不思議お兄さんは何役者?
- ポケット モン スター -



劇場版 『七夜の願い星 ジラーチ』 1話





それは一匹のポケモンとたくさんの人の願いが入り乱れた七日間の――“軌跡”。





 -- side サトシ --





ハ「ねぇ、千年彗星ってどれなの?」
マ「彗星が見えるのは明日から!」

タ「もうすぐお祭りが見える場所だぞ」
サ「ようし!おれが一番乗りだ!」
ピ「ぴかっ!」

ハ「あ、まってよサトシ」

サ「あ…」
ハ「どうしたのサトシ?」
マ「おねえちゃん、あれ!」

タケシ、ハルカ、マサト、おれの四人は、その日、千年に一度、七日間だけ現れるという千年彗星を見るために、タケシガイドのもと、もう日が沈んだのも構わず歩いていた。
千年彗星にちなんだお祭りがあるという場所を一望できる丘まで来て、オレたちはそこに先客がいるのに気付いて足を止めた。

サ「あれ?あそこにいるの…もあしかしてレッド、さん?」
ハ「どれどれ。あ、そうかも」
タ「あっちにいるのはグリーンだな」
マ「なにしてるんだろ」



「いいかげんにしろよレッド!!!」


ここまで響いてきた――怒りと悲しみとかやせなさとか。そういったものがすべて混ざったような…グリーンさんの悲鳴に似た怒鳴り声に、あまりの声の大きさに、自分たちが怒鳴られたわけでもないのに思わず肩がビクリと揺れる。

ハ「な、なんなのよぉ〜!?」
タ「いかない方が…よさそうな雰囲気だな」
マ「う、うん。ぼ、ぼくもそう思う」
サ「あっち!ちょうどいい岩があるぜ!あそこなら二人に気付かれないよな」
タ「そうだな」
ハ「こ、こわかったかも〜」
タ「しずかにな」


丘の上―――おれたちよりさきにいた先客は、二人の青年だった。
ふたりとも外見的には20代前半ぐらい。
ひとりは赤いベストに、サラっとした黒い髪。こちらからでは表情は見えないが、凛と背を伸ばしてたたずむ姿に譲らない何かを正面の相手に訴えているのがわかる。
その彼と向かい合っているのは、シゲルによく似た容姿だけど、もっと感情豊かな青年。彼も相方の赤い青年とおなじくなじみある格好だ。こじゃれたデザインの深緑のジャケットは同じような顔をしていてもおれの幼馴染みたるシゲルには似合わない。
しかし普段は温和そうな雰囲気の彼が、今日は信じられないほどの激情をあらわにしている。鋭い目つきで赤い青年を睨みつけていて、その目に強い怒りが浮かんでいるのが、こんな夜でもしっかりとわかる。それほどまでに彼は険しい表情をしていた。


レッドさんとグリーンさんだ。


なんだか割って入れる雰囲気ではなかった。
真剣な顔つきで話し合っている二人に、オレたちが口を挟めるはずもなく、結局オレたちは彼らに気付かれない位置で足を止め、岩陰に隠れて息をひそめるしかできなかった。


「・・・・な・・からっ!!!」
「・・ぉ・・・いっ!」
「・・・な・・だと!?・・るなよっレッド!!」
「・・!!」


なにか言い争いをしているようだが、あの怒鳴り声以降の会話は、距離があるせいかおれたちのもとには断片的にしか届かない。

二人の青年の側にいるフライゴンが、睨み合っている二人を心配げにオロオロと視線を彷徨わせて見ていたが、止めることもできない雰囲気にか、二人が言い争っている内容のどちらにも賛同できかねたのか――二人の口論が終わるのを待つしかないとばかりに、哀しげに瞼を伏せていた。


ハ「うぅ…なんか、空気が重いかもぉ〜」
タ「しっ!二人にきこえてしまう」
マ「なんだか言い争ってるみたいだね」

サ「……」
ピ「…ちゃぁぁ・・」


あんなに仲良かった二人がどうしたんだろう。
心配だ。
おれのピカチュウまで現状に、耳をペタリとくっつきそうなほど下げて、気付かうような不安そうな声を上げる。


そのまま様子をうかがっていたら。
ふいにグリーンさんが、レッドさんにつかみかかるのが見えた。
なぐるのか!?そこまではまずいだろうと、タケシがさらに肩をこわばらせる。いつでもわってはいれるようになのだろうが、最年長のタケシがそんな感じのため、おれやハルカにマサトまで緊張がつたわり、思わずごくりと生唾を飲み込む。
だけどグリーンさんは手を振り上げることはしなかった。
それだけの理性があったのか。もともとそういうひとなのか。
それでも二人の言い合いは落ち着く気配が見られない。 それにみているこっちまでハラハラさせられる。

「・・・・・・」
「っ!」

レッドさんが何かを告げた。 瞬間――


お前は馬鹿かっ!!! その意味が分かってるのか!!」


喧嘩らしい喧嘩をおれ達の前でしてみせたことのないふたり。そのグリーンさんらしからぬ行動にギョッとする。

胸ぐらをつかんで揺さぶるように。レッドさんの服には激しく皺が寄ってることから、相当の力でグリーンさんは服をつかんでいるとわかる。
それでもレッドさんはゆずらないみたいで、どれほどグリーンさんが言い聞かせようと声を上げても、首を横に振るばかりだった。

「レッド!!」
「……」
「なんで!なんでなんだよ!なんでお前は……っ!!」
「…」


「くそっ!!ボクは勝手にさせてもらう!」


グリーンさんは苦虫を何匹もかみつぶしたような顔をした後、レッドさんが頷くことがないのをみて、いまいましそうに彼の服を離すと、モンスターボールをとりだしてそこから現れたピジョットに乗ってその場を去ってしまう。


