有り得ない偶然 SideW
-二人の入れ替わり日記-




花 宮≠花字C



「あの、だれだかわからなくて、ごめんなさい。その、えっと」

「花 宮が悪いんじゃない!きにすんなよ!」
「そうよ!無理やり思い出すのはよくないのよね。なら、もう一度“はじめまして”からはじめましょう」

「あ・・・ありがとう」

ふわりと見えるように微笑みを向ければ、クラスのやつは一気にオレの言葉を信じ込む。

フハッ!ざまぁないな。いいとこのお坊っちゃんお嬢ちゃんである霧崎の奴らは、優等生演技にころっと騙されやがる。
オレがわからないことを言われるたびに困ったような表情や、怯えたようなしぐさを見せるだけで、もうしわけなさそうに歪むあいつらの顔といったらたまんねぇな。

もちろんその心のうちはばれないように、儚げな笑顔とやらを家で練習してみたがな。


――なんて思って時期があった。


「いやぁぁぁぁぁー!!!!なにこれ!?なにこの子!!花 宮が可愛い!!爺くさくない!かわいいー!!花 宮じゃないわ!おいでおいで。私とお話ししましょう!」
「いや俺たちのところだろ!!」
「えー。花 宮が花 宮じゃないと、俺の三時のおやつってどうなるの?」
「いつものクールな花 宮と違って、これはこれで・・・面白いなぁ」
「記憶喪失ならあることないこと植え付けられる!?」
「アッハッハ!!!アザナ君笑えるぅ!!!ブフォッ!!!」
「キャラが逆転しすぎ!!!いつもの爺な花 宮がいない」

なんなのこいつら?
人の演技に対して笑うとか。
仮にも記憶喪失の人間に対する態度かそれが。
この世界は本当になんなんだよ!

・・・・・・ああ、そうか反転・・・笑い上戸しかいないのか。





:《成り代わりのいる》 世 界
【 side 原作よりの花 宮 】





オレはなぜか別の世界とやらに来てしまったらしい。

目が覚めたら――白い天井に白い部屋。ありきたりの病室だった。
わけがわからないままに、見舞客が訪れた。
そうして、知った。ここは異世界だと。

第一に、家族が変だった。

自分が知っている両親とは真逆のハイテンションすぎる性格をしていて、さらに幼馴染みなどいなかったはずなのに、秀徳の宮地清志が幼馴染みだという。
そしてオレが知っている宮地さんとは違って、スルースキルがはんぱないこちらの宮地さんは、とても落ち着いた雰囲気を持っていて、ベッドの上で困惑したまま固まるオレにウサギさんのリンゴをくれた。

そんでもってただでさえ霧崎レギュラーメンバーの中で一番小さかったのに、さらに縮んでいた。

カレンダーの日付は、オレが誠凛と戦ったよりあとの未来ときている。
外では普通に蝉が鳴いている。カレンダーを見る。まだ夏には早いんですが?
なお、オレが目が覚める前までいた場所は、このさい"向こうの世界"とでもよんでおこう。向こうの世界は冬に入る手前だったということを忘れてはいけない。

最大のポイントはアレだ。
名前が“真”ではなく“字”というらしいこと。


もうわけがわからなった。

出会う人々全員の性格が違う。
どう違うかというと、オレが知るやつらとは真逆であると言ったところだろうか。

ちなみにオレは、高校の段階ですでに一人暮らしだったのだが、“字”と呼ばれるこちらのオレは家族と住んでいるらしい。
さらにいうと、オレが一人暮らししていたマンションは霧崎第一からは少し離れている。
それに対して、この世界のオレは、実家住まいで、霧崎第一からそこそこ近い。
あと、オレが一人暮らしいていたマンションとこちらのオレの実家は、霧崎をはさんで真逆の位置にある。

ここまでいろいろ逆転していると、平行世界というより反転世界と言っても過言ではない気がする。

とにかくわからないことばかりで。

わからないといえば、この世界で目が覚めてから、周囲を黒い蝶がよくとんでいるんだが、これはオレを黄泉路へいざなう旅先案内人か何かだろうか?
蝶ってたしか、人の死や霊に関連する観念が見られるんだよな。キリスト教では復活の象徴だけど。日本やギリシャでは蝶は魂や不死の象徴とされる。

