26.植物は強いんだゾー |
第32話 [人生はベルトコンベアのように流れる] より 記憶喪失らしい。 みんながぼくを「銀さん」と呼ぶ。 それは本当にぼくなんだろうか? ぼくは、いったい誰なんだろうって思っていた。 だけど。 それさえもわからない。 〔坂田銀時〕 ――それ以外に名乗る名前が浮かばなかったから、ぼくはその名をしばらく借りることにした。 『大丈夫。オレは折れてもまた枝は伸びるものだと思うぜ』 そんな誰かの声が聞こえた。 -- side 坂田銀時 -- ぼくは、無茶も何でもやりとおす人らしい。 甘いものが好きらしい。 ジャンプを毎週飼っていたらしい。 車にはねられたらしい。家賃を滞納していたらしい。 あそこは自宅兼職場らしい。家はロケットがおちてきたせいでなくなったらしい。 らしい。らしい。らしい。 ぼくがしっているのは、人から聞いた話ばかり。 あれがぼくの家だと示された場所には、なぜかロケットがつっこんで崩壊してしまった。 それでもなんの感慨もわかなくて。 自分のこともわからなくて。 だけど周りはぼくをその 〔坂田銀時〕 だと信じて疑わず、ぼくを彼と重ねるから。 ・・・嫌になったのかもしれない。 ぼくは自分が誰かもわからないのに。 カツラさんという人がぼくを洗脳しようとしたらしい。 もしかして、と・・・思ってしまう。 ぼくは本当は別の誰かなんじゃないかって。 だって、ぼくはみんなの言う 〔銀さん〕 のように、ロケットを木刀なんかではどうこうできなかった。 それで不安がさらに大きくなって。 誰も知らないところにいきたくなった。 家を失ったのをこれ幸いと、とりあえず、もうなにもかもなくしてしまったのだから、一からはじめてみようと思った。 「万事屋は、ここで解散しましょう」 そう告げれば、 〔銀さん〕 の仲間だという眼鏡君と女の子が、泣きそうな声で “だれか” の名を呼ぶ。 「う、嘘でしょ銀さん」 「銀ちゃん!」 そう呼ばれても自分じゃないような気がして、医者が言っていたように心に響くものはない。 やっぱり自分は 〔銀さん〕 ではないのかもしれない。 「・・・すまない。きみたちの知っている銀さんは、もうぼくのなかにいないよ」 だからそんなすがるような目をしないでほしい。 君たちに必要なのは 〔銀さん〕 であって、ぼくではないだろう? なんだかいたたまれなくなって、彼らに背を向けた。 けれどそんなぼくの行く手を遮るように、黒い着流し姿の赤毛のお兄さんが現れた。 たしか病院からつきそってくれていた、ひと―― えっと、名前は・・・そういえば、まだ、この人とは一言も口をきいていなかったのを思い出す。 カランコロンとゲタの涼やかな音を鳴らして近づいてくるそのひとは、 病院まで来たってことは 〔銀さん〕 の知り合いだろうから、赤い女の子や眼鏡くんたちのように、「思い出して」と言うのだろうか。 近づいてくる! ああ、また、言われるのだろう。 そう。構えていたら・・・ 『お前がそれを望むなら、やりたいようにやればいい。とめやしねぇよ』 カランとゲタを鳴らして、ぼくの横を爽やかな笑顔一つ向けて通り過ぎていく。 そのまま彼はカラコロと、眼鏡君たちの方に向かう。 「シロウさん!?」 「何言ってるアルか!?だって銀ちゃんがいないと!!」 『神楽。新八。無理言うんじゃネェよ。 医者も無理やり思い出させるのは、よくないって言ってただろ』 ちょっと距離があるから聞こえずらい。 でもぼくのことを話しているらしいことはわかる。だから思わず足を止めて彼らを見てしまう。 なにか駄々をこねる子供の様に声を上げるこどもたちに “シロウ” って呼ばれていた男の人が、なぐさめるように頭をぐしゃぐしゃとなでていた。 彼と二,三言話した子供たちの表情が変わる。 もう泣いてないみたい。 ちょっと、ほっとした。 それからすぐに彼の視線がぼくに向けられ、彼がまたこちらまで近づいてきた。 同じぐらいの身長。鏡に映ったぼくと同じくらいの年齢だろうに、もっと違うものを彼に感じた。 