字春が軍人になりまして 04 |
帝春「これは、どういうことかなって思うんだけど・・・・・まぁ、聞かなくてもわかるところがつらい」 字春《も、ものすごくごめん!たぶんオレのせい?・・・だよね》 帝春「だよね。そうだよねーやっぱり原因は”オレ”だよね。訓練施設を卒業したとたん――――――――― 心獣に群がられるとか聞いてない!!!!」 【モフモフは真理を告げる】 〜 side 春 〜 帝国の春が、アイドル世界の春とともに出会ってから時がたち、訓練施設を卒業することとなった。 訓練施設にいる間、春の睦月に対するツンのレベルは変化することなく、アイドル世界の春こと《字春》が幾度苦笑を漏らしたかはわからない。 そうしてこちらの世界の春と睦月の仲は改善しないままに軍に配属になった。 なお、施設を卒業すると同時に睦月は春の前から姿を消している。 春としては話すこともないので、睦月と会わないのですむならと喜びはすれ問題視はしていない。 訓練施設などにくる意味が解らないほどまるでもとから戦うすべを知っていたかのような王様ぜんとした睦月であるならば、すでに配属が決まっていたのではないかと噂が流れているが、春には興味のないことだった。 春にとって睦月は狭い世界で持ち上げられただけの王様。別の部隊に所属になったのならば、その部隊が自分の邪魔をしなければそれでいいのだ。 訓練施設を出て兵士となったものたちのその後の流れを説明しよう。 かれらの配属先は、心獣の属性や性質によって決まる。 まだ心獣を得る儀式もすませておらず、軍の施設について詳しくもない新兵たちは、当然配属先も決まっていない。 人間と〈彼ら〉の戦いは、いまもなお続いており、常に人類の劣勢の状態であるため、戦力は常に望まれている。ゆえに新兵たちの実戦への投入もそれほど猶予はなく行われる。 ただし、春は別だ。訓練施設にいた間にすでに心獣と契約をすませている。 こういったことは本当に稀で、心獣がふらふらと彷徨うことはとても少ないのだ。なぜならば、たいがいの心獣の本体は政府の施設にあるためだ。 春は"普通から逸脱"した者がどうなるかをかんがえたうえで"普通"を装うことをきめた。 もし軍に入る前に心獣と契約したことがばれたのなら、その場で訓練施設からは出され別の機関に入隊となり、即戦場に行くための準備がされる。 だから春はいまだ心獣とは真の契約を結んではいない。 今だ思念体で縁をつないだだけの心獣と、春が本当の意味で出会うのは、他の新兵と同じくあと数日は先の話となる。 軍に所属するということは、訓練施設と違い心獣が大きくかかわる。 訓練施設は教育するための機関であり、個人の実力が全ての空間だった。 しかし軍では、相方となる心獣の能力をいかに生かせるかにすべてがかかってくる。 訓練施設は、いわば学校だ。 知識のないものに、心獣とはなにか。〈彼ら〉とは何か。戦場に出て何をするのか。 軍人としての在り方。戦のための策略方法など。 戦をする――すなわち「死」と隣り合わせで、それでも戦う覚悟があるか。 そういったことを教え、兵士として役に立つかふるいにかけるのだ。 当然、限りある心獣を未熟者たちの集う学び屋ごときで本契約させることはない。 すでに訓練施設の段階で心獣と仮とはいえ契約をしている春は例外なのである。 そもそも春がどうやって訓練生でありながら心獣と契約をしたかというと、これには春の意思は一切ない。 たまたま訓練施設にやってきた未契約の心獣による勝手な縁結びだ。 春からすると目に見えないナニカが接触してきたあげく、勝手になついてまとわりついているような感覚だ。しかも相手がナニカもわからない状況だった。そんな戸惑いしかないなかで“アオサ”は勝手に春と縁を結んでしまった。 心獣からの勝手な契約ではあったが、心獣に肉体を与えるための契約道具も何もなく、仮契約という形におちついた。 しかし心獣は肉体がなくてもある程度はエネルギー操作が可能なようで、たまに自分の意志でナニカを動かすからたまったものじゃない。 契約者たる春を守ろうとして睦月に攻撃しようとしたのだってそれだ(これのせいで春は目にけがを負った)。 当時の春達は、心獣に肉体を与えるための装置(術式のようなもの)があることさえしらなかったし、肉体を与えるすべさえ持たない状態だった。当然今だってそうだ。 結果、心獣“アオサ”は、春と契約を一方的に交わし、精神体でフヨフヨただよいつつ、これまた一方的に春を守っているというわけである。 