「・・・・・・」

オレ、日ごろの行い悪いからしかたないのかもな。
なんて無難に思っていたのだが、どうやらこの黒い蝶はオレにだけ視えているわけではないらしい。
しかも名前まであった。
みんなはこの蝶を「ロジャーさん」と呼んでいた。
なぜ、髭面のオッサンが似合いそうな名前をこの可憐な蝶につけたこっちのオレよ。

わからないことばかり。



目が覚めて検査をして、記憶喪失判定を食らったもののすぐに家に帰されたオレは、両親につれてこられた自分の家が、オレの暮らしていたマンションとは真逆の位置にあって驚いた。

次の日には、学校にいくこととなったが、道がわからない。
なにせいつも通っていた道とは学校とは真逆の方向だ。
はっきりいってここら辺には用もなく、いままで来たこともない。
そこらへんも記憶喪失という一言で落ち着いたが。

こっちのオレがどんな性格なのかもわからないし、性格が違いすぎる両親はこうなっては見覚えのある赤の他人である。とりあえずあちらの世界でいつもやっていたように優等生口調で対応したところ、絶叫が上がった。
普段から本性でいっていたのだろうか。
それでもまだ情報が足らない。
念には念を入れて、両親にも「すみません。なにもわからなくて」と謝るという、優等生ならやる演技をしてかわし、こちらの世界のオレのことについてある程度わかるまではと徹底的に優等生を演じることに決めた。
情報収集にも性格が違うことにも《記憶喪失》という言葉はいい理由になった。





――翌日。
学校に行く道がわからにと申し訳なさそうに告げれば、部活も一緒の親しい友達に連絡しておくからと言われた。
部活、ということは、きっと原たちだろう。

なら、大丈夫だろうか。

そう思っていたオレがバカだった。
この世界はオレの世界じゃないのだ。
真逆。そう。この世界の奴らは、オレのしるやつらとは、真逆の性格であふれているのを忘れていたのだ。

「花 宮―!!記憶喪失だって!?うわーん!ごめんね!俺があのときボールなげたから!」
「大丈夫か花 宮?」
「よかった!!!俺らすっげ心配したんだからな!お前、あんな馬鹿みたいな展開で頭打つから。運がないお前のことだから死んだかと思ったんだからな!!」
「よけたから大丈夫だと思っていた俺のミスだ。花 宮がよけて無事なわけなかったな」

インターホンが鳴って、慣れない間取りの家を玄関まで行けば、外には涙で目がうるんだ170cm越えの男たち。
たしかに原や山崎たち、いつもの四人がそこにいたが・・・。
四人全員にいっせいにだきつかれ、本気で泣いて喜んで、心配してくれていた。
いや、たかが頭にコブ一つの被害に対して大げさすぎだろう。
オレの世界のあいつらなら、オレがこけて頭打ったなんて言えば、爆笑するに違いない。
からかわれるのがオチだ。
こんな風に泣かないし、絶対とびついてもこないだろう。

しかも会話がなんかすごく気になる単語がちらほらあるんだが・・・。
そこはまぁ、きかないことにしておこう。

そして今の季節は初夏である。とにかく暑苦しい。
自分よりはるかに図体がデカイやつら四人におしかけられ、身動きができない。
おしてもひいてもピクリともしない。

イラっときた。

ああ、こっちのオレの気持ち、いまならわかる気がする。
絶対いつもきれてたに違いない。
でも。今は怒らない。
怒ったら、せっかくの演技が水の泡だ。

なにかいい言い訳はないかと視線を彷徨わせれば、時計が目に入る。
この世界の家の方が元の世界のオレの家より霧崎に近いとはいえ、そろそろ急がないと危なそうだ。

しかし。
うごけねぇ。

邪魔だ。重い。うぜぇ。でかい。縮めよ。こいつらまじでうっぜぇ!!


