お前の脳みそからはじき出される計算にはついていけないに違いないから。

原がガムをふくらましつつ泣きそうな顔で笑っていた。
古橋が相変わらず死んだ魚のような目で固まっていた。
松本が自慢か!?と頭を抱えてチクショー!と叫んでいた。

おい、瀬戸。そこでドヤ顔すんな。
俺たちの気持ちわかってたってことだなその顔は。
よけいたち悪いわ。

山「ほら!おめぇら、バカなことばっか言ってねぇでこれでも飲んでろ。頭痛薬飲む奴はコーヒーで飲むなよ」
原「ザキ、マジおかん」
松「薬はいらねぇけど、水くれ山崎」
山「松本、湯と茶どっちがいい?」
原「水不足とかwwwwこれはお茶でしょう」

花『薬飲まずに、今からみんなで外へはしりこみにいかないか?』


換気してからしばらくしたら、意識を失うように身動き一つしなかった花宮が目をさました。
起き上がった花宮は、薬なんか飲めるかと優等生スマイルでニッコリ笑うと、この場にいる全員に急遽帰り支度を命じた。
何事だと思って花宮の様子をうかがうに、先程の酸素不足による影響が尾を轢いているようで、眉間に深いしわを寄せて、頭を押さえるように手で押さえていた。
ああ、頭痛って地味なくせにあのジワジワくる感じが痛いよな。
ってか、やっぱし頭痛薬でも飲ませればよかった。
そうとう痛がってるよあの顔は。
花宮ってあれか?病院嫌いなのか?
・・・子供かっ!?

花『ほら山崎、あとはおまえだけだ』
山「あ!待ってって!まだカップだしっぱ」

珈琲や紅茶系は、シミになるんだ。
あとが残るんだぞ茶渋汚れって落ちないし。
今日中に洗わないと・・・

原「アッハ!これはもう明日ハイター漬け決定だね!ほらザキィーいっちゃうよ!」
瀬「ハイターか。やるなら部室の外でやってくれよ。あれは密室でやるものじゃない」
古「有毒ガスが発生しそうだな」
松「・・・たぶんするんじゃねぇ?」
山「待て!しめるな!」

さっさと部室を出ていこうとチームメイトに、今日中にコップを洗うかことは諦め、 明日周りが嫌がろうとも部室にある食器全部を漂白剤に漬けてやろうと決めて、俺も後を追いかける。

鍵をしめて走り出すも、すぐに花宮達の姿を見つけた。

校門のところで、こっちを花宮がニヤニヤしながら、みんなが待っている。
こいつら、なんだかんだ言ってもさ。
ちゃんと待ってるとこが、にくいよな。
なんかそんなことされると、ここにいていいんだなって思えんだよ。

イイコちゃんは嫌い?それとこれは別さ。
ゲスはどこにいった!?って、他の学校の奴が見たらそう思うだろうな。
でも、うちって普段からこんなもんだぜ。

おいつけば遅いと言われるものの、本気で怒ってるやつはいなくて、やっぱり俺はこいつら好きだなって思って笑ってごめんと告げる。


そこからはさっき花宮が言った通り、息が白くなる真冬の中を制服で、最寄駅まで走らされた。
ニッコリ笑顔で俺達と一緒に走っていた花宮は、体があったかいとマフラーでモコモコしつつ嬉しそうだった。

頭痛いから頭を冷やすのもわかるし。
寒いから体を温めるために走るのもわかるよ。

外をかける花宮は、さっきの真っ青な顔が嘘のように生き生きとしていた。
その光景はまさに水を得た魚。
よほど酸素がほしかったようだ。
部室の酸素じゃ足りなかったのか?

瀬「そうか。あの部室の狭さに対してストーブと人数で酸素濃度が急激にへったのか」

走りながらもどんな計算をしたのか、瀬戸が思いついたようにつぶやいた。
これは、次回から窓開けたままストーブをつける羽目になりそうだな。

まぁ、たまにはこうやって練習とは寒けなく、ただバカみたいに走るってのもいいかもしれない。

冷たい風を切って1位になったのは、原だった。
2位は松本で。





花宮は途中で不幸な事故に会い、すべってこけたあとにどぶにはまったため、瀬戸がおぶって最後に完走した。





 


:: オマケ ::

花宮を引き上げるときに、チャリンと音がして泥まみれのカギがおちてきた。
溝にでも落こっていたものが、花宮の服にでも引っかかっていたのだろう。
泥に汚れた某有名な青い猫型ロボットのキーホルダーがついたそれ。
金属が地面に落ちる音で、少し離れた位置にいた緑の髪の背が高い学生が、こちらを振り返る。
その緑の奴らが涙目になって「あったのだよー!!」と猫型ロボットのついたカギをみて騒いでいた。

「よかったねぇ真ちゃん!これで家に帰れるね!」
「ありがとうなのだよ!!」

そんな涙ぐましいやり取りが花宮救出の背後で聞こえたのに、思わず笑ってしまう。
どうやら今回の花宮の不幸によって発生したラッキフラグは、あいつらにわたったらしい。


さぁ、俺たちも帰ろう





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