有り得ない偶然
- Side1 転生ルート -



* 第2世界 0NE PIECE *

07.その笑顔こそが宝物





爺様、ロジャー、オレのセカイ。オレの帰る場所だったひと。
ようやくです。
ようやく、オレは・・・あなたとの約束を果たすことができます。

―― ポートガス・D・エース

いまならばあなたの残したあの子に、伸ばせばこの手さえ届きそうだ。
この少しの距離が何て歯がゆいのだろう。





::: side 夢主1 :::





3年前、一度だけあったことのある子。
あまりに誰かをほうふつとさせてくれたものだから、思わず涙ぐみ、ジジコンだからと凄い言い訳で納得してもらったという・・・いや、この話は省こう。

オレが海賊にも海軍にもならず世界を彷徨っていたのは、この日のため。

ハンターハンターの世界に“”として生まれるよりも前のこと。
はじめの人生の時、[わたし]は桃色恋愛ストーリーを嫌悪し、かわりに少年漫画が好きだった。
その[わたし]が当時人気だった海賊漫画を見ない理由がない。
何が言いたいかというと、オレは[わたし]の知識から、この【ワンピース】という世界の原作を知っていたのだ。
とはいえ死んでしまったので、完結まではみてない。
[わたし]が知っているのは、エースが死ぬそのシーンまで。

そして思い出してほしい。この世界のオレが一番心のよりどころにしていて、一番大切だったもの。
ゴールド・ロジャーそのひとである。
つまりオレにとって命よりも大切なオレの世界の中心はあのひと!と大語で言えるほどのひと――の息子、それがエースだ。
オレは彼を助けたい。
爺様の二の前はもう見たくなかった。
大切な人が目の目でいなくなるのはもう嫌だった。
だから、きたるべくあの日、“頂上決戦”とよばれるあの戦いにそなえ、オレは世界中に散っている人間たちに協力を仰いでいた。

『もしエースが捕まったと、告知があったら・・・"オレを"助けて』

何人にその言葉をつげただろう。

ロジャーや白ひげの仲間や傘下の物は何人かは頷き、それ以外は渋い顔を見せる。
まぁ、当然と言えば当然だ。
だれが他人のために、自分の命をはる人間がいる?
だからエースを助けてとは言わなかった。
きっと戦場は原作のように、海軍本部のはず。そんな場所に行けば、オレは気が狂うだろう。
まぁ、前の世界から捨てられた時からオレはそもそも若干気が狂ってる入るのだと思う。それも依存していた相手、爺様・・・ロジャーが死んでからさらに拍車がかかってる。
だからきっとエースがいる戦場が海軍本部であるならば、オレはよけい正気でいれる自信がない。
そんな狂っているであろう"オレ"をとめるためには、エースを助けるしかない。オレの支えであるロジャーと唯一つながりのある存在。それがエースだ。だからオレをとめるなら彼を救うしかない。
こんな頼み方は卑怯だとわかっていて、それでもオレは知人たちに声をかけていく。
長年オレと付き合いがあり、オレのことを深くしっている奴らは、オレがどれほどやんでおり、どれほどくるっているかそれを理解しているから、必然てきにエースを守ろうとする。
守らなくては、あとは・・・・・なんてことはない。オレが狂うだけ。

エースには興味がないという彼ら。
自分の命の方が大事だというもの。

それでもオレという存在を知っている者たちに一声かけることはした。

原作では、たしかみんなひどいけがを負っていた。とくにルフィ。
だから医療に秀でていると噂があった億越え新人海賊にも、交渉を持ちかけたりした。
白ひげの船に乗り込んだこともあった。
オレ自身も海軍と立ち迎えるように、鍛えたり、レイリー指導の下とやりあったりもした。
親父にも期をみて争いを止める手伝いを求めた。
エースが捕まったと報道が流れてからは、オレは親しい海兵の前に姿は見せないようにした。
当然いままでの動きに関して親父にはいい顔をされなかったが、それでもオレは自分の歩みを止める気はなかったので、彼らの静止もきかず船をとびだたしていた。

そうやって、いろいろなところを駆け回った。
こういうとき移動の能力があると便利だ。



そうしてやってきた。その日――早まったが、エース処刑の日。
オレはそれほど大きな力を持っているわけではないから。
エースが処刑台にいかされるのを止めるすべはなかった。
本当はロジャーのいとし子の首に鎖がまかれるよりも前にもう一度会って話をしたかったけど、さすがにそこまで原作や時間をきっちり把握しているわけでもなかったから、エースがいたという場所をルフィといっしょくたになって追いかけるのが精いっぱいだった。

それでもここまでこれた。
今、オレの目の前には、見世物の様に高く設置された処刑台。
そこにはオレの守りたい大切な君がいる。

処刑台に上がる君をみて、そこにある面影にルージュさんを思い出す。
ロジャーとルージュさんの愛した子。
エース。
世界中で誰よりも。一番幸せになってほしくて。名付けられた最高の名前をもつ君。

『ああ、おおきくなって』

生まれたての君をつれてきたガープに、赤ん坊だった君を一度だけ抱かせてもらったのを思い出す。
やわらかくて、なんて愛しいと思ったことか。
けれどオレが君と笑って触れ合えたのは、その一度きりで、すぐにガープに連れられ、君はオレから離された。

三年前にシャンクスを訪ねてきた君と出会ったときは、あまりに彼が彼の両親に似ていてオレは君と視線を合わせることもできなかった。
過去を思い出し、結局親父から離れることができず泣き続け、エースに近づくことができなかった。

大きくなったねエース。
オレはずっとずっと、爺様の忘れ形見である君を探していた。
爺様の愛し子。
オレの宝物。大切な子。

三年前とは、オレも君もきっと違う。

今度こそ。
ようやく君と向かい合える。
ようやく君に・・・。

君にこの手が届くところに、オレは立てた。



――戦いの火ぶたは切って落とされた。





* * * * *





ちょっと前の時間軸、エースを探す旅のさなかのこと。
エースが監獄に入れられたと聞いて、慌てていけば、監獄は脱獄兵とオカマとルフィやジンベエがいて。
なのにまた一歩遅くて、“オレの宝”である君は、手の届かない場所へと連れ去られていた。