「・・・あ、あの・・・心配してくれるのはありがたいんですが。学校、いかなくて大丈夫ですか?」

とりあえず困ったようにそう告げれば、四人はハッとしたような表情をしてようやく離れてくれた。

フハッ!このくらいの演技で騙されてんじゃネェよ。
なんだ?こっちの世界のお前らはイイコちゃんかよ。
あー、やだやだ。こっちの世界のオレまでイイコちゃんとか。
ヘドがでる。


とりあえず状況を把握できるまでは、優等生演技続行だ。

「オレだけじゃなくて、貴方たちまで遅れてしまいますから。学校、行きせんか?」

名前は言わなかった。
オレは記憶喪失。どこまで忘れていることにしようかと思ったけど、病室で宮地さんの名前を言ってしまったから、名前と顔が一致する程度には覚えてるってことにしておこう。本当は名前もすべて忘れたふりをしようかと思ったけど、まぁ、しかたない。
どうせ、名前を呼べても、こいつらへの対応とかわかんねぇし。

「花 宮が俺たちに丁寧語つかってる!?」
「は、花 宮が・・・」
「おれたちに優しい!!」
「でもなんかちょっと気持ち悪い」
「花 宮がいつもより可愛い。花 宮花 宮花 宮花 宮」
「古橋うぜぇ!!」

・・・・・・・。

なに、こいつら。
まじうぜぇ。


「オレってそんなひどい言葉遣いだったんですか。
あの、すみません。オレ、なにも覚えてなくて」

ションボリした風を装って謝罪したら、なんか周囲から雄たけびが聞こえた。
いっそのこと殴りたかった。





まぁ、そんなこんなで。
学校へ行くまでの間に、通り過ぎぎわの店のあれがどうだとか、あの人はいつも花 宮とおしゃべりしてからでかけるんだとか。
いたれりつくせりというのか、この世界のオレのことについて教えてくれた。


それから様子をうかがうべく、周囲に耳を傾けていれば、オレがいた時間よりも数か月も前で、なんだが季節感がおかしくなりそうだ。寝て目が覚めるまでと温度が違いすぎるのだ。病室の外はきっと寒いと思っていたのに、外にでれば蒸し暑いどころか蝉まで鳴いていて、ヒデリか!?と騒ぎたくなるほどのギンギラ太陽が日光を照らしているとか、有り得ない。
わかってはいる。近年の温暖化による暑さで5月ごろにはもう暑くなっているなんて、そんなことは百も承知だ。セミが鳴いているのもしょうがない。
まぁ、この暑さから逃げられればなんとかなるだろうとたかをくくっていた。
・・・。
ちがう。
そうじゃない!
すまない。ちょっと頭が現実逃避をしてしまった。
自分が感じる温度差についてはどうしようもないってはなしなだけだ。

本題はこちら。
数か月未来の、かつ、別の世界にいるという現実だ。

学校の授業は―――大丈夫だろう。家にあった教科書を軽く見たがついていける。このくらいはオレならできて当然の代物だ。勉学においては問題ないだろう。もともと授業なんて聞いてなくてもできたのだから気にする必要はない。

一番は、周囲の性格が違いすぎる問題よ。

未来ではなく並行世界だと断言できてしまったのは、ひとえにこの性格の不一致が原因だ。かつ、こちらのオレは花宮字というらしい。真じゃない。
まったくもって微妙な差異のせいで頭が破裂しそうだ。
別世界であると理解したところで、追及されるのが酷くめんどうに思えた。

“アザナ”

そう呼ばれても自分のことじゃないようで、なかなか慣れない。
呼ばれて嫌じゃないと思うのは、この身体が“アザナ”のものであるからか、それともやはり別世界とはいえ“アザナ”が自分であるからだろうか。


っで、学校に行くまででさらにわかったことだが、花 宮字は、オレのような優等生ではないようだ。
いつもの霧崎のレギュラーたちといるとつい素が出てしまう時がある。
さっきも

「なんだよバーカ」

っと、うっかり言ってしまって、ハッとしたのだが。
あわてて口を押えて周囲におびえてみえるようにおそるおそるといった風に視線を漂わせたのだが、演技は必要なかったらしい。
顔を上げた先にいた原たちは、予想外なことに涙目になって万歳三唱をしていた。

「やっぱり花 宮だ!」
「記憶がなくても覚えてるだな」
「もっと普段と同じことをすれば自然と思い出せそうだな」

などなど。
しまいには「花 宮がデレた!」とか、顔を赤くして「素直になってくれた!」などとわけのわからない歓声をあげはじめた。もう一度言う。歓声である。
おまえらの脳みそ、ババロアか?

