有得 [アリナシセカイ]
++ 零隼・IF太極伝記 ++



外伝12 井の中の蛙、人間に立ちふさがれる
<詳細設定>
※魔法はないが、前世もちが多くいる世界


【霜月シュン】
・真名は「零」
・転生者にして隼成り代わり
・前世の記憶あり
・元獄族
・獄族ハルとその契約者であるカイによって育てられた
・獄族の中でも若い方で、千年ぐらいしか生きてない
・氷の能力者(+ペルソナ)
・ハジメの契約者

【睦月ハジメ】
・前世の記憶あり
・元人間
・弱い獄族しかいないため、魔物と人の争いが絶えない荒れた地域の国の上級貴族
・人にしては強い力を持っていることと、地位が、彼を孤立させていた
・神話の戦争からはウン千年後の時代の住民
・シュンの契約者

【弥生ハル】
・前世の記憶あり
・元獄族
・獄族シュンの育ての親
・空間能力者(風、重力も支配下に置けていた)
・神話時代の住人
・人が誕生した理由も神々の戦が終結したのもすべて目にしている
・風の神の末
・カイの契約者

【文月ハル】
・前世の記憶あり
・獄族シュンの育ての親
・雷の能力者
・神話時代にうまれた最初の“人間”
・海の神の涙から生まれた大地に生きる者の末裔。大地に生きる者たちは繁殖力が高く、子を己の炎で焼いてしまい子を得られなかった太陽の女神の嫉妬をうけ、命を奪われ、短命となってしまう――これが“人間”。
・人が誕生した理由も神々の戦が終結したのもすべて目にしている
・ハルの契約者
・世界で最初に契約した(大地(カイ)と空の住人(ハル)が契約することで、同盟は結ばれ神々の戦争は終結した)



とある世界。
太陽が最も早く昇るとされる東の地域では、ある神話がつたわっている。
それは真実とは異なる物語。



――その世界では、古の時代に天と地による神々の戦いがあった。

天は神の兵士たちを示し、地は人族をしめした。
人は生まれながらに賢く、生命力が強く、神々の言語を理解することができたため太陽の女神に愛されていた。
戦いの発端は、人のその賢さに嫉妬した天の神々だったという。
長く長く続いた天地の戦いは優劣つかず拮抗を保っていたが、 太陽の女神の加護をうけた地上の民が勝利をおさめた。
優しき女神は愛しき人の子らの死を悲しみ姿を隠していたが、戦争が終わったことで姿を見せた。
そして太陽の女神に刃を向けた者たちを罰し、敵対した天の神々を醜い化け物の姿に変えた。
敵だった兵たちはみな、太陽の届かぬ西の地においやり、地上は人族のものとなった。
人族は自分たちに愛をあたえてくれた太陽の女神に感謝をし、その敬愛のしるしとして、女神に刃を向けた元敵兵である化け物を狩ることを誓った。



――っという、神話が語られているが、ほぼ真実要素がない真っ赤な嘘ばかりである。
この神話を聞いて多くの常識あるものは、「まず、どれだけ人間は傲慢なのだろう」と考え、あきれ果てた。
史実を知らずとも理性あるものならば、「自分に都合のいい話でしかないだろうそれ」と、すぐに物語の改ざんの気配を感じとる。
かつ「死んでくこどもがかわいそうだから隠れました」ってなんだその女神は?と眉を顰めるのが常である。
そもそも本当に慈愛にあふれた女神なら、戦から目を背けたりするな。逃げるな。と言いたい。
むしろ戦をやめさせる努力ぐらいしろ。どうかんがえても「慈愛」ではなく「自愛」の「じあい」違いはなはだしい。

天地戦争終結より数千年後。
直接戦争にかかわっていなかったがゆえに、なぜ天地の戦が終わったかも太陽が隠れたかも理由を知らなかったものが頭を働かせ妄想したゆえの伝承である。
おかしな情報が真実として伝わってもしょうがないことではあった。
そして真実が分からないからこそ、伝えられた話をうのみにし、さらに想像力豊かな人間だからこそ尾びれがついた。しまいにはそれを人間が過大解釈をした。
人族が短命であるため正史がきちんと伝えられなかったことも要因のひとつだろうが、一番は想像力豊かな人間の発想力のすごさだ。
そうしてこのようなねじ曲がった物語が誕生したのだ。

現在は人の多い東域にのみ、この人間にとって都合の良いように改ざんされた物語は広まっている。

驚くべきことに、人間に都合のいいように改ざんされた神話とも呼べないこの神話は、根強く人間たちの間で語り続けられ、 人間たちのプライドを誤った方に底上げしていた。

この神話で語られていることはいわば3つだ。
一つ、獄族は絶対的な悪である。
二つ、人間こそ正義であり、人間の行いは正しい。
三つ、「陽」の力を人間が持つのは、太陽の女神に愛されている証。

すなわち、人間以外は下等種族であり、罪深き者たちである。という考え方である。 それゆえに東の地域の人間たちは、自分たち人間こそがもっともも素晴らしい種族だというプライドと、「陽」という力ゆえの自信があった。
この誤った神話により、東の人々は驚くほど自尊心が高い思考の持ち主ばかりとなっていたわけである。





さて、神話の真偽がすでに人の世では判断できなくなったころ。
それは神代の事実が忘れ去られようとしている遠い未来の話。

美しき姿の者は、強き力を秘めている。それは強い力が身体の活性化を促すためだといわれている。

「美」が力の力量を示す・・・そう、人々の認識とともに、世界の理が定まったころ。
神話時代より生まれた獄族とは「別の獄族」が世界にあらわれていた。

神話の時代以降にうまれた種族は、みな弱い力しかもちえず――淀みが凝り固まって生まれ、自我もなく弱き力しかもたない異形の姿である。
人々は、それこそを“獄族”と呼ぶようになっていたのである。

うつくしくなく、みにくいものこそ獄族であると、その地に住まう者たちは信じていた。

醜い者たちのおおくは、陽の力が強い東の地にて存在した。
太陽の出づる地、東の地。
もっとも早くに太陽が昇るそこは、太陽の恩恵を受けた陽の力のいきわたる地だ。
陽の力が強いがために、弱い陰の者しか生まれないその地。
ゆえに本来獄族と呼ばれるべき美しいが陰の力しか持たない者たちが忌避し、近寄ることない場所でもある。





異形たちが多く集まる東の地。そのとある国にて、ひとり術師の若者がいた。
“獄族”を何体も倒したことで名をはせ、周囲からもてはやされていた術師だったが、彼は西に住まう神代時代から生きる真の獄族や神々の末裔のことを知らず、 井の中の蛙であった。

