03: 兄ちゃんとヒヨコの思い出 |
"花宮 字"は、世間では 〔悪童〕 なんてよばれてる。 みんなはラフプレーをするからあいつには近寄るなというけど。 そうか?と俺は曖昧に返答をごまかすしかできない。 だって、あいつ、"花宮 字"は俺の幼馴染みなんだ。 幼馴染みだというひいき目をなしにしても本当に悪かとつっこみたい。 たしかにあいつゲスの中のゲスをきわめたような部分もあるけどさ。 いたずらは倍返しとか真顔で言うよう奴だけどさ。 ちょっと爺くさくて、こまこまとした動きが得意なだけだろ。 ほら、なんていうか、ああやってちょこまかしてるところといい、だれかについてくる様子がさ、親についてくるひよこみたいだと思う。 そのへんどう思うよ? ++ side宮地清志 ++ "花宮 字"は、俺が物心ついたころには、もう側にいた。 理由は簡単。 ただ単に家が近かったからにすぎない。 そのまま縁が続いて、俺になついてくれた幼馴染みは、幼いころは俺の名前をきちんと「きよ」と発音できず「きょー」と呼んでいた。 『きょーにぃ。きょー兄』 「どうしたアザナ」 『オレね、ケーキつくったの!たべて』 みてみて!と渡された紙袋からはいいにおいがした。 『きょー兄は甘いの嫌いだっていうから塩っぽいのなの』 ――あれは、五歳のころだったろうか。 あまりに幼馴染がむじゃきに嬉しそうに笑うものだから、たとえどんなにまずくても食おうと思ったほど、当時は純粋な笑顔がかわいかった。 でもしょせん子供が作ったものだ。 覚悟を決めなければ泥団子というオチもある。 そう思って、ふたを開ければ、でてきたのは完成度の高いチーズケーキ。 当時は何も思わず喜んでくらいついていたが、あれ、おばさんが作ったんじゃなくて、まじでアザナがひとりでつくっていたらしい。 いま思い返してもあれは幼い子供が作れるレベルじゃない。 せいぜい、パティシエ歴が長く店まで出せてしまうような人種が作るものだと思う。 ずばり、メチャクチャうまかった。 そのすばらしいまでの料理の腕は、今も変わることはなく、アザナの手作り菓子の類はいまでもよく我が家に届けられる。 あいつに関しては、世間で ラフプレーをする 〔悪童〕 なんて、今となってはいわれている。 周囲もそのネームバリューを信じ込んでいる。 が、本当は違う。 俺がしるアザナは、そんなやつじゃない。 物心ついたころにはもうアザナは、いつも俺の背後をついて歩いてきてた。 ヒヨコのようにあとつけてきていた幼馴染みは、まろっとした小さな外見とは裏腹に、やたらと大人びていて、自分よりでかいとわかっていても困っている老人には手をさしべていたり、笑い方が「くすり」という風に静かで耳障りなこともなかった。 側で見ているとわかるが、アザナという存在はちょっと浮世離れしている。 なんていえばいいんだろうな。同世代のこどもたちの一歩後ろにいる感じか。 なんか一緒に勉強をしているというより、見守っていると感じの目をして、こどものなかに紛れていてる。 その様は、まるで大人が子供の皮をかぶって混ざっているようだ。 それに気づいたのはいつだったか。 早熟だったから。みんなと違っていから。そんなアザナがさびしくないようにと、頭を撫でたのがきっかけだった気がする。 そのあとは、散々頭を撫でたり甘やかしたりしてみた。 そうしているうちにすっかり懐かれ、あの『なんでもガッツリオレが守るんだ!』的な雰囲気が、俺の側にいるときだけ年相応な子供らしいところを見せるようになった。 ニコニコと後ろを嬉しそうについて歩いてきた幼馴染みは、刷り込みで卵から孵ったばかりの雛が親についていくそれのようでかわいかったものだ。 こんな麻呂なイイコが、ラフプレーなんかするわけないだろ。 ま。あいつが“危ない奴”なのはかわらねぇんだけどな。 「あっははっは!!しんちゃんちょーうけるぅ!!!」 騒音のような高尾の声が響く体育館で、ふと自分の幼馴染みの名前が出たので振り返ってみたが、そこで頭をひねる。 ああ。しかももう話題は 〈無冠〉 からかわってやがる。 