いつもそう。

ずっとすれちがってしまって、覚えていた数少ない原作知識を頼りにコルボ山に行っても狩りに出ているとかで会えず、白ひげのもとを訪ねれば、まだ君は白ひげの一味ではなかった。エースがみずから訪れてきてくれたときには感動しすぎて話にもならないオレは、あのこにどう認識されているのやら。世界から消されずすんだこの原作開始年、意を決めて再び白ひげのもとにいけば、そのときには君はティーチを追って船を出たという。

原作知識をもとにアラバスタに行けば、ルフィのもとを去った後だった。

君が生まれて、そうして二十年。
ついぞオレはエースに、面と向かって向かい会うことがかなわなかった。


しかし今、目の前にはチャンスがある。

ここは海軍本部。
そこでは人数の多い白ひげ海賊団を筆頭にたくさんの海賊であふれていて、広場は海賊と海兵によるかつてないほどの激しい戦場となっていた。

中心にあるのは処刑台。


ようやくエースに一歩近づいた。
ルフィの帽子のマーカーをたどって“能力”で転移したオレは、やたらと濃い個性的な囚人たちがたくさんいる船にたどりついた。
彼らがエースを奪還に行くのだと聞いて、そのままのせてもらった。

そうしてオレたちは海軍本部へやってきた。



なんだかんだのすえ、オレはルフィと一緒に、上空から船で戦場のど真ん中へと落された。
まぁ、どれくらいの高さがあろうと、オレは能力があるから移動すればいいわけで、死にはしない。

っと、いうか。
地面に船ごとたたきつけられる前に、なぜか身体の周囲に青い炎がまとわりつき、気が付けばオレだけ白ひげ海賊団の不死鳥の姿に身をやつしたマルコに服をくわえられていた。
そのまま鳥マルコは、オレを白ひげの側におろした。
なんか優しくおろされた地面に足がつくと、マルコはまた戦場へと戻っていく。

あの…なんでそんなにオレにやさしいの?きもいわ。

オレはすぐにでもエースのもとにかけつけたかったのに、いったい何の用だろう。
脇に立つ白ひげをみやれば、白ひげは懐かしいものを見るようにオレをみて目を細めて笑っていた。

「よう、リルリトル。おめぇ相変わらずちいさぇな」
『…小さい小さい言うな』

ロジャーにくっついていた頃のオレを知るやつらは、ほとんど成長しないオレを【lil'little(小さな小さな子)】とオレを揶揄して呼ぶ。
はじめにそれを言い出したのはたぶん白ひげだ。
それが海軍にまで広がったのは気に食わないが、白ひげ海賊団の幹部にあたるやつらは、オレがそう呼ばれるほどこのおっさんと親しいのを知っている。
だからマルコに連れられてきたオレを咎めたり警戒する者が、こちら側にいないのは少し楽でいい。

それにしても常日頃から思っていたが、ぶっちゃけて、このおっさんを前にしたら、オレじゃなくてもみんな小さくみえるのは……錯覚だろうか?

『てめぇがでかいんだよ。ふむ。エドは巨人族だったか?』

違うにしても血を継いでいそうだと首をかげつつみあげれば、グラララと笑いながら背中をたたかれた。
大きさと力加減を考えてほしい。
おかげでいまの一撃でオレは10mはふっとんだ。顔面地面とスラインディングとかマジイタイんすけど。
ギリギリ受け身を取ったので、それほどひどいことにはならなかったけど、イタイことには違いない。
戦う前から重傷です!どうしてくれんの!!いや、実際のところオーラを身体にまとわせて強化したから軽傷どころか怪我一つしてないけどさ。

ハァ〜とため息ひとつついて起き上がり、もうこのおっさんイヤだと、オレは楽しそうに笑う白ひげを無視して、エースのいる処刑台に向けて走ろうと視線を逸らしたら、背後でエドワードが“待った”をかけたので、足を止めて振り返える。

「グッラッラ。おめぇにはあまりうごいてほしくねぇんだ。俺のたのみとして、ここは手を引いてはくれねぇか?
まぁ、無理な話だろうとは思うがな」
『ああ、無理だ。たとえエドの頼みでもな』
「リルリトル。おめぇは・・・一般人だ。海軍の敵とみなされたくなけれりゃぁ、手ぇを出すんじゃねぇよ。お前だっていままでのように平穏に暮らしていたいだろう?」
『別に一般人とかどうでもいい。海賊が好きかって言われたら、なにも感情はわかない。 海賊だからじゃなく、オレは身内だからシャンクスたちが好きなだけ。でも海軍は嫌い。だからって、海軍にケンカ売るのも面倒だって思ってるよ。
でもね。でも、オレはあの子が傷つくのが今一番嫌なんだ。死なせはしない。
だからオレはいくよ。文句ある?
この手でもう一度抱きしめたい!ようやく・・・あのこに手を伸ばす機会が目の前に用意されてるんだ!!
この機をのがしてたまるか』

身体が熱い。
これはオレが興奮してるからだろうか。
それともここが海軍本部だから?爺様を。オレの世界を殺したひとたちのいる場所だから。
だから?
オレは――

「リルリトル。この機に乗じて、ついに“セカイ”の敵討ちでもしにきたか?」

エドワードの言葉にハッとする。
ああ、そうか。この胸の内、奥深くでくすぶるのは再会を喜ぶソレではなく・・・。
あれから20年という歳月がたったというのに、いまだオレの心の底には消えぬ炎がくすぶっていたようだ。

憎しみに身を任せ、冷静さを欠いては、その先に待つのは破滅だけ。
そんなこと百も承知だ。

くすぶるこの怒りも悲しみも憎しみさえ糧にしてやろうではないか。この戦の中心を奪ってやる。この怒りを奪い返すための原動力に変えてやる。

ふかく。深く深呼吸を繰り返す。乱れていた気のめぐりを整え、めをひらく。

見上げればエドワードのゆかいな白いひげが、微かに揺れている。
そのさらに上へと視線を向ければ、なんとも言い難いものを見る目でこちらを見下ろしている。
それに苦笑を返す。

