有得 [花悲壮]
+ 花火の怪奇日記 +
02.着信アリ
時間軸は、黒子がポケモンネタで花 宮と出会う前のこと
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『過去の辛い光景を見せて、心を弱らせてから食らう――ね』
赤い光にのまれ幻覚を見ているのだろう。
花 宮さんは、うつろな目を正面の“なにか”にむけて持ち上げると、憔悴したようなどこか暗い表情で笑った。
『・・・フハッ!これはたしかに厳しいわ。ああ、もうだめだ。辛い。憎い。憎い。憎い。憎い。ニクイ。にくい。あいつが・・・。
あのとき、心が一瞬でくだけっちった。あのときの記憶だ。ああ、ざまぁねぇな』
まるで自嘲するような言葉が吐き出される。
その後にゆっくりとたちあがるものの、花 宮さんは顔をまたうつむけてしまう。
ゆらり。ゆらり。
花 宮さんは身体を揺らしながらもまっすぐ立つと、ゆっくりと顔を上げる。そこまでの動作が酷く鈍い。
それはまるでスローモーションでタイムリミットを告げる秒針をみつめていたかのような――
『ほんとうに、な』
顔を上げた花 宮字は、目の前でうごめく黒い影の群れを見て、“悪童”という言葉など思い浮かばないほどそれはそれは綺麗に天使のようにニッコリと笑って言った。
『縮めっドカスがっ!!!!
この紫トトロぉっ!!!!』
(花 宮さん・・・紫原君の幻覚でもみているのでしょうか)
先程までの天使のような可憐な笑顔はどこに行ったのでしょう。
そのときの彼の顔は、まさにゲスの中のゲスでした。
悪の大魔王もおびえて逃げるような青筋を浮かべた彼は、そのまま拳を強く握ると大きく振りかぶり、そのあくどい笑顔をうかべて黒い影にむかっていきました。
・・・人間って本気で怒ると手から黒い焔が出るものなんですね。初めて知りました。
◇ ◆ ◇
うごめく黒い影が黒い炎によって消され、残った肉塊のようなものはボコボコに殴られ。
それをなしえてしまった花 宮の背後で、中学生の時の記憶にさいなまれ、頭を押さえて膝をついていた黒子は、
彼の地獄の底から響いたような低い声で紡がれた罵声に目をしばたく。
そうして、お前の方が絶対呪いを放っているだろうと言いたくなるような「縮め縮め縮め」と同じ言葉を繰り返すしつつ怪異をぼこなぐりにしている花 宮をみて、
黒子は思いました。
『テメェーら、全員縮めぇーーーーーーーーーーーー!!!!!!』
全員って、それって、僕もはいるんですか!?
【 side 花 宮 成り代わり主 】
オレたち霧崎は近くの高校と練習試合が決まっていて、それに合わせてチームのみんなと移動していた。
遠征途中で「暑い」「喉が渇いた」と顧問がばてた。
さすがに夏だと、水分摂取は必須だ。
しかたなく日陰にみんなをまとめ、大人数で行くのは迷惑だからと、近くのマジバにオレと山崎で皆の分の飲み物を買いにいった。
手にはバニラシェイクとオレンジジュースとコーヒー。
生徒たちはいたって普通のソフトドリンク系統なのに、顧問はバニラシェイク以外は嫌だと譲らなかった。
なぜ顧問先生は、甘ったるく、水分量が少ない物を頼むんだろうか。余計に喉が渇くだろうに。
『あとで余計に喉渇きそうじゃねぇかこれ』
「しょうがないさ。顧問先生の甘党はみんなが気を付けてないとやばいレベルなんだから」
『っち。あのカスが』
「ほらお花、眉間にしわよってんぞ。ほぐせほぐせ。
にしても。なんだかんだ言いながらもしっかりバニラシェイク買ってくんだからなぁ花 宮は」
『おごりじゃねぇ。金はきっちり請求する』
「はいはい。ほら、とけないうちに帰ろう」
むー。
眉間に皺をつくると顔が怖くなるからやめろとは前世からブーブー言われていたのだが、目の前の顧問先生の甘党具合は許せるものではない。
いつか味覚がおかしくなるんじゃねぇだろうかと心配なのだ。
味覚がおかしくなったら、どんなものを食べてもうまいとわからなくなるではないか。
何がきっかけは曖昧だが、前世の経験も交え、料理に関してはちょっと手を抜きたくないのだ。
とはいえ、笑顔で相手に「しんぱいですぅ」なんて言うようなオレじゃない。
殴ってでも止めさせる。
それが前世のオレだった。
山崎と飲み物をもってもどると、顧問先生がニコニコして早くくれとばかりに手を差し出してきた。