マ「あ、いっちゃった」
タ「あの二人が喧嘩別れするだなんて珍しいな」
サ「なにかあったのかな」
ハ「ふぇ〜〜〜も、もう。き、きまずすぎかもぉ〜」

ハルカが泣きそうな顔でペタリと地面に座り込む。
だけどまだあそこにはレッドさんがいる。
声をあげようとしたハルカをマサトが人差し指を立てて「静かに」と合図すれば、ハルカは慌てたように口を両手で押さえる。

岩陰からこっそりとレッドさんの様子を窺えば、グリーンさんの去った方ではなく、そのさらに先の空を見つめていた。

千年彗星が明日になれば見えるはずの空。
レッドさんは、おれたちには見えない何かをその空に見てるんだろう。

今日はレッドさんらしいトレードマークの帽子をかぶってないので、サラリとした短い黒髪が、赤色のベストとともに風にあそばれている。
鮮烈なまでに赤をイメージさせる彼は、お祭りが見下ろせるはずのその丘の上で静かにたたずんでいる。
ようやく月の角度が変わって見えるようになったその目は、強い意志が宿り、月の光を反射して金が混じりの赤い炎のような色をしているのが暗闇の中でもわかる。その赤みが強まった瞳がさらに印象的だった。
その目が挑むように空を見上げていた。
常にそばいるはずのピカチュウたちはみつからず、かわりとばかりに彼の横でフライゴンが心配げに主をみつめている。

「くぅん」
「…オレはまだ…‥める・・・・には、いかない・・から…」

主を案じるように顔を近づけたフライゴンの頭をそっとなでると、レッドさんは「いくよ」とばかりにこちらに背を向け歩き出す。
そんなレッドさんに地面にでも落ちていたのか、彼のトレードマークともいえる赤い帽子を加えたフライゴンがそっとレッドさんの頭にかぶせる。
レッドさんは忘れてたとばかりにもう一度フライゴンを振り返り「ありがとう」と笑みを浮かべると、帽子を目部下まで深くかぶった。

きゅっとふかくかぶった姿は、なんだかこれからバトルをするときのような――そんな鋭利さがあった。
凛とした精錬された王者のような雰囲気に、空気はピーンと張り詰め、静寂で一瞬が満ちる。
まるでこの周辺の空気を支配し、清浄化していくような、そんな錯覚を受ける。

それにおれたちが圧倒されている間に、レッドさんはフライゴンに飛び乗るとそのまま崖から飛び立ってしまった。


グリーンさんに続いて、レッドさんと、二人の姿が完全にみえなくなったところで、おれたちはようやく息をつけた。
あまりの緊張状態に止めていた息を吐きだすような気分で、全員がはぁーと巨大な溜息ついた。
ハルカもマサトもすっかり疲れ切ったように地面に座り込んでいる。
かくいうおれもピカチュウもその場にしゃがみ込んだら動けそうもないほどなんだかどっと疲れた。

ハ「もう〜なんだったのぉ」

ハルカの言うとおりだ。

タ「ひとまずはお祭りだな。あの丘の下でやってるはずだからそこにいこう」
ハ「そんなのいいから休みたい〜!!」
マ「ぼくちょっと動けそうもないよぉ」
タ「七日間祭りはやってるはずだから、休憩所もあるはずだ」
ハ「なるほど!さっすがタケシ!頭いいかも!」
サ「う〜・・おれももう限界
タ「もうすこしだから頑張れ三人とも」
サ「…なぁ。結局グリーンさんもレッドさんもなに話してたんだろうな」
マ「う、うん。さいごはなんかキキセマルっていうの?怖かったもんね」
タ「その話は後だ」
ハ「そうよ!はやくいきましょう」
サ「そうだな」
ピ「ぴぃ〜か」


ぐったりしていたおれたちがタケシに背を押されて、先程までレッドさんたちがいた場所までいって、丘の下を見渡すも辿り着いた先には――

お祭りの光一つなく。
どこからどうみても何もない荒野が広がっているだけだった。

タ「なんにもない…」
ハ「ほんとうにここなの?」

呆然としているおれたちの見ている前の前で、ドドドドと大きな音と砂煙が遠くから上がり、それはお祭りの開催予定地に定子すると、明りがともった。
そうして光がポツポツと浮かびあがりはじめ、観覧車やメリーゴランドが組み立てられていく。

おれたちは慌てて丘を降りて次々組み立てあがっていく“それら”をみて――


「移動遊園地だ!」


お祭りの正体は移動遊園地であることが分かり、さっきまで沈んでいたおれたちの気持ちは一気に浮上した。
朝日が昇る頃には、何もなかったはずの場所にはたくさんの乗り物や屋台、サーカースのような大きなテントまで張られていた。

モンスターボルをモチーフにした観覧車。
オオタチの形のジェットコースター。
イルミーゼなどのポケモンの形をゴーカート。
ポケモンの気球とばかりの回転する乗り物。
七日間限りの線路が引き終わった荒野には、列車が走りだす。
すべての遊具が動きだし、たくさんの人が集まりだす。



日は昇った。





まぶしい朝日に目を細める。

――それは 空に輝く彗星のみせる一瞬のきらめき
怒涛のような、おれたちの一週間の幕開けだった。

たぶんその七日間を
ひとは“奇跡”って呼ぶんだろう。









ネガイ ヲ カナエタ ノ ハ ダァ レ ?








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