動物を抱くときは尻を支えてやれ |
赤ん坊も犬も、そうウサギもな、みんな同じでさ。 抱き上げるときは、尻を支えてやることが重要なんだよ。 そうすると重心が安定するため、抱かれている子供は安心するのだ。 ――と、子供を産んだことなどあるはずがない若干十たらずの俺の幼馴染みが、近所のガキをあやしながら慈愛に満ちた顔で言ったもんだ。 【 side 宮地 清志 】 やってきました。 秋といえば、この時期。 そう、運動会だ。 とはいえ、秀徳でも霧崎第一の運動会でもない。 秀徳なんか再来週だ。 霧崎第一なんかは、頭脳優先のためか、運動会なんてものがないぐらいだ。 俺、宮地清志と花 宮字は、誠凛高校の運動会に、なぜか身内側の応援席にいる。 そもそもの原因は、俺の幼馴染みである字が、この学校の一年生、火神大我と仲良しなのがいけない。 去年はバスケの試合で因縁を持たれたせいで、字と誠凛バスケ部二年生の関係は、すこぶる悪い。 だというのに、なぜか誠凛バスケ部一年とは仲がいい。 その縁で、招待されたのだ。 字も俺もだが、家族以外の運動会には特に興味がない。 文化祭の様に祭り色が強くない限り、運動会なんてたぶんそれが普通だと思う。 そんな赤の他人ともいえる俺たちに、運動会に来てほしいというのは、仲がいいからだろうかと不思議に思ったが、 字があっさりかまわないと頷くので、そのまま招待されることとなったのだ。 そこでふと、火神が今一人暮らしだということを思い出した。 身長が俺とほぼ同じな豪快なみてくれはともかく、そういえば火神も俺や字より年下だったとふいに思い出す。 もしかすると、年上に甘えたいのかもしれない。 運動会へ招待するということは、そこそこ見栄を張りたい年頃なのだろうと思えた。 そうなると――なんだ、ただの可愛い後輩じゃないかと思えてきたら、字が即答して頷いたのも納得できた。 っが、しかし。 火『あ、これ食費です!お願いしまっす!』 一昨日ぐらいだったが、なんかいろいろ書かれたメモを字につきつけていた火神がいた。 メモを渡した途端去っていった火神は賢い。 あの場で即逃なければ、字の拳が飛んでいた。 なぜなら、字が受け取ったメモをみてぐしゃりと紙を握りつぶしていたのだから。 たぶんあのままいたら罵声と共に、字が火神に襲い掛かっていた確率が高い。 つまるところ、あの後輩は、運動会の用意や練習で忙しいから、字に弁当を作ってきてほしかったらしい。 字の言では、「こんな大量なもんが入る重箱ねぇよ!!!」と、怒りの論点が若干ズレたところにあったが。 まぁ、それはさておき。 そんなわけで、火神の保護者という扱いで字が運動会に行くこととなり、その荷物持ちとして俺も付き添うことになったわけである。 花『きょーにぃー・・・死ぬ』 清「いや、まだはえぇよ」 頼まれた分のため、近所のうちからたくさんの重箱を借りた(買うのはもったいないとのこと)字が、火神からの食費で大量の弁当をこしらえたのはよかった。 そこまでは問題がなかったのだが、金と時間が余ったとかで、さらに作りはじめたら字の奴はまってしまって、気付けば量が半端ないことになっていた。 いっそ秀徳のリアカーコンビでも誘えばよかったかと思うほどの量に、字が先に根を上げはじめた。 清「これ、バスケ部員なら全員まかなえそうだよな」 花『うぅ・・・ウチの部はみんな小食だ』 清「あー…俺んところは人数おおいからなぁ。せいぜいレギュラー分か」 重箱両手にひとつずつ。腕には2リットル水筒に、袋で包んださらなる重箱が二つずつぶるさがり、みてくれからして重そうである。 やはり重いのだろう。それらを抱えた字が、「腕が限界だ」と真っ赤な顔して歯軋りしている。 俺の方が多く持っているのに、これは字の分まで持たないといけない感じだろうか。 ってか、2リットル水筒を数本までもってくるお前が悪い。 清「だから少しおいてけって言っただろうが。