有り得ない偶然 SideW
++ 黒 子のバ ケ ++




起: 運命は「夢」を望む






―― ふーん。なるほどねぇ。
 “私”は、【黒 子のバ スケ】という漫画の、火神大我と黒子テツヤが好きなの。へぇ〜。





 


++ side 二人目のワタシ ++





「姉さん、なんてことを!人の子の“存在”をくらうなんて!」

弟が吠える。
ああ、もうこの弟はどうしてこうもキャンキャンと騒がしいのか。

「うるさいわねぇ。ちょっとした余興でしょうに。こんなつまらない世界でつまらない仕事をして。
そもそもあの子が望んだことよ。もう消えてしまいたいと望んだのはあの子。だからワタシが“あの子のやりたいこと”をかわりにやってあげようっていうのよ。何が悪いのよ?」

毎日毎日人間の魂を洗って、“運命”を埋めこんで・・・。それだけの日々。
それが仕事とはいえ、飽きてしまったわ。

暇つぶしに別の世界をのぞけば、最近は漫画やゲームの世界に転生で、ハーレムというのが流行っているというじゃない。
ならば“コッチ”でも流行らせたらどうかしらと、適当に“針”をばらまいたの。
ワタシの針に選ばれた人間たちを、“コッチ”の世界で話題の作品に次々投げ入れてみたの。
ほとんどの人間は喜んでいたわ。

なのに、この人間だけが絶望をまとっていた。

ワタシが生み出した世界で、ワタシが運命を定めてっやったというのに、何を意味が分からないことで運命と違う方向を選ぶのか。
何が不満だというのよ。

そう思っていたら、ちょうどいいタイミングでバカな弟があの女を喚び出した。

弟は、魂の再誕をしてやるという。
だがあの女は断った。死を願った。

これはいいと、魂にすでに付与された“新たな世界で生きる権限”があるのをいいままに、そのままあの女の存在をくらってやった。

まぁ、このワタシが魂ごと食らってしまったので、あの女はここで消滅したわけだけど。
あの女はもうどこにも生まれない。どこにも転生しない。
よかったわねぇ“私”。
だって、それがあの女の願いだったのだから。
これであの女の願いはかなえられたのよ。

神たるワタシが人間の願いをかなえることの何が悪いというの?

「願いって。だからといって、あんな手段をとっていいわけが」
「いいわけないって?何を言っているの?いなくなったあの女のかわりにこのワタシが“私”を引き継いであげると言っているのよ。そう“願いを引き継い”で、それを神様たる貴女とワタシで叶えてあげるの!」

一つ目の願い。生まれたくない、死にたいと願ったあの女の望み通りになったでしょう。
そして二つ目の願い。「黒子のバスケ」。死の前に女が願ったのは、漫画の世界。なぜならばあの漫画が一番あの女の心を癒し、光り輝いて見えたらしいわ。

つまり“私”の存在を食らい“私”となったワタシがこれから黒バスの世界に行けば、それすなわち“私”の願いが二つも叶うということ。

「…彼女の願いは“そういうもの”じゃ、ないと思うよ」
「バッカじゃないの。これだから貴方はいつまでたっても愚かなのよ。いままでの人間はみんな異世界に転生したがったじゃない。今回だって何も間違ってないわよ」

運命を司るワタシが、間違いを犯すはずなどないことを理解していないなんて、なんて低能な弟かしら。
この成り代わりは、いいことだというのに。

ついでにいうならば、ワタシが運命の神としてやられてはこまる“運命の捻じ曲げ”によってうまれた寿命の誤差という歪みは、ワタシがあの女の代わりに寿命分まで生きることでなくなる。
人間ではこういうのウィンウィンの関係というらしい。まさにそれでしょう。

ふふ。ワタシってなんて頭がいいのかしら。
脆弱にして管理してあげないと何もできないちっぽけな人間に、神々は興味を向けない。その小さな存在に成り代わるなんて、他のクソ神たちはきっと思いつきもしないわ。


さぁ、そうときまれば、愚弟。今から“私”の願いをかなえるために活躍してもらうわよ。

愚かな出来損ないの弟とはいえ、“物語”を司どる神。
物語とは、いうなれば小さな世界。箱庭のようなもの。
小さなくだらない箱の手入れが好きなのよあの子。

「ワタシのために、黒バスの世界を作りなさないな」
「ね、姉さん!?」
「だってあたなもなまじなりなにも神でしょう?だったらわかるでしょう?“人の子が願った”のよ」

人の子が願った願いを無下にするなんて、“ねがい”から生まれた貴方にできるわけないものねぇ?
最近は流行りだという異世界転生というのがあるわ。それの神こそ、我が弟の存在だ。
つまりぞくにいう“彼ら”転生者と呼ばれる人間たちが言う“原作があるからこそ誕生し派生した世界”は、すべてこの愚弟の箱庭での出来事。

「で、でもそれは“この世界”のことだけで、“この世界”の法則から外れたなら、“本当の異世界を渡るひと”だっている。彼らと遭遇してしまったら姉さんどうするのさ!」
「あら。そう?そんなのはどうでもいいわよ。だってそういう“まっとうな奴ら”が貴方の小さな箱におさまるわけないもの」
「それはそうだけど、でも万が一ということも」
「ないわよそんなこと」

