10.月と太陽の出会い |
-- side 被験者イオン -- 預言なんてものがあったから、僕は幼いころにダアトに金で売られた。 物心がつく頃には次の導師となるようひきとられ、教育をされていた。 そんなとき、偶然にも“詠んで”しまった預言は、自分の未来。 そこには「死」がかかれていた。 みた瞬間、おかしくなって腹を抱えて笑ったのを覚えてるよ。 だって「死」預言はないんだとばかり思っていたし、自分自身の預言がよめるなんて誰が思う? ひらいてみたらこれだ。 死のかかれた預言は存在しないんじゃなく、人の口にあげられなかっただけだ。 僕が次期導師として売られたのも死ぬこともすべて。すべて決まっていたというのか。 それともこの預言を読まなければ僕は生きていられた? ああ・・・。 もう。どうでもいい。 だって僕はどうせ死ぬんだ。 何をしたっていいだろう? 思わず口が持ち上がるのをやめられない。 僕はこの期に、預言を残したユリアに対し、謀反を起こすことを決めた。 その日にに死ねばいいんだよね。 だったら、それまでに何をしてもいいだろう? だって、預言には日々僕が何をするとかまでは記されてないんだよ。 それに、“絶対”であるはずの預言には、なんで死ぬのとかかいてない。 固有名詞さえ預言には書かれない。預言に名前が書かれていてもそれは、あいまいな表現。たとえばどこぞの王国の王子のように「ルーク」という名があっても預言では「聖なる焔の光」とか、預言には固有名詞はかかれない。 現に僕が垣間見た預言は、“幼い導師”が死ぬとは書いてあるけど、そこまでにどうやって死ぬとかなにをして死ぬとかはいっさい書かれていない。 あながち職をなくすという意味で“導師”とかかれているだけということかもしれない。 そう。預言には、ねらったようなピンポイントで何月何日に何をするとまで書かれてはいない。古めかし言い回しでかかれているから、とるひとによって感じ方も取り方も異なる。 言い回しも示すもののも何もかも神秘というベールを装って覆い隠して、すべてがあいまいなんだ。 預言どうりうにするならば“幼い導師”が定められた期間に死ねば、問題はないわけで。 つまり、これから僕がなにをしようと構わないということ。 だってかかれていないんだから。 それに。僕が導師だ。 どうせ「預言にそうあった」とでもいえば、うるさい古びた豚どもはなにも言ってはこないだろう。あと髭。 さぁ、なにをしてやろうか。 ********** 僕が死ぬまでにはかなりの時間がある。 期限と目標が決まれば、十分だ。 ずいぶんと心にゆとりができた。 なにをしようか。 まずは教団のなかを隅々まで探検してみようか。 そんな欲求があふれた。 もちろんそれに意を唱える者もいた。 預言を盾に邪魔はさせなかったけど。 気分が少し腫れて、よくよく周りを見渡せば、人の話を聞きゃーしない豚、おっと間違えた。モースが、私利私欲に金を食いつぶそうとするわ、髭が騎士団員たちの給料を横領しまくっていた。 地位が邪魔をして誰も手が出せないようだ。 その現実に、思わずニッコリと笑顔で微笑んでしまった。 それがいらだちの限界の合図だっと理解もしないバカどもは、僕がやつらの言うことおとなしく聞いていると思って、ベラベラとよくしゃべった。 それをわからないとしらぬぞんぜぬと、こどものふりをしながら受けながし、大声で話された悪気地や裏情報はこっそりトリトハイムの書類に資料として混ぜ込んでみたり、ちくったり、あらぬ噂を信者になにげなく流してみたりと、地味な嫌がらせを決行した。 死ぬ預言があったからと、勝手に出兵させようとする太った豚には、兵を別の任務に就かせるという名目でごっそり奪ってやった。 