そのまま調子に乗って、試合中にみせるようなゲスい顔をしたり、ラフプレーなんて単語をだすだけで、バスケ部の奴らからは泣かれた。

解せぬ。

ゲスはだめ。だけど座右の銘が同じ名時点で性格自体は根本的には同じようだが?あと、バカとののしれば喜ばれる。
ならこっちのオレは、イイコちゃんな優等生でとおっていたのだろうか。
そう思って、面倒ながら優等生の猫をさらに深くかぶって、学校に挑んだ。
しかしどっちでもないとか。
本当にどんな性格と態度で日々を過ごしていたんだこの世界のオレよ。

気弱な優等生を演じていれば、会うやつ会うやつ全員が、こちらを気持ち悪そうに見てくる。
知らないやつもチラホラいるわ、気安く話しかけてくるわ、手を出してニコニコされたときは本気で困った。

「おはよう花 宮!はい!ちょうだい!」
「え、えっと、この手は????あの、握手、ですか?」
「!?花 宮が敬語だと!?」

驚かれた。
それからわかったこと。
手を出してくる奴らは、オレから菓子をねだっていたらしいと、後でおしえてもらった。いつもポケットに飴とかお菓子が入ってるって、どんなおばちゃんだよ!!
しかも自分では食べないとか。確実にくばるための装備だよな!?
なお、「花 宮!今日もお願いします!」と、頭を突き出してくる奴がいた。
なんだこいつと思って思わずひいたオレは悪くない。
こっそり横にいた古橋が教えてくれたが、頭をオレにつきだしてくるやつは、頭を撫でてほしかったらしい。

意味が分からねぇ!!!

この世界のオレは同級生の頭wなでるのが趣味なのか?ペット扱いでもしているのだろうか? 本当にこっちの世界のオレはなにをしていたんだ!!
ポケットにはかならず飴が入っているとか。
行く先々で爺婆どもに拝まれるとか、おまえは全人類のおばあちゃんか!!

ちなみにゲスではないが完全無欠の優等生演技をしていたわけではないとか。
爺さんぽいとか、聖母とか、性別不明な感じ。とも第三者は花宮字を語る。よけい意味不明である。
どうしたらそうなる?こっちのオレよ。
まじでどんな態度をとっていやがった!!
おかげでオレがとる行動行動すべてに対し、周囲が驚くので、こちらも困ってしまう。
疲労感がもうはんぱない。
なにこの世界。
なにかきかれてもわからないことの方が多い。そういうときは優等生笑顔を困ったようにゆがめてやれば、「いつもとのギャップがすごすぎてキュンとくる!」「わたしたちがまもってあげるからね!」とかなんとか。なんかしゃべるとすぐ「いつもの花 宮じゃない!」「違う!」って叫ばれる。なら、はじめからしゃべらなければいいやと思ってしまったほどだ。なお、しゃべらないでいると心配されたり泣かれる。
こっちのオレが意味不明すぎて、どういう態度をとったらいいかわからなくて、あまりしゃべれなくなった。
周囲からみたら、記憶喪失で、自分のことさえ分からなくて戸惑う子にみえるらしく、驚いたあとはすぐに、「ごめんな〜大丈夫だぞー」「怖がらないで」などと群れてくる。
他人の不幸は蜜の味?
いや、オレが不幸だ。
他人はともかく、自分にかかる不幸はいらないし、楽しくない。
わるいかよ。




















: 原 作 世 界
【 side 原作よりの原 】





「三日?」
『そう。オレの精神が、この肉体になじむまでに30分。馴染んだから、すぐに病院をあとにすることができたわけだな。 でもあっちに飛ばされた“真”は、こういうのに慣れてないはずだ。だから三日は身体と精神が一致するのにかかると思う。まぁ、数値はオレの勘だけどな』
「じゃぁ、あっちにいった花 宮がもどってくるのは、三日後?」
『いや。向こうとこちらの時間軸が同じとは限らない。時が来たら必然と戻れるだろうさ。
ただ、それまでは、お前たちの花 宮を帰してやれない。オレも帰り方がわかるわけではないしな。すまないがそれまではよろしくたのむ』
「あ、ああ、うん」
「俺らはあんたのことを“字”さんって呼べばいいんだよな」
「字さんも頑張って花 宮のふりしてね」
『努力しよう』