そういう“まっとうな奴ら”は、たいがいが巨大な力を持った神と相場が決まっている。
つまり弟ごときではかなうわけがないのだ。

「貴方はあくまで物語の神。“転生”と“命”を司る本物にはかなわないものねぇ」

あっはっは!おかしいの。
たかが物語をつむぐための場所を用意するしかできない神が、命や転生をつかさどる存在にかなうわけないのに。

人々が自分たちの世界にいやけがさし、心の逃げ場として別の世界の物語を生み出した。
そうやって人間たちが別世界を願うから生まれた物語の神様――それがワタシの愚弟。
そんな人間がいなくては生まれもしないちっぽけな神が、なにができるというのか。

ワタシは、弟よりもはるかに格上の、運命をつかさどる神。
けれどそんなワタシでさえ、命をつかさどる存在には到底及ばない。
“生み出すモノ達”は、そもそも神として次元が違うのだ。

当然、そんな巨大な存在が、弟の箱庭に興味を向けることも足を運ぶことなどない。

だからこそいいのだ。
弟の箱庭は小さいからこそ、その中での出来事は大いなる神々に気づかれることがない。
運命が捻じ曲げられたことにより発生した寿命の誤差の修正をするためにワタシがその世界に入っても、ワタシがその世界で何をしようとも。
大いなる者たちは知りもしない。
つまり上のものが知らないということは、なかったことも同じ。そうよ、ワタシに咎は何一つない。

「そうと決まれば、まず“私”の権限をつかわせてもらうよ?」
「権限って…まさか姉さん、そのために彼女になりかわったの!?」
「当然でしょ。永遠と生み出され続ける生き物に“運命を与え寿命への道標を示す”なぁ〜んて仕事はもうウンザリ。飽き飽きしていたのよ」
「なんてことを」


「さぁ「神様、どうか私の願いを叶えてください」な♪」
「っ!?」


「そうね、まずはたぐいまれなる美貌を与えなさい。“私”の顔ってまったく好みじゃないのよねぇ。こんなブスがワタシだなんて許せない。それとハーレムってのが流行っているからワタシもアレをしたいわ!そうねぇ、じゃぁ、絶対逆らえないような《魅了》を使えるようにしてちょうだい。それと・・・・・」


人間の存在を食らったということは、ワタシがその女そのものになったということ。
人の願いより生まれた弟には、人間である“私”の願いを断ることはできない。

そして存在をくらったということは、すなわちあの女の肉体のほかに、記憶も引き継いでいるということ。
ただし感情はそこにはついてこないから、感情やら心という部分は魂に張り付いているのね。
魂を食らいはしたが、ワタシとあの女の魂は別だ。あの女の感情までは引き継いでいない。
そもそも今回は《魂の消化》ではなく、《消滅》させたのだから、ワタシとあの女の魂が混ざることもない。
消化というのは、人間が食べ物を消化し体の一部にするのと同じ。つまりそれをしていたら下賤な人間ごときの魂がワタシの一部になっていたということ。そんなの考えただけで吐き気がする。なんておぞましい。
だからあの女の存在を食らっても魂は消化しなかったし、そのせいであの女が今まで考えたことや感じたことなどは一切引き継いではないない。
人間ごときの気持ちなどわかりたくもないし、しらなくても何にも問題はないでしょう。
なにせ神様はワタシなのだから。

“存在”をくらったいま、姿かたちはあの人間の女であり、あの女の立場にワタシがいる。
それすなわち、弟があの女に授けた転生の権限をワタシが自由にしていいということ。
弟はあの女に三つの願いを叶えることを約束していた。

ワタシはその権限を利用して、黒バスの世界にいくの。

そしてワタシは、三つの願いを弟にした。
人間の頼みを断れない哀れな弟は、渋々ながらもワタシの言うことをきいた。

「……どうしようもないから姉さんの願いを叶え、三ついうことをきこう。けど、僕にできるのはそこまでだ。そのあとに物語に干渉をすることはできない。いままで何度も言ってきたからわかっていると思うけどちゃんと聞いてね、姉さん。
物語は箱庭のなかで生きている。
僕が生み出した物語は、一度綴り始めたらその物語が完結するまで、神の干渉することは一切できない。
つまりあちらにいったらもう姉さんに僕は干渉もできないし協力もできない。物語を紡ぐことができるのは、そこで生きている登場人物だけだ。
世界は回り始めたら、“自分自身の力だけ”がすべてだよ」

そんなことは耳にタコ。
ずっとそばにいて、人間たちにおなじことを言い続けていたのを効いている。十分理解しているわ。
わかりきっていることをきかないでほしいものね。
弟のしつこい注意にうっとうしさを感じて軽く聞き流す。
弟が何を心配しているのか知らないけれど、ワタシは運命の女神。物語の神よりも高位の存在。
愚弟ごときに心配されるいわれはない。



ワタシがやろうとしていることは、人の子の願いをかなえること。
そしてねじ曲げられた運命の修正だ。一人分の女の寿命を楽な世界ですごすだけ。
それで歪みをただせるのだ。
しかもワタシがその女に成り代わることで、ワタシの意図どおり人間を動かすことができ、運命に逆らってゆがみを広げることもない。
かつ、今まで暇で暇で仕方なかったワタシの暇つぶしになるというわけ。
あら、なんて一石二鳥。なんて最高で素敵な計画かしら。

消滅した人間の余生分の時間の狂いをこれで補える。
なにより、ちっぽけなただ一人の人間ごときの願いを2つも叶えてあげるなんて、ワタシはなんてすばらしい女神なのかしら。
ほら、神が矮小な人ごときの願いを叶えるのは当然のことでしょう。
美徳であれ、悪いことは一つもないわ。
ああ、なんて美しい所業かしら。
これぞ“寛大な優しさ”よね。
なんてカミサマらしいのかしら。

ね?いいこと尽くしくでしょう。


















『フハッ。さぁて、それはどうかな?』








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