「もう一度聞く。お前はここに"なにを"しにきた?」
『変なこときくなエドは。
さっき、決めたよ。エドの言葉でようやくオレは気付いた。敵討ちじゃないよ。そんなもん興味ないし。そう、もういいんだ。興味は・・・ないよ』
「弔い合戦のためだけに来たのならやめておけ。それはお前の自己満足でしかない。お前の言うあの子にとってもその考えは迷惑だ」
『はは。だから違うって。カタキって、そんなん誰にうつんだよ?それこそ世界にうてってか?爺様を殺したのは病だ。あの人は寿命だった。だからカタキなんて存在はどこにもいないのさ。
今日はオレの宝物かえしてもらいに来ただけだ』
「いいのか?海軍に目をつけられたら、おめぇもおたずねもんだぜリルリトル?」
『ああ。さっきは"呼び戻して"くれて助かった。オレもいい加減親父の背後に隠れてるだけのガキじゃない。覚悟はできてる』
「ならば己をたもつことだ」
『わかってる。だがオレは海賊でも海軍でもない。どちらの味方にもならないぜ』

オレの敵は、オレから大切なものを奪おうとするものだけ。

白ひげたちの敵ではないが、でも味方じゃない。
かといって海軍に味方する気もない。
オレは自分の大切な者や興味あるもののためにしか動かないから、誰の味方にも付かない。

味方にならない――つまりは誰でもがオレの敵になりうるのだと。

意味を的確に理解したらしく、こわいこわいと冗談めかしながら、エドワードはまた愉快そうに笑った。

「・・・そうか。ならもうとめはしねぇよ」
『年寄りは船で待ってろ。オレがとっとと終わらしてやるよ』
「言うようになったじゃねぇかクソガキが」

一般人が、大切な家族のために、世界にケンカ売っちゃ悪いのかよ。
一般人とは言うが、そこらの一般人より強い自覚がある。
ってか、本当にやぁーになるわ。なんでオレの過去を知る奴らは、こうも過保護・・・というか、オレが動くのを嫌うとでもいうのか。そういうやつらが多いのだろうか。

異質な能力を持つオレが、敵に回ることを恐れているのか。
それとも本当に、海兵でも海賊でもないオレを心配してくれているだけなのか。

オレには当の昔に、戦う覚悟も世界を敵に回す覚悟もあるというのに。
オレの過去を知る者達は、一様に、オレが戦うことを止めようとする。

まぁ・・・それも、しかたないことなのかもしれない。
ロジャーをなくしたときのオレの荒れようはひどかったから。
あのときと、赤ん坊だったエースを目の前で奪われた時は、たぶん錯乱気味だったのではないかと思う。
はっきりいって、自分自身あの時期の記憶ってかなりあいまいなんだよな。きっとシャンクスに迷惑かけまくったに違いない。ああ、なんて黒歴史。

『オレがほしいもののためなら、オレは海賊にだってなってやる。世界政府の敵にだってなってやるさ』


みてろ政府。
攻撃をされたら仕返すが、そうでないのなら――

この戦の中心を奪うだけ。

うばうだけうばってさっさとトンズラしよう!

そうときまれば善は急げ!
さぁ、お前らには驚いてもらおうじゃないか。
この道化師がさらに舞台を盛り上げてやろう。それが演出家の仕事だ。

オレの能力の名は――舞台演出家(マスカレード・ストーリオ)。

その名の通り、この頂上決戦と名のつく舞台に華を添えてみせよう。
オレというイレギュラーを舞台の上で踊らせよう。
さぁ、なにがでるかな。
前世で息子がよくこちらの笑顔をみて「あくどいな〜◇」と笑っていたのを思い出す。今のオレは彼が言ったように笑えてるだろうか。


こんなバッドエンドな展開。オレがぶち壊してやる!


オレはなんだか楽しくなって口端を持ち上げる。
そのまま呆れたような視線を向けてくるエドワードに「またな」と手を振ると、今度こそ彼の傍を離れる。

船と共に落ちてきたやつらが復活していくのを目撃し、その騒ぎを隠れ蓑にして、気配を消してかけだした。

気配をたって、煙や騒動をかいくぐっていけば、見聞色の覇気使いにたまに気付かれて邪魔されるが、スルーして、さっさと処刑台へ向かう。

あっけなく登頂完了。
みんな正面ばかり向いてて気付いてないけど、背後から登ってきました。
そしたらあら不思議。目の前に目的のものが。
こんなあっさりでいいのだろうか。
まぁ、この世界においてオレの能力は世界規模で性質が違うから、ここでオレが気配を消しても気づかれないのは当然なのかもしれない。

よっこいしょと登りきると、センゴクさんとガープさんが棒立ちしてるその背後に立って――それから"気配を出す"。
するとバッ!と二人が勢いよく振り返ってきた。

『や☆』
「「リルリトル!?」」

振り返られたので、どーも☆と、手を振りながら笑顔を返せば、ガープやセンゴクさんが目を見開き、次の瞬間には渋い顔を浮かべて睨んできた。

「お主…やはりきてしもうたか」
「なぜ貴様が…。いやこの問は愚問だったな。
海軍にも海賊にも属しないお前が、我々世界を敵にするかリルリトル?」

『センゴクさん、勘違いしてもらっちゃ困るよ。オレの世界は世界政府でも天竜人が治める世界でもない。オレの世界は“爺様”だけだ』


――目の前にはエース。

大将の三人は下の海賊たちを相手しているので、でかぶつ二人の背後にいるオレには気付いていないようだ。
もうこれ、オレのためのフラグですよね?
ああ、なんて最高。
手を伸ばせばもう君に届く位置にオレはいる。
こんな側に長年会いたかった大切な宝がある。
つまりこのままかっさらうのはオレの役目だよね。
当然の権利として、あの子をそのままもらって帰ってもいいよねってことだよね。

たとえば、たまには“大技”ぶちかましてでもさ。

『さぁ、その子は、返してもらうよ。それはオレの宝物なんだから』

それでさっさとこのバカげた戦争をやめよう。
おまえたちは海兵だろう?ならば、ひとりのために無意味に死ぬひとをだしてどうするんだい?