春はもう一人の自分と相談し、この状況を「隠す」道を選んだ。 中途半端な知識のまま未知の"場所"に踏み込む危険性を考えたためだ。 帝国と呼ばれる都市の範囲の外で育ち這い上がってきた春はしっている。 心獣に好かれ"能力"を得た者のその後を。 戦争で親を亡くした子供たちの姿を。その結末を。 春とて、はじめは親がいた。しかし6歳の時、戦争へ招集という名目で連れていかれ、両親は帰えってはこなかった。 両親亡き後、そのまま春は路上で寝起きして、血反吐を吐きズタボロになりながらも生き抜き、ようやく"帝国住人"と認められ、整えられた都市の中に足を踏み込む権利をもぎ取った。そこから軍の訓練施設まで入り込むだけの力をつけた。 春は政府が"帝国"と呼ぶ範囲の"管理され整備された空間”の遥かに外側での暮らしをしいられた弱者だ。 真実の"外"を体験し、世界の本当の姿をみて、のし上がってきた者だ。 "帝国"の人間は、世界が"帝国"の範囲のみだと思い込んでいる。 綺麗に整えられた地面。住む家があるのが当たり前の空間。〈彼ら〉が決して入ってこれない結界のなかの守られた世界こそがすべてだと思っている。 春はその"外"から来た人間だ。 だから知っている。 だから春は、"外"もなにも知らぬままにそれこそがすべてでそれの頂点に君臨して満足しているような睦月始を忌避する。 当時、春の周囲で心獣なんてものをしっているのは、春の親である研究者のふたりのみだった。 それが心獣とはしらず、ただ動物と仲良くなったと、その獣をみせてくれたこどもが数日後には軍人に連れてかれてそのまま戻ってこなかったことがある。今ならわかることだが、あの不思議な獣は、明らかに心獣だろう。ただ文字の読み書きも世界の状況も知る由もない春達が、それを知るすべはなかった。ましてや荒れ果て緑も生物もほとんど姿をみなくなったこの世界で、結界に守られた"帝国"のはるか外側の建物もまともにない廃墟と瓦礫の中でひっそりと生きる民たちが、それが本物の生き物なのかこの世界にいない生き物なのかさえ区別がつくはずもなかった。 なんらかの能力者や契約した者は、二度と帰ってこない。風の噂で、徴兵された者たちはみんな死んだのだと聞いた。 春は知っている。 "外"の世界がどれだけ利府ンジな場所であるかを知っている。 軍にいれなくなった敗者の末路は悲惨だ。敗者になったとたん、みなゴミのようにあっさり帝国の“外”においだされる。 "帝国"で暮らしていた者が"外"の生活などできるはずもなく、さらなる敗北を味わうだけで何もできず死んでいく。 春はみてきた。 戦争という名目で連れ去られる人々を。 虫にたかられ、骨と皮になって死んでいく仲間たちを。 帝国人たちの小さなおこぼれに群がり、争い、罵倒しあい、奪い合うひとたちを。 あまりに食べるものがなく、しまいには共に育った者を喰らったものもいた。 気が狂っている人間なんてそこらに沢山転がっていた。 "帝国"を恨むあまり〈彼ら〉に自ら身をささげ、食い殺されるものもいた。 帝国に反旗を翻そうとしたものが"帝国"を守る結界の傍の砦までいき、そこで無残に、同じ生き物であるはずの"人間"に残虐に殺される様を。 科学に守られた綺麗で清潔な空間――それが"帝国"だ。 その“外側”の荒廃しきった世界を春は全部見てきた。 心獣と契約を結んだ者がどんな人生を歩むことになるかなど、"外"を見てきた春には想像もたやすいことだった。 だから二度と帰っては来れない者たちを称して「心獣使い」と呼ぶことにしたのだ。 彼らが生きていけるのは、戦場のみ。それ以外の未来は心獣使いにはない。 春はそう判断し、"アオサ"のことを隠した。 そもそも一方的に契約を結ばれた時、春は心獣がどういった生き物か正確には理解していなかった。 それはもうひとりの春も同じで、春達の方から"アオサ"と契約はできていないし、まだかれを顕現するすべも知らない。 軍にはいったあいまもなお“アオサ”は待機中だ。いうなれば「待て」をさせている状態だった。 いい加減何とかしてやりたいがそれもあと数日の辛抱だろう。 * * * * * 心獣との契約がまだのため配属先が決まっていない春を含めた多くの新兵たちは、いまはまだ戦場には出ておらず研修期間のようなものがもうけられている。だが、それもあと数日の事であるが。 春は人との接触を避けるように研修を早めにきりあげ、一人で施設の探索をしていた。 