俺は手伝わないからな」 花『だめだ!味噌汁を置いていくわけにはいかない!』 清「・・・こっちはスポドリだったか。なんで持ってきた?普通に学生の奴らは持参してるだろ?」 花『食べるだけじゃ炭水化物が多いから、脱水症状起きたらどうするんだ!』 清「山崎だけじゃなく、お前も十分おかんだよ」 うちのリヤカーコンビは、手伝わせるとそのままいついて一緒に食べようとするから、そうすると量が足らないだろう。 霧崎の奴らをパシリに使うぐらいすればよかったな。 あいつらは見た目を裏切るほどに聞き分けがいいから、運ぶ手伝いだけで済むだろう。 ああ、でもあいつらはダメか。誠凛に近づくだけで威嚇されそうだな。 まぁ、“悪童 花 宮”と誠凛の確執を回避するために、 火神の奴が変装でもしてこいとふざけたように笑いながら冗談を吐いたことで、 それもそうだなと、真咲さんと俺で字をコーディネイトしてみたから大丈夫だろう。 俺はただ伊達眼鏡をかけているだけだ。 誠凛と秀徳はそれほど接点はないから大丈夫だろうという判断だ。 字は鬘をかぶって、眼鏡をかけさせて、その上にニットの帽子をかぶっている。 髪を染めなかったのは、髪が傷むからダメだと俺達が却下した。しばらくふてくされた。 ここまで徹底的にやったんだ。大丈夫だろう? ――そんなわけで大荷物を持って、誠凛の門をくぐる。 「ご家族の方はこちらへ〜って、なんでテメェがいやがる“悪童”」 世の中うまくいかないもんだなぁ。 はいった瞬間、誠凛のバスケ部の、あの眼鏡はたしか主将の日向だったか。そいつにばれた字が。 はじめ日向も気が付いてなかったが、字が『応援の席はどこだ?』と声をだしたとたん気付いた。 日向は警戒心むき出しで、表情を一気に険しくさせて、字だけをきつく睨みつけている。 声だけでわかるって、どんだけうちの字のこと嫌いなんだよと思わずため息がでた。 むしろ嫌いも嫌いも好きのうちって言葉が脳裏をよぎった。 これはもうライクではなくラブのレベルでないかと疑いたくなった。 日「なにしにきた花 宮!またうちのやつらにちょっかいだしにきたのか」 ああ、もう。これダメなパターンじゃねぇか。 正義感強すぎるってのもどうかね。確かにこれは字が言っていた通りめんどくせぇな。 俺がそんなこと考えてるなんてしるよしもなく、当の“悪童 花 宮クン”は俺の横でウンウンうなっている。 こっちもこっちでもうやばいな。顔がアンパンのように真っ赤だ。 これはそろそろ荷物を落としかねない。 日「きいてるのかおい!花 宮!」 悪い。聞いてないとおもうぜ。 字の奴は、すでに腕の忍耐と戦いのため、睨まれてることに気付いてもなければ、頭なんぞ働いてなさそうだ。 こちらで言い訳しておくしかないだろう。 清「日向、だったよな?悪いな、これ“花 宮”じゃなくてうちの弟なんだわ」 日「え?!変装してるけど、花 宮じゃないんですか。え、えーっと」 変装も何もかもばれてるし。 誠凛すげぇな。 日向の視線が俺と字を交互に見て困惑の色を浮かべている。どうやら、彼はまだ俺が誰かわかっていないようだ。 まぁ、それもそうだよな。こいつとは学校も違えば、試合でしか会ったことネェし。 やれやれ。まずは、自己紹介からか。 そうでもしないとここから先に入れそうもないしなぁ。 清「俺は秀徳の宮地清志。弟が火神と仲良くて、応援頼まれてんだよ。悪いけどいれてもらえねぇか」 日「え。ひと、違い」 清「ああ。こっちは花 宮じゃない。俺の弟で・・・あーえぇっと、ゆ、ゆうや。そう!宮地ユウヤな。俺の弟だよ」 とっさに出た名前だ。 思いつきだから、漢字を聞かれても絶対答えられネェ。 はは、まぁ、いっか。 日「きょうだい?はなみや、じゃ・・・ない?え?あ…でも、たしかにそういえば髪の色が同じ」 清「そうそう。そういうことだから」 ああ、よかった。俺と同じ色の鬘で。 それにしても真咲さんの用意の良さに俺は完敗だ。 