序章 一般人は「夢」を見ない |
その世界は、私にとって《最悪》としか言えなかったわ。 私が何をしたというの!? どうして私がそんな目に合わなければいけなかったの? 私が何度その世界で“死んだ”かわかる? 何度あの恐怖を味わったか・・・ ++ side 一人目の“私” ++ 私はただゲームをしていただけなの。 それは最近はやりのテニスの漫画。 流行っていたし、アニメは面白いと評判で、イケメンしかいない。そんなテニスをやる少年たちの青春・・・「あんたもぜったいはまるわよ!」と友人におしつけられ、なんとなく読み始めた漫画とやり始めたゲーム。 私も中学生の時テニス部だったから試合のルールとかはまだわかる。 当時は学校で一番人気な部活で、花形スポーツといえばテニス部だったわ。だからテニス漫画が存在するのはまだいい。 まだわかる。 けど。 「まって。なんでそうなるの?」 友人に押し付けられた漫画という紙の上で、とんでもないエフェクトが発生していた。 ぶっちゃけもはやテニス漫画じゃなかった。 そのテニス漫画は、途中まではぎりぎり人間的に再現はできそうな技だった。なのに途中から、何かがどうなってかわからないが、もはや攻撃魔法オンリーの異次元世界に突入していた。 あ、ムリ。 そう思った頃、テニス漫画激推しのかの友人からゲームをやらされた。 あのテニス漫画の乙女ゲームverだとか。 たしかにイケメンだった。 だけど。 だけどねぇ中学生に恋愛を求める乙女ゲームってどうなの? しかもこれまじでスポコンじゃないの。 どこをどう頑張っても青春に全力投球している中学生の男の子を恋愛ごとに引きずりこむのは難しいのでは?むしろ恋愛要素をふっかけるほうがおかしいとおもってしまうような、とうていいろんな意味で無理なゲームだった。 「なによこの無理ゲ―」 あと、まったく面白味が分からないゲームに思えてしまった。 青春メインなの?部活なの?恋愛なの?攻撃魔法を発生させたいの? 一番に何をしたいゲームなのか混乱してしまう。 テニス。恋愛、信愛度?いや、まて相手は中学生だろう!!!!・・・中学生が恋愛対象のゲーム?え、私今何のゲームやってったけ?テニスじゃなかったっけ? 公式はなんてものを作っているのよ! いやになって、そのゲーム機を投げ出し、ベッドにもぐりこんだの。 それが最後。 気づけば私は―――――テニ〇リの世界の女子中学生になっていた。 それもたぶんアニメ世界。 アニメは漫画より過激演出って友人が言ってものね。 だからアニメに違いない。 いつも学校の校庭で超常現象が起きていたし、月日が経つにつれ現象の規模が拡大していったから間違いない。 この世界では、テニスコートは異世界だった。 テニスコート上では水や風や炎はいつものこと、竜巻はおこるし、人は血だらだけになって吹っ飛んでいくし、よく分身体が活躍していたりする。そもそも分身の原理として早く動いて残像が残り二人に見えているとのことらしいのだが、どう考えても自我が独立している分身な感じがするときもあるし。 分身どころか、竜巻や血だらけも意味が分からないって?私もわからないわ。 恐ろしくて校庭なんか近寄りたくないのに、学校全体で応援しているとかで必ずテニス部の応援には強制参加させられ、女子は基本的にテニス部のファンであるらしく女子の話題はいつもテニスのことばかり。テニスコートの周りに群がる女子につかまっては、いやでも観戦をしなきゃいけなくなる。"テニス部"のそばにいなきゃいけないかのような、こういう強制力はこの世界は強く働くので学校生活は本当に地獄だった。 どんどん試合がすすむ。 これ後半のほうの漫画よね?ってところまでくると、あるときは試合中にガチで隕石がとんできたわ。 当然会場は破壊された。私もそこで一度死んでる。 客が死んでるのに、それでも続行するテニスの試合。意味が分からないわ! 噂によると、死神が現れたり、船が水没する中でも試合続行していたり、ヘリでもつかめそうな巨人と化した…なんておかしな話も聞いた。 そういうことがよくあって、そのテニスの余波がたまたま近くを歩いていたこっちにまでよくくるので、あやうく死ぬところだったのが数回。本当に死んだのが数十回。いえ、練習もけっこうあったから、へたするともう百回くらい言ってるのではないかしら。 そう。この世界、漫画では「そういう心理状況」と宣言していた背景絵が、すべて現実に具現化されるのだ。 しかもそれがこの世界の住民からしたら「あたりまえ」で「普通」のことだから、テニスプレイヤーたちは周囲への迷惑を考えず技をポンポン使う。おかげで余波が酷いったらありゃぁしないわ!! イケメンだからと近づけば、たいがいその周囲の地面はえぐれ、空には炎が舞ったりする。人だって良くふっとんでいる。 それらがすべてテニスという現象で起きている。 あれはもうテニスじゃないわ。魔法よ!魔法以外のなんだというの!! あれでテニスの玉が消失しないのおかしくない?って…そう思うのはいつも私だけ。 この前、森が焼失したわよ。 