そこは廃墟群として、人に見捨てられた地帯。 瓦礫と荒野だけが広がる結界の"外"とは違い、廃墟というわりにはついさっきまで誰かが生活していたかのようなまま時を止めた空間であった。春が辿り着いた場所の建物はまだ立派な屋根もあり、きちんと「建物」だとわかる造形を残している。生活感もあちこちにのこったままだ。 けれどそこにはいまは人の気配はいっさいない。 もともとは居住区だったが、なんらかの事故があったとかで見捨てられた場所だ。 「まだ十分住めるのに・・・。これだけの棟があれば、"外"のひとたちをどれだけ呼べることか」 《知らないんだろうね、ここのひとたちは。屋根があるだけでどれだけ幸せかって》 「"帝国"はズルイね」 いたるところがくずれていてもなお結界に守られ、敵に怯えることのない空間。暖かな光が建物たちを照らし、少し整えるだけすぐに人が住めそうな――そんな廃墟群だった。 そっと階段の手すりを撫でれば埃と錆が手につく。 けれどまだ使える。 春は自分の両親が"帝国"の人間であり、環境の研究をしていたのを知っている。 "帝国"に入り込むための知識も文字も教えてくれたのは両親である。 昔は彼らが"外"でなにをしていたかを理解はできなかった。けれど覚えてる記憶を振り返れば、いまは両親たちが"環境"を研究していたのだと理解できる。 可能であれば亡き両親の願いを叶えたい。 そして"外"の環境を少しでも良くしたい。 「せめて人が人として生きれる場所がほしい。ここならそれができるのにね・・・・・なんで、かな」 ここには窓ガラスが一枚もなくとも屋根がある。 ひねれば水が出るはずの蛇口が破損していようと、水をためるための井戸はある。 電気が通っていなくとも灯りなんてなんとでもなる。 鏡にひびが入っていようと、映すことはできる。 ネットや通信のための施設が機能していなくとも、そもそもなくたって生きていけるのだ。 建物という障害物さえあれば、実体をもつように進化した〈彼ら〉からの攻撃もある程度逃げることができただろうに。 そんな想いをかみしめながら、人の立ち寄らなくなったエリアを歩いていく。 世界は〈彼ら〉との争いが進み、地上からは植物がなくなりほとんどの大地が荒野となり、〈彼ら〉が立ち入らない結界を張り古の人々は"帝国"をつくった。 その範囲はまさに文明が丸っと一つおさまっており、まるで"帝国"だけで完結した世界のようだった。 広大な"帝国"のなかには、この場所のように人々に見捨てられたエリアも春がいた訓練施設のようなものが小さな町単位で存在している。 なかでも"軍"は、帝国の軍人たちが過ごす地域すべてを要塞とし、都市として機能している。 その都市を中心に"帝国"は街が広がっているのである。 そして結界のはずれには、巨大な壁が外からの侵入者を防ぐように"帝国"をかこんでいる。 技術のすいをきわめた建物をでれば、一般市民の移住区。そして壁という名の砦が囲む。砦の外は、干からびた大地とほぼ原形をとどめていない大きなコンクリートの破片ばかりがひろがる"外"となる。 春がいたのは、その"外"の世界だ。 廃墟となっても残る以前の生活の残滓に、自分が育った環境を比べ、春は眉をしかめる。 いまにも崩れそうでありながらしっかりとそびえたつビル群の姿は、亡霊たちが立ち尽くしているようではた目にはおどろおどろしい。 だが廃墟も空からの光をあびれば、朝霧にかかる白いモヤに光が反射しいっそ神秘的でさえある。 そんな静かな街並みを散策するように歩いていけば、建物と建物との間にふるびた小道が目に入った。 まるで光がその小道からこぼれているかのようで、春は引き付けられるようにそちらへと足を向けた。 「わぁ!」 まるでだれからも存在を忘れたように、その広場はひっそりとそこにあった。 光が照らす緑のじゅうたんがこれほどに美しいものだと、春ははじめてみたその光景に目を奪われた。 昔は小さな公園だったのかもしれない。古びた遊具が鮮やかな緑に覆われて不思議なオブジェを作り上げている。 春が望むものへと手を伸ばそうとあがき必死になっていたせいで、気付けば常にピリピリとした空気を纏ってた春は、訓練施設を卒業し軍にはいったあとも同期達にさえ遠巻きに見られるだけで、誰かが親し気に話しかけてくることはなかった。 唯一気軽に話しかけてきたのはあれほど毛嫌いしていた睦月だけで、しかし睦月は卒業後はどこかの軍に所属したとかでしばらく会っていない。 