あのひと、まじでこわいわ。 こうなるとわかってやったのか。それともただ面白半分で俺と同じ色を用意していたのか。 むしろ鬘を用意している時点でいろいろ疑うべきだったかもしれない。 これは今吉のサトリ具合よりも、やはり真咲さんを要警戒すべきだろう。 部分敵に常識が欠如している字に変なことを植え付けないように見張らないと。 勘違いだとわかり、ポカーンとして(眼鏡がずれている)日向に苦笑して、その頭をドンマイとなぜてやる。 本当はお前のその観察眼こそ正しいのだが、こんなところで騒ぎはおこしたくない。 なんていってもこいつも後輩だしなー。 わしゃわしゃとなでていれば、すみませんでした!とそれは熱血な体育会系らしい見事な90度おじきの謝罪がはいる。 それに言葉を返そうとしたところで 花『きょー兄ぃ・・・ぅぅ・・・も、もう・・・だめだ。家族席とやらはどこだ』 清「ほらしゃんとしろ。もう少しだってよ」 花『にぃ〜・・・』 清「だめだっつってんだろ。自分でもってけ。恨み言なら弁当の注文をしてきた火神に言え。 っで、日向。応援席ってどっちだ?」 日「(ハッ!?)あ、えっと向こうの青いテープから向こう側のブルーシートで」 清「おう。サンキューな。ほらいくぞ」 隣でカタカタカタと持っている重箱から音がし始めたので、あわてて応援席へと足を運ぶ。 日向は他の客を案内する役目があるらしくついてこなかった。 ブルーシートがひかれた場所まで到着すると、さっそく字が荷物を置き、そのままぶっ倒れた。 清「お前、もう少し体力つけたら?そんなんでよくバスケやってられるなぁ」 花『オレの武器は勘とスピードですから!ええ、どうせオレはちびですよ!!!』 清「はいはい。お前は小さいんじゃなくて最近の日本人がでかいだけだから。ほら水」 小さいと言われたときだけ元気なのってどうなんだろうな。 ほれと水筒から組んだ茶を渡せば、ゴクゴクと水を飲みほしていく。 飲み終わったあと、ぷはぁっ!と盛大に声を出すのやめてほしい。どこのおっさんだと言いたくなる。 清「腕だせ」 花『ん』 習慣て怖いなぁ。 不幸体質な字がむかしから出歩くたびにけがをしてくるので、いつのまにか湿布やばんそうこうや包帯が常備品となっている。 こいつがいたから、緑間の不幸具合にもすぐに対処できたわけだけど。 いつもどおり鞄の中から湿布をだして、字がつきつけてきた腕をとる。 ゆるっとした素材なのでグイっとおせばすぐに上腕部分まで上がる。ボタンつきのYシャツみたいなシャツ着せなくてよかった。袖めくるの面倒になるところだったわ。 清「おーおーこれまたくっきりと」 花『また瀬戸とかに怒られるな』 清「お前が怪我するたびになぁ。〈花 宮はラフプレーの報復にあった〉って、〈周囲が勘違いする〉の、霧崎の奴らけっこう気にしてんだからな」 花『いや、それ泣きたいのオレのほうだっての』 赤い痕の残った腕をさすりながら、字は部活で何を言われるんだかと、遠い目をしてうなだれている。 案の定、字の袖をめくれば、重箱のはいった袋をひっかけていた部分がくっきり赤くなっている。色が白いから、よけい痛々しく見える。 こんなんでよくあんな激しいバスケができるよなぁと、逆に感心してしまう。 清「とりあえず怒られてこい。二、三日すればひくだろうから、それまでは外部と試合はすんな」 しぶしぶと頷いた字に苦笑し、その頭をニット帽ごとたたくように撫でてやる。 それからしばらくすれば、応援客もどんどん増えてきて、賑わいが増す。 開会式も終えて少し経つと、時間の空いたらしい火神が俺たちを探しに、一瞬顔を見せた。 宮地清志の弟としている字をみて、爆笑していた。 火『あ!キヨ先輩!アザナさんは・・・ぶふっ!花 宮が金髪とか似合わなwwww』 清「あーこいつな、今日は宮地ユウヤな」 花『清志の弟でーす、世露死苦火神クン?