それから、どこまでダアトくさるかを見るのも胸糞がわるくなってきたころ、気になったのはヴァンの行動。 金を横領している奴らはほかにもいるが、際立っているのがこの二人。 ぶ、ロースは、預言預言と預言に忠実にあろうと、キムラスカに足を運び始め、最近ではダアトにあまりいない。つめのあまい豚だ。大量殺人や大事になって、それが預言だからですまされないときが多々ある。 大事になる前にその尻拭いをしてきた。強要したわけでも承諾した覚えもない事柄ばかりだ。 しかしヴァンは、モースと違って“動かない”のだ。 それがよけいにおかしく映る。 ヴァンが、ダアトの金をかなり横着して何かを造っていることは知っていた。 どうせ数年で自分はこの場所を去るのだ。死ぬにしろ生きるにしろ。だからダアトがどうなろうと、しったことではなかった。 今までは興味がなかったから放置しておいたけど、ダアトに僕の知らないところがあるなんてむかついた。 ヴァンが主に使っているのは、研究所がある一角。あとは、そのさらに向こうにある兵士達の移住区。 ヴァンなど、なにをするにも責任が伴う役職の者は、個別に一角をもらえるらしい。 その場所に導師は踏み入れてはいけないと、モースにもヴァンにもいわれている。 危険だから。だってさ。 ばかばかしい。 なにが危険なものか。危険にさせてるのはお前たちだろうと言いたいのをこらえる。 考えても見ろ。ここはダアト。戦場でもない。さらに、そこは訓練場でもない。ただの宿舎だ。寝床が危険?それはつまり“そこ”でなにかをしていますよと言っているようなもの。研究所だって、この宗教団体のトップである僕に“なにをしているか”報告しないのもあからさますぎる。「うたがってください」と言っているようなものだ。なぜって、僕に“報告しない”ということは、僕が【導師】であることさえ忘れて、僕をなにもわからないただのこどもだと見下している証拠。 この場で一番権限があるのは、【導師】であるというのにね。 すこしダアトの権力情勢をすれば、だれにでもわかる。 あの場所に、“僕に”見られたくないものがあるということぐらい。 隠すならもっとうまくやれ。 こどもだからとなめないでほしいものだ。 たしか訓練所の地下には、罪人を捕まえる牢もあったはず。 僕の目的地は、最近そこにあるであろう“なにか”をみることだ。 大見えきってそこへ入ろうとしたら、豚…モースにとめられた。 いわく「預言をよめてもあなたはただの子供でしかないのですよ。導師には危険ですから」とのこと。そう言ったモースの顔は、あからさまで、「預言をよむしかできないたかがこどもはくるな。邪魔だ」と、分厚い脂肪のあふれた顔が語っていた。 顔に本心が出すぎだ。言葉より有言である。 あと、「預言を読むしか能がない」というならその預言さえよめない貴様は、肥えたただの家畜だと言いたい。 言わなかったけど。 ちなみにヴァンの方は、これまたちがった意味で「くるな」と言ったのをしっている。 ハムカツロースだかしらないけど。ヴァンであれ、モースであれ、彼らは“知らな過ぎる”。あれらは、どちらにせよ地位に物をいわせてるだけの人間だ。 「一度も戦場に出たことがないから」と「ただのこども」とこちらを馬鹿にしてるのも知っている。 だが【導師】がどういうものか、しらないから「危険だ」などと言えるのだ。止める言い訳をするのならば、もう少し脳みそを使ってほしい。 そもそも代々導師が受け継ぐダアト式譜術とは、【導師】というぐらいだから神聖でたおやかなイメージがあるかもしれないが、治癒術とか援護系の能力を上げるような術しかないと思ってたら大間違いだ。むしろ治癒能力は無い。