有り得ない偶然 Side1
++ タイバニ ++
00.猫な神様は侍として生きた
「父ちゃん!!」
体にとんでもない衝撃と痛みがきて、そのまま重心を失って体が倒れていく。
そんなオレに必死に手を伸ばそうと駆け寄ってくる姿がぼんやり見えた。
芯はとおっているのに、天パーのせいかなぜかかなり破天荒な性格に育ってしまった我が子が、必死に手を伸ばしてきて。
でもその手を取ることはできなくて。
ジクジクと痛むそこから、一気に命が抜け落ちていくのを感じた。
手を伸ばし返すこともあいつの名を呼んでやることさえ、瞼を開けることさえできなくなっていき・・・
刀で斬られた。
ちょっとばかし大切なもんを守ろうとしたんだけど。さすがに腕を斬られたら反撃もできネェ。ってんで。結局、相手の技量を読み間違えたオレの負け。
無茶をしすぎたようだ。
ああ、なんてことだ。
死ぬなら寿命でだとばかり決めていたのに。我が子にあんな顔をさせてしまった。
泣きそうな、辛くてたまらにとばかりの必死な顔。
あんな顔をさせたかったわけじゃないのに。
願うなら、お前たちの笑顔をみてこの世界を去りたかった。
そう自分の状況を理解したのと同時に、視界が真っ暗になったのが―――最期の記憶。
:: side 夢主1 ::
君が笑って生きる。そんな世界で、最期は息子や仲間に看取られて死ぬ。
そう思っていたのに。
200年も生きたのに・・・・
死ぬときはとてもあっけなかった。最後は一瞬。
オレの前世は猫である。
どんな?と言われても困るが、しいて語るならば、白い猫だ。
尻尾がふっさりとしていたのが自慢だった。
Photo:from NEO HIMEISM
普通の猫から生まれたのだが、そのさらに前の前世が命を司る神様だったせいか、普通の猫のはずが200年ばかり生きてしまった。
そうこうしているうちに人に化けれるようになり、人間の子供を拾い育てた。
それが前世である。
ならばこそ、今世も猫と話せたとしてもおかしくないだろう。
それにどうやら今世では、オレは前世の影響がよく出ていて猫に関する“能力”を持っているようだしな。
“能力”に関してはおいおい話すとしよう。
―――前世の時代背景を説明するのは聊か難しいが、だいたい日本の江戸ぐらいだろうか。
その世界の地面は、コンクリなどで舗装はされていなくて。
人々は着物を着て、下駄をはいているような世界だった。
空にはエイリアンの宇宙船が飛んでいて(なんでだよ!?ってはじめはオレも笑った)。
へたをすればすぐに攘夷志士がどこかで爆発を起こしたり、
侍と宇宙人が事件を引き起こしては、真選組というあらくれ警官どもが武装して襲いかかってきたり。
侍たちが斬りあいを始めたり、忍やカラクリ職人が笑えない事件を引き起こしてくれた。
喧嘩が上等!下剋上なんかありふれた日常のように存在してはあまたの男どもが女やオカマによってふみつぶされることもざらにあった――そんなはちゃめちゃな町。
でもひとびとは、みんなキラキラしていた。
だけど。
どうやらオレは、そんな愛しい彼らを置いて、死んだようだ。
オレは死んだ。
我が子をかばい、刀で斬られ死んだのだ。
とはいえ、オレは転生者。
死んだと思っても、結局毎度のごとく意識が暗転することもなく、逆に“目覚める”気配にため息がこぼれる。
どうやらまたどこかで生まれてしてしまったようだ。
――死んでもすぐに意識が戻るのは、もう何度目の経験か。
数度の転生に耐え切れずオレの魂は一度壊れてしまったから、魔女によって再生される以前の前世ことはあまり覚えていない。
鮮明な記憶は、せいぜい転生を始めた最初の方の世界いくつかのことだけ。
あとは・・・オレの感覚でついさっきまで生きていたあの銀色が息づく侍の、ひとつ前の世界のことだけ。
オレは死ねば、生まれ変わる。
たぶん魂が壊れる前も幾度か別の世界を回っているはずだ。