(棒読み、優等生スマイル)』 火『ぼ、ぼうよみwwwwあと intonationおかしくないですか?wwwってか、ここで 《宮地裕也》 登場とかwwwww黒バスファンブックぅとアザナさんサイコーでっすwwww裕也ファンが泣きますねwwwwww』 清「うるせぇ火神。お前はウチの高尾か!?それ以上笑うな。轢くぞ!」 火『ぶふぁっ!!』 清「火神ぃ〜おまえなぁ」 どうやら字の顔って、声だけでなく独特らしい。 ひとめみて、二回ほど瞬きした後、火神もこいつが花 宮字であると理解していた。 うん。眉毛もしっかり隠れるように帽子かぶらせて、前髪までおろしたんだけどなぁ。 さすがにこいつの眉毛は目立つのは知っていたので、それ対策として真咲さんがカラーマスカラとかいろいろ使って、字の眉毛やまつ毛の色を鬘と同じ色に塗りたくっていた。 なのに声と顔立ちでばれるって、よほど“悪童 花 宮”の顔が誠凛では出回っているということか。あるいはこの顔立ちは一回見たら忘れないのか。 いっそのこと女の恰好で誠凛につれてくればよかったか。 でもそうすると荷物持たせられないしなぁ。 花『ユウヤデス、ガ、ナニ、カ?』 火『自分で名乗ってるwwwwアザじゃなくて裕也さんうけるぅってぇ!ぅえ!?あた!たたたたた!いたいいたいいたいいたいぃー!!センパイやめて!ひー!すまんせん!殺気イタイッス!!!!』 バカ笑いする火神を、キッ!!と物凄いジト目で睨み付けるアザナからは、周囲に澱んだ空気が見えそうだ。 相変わらずこいつの殺気は一点集中すると痛みさえ伴うらしい。 俺にこの殺気を向けられたことがないからわからないけど、よく霧崎のやつらも今吉も騒いでいたからそういうもんなんだろう。 清「とりあえずお前らは落ち着こうな。ほら、アザ、じゃなくてユウヤもな」 俺の横でギリギリと歯軋りをして火神を睨む字の頭をポンとたたき、その暗黒が漂う優等生笑顔をやめさせる。 清「ユウヤ、轢くぞバカ」 花『フンッ』 火『針のむしろな感じでした。助かりましたありがとうございますキヨ先輩』 シュンと暗黒オーラもとい殺気が収まるようにピリピリとした空気が掻き消え、かわりにふてくされたようなアザナがこちらをチラっとみてくる。 殺気がひいたことで火神が、若干青い顔のまま礼をのべ、逃げるようにその場を去る。 花『昼、一年のやつら、連れてこいよ』 そっぽを向きながらもそうつぶやく字の声は、こちらに背を向けて駆けていく火神にも聞こえていたようで、一度振り返ると嬉しそうに手を振って「了解ッス!」と笑っていた。 あー。本当に、こいつらの関係ってよくわかんねぇなぁ。 仲が悪いんだかいいんだか。 火神と字の関係は、間違いなく俺と字のそれとは違うんだろう。 俺はきっとどこまでいっても家族でしかなく、こいつを甘やかすことしかできない。 けど火神は違う。あいつは字と同じ場所にきっと立てる唯一。 字は価値観がおかしくて、なぜかすべての生き物を年下の様にあつかう。その“年下”に含まれない、そんな火神みたいな存在は字にとってきっと貴重だ。 きっとあいつは俺には理解できない字の常識が欠如した価値観がどこからきたのかわかるのだろう。 価値観がわかる。だからといって、字のように猫の言葉や価値観がわかる人間を募集しているわけではないが。 清「お前もちゃんとした人間の友達がいてよかったわ。兄ちゃん、ちょっと安心したわ」 花『オレも人間だろ、ちゃんとした』 清「さぁ、どうだろうな」 花『それもそうだな』 最初の日向のことを抜かせば、俺達にはなにも事件は降りかからず、誠凛の運動会も順調に進んだ。 紅白にわかれた玉入れ合戦は、バスケ部の学生監督、相田リコの「外したら練習どうなるかわかってるわね!」という応援を聞いた途端、 参加しているバスケ部員が本気を出して見事なシュートポーズで次々に投球していき、各クラスに勝利をささげていた。 リレーでは、陸上部とバスケ部が熱い試合を繰り広げていた。 