そんな蛙でしかないものが本物の実力を知るよしもなく、その知識のままに、ある世界に転生をはたした。


「嗚呼…やっとだ。見つけた。みつけたぞ!」

術師だった男は、前世の記憶を持ったまま、あらたな世界で生を得た。
その世界で彼は、みつけたのだ。自分の怨敵と。

「ははは!とうとう悪しき元凶をみつけた!俺はこのために力を持って記憶を持ったまま生まれ変わった!!!」

現世にも蔓延る獄族を根絶やしにするために唯一の術者(英雄になるべく)として・・・。







【井の中の蛙、“人間”に立ちふさがれる】
 〜「太極伝奇・零」世界〜








“かの者”の生きていた世界、しょせん前世というやつだが、そこで「陰のモノ」こそ悪という認識が当然だった。

そこでは、「陽の力こそ正しい」「陰は悪」「悪は共存ではなく根絶やしにすべき」という考えが人々の間で根付いていた。
極論である。
しかしそれこそが正義だと、誰一人として疑う者はいなかった。
ゆえに、獄族という「陰」から生まれし存在は、悪であり滅ぼすべき敵であり倒すのがあたりまえ。強ければ強い敵を倒した方が富・名声・名誉が得られ、もはや獄族をたおせば英雄扱いである。
そういう考えが人間の間では当たり前であり、その考え方を持つ者は世界の半分を占めていた。
自分たちの種の成り立ちを知らない若い時代の人間たちは、世界が天地に分かれて戦っていたことさえしらない。
どうやって人間や獄族という種族が生まれたかさえしるものはいなかった。
それが真実をしらぬ陽(ひ)の者ーー人間たちの意識を増長させ、陰の者を蔑視させた。

とある地方では、獄族を無理やりとらえ、〈契約〉をさかてに下僕あつかいしている人間たちもいるほど。
下僕ですめばまだいいだろう。自分に自信がある人間は、獄族は陰のものゆえ滅せるべきそれこそが誉と声高々に周囲をあおり、おのれの力を見せびらかすために「陰のモノ」を殺して優越にひたる。
本来であれば、獄族との〈契約〉は利害が一致していなければならず、いくつもの条件が伴う。そうやって認めた者同士でなければ〈契約〉などできるはずもないのだが、人はそれを無理やり従えるすべを開発していた。
相手の力が自分より劣っている場合に限るが、呪具により相手の力を無理やり抑え込んでじまうのだ。
そこで自分が強いと勘違いしてしまう者は多かった。

“かの者”も、またそのひとりといえた。










:: no side ::

その男が次に生まれた世界は、獄族がいない世界だった。
負のモノと呼ばれるのは、この世界で言う“お化け”や“幽霊”と呼ばれるものばかりが精々。
男はそんな負のモノを祓う前世の力を持ったまま生まれた。
しかしこの世界では、“それら”をみれるものはおらず、感じとることができる者さえ稀だった。
前世の記憶をそのまま持っていた男は、学業面に関してはそれはもう神童やら優等生と言われた。
男はその誉れを当然だと受け取っていた。
精神年齢は大人であるのだから。
正直、成長過程で必要な義務教育で子供たちに付き合わねばならない面倒さはあったが、前世では知りえなかった知識を知れるのは面白かった。
なにより「転生したのだから仕方ない」と、寛容な自分だから許しているのだと内心で周囲を見下すことで溜飲を飲み込んだ。
だが、あれよこれよと持ち上げられていくら気分をよくしても、男には他に不満があった。
それは世界そのものの在り方の問題なのだが、男はそれが気にくわなかった。
男がいた前世では、人以外の存在ーー負のモノを滅せば感謝され賞賛されるものだった。
だが、視えない者からすると、取り憑かれそうになっていたところを庇われた実感もないので、男が悪い霊を祓おうが「何をしているんだこいつ」とばかりに奇異な目で見られるだけだったのだ。
この世界の住民は見えないから信じない、信じていないものは“ない”とおなじ。だから身近な驚異にさえ気付かない。
そんな場所において、逆に視える自分こそが彼らからするとおかしい存在となる。
いつしか“悪いもの”をみる自分こそが「普通でない」といわれ、おかしいと。そんな立場においやられ、周囲からは「あいつは変わってる」というレッテルを貼られ始めた。

おかしいのはお前らだ!

そう叫んでも誰も聞く耳をもたない。
馬鹿ばかりだ。

非現実だと主張するその背に負のモノが張り付いているのを誰も気づかないなんて……!!!!
目に見える証拠が必要?なんだそれは、そこにいるだろ。見えてないのはお前たちのほうじゃないか。

嗚呼、前世ならば目の前で八つ裂きにするだけで俺は賞賛をえたのに。
獄族なんて負のモノのなかでも力あるものをたおせば、俺の行いは正しいと言えるのに。


そういった思いを抱え、17になったころ。
男はみつけたーー人の敵。獄族を。

人の視線がその獄族を追う。獄族の発した言葉に人が応え、アレの言葉を人が理解する。
目に見える存在だ。
だがあの人ならざる気配は、獄族のもの。
獄族は存在しているだけで悪だ。
人の目に映るなんて、なんと強い力の化け物だろう。
その力で姿を偽り、人を欺き、耳元で甘い言葉を囁きこちらを殺す気を狙っているに違いない。
人化の術に、幻術に、誘惑に、催眠。吐く息には毒でも混ざっていそうだ。脳にでも作用する術か、はたまた魅了の使い手か。
だますために人の言葉を覚えたのか、そうであればある意味協賛にあたいする。
そうやって人間のふりをして、人間たちを虜にして依存させて…。


男がみつけた獄族は、彼が知りうる前世を含めた記憶の中のどの人間たちよりも美しく整った人形のような姿をしていた。
それこそがひとをたぶらかす人外が化けた証しだと、興奮に乾いた唇をなめる。

彼がであったのは、とあるアイドルだった。

アイドルグループ【Procellarum】。
そのリーダーの霜月シュンだった。

はじめて彼がテレビにでているProcellarumをみたとき、この世界で唯一の術者と自称する彼でさえ画面越しのためか霜月隼を一介のただのアイドルグループ程度にしか認識していなかった。
だが、たまたま学校で撮影がおこなわれるという話で、その撮影の打ち合わせに来ていた霜月シュンをたまたま目撃し、この目でその実物を見て慄いた。