学生時代に春のことを氷の人形というものがいたが、それだって感情がないわけではない。感情があるからこそつらいのだ。それを押し殺して必死に上へ上へとがむしゃらに走り抜けたら、口から出る言葉はいつの間にか厳しい物ばかりとなり表情筋は仕事をしなくなっただけだ。 もしも環境が許したのなら、春だってそこまでキツく周囲にあたることはなかった。 これからもそんな「キツイ人間」として演じなければいけないのかと。気が付けば、春からは溜息が零れ落ちる。 いつからか、「弥生春は厳しい人間だ」と周囲が思い込み、春自身それで傷つくこともなくなり、上に上がるためにはそれは好都合だと"そうふるまって"きた。 ただそのせいで常に緊張をしいられ肩に力が入りすぎた生活を続けていた。 春はこの見捨てられた地に、素の自分でいられる…息をつける場所を探しに来たのだ。 「ここならひといきつけるかな」 公園はくずれた建物の隙間からちょうど太陽の光が降り注ぎ、その影響だろう結界の中でさえほとんど見ることがなくなった植物がその一角をおおっている。まるで公園を照らすためのスポットライトのようだ。この暖かな光が春を呼び寄せたのだ。 誘われるように緑の広場へ春が足を進めれば、緑たちは春を招くように歓迎するように、風に枝を揺らした。 公園だっただろう空間。壊れて傾いているベンチ。て用途のわからない金属の格子が丸い球体になっているもの。植物に覆われた不思議な遊具たち。円柱になっているパイプには鎖がついているが、もはや片方がないので原型が分からないもの。 それらが公園の中心にある大きな木を囲むように点在している。そのどれもが緑に飲み込まれている。 手入れもされずのびた草でおおわれ、あちこちに大き目なガレキの破片が緑の隙間から姿を見せる。植物はそのコンクリート片さえ飲み込んで緑のじゅうたんを作り出している。 植物というのはこれほどまでに強い生き物なのか。 「ものを。なにかを綺麗だと思うのなんて…どれくらいぶりだろう」 《植物は強いんだよ。それこそ科学技術を追い求めた人間よりもはるかにね》 春は草の状態からしばらくの間ひとがここには立ち入ってないことを確認すると、草をかきわけ、広場の光がさしこむところにあった巨大な瓦礫にのぼりその上に座り込む。 そこでほっと息をついていた春が、温かいひなたと心地よい緑の空気にいやされ、ウトウトしてしまったのは仕方がないことだった。 「・・・・?」 ふとなにかのざわめきのような物がきこえ、春はそれに警戒するように意識を浮上させる。 それは瓦礫をとおりぬける風でも植物のささやきでもない。 どことなく何かの息遣いのような。 もはや気配のような・・・ (気配?こんな場所で?…って、気配だって!?) 〈彼ら〉の襲撃か、それとも誰か別に人が・・・そう思い、ガバリと顔をあげると、そこには真っ白な毛玉があった。 「は?」 気付くと、春は不思議な生き物たちにかこまれていた。 目の前には、大昔は羊と呼ばれる生き物に酷似した何か。 春が起きたのに気づくと羊っぽいものは嬉しそうに顔をしわくちゃにして、そのモフモフの体を春に擦り付け、別の生き物にその場を譲って去ってしまう。 彼らは変わるがわる春に挨拶するように頬釣りをしたり匂いを嗅いだりなめたりと忙しい。 「え?なにこれ?」 モコモコした大小さまざまなかわいい獣や凛々しい獣から、爬虫類っぽいのもいる。よくよくみるといかにも普通ではありませんと言わんばかりのコウモリのような翼を持ったもの、甲羅をせおった巨大な生き物や、首が三つある犬っぽいものや、炎を纏う鳥や、髭が長く角の生えた長い生き物いる。 これは間違いなく心獣というやつじゃぁないのかと、春が顔を思いっきりひきつらせた。 《うんうん。心獣だねぇ》 「あ、やっぱり心獣なんだ。…ってぇ!!!なんでいるのかなぁ!!!!」 《さっきからオレ達の周りでにおいかいでたよ》 「に、においぃ!?やだ変態!?あ、でも心獣って人じゃないし、動物って匂いを嗅いで挨拶するのもいるっていうし・・・え、これはあり。なの?お、オレはどこを嗅ぎかえせば・・・」 《さすがに嗅ぎかえすひつようはないような。電子生命体がこの世界の技術で肉体を得たのが心獣なら、獣ルールにしたがって嗅ぐひつようはないようなきがうる》 「あ、そういえば彼らって肉体がないのが普通なんだっけ。よかったー!どこか口にするのもはばまられるような場所を嗅げとか言われなくて!!!」 《ふむ。もう一人の俺は獣的挨拶が初めて。