どうやら誠凛は、あの監督効果で、ふつうの運動部以上の持久力を手にしているようだ。 それをみた字が、同じくバスケ部員として、顔をひきつらせていた。 ファルトレク の威力見せてやる!という誠凛バスケ部員の叫び声に、なんだそれ?と首を傾げれば、青い顔をした字が、ブンブンと首を横に振っている。 清「なんだファルなんとかって。普通にバスケの練習でよく使うのか?」 花『ないないない!オレはやらない!むしろそれをやったからって、ここまでめちゃくちゃ早くなるのはおかしいから!あいつらおかしい!…火事場の馬鹿力のほうが正しいかなこれ。 そもそもファルトレクってのは、陸上競技選手のトレーニング方法の一つで、丘や森・草原・砂地など起伏のある場所で走って、持久力を養うものだ。それだけ言えば問題なく聞こえるだろうけど、所詮野山を走るんだ。たしかにあれは筋力が早くつくが、あんまりよくない手段だと思う。極端に言えば、山登りでついた筋肉と、コンクリート地面でバスケをするときの筋肉って付く場所が違うから。 そもそも野山なんてたまにしか行かないだろ。つまり、とってつけたような、その場限りの肉体強化だ、あんなの。オレなら、継続できる肉体強化方法を選ぶ。現にオレは霧崎の奴らに、野山をかけまわらせたことは一度もない。そもそも霧崎の奴ら、頭脳派が多いからな。 うちの奴らにやらせたら、慣れない山修行なんて・・・へたしら人体痛める。 個人個人の特徴をゆっくりのばして、二年かけてあいつら育てたんだ。そんなやばんなこと、オレが絶対させない。やるなら適度に楽して、休息とりながら、最強目指す。 そもそもこんな陸上選手も真っ青な速度でるようになるファルトレクなんて知らない。 誠凛こわい。相田コワイ。どんな訓練してんだよバスケ部〜』 清「もしかしてここのカントクさんは、お前の鬼のようなしごきのさらに上を行くんじゃないか?」 花『ガンバレバスケ部〜強く生きろ!!』 清「生きろときたか」 それから騎馬戦は、笑った。 バスケ部の奴らの身長のでかさといったら。ただしとびぬけた火神は、省かれていた。 黒子が上に載った普通サイズの騎馬戦をみたけど、黒子の存在感の薄さのせいで他のチームが黒子に気付かず、そこの隙を突かれ逆に黒子が一人勝ちしていた。 二人三脚では、火神がでていて、まるで相方の生徒を片足ケンケンで運んでいるかのような、そんなのありなのか!?といわんばかりのデコボコなグループが勝利していた。 火神の相方さん、足浮いてたわ。 そのあとは、ダンス。 高校生にもなってのダンスとか。 フリーダンスはやたらと金髪の女の周りに人が集まっていた。 なんだこれ?と不思議に思ったが、周囲の観客たちも彼女が出るとやたらと目をハートにしてそちらをみていたので、あの金髪の女の子は誠凛では有名なのかもしれない。 いや、俺はみゆみゆの方がいい。 なんだかんだいって、午前中はけっこう楽しめた。 お昼のときは、約束通り火神が、バスケ部の一年をつれてやってきた。 「へぇ〜あなたが噂の。でも日向先輩のように一目みて分かる人間そうはないと思いますよ。そこまで見事な変身してると」 「あ、火神に事情はきいてます。今日はよろしくお願いしますね」 「会うのは初めてですよね。やっぱり噂とは似ても似つかないですね〜」 火神が事前に宮地ユウヤは、花 宮の変装であるとつげてくれたこと、二年生とは違って“花 宮”にそれほど強い嫌悪感がないことから、 一年生たちはあっさり字を受け入れ、ニコニコとあいさつすると席に着いた。 俺も字もこいつらにとっては年上だからか、敬語だ。 普通のまっとうな敬語だった。 なんか新鮮だ。 こいつら大人しめで、甲高い笑い声も聞こえず、なのだよって声もせず、ふつうな、ごく普通な子たちばっかりで、思わず感動のあまり視界がゆらいだ。 それに気づいた字に苦笑され、肩をポンポンとたたかれた。 この学校は“悪童 花 宮”を嫌うように誰かが“花 宮”の悪い噂ばかり流しているらしく、バスケ部は霧崎のやつらととにかく仲が悪いのだという。 