* * * * *





「まって!それは努力してないっていうんだよ!!!」


「待って待って待って!!本当に待って!!」
「花 宮はそんなことしないよ!ちょっとやめてアザナさん!!」
「アザナさんがしたこと全部花 宮のやったことになるから、頼むから手はださないでくれ」
『でもこいつらマコトに復讐しようとか言ってたんだが。ほらマコトがもどってきたとき、この身体に傷一つでもあったら困るだろ?』
「やめてやめて!!もしも手を怪我したらどうすんだよ!!」
『大丈夫大丈夫、つかんでるんであって、抑えてるわけじゃないから』

「「「「花 宮は素手で鉄パイプをとめるなんてできないから!!!」」」」

『そうなのか?』

さっそくですが、こっちの世界を案内しようと町に出たら、花 宮と入れ替わってしまったらしい別の世界の花 宮が――“しでかした”。

アザナさんといるのは、花 宮とは別の意味で楽しい。
だから俺達も少し浮かれていたんだとは思う。
普段はけっこう気にして街を歩くし、先に聞き察知して策を練ってこちら網を広げておくんだけど、アザナさんを案内するので“その可能性”をすっかり忘れていたんだ。
気付いた時には遅く、ラフプレーの恨みだかで、ちょっとした小道に入った途端、道鉄パイプをもったやつらに囲まれた。

だけどね。
俺たちがあわてて花 宮、もといアザナさんをかばおうと動く前に、何事もなく襲い掛かってきた奴らに歩み寄り、アザナさんはそのままの表情でノックアウトさせてしまったのだ。
それはまさに何事もなかったような、流れるような動きだった。

ちょっとまって。

俺たちの花 宮はそんな武道派じゃないから!
しかもあちらの世界の花 宮は、頭が悪いと宣言するくせに、長年の経験から口先だけは達者で。


『ああ、それと。オレ、“花 宮真”じゃないから』
「は?」
「ふざけんな!!お前、悪童の花 宮真だろ!その顔、わすれるわけねぇだろ!!」

背負い投げやら、真剣白羽どりをされたあげく、足払いをかけられたり、襲い掛かってきた奴らが瞬き五回ぐらいの間に全員が地面にしりもちをついていた。
その圧倒的強さに思わず、俺たちも呆然。
向こうの世界の花 宮は強いらしい。

『いや。オレは“字”。ちなみに今、オレに手をだそうとしたら、お前、二度と社会的復帰ができなくなるぜ?』

しかも負け犬の遠吠えよろしくキャンキャン吠える襲撃者に歩み寄ると、花 宮がいつもするようなインパクトあるしかめ顔で、奴らの前にドーンと仁王立ちして笑った。
そこから怒涛の勢いで紡ぎだされた正論ともうんちくともいえる言葉の数々に、ラフプレーをしているはずの俺たちでさえ思わず顔をしかめた。
それと同時に、絶対にアザナさんの前ではバカなことはしないぞとも思ったのだ。


「はっ!?なんだよそれ。ばかか!?そんな脅しに乗るわけないだろ」
「またおれたちをはめるきか?」

『これを通称バカといい、短絡的思考ともいう。低能。語彙力が足りてないぞ。他に言うべき言葉はないのか?』

「うわお花より。えげつな」
「さすがアザナさん。ゲスいと言われるだけある」
「これで花 宮と違って本気で言ってるからたまらないよなぁ。ゲスイ」

『なんでもいいが、もう少し頭を使って行動をした方がいい。
お前たちは感情的すぎる。
感情のままに物を壊すのは、世界を知らないこどもの行動だ。
まだ未来があると信じたいなら、少し冷静になれ。自分を見失ってまで復讐なんぞに憑りつかれると、将来もつぶれるぞ。お前たちにはまだ笑って過ごせる未来があるだろう?』