『この戦の火種。オレが奪わせてもらいます!』


そこで能力を発動しようと手を動かそうとしたところで、ふいにガチャリと音がして、背後を振り返れないエースがあせったような声を上げた。

「たから?なんのことだ!?誰だそこにいるのは!?」
『うん。改めて初めましてってかんじかな。シャンクスの背後でめっちゃ泣きまくってたガキ覚えてない?恥ずかしいことにあれ、オレ。
あ、でもオレ、エースをずっと探してたんだ!会えてよかった!!待っててね。すぐ解放してあげるから』

オレがくるのがちょっと遅かったから、もうエースがロジャーの息子だって全国放送されてしまったあとだ。
でもいまはデンデンムシは一匹もいない。
お前ら海軍は、オレのことをしられたくないんだろ。だったらよかったな。
この場にいるやつ以外、ロジャーの世代にいた“赤毛のガキ”が“なにか”知る者はいないんだから。
その証拠に、まだ海兵たちは首をかしげている。


「なんで!?」

『ん?どうかしたエース?』
「あんたシャンクスのところのやつなら。一度だけしかあってないだろ。それがなんで!!
・・・なんで。なんでルフィもあんたもこんな、こんな俺なんかのために」
『“なんか”発言禁止ー。理由がないとたすけにきちゃだめ?
ん。そうだなぁ。なんでっていうなら…きまってるじゃん!としか言えないかな。
ようやく会えたから。
オレが一方的にエースと会いたかったから!
それだけ☆』
「なんで。なんで!?そうも会ったことない奴のために命はれるんだよ!」
『会ったことなくてもいいじゃん。会えなかっただけだもん。それに身内だもん』

「え………それ、どういう…」

正面を向いたままこちらを振り返ろうと頑張っているエースに見えないとわかっていて大丈夫と笑いかけ、オレに対して警戒色を強めている海軍のおえらいさん達に向け、口端を持ち上げる。


はじめて。
優柔不断のオレがようやく腰を上げた。その決意。
はじめてオレは泣くでもなく、あの子にむけて微笑みを返せるようになった。


君が側にいる。
それだけでオレは歓喜に支配される。

嬉しくてうれしくてうれしくて・・・たまらない!

だけどそんなオレの身内発言を聞いた途端、センゴクさんとガープが苦虫を噛んだように表情をしかめた。
わかっていたことだけど、実際に知り合いにそんな顔をされるのはつらいね。
きっとそれは爺様が、あなたたち海軍にとっての悪だからだよね。

でも、ねぇ――その《悪》ってなぁに?


『このくだらない戦況をひっくり返す』
「リルリトル!おぬし、なにを!?」

ごめんね。センゴクさん。ガープさん。
せっかくいままで見過ごしてくれてたのに。

大丈夫。
復讐をするのかとエドワードに問われたとき、思い知った。
自分のなかにくすぶる炎。けれど、その後は――それをなしとげてしまったとして、そのあとに自分の中に"残る"ものを考えた。
からっぽの自分なんかいらないんだよ。
だって爺様が望んでくれたのは"オレ自身"。
オレがオレだからここにいていいって、世界にいることを"許して"くれたひとが、空っぽのオレなんか好きなるはずない。
あのとき決めたんだ。
もう、誰かの言葉に流されてたまるかと。
オレの道は己で決める。

いまなら、なにを言われても・・・狂ったりしない。

だから能力を使おう。
この世界では異端で。
それゆえ、また世界に嫌われて今度こそ消滅してしまうかもしれなくとも。
かまわない。

エース。君が・・・・笑ってその生を。心から生まれたことを喜んでくれる――そんな未来があるのなら。


「やめてくれ!!あんただろ!?赤毛のあの!たのむから!もういい!俺なんかおいて・・・」

『ふふ。なんでだろうね』

教えてあげてもいいけど、でもそれは秘密。
いまはただの我儘なガキが君を助けに来たと思ってくれればいい。

それだけでオレの力になる。

「なら!よけいに俺なんか!」
『君を助けたいから。それだけ・・・って言ったら君はもっと怒るかな?』

ガチャガチャとはめられた枷が激しく音を鳴らす。
こらこらダメだよエース。
そんなに無理をしたら、怪我をしてしまう。

エースの側にいた兵士たちがあわてたように暴れ始めたエースの動きを止めにかかる。
そのあいだにセンゴクさんとガープさんがオレへと手を伸ばす。
止めようとしても無駄だ。

『ねぇ、センゴクさん。ガープ。オレ、前に何度も言ったよね?』
「リルリトル…だが」
「お前は“違う”だろう」
『血が関係あるのか!血のつながりがないと家族じゃないのか!!』
「お前のは」
「っ!!おちつけリルリトル!お前があばれると!!」
『しつれいな。オレはまだ正気だぞ』

ロジャーを爺さまとよぶけど、オレと彼は血がつながってない。
それはシャンクスとオレも同じ。

前世のオレの息子とだって血はつながってない。
それでもオレの両親はあのこを愛したし、殺人鬼となろうともオレはあのこが大事な息子にしか思えなかった。

センゴクから伸ばされた手をさらっとよける。
ガープが覇気で固めた拳をふるってきたが、こんなもの前の世界の能力者に殴られたときに比べたら屁でもない。

血のつながりなんかなくともオレたちは親子だった。

オレの言葉にセンゴクたちの瞳にかすかな戸惑いが浮かぶ。
その戸惑いが、彼らの動きを鈍らせる。

きっとガープだってそう。
少ししか面倒を見れなくとも、ガープとエースは家族だったよ。
そうでなければ彼のご飯食べ方とか、笑い方とか・・・すごく似てるんだ。そうなるわけがないんだから。

きっとセンゴクさんもそうだよね。
オレ、あんたが金髪のこどもひろって育ててたの知ってるよ。
たまに遊びに来た時にあのこの面倒も見たもの。
最近はとんとあのこの姿を見ないから今どうしてるかわからないけど。センゴクさんだってガープ同様に、あのこを本当の息子みたいに思ってたんじゃないの?

血のつながりがすべてじゃないんだよ。


『でも貴方達はやっちゃいけないことしたね』

もうこれ以上、だれも殺しはしない。
だけどオレは今怒ってんの。

だって以前からオレはちゃんと忠告してたよね?