「これは天による俺への褒美か…」

一目実物を見れば十分だった。
人にあるまじき美しさ。それに加えテレビ越しではわからなかったにじみでる禍々しい気配。幽霊や負のものなんて優しいものではない。
これは自分にとって狩るべき極上の獲物ーー獄族だった。

獄族の気配を知った時、青年はすぐに人通りがない場所にかけこみ腹を抱えて笑った。

よもや獄族が人気者などとなんの冗談だ。思わずアイドルのおかっけをして黄色い歓声をあげているものたちを憐れまずにはいられない。お前たちはそいつに騙されるというのに。
それさえ気付かない愚かな奴らに慈悲をくれてやろう。
俺があいつに術をかけられ洗脳されたおまえたちを救ってやるんだ。
感謝して、そこでみていろ。

そもそも獄族なんてものは、人間様の奴隷だ。人が使う力にさえ抗えず、その程度しか力をもたないくせに。
そんな底辺にいたヤツらが、飼い主(主)たる我ら人間をたぶらかそうとは、おこがましいにもほどがある。

そんな獄族が目の前にいる。
しかも人の目に見える形でだ。
力がなさすぎてみえていない者しかいないこの世界で、あいつのことは千差万別とえわず誰もがそこにいるのだと認識し、かつ見えている。
そう。それほどに相手の力が強いか、この世界の人間たちの力が弱すぎて獄族をのさばらせてしまっているだけか。きっと後者だろうが。

あの白い獄族はそうやってなんらかの術を使い、人間の女どもを虜にしている。
まるで敵などいないかのように無防備なまま観衆の前に姿をみせ、テレビなどにでてちやほやされ。そうやって好き勝手振る舞う姿に腸が煮え返るような怒りがわくが、アホ面をさらして騙される人間たちをみれば少し溜飲が下がり、今度は呑気に歌っている獄族に哀れみと慈悲がわく。なんて滑稽だとしか言い様がない。

そんな無防備に姿をさらしていいのか。
お前たち獄族を殺すのが俺の役目。
それこそ術士としての誉


お前の敵ならここにいるぞ。



前の世界では見たことがない人のような姿。みたことない美しい獄族。平凡なんて言葉では当てはまらないその美しさは人外の証だろう。
その均整のとれた容姿は、前世も含め今世でさえ見たことがないレベル。彫像か御伽噺の何かの種族であるといえば納得ができるほど。
なるほど“ただの人”であれば、あの容姿はアイドルむけであり、人間たちの間で騒がれてもおかしくない。

ただし人間はあの容姿を喜んで受け入れようとそれは何も知らない人間だけだ。

俺は違う。俺は知っている。
だからだまされはしない。

(見事な人化の術だが、所詮は獄族。俺の力に叶うわけがない。)

今度こそ自分の実力をみせるチャンスだ。
獄族を思う存分いたぶって霧散させればいい。

獄族をボロボロにし死にかけ寸前までおいつめれば間違いなく幻術はとけ本来の姿をさらすはず。
そしてあのアイドルという化けの皮を剥がし醜い本当の姿を晒けだし、引き摺ってクラスメイトたちの目の前で獄族という異形のものが死して消えていくところをみせつけてやろう。俺の術の威力を思いしれ。
獄族が死ぬ時はその身ごと骨も残らず霧散するのだ。それを目の当たりにしたら、間近にせまる恐怖をおぼえ、皆、俺の言ってる事を理解する。クラスメイトのやつらはさぞ驚くだろう。だが同時に、これで身近な所にもつねに悪しきものがいるのをしるだろう。
それがわかれば、俺を認めないもんはいなくなる。むしろ力がるあのは俺だけだ。ならば
魔から守ってくれる存在がそばにいることを喜ぶに違いない。

青年は、ニヤリと口元をゆがめた。




そうさ。悪は滅んで当然なのだ。
だって





ーーー“昔”は、それが当たり前だったのだから










:: Side霜月シュン(成り代わり主) ::

CM撮影をするにあたり、とある学校を借りることが決まった。
場所は体育館。
そこでLIVEをして、人が集まっているその手にはみんな同じ飲み物が。ライブの最期にはみんなが蓋をあけて飲み物を掛け合って喜ぶーーそういうイメージの撮影だ。
まぁ、最期の盛り上がりとしてかけあう飲料が炭酸飲料だからあとでどうなることやらという苦笑があふれているが、そこは確実に決行するようだ。

今回俺こと霜月シュンと参謀である文月カイ、マネージャーの黒月で、撮影の打ち合わせにやってきた。
会議室に到着するまでの間、一度だけ学生の集団と通りすがった。
噂が広まらないように放課後を選んだが、やはり部活動とかで遅くまでいる生徒もいるのだろう。
部活かぁ・・・・バスケ部とかないのだろうか。
前前世のことを思い出し、ちょっとだけそわそわしてしまう。あーバスケしてぇ。

ただ、相方のカイだけが、その集団の中に知り合いでもいたのか驚いたような顔をした後顔をしかめた。
それも一瞬のことで、相手にも黒月さんや案内してくれた教師にさえ気づかれることもなくすぐに元の爽やかな笑顔に表情に戻っていたがたまたま目撃してしまった俺としては気になってしまう。
打ち合わせもひと段落氏、黒月さんと先に来ていた監督と教師が席を外したとき、行きのあの表情は何だったのか尋ねてみた。

「あーみられてたか」
「たぶん俺だけだとおもうぞ、気付いたの」

ならいっかと、苦笑を浮かべてカイが話してくれたのは、予想の斜め上の内容だった。

「お前さー、俺とハルが旅したのしってるだろ?」
「ん?は?え?何の話?え?えーっとこの間の『芸能人サバイバルバトル!どのチームが一番無人島で生き残れるか!』で参謀ズで数日間いってたあれ?え?違う?」

「はは、わりーわりー。言葉が足らなかったわ(笑)旅ってのは前世の話なー」
「あ、そっち・・・え?( ゚Д゚)ゼン、セ?」

まさかの前世関係だったぁぁぁぁぁーーーーーーーー。

「さっきの学生の中に一人、前世の記憶をもってるやつがいたんだよ。たぶん俺達のいた世界と同じ世界の記憶をあいつももってるはずだ」
「え・・・なんでそんなこと」
「この世界では獄族は力を上手く使えないのは身をもって知ってるだろう?“あのハル”でさえこの世界では制約が強い。
お前だと吹雪はもう出せないし、せいぜい冷気をだしたりや身近な物を凍らせるぐらいだ。
だが人間の術士はこの世界でも力の法則が変わらない。
さっきの学生、間違いなくあいつは術者だ。
なにせ、あいつの身体の周りだけ淀みなくこの世界の力が循環し、術士特有の綺麗な流れを作っていからな」
「ひぇ。に、“人間様”か」
「まさにそれだな。それと、もうひとつ。不運なお知らせだ」

「・・・ありゃぁ、“ハジメの同族”だぞ」

前世の記憶もちといつか遭遇するんじゃないかとは思ったが、本当にいるとは。
し、しかもハジメの。
あ、あのハジメさんのど、同族!?
甘えんぼうMAX人間超越しちゃった系術者ぁ!?