「・・・やべ。いまの高尾の奇声で、考えてたこと吹っ飛んだわ」 「大丈夫か宮地?」 「いやだめだわ。あいつら轢く。あのやかましい声がマジウゼェ!!」 「残念ながら軽トラは故障中だ」 「パイナップルねぇの?」 さっきまで考えてたのって、アザナのことだよな? えーっとなんだっか。 ヒヨコ具合が可愛いから、かわいくて “危ない” と思ったんだったけ? いや、あいつのふわり具合にとちくるって、あいつにかどわかされたんだかなんだかであいつが誘拐事件に巻き込まれるなんてよくあること。 そんなの今に始まったことじゃないし。 勘がいいからいつも事なきを得ていたけど―― ちがうちがう。そんな話じゃなくて。 あーっと・・なんだっけ? 「どこが悪いって、あいつの性格は・・・・・悪いのか?」 なんで “危ない” 奴だって思ったんだけ? 性格いいよなあいつ? いや、悪いのか? ゲスいけど、言うことは正論だよな。そうなると悪くなくないか? あいつといるとどうも常識が分からなくなる。 しかも学校に行けばキセキの世代なんてものを獲得してしまったがために、部活でも非常識が爆発してるし。 「ッブッ!ファッーー!!真ちゃん、その狸まじでなに!?リボンまでしてるし!!」 「うるさいのだよ高尾。リボンのついた信楽焼きの狸の置物こそが今日のラッキーアイテムなのだよ。人事は尽くす」 ―――ゲラゲラと大声で笑ううちのエースの相棒様をみて、その名にかかげられたハイスペックのの名にひとり別の存在を思い出して頷く。 「ああ、うん・・・アザナのやつ、むかしからハイスペックだったわ」 うちのアザナもハイスペックだが、笑いのスペックはハイではないことに、心底ほっとした瞬間だった。 騒がしい体育館に耳をふさぎたくなる。 かわりに手を拳上にしてゴキリと鳴らす。 準備運動よし。 さぁ、まずはあのうるさいのを黙らしにいこう。 ********** 俺は他人が認めるほど、幼馴染みに過保護らしい。 そもそもそうなった原因はなんだったかと考えて、ふと思い出す。 ――“あぶない”のだ。 あいつの周りは危険がいっぱい。 巻き込まれてもなお、生き延びる覚悟が必要だ。 おかげでそんじょそこらの小さな事ぐらいじゃ、ビビらなくなったんだけどさ。 まだ性別的な差が目立たない小学生ごろなんか、可愛い外見のアザナだ。誘拐されたり、からまれたりしたことは結構あった。 まぁ、こっちが心配してもひとりで、へいぜんともどってきたあげく、置き土産のごとく見事に犯人をぼこぼこにしているし、様々な手段を使って社会的地位を抹消させているようなので、アザナの自己防衛本能を信じてる俺たちは別段そういった意味では心配していない。 そう。問題なのは、体質とでもいうのか。 アザナはなんというか・・・昔からいろいろとついてなかった。 ああいうのを不幸体質とでもいうのだろうか。 あいつが不幸だと思っていると、どこかのだれかが幸せになっていることがよくあった。 それが幼馴みである俺や事情を知る俺んちの家族や、アザナの家の奴らが非常にアザナを心配して過保護に甘やかしている理由である。 たえとば、あいつが盛大にこけて顔面に地面のあとをきれいに写し取っていた時、近くの道路に飛び出そうとした子供がそのダイナミックさに驚いて振り返り、それで足を止めたおかげで、信号無視の車にひかれずにすんだ――ということもあった。 アザナがひくおみくじは常に大凶か凶。横では大吉を手にする人間が必ずいる。 あたれと願ってガラガラをすれば、ティッシュなんかじゃなくて、2位のネズミの国のペアチケットがあたったっていた。あえていうが、それはアザナにとってはあたりではない。あいつはことのほかネズミの国シリーズが嫌いなのだ。そしてあいつが狙っていたものはだれでもが98%の確率で当たる残念賞のティッシュか、最下位付近の小物だったりするから笑える。しかもアザナの前後にならんでいたやつは、欲しいものがあたったようでカランカランとベルが鳴って、嬉々として帰って行った。 ガチャポンをやれば、いつもシークレットをだす。