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[花悲壮] → ツキウタ



【SS-20】 妹ちゃんに彼氏ができました

<詳細設定>
【弥生字】
・本名《字》
・私生活では『花』、芸名は『春』
・魔法のある世界の春成り代わり主
・二つ前の前世【復活】より超直感引継ぎ
・一つ前の世界は【黒バヌ】の花宮成り代わり
・魔力豊富な世界で、生まれつき魔力0体質
・前世から変わらず、見えてはいけないものが視える
・超直感は今日も元気に活躍中www
・始の魔力で生かされてる
・始は充電器か空気という認識
・原作とは違って、甘いのがめちゃくちゃだめ。辛党派。
・ちょっと思考回路が人とズレてる、ボケてるともいう

※二人の妹/妹の彼氏は、名前、性格は捏造です









『花くん花くん。私、好きな人できたの!』
『え。ほんと!?おめでとー!!』
『今度紹介するね!始くんにもよろしくいっておいてね』







【妹ちゃんに彼氏ができました】
 〜 side 成り代わり字春の世界 〜








弥生 ヒバリ。
弥生 小鳥子(ヤヨイ コトコ)。

それが芸名『弥生春』。もとい弥生花こと《字》の今世の妹たちの名前である。

ある日、そんな字の二人いる妹のうちのひとり、コトコから電話がかかってきた。

少し前に、上の妹のヒバリに彼氏ができたとき、紹介された彼氏は、葉月陽にどことなく雰囲気が似ていて、とてもおしゃれな人であった。
字いわく「たれ目ではなく、目はばっちりあいてる陽!みたいな子」とのこと。
そのヒバリの彼氏からは、字はすでに家族と認定されており、「花兄」「花さん」「兄貴」などと呼ばれている。

字『今回はどんな彼氏君がくるんだろうね』

ふふふと笑いながらホケキョ君ののどもとをなでながら、字がまだ見ぬ相手に思いはせる。
大好きな人と一緒に入れるほど幸せなことはない。
死別、転生という形で世界ごと切り離されてしまった字は、自分の妹たちがこのさきも愛したひとと幸せな家庭を築けるよう。 末永く幸せであるように願わずにはいられない。

とはいえ、この高揚した気持ちを一人でためておくのはもったいない。
そうとくれば。

字『始!はじめぇー!!ちょっときいて!ねぇきいっててば!始!はじめー!!!』
始『うるさい!聞こえてる!お前は隼か』

字は勢い良く立ち上がるとそのままの勢いで、隣の睦月始の部屋に飛び込んだ。

その後の字は、とても饒舌に語った。

字『やったね!どうしよう!家族が増えるよ!』

そのいろんなものがふっとんだ言葉に、始がポカーンとした顔をむけるが、すぐになにかおもいついたように落ち着きを取り戻す。

始『お前ついにのろけ話の彼女に手を出し』
字『ちがうよ!オレじゃなくて!いや、そりゃぁもう彼女との子供だったらほしいいし、すっごい溺愛する自信あるけど! きっと彼女にそっくりで・・・そ、そんな! オレ、お父さんって呼ばれたら・・・・ど、どうしよう始。オレ、そうなってたらって考えたら・・・・・・・・・・・・・・泣きそう』

始『まじ泣きやめろ。
というか、話ずれてないか?何の話だったんだ結局のところ』

字『ぐす・・え。ぐすぐす・・・ああ、ごめんごめん。下の妹に彼氏ができたらしくて』
始『ああ、そういう話か。俺はてっきりお前んちの親が四人目を生んだのかとばかり』
字『そんなわけないって。ただでさえオレのことでお金には苦労させてるのに、四人目はないって』





字『っというわけで今日からしばらく実家にいってるね!いってきまーす』

葵『はい、いってらっしゃい(ニコニコ)』
駆『わぁーさびしくなりますね』
恋『寮のことは俺たちにまかせてゆっくりしてきてくださいね!』
新『いってらっさ〜』
駆『いってらっしゃーい』

