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11.布団の中の芋虫が見た世界 |
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『』・・・普通の人には聞こえなかったり理解できない会話。テレパスやポケモンの声など。 ≪≫・・・夢主による筆談。 side 主人公 「ブルーたちが倒れたお前を運んできたんだ」 ちょうど俺が帰ってきてるところでよかったな。 グリーンはオレの頭をわしわしとなぜて、小さな子供を安心させるような笑顔を見せて席を離れた。 ここは、本当に違うんだなと思った。 オレの幼馴染みのグリーンは絶対にオレの頭をなでたりしない。 オレに優しく笑いかけたりもしない。 オレのグリーンは、いつも切羽詰った感じか呆れているか心配そうな顔で怒鳴るかどっちかだ。 ため息ばかりのグリーン。 こんな――こんな風に、穏やかな表情とか、いかにも頂点にいますといったような雰囲気を出せる人ではない。 「早く、行ってやれよ。ブルーたち、結構落ち込んでるから」 去り際に告げられた言葉に頷きで返す。 ―――起きなきゃね。 だけど今にも泣きそうになってしまって動けなかった。 去っていった後姿を見送るだけなのに、なんでこうも辛いと思ってしまったんだろう。 あぁ、そっか。これは俗にいうホームシックってやつなのかもしれない。 オレはこの世界に来て、はじめて、約二ヶ月ぶりに、本気で“帰りたい”と思ってしまった。 いつもの言い争いの延長で軽く口にする「帰りたい」とは、また違う感覚。 『・・ボクのレッド・・・。ここはボクらの世界じゃないんだよ』 『うん』 『ここのポケモンは君を襲わないよ。それに君を庇護する人間達も多い』 『うん。でも』 『・・・あんな世界でも帰りたい?』 『うん』 グリーンが去るとともに、ふわりと淡い桃色の光が部屋にあらわれ、それはすぐにピカチュウの姿をとって、ベットの上に上半身を起こした上体のオレの上に落ちてくる。 そのまま心配そうに赤色のほっぺを寄せるくんに、どうも落ち込んでいるらしいオレは力なく頷く。 たとえ、オレはポケモンに嫌われようと、帰りたい。 オレは人間だから、やっぱり知っている“人”がいないと耐えられない。 誰かが側にいてくれれば耐えられる。 『世話焼きなグリーンも、人のお金で変なものばっかる買ってくる母さんも、戦闘狂なおばさんも、オレの話を聞いてくれたごっくんも、オレを認めてくれたポケモンたちも、だれもいない。 側にいない・・・。 いま、こっちのグリーン、さん、みて、あっちのグリーンと間違っちゃってさ』 『・・・・・・』 『“帰りたい”って思った』 視界が歪み、心配そうなピカチュウの顔が見えて、とっさに脇においてあった帽子をひったくるようにつかむと、情けなく歪んでいるだろう顔を隠すように、それを自分の顔面に押し付けた。 なんでオレ、弱気になってるんだろう。 弱気なのもヘタレなのもいつものことなのに。 今日は、なんか耐えられそうもない。 ポケモンたちが凶暴で、世界は怖いものだとしてもかまわない。帰りたいと思ってしまったんだ。 ここのひとたちは確かに優しい。 でもやっぱりここはオレのいるべき場所じゃないって・・・。 オレが知っているひとたちが見せる知らない反応に思いしらされる。 『帰りたい。みんなのいるところに帰りたいよぉくん』 『・・・レッド・・・・・・』 帽子で隠した視界。 見えないはずなのに、そこにくんがいるのがわかる。 情緒不安定らしいオレ。 くんからは、心配するような、若干の悲しみの混じったつぶやきがもれる。 だからオレもつられ、感化されてしまう。 “かなしい”と“さびいしい”と、オレの中でなにかがうったえる。 そんなオレをあやすように、なぐさめるようにふわりと小さなポケモンの手が触れ、やさしく頭を撫でられる。 その温もりは酷く暖かい。 『今は泣いていいよ弱虫レッド。ボクの半身。 でも、元気が出たらもう少しだけ頑張ってみてレッド。まだ君は【この世界】にいるんだから』 『いみ、わかんない・・』 『気をつけてってことだよ。このままここにいれば、きっとなにか起こるかもしれない。だって、ほら、僕らはイレギュラーな存在だから。どうしようもなくこれから僕らは何かに巻き込まれなくちゃいけない。世界を越えるためには、出会わなきゃいけないポケモンたちがいる。彼らに会うためには、ぼくらはこんなところで立ち止まれない。 今だけだよレッド。この世界で僕らが休めるのは、今だけなんだ。 だから泣いていいよ。 でも。 泣きあきたら、次は笑って。 こんなことで弱気にならないで。 ねぇ、気を張っていこう・・・いくとこまでいかなきゃぼくららしくないじゃない。 帰るんでしょう?ならそれまで僕らは自分たちの身をしっかり自分で守らなくちゃ』 “向こう”に帰ったとき、ぼくらが無事じゃなかったら、ママさんもおばさんもゴールドも、うちにいるポケモンたちも悲しむよ。 