なんか顧問先生を見ていたら、これ以上甘いものを与えるのがダメな気がした。
そう思ったら、渡すのがはばかられ、後回しにすることにして、先に部員たちの分を配ることにした。
ションボリとされたが気にしない。
やはりシェイクなんかではなく、水分量が多い茶系を買えばよかった。
トゥルルルル
ふいに携帯が鳴った。
音の鳴り方からして、メールじゃなく着信だ。
側にいた古橋にオレの分のコーヒーをもたせ、空いた片手(いいまだシェイクは手の中)ですぐに携帯を取り出す。
携帯の画面には、幼馴染みの名前が表示されていたが、宮地清志は昨日から合宿ででかけていたはず。
なにかあったのだろうかと通話モードにして携帯を耳に当てたら――
ジジジジ!!!!ザァ!!!!ジジジジ!!!!!ジジジジジジジジジジッジジジッジ・・・・・・!!!!!!
っと、激しいノイズ音が聞こえた。
ときたま、ノイズに混じって聞こえる音は、なにかの言葉だろう。
あまりの耳障りな不快な音に、耳がおかしくなりそうだと顔をしかめた。
それとほぼ同時に周囲の空気が揺らぐ感覚がし、霧崎の仲間たちが、オレの背後をみて顔色を変えた。
ああ、これはヤバイ感じだ。
そう思って、背後のなにかを振り切るように走り出そうとしたのだが、身体に何かがまきついたかとおもいきや、
強い強い力でグイッっと背後かにひっぱられた。
そのまま背後から延びてきた誰かの手に腕を引っ張られ、その手に視界をおおわれた。
「花 宮!」
だれかの手の隙間から、光が見える。
普段は無表情な古橋が血相を変えてかけつけてくる。
のばされた手に、手を伸ばし返そうとするが、オレの身体は金縛りにあったように動かなくて、そのまま完全に視界をふさがれ、目の前が黒で覆われた。
完全に意識が途切れる寸前、また古橋の声が聞こえた気がした。
**********
「おにーさん!おにーさん!しっかりしてください」
『・・っ、・・あ?』
「あ、起きましたね」
トントンと肩をゆすられ、目を覚ましたら、カメハメ派でもしそうな構えを取っていた水色の少年が目の前にいた。
『えーっと・・・?』
なんでカメハメ派?
「っち。もう一回呼びかけておきなかったら、イグナイトをかまそうとおもっていたのに」
・・・・・・いま、こいつ舌打ちしなかったか?
むしろそのポーズなに?
っていうか、なにをかまそうとしたって?
いやいや、怖いだろ。
いや、まじで、なんかいろいろ怖いんですけど。
外見は儚い系美少年だが、儚いという言葉が当てはまらないぐらい、その乏しい表情からはいらだちがあふれて見える。
初対面なのに。
こっちをみる顔が、ひどく冷たい。
いったいぜんたいオレが何をしたというんだ。
「あ、名乗り遅れました。はじめましておにいさん。僕、黒子っていいます」
『花 宮だ』
「ああ、あなたが。どうりで倒れてるあなたを見てイラァッときたと思いましたよ。あなたが●●●先輩が言っていた“悪童”ですね」
火神経由で、この世界には【黒子のバスケ】と呼ばれる原作があり、その主人公が目の前のいる――水色の髪をした黒子テツヤというのは聞いていた。
火神とはよく会うし、彼の中身は同郷の転生者であることから、たとえ去年壊れた木吉と同じ学校の生徒であっても普通に会話が成り立つ。
しかし誠凛高校は、トリッパー女 〈●● ●●●〉 の洗脳を受けているせいか、木吉の足が壊れた去年の事件以降、やたらとオレは誠凛生に嫌われているのだ。
そんでもってこの黒子もまたその一人のようで、去年の試合のことを聞かされているせいか、初対面だというのにオレに心を開いてくれない。
それどころか、警戒をあらわに隙あらば攻撃してこようとする。
勇ましいことだ。
さて、この黒子という少年は、とことん影が薄いらしい。
残念ながら、オレは人間の判別が苦手なので、オーラや気配とよべるもので人を判別してる節がある。
黒子は自分の存在感を薄くして相手をほんろうするらしい。
ミスディレクションというらしいが、オレは前世での戦闘経験ゆえか、存在感が薄いということがまずわからない。
だけどこの黒子がオレを嫌っているのは理解しているので、奴がこっそり背後に回ってきたときには避けるようにしている。
試合で技がばれたくないからと、オレが気づくとその“イグナイト”という技の構えが引っ込むのだが。
つまり試合でも使える技ということだろうが。