二泊三日ぶんぐらいだろうか。着替えと少しの荷物をつめた小さめの鞄を持って、字と始が寮を出ていくのを、グラビの仲間たちがいつもと同じ笑顔で見送っている。

字『たのしみだね始』
始『そうだな。今度のやつも根性があるやつだといいが』
字『ふふ、なぁにそれ。ヒバリちゃんの彼氏はいいこだったでしょ。コトコちゃんの彼氏もきっといいこだよ』
始『だといいがな』
字『そうじゃなきゃ始だって許可しないでしょうに』
始『そういうお前もな』





恋『(´ω`)・・・・・・・ねぇ』


駆『ん?』
恋『“春さんの、妹”の彼氏・・・だよね?』

新『だな』


恋『どうして“始さん”までいくの!?』


葵『あーやっぱり?やっぱりみんなも思った?(苦笑)』
駆『当然です』
恋『です』

新『当然のように二人で荷物持って、当然ように二人で春さんの家にむかったな』

駆『あの様子だと春さんは始さんがついていって当然だと思ってますよね』
恋『恋人か!?』
葵『春さん恋愛に関しては一途だし、それはないと思うけど・・・(苦笑)まぁ、ふつうはそうとしか見えないよね〜』
新『むしろ春さんからしたら、始さんと実家に帰る――っていうのは、携帯の充電器をもって家に帰るっていう感覚なのかも』
駆『あ、それはわかる気がする』
葵『実際にそう思ってるんじゃないかな春さんのことだから』
駆『ですよねー。春さん、始さんのことしゃべる充電器って宣言してるぐらいですしね(遠い目)』

恋『うわー・・・これ彼氏さん大変そう』



新『はい、みなさんご一緒に。両手の皺と皺を合わせてぇーー彼氏さんにナム〜』
恋『ナムー!!心の底から応援してます!』
駆『骨はひろいに行きません!なむ〜』
葵『なむなむ〜。心臓もつかな彼氏さん?がんばってください!』

新の『はい、合掌!』という掛け声とともに、四人はまだ見ぬ字の妹の彼氏を思って涙した。





* * * * *





コ『あ、お兄ちゃん帰ってるみたい。花くんただいま〜』

弥生小鳥子(ヤヨイコトコ)の彼氏――大樹(タイキ)は、本日彼女の家に招待されていた。
どうやら仕事の都合で長く家を空けていら長男が戻ってくるということで、その兄に会ってほしいと彼女である弥生小鳥子にお願いされたのだ。
そんなわけで、大樹は小鳥子の家族に会うべく家を訪れていた。
あくまで大樹は彼氏であり、婚約者ではない。そのため「娘さんをください!」といったような堅苦しいことは考えずに気楽にしてくれとは、小鳥子の言葉である。
ただ遊びに来た――家族に紹介されにきただけである。
とはいえ、そう言われたからと言って、初めて訪れる他人の家で落ち着ける人間はどういないだろう。
いるのならばそれは神経が太い人間に違いない。
なお、大樹はまさにこれには当てはまらない人種であり、もはや草食系と評される分類の気弱なタイプだった。

大樹を気遣って、「きにしなくていいのよ」と玄関の前で固まる大樹の背をそっと撫でる優しさをみせる小鳥子だったが、彼女は玄関の靴を見るなりさっさと家に上がってしまった。
彼女にとっては自分の家であるせいか、緊張にこわばる彼氏に気づいていないようで、嬉しそうにリビングへ向かってしまう。
ひとり残されオロオロとしていた大樹だったが、 「こら、コトコちゃん。彼氏さんはどうしたの?」「あ」「ちゃんと案内できない子は、“めっ”だよ?」 そんなやりとりのあと、「コトコちゃんの彼氏さん?ごめんねコトコが。さぁ、あがって」と優し気な声がきこえ、慌てて「おじゃまします!」と靴を脱いだのだった。

彼『あ、あの・・お、おじゃまし・・・・・・!?Σ(゚Д゚)』

字『いらっしゃい。大樹君だよね?ようこそ。片付いてなくてごめんね!』

リビングの入り口にはいり、そこで大樹が目にしたのは――テレビや雑誌で最近よく見るようになった顔。
人気絶好調中のアイドルグループSIX GRAVITYの“弥生春”そのひとであった。