「違うからおちつけ。性格や能力のはなしじゃなくってな。なんていうかぁなーうーん」
「まさか属性!?光属性なのか!!あの世にもまれな空間能力者の次に珍しい希少種!?はっ!?でも属性をみただけでわかるカイの方がすごくね?カイ、凄かったんだなぁ」
「あーそっち(属性)でもなくてな。生まれた時代てきな?天地戦争後に生まれた世代の人間って意味でだな」
「俺も天地戦争知らないぜ」
「まぁ世界の大半は神代時代をしらないから当然といったら当然なんだがなぁー。
そうじゃなくて、もっともっとあと。タチが悪い時代の若造さ。
あの目はお前よりもはるかにもっとあとの世代のやつらがよくしていた目だ。それも特に若い……“ハジメと同じくらいの時代の人間”の術士だあれは」

若い世代…俺とハジメが出会って死ぬまでのあの期間に生きた人間。
俺と始が一緒にいれた時間が最も短い契約者同士というのはきいている。
寿命を分け合ったはずなのに二十年も一緒にいれなかった。
俺たちの死後あの世界がどうなったかはきいてない。そういう雰囲気ではなかったし、話してくれてもハルは面白おかしい話に変換してしまうし、そういう辛くない部分だけを切り取った話ししかしてくれない。
けれど無理やりの契約でもあそこまで短い付き合いのものはいないという。

ん?・・・無理やり?契約?

「気付いたな。そういうことさ」
「え?」
「いたんだよ。“無理やり契約すること”でしか獄族と関係性を持たないそんなやつらが」
「…本当だったらそれ嫌だな」
「事実だ。げんに俺はこの目でみてきた。
俺とハルの寿命は長い。暇だったこともありシュンを見つける以前は、ハルと大陸中を旅していたことがあったんだわ。
行った先々で風習も生態も異なっててな。日本の県みたく、俺らでいえば食べ物や文化しかり。あの時代、西と東で術者と獄族の種族バランスが偏っていたんだよ。そのせいで人々の認識も異なっていた」
「ケンミ〇ショーで比較される県の特色みたいなかんじか?」
「お♪わかりやすいな。それだそれwww」

「ーー時代の流れもあったんだろうな」

「真の獄族が神の兵の生き残りだとしらない若者たちの世代。“契約”の意味が根底から変わった世界。その世代の彼らにとって“獄族”はただの陰の力が集まり固まっただけの知性が乏しい弱い存在なんだ」
「んなばかな。獄族が弱いって、さすがにそれはないだろ」
「いんや、獄族は弱いんだシュン」
「力量差なんて一目瞭然なのに、んな馬鹿馬鹿しいこと思うような奴・・・いないだろ」
「肉体を始めから持っている“生き物”と違って、“陰のモノ”は肉体がない。力の塊である彼らは、力が弱いと存在もあやふやで姿かたちをうまく保てない。だから力が弱いモノたちは異形の姿となってしまう。
そしてそんな彼らしかいない土地がある。ハジメがいた東の地だ。
あちらには“神の兵から降格して獄族と呼ばれる存在になった者”がいつかなかった。理由は簡単だ。もっとも地上で最初に太陽が出る国。つまり一番日照時間が長く、日の力が強い。陰の力がどこよりも弱いのが東国だ。
逆に東の地には、人間の力が強く最も光属性が生まれやすい地でもあったわけだ。
つまり人とそれ以外の者の力バランスが偏ってるんだ」

「……そんな旅の中で、東より先の一部地方は、獄族の扱いが酷かったのを見たことがある。まぁ、その地方に限った話ではないけどな」

だから心配なんだ。と、カイは語る。
相手の記憶持ちだろう生徒は、カイをみても反応をしなかったらしい。それはつまりカイの実力を把握していないか、力量さを推し量ることもできないレベル差があるか。
むしろシュンの方ばかり睨みつけていて見ていなかっただけかもしれないが・・とカイは苦笑するが、それでも気にしておいて損はないだろうと言われる。
あの目は間違いなく獄族を敵視ししている者の目だった。だからこの撮影の間は出来る限り一人になるな。とカイが忠告してくる。
カイやハルのレベルにかなう前世もちなどいるとは思えない。
ハジメだっている。
あのハルとやりあってぴんぴんしているハジメだ。ハジメがそうとうな術者なのか、ハルの力が弱りに弱まっているせいか。とはいえ、前世で神々の戦に参加していたりそれと張り合える奴らばかりが、今世で俺の周囲にあふれている。もうそれだけで鉄壁の守りじゃないかと思うのだが。
カイのことが分からない、オレを獄族として下に見ている時点で、今回獄族そのものを敵視しているという奴の力量が相当低いのは明白だ。
それでも警戒を怠るなと真剣なまなざしでカイに告げられる。
今は前世とは世界が違う。あちらの常識も価値観も違うから何が起こるかわからないと。

なにかあってからでは遅いからと言うが・・・いや、なぁカイよ。おまえは俺の服の中に仕込まれまくってるハジメの呪符の多さ知ってる?
ちょーヤバイぐらい結界やら安全祈願やら、反射の術やら・・・・あ、この雷の札カイのじゃ・・・・。

とりあえず俺のコートの内側は、自動防衛術がはりめぐらされたあげく、力を籠めれば誰でも発動できるタイプのお札もたんまり仕込まれている。
ペルソナ前前前世の杵柄で、自分でも作れるんだがなぁー。まぁ俺より専門職からの札の方が効力は強いだろう。
前前…世で習得した俺お手製の札もいくつかあるわけで。なお、心配性のハジメから渡されたそれだけでは足りないとか信用してないとかではなく、つい習慣で作ってしまったってだけである。

うーん。歩く兵器って俺のことかもしれない。


よし、なにもみなかったことにしよう。


俺はそっとヤバイものがたくさんつけられたコートをそっととじた。
そのまま俺は流れた冷や汗を見なかったことにしてぬぐいとり、引きつってはいただろうがニッコニコの笑顔を張り付けてスタッフさんや黒月の話をきいた。

その日は何事もなくミーティングは終わった。



かに、おもえたが。





「獄族には死を…!!」



誰かの声が響くと同時にバチバチバチッ!と身体の周りを幾度も光の壁がちらつく。


いやいや、早速かよ!?

