有得 [花悲壮]
++ 二人の花 宮と・その後 ++
01.みゃー‘s ブラザーズ
※『』…成り代わりがいる世界側のセリフ
※「」…原作より世界側のセリフ
有り得ない。
その言葉を何度言えば、オレはあいつから解放されるのだろう。
別の世界のオレ――花 宮字。
あの奇想天外破天荒やろうにどうやらオレはなつかれたらしい。
あの入れ替わり事件からしばらくして、わざわざ夏休みに入ったからと時空も何もかも無視して遊びにきやがった。
ああ、これもう、つんだわ。
オレに平穏なんてないんだろうなって思えた。
【 side 原作よりの花 宮 】
一人暮らしのオレの家。
時刻は真夜中、もう時計の針も12時を刻んだその瞬間のこと。
リビングで練習メニューを組むため机に向かっていたオレの目の前で、突然BGMがわりにつけていたTVの画面がぐにゃりと歪んだ。
そうかと思えば、そこから手がニュゥっとでてきて
「ひっ!?」
あまりの恐怖に息が一瞬止まる。
いままでどれだえゲスいことや報復上等と喧嘩を売ってきたかわからない。殴られようとどれだけ脅されようと嫌味を言われようと怖いと思ったことはなかった。
迷宮入りの事件だって怪奇現象だって、どれも科学で解決できた。
だけどこれはない。リアルホラーとかはさすがに初体験で、あとからあとから背中に冷たい汗が走るのを止められない。
びびっているあいだに今度はテレビの画面から乗り出すように、髪で顔が見えないやつの上半身が・・・
「さ、貞子か!?悪いがビデオデッキなんかねぇ!呪うなら今吉さんを呪ってくれ!!」
こんなわけのわからないやつに呪われてたまるかと!
逃げるつもりでまさにオレが立ち上がろうとしたその矢先。
スポポポン!
と何かが抜け出るような愉快な音がした。
それも二度も。
そうして気付けばオレの目の前に、向こうの世界のオレと、その保護者である旅行鞄を持った宮地清志がいた。
さらには、ふーと息を吐き、髪をかきあげているオレにそっくりなやつの姿に、拍子抜けする。
つまりあの髪が長い奴は、向こうの世界のオレか!?
貞子より髪の毛は短くとも出方が怖いんじゃボケが!!!
リングの演出家さんもびっくりだなおい!
目の前で身だしなみを整えているオレに瓜二つの奴と、自分が映りこむ部屋の鏡を交互に見て、髪の長さが若干違うことに気づく。オレよりもあいつのほうが長いから貞子っぽかったのだ。
最後にテレビをもう一度みて、本物の貞子はいないのを確認。
決意はかたまった。
オレ、明日にでも髪の毛を赤司とか葉山ぐらいに短く切ろうかな・・・。
清『へぇ。これが向こう側の世界ってやつか。テレビの中を移動するって、扉を開けたら向こう側は雪国でしたっていうのより斬新な発想だな。
お、アザナもロジャーさんも無事だな』
字『あぁ、きょー兄も。怪我がなくて何より。
異世界っていうなら、オレは鏡だと思ったがな。ほら、よくあるホラーネタで、鏡に映したら別のなにかが映ったてきな感じで。そっちの方がありそうだと思ったから。
さすがにテレビの中に突き落とされるとは、これは予想外だ』
清『テレビって人が触っただけでゆがむものなんだな』
字『だな。次からは引きずり込まれないようにしないとな。
それにしても――』
字清『『
〈火神〉ってすごいな』』
さすがはもう兄弟宣言してる幼馴染みどもだ。相変わらず息の合ったコンビネーションで、二人は頷きあっている。
テレビから人が!とか。むしろそれをやりとげたという〈向こうの世界の火神〉にツッコムべきか。
むしろどこからどうみても“オレ”にしか見えないやつがいることに反応すべきだろうか。
とはいうが、つっこみどころが多すぎて、オレはしばらく開いた口がふさがらなかった。
平行世界ってそんな簡単に行き来できるのかと、思わず唖然としてしまったオレはきっと悪くないだろう。
どうやら向こうに帰るための指針として、火神があちらで待機しているらしい。
本当に向こうの世界のオレは何者なんだろう。と、火神もだ。お前ら本当に人間か?