そんな有名人が、有名人が・・えぷろ、否、割烹着を着て、せっせと机の上で何かを練っている。

字『意外と早かったねふたりとも。スコーンでも用意しようとしてたんだけどまにあわなかったみたい。もう少し待っててくれるかな(苦笑)』
彼『あ、あの!いえ!そのだ、大丈夫ですから!(はわわわ!!く、苦笑までキラキラしてる!!!)』


『お前がたかがスコーンに、カボチャや種やらココアやらいろんなものいれようってこだわるからだろ』


字『だってはじめぇー。同じ味じゃあきちゃうかなって。それでいろいろやってたら量が増えちゃったんだよー』
始『時間と限度を考えろ』

彼『え』

予想外にもリビングがまだ人がいたらしい。
よく通る声がふいに響く。
それに大樹は、声のした方へふりかえり、そのまま目を見開いて驚きに言葉を失う。

字『もう始も手伝ってよ!型抜きぐらいしてくれてもいいじゃないか』
始『そんなにスコーンばかり量産してもこまるだろ?ここは寮じゃないんだぞ。だれがその量をたべるんだ・・・・そもそもスコーンは型抜きしなくてもよくないか?』
字『あ、そういえば・・・うっかり駆や海たちの分もいつもの調子でつくちゃった。えーっと、どうしよう?』
始『はぁー・・・。コトコ、明日にでも学校でこれ配れるか?』
コ『うん!花くん、安心して。大樹君とくばってくるよ』
字『そっかぁ、よかった。ありがとうコトコちゃんも大樹君も』
コ『ああ、もう花くんかわいい!』
字『こらこら。とびつくなら大樹君にしてあげてね』

弥生家のソファにさも当然とばかり腰を落ち着け、どこの父親だとばかりに新聞を広げてくつろいでいたのは、天下のトップアイドル睦月始であった。
彼の手前にあるミニテーブルには、紫のカップにコーヒーがいれられてる。

ペラリと新聞をめくった始がため息をついた後に発せられた言葉に、すでに頭の中が真っ白になっていた大樹は、考えることもなくとにかくうなずかなければ!と頭の中はそれだけで。 大樹の視線は、あいかわらずキラビヤカナオーラを放っている始と、割烹着な春に釘付けである。それはもう無意識にでも目に入ってしまうというか、目で追いかけてしまうというか。そういうレベルの華やかさだ。
うなずくしかできなくなっていた大樹とはうってかわって、彼らの妹である小鳥子はそれはもう目の前に君臨する絶対王者のようなオーラを放つ存在など空気のように扱っている。
返事はするものの基本的にはスルーし、弥生春に隙あらば抱き着いている。

腰に小鳥子をはりつかせたまま一回目の作業を終えた春が割烹着のまま紅茶をそそぎ、空いたほうのソファーへ妹とその彼氏を促す。

コ『大樹君!お兄ちゃんの花くん!っと、空気の始くん』
彼『あの睦月始を空気あつかい!?』
コ『え?何か変なこと言ったかな私。まぁいいや。始くんのことは気にしないでいいからね。そこにいるだけの空気だから』

いえ、無理です。

視線をチラリとむけただけでも「ふっ」と微笑まれると、ビキリと全身が固まってしまう。
視界に入っていなくても、傍にいると一度でもわかってしまえば、もう存在感をビシバシ感じてしまう。それほど存在だった。

字『べつにとってくいやしないよ?』

ふふと花がほころぶような柔らかな微笑みを浮かべるのは、弥生春。
こちらもアイドルオーラがまぶしい。

そこでふと大樹は違和感を覚え首をかしげる。

彼『弥生、春さんですよね?SIX GRAVITYの』
字『そうだよ?』
彼『えーっと、コトコのお兄さんって・・・』
コ『目の前にいる“弥生春”だよ。アイドルなの』
彼『や、やっぱし弥生春ぅ!?ってことはやっぱりそちらの方は睦月始ご本人!?え?お兄さん、花さんって言ってなかった!?ええええーどいうこと?!』
字『ああ、それか』
始『“春”ってのは芸名だな。私生活では“花”が正しい』
字『オレのことは花ってよんでね』

