【 君は別の世で生きる 】
〜海賊世界〜



00.君は別の世で生きる





side Low


そいつがいたのは小さな町の橋の下。
凍えそうなほど寒い雪の日に、ふるえるようにまるまっていた。
目の前にいは弱った幼いこども。
俺は医者だ。そんな俺の目の前で、そいつは生きる気力もなくそこにいた。

死なれたら気分のいいものではない。
だから拾った。

本当に、ただの気まぐれだった。

手を伸ばしたら・・・こどもは気配に気付いたのか、閉ざされていた目をひらいた。
太陽の下で輝く森をそのまま映したような、鮮やかな瞳と視線が合った。
目を見て、こいつは“正気”だと思い知らされる。

気付いたときにはそのこどもを抱き上げていた。





「あいあい?」
「キャプテン?」
「なにひろったんですかあんた」



「患者だ」








君は別の世で生きる
[有得] HUNTE R×HUNT ER → ONE PI ECE








「お前、帰る場所は?」
『ない』

橋の下でうずくまっていたこどもは、声をかけるとすぐに答えを返してきた。

『世界から棄てられたから。ここにだっていつまでいれるかわからないし』

幼い1,2歳にしか見えない容姿だったが、こどもらしくないしっかりした言い回しをし、大人びた表情で答えたそれは、本当に子どもだろうか。
悪魔の実によっては、外見年齢が止まったり若返ったりする実もあるという。
それだろうかと、考えが浮かぶが、いまは目の前の相手が何の能力であるかは必要ない。

すべてに絶望したような目で、すべてに耳をふさいでいるような表情で、なのに生きたいと目だけが望んでいて。

何を聞いてもあいまいで遠回しな言い方で言葉を返すこども。
なにからなにまで――

腹の立つこどもだった。

死にたいのか。
すべてを諦めているのか。
生きたいのか。
はっきしりない。


そのこどもは、はじめから違和感だらけだった。





違和感について。
ひとつめは、先刻も告げた口調について。


ふたつめの違和感は、衣類。
こどもが着ていたのは、グランドラインの後半の海“新世界”にあるという「和」という国の民族衣装だった。
たしか着物といったか。
白い着物の上に、見事な鯉や蝶の絵が描かれた黒い墨染の上掛けをはおっている。

あんな場所にいるからてっきり、ストリートチルドレンあたりだろうと思ったが、その服からしてその線はないように思える。

サイズが合わない服というのは、これは他に着るものがないストリートチルドレンどもならばありえることだ。
大人からもらってきたものだったり、拾ってきたりすれば当然身に合わず、替えがなければそれをずっとまとっていてもおかしくはない。
しかしそのわりには、こどもの服は着古した感はあるものの、薄汚れてはいなかった。
多少の泥汚れはあるものの、路上にいるやつらと汚れの質が異なる。

さらにはこどもが着ていた服の季節感も含めると違和感は増す。
ここは冬島。
こんな雪の降り続ける夏の来ない島には、不釣り合いな薄めの衣装だった。
ましてやあれは“後半の海”の民の衣装。
ここはまだ“前半の海”。


三つ目の違和感は、目。
薬物を扱うところの住人であれば、焦点はこちらにあうことはないだろう。
棄てられたこどもなどは、目に暗い諦めの感情を宿す。
死にたいのなら、その目は淀みきり、光をたたえない。
どんなことをしても生きたいのであれば、その目は暗闇をまといつつも鋭利な刃物のごとくぎらつく。
暴力化言葉によって攻めを受けてきた者は、恐怖を。
そして手を伸ばした段階で、それぞれ反応をみせる。
その反応次第で、またそいつの過去、今の心のありようが手に取るようにわかるもの。
けれどこどもは俺が手を伸ばしても、物を乞うでもすがりつくでも怯えるでもなく、ただ愛おしそうに受け入れた。
その瞳は、陰りもないかわりに、ただ―――哀しみの色だけをたたえていた。



「名はあるか?」
『字(アザナ)』

『聞いても無駄だろうけど…。ここはアイジエン大陸?それともヨルビアン大陸?』
「世界の大陸の名前なんざ、全部は知らねぇよ。
わかってるのはここがグランドラインの中にある冬島ってことだけだは確実だな」

偉大なる航路 (グランドライン)。
その言葉を告げた途端、こどもはくしゃりと顔をゆがめると、自分で自分を抱きしめるように再び顔を俯けてしまう。

それはまるで、その単語ひとつで、すべてを理解し、一瞬ですべてをあきらめてしまったかのようにもみえた。


「…お前、こんなところで何をしている?」
『オレが聞きたいよ。なに、してるんだろ。オレ?』
「俺が知るか」
『だよね。じゃぁ… “待っってる” 』
「なにをだ?」
『さぁ?ひとかな。それとも… “消える瞬間” をかな。オレも、もう、わからないんだ』