「でたアザナ節」
「これに昨日オレたちはほだされたんだよなぁ」

『お前たちが間違ったことは、まずオレに対して攻撃意志があること。
なぜオレをねらうとお前たちが損をするか。
その一。オレと真は、世間に人脈がある。
まぁ、誰かを傷つけるとか好きじゃないんだけど、やるときは手加減しない。社会的地位を落としてほしいなら、オレがお前たちを徹底的に悪役にしたててやる。メディアにあることないこと流すか、どっかに噂でも広げるけど。それで一発。お前の未来はつぶれるんだ。現代はいろんな情報伝達手段があるから、昔にくらべて簡単に人間一人ぐらい孤立させることができる。
ああ、わるい。そんなに怯えないでもらえるか。別にオレはお前たちをつぶしたいわけじゃない。
そもそもお前たちの芽をつぶそうとしたのはオレじゃない。おまえら自身だ。

その二。オレは花 宮字。真じゃない。
つまり一般人。
わかるか?お前たちは武器となりうる鉄パイプやらを持っている。恨みつらみを重ねたところで、相手がゲスといわれている “花 宮真”であるならば、あいつはいつ反撃にあってもおかしくないと周囲は言うだろう。だけど“字”は噂一つない一般人だ。つまりお前はなんの害もない一般人を襲撃した悪人。――というレッテルが張られる。
あげく自分の優位点を挙げてもそれは精神を病んでいると言われるだけ。精神病院におくれるか少年院におくられるのがおちだな。
たとえお前が花 宮真のラフプレーの被害者であっても、報道陣はかわいそうなおまえを同情することはない。道場としたとして、お前のプライバシーはメィデアによって白日の下にさらされるが、それに耐えられるか?
・・・いかんせん。メディアとは、そういうものだ。被害者であれ加害者であれ、奴らの前では同等。ただのネタにしかならない。
お前がマコトのラフプレーのネタをもちだせば、ラフプレーで怪我したことで気を病んでいた少年と周囲は判断するだろう。ラフプレーや怪我のことが連結されずとも、殺人衝動を秘めた少年としてお前は世間に噂される。報道陣は怖いぜ。好き勝手書き込むし。いつまでも追いかけてくる。出所しても一度張られたレッテルはなかなぬぐえないから、出所先でまっとうに暮らせるかも怪しい。一般人を傷つけた。殺した。罪悪感の有無に関係なくその罪はお前に未来永劫まとわりつく。それはたとえ殺された側の被害者であっても同じ。どっちも辛いんだよ?

その三。オレ、真と違って武術に精通してます――って言ったらどうする?
御覧の通り余裕で反撃できるし、止めることも可能。さっきはしなかっただけで。
ちなみにオレを加害者に仕立てたないなら、肉体的ダメージを逆に叩き込んでやるよ。どこがいい?
まぁ、それにはひとつ問題があって。実はオレは手加減って苦手なんだが。それでもいいよな』
「ひぃ!!!」


「うわー。花 宮よりえげつないのがいるよ」
「花 宮も俺達もコートの外でなにかしたことないよなぁ」
「俺、字さんのことなめてた。ほんわかしたいいひとだと思ってた」
「所詮あいつも“花 宮”か」
「さすが字さん。理にかなってる」
「っていうか、これから精神攻撃されるのと肉体的攻撃されるのどっちがいいって質問だと思うんだけど。
それ以前に、あれってもう完璧な精神攻撃だよね」

「結局、アザナさんはそいつら痛めつけるつもりだったのか?」
『これにこりて、バカなまねをして道を閉ざしてほしくなかっただけだ』
「トラウマもんな気がする」
「これがトラウマになって気弱な子にならないといいけど」
「あれで更生できなかったらそうとう性格悪いな」

『オレの世界は、精神攻撃が得意な奴が多いかもしれない。
火神は筋肉と脳が直結した馬鹿じゃなくて、政治的抹消なんて大規模なことができない代わりに、相手に女装させるとかやるな』

「おれたちの花 宮無事にかえってくるかな?」
「花 宮―!!」





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