そうでなければ、色のついてない透明な物体が出る。ひとはよくアレを当たりだというが、アザナの部屋にズラリと並べられたガチャポンの戦利品にはひとつも色がなく、ぎゃくにおもしろみにかけた。ひとつやふたつクリアモデルがあってもいいが、それが全部だととてもみていてつまらないのと、なんだかガッカリするようになる。 カードゲームをしようと買えば、アザナのもとにキラカードと超レアカードがくる。ただしやたらとそれがかぶるときている。かわりに普通のカードや下位モンスターがでてこない。その場合交換すればいいだろうと思うだろうが、プレミアムな限定カードが出た日には、誰もが90%ぐらいの確率ででてくる最下位モンスターカード10枚でもたらない価値がでてしまい、価値の比率が合わず、だれとも交換ができない。レア度が高すぎて交換さえできない状態に陥るのがオチなのだ。結果アザナは無料でそのレアカードのダブリを配布するか、ネットで売りさばくしまつ。 あいつのカードゲームのブースは、高レベルなレアカードで常にうまるので、そのブースだけでもうチートになる。 そうするとだれにでも勝ててしまうから、誰もアザナとカードで対戦をしたがらず、あいつが友人と対戦を楽しむなんてことはついぞなかった。 以上今までの振り替えりだ。 一部分だけ聞くと運がいいように思うだろうが、そんなアザナであろうとアイスの棒であたりは出たことはない。 あまりにアザナのついてなさ具合がすさまじく、あるときよく当たると評判の〈おは朝〉のラッキーアイテムをもたせてみた。その日は交通安全のお守りだった。それはものの三時間後には、ひもがブチリと切れていた。 おは朝でいうなら、信者ではないのでたまにしか見ることはないのだが、そのたまに見るたびに、あいつの星座は常に最下位な気がする。これは本当にたまたまだろうか? そういえば家族ぐるみで京都へ旅行にいったときなんか、厄払いになるという水に溶ける紙人形を試したら――水につける前に強風が吹いてアザナの身代わり人形だけいずこかへふっとんだ。これならどうだ!と、代わりに金属せいのお守りのようなキーホルダーを買ってやったら――三日後には砕けていた。 ちなみに母親の使いで宝くじを買えば、100円単位でさえも当たらず。かわりといってはなんだが、側で宝くじを買っていた人間がその場で大当たりをだしていた。 アザナが不幸だと思えば、どうも周囲でその倍の幸運が起きているらしい・・・。 それに気づいたのは、出会ってすぐだ。 ならば、周囲が不幸になればアザナに幸運が訪れるのか。 というと、そうでもない。 小学校の頃、友達の協力(本人たちも承認してのこと)のもと、その友人が嫌がることをしてみた。 アザナにはなにもおこらなかった。 その友人に水をかけるという些細ないたずらを試したのだが、そこで水道管が破裂し突如噴水のように水を掃出し、友人だけでなくアザナも俺も友人も周囲にいた友達も全員びしょ濡れになった。 そのおかげで破裂した水道管のそばに不発弾があったのが発見されたが。まぁ、この検証でわかるとおり、周囲の幸運数値の度合いは、アザナの不幸具合には関係ないらしいことが証明されたのだ。 なお、あの水道爆発派事件がきっかけで、アザナとみんなが楽しそうに笑う姿を見るようになった。 それにアザナのオカンモードもあいかわらず発揮され、みんなが風邪をひかないようにとせっせとタオルでふいてやったりしたアザナに友人たちが、さらに懐いたのは言うまでもないだろう。 他にもアザナの武勇伝は数知れず。 ********** アザナについて語るなら、まだまだ言いたいことはある。 あいつはこどもらしく振舞おうとするが、あまりうまくいかないらしい。 なにより感情豊かにはしゃぐものを見ると、つい和んでしまって、自分自身が子供であるのさえ忘れて、母性本能のささやくがままにかいがいしく世話をしてしまうのだという。 気付けば誰かにあげるためらしい飴が常時ポケットにはいってるほどだ。 そんなアザナでも頭を撫でられるのが好きで、俺には抵抗もなく世話を焼かれていたりする。 