00.某暗殺部隊のボスは死んだ |
オレは死ねないもの。 ひとはオレのことを転生者と呼ぶ者もいる。間違った呼び方じゃない。 なぜなら左の薬指にはまった青い指輪に、あるひとの魂が封じることを条件に、オレに魂の死は訪れなくなったから。 どれだけ魂が砕け摩耗しようとも、魔女との契約の指輪による「なんらか」の作用が働き、結果、オレは再生してまたどこかに生まれてしまう。 もう幾度転生を繰り返したかは覚えていない。 そこまで人生を繰り返すとさすがに精神がおかしくなりそうだったが、側に寄り添う温もり(指輪に宿る魂)のおかげでオレは自分と言うものを保っていられる。 魔女との契約の指輪は、まるで海をそのまま形にしたような青色で、そこにはオレが〈セカイ〉と呼ぶ男の魂が宿っている。 そして、たとえオレが死んでも、生まれても、気が付けばこの指輪はいつも左手の薬指にぴったりはまっていた。 それだけが死と生の繰り返しの中に身を置くオレが唯一持って行けるもの。唯一の心の支えだった。 今度もまた魂が消える前にすくいあげられ、どこかに生れ落ちるはず。 きっとそのときもまたこの指輪はともにあるのだろう。 指輪に宿る〈セカイ〉とともに。 -- side 夢主1 -- ほんの数刻前までのオレは、XANXASと呼ばれていた。 またの名を『黒筆 (クロフデ )』という。 ほんの少し前まで【家庭教師ヒットマンREBORN!】という漫画の平行世界で、ヴァリアーという暗殺部隊のボスをしていた。 簡単に言おう。 前回は、“成り代わり”だった。 そのときのオレはたしかにXANXASだったが、同時に『黒筆 』でもあった。 その世界でオレは、特質した何かをしたわけでもなく、ただ自分の好きなようにしか生きていない。 元ネタが漫画の世界だろうと関係なく、生きた。生きて生きぬいて、自由を謳歌した。 そう。原作をとことん無視して好き勝手に生きてきたのだ。 そのせいで、オレが生きたその世界は、原作とはずいぶん異なった世界となっていた。 たとえば、オレが成り代わったXANXASは、主人公沢田綱吉の敵であった。 しかしなんやかんやで、綱吉はオレの義弟となり、オレはXANXASとしてすごした。 そこからして原作と違いすぎる。 その後、オレは主人公を見事マフィアのボスに君臨させたあと、あっけなく死んだ。 救いだったのは、オレの死因が「病」であったことだろう。 そうでなければ、オレを慕ってくれた子供たちが泣く。 それだけでなく、これが殺人だったりしたら、今頃オレの家族や仲間が暴走していたのは間違いない。 なぜか原作で敵対していたはずの主人公サイドのこどもたちになつかれまくっていたのだ。 なので、死因には、ほっとしている。 死後の自分など見たことないからわからないが、魔女の契約の指輪は、向こうの死体にはないかもしれない。 あれだけは肉体ではなく、オレの魂を縛るためだけにあるので、指輪は常にオレの魂に寄り添って存在する。 さて。死んだにもかかわらずこうしてまた意識があるということは、どうやら今回もまた輪廻の輪に入いれなかったらしい。 理由はわかりきっているが。 『魔女の契約すさまじし』 肉体を持たない状態で、いづこかを浮遊中。 この感覚はあまり好きではない。 時間感覚が分からなくなると、自分がなんなのか、生きているのか死んでいるのかもわからなくなってくるからだ。 最終的には、そのまま気が狂いそうになるのだ。 けれどそういう時は、あの契約の指輪のことを思い出す。 肉体はないが、この魂のうちにあの指輪と同じ魂の気配を感じるので、少しだけほっとする。 あれはオレにとって“なによりも大切の魂”が宿った指輪。 それの封印を解いても中にある“大切なもの”がなくならないように、オレの壊れかけの魂を安定させる役目を持った―― 次元の魔女によってつくられた指輪。 それは肉体ではなくオレの魂と共に在り、どの世界にもついてきた。 これを作る代償として、オレは本当の意味では死ねなくなったのだ。 それでもいまだに前向きで頑張れるのは、“これ”があるから。 だから…大丈夫。 何度も転生するのはかなり疲れるけど、まぁ、それでもいいかと。 こうして輪廻の輪からはずれて、転生を繰り返す。 転生も死ぬのももう疲れた。 ならば、死にたいのか?そう問われると困る。 オレの場合「生きてる限り、死にたくはねぇな」と、答えを返すことだろう。 オレはきっと、いざ死ぬというときになれば、あがくのだろう。それは必死すぎて、きっと見苦しいほどに、そうやって生にしがみつくにちがいない。 ――死にたくない。 なぁ〜んて、死ねないくせに、普通の人間らしい考えがまだあるらしい。 けれど、同時に思うのだ。 今度こそと思ってしまう。願ってしまうのだ。 