本当にこいつ、オレに何をしようとしているのだろうか。
以前、原作知識も持っている訳知り顔の火神に“イグナイト”ってなんだよと尋ねてみたところ、顔をひきつらせて視線を外された。
その様子に、あの技がそうとうやばいものであることは把握した。
まぁ、こんなにひょろくても原作における主人公らしいので、きっと主人公らしく、超常的な力がつかえてもおかしくない。
それがないにしても、とんでもない某テニス漫画のように、サーブひとつにもきっと技名がついているような――
そんな人知を超えた技の一つや二つ持っていたとしてもおかしくはないのだろう。
やれやれ。最近の若者は暴力的でいけないな。
見た目に反して黒子はあの火神をどうこうできるような力技が得意なようだ。
とりあえず上半身だけでもおこせば、身体の周りをパラパラと黒っぽい真っ赤な花弁がおちていく。
体を起こしたことでそれがヒラヒラと舞い、視界にとまった赤にギョっとして周囲を見渡せば、なぜかオレのまわりだけ花弁が散っている。
見た目は花の1枚1枚が大きく、ずいぶんと肉厚だ。
まるで椿のようだ。
しかし花弁がとにかく赤い。
花弁の厚さといい、色といい、なんだか血なまぐさい想像に行きつくので、深く考えてはいけない気がする。
それに埋もれていたということは、オレがここに倒れたあとにも花が降ったということか。
なにこれ。死体に花をささげる儀式でもしたのか。
いや、オレは死んでないがな。
「どうやらここの空は花でできているみたいなんです」
『空?』
言われて空を仰げば、花と同じ色をした空が頭上を埋め尽くしていた。
ちょうどオレの頭上部分だけ穴が開いていて、そこからときたまはらりひらりと真っ赤な花弁がおちてくる。
穴の向こうは――
ここでは、あえてこの先を口にしないでおく。
とりあえず綺麗な青空ではなかったということだけ告げておこう。
グロすぎる空から視線をそらし、他には何かないかと見渡せば、暗闇のなかでポツポツとうすぼんやりとした光が見える。
目を凝らすと、それが真っ赤なこの空と真逆の色をした青い花だとわかる。
青白い花はどうやら木になるものではなくバラやコスモスのように一輪ごとに咲いているのが、群生しているようだ。
それがヒカリゴケの様に、内から光っているのだ。
空の色があれなだけに、その小さな青い光に思わずホッとした。
なんだかその場所だけ浄化されているような気分にさせられるのは、きっと錯覚だ。
それは淡い色合いのせいと、暗闇の中でともる明かりが、温かくみえるという視覚をついた心理トリックだ。間違いない。
だって・・・
青い花は、まるで目印の様に転々と咲いていて、まっすぐにオレたちの行く先を示すように咲いている。
淡い光のその先には、うすぼんやりと建物の影が見えた。
逆に、振り返って建物と反対側の道を見ても何もない。オレたちの背後はただ暗闇だけが広がっている。
つまりいかにもな、あの建物へいくための道しか光が照らされてないのだ。
はっきりいってここから見えるぐらいおどろおどろしいデザインの建物である。
遠くで学校の予鈴のような鐘の音が聞こえるから、あの建物からなのかもしれない。
花より空より、なにより、あの建物の方がやばそうな気がする。
『・・・』
ふぅー。
ガッカリだ。
この青い花も罠か。
花と建物。
赤黒い空。
それ以外に何もない。
ただ真っ暗なだけの暗闇が広がっている空間。
「本当に現実味がないですよねここ」
『お前はここがなんだと思う?』
「さぁ、しりませんよ」
『それもそうだ』
「え?それで、終わりなんですか?」
『終りだが?』
「てっきりあなたが答えを持っているのかと。
なら、あなたはもう少し言い回しを考えた方がいいですよ。その言い方だと、“知っているみたい”で、なんだか解答を期待しちゃいます」
『フハッ。それこそどうでもいいことだな。オレは目で見たものしか信じない。あとは生きて帰れさえすればいい』
「それも、そうですね」
働かない表情筋のままに、けれど嫌そうにではあるが黒子が答えてくれた。
嫌いな相手でも会話をしてくれる気はあるらしい。
「少しの間休戦といきましょうか」
『それ以前にオレはお前と争ったことなどないがな』
「やれやれ。ああいえばこういう。さすが悪童。ひねくれてますね」
『お前も相当質が悪いぜ。自覚しろ』
「ありがとございます?」