優雅にコーヒーをすする始の言葉に、何かを期待するようにキラキラとした眼差しつきの春の笑顔を向けられた大樹は、もはや「あ、はい」と答えることしかできなかった。


すったもんだの末。
とはいえ、睦月始との対面は、もはや弥生家恒例の洗礼とでもいうべきだろう。
それも何とかこなす。

そうこうしているあいだに、また菓子作りの作業に戻っていたハルが手をとめ、スコーンをあとは焼くだけというところまでたどり着く。
量を多く作りすぎてしまったので、何回か繰り返すことにはなるが、ようやく手隙なる時間ができた。

割烹着(よくよくみると唐辛子のアップリケがポケットにはられていて、Solids蕎麦ラブの文字がある)をぬぎ、それを春が椅子にかけたところで、始が「はーな」と一声、声をかける。

字『うん?どうかした?』
始『ん』

こっちへこいとばかりに、自分が座っているソファーの横をポンポンとたたけば。春は『ふふ、そんなことしなくても。大丈夫だよ?』と笑っている。

二人の言葉ない会話にいち早く察したのが、小鳥子だ。
二人とも長年のつきあいから、この熟年夫婦のようなやりとりの真意を十分すぎるほど小鳥子も理解できていた。

コ『花くん、スコーンなら残りは私でも焼けるよ。だから少しやすんでて』

妹にまでそういわれ、強引に始の横におしやられた春は、「じゃぁ、ちょっとだけ」と笑みを浮かべて始が先程しめした場所にストンと座る。
正面に天下のアイドル弥生春と睦月始が笑顔で座っている。その光景にアイドルオーラを感じ取った大樹が「まぶし!」という小さな声をあげある。一般人には目の前の二人の容姿は整いすぎていた。

それから春と小鳥子を中心に会話が進み、しだいに大樹もようやくその場の空気になじんできた。
春と始がTVの中の存在というよりは、随分親しみやすい性格であったのがよかったのだろう。

それから間もなく、スコーンの第一陣が焼けあがった音がする。
それに立ち上がろうとした春をおさえて、小鳥子が大樹に手伝って声をかけて二人でキッチンへ向かう。

コ『ふふ、さすが花くん、おいしそうだね』
彼『うん、とっても♪』

焼きたてのスコーンをキッチンペーパーのひいた籠のなかに散らし、二人は暖かな気分で、茶器を用意していく。
生地の状態のスコーンを新にオーブンにセットし、紅茶の入ったティーポットを小鳥子が、カップが四つ乗ったお盆を大樹が手にして、二人が和やかに話しながらリビングへもどってくる。

そこで二人を待っていたのは、人差し指を口元にあてて「静かに」と合図を出してくる始。
その合図に声を潜めた大樹と小鳥子は、始の肩に寄り掛かるようにして寝ている春に気づく。

春の様子に少しだけ険しい顔した小鳥子が、始をみやる。

コ『始くん。花くん寝てるの?』
始『いや、“おちて”る』
コ『!?・・・花くん、具合が悪いかったのにきてくれたの?大丈夫?まだ“起きて”られそう?ねぇ、始くん。花くんちゃんと起きる?』
始『おちつけ。“おちて”はいるが、そんな大げさなものじゃない。すこしばかりここ数日の徹夜テンションと、ちょっとここに来るまでにはしゃぎすぎただけだ。 若干受け取りに"乱"はあるが大したことはない。調整すればすぐに目を覚ます』
コ『そう、そっか・・・よかった』

ただ寝“落ち”してるだけにしては、過剰な反応を見せる小鳥子に、大樹はなにかを感じ取ったのか、不安そうに春と小鳥子をみやる。
それに気づいた始がふっと柔らかい笑みを見せる。