四つ目の違和感は、その口だ。
こどもが話す言葉はとてもはっきりしていて、さらには1、2歳のこどもがする表情でもなければ、それくらいのこどもがする口調ではない。
一瞬しか見えなかったが、あの瞳にはこちらを上から下まで観察するように目はせわしなく動いていた。
言葉一つ。その動きさえ見失わないようにと、その瞳はずっと動くものを追っていた。
そのときの瞳には、確固たる知性の輝きがあった。
あれはある程度の知識量を詰め込んだ大人のするパターン。深く深く思考し、己の中の知識と照らし合わせる思慮深さがうかがえた。
あと少し年を重ねたのなら、ただの早熟したこどもが天才という言葉だけでたりただろう。
しかしこの年齢では、あまりに早すぎる。こどもと表現するには違和感がありすぎた。


ならば、このこどもならば気づくだろう。、こんな雪の中で、じっとしていることは、身体に良くないとわかっているはずだろうに。
なぜこんな雪の中で、このこどもは身動きせず、誰かに助けを求めることもなくいるのだろうか。

これらのことから、考え付く答えは一つだった。


「死にたいのか?」

こんな雪の中で。
こんな場所で。


身なりの良い服装や服のほころび具合からして、そこそこ平和なところの坊ちゃんだろうと思った。
だがそのこどもは、言葉遊びのように意味のなさそうな言葉を紡ぐだけで、いっこうにその場所を動こうとしない。
きっと自殺志願者に違いないと、思っていたのだが・・・。

『いいや。生きたいよ。もっともっと生きて “いたかった” よ』

当てが外れたようだ。

もしもここでこのこどもが死にたいと言ったのなら、望み通り切り刻んでしまおうと思っていた。

(医者に向かって、死にたいとは言わせネェがな)

そう思っていたんが、その心配はなくなったようだ。

運がいいガキだ。
まぁ、虫の居所が悪かったら、確認なんか取らずにみじん切りにしていたがな。


『オレ、 “生きて” もいいのかな?』

(めんどくせぇ)

なぜ、このこどもは、“もう”終わったことのように物事を話す?
なぜそうも生きることを望みながら、叶わないのだとばかりに――


「……俺は医者だ」


『医者…』
「ああ。病気なら診てやる」
『なんで?』

「 “生きたい” んだろ?」

生きたいんだろうと聞けば、緑の瞳が驚きに大きく開かれる。
それほど望んでいるくせに。


なぜ

こいつは泣かないんだ?


ガキなんだ。
普通は泣くだろ?

そんな――泣きそうな顔をしてるくせに。

本当に面倒なものをみつけちまった。
うるさくわめくこともしない、こどもらしくないガキ。
こういうのは、大概なにかあるんだ。
やっかいなことに巻き込まれてないか俺。


それでも放っておけないのはなんでだろうな。


「といっても、切る方が得意なんだがな」

『でも “生かす” こともできるんだね』
「医者といえど限度はある」
『知ってる』

医者は病と闘うことはできるけど、理と戦うことはできない。

そう告げたこどもは、困ったように笑い、またあの泣きそうなくしゃりとした表情をみせた。
泣き方を忘れてしまったように、そのままハの字に眉を寄せて。
寒さとは違うのだろう震えからくる、かすれた声で


『お医者さん。オレを “生かせる” ?』


「お前の敵は病魔じゃないな」
『うん。オレの敵は――』

世界。
敵は《理》 世界のすべて。

それはきっと世界政府や海軍や天竜人なんてものをさす “世界” という言葉よりもはるかに重く、途方もなく馬鹿でかく、抗いがたいものだろう。
理――それすなわち世界そのもの。

それでも相手にするのかと、こどもがこちらを試すように言葉を重ねる。
 “それ” がどれだけ大きなものであるか。
こどもが味わった絶望の大きさについて。
そしてこどもが持つ “知識” について。

『…それでも…オレを、 生かせる ?』

世界から消えることを恐れるのだと、こどもは言う。
否。こどもの姿をした “なにか” は言った。


危ない橋は渡らないのが自分のルールだと自負していたが、口端が持ち上がるのを止められなかった。

「面白い。ならば “それ” からお前をできる限り “生かして” やる
『怖いことがあれば、泣いちゃうよ?オレ、いまはこども、らしい、から。こどもは、きらいでしょう?それでも…殺さない?』

あなたは切り刻むのが好きなんでしょう?

「よぉくわかってんじゃねぇか。
だがな、泣いても命は削れない。落ちるのは塩水だけだ。俺はお前を “生かす” と決めた。決めたからには自分からそれを終わらせはしない。お前が俺の患者である内は」

悪人面と好評な顔で笑ってやれば、こどもはデカい宝石のような目をさらに広げて、次の瞬間にはみたことないほどのなさけないほにゃりとした笑顔で笑った。


気が抜けたのか、小さく動いた口から音はもれず。こどもはそのまま意識を失った。



「どういたしましては――



 “治療が済んだ” そのあとだ」










音のない言葉がこぼれおちた。
きこえないはずのそれを目が聞き取り、受け取った。



――――ありがとう。



「まだ早えんだよ」








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