しかしその傾向が酷いのが二年で、一年生はやはりその噂に違和感を覚えているらしい。 そういう違和感をもてるのは、ある特定の人物から遠ざかった時だけらしく、なにか特殊なオーラでも放っているのか、 その人物の側にいると「花 宮絶対悪説」をたやすく信じてしまって、むしろ疑う気にもならないのだという。 清「それ、洗脳じゃねぇか」 火『そうなんすよー。アザじゃなくてユウヤさんと実際何度か会うと、洗脳にもいくらか抗えるみたいなんすけど』 黒「僕がいい例でしょうか。〈友〉さんと出会ってからは、“彼女”のおかしさが目につくようになりまして。 あ、以前は花 宮悪を信じてたんですが、いまはないです。むしろ〈友〉さんけっこう好きです。××の最新巻貸してください」 火『っと、いう具合にですね。俺といると“彼女”からの影響がやわらぎ、ユウヤさんといると完全に彼女の影響から解放されるみたいで・・・ まぁ、それも一時的なものみたいなんで、継続してユウヤさんと接点持たないとやばそうなんですけどね〜』 降「も、もしかすると、あの・・・“彼女”の心を操るって、匂いが関係あるのかも」 清「におい?」 河「そうかも。息がつまりそうなぐらい香水がきつくて。あげくマネージャーの仕事、俺達がやってるんですよ。ベンチって、よばれて」 花『…あれはたぶん"そういうんじゃ"ないな』 降「はなみ、じゃなかった、えっとユウヤさん?」 花『そういえば、誰だお前?』 降「あ、そういえばまだ名乗ってませんでしたよね。す、すいません!!お、おれ!誠凛バスケ部一年の降旗光樹です」 河「同じく、河原浩一です。改めてはじめまして。ところで、これ、食べてもいいですか?」 福「福田寛です。お誘いありがとーございます宮地さんと花じゃなくてユウヤさん」 花『よろしく。オレは花宮字。いまは宮地ユウヤって名乗ってる。飯は好きに食ってくれ』 清「それで、お前らその洗脳とか解けたのか?」 福「どうなんでしょうか。俺らも火神と黒子に言われて違和感に気付いた程度で」 花『河原君、あんだけ動いてたんだからもっと水分とる!』 河「ユウヤさんが俺のことみていてくれてた!」 火『あー。こうみえて噂とは逆で、年下に甘いっすからユウヤさん。人の顔認識できてないっすけど』 黒「あのーそっちの水筒なんですか?」 清「茶とスポドリ。おーい、だれかぁ。おいなりさんのはいった重箱しらねぇ?」 花『清志、お稲荷さんはこっち。デザートはあっち、中身はゼリー』 河「あ、この肉じゃがうま。ユウヤさんおかわり!」 花『はいはい。降旗君はコーラばっかのまない!午後の部で胃もたれ起こすぞ。味噌汁あるけどいるか?』 降「え。そんなものまで!?いただきます」 花『そこ!そんな肉ばっか食べるな。せめてポテトサラダも一緒に』 河「もぐもぐ・・・うん、そうそう。洗脳の話ですけど、悪口言われようと、違和感があろうと“彼女”が嘘をついてるようには思えなくて。つい“彼女”の言ったことには頷いちゃうんですよ」 清「それこそ洗脳だろう。ってかアザじゃなくて、ユーヤ!おい、これスプーンじゃねぇよ!フォークじゃゼリー食えねぇよ!轢くぞ」 火『あ、キヨ先輩、スプーンそっちみたいっすよ』 降「ユウヤさんのクリームチーズが花型なの、かわいい」 花『・・・む。おい、火神。黒子にその皿分は全部食わせろ』 黒「え!?」 火『了解っす』 降「大丈夫だよ黒子。手毬寿司なんかは一口サイズで小さいし。火神のとは違った味で美味しいよ?」 黒「むぐ!!!!」 清「出し巻き卵、甘い卵焼き、塩と胡椒の卵焼き。あるいはここは意表をついて、ゆで卵、いや味付け卵か・・・どれにすべきか」 花『清志はしたない。迷い箸はやめい!』 清「よしこれにしよう!」 降「えぇー結局卵じゃないんですか!?宮地さんそれカレー味のから揚げじゃないですか!!卵と味も全然違うし!?