メインの術は攻撃呪文ばかり。それに体術が混ぜ合わされた攻撃に特化した一種の武術だ。 ぶっちゃけ本気で闘えばそこらの一般兵や、歌を歌って時間ばかり食っている詠師らなんて目ではない。それが【導師】だ。 ハムカツロースどもは【導師】にかかわるものを美化しすぎている。外見だけで弱いとかバカの考えだ。たしかにはかなくておとなしくて優しければ、そちらの方が神聖視しやすいだろう。神聖視させることでより、一般人を遠ざける。そしてより金が入るという算段でもあるだろう。それにくわえ人形のように【導師】に知恵を与えず、自分が実権を握ってうまい汁を吸おうというのが、目に見えるようだ。あさましい。 ましてや守護役が全員女って、どうなんだろうそこのろころ。たしかに見目はいいけど、こういう場合は導師に間違いをおかさせないために、男が適任だと思う。 逆に女だけってさ、導師【に】間違いを犯させたがっているか、導師を早死にしてほしいように聞こえる。そもそも女の方が男より立場も体力も弱いのに。どうやって守るんだろう?一人の導師を壁のように四方を大人数で埋めて、敵から守るのか?だったらうっとうしい壁を作られるより、たった一人が警護についてくれた方が楽だ。 たとえば、僕に刺客がむけられたとき、相手が大男だった場合、どれだけ強い彼女達でもはたかれたらそれだけで「きゃぁ」と悲鳴をあげて吹っ飛んでくんだ。女の子は体が軽いからね。・・・・・・守れてないよなとか思うんだ。 ま、どうでもいいけど。 故意であれ、事故であれ、おそかれはやかれ僕は死ぬだけだ。 あんな地位に過信した豚や、盾になりもしない守護役らに守られてやる義理もないし。 あまりに暇だったのと、隠し事されるのがむかついて、守護役という名の監視役どもをまいて、こっそり立ち入り禁止のあの場所に入り込んだ。 「おかしな音素の揺れはここからですね」 しばらく前から感じていた揺れ。 僕が導師だからか、預言なんてモノを詠めるからか。僕は人よりも少しばかり音素に敏感だった。 ただの豚と髭ごときが、僕をだませるはずがないんだよ。 くすり。 僕は気配を殺して、その“地下”への隠し扉の入り口を開いた。 最近もよく使われているのだろう。 そこへと通じる道に、埃は積もっていなかった。 さぁ、下にはなにがあるか。 お前たちが隠すもの。見せてもらおうじゃないか。 ********** 出来るだけ気配も足音も消して、ゆっくり廊下を壁伝いに歩く。 入り口にでも見張りがいてすぐに見つかって連れ戻されるかと思ったが、予想外に誰もいない。 ヴァンはよほどこれを秘密にしたいらしい。 誰も気付かないわ、髭の弱みを握れると思うと、このばかげた冒険も楽しくなってくる。 「ああ、これがハムロースカツが言っていた地下牢か」 秘密だと思われる隠し通路は、地下へと続いていて、廊下の一部屋をあければそこはじめじめとした牢屋が並んでいた。 きっと奥にあるあそこが、研究室だろう。 研究室からは、微かに光とともになにかの機械音が聞こえるから、けれど目的のものは多分そこではない。 僕はひとつ頷くと、研究室ではなく、牢の方の扉を少し開け、その隙間から身体をすべりこませる。 牢にはうすぼんやりとした光源が一つしかない。 ほかには目立つものはない。 あるのは暗闇だけだ。 僕は並ぶ牢の一つにまず足を運ぶ。 あっちの研究室とを行き来した跡が、そこだけ汚れていて目印となっていた。 「――ねぇ、いるんでしょ? でてきなよ。髭と樽が言っていた極悪の囚人が入る場所なんでしょここ。顔ぐらいみせなよ」 極悪人かなんて知らない。それを冗談として語る僕は、きっとひにくった笑みを張り付けていたに違いない。 