どうやら俺がひとりになるのを待っていたらしい。
えー律儀だなおい。学生たちとすれ違ってから会議が終わるまでどれだけ時間がたっていると思ってるんだ。3時間はたつぜ!

ミーティングを終え、スタッフが撤収し、先生の見送りもすみ、黒月が車を取ってくるとさり、カイがちょっと飲み物を買いに離れたその瞬間だった。
軽い力で腕を引っ張られ、そのまま脇道にさそいこまれた。
カイが戻ったのかと思っていたが、すぐにあのセリフとともになにかがとんできて、それをオートバリアー(今命名した)の術式が作動したことで襲い掛かってきた白いものを防いだ。
ちらりとみると空中にいまもバチバチと火花を散らして何かが書かれた縦長方形の紙が燃えている。それはこちらが見ている間に塵となって消えていく。残骸も残さず・・あ、消えた。

つまりいまのはなんらかの術式が刻まれた札ーーと、いったところか。
それを結界札が助けてくれたーーと。

思わず背筋がゾクリとする。

今ので脳内にハジメのドヤ顔と、それをみたハルの絶対零度の微笑み。そんな様子がありありと浮かんだのだからしかたがない。え?相手が襲い掛かってきたのが怖くて背筋に悪寒が走ったーーかと思ったて?なに勘違いしてんだよ。怖いの黒年長にきまってんだろ。ハジメがいい仕事をするとハルがキレル。そのサイクルはなんとかならないものか。こえぇよ。なにがって“ハル”が。
つまり相手に術なんかを使わせてしまったあげくハジメの護符で守られた俺。そうすると、ハルがキレル。うん。なにこれ。凄いこわすぎるサイクルなんですけど。

攻撃の術。守護の術。ふたつの術が反発しあい火花が散っていたのだが、札がすべて燃え尽きたことで、飛び散る火花もやがておさまってくる。
ころあいをみて、攻撃を仕掛けてきた人物を見やれば、自分より少しだけ年下にみえる学生服に身を包んだ青年がいた。
彼は随分とげびた表情を浮かべてこちらをみていた。
ああ、カイが言ったのはこういうことかと、すぐにわかった。
殺意にあふれた目。こちらをさげずむあの目。
あんなのみたことないから、はっきり言うとちょっとつらい。

「今日の11月はアンラだったか?」

少し現実逃避していたのは許してほしい。

「いやまてよ。確か今日は3月がアンラだったような?」
「なにをごちゃごちゃと!!一回防いだからといい気になるなよ!獄族風情がっ!!」

いや、だってさー現実逃避してないとやってられないだろこんなの。あ、やってられないのは俺じゃなくて、たぶん“アナタが”ですよ。
だって、まだ“一枚も”ハジメの札が“効力を失ってない”。えぐいほどの力量差を俺は、ハジメと目の前の青年二人の間に感じ取ってしまったわけです。
しかも俺の服の中ヤバイ・・・一回どころかあと22回は他人の力だけで防げますが?ナニカ?
このまま攻撃され続けると、ハジメの護符の効果で俺はつたっているだけで相手さん力尽きそうだしー。
思わず自分の作った札の数は除外したのは、せめてもの優しさである。

チラリと。青年が持っているものを見やる。
片手に札が3枚。
さらに別の手に2枚。
ポケットに入れてたのか、ズボンのポケットが裏返って飛び出ているけどそこにはもう札はない。
はい、つまりもうアウトですね。

ハジメの札の方が気持悪いぐらい多いぃぃぃ−!!!!

頑張ってくれとハジメじゃなく相手の青年を応援してしまったのも仕方ない。
だって、俺はたしかに前世が獄族だけど、その前は薬師とかやってたから術やお札づくり得意なんだよ。つまり自衛もできます。
いや、あまりにかわいそうだから目の前の相手に言う気もないけどな。
まぁ、俺が自分の力を使う前に、ハジメさん(+カイ)のお札があんたの相手をします。

うん。なんか本当に、なんか・・・ごめんな青年。

もう一度、視線を空に向けて現実逃避をしてしまった俺はたぶん悪くないと思う。だからハジメさんはまずハルにぶったたいてもらって常識を取り戻してこい。



とりあえず、シリアスモードにもどろうか。
相手の青年が、話ができる状態だといいのだけど。

声をかけようとおもったが、また札が投げられ傍でバチバチと火花を散らして消滅した。
いい加減、あいつは実力差というのをわかれよ。
うちのハジメはちょっと過保護なあまり神様に近い存在にさえ余裕で喧嘩売るレベルだからな。
だけど相手の青年は激しく舌打ちをし、またなにかをわめいている。

相手は本当に術師なのだと思えた。
それも獄族を“何らかの理由もなし”に、獄族だからとそれだけで敵視している地方の。
幾度も罵声と共に投げられる札こそが、“こちら側”を無条件に嫌っているなによりの証拠。

ああ、投げられる言葉がつらいな。
この世界ではあまり向けられたことのない敵意たち。


目を閉じれば、自分の過去がよみがえってくる。
やさしいひとたち。優しい言葉たち。
俺は――前世でも今でも随分と周囲に甘やかされていたのだと、愛されていたのだと思い知らされる。

そうこれは、考えられる“来るべきパターン”を迎えてしまったにすぎない。
前世ーーーあの世界には獄族との契約を“是”とする者と、獄族や陰の存在そのものを撲滅させる者と大きく別れていたーーらしい。
本当にそんな奴らがいるというのを実感したのはついさっきだけど。
この新しく生まれた世界で何人も前世の記憶持ちに会ってきた。だけどそのだれもが人間獄族関係なく良い奴らばかりだっただけに、目の前の青年の悪口を超えた罵声の数々に心がチクリと痛む。
そうだよな。記憶もちがあれだけいたんだ。当然、過激派の記憶所持者だってこの世界に居てもおかしくはないといえよう。
人の考えは100人いれば100通りというし、しかたないことで、これもまた有り得たこと。

俺が人間として転生したから、いまとなっては“陽の力を込められただけ”の札では、その威力は獄族の時ほど効果は発揮しない。なにせ俺の肉体はこの世界で生まれた“人間”のものなのだから。
つまりは目の前の青年と今の俺は同じなのだ。