あ、でもおいしそー。俺も一個・・・」 河「おにぎりがおにぎりが!!!ただのおにぎりのはずなのに。おふくろの味って名前つけたくなる味なんだけど」 福「ねぇ、宮地さん。最近は男が料理作れた方がいいんですかねぇ?」 火『ユウヤさーん、それとあれとこれとそれとそれとそれとあれ、とってください!大盛りで!!』 黒「・・・もぐもぐもぐ。ごく・・・・・・うま」 その日の弁当はみんなでわいわい話しながら食べた。 誠凛の中でどうやって、“花 宮”という存在が絶対悪になったのか。 その噂の中心は誰か。 バスケ部の様子はどうなのか。などなど。 色んな話を盛りながら、字が昨日から作った弁当の数々を俺達はどんどん空にしていった。 俺たちからかなり離れた場所では、きつめの金色の頭がみえかくれする生徒たちの円陣がある。 随分にぎやかだなぁ。 あちらさんもどうやら一人の女子生徒を囲んで、仲良く弁当をつつきあっているようだ。 うんうん。やっぱり運動会とか、みんなで食う弁当はいいよなー。 たまにはこういう大人数での食事も楽しいもんだな。 今度、暖かくなったら秀徳のやつら数人誘って、息抜きにでかけてみるのもいいかもしれないな。 それにしても・・・。 火神はよく食うなぁ。 帰りの重箱は、箱の重さだけになりそうだな。 これなら字に余計な湿布を張る必要はなさそうで、色んな意味でほっとした。 午後の部は、大玉転がしから始まった。 話に聞くところ、大玉は張りぼてのようなかんじで、枠組みに紙をはっただけの軽いものらしい。 そこでは二年生がメインで、金髪の彼女が日向を応援したら、スイッチがはいったらしく勢いつけすぎ、 そのままこけて大玉はふっとび、背後から来た大玉にふまれるというハプニングがおきていた。 清「おいおい日向、大丈夫かよ。轢かれてるぞ」 花『ああいった紙のものは、力の配分も考えないとダメだな』 清「あー・・・丸くて力の配分が必要な競技っていうとさ、スプーンの上に卵載せて走るアレ思い出すわ」 花『・・・あれは好きじゃない。食材を無駄にするなんて言語道断だ』 清「まぁまぁ」 続いては、綱引きや、長縄跳び。 火神は、短距離走とかリレーや綱引きなどに出る印象があるから、それらにでないのは少し驚いた。 そうして次はこの学校で一番のメイン、障害物&借り物教競争。 この競技に火神が出るらしい。 スタート位置に並んでる中に一人だけ飛び出てる頭。 身長といい、がたいといい、髪の色といいすべてがとびでている。 はは…これなら遠目からでも火神と判るわ。 スタートの発砲音とともに皆、一斉に駆け出し、網をくぐって平均台をこえて、20メートルダッシュし、 その先でぶるさげられているパンをくわえ、箱の置かれた台へと走っていく。 火神よりも先頭に立ったフォームが良すぎる奴は陸上部か? お、今のところ1位は、小柄な文化部らしい生徒だ。ガリガリだなあいつ。 火神は・・・っと。あー残念。体格がちょっと網にひっかかって、抜け出るのに時間がかかってしまったらしい。 そうして次々と指定の箱から、紙をとりだす。 そして、続々台の上からくじのような紙をひいてくのだが・・・ 一番目の文化部っぽい子が、ボンと顔を真っ赤にしてその場に座り込んだ。 続いてきた陸上部らしいやつは、顔を青くしてオロオロと視線を彷徨わせて固まっている。 そいつら先頭集団が紙をひいたのを皮切りに、借り物の書かれた紙を拾い上げ、内容を確認した選手から次々と悲鳴が上がる。 清「どんな無理難題だよ!?」 花『・・・借りれないような借り物競争か。むごいな』 思わず顔をしかめ、つっこんだ俺たちは悪くない。 清「あ、でもみろよアザ、じゃなくてユウヤ」 花『?』 清「あっち。紙を持った奴が数人あの金髪の女子生徒に向かったぞ。それほど非道な課題以外もあったみたいだな」 花『非道な課題っていうか・・・むしろあの女一人にやたらと群がられてないか?』 清「あー・・・そうかも?