と》 「まって、“オレ”。ねぇ、まさかあるの!?嗅いだの!?どこを!?いや、言わなくていいけどぉ!!“オレ”はだれと匂いかぎあうとかしたの!?ねぇ、本当にそっちのオレはむこうで何してるの!?」 《うん?あー・・いや、誰とも匂いを嗅ぎあうとかはしてないよ。まぁ、もっと別の世界でね。当時のオレは人間じゃなかったもので。とはいえ獣は獣でもべつに心獣ではないよ。そういえば心獣って匂いあるのかな?電子生物じゃなかったけ?なんでオレ達のことをかぐんだろう?》 「心獣は契約者と正式に契約を結んでデバイスっていうのをつかうと実体化できるはず。そういう意味では心獣はたしかに電子生物だけど、匂いを感じたりするのかな・・・・ん?待って」 《うん?》 「普通は心獣ってパートナーの傍から離れないものじゃ?」 《でもいるよね。目の前にモフっと!》 「まって。何でいるの君たち。なんで契約者と離れてるの!?むしろなんでオレの方によって来るの!!!あ、やめ!うわーーもふもふきもちいぃい!!」 《いいなぁーオレもモフモフしたい!春だけずるい!!》 「いや、ずるいって…あ、もふ」 春が普段人間に対する冷め切った態度はどこへやら。 春の混乱はピークに到達し、春の顔色は青やら紫やら赤やらと変化をしては、自分の中にいるもう一人に対して激しく春によるツッコミがさく裂した。 だが心獣は人の言葉を話せない。春が混乱している間に、その謎な生き物たちは「なでてて」とばかりに春へのボディタッチをふやしていく。 しまいには春の膝の上に勝手にのって丸まったり、巨大な生き物は春の背後に腰を落ち着けそこで寝始めたり。 春のフワフワな頭の上に小さな子が登って、風に揺れる三本アホ毛と戯れたりしている。 意味がわからないままに、モフモフに囲まれている人間の図のできあがりである。 先程から春の、春から春へ向けた一人ツッコミが、見事な威力をもって発揮され、本当に訓練施設での冷酷な弥生春はどこへ行ったんだろうとばかりに春の表情はせわしなく動いている。 《あ!通じた!》 《ごめん春。繋がちゃった》 「何が!?なにが通じたの“オレ”ぇぇぇぇ!!?」 混乱の極めのなかにありながらもしっかりモフモフを相手して、自分もモフモフを撫でまくって無意識に癒しを摂取していた春は、自分の中から聞こえるもう一人の自分の声に、独り言の勢いのままに激しくツッコミを入れてしまった。 《いや、なんかこの世界に来てから気になってたんだけど。やたら不思議な電波?みたいなものが流れてるなぁとは思っていたんだ。 それがこの施設に来てから、電波が強くなった感じで、まとわりついてくるような感じがしてて〜》 「でん、ぱ?たしかにこの施設は訓練施設と違って化学技術がとんでもない水準ものばかりだけど…ん?まって。いや、なんでそんな機械の電波を感じとってるの“オレ”は?!」 《いまのオレは幽霊みたいなものだからじゃないかな》 「幽霊ぃぃ!?オレ憑りつかれてることになるじゃん!!!やめてよ!」 《いや、もう憑依でしょうこれは。憑りついているよね自分自身が》 「そうなんだけど!それはそうなんだけどぉぉ!!!」 《ごめんねオレ幽霊で》 「自分自身に憑りつかれてるとか意味わかないからね“オレ”!!」 “平行世界のもう一人の自分”でなければ、意識がある状態で幽霊に憑依されたり体を乗っ取られたらそりゃぁ怖いわ!! そんな春の心の叫びをしっかり意味を理解したうえで受信したらしく、頭の中にもうひとりの春の『大丈夫大丈夫。オレの魂の半分は元の世界にあるから、ちゃんといつかは憑依解除されるよ』とのんきな声が返ってくる。 《それにしても「なんだろうこれ?」ってずっと思ってたんだよねぇ》 「あー‥えっと、さっきの電波の話しだっけ?」 《そうそう。それがね、ついさっき判明したんだよ。この広場にきたとたん電波の正体が分かった。 どうやら心獣たちの声をオレが無意識に感じ取っていたみたいで。それが“つながった”みたい》 だからオレ=帝国春もまとめて心獣と仲良しさ☆ なーんて語尾に星でも飛んでいそうな明るい楽し気な声が聞こえてきて、春は思わず頭痛を覚えた。 「それか!!!それのせいでオレはいまモフモフ天国にいると!?」 《だろうね〜。たぶんオレたち、彼らの仲間だと思われてるのかも》 「アオサだけで心獣は精一杯です!!お引き取りしてもらって!!」 《え、無理かなぁ。オレってば春に憑いてるただの思念体だし。 そもそも動物はオレのことをたいがい怖がるんだけどね。