『オレの身内、傷つけたら許さないって―――言ったよね?』



そこからはオレの土壇場。一人無双(笑)

オレは何度目かの対象たちの攻撃をかわした後、瞬間的に能力を開放した。

オレのオーラをひろげれば周囲半径2kmをあっというまにオレの支配下に置く。
そうして巨大な“場”をひいたこの範囲がオレの能力を活かせるテリトリーとなる。
この世界にはない能力は、前世から引き継いだもの。
ゆえにオレが“場”をひろげたのに気付いても、オーラを見ることのできる人間はいない。
感覚的に気付いたとしても「なにか空気が変わったかも?」っと、そのくらいの微かな違和感を感じる程度で、それの理由が理解できる者はおらず、センゴクさんでさえ眉を微かにしかめただけで、何が起きるのかと、オレの動きに警戒だけを強めている。

オレ自身を警戒してもしょうがないのに。だってオレの能力は、オレが広げた“場”の中の水分に作用する。敵はオレじゃなく水分だぜ。
ニィーっと笑えば、それと同時に“場”の中のあちこちで、水分がじわりじわりと黒く染まる。

『さぁ、一緒に踊ろうよ――オレの舞台。オレの《夜の宴(パーティ・インク)》のなかでさ』

――水を墨に変える。
そういう能力だ。
その墨で書いたものは、一回ぽっきりだが能力を付与することができる。
能力を付与した絵は自動的に実体を得る。
それがオレの能力の全貌。


《夜の宴(パーティ・インク)》
…オーラが通い、水から墨になったもの

《道化師の歪曲心(ペインティング・パフォーマー)》
…自分のオーラが通った墨は、ある程度自由に操れる

《一夜限りの舞台演出家(マスカレード・ストーリオ)》
…描いた絵に能力をひとつ付与する
なにかしらの能力を付与された絵は具現化する(実体化するのはおまけオプション)
ただし使い捨ての一回ぽっきりの技



この三つが基本能力であり、すなわち三番目の《マスカレード・ストーリオ》は、能力を量産できるわけだ。
なお、ある制約をかかせることで、《マスカレード・ストーリオ》の能力は継続する。

空間を移動しているのは、この《マスカレード・ストーリオ》で生み出したもので、墨を影と見た立てて移動する能力を絵に与えたからだ。
それがこいつ――

『来い〈黒姫〉』

声をかければフォンとまるでくじらのなきごえのような声がひびき、体長五メートルはありそうな真っ黒な鯉がオレの影の中から出てきて宙をおよぎだす。

本来オレは墨を作り出す能力がメイン。
そして生み出した墨に能力を一つ付与することができる能力。
これらを応用したのがこの〈黒姫〉だ。
〈黒姫〉には墨と墨を移動できる能力を与えたところ、影を墨と見立て影と影の中の移動を可能とした。

つまるところ――ただの墨とはいえ、ようは、使い方次第ということだ。


「墨使い・・・」
「こやつ(エース)をひきづりだしたらくるとは思っておったが」

「奴の描いた絵にふれるな!なにがあるかわからん!!」

ガープたち大将たちが表情をさらに険しくし、次にオレがなにをしかけるかと警戒して周囲にも支持を飛ばす。
ま、無意味だけどね。

『絵を具現化する前に指示を出すべきだったな』

とはいえ、〈黒姫〉とか常に具現化している奴らは絵をかくことなどしてないし。ずっとオレの影にひそんでたんだから、絵を警戒しても無意味というもの。

そもそもオレのテリトリーのなかに水分があれば、オレは無尽蔵に墨《夜の宴(パーティ・インク)》を出せる。
出した墨は自在に操れる。

そしてここは海がとても近い。

すなわち――
この場はオレのもの。ということだ。

『ついでにこんなものまであったりして』

あわてふためく兵隊さんたちがおかしくて思わず笑いながら、ふところからたくさんの蝶の絵が描かれた紙をとりだし、すべてを見渡せるこの処刑台よりばらまいてやった。さもうっかりとばしてしまったとばかりの演技つきで。
イメージ力が弱く記憶力も弱いオレには、絵を描きまくるなんて相当苦労する能力だ。
だから書き溜めておいたのだ。

紙に墨で書いてきたのはたくさんの蝶。
墨でかかれているので、すべて黒い蝶で風流の欠片もないのはいたしかたあるまい。

オレがとばした紙は風に流され、ひるがえるたびに紙から絵が浮かび上がり、具現化したそれらは青い光の粒子を振りまいて紙から抜け出ていく。
何十何百と紙に描かれた蝶たちは、紙だけをのこして空へと羽ばたき、やがて戦場の喧噪の頭上を静かに優雅に飛んでいく。
色のなくなったぬけがらの真っ白な大量の紙が、黒と青の色合いのすきまをうめるようにとばされていく。


〈黒姫〉は、以前の世界の“制約”により継続され続けている能力のため、用を果たすと消えてしまう《マスカレードストーリオ》とはことなり、何度でも使うことができる。

オレの能力は、絵に名前を与えると、能力を持ったままその絵を何度でも具現化できる。
黒い鯉――〈黒姫〉――の能力は、空間をきりとること。

おなじようにオレの能力で生み出した蝶たちには、普段なら触れると燃え尽きるような鱗粉をまく能力を与えるが、無用な人死には今日はいらない。
戦争を大きくしたくないのだ。
だから全員を眠らせるか、身動きできなくなるようなものを能力として与えて具現化している。

一度だけ具現化できるのは、今回は蝶の絵。
絵に与えた能力は、その鱗粉。しびれ粉となっている。

蝶の能力である鱗粉に触れたものが、次々に倒れていく。

どれくらいたおれたか、オーラをさぐれば、おやまぁ、見事に格下は地べたに倒れてますね。倒れてない奴も結構ふらついてる奴も多い。蝶のしびれ粉はある程度きいているようで何よりだ。



『《道化師の歪曲心(ペインティング・パフォーマー)》』

手のひらを正面に出し、握りつぶすようなしぐさをする。
それだけで蝶だったものはパン!とはじけて、ミクロレベルにまでに細かく砕け、霧散したそれは黒い霧となり周囲を煙幕が覆ったような状態となる。
色がついているのが難点だが、スモッグだと思えばいい。
そのスモッグの中には、いま影を自由に行き来できる〈黒姫〉が表に出ている。
スモッグのなかなんて影の世界といってもおかしくないんだぞ。つまりこの領域は、いま完全にオレの支配下にあったりするわけで・・・

そして一瞬なりともこの場にいるすべての者の視野を奪った隙をついて、この処刑台を爆発させ、周囲が突然の事態に唖然としている隙にエースの海楼石の手錠や鎖を〈黒姫〉にくらってもらいはずす。
そのまま黒い濃霧にまぎれて空間を移動していた〈黒姫〉に、新たな指示を出す。


