字春が雲外鏡になりまして 00 |
ずっとねむっていた たくさんの たくさんの《こえ》をききながら ああ なんてたのしそうなんだろう それが歌声で それが祈りで それがやがて"二人の会話"にかわっていったのは あとでしった ――太陽への祈りの声が聞こえる ――月への感謝の歌声が聞こえる さぁ めざめようか 『おはよう。オレの愛しきこどもたち』 『いやちがうか。今はこどもはオレだったね(笑)』 【00. 鏡のつくも神】 〜 side 成り代わり春 〜 その鏡は長く長く―― それこそ建国当初より祀られていた。 当時鏡という技術を持ちえなかった頃、姿を映すそれは神秘の道具とされ、地上に落ちた太陽と信じられた。 はじめにその鏡の持ち主となったのは、とある巫女だ。 人々の祖となる母神が鏡に触れた時に生まれたのが、その巫女であった。 巫女は太陽の化身とされ、同時に神御衣を織らせ、神田の稲を作り大嘗祀を行う神となった。 そのころには巫女を誕生させたその鏡が太陽そのものであると、人々には同一視されあがめるようになっていた。 後に鏡は巫女とともに地上におり、数多の時を経たのち、やがて鏡だけが地上に残される。 鏡は人間の王の手を経て国の守り神とされ、歴代の王たちの手で使われ、守られてきた。 あまたの王の手を渡り時を超えてもなお大切にされてきた鏡は、その美しさを衰えさせることはなかった。 しかし国はやがて他国からせめられ、廃れ滅びてしまった。 国がおわるとき、鏡は宮からもちだされ、逃げ延びた民が小さな洞に鏡を安置した。 そのころには時代が信仰を許さず、太陽をあがめていた者たちは表立って祈ることを許されなかった。そうして人々は月灯りをたよりに、夜の間に祈りをささげた。 やがて洞には小さな社が建てられ、鏡はそこで人々の祈りを聞き続けた。 さらに長い年月がたち、すでに鏡がなぜそこに置かれたかも人々から忘れ去られたころ。 鏡への信仰は、太陽の祈りから月への祈りに変わっていった。 もはや村人たちでさえ、丸い形をした鏡が、もとはなにを模していたのかさえ曖昧だった。 人々は自然に感謝し、太陽に感謝し、月に祈りをささげた。 もはや鏡は、神の降りる依り代でも、太陽でも月の化身でもなく、“土地を見守る神”そのもとして扱われ大切にされていた。 あるとき、太陽と月の祈りが歌声となって響くその地に、二匹の狐が舞い降りた。 狐はその地の守護をかってでるかわりに、社に住むことを許された。 そうして天狐によって、人と人ならざる者が共存する地が誕生した。 その国の名を――月之国といった。 『おっと、忘れてはいけないよ。鏡のことだ。 さすがにここまで長く生き、大切にされてきた鏡だ。当然“ただの鏡”であるはずがないだろう』 映され、祀られ、生きて―― そんな鏡には、いつのころからか、ひとつの魂が宿っていた。 それが地上に降りたはじまりの瞬間には、すでに”そう”だったのかもしれない。 すべての真実を知るは、鏡のみ。 しかしその魂が姿を現すことはなかった。 つくも神となるには、魂が不安定すぎ、"それ"はなかなか形を成せなかったのだ。 顕現することもなく、そこになんらかの魂があることさえ知らず、ひとびとはただ鏡を大切にした。 そうして魂は鏡に向けられる声をまどろみの中で聞き続けた。 長い年月を生きる鏡からすれば、神に近いといわれる天狐さえ幼子に等しい。 力のある神仙や妖怪の類でなければ、めったなことがなければその姿さえ普通の鏡にはうつらない。 けれどその鏡は、すでに永き年月信仰を集め力を蓄えていた。 鏡はどんな小さきものでも、それこそ人の心さえも、すべてを映した。 それを気に入った天狐たちが、その鏡でもって自分たちの姿を映したのはいうまでもない。 鏡に宿る魂は形を得ることはできずとも、ずっと、ずっと・・・自分に向けられた“声”を聞いていた。 数多の祈りの声を聞き続けていた鏡のもとに、いつしか祈りの声が遠ざかっていった。 信仰が失われたわけではない。 むしろ狐たちが来てからそれはさらに力を増しているようにも思う。 けれど声が一枚布を隔てように、少し距離ができたのだ。 太陽や月に向けられた信仰の気持ちは、自分のもとに届くので、存在を忘れられたわけではないらしい。 ただ今までと異なり、信仰の“声”よりも近いものができたのだ。 それは明確な意思をもった二つの声で、とても近くに響いていた。 その声があまりに傍で聞こえるから、“信仰”が遠くなったような気がするのだ。 声が話しかけてくる。 「良い鏡だ」 「本当にね。なんて綺麗な鏡だろう」 「たくさんの者たちの想いに満たされ、それがこの鏡をこれだけ美しく保つ力となっている。これは長く、生きてきたのだろうな」 「ふふ。凄い力を感じるよ。この子がどれだけ人々に大事にされてきたのがよくわかるようだね」 褒められるのはとてもくすぐったい。 自然という漠然とした大きななにかへの想いが届くのではなく、直接自分自身に向けられた言葉は、鏡にとっては久しく、優しくかけられるその二つの声に、優しいその温もりに、心を震わした。 ああ、この声にこたえたい。 この手の持ち主と触れあいたい。 自分が彼らを映すことを誇りに思えた。 二つの声の持ち主は位の高い妖であったが、自分よりもはるかに幼き子らであるのもたしか。 そんな彼らが自分を使うことで、鏡は「自分」という明確な意識を持ち始めていた。 彼らに触れられると、その温かい気が鏡に浸透していく。 声の主たちは、そのことに気が付いてはいないのだろう。気付いていたら、あのように大切に使い続けてはくれなかっただろうから。 その気のおかげで、徐々に徐々にではあるが、鏡の魂は形をとり始めていた。 ポン!とかわいらしい音を立てて、小さな赤ん坊のような姿のつくも神が姿を見せた。 それからしばらく生まれたたてのつくも神は赤ん坊そのままの姿で過ごしていたが、ある満月の時、それは力を得てついに本当の姿をあらわにした。 『はじめまして!』 『オホヒルメノムチの鏡だよ。 ああ、これでようやく、ちゃんとふたりの声がきけるよ!これからよろしくね』 直後、名乗られた名前に空間がゆらいだ。 「「!?」」 「お、おほ・・・(口を開けたままガクガク震える)」 「まて。いまなんと言った?(汗)」 『よろしくねって』 「そのまえだ」 『えーえっと?』 「おほひ・・・(gkbr)」 『あ!オホヒルメノムチの鏡?』 「聞き間違えじゃなかったのか!?」 「オホヒルメノムチだって!?・・・(ガクガクガクガク‥)」 大切にされた古い物には、いつしか魂が宿りつくも神となる。 それは―― 『うん。オホヒルメノムチ。あ、えっと今風に言うと天照大御神だね!』 神の残した鏡とて ―――― 同 じ 。 「「!!!!!!」」 『うん?どうかしたの母様父様?』 鏡から生まれたつくも神・・・・を超えるナニカに、白と黒の天狐は悲鳴を上げた。 その日。 ふたりの天狐絶叫は、遠く天まで響いたのだった。 |