アザナが大人びていて、世話好きで、不幸体質で。だけどけっこう甘えたなところがあるのも知っている。 そうして十年以上の年月を共に過ごしているうちに、俺はアザナにとっての “兄” 的なポジションがすっかり定着していた。 おかげで根っから大人びきっている子供らしくない幼馴染みが、俺の前だけでは年相応の反応を見せる。だからずっと俺はアザナが望むがままに、あいつをかまいたおし、子ども扱いしてやった。 そんな可愛い子が、ある日かわった。 アザナは幼いころは舌ったらずで、俺の後ろを生まれたての雛のようにあとをついてきて「きょーにぃ」「きょーにぃ」と呼んでいた。 しかしその日は、俺のことを「清志」と、下の名前を呼び捨てで呼んできた。 あまりのことにびっくりしたのは言うまでもない。 なじみがなさ過ぎて、はじめはアザナに自分がよばれているのかも理解できなかった。 すぐに思春期かぁ。と思い至り、頭をワシワシなぜてやった。 それからはたまに昔の呼び方に戻るが、どうも年頃の男がそんな舌ったらずな言葉づかいでは、俺が恥をかくと思ったらしい。 アホだなぁ〜っと思った。 別にかまわないのにな。 むしろ俺や周囲からすれば、もっと甘えればいいのにとさえ思っているが、アザナ自身はそんな周囲の気持ちなど気付きもしないのだろう。 まぁ、はじめてアザナに「清志」と呼び捨てにされた時の衝撃はいかんともしがたいものがあったが、理由を聞けば仕方ないと笑って許すことしかできなくなってしまった。 しかしその呼びなおもすぐに元に戻ってしまった。 なにやら同じ呼び名の嫌いな奴が振り返るのでイヤになったのだとかいう。 アザナが人を嫌うなんて珍しいなぁと思ってその相手を調べてみれば、たしかに“きよし”はいた。 木吉鉄平という男で、うちのアザナと同じく無冠の五将と呼ばれている者の一人だった。 しばらく観察させてもらったが、あいつはたしかにアザナが嫌いそうなタイプだった。気持ち割るぐらいまっすぐで、正義感があり、気持ちわるいぐらいの笑顔をいつも浮かべていて、それでいてうちのアザナにベタベタとやたらとからんでくる。ああ、あれは嫌いになるわけである。 同じ音の名前のやつが、大事な弟分の嫌いなタイプとか、なんてはた迷惑なんだろう。 なお、無冠の名が広がった頃、一つ下の〈キセキの世代〉の話題も持ち上がり始めたが、それは関係ないので置いておく。 無冠の話が出たころ、アザナが落ち込んでいたことがある。 〈キセキの世代〉というアザナより年下の奴らが、バスケ雑誌に取り上げられたあとのこと。 あれはアザナが中学三年、俺が高校一年の時だ。 あれは、アザナが帝光中学の奴らと戦った後のことだ。 メールがきたのだ。 『キセキと戦った』と。 そうして呼び出されるがままに、アザナに会いに行けば――。 なぜかアザナの視線がいたい。 『きよし・・・』 「あ?なんだよ?」 『縮め!カス!!!』 「・・・・・・」 ぅおおおおぉぉぉぉぉい!!!! だれだよ。 うちのアザナにあんな言葉使い教えたの!? すっごい憎々しげに言われた俺の気持ちがわかるか? いままで「きょー兄ぃ」っとニコニコついてきていた可愛い子が、ひさしぶりに会ったとたんゲス発言。 いや、この子ってば、もとから思考がどっかずれてて、人からしたらいろいろゲスいんだけど。 でも・・・この仕打ちはないだろ。お兄ちゃん、死にそう。 しかも理由が、自分は中学三年から身長が変わらないからとまったと思うのに、久しぶりに身長をよくよく見たら、俺の身長が中学時代よりさらに伸びていて腹が立ったから。とか。 有り得ないから。 そうなんだよなー。アザナはむかしから非常に身長を気にしている。 いままでは年齢的に俺の方が高かったから、身長が高くても当然であり、これといってなにも言われなかったけど。 会ってそうそうソレはないだろうと、俺も少し落ち込んだ。 『…〈キセキの世代〉の奴らを見て。はじめて憎しみがわいたんだ』 ふいにぽつりとこぼれた小さなつぶやきに、ふざけるのをやめてちゃんと話を聞いてやらきゃいけないと聞く姿勢を正す。 