今度こそ、あとくされなく、記憶も何もかも残さず、魂ごと消してくれと思ってしまう。 ――オレの存在を消すのでもいい。 オレの魂から記憶を消すのでもいい。 生きるのに疲れてしまったんだ。 今度こそ、普通にまっしろで生まれ変わるか、いっそのこと雪のように溶けて世界の一部にでもなれればいい。 消えることができればと。 消してくれと・・・。 死の刹那には、願ってしまうのだ。 それでもオレは人間らしく、意地汚いので、あきらめが悪いんだ。 こうして死後にも意識があり、また生まれてしまうと簡単には死にたくないと思ってしまう。 まぁ。しかたねぇよな。 それが人間というものなんだから。 ――・・・ク・・――わが、・・・ぃこ・・よ・・・・・ 真っ白で、自分が本当にいるのかもわからなくなるような空間で、ふいに声が聞こえた気がした。 だれだ? よんでるのは? 今回の「死」は、意識だけがそこに存在していた。 どこか“ありえない”ような空間をひとりでずっと漂っているような、そんな感覚だった。 このままオレの意識が消える気配がないから、たぶんまた記憶を持ったまま転生するのだろうと思っていた。 その矢先、自分を呼ぶような“声”が聞こえたのだ。 オレを呼ぶそれは明確な声ではなく、音叉を鳴らしたかのように不明瞭な音でありながら、この空間に思念として響き渡って、オレを呼んでいる。 しかし目を開けようにも目はなく、体を動かそうにも指もても感覚はない。 ただそこにオレという意識、つまり魂が浮かんでいるような――そんな感覚しかここにはない。 ――我が愛し子 我が半身よ・・・――― そんな場所でふわりとオレを包み込むような何か大きなものの気配を感じた。 優しい温もりは、まるで母親に抱かれているかのようで、母の心臓の鼓動の代わりに聞こえるのは、様々な“音”。 けれどそれは雑音にはならず、かわりに子守唄のようにオレを満たしていく。 《・・・・・・を覆すこと驚嘆にあたえする。我が愛し子よ。そなたの願い叶えよう》 ねが・・・い・・? そんなものあったかな? いや。どうせオレのことだ。 「生きたい」か「死にたい」と、そのどちらかを願ったことだろう。 これは死と誕生を繰り返すオレのいつものこと。 だけど今回は、神様らしきなんらかの存在の手を使ってオレは転生されるようだ。 ただこの声の主が神かなにかは、さっぱりわからないから微妙だけど。 まぁ、信じていいとは思う。 そうだな。 オレは――もう一度“生きたい”よ。 《そうだ 生きよ 今度こそ――》 そこで声はとぎれたが、代わりに途方もない光と音の本流にのみこまれ、自分が世界に響く自然の一部、その梢が奏でる波紋の一部になったかのように音に押しつぶされた。 生きよ―― 《お主らは一人の人の子として――》 今度こそ我が半身たるお主らに幸多からんことを。 幸せであれるよう。 お主自らが道選び取っていきてほしい。 そんな強い意志と切実な声が、オレの中に音として響き、心を揺らす。 死んで意識体だか魂だけで浮いていたオレは、意識がとぎれる寸前まで考えていた。 『ん〜む』 あのさ。 オレ、転生するたびに苦労ばっかりして、騒いだりわめいたりしてるけど――幸せじゃないなんてことは一度だってなかったはずなんだが・・・ だけど声の主は、“オレが不幸だった”という。 なんじゃそりゃ? 思わず首をかしげるような気持ちで考え込んでいたら、最後の音が空間に響き渡った。 《目覚めよ 我が半身 [聖なる焔の光] よ》 ぶっーーーーー!! 最後の思念が荘厳なる鐘の音のような“音”として空間に響いた瞬間、オレは身体がないのも忘れて思いっきり吹き出した。 笑うとかそういう意味じゃなく、驚きすぎて茶を飲んでいたらそれを吹き出したような・・・そんな感じで。 え。えっとごめん? その・・・オレ、〈憤怒の炎〉しか使えないんですけどっ!! [聖なる焔の光] って――うん。“あれ”ですよね。 ええ、わかります。 わかりますよ。 詳しい内容までは存じてませんが、“あれ”ってのはわかる。 それ、間違いなく前世でオレ達イタリアマフィアが覚悟と共に出していた〈死ぬ気の炎〉のことじゃねぇだろ。 ああ、これはやっぱりあれだよ。うん。 やばいなこの展開は。って、やばい………のか? うん。とりあえずあれだよ。 ねぇ、そこの神様モドキ。ちょっといいかな。 人、いや――“ほのお”違いです。 ※【家庭教師ヒットマンREBORN!】のXANXASだったアザナがやってきたのは、『死ぬ気の炎』とは別の『焔』と音が世界を織り成す世界。 さぁ、もうひとつの『ほのお』の物語が始まった。 それはたくさんのイレギュラーが重なり合った逆行物語。 死んだのは、逆行したのはいったい誰なのか。 次回へ続く... |