人間にたいし“対獄族ようの札”が効果を発揮しないのと同じように、また力が弱ければ人間の術など力の強い獄族はあっさりはねのける。
残念なことに、目の前の術者だと名乗る青年ーーこの学校の生徒だろうか?学生服を身にまとった青年は、実力もハジメに比べれば低く、西にいた獄族の誰にも劣るだろう力量しかない。術者としてそこそこなのだろうと見受けられた。

だが、相手を見くびって足元すくわれるのは勘弁ーーーと、呼吸を一つ置き、相手と会話を試みようとまっすぐ相手と視線を合わせ

「獄族はこの世界に存在していない」

一息に、言いたいことを言ってやる。

お前はいつまで前世なんて夢を見ているんだと。
お前の目の前にいるのは獄族ではなく人間の俺だと気付いてほしくて。

「なにを馬鹿なことを!」
「その札が獄族専用の陽の力をこめただけの札なら、俺には効かない。俺は人間だからな」

「嘘だっ!!!お前ごときが人間のはずがない!人に化けてはいるがお前の気は陰を秘めてる!俺には解る!!悪さをする前に滅するのが俺の使命だ!!」

案の定、俺の言葉は真っ向に否定された。
たしかに俺は陰の気を持ってはいるのだろう。あながち間違ってない……が。
人間であることには変わりはない。
だから今の俺は陽の気も持ち合わせているはずなのだ。
それがわからないようなら

「俺を殺せばあんたは“殺人犯”だ」

「はぁ?!」
「人殺しになりたいのか?せっかく生まれなおしたのに?」
「何をふざけたことを!獄族は肉体も残らず消えるんだよ!!フンッ。そんなこともわからない低級風情が」

あ、だめかもこいつ。
マジで力量さわかってない。
結界にはばまれ、ハジメとの力量さなんて丸わかりのさっきの攻防を見てもまだ自分が有利だと信じてる。

そもそもこの世界での常識だろうに。人が人を殺せば殺人だ。法にだって触れる。だれにも尊敬などされない行為。
力のコントロールに失敗したあげく子どもの姿になったり、並行世界の自分たちと接触したりと、ここ最近の身の回りの出来事の数々を考えると、常識なんてどの口がとも思うがそこは無視し、目の前の相手の説得を試みてみる。

ただし、それが可能なのは、相手が俺の言葉を聞く意思がある場合だけだ。

「いいか。お前にとって俺は忌むべき“獄族”かもしれない。だけどなぁ、この世界は陰に怯えていた陰陽が関わる世界じゃない。今の俺は“人間”だ。殺せば肉体は残るし、“警察が動いて”もはやそれは誉ではなく“事件”となる。“悪い意味で”テレビに報道されるぞ」

1句1句強調して言ってみる。
そう、どんなに記憶あろうと、ここはあの世界じゃない。
能力が使えてもそれは歓迎されないのだ。

「お前は“獄族を倒した術者”と周りから持て囃されたいんだろ?だがこの世界には獄族はいないんだ。だからもうお前の夢はなにをやってもかなわない。無理な話なんだ」
「だまれ低俗な妖ふぜいが!」
「“人間である俺”を殺したら未来を棒に振ることになるぞ。“人を一人勝手な主義で殺した殺人犯”としてしか今後見られなくなるんだ。あんたそれでいいのか?」
「煩いな!!獄族程度が人間様に逆らって良いと思ってんのか?!家畜同然のお前らがニュースになるほど重要なわけないだろう!!」

投げつけられた言葉に思わずギョッとした。
術者というのは陰のモノを祓うのが存在理由ーーそう理解していたが、俺はどうやら“理解していたつもり”になっていただけらしい。 ハジメの場合は術者といっても、人間に害悪をしたモノのみに限定し祓っていた。だから、こんな家畜呼ばわれされる意味が解らなかったのだ。

カイから話は聞いていたが、それよりももっとひどくないか。家畜って・・・。

本当にそういうふうに思う人間があの世界にいたのだと思うと、息が詰まる。
どうことばをかえせばいいかわからない。
あまりにこちらを下に見過ぎて、青年の耳に俺の言葉は絶対に届かないとわかってしまったから。


さて、どうしたもんか。このまま持久戦に持ち込んでこちらの実力を見せつけるべきか。
うーん。時間かかりそうで嫌だな。
そろそろ後ろを歩いていたはずの俺がいないのは、さすがに時間がたっているのでカイでも黒月でも気づくと思うし。

「おうおう。こんな場所で花火をやってるのはどいつかな?こんな場所で火遊びはダメだぜwww」

ふいに明るい笑い声のようなコエガキコエタ・・・・あ、俺の能力を超えるような冷気というか寒気が背後から。
助かったどころか状況悪くなってないかこれ?

「っで?うちのリーダーになにしようとしたお前」

ずっしりと肩に重みが来たかと思えば、カイがそれは恐ろしい冷ややかな顔して俺の肩の上で腕を組みあごを載せていた。
重いわ!と突っ込もうとしたが、ちらりと見た横顔はめちゃくそ怖かった。
え。これ、殺気だってね?

「シュンにしようとしたことと同じような酷いめにあいたくなかったら、即、その札を下ろしちゃぁくれないか?ほら、“同族”のよしみでさ」

声だけきくと旧知の仲の有事にでも話しかけるような爽やかな口調だ。
だが一句ごとにトゲがあるのは、目を合わせていない俺でもわかる。

しかし目の前の青年はどこまでにぶいのか、逆に同族なら自分の気持ちがわかるだろう。と、 カイの懐柔にかかった。

「酷い?陰のモノは害悪でしかない。獄族は人間の支配下にあって当然!滅するのは尚のこと!!!こいつは悪だ!同じ術者ならわかるだろう?なぁ、そうだだろう?!」



「だ ま れ」



一言。

たった一言で、青年は息をとめる。
まるで言霊に操られたように、ガクリとその場に膝をつき、怯えた目は驚愕に大きく開かれ、パクパクと開いた口からは息を吸う音しか出ず、恐怖に顔が青ざめている。
目の前のは相手は見えない岩を一つずつ背中に置かれていくかのように、身体を折り曲げていく。

おおー。これが力量差か。いや、でもなーこれカイはべつに術も何も使ってないんだぞ。それでこの威圧感。これくらいの威圧なら、ハルの微笑み一つよりはるかに生ぬるい。カイは手加減が上手いなぁ。
俺から離れるとカイは、ポンと俺の肩をたたいて距離を置くように言ってくる。
何をする気かは分からないが、まぁ、カイのことだ。暴力沙汰などはおこさないだろう。

「っで?俺とお前が同じ、なんだって?」
「・・じゅ・・・・つ・・・ぃ・・・・」
「あ゛?」
「っ!?」

喉が渇いたのか、干上がったかすれた声で懸命になにかを告げた途端、カイは不機嫌そうに眉を寄せた。










:: Side 転生少年 ::

空間がビリビリとふるえ、そのせい耳鳴りが止まない。

(なんで?なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでだよっ??!!!)