花「な、なんなんだよあんたら」
字『よぉ。オレ』
常識破りの登場の仕方に、脳みそが回転することを拒否しやがった。
あいさつってどうやってやるんだっけ?とか、けっこう本気で思ってしまう。
ってか、せめて普通に登場しろよ。TVからでてくるにしてもだ。
あれはない。
オレのドッキリをかえせ。
っち、心臓がよけいな回数きざんじまった。しってるか?生きものの細胞ってのは回復する回数+運動できる回数がきまってるんだ。
それをこのバカの突拍子もない登場のせいで、数回分無駄にした。
そもそも貞子が現実にいたとして、テレビの中からでてくるのは霊体じゃなきゃ無理なんじゃないのか?どうやったら実体をくずし原子に・・・
花「・・・・・・」
ちょっと待てオレ。なにか思考のベクトルがおかしくないか?
ほれ、みろ。やっぱ回転しないなオレの脳みそ。
無駄に頭いいと言われた思考がまるっと心霊現象を解剖したいと告げている。
おちつけオレ。
目の前の字は、人間びっくり箱だが、あれはオカルト対象ではないはずだ。
あれはナマモノ。すなわち、今、オレが解剖したいと思っている心霊の類ではない問うこと。
っふ。そうだったな。
ひとより頭いいって言われたオレの脳みそ、しっかりしやがれ!
字『オレの顔で百面相とか・・・ずいぶん面白い物を見せてくれるな。クック、大丈夫か真?』
一言でいうなら、パニック。
そんなこっちの気持ちなどお見通しだといわんばかりに、向こうの世界のオレこと花 宮字がニヤリといたずらが成功したように笑った。その顔は、まさにオレそのものあくどさがある。
なにせオレは、向こうの“オレ”とは違って、自分の容姿を自覚している。あの形容しがたい悪人面は鏡でも何度も見てきたものだ。
名前は違えど、やはり“同じ”だと思えるから、目の前にいるそっくりのあいつは、"向こうの世界のオレ"なのだろう。
こんなことで再認識したくもなければ、実際に顔を見て会話なんてしたくもなかったよ!!この非常識が!
花「聞く方が馬鹿げてるってわかってる。だけど一応聞いておく。まさか、アザナと、キョー兄か?」
あのとき――精神だけ向こうの世界のオレである“花 宮字”と入れ替わったものの、
お互いの性格が違いすぎて、幼馴染みだという向こうの世界の宮地さんにはすぐに別人だとばれてしまったのだ。
しかもオレは向こうに一か月もいたので、世話焼きな宮地さんにはすっかり世話になった。
その関係で、オレも宮地さんのことを向こうのオレと同じく“キョー兄”と呼ぶようになっていた。
驚きがぬけないオレに蜂蜜色の青年と、頭に蝶をくっつけた黒色頭は、互いに顔を見合わせたあと、こっちをみて楽しげに笑った。
そこには先程のようなあくどさはなく、どこかほっとするような暖かい空気だけがある。
大人びた風に穏やかな微笑みを浮かべて柔らかく目を細めるのが、向こうのオレの癖だと聞いてはいたが、アザナのそれは本当に周囲のだれもかもを子供を見るような慈愛にあふれた色をしてみつめている。
その横でアザナの頭をわしわしと撫でているキョー兄は、こっちの宮地さんと同じとは思えないほど落ち着きのあるしっかりした雰囲気をしていて、オレやアザナを見る目が、出来の悪い年下の兄弟が仲直りするのを見て喜んでいるような笑みだ。
いっそ大人のゆとりのようなものさえ感じる。
“これ”が平行世界という違いかと思わず見せつけられる。
大人といえば――そういえば、この二人、こっちと時間軸が違うから、双方ともにオレより年上だったな。