『喰らえ』


「ぎゃぁ!」「なんだ!」「ぎゃ!」

いままでフォンフォンと聞こえていたくじらの鳴き声のようなものは消え去り、かわりにバクリバクリと派手な音と悲鳴が霧の中から上がり始める。
味方も敵もわからないせいか、刃が混じる金属音は鳴りを潜め、かわりとばかりに誰のものだがわからない絶叫が響き続ける。

〈黒姫〉が空間を丸々食べる音は爽快だが、彼女のは音がはでなだけだ。
実際人以外の物はそこに残っている。彼女がくらっているのは、海賊や海兵問わず人間で、しかも殺してはいない。みんな彼女の腹から、別の場所に飛ばされているのだ。

こんな視野が役に立たない場所では、見聞色の覇気使いがいると形成が彼らに傾くのかもしれないけど、この霧の中はオレのテリトリーである。
ゆえに誰が危険でだれが優秀かは手をとるようにわかる。
そういう“オレにとって危険なやつ”を優先して、〈黒姫〉にとばさせる。
次はデンデンムシだ。全国放送されてるのがムカツクから、デンデンムシにはいづこかへとんでもらった。

転移先は大丈夫。
旅をしている最中に見つけた無人島に、大きな洞窟があったからその影に〈黒姫〉のマーキングがしてあるため、そこへ制服を着てる奴はとばしている。
着ていない奴はイコール海賊と判断し、モビーディックのなかにでもたたきこんんでおいてね、と、〈黒姫〉に頼んだから、双方の身の安全は保障しているつもりだ。
デンデンムシ?そこはどこへとんだかしらないな。海賊か海軍と一緒の場所じゃないか?
カタツムリにまでは残念ながら興味ないんで、指定しませんが。なにか?


『具現化した墨だけがすべてじゃないってことさ』

ちなみに、これ、固形化もできます。
いつも使ってる日本刀なんかは、墨を固めて高度を増してつくったものだしね。
あ、具現化するじてんで固形化は知ってるか。
じゃぁ、気体と液体かと固形化で。
長年の努力の成果なんですけどね。まぁ、そんなことだれもしらないので、それはおいておく。

「はは、あんたすげねーな!」
『やだなぁエース。もっとほめてくれてもいいんだぜ』

墨の煙幕の中を手放さないようにと、エースの手をひいて走る。
きっと彼をエドワードのところまでつれていければ、この争いも区切りがつくハズ。
ただ〈黒姫〉の大きさには限界があるので、転移させられるのは全員ではないため、いまだこの場から遣りあう音が消えたわけではない。
走り抜けぎわ、気配に目ざとい海兵がしかけてきたが、エースが炎をまとった足で蹴り飛ばし、オレがその足元に液体状の墨をひろげたら、つるんとすべった。
そのまま、まってましたとばかりに彼の影から〈黒姫〉が顔を出し、海兵を丸呑みした。
バクリといくまえに、海兵の悲鳴が聞こえたがしったこっちゃない。命の無事を保証されたんだありがたく思ってほしいものだ。


こうしていっきに海軍本部をほぼ制圧!オレ最強!

とか、言いたいけど、そうもいってられない。
なぜなら範囲がでかかったり人数を多く移動をすると、いっきにオーラぎれをおこすから。

つまるところそろそろ燃料切れです。能力も切れます。そうすると〈黒姫〉もだせななくなってしまうわけですよ。

そもそも〈黒姫〉の技は、オレが一人で“敵前逃亡”するようにつくったので、定員は一人のはずだったんだ。
もちろん長く生きていてそれではだめだと理解したから、懸命に鍛えて、定員数増やせるようにしたんだけどね。
すべて努力のたまものです。だれもほめてくれないけどさ。
定員数を増やすことはできたけど、かわりに時間制限がついてしまって、こんな大人数をいっぺんに移動したら、そろそろ限界。

この場から1/3ぐらい人数が減ったところで、“場”を解除せざるをえなくなり、オーラで囲んだ特定の領域が消えると、墨で作った霧も、具現化していた者達も何もかも消えてしまった。
足に力が入らなくなり、地面の小さなオウトツに躓く。
突然のそれに横を走っていたエースが驚いた顔で、オレに手を差し伸べる。
だがそれは間に合うことなく、オレはその場に膝をつく。

!ちょ!?おまえ大丈夫かよ!」

はは。せっかくかっこよく助けに来たのに情けないなぁ。
でも邪魔な海楼石はもうなくなった。
君は自由なんだよエース。
だから――

『いけエース!!オレはどうとでもなる!お前はとまるな!』

オレのためにも、もっと。もっと生きて。
それで心から・・・

笑って

『〈黒姫〉!エースをとばせ!!』

悩むように足をとめ、くちびるかむようにうつむく彼に、じれた。
ここはとまったら死がまつ戦場。
ほら、彼が悩んでる間に、覇気を使う兵士が背後に・・・。

フォーン・・

「あざっ!?」

彼が何かを言うよりも先に、ブン!と背後の兵士から刀が振り下ろされる。
覇気をつかってるからエースはもろにくらってしまう。
だけど、そうは問屋が卸さない。
オレの意思にこたえて、エースの影から〈黒姫〉が現れ、彼をパクリと飲み込む。

名前、呼んでくれかけたのかな。

そうだったら、嬉しいな。
あのこに名前を呼ばれるのが夢だったから。


そうして彼が俺の側から消えるのとほぼ同時に、煙幕が消えていく。
視界が良くなったところで、白ひげが自分の仲間たちまでいないのを見てギロリとこちらを睨んできた。
それにはアハハと笑ってごまかすしかなく、とりあえず白ひげの背後を指差して、彼らがどこへ消えたか教えておく。
ぶっちゃけエースがどこにとばされたかもわからない。
わかっているのは、"陰のある場所"ということだけ。
海賊はお前の船の中だとエドにつげれば、それで納得強いていただけたようで、ホッといきつく白ひげをみて、『やっぱりエドはみんなのお父さんなんだ〜』とか思ってしまった。

広範囲に能力駆使したせいでちょっと疲労がすごいけど、そんなところをみせるわけにはいかないから、踏ん張って立つ。
爆破により崩れた処刑台はみるかげもない。
っというか、霧の晴れた後にオレの側には人影もない。処刑台付近にもエースの姿はないで、ちょっと場が騒動になった。
ちょうどルフィはガープさんとの戦闘を終えたようだった。
あの霧に乗じてエースを奪還したのでよしとしよう。
いや、なんか視線があったセンゴクさんが、能力駆使して巨大化した巨体でこっち迫ってきますが・・・。
うわーどうしよう。
ここはやはり〈黒姫〉に、近くまで来ているシャンクスのもとへとばしてもらって、さっさとオレも逃げよう。
そう思って慌てることなくヨッコラッショと立ちあがったところで、ふいに白ひげの表情が変わり叫び声が聞こえた。

「リルリトル!後ろだ!」

気を抜きすぎたとおもったときには、背後に男が立っていた。
センゴクじゃない。
もっとたちの悪い・・・

くそ。一番に〈黒姫〉に襲わせたのに!もう戻ってきやがった!!