その手がこちらにのびる。 あの女の子の様に強くなでられるのだろうかと思っていたら、 『お前は自由に生きろ』 ふわり――と。 髪を撫でるように優しく、その手が頭に触れた。 あったかぁいなぁ。 『お前が生きたいようにすればいい。なぁに、帰りたくなったら帰ってくればいいだけだ。オレたちはいつでもここにいる』 それは、ぼくが病院で目覚めてから、聞いたことのない言葉だった。 「あんた・・・なんでそこまで」 ふわふわふわ。 ・・・やさしい・・おおきな手・・だ 何をしたら思い出すんじゃないかと・・・、みんなが頑張ってくれてるのに。 なにも思い出すきっかけになるものさえつかめない。 むしろついさっきのことまで忘れてしまってしまう始末。 思い出さなきゃいけないとさえ思っていた。 だってここのひとたちはずっと自分を待ってくれているのだから。 それに自分は知らないのにまわりがしっているのは、あんまりいいものではない。 思い出したいと思ってた。 知らないままは嫌だと。 だけど甘いもの以外にはとくに何も思わなかった。 だから自分は 〔銀さん〕 じゃないんだろうって思ってた。 なのにこの人だけが、ぼくに「思い出せ」とは一度も言わなかった。 「いいんですか?あなただって 〔銀さん〕 に会いたいんじゃ」 『さぁて。なんでだろうな。 ま、しいていうなら、お前の枝が折れることがないと知ってるからかね』 「えだ?」 『無理して思い出そうとする必要はない。 ただ、たまにオレたちに顔をみせちゃぁくれねぇか。お前が生きているかだけでも知れたらそれでいい。だめか?』 このひとは不思議な人だ。 何も言わず、ただ背を押してくれる。 ぼくに帰れる場所を残して、逃げ道をくれる。 くしゃりとなでられた手のひらが、なんだかなつかしい気がした。 とっさにその懐かしい “何か” に手を伸ばそうとしたけど、それよりさきに彼の手が離れてしまって、思い出しかけた記憶がふたたび霧散する。 あわてて顔を上げてそのひとの顔を見ようとしたけど、逆行でうまく見えない。 ただ暗闇の中に、明るい黄緑色のなにかが見えた気がした。 それが柔らかく細められたのをみた。 ずっとむかし―― それはいつもとても近くにあったきがした。 『枝は折れてもまたのびる』 「え」 『植物の生命力はひとの予想を超える。大丈夫だ。いってこい』 ぼくは結局そのひとに背を押されて、ぼくのしらない 〔銀さん〕 の息づく街を離れた。 あのひとは――誰だったんだろう。 あのひとは、 〔坂田銀時〕 の “何” だったんだろう。 なぜかあのさびしげな明るい色の瞳が忘れられなかった。 ********* 最近、夢を見る。 小さなこどもの姿の自分が、一匹の猫を追いかける夢。 白い猫。 きれいな目の色をしたその猫は、自分が走ればするりと逃げてしまい、数メートル先でとまる。けれど自分が追いつかなくなくなると、すぐに足を止めて待っていてくれるんだ。 「ねぇ、待って待ってよ××××!」 自分が猫においつこうと必死にそいつの名を呼ぶ ようやくおいついたとき、そこには猫がきっちり座っていて、ご褒美だとばかりに何かを自分にわたしてくれる。 それがすごい嬉しくてうれしくて、それを抱きしめて 「ありがとう」 笑い返すんだ。 ――そんな夢。 なぜか “それ” が、とても大切な記憶だった気がして、いつも懐かしい気持ちでしょうがなくなって目が覚める。 ********* 万事屋の子たちとわかれてから、数週間がたった。 ぼくはなんとか日々を暮していくためにお金を稼ぐことにした。 そうしておもちゃ工場で腹かせてもらえることになった。v 一生懸命働いて、お金を稼ぐんだ。 そんなある日、新しい人が入ってきた。 新しい人はぼくを見るなり、すごく驚いた顔をしていていろいろ話しかけてきた。 どうやら旧知の仲のようだ。 「ええ!!万事屋の旦那ぁ!?あんたなんでこんなところに!」 えーっと。だれ? 「俺ですよ俺。真選組の山崎です。