それからオレに手を差し伸べひっぱりおこしてくれた黒子は、オレの頭をみて首をかしげた。
む。嫌な予感がする。
「花 宮さんって僕より少し背が低かったんですね。もう少し高いのかと思ってました」
『いくつだ?』
「168です」
『ああ、5p違うな』
それ以上身長については語るなという願いを込めた視線は通じたらしく、真面目な顔で頷かれた。
やはり黒子。お前も同士だったか。
無言のままお互いにガシっと手を組んだ。
ちょっと意気投合した瞬間だった。
「そういえば花 宮さんって、髪飾りつけてるんですね。悪童なのに。蝶とか・・・かわいいです。本当にお花さんみたいですね」
『お前、ずいぶんポエマーだな』
「可愛い髪飾りつけてるひとに言われたくありません」
身体についた花ビラを払い落していると、若干オレの方が身長が低いため黒子の視線の位置に頭が揺れる。
そこでオレのあたまにくっついている蝶に気付かれたが、まぁ、飾りだと思ってるならそれでいいだろう。
この頭の蝶は実は生きている。
っと、いうには語弊があるか。
こいつは守護霊の〈ロジャー〉さんだ。
前世からの縁といえばいいだろうか。
ぶっちゃけ守護霊というだけあって、ずっと前に死んでいるのだが、こうして蝶の姿を取って転生しても憑いてきてくれるのだ。
今回は髪飾りのふりをきめこんでいるらしく、いつも自力でオレにくっついているので、オレが走ろうが飛ぼうがはりついている。
黒子がそんな〈ロジャー〉をみて、髪飾りと思ったなら、そう思わせておけばいいだろう。
実は守護霊ですとか。前世云々とか、説明がめんどうだ。
『黒子はどうやってここに?』
とりあえず、蝶のはなしはおいておいて、話を別の方向へそらすように誘導する。
オレよりさきにこの異様な場所にいたのであろう黒子に事情をオレより詳しく知っているかもしれないとおもったのだが、黒子も困ったように表情を微かにしかめた。
「じつは僕にもよくわからなくて。今日は火神君の家に遊びに行くことになっていて、買い出しをした帰りに、●●●先輩と会いまして。そこで着信があったんです。
たしか・・・僕の携帯に。
通話ボタンを押した瞬間に、突如何かに引っ張られて、気付いたらこの空間にいたんです。
しばらく歩いていたら、意識を失った貴方が空かっら降ってきたんです。さっきの花ビラはそのときに一緒にふってきました。
そのときはちょっと距離があったので、怪我して血まみれで降ってきたのかとかなり焦りました。実際花びらでしたけど」
『へぇ。オレはラ○ュタのシータごとくふってきたわけか。なにそのメルヘン』
「ええ。僕も最初は女の子が降ってきたのかとずいぶん期待したんですが。
現場についてみれば、おちてきたひとが“ゲスな悪童”だったので、なんかいろいろ萎えました。僕のキュンをかえしてください」
『オレに、ラピ○タごっこに興じろと?』
「冗談です。でもこんなシチェーションはめったにないだろうとビックリしたのは事実ですよ。
なんですか?その嫌そうな顔がむかつきます。いっそその立派な眉毛に“バルス”くらわしてやりたいですね。ゲスバルスバルス」
『お前、本当にオレのこと嫌いだよな』
「先輩の膝の恨みは忘れません。その先輩と会ったことはないですけど」
『フハッ!本当に誠凛は仲間思いのいいこちゃんですこと。
おら、いくぞ黒子。いつまでもここで茶番をしてるわけにはいかねぇ』
「そうですね」
**********
二人で暗い草原を青白く光る花を目印に進んでしばらくして。
オレと黒子は背後を見ずにひたすら足を進めていた。
『ところで黒子』
「はい?」
『お前と一緒にいたっていう●●●って金髪だったよな。“アレ”か?』
アレと言って背後を示すものの、黒子はその表情をかえることなく、振り返りもせず、先程よりもはるかに足を動かし始める。
オレもそれにならう。
「・・・・・・いえ。あれはさすがに違うと思います」
『だよな』
背後からは「男ぉーーーーー!!!!!」「まてぇー!!ねぇ、まってよぉ!」「キシャーーー!!!」「くわせろぉぉぉっぉぉっぉー!!!!!」「ワタシヲアイシテぇ」と甲高い雄たけびをあげながら、貞子のように地面を這いつくばる女達が、その黄色く長い髪を振り乱しながら追いかけてきてた。
なんだあいつ!?現代版茶髪貞子か!?テメェら染めてんだろその薄汚い色はよぉ!!