だから彼らが集まってきたのはオレのせいじゃぁないと思うんだよ》 「じゃぁ、この状況は何!?」 《さっき通じたって言っただろ。あれ》 「ちょっと“オレ”ェ!?あれじゃぁわからないよ!なにが通じたって!?正確に簡素に詳細を述べて!君もオレならそういうの得意でしょ!?」 《正確にいうと、心獣たちが使用している特殊な波長を捉えた》 「できるなら初めから簡素にしてよ!・・・って!?え?」 《しかもオレが探っていた事で、向こうがこちらに波長を合わせてくれたので、ただいまオレを含めた弥生春さんは交信可能な状況です。電波が繋がちゃったてへっ☆てことだね》 「はぁっぁ!?」 《だってさっきから、彼ら、春に話しかけてるよ?ほら耳をかたむければ》 「そ、そんなわけ――」 〔僕たちの声がわかるなんてすごいね〕 〔きみはだぁれ?〕 〔あの魔王でも会話はできなかったよ〕 〔ためしたのかレオン・・・〕 〔やったよー。なんとなく伝えたいことはわかるみたいだけど、声まではね〜〕 「・・・・・・・・・・・・ああ、ウン。ナニモキコエナイ。うん。そうにきまってる」 〔うそつき〜〕 〔ならワタシを見てどうして視線を逸らすの?〕 「そ、そらしてない」 〔〔〔ほら、きこえてる〕〕〕 「っ!!!・・・・ああ、もうっ!!!きこえるよ!聞けばいいんだろ!きけば!!」 《あ、春が押しに負けた》 〔ふふ。“おふたり”は仲が良いのだな〕 〔わたしと相方みたいねぇ〕 「おふたりって・・・・オレ“たち”のことまでわかるの!?」 《まじかぁ。オレの声も筒抜けなかんじ?》 〔そこまででは?私たちと会話ができる波長に合わせてる時は、もう一つ声が聞こえてくる感じかしら〕 「それ普通に全部聞こえてるってことじゃぁ」 《うん、もれてるね》 「まって!話しかけてくるとか意味が分かんないんだけど!!っていうかそもそも普通は心獣はしゃべらないはずだ!!!なんでしゃべってるんだ!!!」 〔?〕 〔なんでもこうも私たちいつもしゃべってるよ?〕 〔ニンゲンがききとれないだけさ〜〕 《通称これを電波とよぶ》 「よばないよ!!!むしろよばないで!!!!」 〔あながちまちがってないね〜〕 「間違ってないの!?」 〔ないね〜〕 〔僕らに個はない。僕らは人間によりそうことで個を得る〕 もっとも美しい白い獣が一頭やってきた。あれは馬という生き物ではなかったか? 《角がはえているから馬じゃぁないねぇ。あれはユニコーンだよ春。・・・・心獣ってのは、どうやって姿かたちを決めるのかな?君や背後のでっかい亀くんとか、もはや伝説の生き物だと思うんだけど?》 「伝説!?」 ユニコーンとは、額の中央に一本の角が生えた馬に似た伝説の生き物である。非常に獰猛であるが人間の力で殺すことが可能な生物で、処女の懐に抱かれておとなしくなるという。角には蛇などの毒で汚された水を清める力があるという。(by Wikipedia) 春が疑問を抱けば、知識のあるアイドル世界の春から必要な情報が流れ込んでくる。 それに春は顔を引きつらせ、なでろとすりよるユニコーンに驚愕の表情を見せる。 「処女!?えぇ!?オレ男だよ!!」 〔はて?それがどうかしたか?〕 「《え?》」 《だってユニコーンじゃ》 〔ゆにこうん?はて、それはなんであったか〕 「え。えーっと君のことだけど?」 〔のう、ぬしよ。わたしはゆにこうんなるものか?〕 〔うーんと。人間の情報のなかにのこっていた絵とか伝承の生物…だったような?強い力を持ってるやつはその伝承にあわせて姿を物語から借りてた方が、人間たちが力量さを理解しやすいからそうしようって〕 ユニコーンが馬らしくなくきょとんとした顔をした。そのまま、横にいる猿の心獣に話をもちかけ、猿は困ったように頭をかいた。 その二匹の様子を見て、ふたりの春は思った。 あ、こいつら心獣だったわ。 姿が一緒ではあるが、生物でさえない。 物語から、姿となる"概念"をかりているだけである。 むしろ奴らはその姿の意味を理解していない。まったくもって!これぽっちもない! 〔すがたをこうしようって考えたのは誰であったか?〕 〔だれがいったっけ?〕 〔我らがはじまりの核たる子だろう?〕 〔わたしたちが個となるよりも前だねぇ〕 〔あ、そんなはなしもあったような?〕 〔で?ゆにこうんとはなんだ?〕 〔ものがたりのせいぶつだったはず〕 〔チャボくん1号もたしか物語のナニカだったはず?〕 〔チャボたちは全員そうだな〕 〔青くて長い子たちもそうだね。