始『いい、彼氏だなコトコ』
コ『ええ、とってもね!』

彼『/////』

恋人のかわいらしい笑顔に大樹の顔が真っ赤になる。

始『ああ、すまない。からかったつもりではなかったんだが』
コ『始くんは大樹君をほめてるのよ。優しくていい男だって』
彼『あ、あの!そんなことより、はるさ、じゃなくて花さんは、どこか・・・』
始『そういうところが“いい男”だと思うんだがな』
彼『や、やめてください!もう無理ぃ〜!』
コ『褒め慣れてないところもかわいい!』
始『こーら。いちゃつくなら別の場所でやってくれよコトコ』
コ『そんなことしないわ。せっかく花くんが家にいるのにもったいないもの』

彼『(ごほん)・・えっと、それで、あの花さんは』

コ『病気、と呼べるのかしら・・・ねぇ、大樹君。魔力ってわかる?』
彼『一般的にはこの世界の生物すべてに宿るとされるエネルギーだっけ? えーっと、あの健康診断の時身長と一緒に計測する、装置を取り付けた時だけなんだか体の中にあるナニカがうずっとするような?あれ?』
コ『そうそれ。まさに忘れたころに存在を思い出すようなアレ』
彼『座高の高さを調べるのと同じくらい不思議な・・・アレ?』
コ『そのアレ。魔力って人によって生まれ持った量が違うでしょう。始くんは生まれたときから今に至るまでそれがとんでもなく多いの。でも花くんは逆。まったくといっていいほどないの』
彼『え!?それってまずいんじゃ・・・』

突然命にかかわるようなことをいわれ、焦る大樹。しかしそこで「まってました!」とばかりに小鳥子が胸を張って、始をジャーンと紹介する。

コ『そのための魔力発電機もとい充電器!始くんよ!』
彼『え』
始『まぁ、弥生家からは主にそういう扱いをされている。花にかぎらずこの家のやつらは、花の命が最優先なせいか俺は基本的に充電器扱いだ。お前もそれでいい。なれろ』

空気だろうと充電機だろうとかまわないと言われ、こんな存在感あるのに無理だ!と、きっとこの場に他の誰かがいても思うだろう。 “普通の価値観”同じく、大樹も言葉にはしなかったが全く同じことをとっさに思った。

始『花が俺を充電器扱いするように、俺は花を電池で動くおもちゃと思っている』

つまりお互いがお互いをいてあたりまえの空気のように思っていると告げる。

コ『もう始くん。花くんが何でも信じるからって、あまり変な洗脳はしないでね』
始『どうだろうな(ニヤリ)』

このときは言葉にして否定することはできなかった大樹だったが、すぐに“慣れろ”と言った理由をしることとなり、必然と彼も“慣れ”ていくこととなる。





――それは、大樹の帰り際に起きた。

自力で目覚めることができない状況を“おちる”と始はよんでいる。
始が春に対して“おちる”という言葉をつかった理由がよくわかるほどに、それまでどれだけ傍で話しても始が移動しようとも春は起きる気配さえなかった。
小鳥子を筆頭に、弥生家が心配するのは、そのまま二度と春の目が覚めなくなることだ。

コ『始くん、お願い!』

始『わかったわかった。いまから起こすから少し待ってろ』
コ『ありがとう!』

大樹の帰り際、もう少しだけ大樹と春を話させたいと小鳥子が願った。
それにため息をつきつつ、さすがにこれ以上は小鳥子を不安にさせるだけというのも理解していた始は、椅子から立ち上がるとソファで横になっている春をおこすことにする。

肩を貸してるときでさえ近かった距離をさらに縮め、始は起きる気配のない春の頭をひきよせ、両頬をつかんで顔を固定させると、ひたいとひたいをくっつけあう。

始『はぁーな。花・・・』

始『起きろ花。妹が呼んでるぞ』
コ『花くん・・・』

字『んぅ・・』
始『起きたか』

字『はじ、めぇ?』

始『起きろ花。大樹が帰るぞ』
字『・・うん?たい、き?』
始『小鳥子の彼氏だ』

字『あ、ああ・・・そっか、なるほど。オレ寝ちゃってたか』
始『寝たというか、"おちて"たな。いい加減徹夜とかやめろ。魔力が乱れる。コトコも大樹も心配してたぞ』
字『ふぁ〜・・んーだよね〜。うー眠い。うー・・おこしてくれてありがと始』
始『どういたしまして』