実は分け合って潜入捜査でここにもぐりこんだんですけどね」 何を言ってるんだろう?よくわからない?しんせんぐみってなんだろう? ぼくが混乱していると、工場長さんがぼくが記憶喪失だと目の前の新しい人に教えてくれた。 工場長「そいつ記憶喪失で昔のこと何も覚えてねぇぞ」 「記憶喪失ぅっ!?」 「そういうことなんですみません。旧知のようですが、ぼくは覚えていないんで。 えーっと、しんせんぐみのなに?しんちゃんとか呼べばいいかな?」 そもそも “しんせんぐみ” っていうのが、よくわからない。 長い名前だなぁ〜っておもって尋ねたら、あわてた “しんちゃん” に顔をはたかれた。 「ちょっとぉ!!潜入捜査って言ってるでしょう!もう!こっちきて!」 叫んだのそっちなのに。 そのままつれてかれた先で、怒られた。 “せんにゅうそうさ” からとって “せんちゃん” って呼ばれるのもいやらしい。 じゃぁ、いったいどれが名前なんだよと思っていたら、「ヤマザキ」と名乗った。 なぁんだ。それが名前なら最初からそう言ってよね。 「なるほど。タンバラさんですね」 「覚える気がないだろ!」 「タンバラさんですよね?」 それからまた〈万事屋〉の子たちについてタンバラさんにきかれた。 「万事屋は―――」 ********* スナックお登勢の二階。 万事屋があった場所で、その残骸にかこまれつつギーギーと鈍い音が響く。 銀時が座っていた椅子に、今は神楽が座り、破壊された壁の向こうをみつめつつ酢昆布を食べている。 「神楽ちゃん。またここにきてたの。 ひょっとして神楽ちゃん。銀さんが帰ってくるのここで待ってるつもりなの?」 新八が帰ろうと誘うも神楽は答えない。 それに新八はうなだれる。自分だって帰ってきてほしいと思っている。でも・・・ 「お医者さんが言ってたよね。人の記憶は木の枝のように複雑に入り組んでるって。だから木の枝一本でもざわめかせれば他の枝も動き始めるかもしれないって。 でも、もし。木そのものが枯れてしまっていたら?もう枝なんて落ちてなくなっているかもしれない。だって誰よりも一番長くそばにいた “シロウ” さんのこともおもいだせないんだよ銀さん!僕らみたいな小枝なんて、銀さんはもう・・・」 「枯れてナイヨ!枯れサセナイヨ!私たち、小枝かもしれない。デモ、枝が折れてしまったら、本当に木も枯れチャウよ。だから私折レナイネ。冬が来て葉が落ちても。風が吹いて枝がみんな落ちて。私は最後の一本になっても折レナイネ。きっと最後まで一緒にイルネ」 それまでこの大量に買った酢こんぶで食いつなぐ。待ち続ける!そう言った神楽に、新八も表情を改め、酢こんぶをかじりだす。 「本当にもどってくるんだろうな。あのチャランポラン。はやくしないと僕ら緑色のウ○コでるようになっちゃうよ」 「てめぇ!だれの酢こんぶだと!!」 登「おやおや。うるさいのがようやく去ったと思ったら・・・」 その後、だれの酢こんぶかで神楽が暴れだすと、音を聞きつけたお登勢が姿を見せた。 もう二階は取り壊したい。そう言いつも彼女は、一枚の紙を二人へと投げてよこした。 「そこの住所にある工場で最近銀髪の男が住み込みで働いてるそうだ。さっさとひきずってきな」 ――枝を揺らす風が吹き始めた。 【後日談】 夢『植物は折れたらおしまい?バカ言うんじゃネェよ。あいつらはな、そこからさらに新しく芽吹くんだよ』 登「あんた。 “それ” じゃぁ、本当は嫌なんだろう?新しい記憶を作り上げてけばいいとか。なにほざいてんだい。 そうじゃないだろ。あんたの気持ちはさ」 夢『・・・』 登「だからいい加減に強がるのはおよし」 夢『・・・なんのことだ?』 登「あのバカが家賃払いにもどってくる前に、あんたが先に壊れるんじゃないよって話だ」 夢『壊れるってなんだそれ。ん?いや、ちょっとまてよ。前にもだれかに同じこと言われた気がするな』 登「・・・・・・ふぅ。まったく。あんたら親子は本当に面倒くさいったらありゃしないよ」 第32話 [人生はベルトコンベアのように流れる] より |