似たようなお題が被ったのかな?」 そうこうしているうちに、火神が紙を手にした。 火神はというと、紙を見ると会場を見渡し、勢いよく此方に向かってきた。 火『センパイ!一緒に来てください!』 花『は?うぉわっ!!』 火神は俺の隣にいた字を――軽々と俵抱きにすると、そのまま担いで行ってしまった。 俵抱きである。 お手て繋ぐとか、姫様だっことかではなく俵抱き。 まぁ、姫様だっことかしたら、字に殴られそうだが。 いや?まてよ。あの字がお姫様抱っことか気にするだろうか? ・・・ないな。 そうして火神は、誰よりも先にゴール地点に到着した。 さっそくきた係員が火神の持ってる仮物指定の紙を受けとる。 そうして火神は、俵抱きした字を左腕で抱えなおした。 分かりやすい図だと猫の抱きかただな。 火神は気づいてないんだろう……身長差で字の足が地面に付かずプラーンとしてる。 字はというと、わけがわからないといったかんじで困惑気味だ。 んで、火神は空いた右手で、ニット帽の下、字の前髪をかきあげて、そのオデコを審判に見せた。 きら〜んと輝くのはツルっとしたデコ・・・ではなく、蜂蜜色に染められてはいるものの麿っとした形が変わることなくそこで自己主張しているハの字の眉毛。 火『この眉どうっすか?』 審「そうですねー。見事に特徴あります!では、クリアですね」 それを確認すると審判は、納得したように頷き、マイクで指定内容を読み上げたのだった。 審「お題は顔に特徴ある人〜!!優勝は一年○組!」 歓声があがると同時に、その他の選手がまだ会場内で模索している中、火神は余裕をもって一位となった。 その後、すぐに字は俺のもとに返却されたが、その扱いは猫同然の抱えかただった。 いや、猫にしてもひどくないか? んん?そういえば猫っていうと、親猫は子猫の首を加えて運ぶんだったか? 人間がなにかしらの動物をだきよせる・・・のとは、またなんか違った感じだな。 ああ、そうそう。火神のあれは、人間の子供が、お気に入りの人形を抱きしめるような感じに近くないだろうか。 なんにせよ、最初の俵抱きの方が、字としては嬉しいだろう。 だって・・・。 プラーンって足が地面から離れて、揺れてる。 左腕一本だけで抱きかかえられて猫と化している字は、とても不機嫌そうだった。 清「あざ、じゃなくて、ユウヤ。お前本当に火神からなんと思われてんだ?」 花『………悪友。ついでにすこしばかり先輩だと思ってくれてたらうれしい』 清「・・・最後のはお前の願望だな」 扱いのひどさにつっこめば、返却された字が、ずれた鬘と帽子をなおしつつ、不満ですとばかりにアピールしてくる。 これはあとで火神が、字にネチネチとした攻撃を食らってもかばえそうにはない。 がんばれよ、火神。 うちの猫神様は、へそを曲げてしまったようだ。 せいぜいあいつの怒り具合が、猫パンチレベルの拳が振るわれることを祈ろう。 それから午後の部は何事もなく終了していき、火神達がいる赤組が勝利して終わった。 :: オマケ :: 借り物競争において、悲鳴の上がったお題とは―― 『好きな人』 『学校内の美人さん、もしくは可愛い人』 『ブレザー』※誠凛の制服は学ランです 『学ラン』※今は運動会中のため、校舎まで取りに行く必要あり 『苦手な先生』 『D先生の入れ歯』 『髪を二つに結んだ女の子』 『割ってない割り箸』※この協議は昼食後である 『犬のグッズ』 『眼鏡のイケメン』 などなど。 ちょっとばかり、借りるには困るレパートリーばかりであった。 なお、最後に息を切らして障害物を抜けてきた生徒が、 『眼鏡のイケメン』という題をひきあて、 伊達メガネをかけた宮地清志が借りられていった。 これにより、彼はビリから2位へと大逆転した。 のちにこの時間差2位に関しては、史上最強の下剋上とよばれ、ビリだった青年はクラスメートから大喝采を浴びたのだった。 ←BackUTOPUNext→U |