くわしくはしらない。
ただ、感覚として理解しているだけ。記憶にはない。
* * * * *
オレに「魂の死を回避するため」転生の契約をさせた魔女は、「いきなさい」と言った。
魔女が言った。
――もう大丈夫だって。だからもう
いきなさいといわれた。
ちょっとね、「行きなさい」なのか「生きなさい」なのかわからず、どうも「逝きなさい」って聞こえたけど…。
そこは気付かなかったことにしておく。
いまのオレにはあまりその時の記憶は残っていない。
もしかすると人間の姿はしておらず、鹿だったのかもしれない。いや別の何か動物だったかもしれない。
その前は人間だったかもしれない。
まぁ、詳しいことは覚えていない。
オレという存在が何だったかわからないのは、魂が壊れてしまったから。
魂がバラバラになったから、記憶もどこかへいってしまい、転生を繰り返していた時の記憶もあいまいになってしまった。
砕けた魂をかき集めてつなぎ合わせてくれたのは魔女。
そうしてようやく意識がまとまりだしたものの、「魂の死」と引き換えに生きることをそこで義務付けられ、気づけば輪廻の輪に戻されようとしていた。
魔女に「大丈夫」っていわれても、記憶は曖昧で。なにが大丈夫なのかも今まで何があったのかもわからなかった。
そのときはオレがどうして魔女の元にいるのかも理解していなかった。
オレはいままでなにしてたかな?
どんな人生だったんだろう?
そもそも人だったかさえあやしいが。
ただ何度か生まれ変わったという感覚だけはあった。
それ以外はすべてあいまい。
明確に覚えているのは――
魔女にもらった青い指輪のこと。
転生してもその指輪はずっとどこの世界にもついてきた。
左手の薬指にはまる青い硝子でできたような指輪。
アレがオレの魂を形度っているということだけは覚えている。
「それが壊れたらお前はまた死ぬの」と魔女に言われた。でも言われるまでもなく、それだけは本能のように理解していた。
オレ自身が壊れる以前の記憶は、酷く曖昧だ。何年も何十年、何回も生きた気がする。
けれどオレはこの指輪のことだけはしっかりと覚えていた。
覚えている。
この指輪がどうやってできたかを。
あれは何回目の世界でのことだったか。
オレは一番大切な人が死んだとき、その魂を捕まえて自分の中に封じた。その魂が今は指輪の中にある。
前世の記憶はひとつ前以外ほとんどない。
でもだ。この指輪に宿る魂が、海のような人だったのもなんとなく覚えてる。
その魂を逃さないために、当時は持てる能力すべて使って、自分の中にの“あのひと”魂をしまいこんだ。それがはじまりなのも覚えてる。
それはオレの勝手なエゴだったんだ。
死者を見送ることもせず、逆にとらえるなんて…。
なのに“あのひと”は今もこうして側にいてくれる。
だって転生の繰り返しで磨耗し壊れかけたオレをたすけてくれたのは、オレの中にあった“あのひと”の魂。
砕けたオレの破片を抱きかかえて、直るまで包んで守ってくれていた。
もう“あのひと”の魂を縛っていたという当時の能力がなにかとか覚えてないし、転生を繰り返してはいるもののオレにはそんな特殊な力はない。
前世でオレにあったのは、魂の縁ぐらい。
そう、オレは本当にただのガラクタだった。
それに魂は壊れかけていた。
だから、“あのひと”はいつでもオレから逃げてよかったんだ。開放されていいはずだった。
なのに…
おせっかいで優しい“あのひと”は、自らを鎖となし、オレの壊れた魂をひとつにつなぎとめてくれた。
それがこの青い指輪。
“あのひと”の魂そのもの。そしてオレがオレとして生きるのに必要な鎖。
魔女に指輪をもらい手にしたとたん、すべてを理解した。
忘れていた記憶も少しだけ思い出したんだ。
だから“あのひと”を縛りつけたことに苦しくなってごめんなさいと言ったら、同時に涙も出た。