突然現れたやつは、俺を“同族”といった。つまり術師だった前世を持つ人間。
なのにあいつはあの獄族をかばうように前に出てきた。
そしてあの一言。
だまれといわれただけで、体がすくみ、一瞬身体のすべての活動を停止した。一瞬とまった心臓はいまでは早鐘をうち、あいつににらまれただけで「死」を思い浮かべてしまった。
気配だけで押し潰される。

なんなんだ。あんなのが同じ人間だと!?

同じ人間の威圧とは到底考えられない重圧。
同郷の術者たちに負けたことのないと自負していたのに……目の前の相手は別次元だった。

こんなはずは。
こんなはずがあっていいわけない!
あれではまるで・・・

まるで化け物ではないか。

「ば、ばけ、ばけもの!貴様!人間と偽ったあやあしか!」

圧倒的な力の差を感じた。
恐怖というものを始て味わった。
数多の悪しきものを滅してきたこの俺が、“こわい”と思ってしまった。
そんな力を内包できるものなど人間であるはずがない。

「「は?」」

「そうかわかったぞ!おまえのような大妖の配下だなそいつは!だからそいつはが」
「いやいやまて!ちょぉーっとまて。落ち着こう。な。俺のどこが妖怪だ。あっちでもこっちでも生まれたときから人間だぞ」
「・・・人間っていう概念ができる前の人間って、それを人間って言っていいのか?」
「何言ってんだよシュン。人間は人間だろ?」
「素で地面を割る人間は人間とは言わないのでは?」
「じゃぁ、クレーターつくれるハルの拳に耐えうるお前の契約者のハジメはなんなんだよ」
「あー・・・・なんだろ?でもさ、あれ術の効果で肉体強化してんだよな?」
「昔から思ってたけど。“俺らの世代”に対抗できる睦月の術式おかしくないか?」
「それな、わかるー」

呆然としたかと思いきや、やつらはこちらを無視するなり、話を始めてしまう。
しまいにはこちらにつっこみをいれてきた背の高い方の男が肩をすくめてやれやれとばかりにため息をついている。
白い方は何を思い出したか遠くを見て顔を引きつらせている。

その話の中心は、すでに俺からそれてしまって別の・・・

「待て。いま、“むつきはじめ”と言ったか!?」

奴らの会話に聞き捨てならない言葉が聞こえた。
この世界でも苗字と名前があるから、前世のやつと同姓同名がいないわけではない。けれど彼らはいまたしかに“睦月の術式”と言っていた。
この世界に術師はいない。いてもあくまで自称の能力者だ。だってこの世界の人間は、力をもたない者たちばかりなのだから。
だから“術式”というのならば間違いなく、前世のあの世界での事とのはずなのだ。
その“ムツキハジメ”といえば、東国一の術者。術者の誰もが憧れる一門だ。
だというのに。

「なぜ悪鬼風情が!おまえらがその名を知っている!!!」

かの一門の扉は固く閉ざされているという。
そんじょそこらの術師にはその門とは開かず、かの一族が守る地は常に見事な結界があったという。
俺だって。のような優秀な存在ならば、彼らも快く歓迎したはずだのはすだ!
それがなぜこんなあやかしごときが。

「なぁ、さっきからあやかしあやかし言ってるが、こっちのカイは真正銘の人間な。あと、ハジメはオレの契約者だ」
「なっ!!!こんな低俗な獄族なんかと契約だと!!」

ああ、なんてことだ。
こんな低俗な輩に睦月始が契約を結んだなんて。
使役するのならば、もっと力の強いあやかしを相手にすればいいものを。

「いや、低俗って・・・まじかよ!?」
「なぁ、カイーそれ俺のこと?」
「らしいなー。これでもお前達(Procellarum、SIX GRAVITYのメンバー)はかなり上位種のはずなんだが」
「つか、あいつさっきから人の話聞かねぇんだよ」
「えーまじかーどうすっかなぁ」

あやかしたちがごちゃごちゃとなにか言っているが、あいつらの言葉に耳を傾けてはいけないのは重々承知している。 あの睦月始までその甘言に乗って契約を結んだという。
つまりこの白い獄族は、音を操る。言葉でもって人を洗脳し、好き勝手に人をたぶらかすのだ。
そうでなければ今世でさえ我ら人間たちをアイドルだからとだしぬくことなんてできるはずもない!

俺だけは!俺だけは!!だまされない!
TVをみて魅了されてる奴らと同じようになったりはしない!!
あいつらとは違うんだ!俺にはこいつを滅する力がある!
俺だけが、あいつのまやかしにかかっていない!
そうだ守ってやらなければ。俺が幽霊もナインも信じないあいつらをこの白い獄族の魔の手から救うんだ!

「睦月ハジメの再来と言われるのは俺だ!!!」

言葉と共に力を札へこめる。

「え、再来でも俺はハジメ以外と契約したくないんだけど!?つか今世はもう契約してるし!!」
「ふざけるなっ!!睦月ハジメと契約なんて許さない!!低俗な獄族風情が!!!ここで俺がお前を滅する!!それが睦月への近道だ!」
「睦月に近道なんてあんのか?え?ここからあいつの実家けっこうはなれてるけど!?え?そもそも俺、なんか怒られてるけど、契約し他の許さないって言われてもそれ前世の話だし!!終わったことにケチつけられても!」
「おちつけシュン。
いや、そもそもな。名前も知らないそこの少年。おまえさ、さっきまで俺が威圧しただけでつぶれてただろうが。あれくらいでゲロってるようじゃぁ、俺より上の存在と会ったらどうするんだお前さ?ハルレベルだと一目みるまえに死んでそうで会わせられねぇなぁ」
「たぶん、この人カケルレベルでも無理じゃないかなって思う(さっきの戦いみてると)」
「え?!そんなに?うわっちゃーそれもはやハルどころか、“人間様”であるハジメに会わせるなんてとてい無理だな。俺やハルの攻撃に耐えるハジメだぞ。ハジメなんかシュン大事だから、シュンをけなした瞬間・・・お前死ぬぞ?」
「うるさいうるさい!!だまれ睦月の名を呼ぶな!汚れる!!!」



「俺が、なんだって?」










:: Side霜月シュン(成り代わり主) ::