それは、ヴァンなんかにとらわれてる“なにか”に対して、僕はヴァンを重ねてみてしまったのかもしれない。そんなヴァンへの憎しみか。 それともこの牢に閉じ込められた“なにか”が、預言というものにとらわれた僕自身と重なったのか。 牢の中に広がるのは、暗闇でよくわからない。 返答はない。 けれどそこに“なにか”がいるのは、本能的に理解しできた。 耳を澄ませば、なにかの気配と息遣いが聞こえた。 「・・・」 でもその感覚に違和感を覚える。 これは本当に、“正常に生きているもの”の息遣いだろうか――と。 「・・・あの、大丈夫ですか?」 『・・・ん・・ちょっと、待って・・・・・』 なにかはわからなかったけど、胸騒ぎがした。 気が付けば、見えない暗闇に向かって声をかけていた。 返答があった。 かすれたような、ききとるのもやっとのそれ。 それとともにもぞりと闇が動いたかとおもえば、牢の中からじゃらりと鎖の音がした。 じゃらりじゃらりと何かを引きずる音。 どうやら鎖につながれているらしい。 『・・・だ・・・れ・・?』 「!?」 そこにいたのは、赤だった。 見たことも無いほど鮮やかな濃い赤い髪に、闇の中でも強い意思を乗せ輝く深緑の瞳。 どこかしたたらずな発音に眉を寄せるが、その口調とは裏腹に彼の思考はずいぶんしっかりとしている。 ちぐはぐなそれに、この暗闇の向こうにはなにがいるのだろうと疑問が浮かぶ。 鎖を引きずる様な音は途中でとまり、まだ手が届かない。 こちらからは陰になっていて、檻の中に何がいるのかはいまいちわからない。 けれど向こう側からは、光源の位置からか僕の姿が見えたようだ。 驚いたような息をのむ音が聞こえた。 『イ、オ・・ン?』 「どうして僕の名を?」 赤色は、不思議そうに眼をパチパチと瞬くと、ふにゃりと困ったように笑った。 『ああ。・・ごめ、ん。あんた、は、【導師】・・なんだな』 知り合いそっくりで間違えたと笑ったその瞳は、僕がいままでみたこともないほど優しくて、けれどそこに一瞬だけ悲しみが宿っていた。 僕をみてるのに、その緑は僕を見てはいない気がして 「そいつは、僕に似てたの?」 『そい、つ?ああ。“イオン”の、こと。きにした?ごめ、ん。な。似てなんか、いない。よ。 ここが暗いからかな。髪の色が似てたから、ちょっと、間違っただけ』 「その子はどうしてるの?君がここにいるの、知ってるの?」 『もう、いないんだ。おれの目の前で、死んじゃったから』 「ごめん」 例え、同じ道をたどり同じ場所で出会えたとしても。あのときであった彼ではないから。 もう一度、出会えたとしても。 おれを覚えていない彼は―― おれの知る彼ではないから。 もういいんだ。 ――そう、さびしそうに笑う赤色は、なんだか子供らしくなかった。 言っていることは、あまりよくわからない。 けれど赤色が会いたがっている“イオン”というのが、もうどこにもいないのだけはわかった。 思わず、手が伸びていた。 痛んだ赤色の髪にふれる。 それでもまだ姿は見えない。 あと一歩距離が足らないのだ。 この赤色はきっと光の中にいるべき存在だ。なのにまだ影の中に息をひそめるようにそこにいる。 驚いたような緑の目とかちあう。 「僕は・・・」 『どうしさま?』 「僕は、僕だ。きみの“イオン”にはなれない。 けれど、僕じゃ、だめ?僕とも友達になってよ」 ともだち。そう自分の口から出たことに驚く。 そんなものも家族の愛もしらない。 単語としてだけしかしらない存在。 けれど、心がざわついた。 どうしようもなくて、この赤色に僕を認めてほしくて、気が付いたら牢の中へと手を伸ばしていた。 そうのばした手が、そっと赤色の彼ににぎられる。 