っていうか、這っているのに、異常に早い。
ガサガサ動く音はまさにG。
もう顔を合わせなくても隣にいる奴の気持ちはよくわかった。
以心伝心というのか。
オレと黒子は背後から聞こえてくる奇声(ちなみになんか増えてる気がする)に背を向け、
もう歩くのはやめた。
全力疾走だ!待てと言われてもとまってなんかやるものか!
運動部の実力を見せてやるわ!と、ばかりに、パスとスティールで身に着けた互いの持ち前の瞬発力で、もうダッシュをしていた。
足元で花が踏み散らかされ、はじけるように散ろうとかまわず駆けて駆けた。
っが、しかし。
途中で黒子がなにかにつまづきやがった。
『おい黒子!』
足元おろそかにすんじゃねぇよ!
そう言おうとして振り返れば、しりもちをついた黒子が驚きに目を見開いて、自分が踏んだ大きな塊を見つめていた。
青白い花が群生していない黒いだけの草の上になにかがいる。
黒の隙間には派手な色の黄色。
しまった。おいつかれたか!そう思ったのだが・・・
「
●●●先輩!?」
『はぁ!?』
「花 宮さん!●●●先輩です!」
―――愛してあいしてアイシテ、ワタシヲアイシテアイアイアイアイ・・・きしゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーー!!!!――
『・・・・・・』
「なんか、聞こえましたね」
言われなくてもわかってる。
だって視覚にはいってくるもの。
すぐそばに迫ってきてますよ。
現代版貞子たちが。
『だからさ、そいつあいつらの仲間に違いないって』
「でも」
『・・・いや、もう本当にマジでそいつほっとけ。どうせあいつら男が目当てみたいだし。そいつ女だし。きっとあの現代版貞子たちはその女のこと仲間だと思って食うことはねぇだろう』
背後の金髪軍団と目の前に倒れる化粧の濃い女を交互に見て、とっさに黒子が「ああ、そうですね」と、頷いて立ち上がる。
背後から迫りくる奴らと目の前の少女との違いがわからなかったのだろう。
っが、黒子はすぐに我に返ったように頭を振ると、あわてたように女のもとへ戻る。
ッチ。あの女のトリップ補正とやらかの解放には失敗したか。
『違いがわからないのにつれてくのかよ』
「だめですよ花 宮さん。こんなところにおいてはいけません!!