『ずるいな〈キセキの世代〉ってのは』 「ああ、お前も。あれを体験したのか」 『うん、生まれて初めて、つらくてつらくて。こんなに頑張ってるのにどうして!?って思ったし、その与えられたものがうらやましかった。あいつらを前にしたとき、これが絶望なんだって、改めて面と向かって突きつけられた気分だった。 いままで仲間もいたし。中学生だからって我慢してたけど…なんで…』 うつむいてふるふると肩をふるわせる様は、いまにも消えてなくなりそうで、強く握りしめた掌はへたするとツメがくいこんでいそうだ。 せめて手から力だけを抜かそうとその手を取る。 ほろりとほぐれた握り拳に満足しながらもアザナをみやれば、今にも泣きそうだ。 目の前にいるのは幼馴染のひよこではなく、〈キセキの世代〉に名声もなにもかも奪われた〈無冠の五将〉の花宮字なのだと思った。 あれほど純粋にバスケを楽しんでいたお前までもが…。 あいつらの才能をねたみ、あいつらとの試合で絶望をおぼえ 『なんで今の時代のバスケ部員って全員長身なんだよ!!!』 ――て、ねぇわな。 おーふぅ。 ってきり、あのタフすぎるアザナでさえ、奇跡のようなあの天才たちの前には心を折られたのかと思ったが、そうではなかったらしい。 そう思ってアザナに同情しようとした俺、まじバカ。 穴があったら入りたい。 アザナの絶叫で、数秒前のハカナゲナウンタラ〜がガラガラくずれ、俺に"花宮 字"という幼馴染みの正常な認識を思い出させた。 『特にキセキずるい!!!ずるいうらやましい。くやしい。ねたましい。つらい。帝光のやつらと正面で一列に並んだときの、オレたち平均身長オンリーチームの嫉妬がいか程か。あの挨拶をする時ほどの屈辱はない!自分がチビだとあからさまに言われてるようで!!!ぐぅ…‥もうまじで、呪いでもかけて身長をつぶして小さくさせたいほど〈キセキの世代〉が妬ましいっ!!』 そうだった。アザナはこういうやつだ。 アザナはたぶん相手が神であろうと〈キセキの世代〉だろうと、壁だろうと、目の前の障害のでかさにひるむはずもなければ、むやみに諦めるはずもなく、むしろ細部まで徹底的に調べあげた上で障害物をどかすか破壊するかなんかして乗り越えて突き進む子だった。 今にも泣きそうな顔のその儚げな外見にだまされかけたわ。 そもそもアザナが〈キセキの世代〉や〈無冠の五将〉の意味をただしく理解しているとは思えない。 こいつ、興味ない奴にはとことん淡白だし、こいつからしたら〈キセキの世代〉は――“バスケの才能がある奴が集まったからキセキ”ではなく、奇跡のように身長が高いからとかあらぬ認識をしていそうだ。 たぶん、こいつ自分が〈無冠〉ってよばれてるのも知らない可能性がある。 「あー…うん。そうだよなぁ。お前、そういうやつだよなぁ」 『きょー兄 までオレよりでかくなりやがって…ぐす、裏切られたぁ!!』 「うらぎってねぇよ!!」 本当にこっちが泣きたいわ。 いや。でも俺はどこを泣けばいい? 小さなころから身長を気にしていたから、アザナの成長期が終わったことを一緒に悲しんでやるべきなのか?それともゲスくなったことを悲しめばいいのか?でもこいつの思考回路って、普通に考えるとゲスいんだよなぁ。え?もしかしてそこを泣けばいいの?ブレークンハートした俺の心を思って泣くべきなのか!? 俺と自分の身長さを見て泣き出したアザナに、俺の方が泣きたいわと訴えるかわりに、ため息でモヤモヤを吐き出して、その頭をなぐさめるようにわしわしとなでる。 それからあいつの機嫌を直すのは大変だった。 アザナあれからしばらく口をきいてくれなかった。 ひとよりも面倒見がよく大人びたあいつが甘えられる場所として俺の立場が確立してはいるが、俺の意思など関係なくすくすく勝手にのびた俺の身長のせいでなかなか口もきいてくれなくなったのだ。 道端で会えばすごい嫌そうな顔をされる。ゴミ収集日にばったりゴミ捨て場で遭遇すれば、ゴミ袋をなげつけられるしまつ。 