ただしあちらのオレの表情は、数年の違いというレベルではない気がする。なにせあの眼差しが向けられる対象が全人類に向けられている。
まぁ、そういうのは、もっとあいつと親しくなった後。おいおい知っていけばいいことだ。
花「本当に、"あの"キョー兄?」
清『ああ、そのとおり。ひさしぶりだな真。
なるほど。それにしても本当にそっくりだな。お前が“真”ね。ほんらいの姿のお前を見るのは初めてだなぁ。あらためてよろしくな“真”』
そう言ってアザナをなぜていた手がオレの頭もわしゃわしゃとなでる。
入れ替わった時も思ったけど、このひとに撫でられるのは嫌じゃない。
振りほどく気さえ起きず、つい甘えるようにそのままなでられていれば、視界の隅に映ったアザナが微笑ましそうにこっちを見ていて、思わず顔に血が上りカッ!ともえあがる。
花「あ、はい。えっときょ…じゃなくて宮地さん」
清『おれたちの世界に来たときと同じで「キョー兄」でいいぜ。こっちの世界のお前はいつもそれで慣れてるしな。同じ人間からいまさら苗字とか違和感ありすぎる』
字『オレはお前だけど、真じゃないからな。“アザナ”で』
花「お前に拒否権はねぇよ」
字『だろうな』
花「っで?な、なんでふたりがここにいるんだよ」
しばらくたわいのない会話をし、オレの方でもようやく気持ちが落ち着いた頃。気になっていたことを聞いてみた。
っていうか、字の不幸体質とか異常さは、身をもって体験したから分かるし、
こんな奴なんだろうっていうのはだいたい理解していたつもり(なにせ相手は別世界とはいえ自分である)だ。
だけど、それにしても清志さんのおちつきようといったらない。異世界トリップも慣れてるのか?
さすが保護者ポジ。だが、字のひきよせるトラブルに慣れすぎでは?
清『用はとくにない。遊びに来た。もちろんこのバカの暴走を止めるのがおれの目的だ。おれのことはあまり気にしなくていいぜ』
字『なんでもくそもねぇな。わかってんだろ頭のいいお前なら』
しるかボケェ!!!同一存在とはいえ、オレのIQがよくても、並行世界の時間軸まで把握してるわけねぇーだろうがぁ!!!さすがにそっちとこっちでは時空の歪みもあるだろうし、わかるかよそんな次元的数式の差分なんか!
字『――当然。
夏休みだから遊びに!だ』
ニィッと笑うもうひとりのオレと、悪いなとちょっと困ったような顔で謝罪してくる向こうの世界の清志さん。
ああ、だからふたりともクソ寒そうなあっこうしてるわけだ。
フハッ。残念だったな。
花「・・・・・・こっちは真冬だ」
みていてさみぃよ。
ってか、アザナのTシャツぅ・・・。
ないわ、あれ。
あっちのキチガイな母親によって着せられた面白Tシャツってやつか。
「プールに飛び込んで警備員に叱られたい」ってなんだよぉ!やめろよそのクソな文!あれはない。どんなフェチだよ!痛いわ!!!むしろ、それがマジもんのお前の本心であった場合、オレはお前を軽蔑する。
字『冬?そういえば季節がずれてたんだったか』
清『ああ。どうりで寒いと思たわ。長袖も持ってきてよかった』
字『きょー兄、オレ、てぶら』
清『お前はマコの借りろよ』
字『ごめんよろしく』
花「あ、ああ」
決定事項か。
決定事項なんだな。
まぁ、字は向こうの世界のオレだし、服を貸すぐらい構わないが。
っというか、清志さんの準備の良さはなんなの?
むしろあっちのオレより、清志さんのほうがIQ高いのでは?
っというか、トラブルに慣れすぎでは?
オレ、さ。
いまほど一人暮らしでよかったと思ったことはないんじゃないかって、ちょっと思ってる。