しっかりしてください●●●先輩!!」
黒子がさっきオレを起こしたのとは違うあわてたような荒々しい感じで彼女をゆさぶったところ、何をのんきに寝ぼけているのか、●●●が寝言を吐いた。
「う、う〜ん・・・いやぁん・・もう火神君・・・ったら!こんなところで・・・はずかしい!・・うふ・・・」
瞬間つかんでいた肩を離してしまった黒子により、●●●がゴトンと地面におちた。
それでも寝てる●●●。
おまえ、どれだけイイ夢見てたんだよ。
「・・・・・・」
『ほれみろ。捨ててけって』
ってか、●●●のお目当ては、火神か。
ふむ。どうやらオレのトリップ(転生)仲間であるレイが、この女に狙われているらしい。
お前、前世は女だったのになぁ。あーあ。かわいそー。
あわれ、レイ。
「僕の、僕の天使がぁぁぁ!穢されるぅ!!!!」
『え。その女、お前の天使なの?その天使をおとすお前ってどうなの・・・』
「火神君があぶない!!!」
あ、火神の方か。
そういえば、たしか黒子にとって火神は光だとかいってたかな。
あらら。トリップ補正なんてもんに頼るから、いざってときに愛がないやっこさんは負けるんだよ。
錯乱したように「僕の天使―!!!必ず助けに行きますから!」そう叫んで走り去っていく黒子において行かれた女を思わず憐れみで見つめてみる。
ドロリ・・・
そんな効果音がしそうな感じで、黒いなにかが地面に無様に寝ているトリッパー女の足をつかんでいた。
すでにオレたちの周囲には現代版貞子一行と、そのほかにも黒いもんが周囲を囲んでいた。
『トリッパー補正で“愛される”を選択すると、ゲテモノにまで愛されんの?』
なんか取り囲まれてはいるんだけど、オレのことスルーされてます。
むしろ現代版貞子たちはオレと視線が合うと、ビクッ!ってなって逃げられるんだけど。
そんなに怖いオレ?
それとも守護霊である黒い蝶の姿をしているが守護霊である〈ロジャー〉のおかげだろうか。
どっちでもいいけど。
あと、逃げながらもちゃっかり“その子”連れてこうとするのやめてくれる?
まがりなりにもソレ、あいつの先輩らしいから。見捨てていくわけにいかなくなったんだよ。
ざわり ザワリザワリ
耳障りな音だ。
まるであの電話越しに聞こえたノイズのよう。
そうこうしている間に、影と貞子が金髪女を連れて行こうとする。
異形の女たちが「男」と叫ぶのをやめ、かわりに愛おしそうに●●●に手を伸ばしていく。
食われはしないだろうが・・・。
なんかめんどくさい事になってる。
思わず重い溜息があふれ出た。
『はあ〜。〈ロジャー〉さん、その子拾ってくよ』
声をかければ、オレの頭にしがみついていた黒い蝶がパサリと翅をはばたかせふわりと舞い上がる。
そのまま“オレにしか見えていない”青い光を放つ鱗粉をまき散らし、黒い蝶はゆるみきった顔で眠る少女のもとにおりたつ。
瞬間、●●●にはりついていた黒いものが離れていく。
『わるいけどしばらくこいつにはりついててくれないか〈ロジャー〉。
オレはさすがにこんな神様補正に対抗できる力は持ってないからな』
敵らしきものが離れたのをいいことに女を背負うと、黒い蝶はオレの言葉に頷くように●●●の・・・鼻にとまって、翅を二、三度ふるわした。
なぜ鼻?
いつものように髪の毛にくっついてればいいのに。
疑問に思ったが、そういえば●●●の髪の毛は黄色だったと思い出す。
それでは〈ロジャー〉の黒い蝶姿が浮き出て目立ってしまうかと気づき、鼻にくっついていることには何も突っ込まず、先に行ってしまった黒子を追った。
背後から「おんおん」と呪詛のような低い嘆き声が聞こえてくるがそれには振り返らず、●●●を背負って唯一の建物へと向かった。
**********
建物につくと、オレたちを迎え入れるようにまたキーンコーンカーンコーンと古風な鐘が鳴る。
みかけはもう存在してるかさえ怪しい古い木製の校舎だった。
正門からはいってきたので、そのまま正面入り口に飛び込んだ。
現状どこだかわからないくらい場所で目を覚ませばだれでも一時はパニックになるのは仕方ないと思う。そうなるとこの女はきっと「なんで花 宮が!」とかいろいろ叫ぶのだろうと思ったら、たまったもんじゃない。ので、ここまで来る前に、●●●に目を覚まされなくてよかったっと思う。