「君ぃ、随分変わった能力者だねぇ。何者だい?」
『だれだって、いいだろう?』

背後に振り返った時には、視界の隅を光が走っていて、針のようなものに足を貫かれていて、痛みにがくりと力が抜け再度ひざまづいてしまう。

ああ、なんてやっかいな。

やってきたのは、能力者。
自然系悪魔の実「ピカピカの実」の能力者にして光人間。
黄猿ことボルサリーノだ。

貫いた光線は針のように細く、致命傷ではなく足をねらったのは、きっとオレの口をわるため、殺すわけにはいかないと、手加減したんだろう。
だけどその後も躊躇なく腕やわき腹や、致命傷以外をねらって攻撃してくる。
くそ。耳遣られた。

「センゴクさんやガープさん、そうさねぇ、あの白ひげまで知ってるなんて。きみぃ、本当に何者?」
『オレはオレだ!
爺様がオレはオレのままでいればいいと言った。
父さんがオレだからいいと言った。
だからオレはオレ以外の何者でもない!!
文句あるかよ』

「黄猿!あおるな!!」
「んん。そうわいわれてもねぇガープさん。こいつ、わっしらの味方じゃぁないでしょう?わっしらちょっと遠い無人島まで飛ばされましてねェ。おかげで向こうでサカヅキがおっかないのなんの」
『だったらそのまま戻ってくんなよ!』
「いやいや。責任はお前さんにあるのよ?っで、この子供はなんなんですガープさん、センゴクさん」

足やられて動けないのをいいことに、髪の毛ぐわっしってつかまれて、そのままネコのようにつままれました。
いてーってのこのやろう!
きっと顔もこいつのせいで血みどろだ。
赤いお気に入りの髪は、血のせいでがびがびで、一部は焼け焦げて短くなっている。

四肢を遣られた。
耳は片方ちぎれた。
目が片方見えない。
腹があつい。きっと内臓がみえてるぐらいには抉れてる。

だけど逆に派手痛めつけられたせいで、今は痛みを感じない。
鈍いどんつうだけがある。
こんな痛みたいしてことないと暴れたら、お前は黙ってようねと、黄猿のレーザーがいともたやすくオレをねらってくれる。

「うるさいよぉ〜きみぃ」
『ぐっぅ!?』

しかもさらにようしゃなく打ってくるし。

痛いし。
死なせないよぉ〜ってその口調で言われるとマジムカツク。
でも、つまりさ。それって死なせない程度には痛めつけるぞってことだろ。

「黄猿おまえもいい加減にせい!こやつは…負の遺産じゃ」

『不愉快のフですか!?そうですか!そうだろうなちくしょうめっ!!
だからオレのことも爺様のことも目をつぶろうって!?目をつぶっていなかったことにしたいとでも!?爺様を!!世界の真実を知ったから爺様を消したのか!!』

「リルリトル!あやつのことは口にしてはならん!!」
「おぬしは一般人じゃ首を突っ込むんじゃない」
『うるさいよ!ガープもセンゴクさんも!!』
「仲間われかい?本当にこの子供はなんなんですセンゴクさぁん?おふたりとも随分親しいようで」

「リルリトル」
『エドもとめないでよ!
なんでみんなオレをとめるんだ!なんでオレは一般人で、エースはだめなんだ!』

たしかにオレは爺様とは血の繋がりはない。ロジャーと唯一血の繋がりがあるのはエースだけ。
なのにみんなしてオレの記憶を否定するように、オレの口からロジャーの話がでるのをいやがるんだ。
なんで爺様の話をしてはいけないと言う?

なんで。なんでだよ。

白ひげまで、それ以上を口にするなと顔をしかめる。それがお前のためだと彼は言う。
二十年以上前を知るロジャー世代のみんなが、オレに口をつぐめと言う。
オレが小さいままだから?オレが成長しないから?

それとも――

「リルリトル。あやつは“悪”じゃ」
『なにが悪だ!』

生きたい。なのに世界によって殺される。
あの絶対的な孤独をお前らが知っているのか!?


ねぇ、ど う し て ?


言われた瞬間カッと頭に血が上った。

だけど、オレたちの言い合いに、頭上から呆れたようなため息がもれる。
八ッとして見上げれば、オレの毛をつかんだままの黄猿がめんどくさそうにオレを見下ろしていて。

「もう遺言はきく必要はないねぇ」

オレから何かを聞き出すことはあきらめたようで。
彼はオレの頭を鷲津咬んでいた手を放すと、その腕を一回むなもとへとひき――

彼の腕全体が強く光り出す。


ドン!


ふいに先程とは比べ物にならない衝撃を身体をおそった。
足に来たような刺すような痛みとは違う、確かな痛みと衝撃。

『ぁ……』

心臓を大きな何かが貫いた――衝撃を感じて、そこへ手をやればベッタリと血がつき、のどからはせりあがるものがあり、ゴボリと声と共に鉄錆くさいにおいがあふれでた。
血だと脳が理解した時には、心臓を撃たれたのだとも理解する。

そこからよくわからなかった。

一瞬視界がぶれたかとおもったら、ボコリボコリと水が沸騰するような音があちこちから聞こえていた。





また・・ひかる。
ひかる。
腕を何かが掠めた?しるか。
足を何かが貫いた?もう一度立ち上がればいい。
痛みなんか知らない。
腹に穴が開いた?とっくにあいてる!