そのまま温もりを感じようとするかのように、握られた僕の手は、かさついた彼の頬にあてられる。 その目がひどく愛おしそうで、嬉しそうにやんわりと笑うものだから僕まで嬉しくなる。 「きみの“イオン”が、きみとどうやって会ったかなんて知らない。代わりになってやることもできないし、代わりにもなりたくない」 『うん』 「きみが“イオン”を忘れられないなら、僕をイオンってよばないでいい。僕はその子に、“イオン”の名前を譲る。僕は違うんだって、きみには違う名前で、呼ばれたい」 『うん』 「けど、この場所できみをみつけたのは僕だ。その僕という存在と」 『うん』 「・・・・・・友達になってくれますか?」 『もちろん。ありがと・・・オレの、あたらしいともだち』 ふいに泣きそうな声が聞こえた。 ペタペタじゃらりと音がして、顔を上げればさっきよりも近くに彼がいる。 よくよくみれば足は裸足で、足首と手には鎖がつけられていて、鎖の一部が部屋の隅の鉄輪と繋がっている。 先程の音はこれだ。 ボロをきていても凛とした佇まいはみほれてやまない。 そのいでだちに思わず息をのむ。 自分と同じか少し上ぐらいのこども。 その子供がなぜ。 しかもどこからどうみてもこれは・・・ 『っ!』 がしゃん! 「きみ!?」 ふらりと倒れるように柵に寄りかかるようにしてしゃがみこんだ彼を見て、今更ながらギョッとする。 顔色が悪いとは思っていたが、顔からは血の気は失せ、ボロからのぞく両腕からはいまだに血が流れでている。 爪ははがれ、一部は割れ、治りきっていない怪我だってあちこちにあった。 「早く手当を!」 おかしいと思ったんだ。はじめこの牢から聞こえていた荒い息遣いといい、かすれたような声といい、死んだように静かな空間といい――。 ああ、もう!なんで最初に気付かなかったんだ!これだけの怪我だ痛みに気絶でもしていたのかもしれない。見も知らぬ“イオン”なんかに嫉妬してる場合じゃないだろ僕!いまさら後悔したって遅いじゃないか。とにかく医者を呼ばないと。 あわてて外に飛び出て医者を呼ぼうとしたら、牢の中から色の白い細い腕がのばされる。 服の裾をクイッとつかまれ、ひきとめられる。 『・・いい。よぶな』 「でも!」 『だい、じょうぶ・・・だ、から』 「そんなわけ!!」 そんなわけないだろ!そう叫びそうになったけど、彼の緑の目を見たら、それ以上、言葉にすることも動くこともできなくなった。 まっすぐな瞳が、僕が動くことを良しとしなかった。 「本当に、大丈夫・・・なんですか?」 これが最後の質問だと、視線を合わせるようにしゃがんでから尋ねれば、「ああ」と元気な返事が返ってくる。 嘘だとすぐに気づく。思わず眉間にしわが寄ってしまった僕に、檻の中の人はおかしそうに笑った。 疲れてるはずなのに、なにがあってこんなめに合わされてりうか知らないけど、大丈夫なはずなんてないのに。 『気に、しなくていいぞ。超振動の制御に失敗しただけだから』 ちょうしんどう? え? ちょ、ちょっとまって。ちょうしんどうって、まさかあの《超振動》のこと? 気にしなくて・・・って、無理だよそれ!! 「どんな実験されてんのきみ!?」 そもそもがおかしいだろう。この容姿の色合いからいって、キムラスカの王族に連なる者だろう彼は。 赤い髪、緑の目。この二色がそろって現れるのは、第七音素の祝福を受けた一族の証。 普通であれば血縁関係あれば色はひきつがれる。けれどこの二色が同時に顕現するのは、ローレライの加護を持つ者だけ。 だから、今の世ではとある王族だけしか持つことのない色として言われている希少な色だ。 けれどこれがローレライの加護によるものだと、このことをしるのは導師だけ。