「あ、ハジメ」

俺が、なんだって?と声がきこえ振り返ると、俺のすぐ背後に“いい笑顔”のハジメがいた。
ドヤ顔ではない、般若が隠れていそうな意味での“イイ笑み”だ。簡単にいうならば、“怒っている”とも言う。

「ムツキ、ハジメ…東の術者と名を馳せたハジメか…?本物の!?あの!俺はあなたにみ」
「シュン無事か。怪我は?札が使われたから慌ててかけてきたんだが」

ハジメの名を呼んだ途端、青年は俺達を一切無視して(というかさっきまでも相当無視されてはいたが(笑))ハジメに声をかけようとしたが、むしろハジメの方が相手を完全にスルーしてそこに何もいないかのようにふるまって心配そうに俺の方まで駆け寄ってきた。

「あのさ、ハジメ」
「なんだシュン?やはりどこか怪我を?」
「あーっと。そうじゃなくて。後ろの」
「うしろ・・・大丈夫だ。何もいない。気にするな」

きっぱりと宣言された。今度は爽やかな笑顔で。
指さした方、ハジメの背後には俺に攻撃をしかけてきた前世もちの青年が、ギリギリと音がしそうなほど歯をかみしめている。
もはや怨念が漂ってきそうなほど。
そのままキッ!とばかりに、おもいっきり憎らしそうにこっちをにらみつけてきた。


「睦月様!そいつは獄族です!どうした貴方のような方がそんなやつを傍に置くのですか!そいつは滅するべき存在!」

振り返ることも反応することもしなかったが、その称しかたにハジメは眉を寄せる。
前世でお今世でも、ハジメは「睦月様」と呼ばれるのを嫌う。
どの世界だろうが名が浸透した結果とはいえ、余り良い思い出がないからだ。
素直に良い意味として受け取れないのは、過去のひねくれた青春時代を送っていたせいもあるだろうが、ハジメをひねくれさせたのは周囲の人だ。

「その獄族と…東の術者と名高いあなたがそんな奴と契約を結んだなんて嘘ですよね!?あんなのが?!いいえ!睦月様はだまされているのです!あいつは言葉と音でひとを」
「ーー黙って、寝ていろ」

あ、また言葉をさえぎられてる。
まぁ、あの青年も人の話を聞いちゃいないからどうしようもないがなぁ。

今度はハジメが青年を睨む。
絶対零度と言わんばかりに凍てついき具合に、思わずカイすら「おお、こわい」とこぼす程である。いや、あれは内心笑ってるか苦笑している。

そうしてハジメは振り返りざまに、青年の頭部へと手をのばし――ハジメの定番必殺技、その名もアンクロ(笑)が決まった。
それによりギリギリ頭部をしめられた青年は、強制的にそれはそれはこらえ性もなくあっさり意識を刈り取られた。
カケルやコイやルイだって、もう少し持つのに。本当によっわいなー。

「大丈夫か二人とも」
「はぁー・・・ようやく静かになった。今のでなんかどっと疲れたわ。ああ、サンキューなハジメ」
「たまたま近くにいたんだ」

それ、変な意味で菊とストーカーだな。だってハジメさん、あんた今日の仕事場こことは全く持って違う場所名の俺は知ってるからな。
まぁ、術が発動した時点で、何かしらの手段を用いて慌ててきてくれたのは感謝だけど。

もちろんハジメもわかっているはずだ。相手が弱かったことも。あとハジメ(+カイ)からもらった札の他に、俺が札を作るの得意なのも。

「いやぁ〜殴るだけで終わらすなんてハジメは優しいなぁ」
「なぐったか?」
「アンクロだが、とりあえずスッキリはした。あとは悪夢を見させる程度で勘弁してやるんだが」
「……それは譲歩なのか?まぁ、アイドルとして一般人相手に暴行なんてスキャンダルは御法度か。いや、まてよ。このアンクロってのは…暴力事件に入ったりは」

「「あ・・・・」」

きゅぅ〜っと言う感じで目を回してる青年をそっと壁によりかからせ、よぉーし。俺達は何も見なかったことにして、サクっと帰るるとするか―と逃げる準備をした。
しかしハジメが「逃げるよりむしろ記憶を消そう」と言ってきた。

「は?」
「記憶を消そう」
「あー、そういえばハジメって記憶操作の秘術得てるんだったなぁ」

なんですとぉ!?

なんだろう。その漫画のような術は。
むしろハジメってそういうことできたのかよ。
しらなかった。

「さっきの会話からして、まだ使えるんだな?」
「まぁな」
「なら、提案があるんだが。いまのハジメの暴力行為についてではなく、こいつの“前世”そのもの消したらどうだ?まぁ、ハジメがそこまでできるかが問題だが」
「出来るが、コイツの前世を?」
「ああ。このまま野放しにしたら前世主張をして、元獄族に片っ端から危害加えかねん。下手すると猟奇的な大量殺人犯が一丁出来上がりだ♪そんなの困るだろう。
それに西野さんみたく獄族の力を取り戻せないままのひとや、記憶のないカケルたちが対抗出来るか怪しいし…なら、今回の件と前世の記憶を忘れさせちゃえばいいんじゃないかなって思ってな」
「確かに…この世界で人生を潰す必要はないしな」

その通り、まだ犯していない犯罪ならば、未然に防げばいい。
それだけでこいつは俺のような元獄族をもう目の敵にしないだろう。
そうすればあの青年は普通の学生に戻れるのだから。

「俺もカイの意見に賛成だ」

「そうか。シュンが言うなら」
「そうそう。シュンのためでもあるゾーハジメ」
「当然だ!まかせろ!」

カイさん、なぜそこでハジメを煽った。
なんかハジメのやつ燃えてるじゃないか。





「だが悪夢はみせる!」

キリッといい表情でドヤ顔をしたハジメは殴っておいた。
いたいけな人間の若者に何をする気だお前は。

「まったく隙もなにもあったもんじゃない。だめだかな!」
「記憶をけすついでにお化けは怖いって概念を逆に植え付けてやろうと」

「洗脳か!」

あの青年が言ったのは獄族たる俺が洗脳技を持っているってことだったけど、これでは逆じゃないか。人間の方が人間を洗脳しようとしてるんですがー。

どうしろと?



 
 


ーーその後、記憶処理をする際になんだか悲鳴が聞こえた気がするけど・・・。


おい、ハジメ!だから悪夢はやめろって・・・
はぁ〜。

もういいや。ハルに言いつけよう。



え?ハジメのいい声した悲鳴とバキとかゴゥって音が聞こえたって?しらないなぁ。








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