この前、超大型クレーターで来たわよ。 世界が滅びかけたとテレビで何度か報道されたわよ! 世界という修正力がすごいのか、漫画やアニメだから、この世界は何度破壊されても次の瞬間には治っているのか。 漫画の中のエフェクト効果や深層イメージといったすべが、実際に現実となって起こる世界。それがこの世界。 だからテニスをすれば日常的に隕石が降ってくるのもしょうがない。 なお、数秒すると地球は原型を取り戻すのだけれど。 隕石につぶされてもなお、蘇る自分の身体。つぶされるのも、肉体が再生されるのも、なんて感触か。あれは忘れようがない。ただただこの世界の「普通」におこる現象に恐怖がかけぬける。 いつ災害がおこるかわからない恐怖。 この世界の住人たちはそれが当たり前らしく気にもしない。 おかげでこの世界の住人たちは、何度世界が壊れようが、死のうが、蘇ようが、平然と日常の光景だと過ごしている。 女子たちは相変わらずイケメンを追いかけキャーキャー言ってるほどだ。そうして肉体を何度すりつぶされようが構わずイケメンを追いかけている。 あんな恐ろしい人間たちに近づくなんて信じられない!あんたたちなんかそのままテニスの余波で津波でも発生して、そのまま流されてしまえばいいのよ! 私はキラキラしたイケメンが嫌いになった。 テニスも嫌いになった。 テニスはむかしから学生の花形スポーツ?という。どこがよ!!世界を破壊する最終兵器の間違いじゃないの!? テニス部がうちの学校にあったから、何度も何度も死にかけた。何十回も殺された。 怖くて外に出れなくなった。 引きこもっていても、いつ家が大破するかもわからないので、恐怖はいつも付きまとってきた。 家にいる間は雑誌を読んでやりすごした。 窓はカーテンを閉めた。 私の部屋。それだけが唯一の癒しの場所だった。 部屋ではすることがなかったこともあり、雑誌を読んだりしていた。 雑誌のなかでみたスポーツ漫画は、(この世界ではテニス以外が結構マイナーになってしまうのだけど)キャラクターのだれもがおちついていて、普通の少年たちだけで、何も特別なことが起こるわけではなかったけど、それでも人々が輝いて見えた。 そこにはまったく魔法の要素もない。ただの青年たちの青春ドラマが広がっていた。 ああ、日々こんな世界で精神をすり減らすこともなくて、普通の学生になりたい。 この漫画の中のキャラクターたちは、普通の学生でしかないのに、このひとたちはなんて輝いているんだろう。 そう思ったから、手を伸ばしていた。 「すみませんでした!!!!!!」 「え?」 勝利にスポットライトをあびる主人公・・・そんな漫画のワンシーンにむけて手を伸ばしていた私の前に、突如土下座をする人が現れたの。 正確には、私の方が突然に土下座している人の前に現れた形らしい。 私はあの世界での私の部屋のベッドに転がっていたのだけど。気づけばまったくしらない真っ白な空間に立っていた。 そして話を聞くところ、どうやら私は目の前で土下座する人…自称運命の女神の弟とやらに、あのテニスの世界からこの不思議な空間に呼ばれたのだとか。そもそもあの世界に私が迷い込んだ原因は、今ここにいない運命の女神が原因なんだとか。 「なにそれ!?ふざけないでよね!!」 「ごもっともです!!本当にごめんなさい!!!!」 漫画を読んでゲームまでしているからテニス漫画のファンだと思ってあの世界に送り込んだ?! ふざけないでよ!! しかも選ばれた理由が、女神が適当に投げた“運命の針”が刺さった人間だったからとか。 そんなの行きたい人間を転生させなさいよ!! あの世界で私は何度死んだと思っているの!?あの世界に生きる他の人たちとちがって、私は“死”の感覚がどれも生々しく残っている。おぼえているのよ!あの死ぬ瞬間のすべてを! そんなことをされて女神を許せるとでも!? 「すべてはうちの女神(姉)のせいで!あ、あの、ですから貴女にはお詫びとして、今度は貴女の好きな転生先を自由に選んでいただき、そこで新しくい…」 「いやよ!もういや!転生なんかもうしたくないわ!私はもう死にたくない!死のうとしても死ねなくてずっと生きているのもイヤ!もう生きたくない」 また新しい世界に転生しろですって!? もうこれ以上死ぬのはいやよ! もう生きるのもいや!元の世界に帰って生きなおすのもいや。 もう・・・ ―――ふふふ。なら‥ちょうだいな。貴女に与えられた権限も。貴女のすべても… 突然声が聞こえた。 目の前の神様の驚愕の顔が視界に入り、何かを叫びながら彼がこちらに駆け寄ってくる。 だけどその前に、私は背後からだれかに抱きしめられた。 女性だと思う長い髪が私の視界をよぎったときには、高い笑い声がきこえて、私の視界は暗くなっていったの。 最後に運命の女神の弟だっていう神様がなんて言ったのかも、誰が私の視界を覆ったかも。私に何があったかも、私はなにもしらない。 私は、ようやく終われたことに安堵していた。 これで、私が私だった人生はおしまい。 ・・・・・だったら、よかった・・・のに・・ |