あげくとどめとばかりに、身長測定では前回も前々回も変わらなかったらしく、ついに周囲からもお前の身長は止まったんだよと優しく諭されたそうだ。 っで、やつあたりが、俺の方に来ると。 などなど。 もうほんとうに散々だった。 あいつが会話をしてくれるようになったのは、アザナが誠凛の木吉にまとわりつかれ、そのおそるべき天然やろうと同校の女子にちょっかいかけられたと、イライラマックスで愚痴りに来たことがきっかけだから、今思えばその誠凛のふたりにはちょっと感謝だなっと思った。 ********** 「なぁ、アザナ」 大学受験をめざし勉強するために、俺は椅子にはりついていた。 わからないところとか、アザナにきくとさらっとわかりやすい答えをくれる。 年下に教わって恥ずかしくないのかって? バカか?轢くぞ。そういうのは、できるやつの台詞だ。 むしろ教わらないでわからない部分をそのままにして、大学浪人した方が恥ずかしいだろうが。 ふと、おもいついて――俺の部屋のベッドを占領して猫のように丸まって寝ていたアザナに声をかければ、眠そうにうごめいたあととろんとした声が返ってくる。 『なんだよ。Ho sonno(眠いのに...)』 「あーオネムのときに悪かったなぁ。ちょっとこれ教えてくれよ」 『ん〜・・おうよう?とちゅうけいさん?どっち』 「途中の計算式だよ。どうやってつながんのかわかんねぇんだよ。 あとさ。おまえさ、ひとなんかの世話ばっかしてないで、たまには自分がやりたいようにしろよ」 『寝起きにそれかよ。でもオレが勉強見ないと、きょー兄、落ちるぜ?』 「いや、そっちは助けてもらわないとこまるけど。そうじゃなくて」 ――こどもってものもなにもかも吹っ飛ばして、最初から大人だったアザナだから。 「おまえ一人でなんでもかんでも背負いすぎなんだよ。なにも他人の分の人生まで背負わなくていいんだって、いい加減気づけ。 俺は、勉強以外のことでお前に背負われてやる気はないからな」 『・・・ぶはっ!』 「笑うほどか?そういえば誠凛の奴らとはうまくいってんの?あんまりしつこいなら、ストーカー対策用のアイテムやろうか?」 『きょー兄ぃ!!まじイケメン!』 この部屋がみゆみゆで埋まってなければな! そんなつっこみをするぐらいなら、くんな!と思ったけど、いやだと拒否られた。 なぜだ。 そんでもって。 いいじゃん、みゆみゆ。 あまりにこのすばらしい宝の部屋を否定するので、その後二時間にわたって、俺があきるまでみゆみゆについて熱く、熱く語ってみた。 ついでに洗脳し、そのままみゆみゆファンにして、仲間がふえないかなっと思ったけど、あっけなく失敗に終わった。 っち。普段は天然なくせに。 変なところで手ごわいな。 :: オマケ :: 清「アザナ、やめとけって。おがんでも確率は変わんないっての」 字『いや!変わるかもしれないだろ!んー。じゃぁ、それください』 店員「あ、あたりですね。おめでとうございます!シークレットですよ。すごいですねぇ」 字『・・・』 清「あーあ。だからいっただろアザナ。お前がくじなんか引いてもまたそういう珍しいものが当たるのがオチだって」 字『・・・・・・』 店員「はいどうぞ。商品はこちらです。 こちらは、みゆみゆのフィギアです!○○ライブ限定衣装のものなので特別らしいですよ」 字『え。みゆ、みゆ?』 清「よっしゃぁーーー!!!」 字『“よっしゃ”じゃない!!』 清「いらないならくれ」 字『いらねぇし!まじでいからあげるけどさぁ!オレ、あっちがほしかったのに・・・。なぁ、おかしいだろ!ぜってぇおかしい!!なんで確率90%の残念賞がでないんだよ!!オレはあっちの残念賞のゆるキャラぬいぐるみがほしかったのに!!なんで当たりひいちゃうの!?しかもなんでくじ引きに興味も見せなかった きょー兄 のオシメンのレアアイテムって、なんだよそれ!』 清「それがアザナだろ」 字『オレが不幸になったんだからみんなも不幸になればいいのに』 清「かわりのラッキーをありがとう!」 字『・・・・・泣きたい』 U←BackUTOPUNext→U |