だから僕らは無事でいなくちゃいけない。 苦笑交じりの念話に、その裏に込められた想いまで伝わってくる。 その言葉を聞き、オレの目頭がさらに熱くなる。 ぶわりとあついものがこみ上げるが、それを口から出すまいと、強く唇をかんで身体が動かないように腕で自分を抱きしめる。 『こんなところで落ち込んでどうするのレッド。いつか一緒に帰るためにもさ』 『うん・・・ごめん、くん。』 初めのうちはよかった。 帰りたいとも思うことはなく、オレは異世界トリップを満喫していたのだ。 山にいたときは、レッドさんとゴールド以外のひととは会わなかったから、対人恐怖症が悪化することも必要以上に発動することもなかった。 だから優しい世界を好きになった。 そのはずだった――。 ここの世界の人達はオレに優しいが、それは言い換えればよそよそしいともとれた。 さっき目が覚めるまで側にいてくれた“あのグリーン”でさえそうだ。 すぐに皆オレから視線をそらす。 なぜ? オレは異質だからですか? オレは彼らに不快感でも与えてるのだろうか? オレにとって一番仲がいいはずのゴールドだって、オレが話しかけるととたんに顔を引き締めて口数が減る。 ついいつもの癖で抱きつこうとしてしまったり、近づけば、彼らは逆に遠ざけようとしてくる。 目だってめったに合わない。 唯一オレがなんであり異世界について全て話してある(他のひとにはレッドさんにより弟と紹介されている)オーキド博士は、壊れ物か宝物を扱うように接してくる。 ひとりで寂しいだろう。さぞや不安だろう。帰れなくてかわいそう。 なにかしてやれることはないか。 そんな同情の視線がたまらない。 彼らの優しさやその行動こそが、“オレが知る彼ら”とは違うということを明白にするばかりで、いつまでたっても慣れるようなものではない。 優しさほど、与えられて、辛いと思ったのは始めてだ。 もう十年近くオレは向こうの世界でレッドとして生きてきたんだ。 その何年漢文がどれだけ苦労に満ちていたとしても。 たとえば道をいけば迷ったり厄介事と遭遇し心身共にボロボロになる。ずっと側にいたグリーンからは呆れられながらも漫才のようにツッコミされつつともに歩み、母は息子の金を勝手に浪費し、豪快な伯母には蹴るなわ殴るわ、しまいには女装させようとするし。ポケモンはミュウと一緒にいるオレに日々攻撃してくるし、視線があえば道端のトレーナーに因縁ふっかけられる。チャンピオンになってからのポストは、不幸の手紙よろしく溢れんばかりの挑戦状の山。ファンクラブとやらにはセクハラされ、洗濯物を盗まれるしまつ。 そんな日々を送っていたオレが、絹でくるんだ赤ん坊のようにやさしくされて、守られているばかりで――耐えられるはずもない。 オレが向こうの世界では知らない「ブルー」と「イエロー」の存在がこちらではあるのも、さっきのそっけないグリーンの態度も、すべてが【世界の違い】をオレに刻み込む要因となった。 帰るまで。オレは元気でいないとね。 『ちゃんと帰ろうね。ね、レッド』 『うん』 帽子で隠したオレの視界はどんどん歪んで霞がかる。それがなにかはわかるからこぼれ落ちる前にぬぐって、ベッドに飛び込むようにしてもう一度身体を横に戻して上から布団を頭からかぶった。 今だけ。少しだけ。 いいところが少ない自分の世界に想いをはせる。 もうこんなことで泣いたりしないから。 帰りたいなんて無理は、声には出さないから。 すぐに元気になるよ。 『だから・・・・・・もう少しだけ待ってて』 自分の半身でもあるくんさえも拒否するようにかぶった布団を内側から握る。 すがりたいのかな。 これでもオレは“レッド”になる前は、こんな弱くなかったはずだ。 精神年齢だけなら、いい年下大人といってもいい年齢だ。 心は身体に左右される。そんな言葉を聞いたことがある。 今のオレにおこったことは、そのとおりなのかもしれない。 心が体の年齢に引きずられるように、オレは年々ダメになっていく。 子供のように、泣いて笑って叫んで・・・ 『みんなが、やさしいから・・・オレは・・・・・・』 “地球”のように、感情を抑えることの必要がない世界。 まだまだ子供のおれに世界は優しくて、感情を気軽に動かすことのできる明るい世界。 ひとびとはポケモンと共存し、笑いあい、冒険とか可能な世界。 かえりたい。 ここは自分の世界じゃない。 たとえポケモンがいて、同じような人たちがいても違う。 自分の世界へ帰りたい。 ぐしゃぐしゃな顔を見られたくなくて、布団をさらに強く掴む。 いまは布団がすべてをさえぎってくれている。 『もう少し、まってて』 いつもと同じように笑えるようになるのを待っていて。 きっとあっという間だ。 ちゃんと笑っていくから。 オレなんかを待っていてくれてるひとたちのところにいくから。 だからね。 だから今だけ。今だけだから・・・。 あ・・・ ふとん。きもち〜 『ぐぅ〜』 『寝るなぁ!!』 |