なぜならば、その2色こどが、ローレライのもつ色とおなじものであるからだ。遺伝で引き継がれることがないのをローレライによって約束された色だから。その一族の遺伝子と加護を持っていなければ、この二色は同時に顕現しないよう世界のしくみができている。 導師だけがしりうる秘話や、術はたくさんある。 そのなかのひとつにキムラスカの王族の"色"についてがあった。 つまり目の前の彼は、確実にキムラスカの王族であるはずなのだ。 恩恵のしかも《超振動》の実験?単独でそれを起こそうというのか。それとも機械との結果で?本当にヴァンがなにをしたいのかわからない。 僕が呆然としていると、彼は疲れたような雰囲気を残しつつも平気だとばかりに、手をパタパタと振って笑う。 『単独の実験だぜ。そうすると、身体中が光って力があふれ出る。 でもさ全身発光して力が放出されるより、腕から光線ビーってだした方がダサくないじゃん』 さも楽しげに語る者だから、その腕につい視線を向けてしまう。 たしかに。片手だけが重傷だ。 「その腕って、まさか“それ”だけの理由なの?」 『おう。とも、さ。ダサイのはよくない』 「でもけがの手当てくらい」 せめて少しの回復を。 そう思って手を伸ばそうとしたら、腕を引っ込められてしまう。 『だぁめ。お前はオレに触っちゃだめ』 またあの目だ。 優しい目。母親のような慈愛に満ちたそれ。 やんわりと微笑まれて、心配ないよとばかりに、逆に頭を撫でられる。 「意味が分からない。きみ、マゾなの?」 『好き好んで一目を見たいわけじゃないぜ。でみあんたは“わかりたくない”の間違いだろ? だいじょーうぶ。これからちゃんとオレの怪我を見てくれる人が来る。だけど治っていたら誰かが来たとばれてしまう。だからこのままでいいんだ。 それに【導師】がこのことに気付いてるって、まだ、ばれちゃだめだろ。ここにいたことがばれたらだめだ。だからオレはこのままでいい。 時期に、ひとがくる。逃げて』 そう言ってへにゃりと笑った彼は、もうきちゃだめだよと、僕の背をおした。 いそいで。 その声に促されて走れば、すぐに彼の言葉通り人の気配とだれかの話し声が聞こえてくる。 とっさにあいていた牢のなかにとびこんで、その暗がりに息をひそめる。 じゃらりと音がして、牢の檻に寄りかかっていた赤い彼が、奥へと戻っていくのを感じる。 声の主たちは赤い彼の様子を見てはああでもないこうでもないと口論を交わしていて、僕はその隙に扉から抜け出た。 その後、だれにもばれることなく外に出た僕は、ふとまだ彼の名前さえ聞いていないのを思い出した。 けれど同時に思いあたることもある。 彼の容姿、《超振動》を単独で使えること。それから察するに、あの預言に読まれていた“キムラスカの王族に連なる子”だろう。 《超振動》が使えるからヴァンにさらわれたのだと仮定すると、彼の本名は〈聖なる焔の光〉。 そうなら彼がここにとらわれているのはおかしなことだ。 彼はまがりなりにも王族だ。 「・・・僕の、勘違いでしょうか?」 赤い髪と緑目が、かならずしもキムラスカの王族だけとは限らない。 ただ、もし彼が本当に〈聖なる焔の光〉であるとするならば、彼を“ルーク”と呼ぶことはできない。 僕が彼のことをしっているとヴァンやモースに知られるわけにはいかない。 ばれてしまえば、僕をかばった彼に申し訳ない。 僕は、僕以外の“イオン”を彼がイオンと呼ぶのなら、僕は僕だけの名前で呼んでほしい。 ならば、僕も彼に、僕だけが呼ぶ名を与えよう。 「そういえば、まだ名前もなのってなかったですね」 また会いましょう焔の子。 それまで待っていてください。 ―――――それが、僕と彼の出会いだった。 |