閑話 二つの旅立ち |
side サトシ .。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+ そのひとの姿を最後に見た時、いかないでほしくてずっとおれは泣いていたように思う。 泣き止まないおれをみて、そのひとはずっと大事にしていた赤い帽子をとって、おれにくれた。 ずっとほしがってただろう? そうだけど。 こんなタイミングで、わかれのように、ほしくはなかった。 あのひとの帽子はおれには大きくてブカブカで、ズルリと落ちてきて前が全く見えなくなった。 そんなおれにあのひとは苦笑して、やさしく帽子の上から頭をなでてくれた。 それがうれしかったのに。 あのひとは旅立つと言う。 しかたない。旅に理由があるのは知っていたから。 ――さんはすぐに、おれたちに背を向けて行こうとする。 そんな――さんにおれやママは見送るしかなくて。 でもそんなの耐えられなくて、待って!と、おれは声を上げて追いかけていた。 ――さん!約束だよ!!絶対だよ! そうだね。サトシが もう少し大きくなったら。 おお、きく?だったらもっとたくさん牛乳飲むよ! それじゃぁダメだ。サトシがポケモンを手にして、そうして、いつか・・・・・・サトシが・・・たら。必ず。 それまでにはオレも・・・をみつけるから。 ごめんね。 まって!――さん、ピカチュウ!おれも!おれも連れてって!ねぇ!! あのひとはなにをするって言った? なんでおれを置いていくの? なんで?なんで? 追いかけようとしたら、大きな帽子はすぐに風にあおられ飛んでいってしまった。 あわてて帽子を追いかけてつかまえたときには、ふりかえった先にもうあのひとの姿はなくて。 ママが、うずくまるようにして地面に膝をついて、空を見上げて涙をこぼして泣いていた。 ママがあのひとの名を呼んで涙こぼしたのは、それが最初で最後だった。 …あれは・・・ だれ、だった?…… 「…ふぁ〜。うー…おはようママ」 「あら。おはようサトシ。今日はめずらしく早いのね」 「うん。なんか変な夢見てさ…」 「きっとTVのみすぎよ。ここ最近ずっとポケモンチャンピョンの試合観てたじゃない。明日はポケモンをもらいにいくのでしょう。しっかり荷造りしておきなさいよ」 「うん。でも…夢にポケモンでたかな?」 「さぁ?ママはあなたの夢の中まではしらないわよ。それよりごはんたべちゃってね」 「はーい」 夢をみた。 懐かしいような、どこかせつない夢。 夢の中でオレは誰かを必死にひきとめようとして、あるいは、一緒について行こうとしたけれど、伸ばした手は届かなくて置いてかれてしまう。 赤い帽子が印象的だった。 あとは―― 「覚えてないんだよなぁ〜。どんな夢だっけ」 「もう。サトシ!ごはんさめちゃうわよ〜!」 「あ、ごめんママ!」 慌ててご飯を食べて、今日一日はどうしようかなと、きがえるために部屋に戻る。 そこで壁際にあったハンガーラックにある、赤と白が半々の配色のされた帽子が目に留まる。 ――ちがう。 手に取って、夢とは違う感触に首をかしげる。 それにこの帽子は、おれが千枚の応募はがきを出してあたった帽子で、ポケモンリーグ公認キャップのレプリカ。 なら今日の夢でみた赤い帽子はどこにいったんだろう。 しょせん夢のことなのか、それとも小さいときすぎてもうなくしてしまったのか。 「う〜ん。なんか、これとも違う気がする。まさか、本当にただの夢…とか? まぁ、いっか」 着替えを済ませて、外にでる。 ここはマサラタウン。 カントー地方の田舎にある小さな町。 だけど世界的権威であるオーキド博士の研究所もある。 しかもあのポケットマスターであるレッドさんの故郷でもあるんだ。 一度はこの地を訪れた人は、みんなこの地の空気はとても澄んでいると言う。 だから『白い(マッサラな)街』マサラタウンと呼ばれているらしい。 おれはまだ街から外に出たことがないからよくわからない。 でもあの世界的な有名人がここに住んでいたといわれても、この街のだれもレッドさんのことを口にしないし、レッドさんが住んでいた家なんて探してもどこにもない。 おれは今年で10歳になったから明日旅立つ。 その前にせめてあこがれのポケモンマスターがいた家とか、育った場所をみたら、少しは彼に近づけるんじゃないかと思ったけど。 おれが知る範囲に、レッドさんの痕跡はなかった。 ガッカリして家に戻ったけど、明日は旅立ちの日。 今日のショックも忘れて、結局その日は、旅の準備とどのポケモンをもらえるかで、胸がワクワクしてねむれなかった。 結局おれは、そのまま帽子のことも、レッドさんのことも忘れてしまった。 ――翌日、おれは一匹のピカチュウをもらった。 「いこう!ピカチュウ!」 「ピ!ピッカチュウ!」 それはきっと長い旅へのプロローグ。 ファンファーレは君のおれへの愚痴と、しびれるほど鮮烈な雷の音。 おれたちは旅の始まりにようやくたったんだ。 |