人外生命体は四本足で疾駆す
- も ののけ姫 -



05.神様のお茶会





『よいのか“シシ神”よ』

『願ってもないことさ』
『“人間”らしくないな。主は“ひと”であったという。
そういった生き物は、永遠やら不老不死を望むのと聞いたが』

食物連鎖を無視した“友”の言葉に、オレは笑う。

『むしろこんな“壊れかけ”の身では、長く代理などできぬさ』

サンは知らない。
あの子は、人間だから。
アシタカはしらない。
あいつは獣の言葉を知らないから。

モロの子だけが事実を知っている。





 -- side オレ --





オレが元神様であり、なおかつ当代のシシ神に似通った姿をしていたがために、次のシシ神にされてから月日が流れた。
サンがアシタカと会っているときは、オレたち獣は離れているのが暗黙の了解となっていた。

オレは古き獣ではないので、普通の鹿同様に寿命がくれば死ぬ。
――はずだった。
それが覆されたのは、“シシ神”のせい。
その力を同じ鹿科の仲間という理由だけで、押し付けられた。

はじめは友たちも気付かなかったけど、長く共にいればわかってしまう。
たまたま気を緩め、“シシ神”がオレであると獣の友にばれてしまった。

ばれたのは、モロの子が片割れ。

そこで彼には、オレという存在についてあらかた語って聞かせた。

だからオレという存在のオオモトが、人であることも。
前世が狼であることも。
彼だけはすべて知っていた。



『お前は、最後まで“狂って”いたな』

モロの子の片割れである彼が言う。

それにオレは微笑み返す。

『ハイテンションだと言ってくれ』
『それだ。そのように外の国の言葉をよく使う。いつもわけのわからないことをよくほざいていた』
『そうだったか?』
『戯言を。わかっていてやっていたのだろう』
『だがなモロの子よ。しょせん人にはオレの言葉は理解できないさ。それゆえの言葉遊びだ』
『こざかしい。そこがおぬしの本質が“人間”であるがゆえなのだろうな』

若き草花たちが芽吹く、再生した新しい森の中。
澄んだ泉のほとりで腰を降ろして、いっとき食物連鎖を忘れて友と語り合う。
食うか?と人間が茶菓子を薦める要領で、おいしい草をすすめたら、顔をしかめられた。
さすがに肉食である彼らに、草は合わないらしい。

『・・・・・・いくのか?』

静かな声音だ。
オレはそれになにも返さず、ただ空を見上げる。

いつだかもうずいぶんと昔、前のシシ神が昼と夜とに姿を変えるときの様に空を見上げた。
見上げたからといって、オレの身体が鹿科の生物からデッカイものに変わるわけではない。


目を閉じれば、この世界での思い出が走馬灯のように浮かぶ。


『潮時なのだろうよ』
『そうか』



暗闇の奥で――ピチョーンと水の滴る音が聞こえた。
瞼の裏では、周囲の闇と紛れてしまいそうな黒い水面に波紋が浮かぶイメージがある。
それはこうして目を閉じるごとに波紋の数を増やしていく。

それと同時に、なにかにひびが入るような幻聴が聞こえてる。

最近では、この間隔が短くなっている。

それはすなわち物語の終わりをしめすもの。
心の中のどこかにある精神世界にあるオレの記憶が保管されているアルバムがひとつ、とじかけているのを感じていた。





『お前といた日々はそこそこ愉快だったぞ』

モロの子が言う。
ふさりとしっぽがゆれる。
オレは声に誘われて目を開き、そのまま横にいる友をみやる。

『それはなにより』

気分的にはニィっと笑ってみたつもりだったが、はてはて、鹿であるオレの表情筋がきちんと作動していたかはとても怪しい。
まぁ、それもこの獣の生ならではの醍醐味だろう。



それからまもなく、オレは友らに囲まれて、この世界を去った。





世界から去り際、おかしな遺言を叫んだ瞬間――

パキン

なにかが砕け散った音がして。
それとともに、オレという存在は、すべてが霧散した。

もう、これ以上、オレが転生することはないのだろうと――
何かが壊れた音を聞きながら、どこかでほっとしていた。



ただ

心残りなのは・・・・・












ピン
 ポン
  ピー・・ン

真っ暗な暗闇。
足元には闇と同じ色をした水。
歩くたびに波紋がうまれ、そこから高い音が響く。

ふわりと目の前を一匹の蝶がとんでいく。
黒い蝶は、赤い鎖の巻きついたひとつのアルバムの前にとまると、その羽を広げて、羽を休め始める。

『ずっと、心残りだった。“あなた”をオレの生に巻き込んでしまったこと』

キラキラとした海が光を反射した時の透き通るような青色の光をまき散らして飛ぶ蝶を見て、オレは謝罪をする。
目の前のアルバムにそっと手を伸ばせば、赤い鎖はいっきに錆が浮き、そのまま風化して砂となってしまった。

オレが死んだことで、ようやく“あなた”を開放してやれる。
この魂の呪縛から。

ようやく。

『“爺様”、どうかあんたは自由になってくれ』

もう。オレの面倒は見なくていいんだよ。
もう魂の制約はない。
そう思って残った鎖をすべて叩き割った。

よかった。オレが本当に消える前に、“爺様”を自由にすることができて。
これでいいと、すでにうすれかけていた意識に身をゆだねた。

しかし。
思考も動かず、まさに暗闇にすべて飲まれそうになった。そのとき――


声を声が聞こえた気がした。



生きろ―――



そんな“あなた”の声が・・・。





その [願い] は狭間の魔女のもとにまで届いた。








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