始『花、調子は?』
字『うん?特に問題はないよ』

字『それにしても。うたた寝がそのまま意識障害に到達してたとは・・・勘弁してほしいねぇ』
始『それはこっちのセリフだ。おまえはそもそも自業自得だろ。貫徹何日目だお前?』
字『はは。たかが4日目だよ。
でもそのせいで魔力調整に失敗しちゃったんだから、怖いなぁ。気を付けないと。
意識がないから、自分でその乱れを治すこともできない。だから自力じゃぁ、目を覚ますこともできない。 高学校ぐらいまでは徹夜んなんてしたことなかったからなぁ〜。大学も社会も徹夜が当たり前になるなんて、大人って怖いな〜。
ほんと、始には感謝だよ』
始『今日程度なら、そのまま寝かせてやってもよかったんだけどな。まぁ、客人をいつまでも待たせるのはよくないだろう』
字『うん。ありがとう』
始『だが徹夜はやめておけ。せめて一日にしとけ』
字『ふふ、いつも寮だし、始がいるから気にしてなかったけど。次からは気を付けるよ』
始『そうしろ』

コ『おはよう花くん』
字『おはようコトコちゃん。ごめんね、ちょっとうたたねしてたみたいで』

コ『うんん!花くんが元気ならいい!でもちょっといまのは怖かったからできればもう徹夜はしないでほしいな』
字『ごめんごめん。でも始がいるから』

始『俺がそばにいないこともある。・・・・そういうときは隼のところけよ』
字『うーん。それやると隼死なない?』
始『ほかのやつなら死ぬが、隼なら中傷ですむぞ。回復もするしな』
字『そう、なら・・そのときは、たよろうかな』

息でもかかろうかという至近距離で会話をしたあと、春は始の胸元に猫のように頭をすりつけクスクスと笑う。
その柔らかい髪をいじりながら、「大樹がまってる」という言葉に―――当の本人である大樹は「こっちにふらないで!」と切実に思った。
これが通常運転だとばかりに完全スルーをきめこみ、春にまとわりついて、起きたことを純粋に喜ぶ小鳥子。
「甘い!」「近い!!」「眩しい!」と叫びたくなるほどの始の春への優しい態度。
寝起きのせいか会ったときよりほわほわしている雰囲気に、血がまわりはじめたせいかほんのりと赤い頬、そんな春に、 こちらをみたとたんパァーと周囲に大輪の花を咲かせて顔を輝かせ、「よかった、また会えた」なんてとろけるような微笑みを向けられた大樹は―――瞬間、すべてを悟った。

これは慣れなくてはいけないと。








後日――

『おじゃましまーす!あ、花さん戻ってたんですね。こんにちわー』

『あ、いらっしゃい』
『いらっしゃい』

『っと、相変わらずついてきたんすね。おひさしぶりです始さん』

あの日、あの瞬間から悟りの境地に到達した大樹は、さとったのだ。

この色気に対抗する術を。
羞恥心など感じていてはいけないのだと。
むしろ春と始はセットでければ命が危機だ。という恐怖と危機感を無理やり育て、羞恥心やら照れ屋ら憧れやらTVの中の世界が違う人やらの、 自分の中の価値観を洗いざらい外へ押しやった。

そうしていれば始と春をセットで考えるようになり、何度か会えばもはや始がいようと気にならなくなった。
あのふたりがどれだけイチャイチャしてるようにみえようと、恋人並みに距離がちかかろうと、 それを生暖かい目で見つめていられるほど、それがあたりまえとなっていった。
しいていうなら始が傍にいれば、春は無事という認識ができあがったので、傍にいてくれないと不安になるという感じになってきていた。

大樹はしっかり弥生家流に価値観が染まっていった。


――こうしてただの小鳥子の彼氏であった大樹は、正真正銘弥生家の一員となった。










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