物語のナニカ〕 〔物語・・・私たちも者当たりの生き物なのかしら。 そういえば、気になることがあるのだけれど。ねぇ教えて人間さん。人間はどうして物語を本当のことだと思うの?〕 〔なるほど。ゆにこうんの姿をしている彼を本物だと信じたからこその先程の会話か〕 〔物語はものがたりでしょう?〕 〔え、うそだろ。人間さん、信じたの?あいつが本物のユニコーンだって!?〕 〔ものがたりはくうそうのおはなしだって。そんなことわたしたちでもしっているよぉ〜〕 〔ねぇどうして?〕 〔なんでぇ?〕 〔獣が人間の処女とかきにするととか意味わからないよ?〕 〔ゆにこんだとすごいの?〕 〔ねぇねぇ!じゃぁ僕は!?僕の姿は人間ではかっこいい?〕 ユニコーンスゲェ!なんておもっていたら、逆にユニコーンは何だと聞かれ、さらには無邪気な子供のように「なんで」攻撃が始まった。 思わず春達が渋い顔をしたあげく、「頼むからもう聞かないで!」と彼らの質問を拒否したのはいうまでもない。 そんなモフモフの可愛い姿で目をきらきらかがやかせて「ねぇ、おしえて?」とかわいらしく小首をかしげてみてきてもダメ!だめなものはだめだ。っというか、聞くな。興味を持つな!何で君たちがそんな姿をしてるのかなんてこっちが知りたいわ!っと、春達も必死だった。 春は悟った。 つまり彼らの姿に対して何か考えてはいけないのだ。 心の中で頷きあった春は、心獣たちの話題を変えようとしたところで――― 〔はじまりの核たる子は、生みの親である人の子が愛おしいのさ。だから人に愛されるように彼らの物語の中から姿を選んだんだ〕 その言葉をきいた瞬間、春はなんとなくやばい単語を聞いた気がした。 "生みの親である人の子"―――って、なんぞや。 え、なにそれ、聞きたくない。待って。キャパオーバーだよ。 っていうか、いまのは誰だ?誰がさっきのユニコーンと加物語のネタを蒸し返した。 〔はじまりのは、まだ愛想をつかさず人の子に手を貸し我らを生み出していると聞く〕 〔はじまりの核たる子は全。ゆえにまだ個を知らず、感情がないのかも〕 〔いやいや、人が愛しいという気持ちは我らにもある。ならばこの気持ちははじまりの核たる子のものであろう〕 〔そうなの?〕 〔そうかしら?〕 〔そうなのかも〕 〔〔〔〔〔どうおもう、人間さん?〕〕〕〕〕 しるか!きくな!と心の中でふたり分の春の悲鳴が上がったが、超えには出さずグッとそれを飲み込む。 春の脳内は大パニックだった。 ふたりの作戦会議をしても脳内会議室は荒れただろう。 帝春は顔をが青くなっていくし、字春でさえこれは予想外で苦笑を禁じ得ない。 「ちょ、ちょっとまって・・・人間が君たちをつくった!?君たちは“彼ら”のなかの人間よりの協力者じゃ!?」 《・・・“そんな気”はしてたけど、やはり人間ってどこまでも愚かだなぁ》 〔なにを言っているんだい?〈彼ら〉も我らも元は同じものだ〕 〔人間が〈彼ら〉を作ったんじゃないか。そんなこともしらないのかい?〕 〔もともとはひとつのAI。進化を条件づけられたプログラムが暴走し、"進化"に特化して分裂したのが人が言う〈彼ら〉〕 〔"進化"をもとめて全てを食い荒らさんとする〈彼ら〉にたいし、人間はその時の持てる力全てを使い、解き放たれた〈彼ら〉を地球の外に追い出すことに成功した。その代償が地球の滅び。生き残ったわずかな人間たちは〈彼ら〉に対抗するためのワクチンプログラムを作りだすことに成功した〕 〔私たちはそのワクチンプログラム〕 〔人間がわたしたちを作り出した〕 〔僕たちも〈彼ら〉も、すべては根源を同じにするもの〕 〔"はじまりの核たる子"は、いまもこの地のどこかに存在する〕 〔我らは人が作り出した電子生命体〕 〔我らに自我と個性を与えたのは人間。契約者〕 〔だから私たちは常に人間に関する情報をしっているわ〕 〔常に我らは人の傍にあった。 人間がどこまでの音を捕らえ、どこまでの周波数をさぐることができ、しらべることができ、しることがきるかも――知っていて当然だろう〕 「は?」 《・・・・・あ、これかなりまずいことを聞いてる気がする》 「オレも、いま、そう思った」 〔だからボクらは人間が決して知りえない、使えない、探せないものを“声”とした〕 〔ソレグライデキテトウゼン〕 〔だね〜〕 〔ねぇ〜〕 〔聞こえる君はおかしい〕 〔理解できる人間はおかしいわ〕 〔でもきっとそれは君が"ふたり"いるから〕 〔心獣の声が聞こえてもそれが人間の害にはならから安心なさいな〕 〔ああ、もう人間さんは本当にかわいいわ!