騒がれたらたまったもんじゃない。
とはいえ、むしろ騒がれた方がましだったかもしれないと今ではひそかに思う。
背負って走っている間、耳元でやたらと「うっふん」とか「いやぁ」「ぁ、あん!」とか「あ・・火神くぅん・・・そんな」とか変な声を出された身としては、もう身の毛もよだつ寒気に覆われていたわけだ。
途中で投げ捨てなかったオレはきっと偉い。
だけどさすがにそれも限界にたっし、入り口に飛び込んだ瞬間背中の物を遠くへ捨てた。
キィー。バタン。と、すぐ背後で開いていた扉が閉まったのがわかった。
しまった。誘い込まれたか。
そうは思うものの、それよりも●●●による寒気がひかず、足を動かす気にならない。
まるでこなき爺でもせおっていたみたいに全身がだるい。ついでに身に走る悪寒のせいで、手足の震えが止まらない。
ハァハァハァ!と肩で息をしつつ、寒さに身を震わしていれば、視線を感じた。
チラリとそちらをみれば、頭を抱えてうずくまる黒子が呆然とこちらをみてきていた。
顔色が悪い。
オレが飛びこんできたからあわてて退避してそういう体制になったというよりは、すでになんらかの怪異に襲われている最中だったとみるべきだろう。
まぁ、それもオレが飛び込んできた騒がしさで、黒子に賭けられた呪縛も解けてしまったようだが。
「ど、どうしたんですか花 宮さん?いま、えっとなんか投げとばし
『
てねぇ!』
・・・そうですか」
『ハァ・・・っは・・・はぁ。こんなに・・はっ・・全力疾走したの、試合ぶりだな』
「大丈夫ですか?」
ダメに決まっている。
まさか今吉さん以上に精神攻撃が得意な奴が世の中にいるとは。
世の中、まだわからないことであふれているようだ。
もう一度味わいたいとは思わないが。
『そういえば黒子。お前なんでそんなところでしゃがんで』
「あ。わすれてました。逃げてください花 宮さん!」
『・・・・いや、おせぇよ』
さっきまで耳元でささやかれていた声を脳内から削除し、なんとか気分を奮い立たせ、側にいる黒子をみれば―――
黒子の向こ側の廊下に、ブヨブヨとした黒い影のような物体が、横の廊下を埋め尽くすようにいた。
ああ、やべぇ。
〈ロジャー〉がいないから、オレ、術に対抗する手段がない。
近寄られはしないのは、オレが転生しまくったせいで魂の核が上だからだ。
だが、視えるだけで、オレは何か能力があるわけでない。
俺の力を引き出し操れるのはロジャーさんだけだ。
つまり、怪異に触れられたりなんかしたら、オレもきっとすぐに罠にかかりそう。
ああ、嫌な予感がする。
もうさっきからずっと《超直感》が警告を鳴らしてるんですけど。
ボタリ。
ふいに肩に何かがおちてきた。
黒子が息をのんで、おちてきたものを青い顔でみてくる。
おそるおそるみやれば、肩になにかスライムのような黒いものがうごめいていて。
落ちてきたということで、そのまま上をたどれば、廊下の天井が見えないぐらい黒いのがはりついていていてオレや黒子の真上にもそれは伸びていた。
もう。終わったな。
オレが思わず渇いた笑い声をあげたその瞬間、視界を赤い光がよぎった。
肩の上の目の前のブヨブヨが、赤く点滅し始めていた。
へぇ、中身が発光する特殊スライムか。
なんてバカなことを考えて感心していたら、黒子が「その光を見てはいけません!」と声を上げた。
さっきも思ったけど遅いから!!
しかもお前だけ自分の視界を手で覆ってるとか!!準備いいな!!
そうしてオレの意識は一瞬赤色に飲まれ、気付いた時には、景色が様変わりしていた。
**********
その空間はひどく静かだった。
当然だ。試合前なのだから。
観客も選手も誰もが息をのんでオレたちを見守っている。
オレは懐かしいユニフォームを着ていて、似たような身長の仲間たちと、コートにたっていた。
目の前には白いユニフォームに身を包んだ“キセキの世代”がいる。
これは中学の時の最後の試合。
屈辱的なあの――
そうだ。
このあと、あのお菓子袋をもったなめたクソ二年のガキが、近づいてくるんだ。
ほら、やつが近寄ってきた。
お菓子の油でてかったその大きな手で頭をわしづかみにされるように撫でられ・・・
「あんたが花 宮?おもっていたより
小さいね」
ブチリと盛大になにかがきれる音がした。