握った指輪をとおして、見えない何か大きなものに抱きしめられたような気がした。
それはあたたかくて、あげく大笑いしていた気もする。
《てめぇがあやまることはなにひとつないだろうが。オレはとっくに死んでんだ。死後の世界を自由に生きてるだけさ》そう叱咤激励をもらってしまった。
ああ、“あのひと”はそういうひとだったのか。
それさえも忘れていたようだ。
「とりあえず一蓮托生らしいからもっと生きろ」と言われた。
そのとおりだと、生きる覚悟を決めた。
魔女はオレと指輪のひととの対話が終わるのを待っていてくれていたようで、彼女の方を見れば、「挨拶はすんだ?いくのね」ときかれたので頷いた。
――代価はいずれ。
「さぁ、いきないさい。あなたの“セカイ”の言うように、どこかに生まれてきなさいな」
それが魔女の契約と青い指輪とオレの新しくめぐる生のはじまりだった。
* * * * *
あの魔女と出会う前までの転生生活は、たぶんだれの意図もなにもなかった偶然の産物だったのだろう。
当時は偶然で繰り返していただろう転生も、いまとなってはこの転生人生を繰り返さねばならない。
これは魔女との契約の一環だ。
その証として左の薬指には、いつも青い指輪がはまっている。
この指輪がオレを生かす。
なぜなら、この指輪には――正確には指輪ではなく魂だ。〈ロジャー〉という男の魂が、オレの砕けた魂の補っているのだが、それが目に見える形で指輪として具現化されているのだ。
そのまま意識の覚醒とともに目を開けば、始まる新しい人生。
さぁ。今度はどこだ?
どこへオレをうまれさせる気だ?
指輪に問うも
―――答えは返ってこない。
けれど、ふいに声が聞こえた。
「神様お願いします。どうか・・・」
そんな祈りの声が聞こえた。
耳を傾ければ、願いの内容が聞こえてくる。
どうやら奥さんの身体が弱く、子供が生まれるというときに妻子共に無事だという保証がないらしい。
それで彼女の夫である男が、神社に願掛けをしにきてたということだ。
この男の国は日本に似ているが日本とは別の国で、宗教も仏教ではないらしい。それでも男は、幾度も社を訪れていた。
『わるくない』
思わず口端が持ち上がるのがわかる。
なまじ子育てを終えたばかりの身だ。
子の成長を見守る楽しさはオレが一番よぉーくしっている。
男の願いをきいてやるのもいいかもしれないという気分になっていた。
なにより、これでもいつだか――前のさらに前あたりの前世では、豊穣の神であり、また命と死を司る神だったのだ。
オレの元まで届いたその祈りを無視するのは気がひけたともいう。
神とはいえ、いまとなってはそれほど大した力は残ってはいないだろうが、この身に宿る最後の力をこの願いの声の主に使ってもいいかもしれないと思えた。
しかもその願いは、自身のためではなく他人を想う願い。自分の願いを他人のために使っているのだ。
悪い気分にはなりようはずがない。
見捨てられるはずもねぇ。
『オレがその願い叶えてやろう』
魂だけの今の自分が男に見えているとも思ってないし、ましてやこの声が彼らに聞こえているとは思っていない。
それでも男の真摯な願いにこたえをかえしてやった。
男との縁をたどり、彼の妻のもとへとんでいけば、そこは病院だった。
眠る彼女のふくれてきた腹に触れれば、宿った命のぬくもりを感じられる。
そっと手を伸ばす。その腹を撫でるように触れれば、トクンと彼女とは別の命の音が聞こえた。
その心地よい音に意識を重ね、やがて自分の意思が溶け込むように消えるまで、オレはその音を聞いていた。
ちちち・・・と鳥の声が聞こえた。
息をすれば、鼻につくのは甘いミルクの匂い。陽だまりの気配。
目にまぶしいものがささり、その日差しの暖かさに誘われるように意識が新しい世界で産声を上げようと刺激され、暗闇が浮上していく。
どこかで優しい声が、“二つの名”を呼んだのが聞こえたきがした。