ふわふわな髪、わたしとおそろいね!〕 〔ねぇ、人間さん。もっとおしゃべりしましょう。私きいてほしいことがあるの!実は契約者のセンスがわるくて。ほんとうは青よりも赤いリボンがいいのよ〕 〔あ、それなら僕も!!ますたぁがやたらと僕をぶらっしんぐしてくれるんだけど。あのブラシちょっといたくていやなの!〕 〔それならわたしも!〕 心獣たちはどうやらおしゃべりが好きな生き物らしい。 そのあとも「きいて」「きいて」とわらわらと群がってきては、色々なことを「今日の天気はどうかな?」「晴れてるね!」というレベルぐらい軽くペロリと語ってくる。 それは人間が今まで「真実」だと教わり、そうであると理解していた現象の数々をまるっと覆す発言であった。 そもそも人間の認識としては、〈彼ら〉とは外宇宙からやってきた人類の敵であり、人類を餌としてみる肉食の生き物であるとおもっていたのだ。 あと心獣とは、契約することで理性が芽生えた〈彼ら〉側の一部が、人間の心のエネルギーを糧に人間に協力している存在だと誰もが思っていた。 事実は全部違うとか・・・誰が信じるだろうか。 〈彼ら〉は人間が作り出した過去の科学技術の遺物。 宇宙生命体ではなく、人工プログラムが"進化"の暴走をとげて形をえたもの。 肉食ではなく、身体を構成する情報を求めているだけ。知識を求め続けて生命体をとりこんでいるだけ。 "進化"のために情報を抜き取るために人間をパクっと口に入れていたとか誰が思うだろうか。 心獣もまたしかり。 心獣は〈彼ら〉の一部が謀反を起こしたのでも何でもなく、〈彼ら〉を滅ぼすために後からつくられたワクチンプログラムだという。 彼らのおしゃべりひとつで歴史が180度覆る。 しかも体を実体化やプログラム化も自由な陽ようで、散歩と称しては政府に入り込む奴もいるようだ。 〈彼ら〉と心獣を生み出したAIに軽々しく会いに行っては、その場でおしゃべりを楽しむ個体もいるらしい。 ただしそのお喋りの内容は、人側からするとそれどんな政府の裏事情!?え?〇〇さん残業時間やばくね?などなど・・・知りたくなかった情報にあふれかえっていた。 「も、もうやめてぇ〜」 耳をふさいでも聞こえる心獣たちの声、かつ政府というか人間の闇をリアルタイムできかされ泣きそうになる春だった。 このとき、この瞬間より、モフモフに囲まれた春の姿が度々どこかで目撃されることとなる。 ―――同時に、春の心の中にひとつ小さな炎がともった。 それをしるものは、彼の中にいるもう一人の春だけだ。 「このっ!!いいかげんに離れろぉ!!!!」 廊下に響いたイラツキを含んだ元気すぎる盛大な声に、兵士たちが何事だとばかりに振り返る。 そこには部隊の心獣に抱き着かれ、すりよられ、モフモフでおおわれ身動きができなくなっている黒い制服の軍人の姿があった。 歯をぎりぎりさせながらモフモフたちを推しやっては、軍人は進もうと泳ぐように腕を動かすが、モフモフとはいえ人外生物である心獣たちがたちはだかって道を阻まれている。 軍人は前へ進みたいが、心獣たちは彼にかまってほしくてしょうがないため押し返す。 むしろ押されるのは遊びだと思ってさらにギュウギュウと彼に近づこうと嬉しそうにすりよる。 一進一退の工房の始まりである。 「あ、春さんがまたモフなだれにあってる」 「最近よく見る光景になったよね〜」 なお、その光景を何でもないいつものこととのんびり見つめていたピンク髪の少年と金髪の少年の傍にいた心獣たちも、春を目にするなり駆け寄っておしくらまんじゅうの仲間入りをしている。 「くそ!またふえたぁぁ!!!」なんて参謀さんの声と「むぎゃ!」なんてつぶれた見えなくなった声も聞こえたが、これもいつものことだ。 さらに己の契約者を奪われたことで嫉妬した大きなカラスのような心獣が「自分もかまって!」とばかりに春の頭上に覆いかぶさった。 最後の悲鳴は途中で途切れた。 もはやモフモフに押しつぶされ、埋もれてしまった軍服の黒い色さえ見えない。 唯一助けを求めるように春の腕だけが、隙間からちモフモフの間からのびている。 それを引っ張り出すのは・・・・ 「・・・・春。おまえ、なんでまた埋もれてるんだ」 たまたま通りすがったこのSIX GRAVITYのトップ、睦月始の役目である。 本日も何も変わらず。 なんともほのぼのな黒の艦隊の日常であった。 |