地面に足をつけ、睨むようにして顔を上げる。

だけど、オレの目にはあまりはっきりしとた景色は映らない。

体から何かが抜け落ちていくような気がするのに、よくわからない。
口の中に何かが去りあがってきたので、それをはきだす。
ぬるりと口から何かが零れ落ちる。

だけど気にしてられない。
思考がまとまらなくて・・・
自分が今何をしていたのかわからなくなる。

ただ爺様の大切なものを取り返したのは覚えてる。
大切な?なんだっけ?
でもそれが爺様の宝物なのはわかる。

だから爺様に「よくやった」って褒めてもらいたくて、周囲を見渡す。


『げっほ・・・ごほ・・はー・・・はー・・・じい、さま・・・どこ?・・』


―― ロジャー。その名が、いつのまにか静かになった戦場に響いた。


思い出すのは、"過去"。
"腐れ縁"の友人の伸ばされた手。忘れられる恐怖。全身に入る痛み。

そして――"青"。


世界から捨てられたあの絶望から救ってくれたのは、海軍などではなかった。
抱きしめてくれたのは。手を伸ばしてくれたのは、ロジャーだった。
オレにとって温もりとは、ロジャー海賊団が与えてくれた。
それがすべてだった。
あの手の暖かさは本物だった。


『どこ?』


「おちつかんかいリルリトル!!」

エドの・・・聞いたことないないような苦痛に満ちた声が響いた。

おちつけ?
なんのこと?


『ロジャーは・・どこ?』


いない。
ケハイ、ナイ。


たくさん気配があるのに。

ロジャーの気配だけがない。

でもここはいつものように潮の音と匂いがするよ。
たくさん、たくさん、たくさん、たくさん・・・たくさんひとがいる。たくさんのうめき声、たくさんの声。たくさんの血と煙の臭い。
ここは戦場でしょう?
なら、どうして爺様はいないの?

どこ?

その言葉だけを"知った気配"に向けて問いかける。

ボコリ。そんな音がする。
ボコボコとオレを囲むように黒い円が広がっていく。

あ、さっきから聞こえていた水の音って、オレの能力か。

ああ、暴走しちゃったか。
オーラをひろげた円の中の水分が暴走してる。
暴走すると、オレの能力は「水分」を選ばなくなるんだよね。
ほら人間って水分でできてるから、下手に手を出されるとまきこみかねない。
オレが暴走すると自分でおさえられないんだよな。
だからガープもセンゴクさんも白ひげもそれを気にしてたのに。

センゴク?
ここは海の上じゃないの?

視線をさらに彷徨わせれば、戦場でも目立つ赤い花。もとい鼻。
遠くでもあの赤鼻、ロジャーの船にいた見習いの…そうそうバギーだ。が、よくわかる。
彼まで、オレの様子に「おチビの暴走だ!!逃げろ!!」と青ざめて悲鳴を上げている。

あの・・・バギーさん、もうそれほどチビじゃないんだけど。
いや聞こえてないのもわかってるけどね。それでも心の中で小さいというのを否定させていただいた。
心の中でだけど。

チビじゃないってのに・・・。

あ、そっか。ここにはエースを取り返しに来たんだった。
もうロジャーはいなくて・・・。
オレ、血を流しすぎて、見境なくなったのか。


本当はね、知ってた。
ロジャーの世代の人々が“なに”を恐れているのか。

彼らが恐れているのは異能たるオレ。


理性がぶっ飛ぶと、オレは暴走する。
たぶん世界に拒絶された影響が一番強い。この世界に生まれてもなおそれをひきづったままで、なにかと情緒不安定で。 すぐに能力の暴走につながるんだ。
へたするとオレの“場”のなかの生物だろうがなんだろうが関係なく“水分”であれば、墨へと変えていこうとする。
止める方法なんか知らない。

ぶっちゃけ、ロジャー海賊団にいた時も何度か爺様が怪我を負うたびに暴走していたんで、だからロジャー世代の人たちはオレを恐れるんだ。
爺様が死んだときも、赤ん坊のエースを奪われた時もしばらくこんな感じで。

止める方法をオレは知らない。
爺様だけが気にせず“場”の中に入って頭をなぜてくれた。

前の世界ではそうやって、泣く子の頭をなでるのはオレの役目だった。
かわいいかわいいオレの子。
血はつながっていなくてもよく似てるといわれるのが実はうれしかった。
エースだって、エドといてうれしそうだったのに。



――!!。



誰かの、オレを呼ぶ声が聞こえた。
それとともにちょっとした衝撃。

攻撃の主を見やれば、腕にオレの墨をまとわりつかせ、脂汗をべったりかいている黄猿。

「あぶない、のー」

彼は最もオレの側にいたからか、黄猿はまっさきにその身から水分を奪われかけたようだ。
センゴクさんとガープも膝をついて、苦しげに呻いているところから、身体の中の水分が墨になりかけたのかもしれない。
あちこちで海兵も海賊も関係なくうめき声をあげているのを目にし、申し訳けなく感じたけど。
能力を解除するより、意識が白くなる方が早かった。
せめてエースたちまで被害はいっていないといいけど、そう思って重くなる身体で唯一動く目だけを動かし、エド達の方を見る。

たおれる寸前に見たのは、白ひげたち。
どうやらエドワードが覇気とグラグラの能力を使ってオレの暴走から逃れたようだ。
顔に冷や汗らしきものを浮かべた白ひげに守られるように、彼の一味といっしょくたにルフィとエースがいる。
目がとびでそうなほど大きく目を見開いて、とけんばかりに大粒の涙をこぼしてオレに向かって手を伸ばすエースを周囲が必死に引き止めいる。
それを見て、ほっとする。
よかった。エースはいるべき場所に帰れたみたいだ。
泣いているエースをみて、泣かないでって言いたかった。

結局その言葉一つでず――



オレの能力は暴走した。










広がった“場”が一気に倍にまで膨れ上がり、全員が身構えたが、すぐにそれは収束し、オレの周囲1mでとまる。
血液やらなんやらが墨に変換されかけていた者たちの、“水分”はすべてもとにもどり、肩で息をつくもののみな墨にならずに終わる。

オレの意識はそこで暗転し、オレも色んな意味で“終わる”のかなって思った。





トプン――



水に沈むような音がして

オレは〈黒姫〉の生み出す時空の穴に落とされた。











--------------------

意識がなくなる寸前誰かに呼ばれた気がした
あったかくて
なつかしいぬくもり
それにおいてかれたくなくて
待って――と
おいて行かないでと
だきつけば
温かい陽だまりに包まれたような気がした

声は――

オレに「帰ってこい」と言った










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