【SS-01】 二重人格ではありません |
→ 詳細設定 【字と春と花と】 〜side 春 成り代わり世界〜 「ん?あれって“弥生春”?」 「え?どこ?」 町中を歩いていた女子の一人が遠くに見える背の高い人影に目を細める。 トップアイドルの名前が聞こえたことで彼女の視線を友人たちが追う。 日本人のなかでは高めの身長である彼は、すぐに少女たちの目に留まる。 だが、しかし。 「え。なんか雰囲気違くない?」 「えーっとオフだからとか?」 「いやいやいや!違う人でしょ!どうみてもちょっと似てる容姿の違う人でしょ!」 思わず少女たちは“弥生春”だと思った青年から視線を外す。 彼女たちの意見はひとしく一致していた。 「「「あれはないわー」」」 「花さん」 『んー?』 「また勘違いされてますよ――“別人”だって」 「なんで女子っちゅーのは“本人”だってなんできづかねーんだか」 「本体といわれる眼鏡がないから?」 「目つき、じゃね?」 「あと口調なwww」 『どうでもいいが、お前ら試合前によけいなことするなよ』 「うっす!」 「つか、そういう花さんこそ笑いを狙ってるんですか?」 『は?』 「「主将の服が変です!」」 『?』 まっちょ、むさい。ハゲ、そんなごっつい男たちの群れの中に、ひとり、細めの男が彼ら同じような荷物を持って歩いていた。 男の目は、眼鏡などないためはっきりとみえるそれは鮮やかな緑。 ただしするどく細められ、視線を横にやるだけで睨まれているようにも見える。 更には口が悪い。 ゆるくかぶった黒のキャップからはみだした淡い鶯色の髪はふんわりとしていて、目にかからないようにか前髪を編み込むようにして横でピンでとめている。 そこまではまだいい方だろう。男がやる髪型としては「ん?」と思わないでもないが。 そこから下が問題だった。 男が着ていたTシャツには、とてもリアルな絵が描かれている。 これが一人の女性の絵なのだが、露出度の高い女性が〜的なお色気風味漂うものであれば、彼もまた男の子だなと普通にみんな納得してスルーしたことであろう。 しかし描かれたのはホラー使用。 某有名ホラー映画に出てくる女性が井戸から出てくる――なぁ〜んて、テンプレの構図ではない。 いや、むしろそちらのほうがどれだけましだったであろうか。 彼が着ているシャツには、女性が一人描かれているだけ。 それの女性が萌系やエロ系で、いけない部分を見せていたりしなだれかかる・・・というものなら一般的だが、彼のそれは違う。 血みどろの髪を振り乱して、顔もよく見えないボロボロの女性が、着ている者に抱きつくようにしなだれかかっている絵なのである。 しかもこれまたそこにいると勘違いしそうなリアルに描かれたそれは、おどろおどろしく、シャツを着ている者に本当に抱きついているかのよう。――という絵がプリントされていた。 なお、女性の視線は着用者ではなく、こっち=すなわちTシャツを目にした者へとむけられているので、視線が合うと逸らしたくなる。 そのTシャツはどこまでなにをこだわるつもりなのか。背中側のデザインはとてもシンプルなのだが・・・「このひとをとらないで」と、これまた血文字の様にかかれているというしまつ。 はっきり言おう。 こわい。こわすぎる。 まるでTシャツに描がかれた女性が、それを着ている青年に恋し恋わづらい、狂って自殺し、そのあげく生霊か怨念となってまとわりついているかのよう。 そして絵がリアルすぎる。 いっそその絵に引き寄せられて、本物の怨霊が宿っていてもおかしくないレベルであった。 なにより趣味が悪すぎた。 男はいままでの鋭い雰囲気をどこへやったのか、きょとんとすると、不思議そうに自分のシャツをみおろして首をかしげた。 『妹がくれたんだけど。始なんか趣味がいいって笑って見送ってくれたけど、え?これだめ?』 「「「あんたの妹と友人たちわりぃな!!」」」 意味が分からないと首をかしげているのは、弥生春。 先程本人と断定できなかった女性たちが“そうじゃないか”とうたがったその本人である。 現在トップを爆走中のトップアイドル弥生春、本名・弥生字は、転生者である。 その影響で彼の《字》という本名を呼べるものがおらず、アイドルになる前まで、彼は私生活で“花”と呼ばれていた。 その由来となるのが、ひとつ前の彼の前世で「花宮」と名乗るバスケ少年であったがゆえだ。 もちろん本人が自ら「花」と名乗ったわけでもないし、前世のことを語ったわけでもない。 しかし本人が思うよりはるかに「花宮」として生きたそれがいままでの転生人生の中でもとくに身にあっていたらしく、その経験と記憶が魂に名とともに刻み込まれたのだ。 彼をひとめみて「花」と呼ぶ者たちは、字の本質のなかにある「花宮」を無意識に感じ取っているがゆえだ。 その一番の原因として、この世界に生きるすべての者は“魔力”とよばれる“力”が微弱ながら秘めている。 それゆえこの世界の住人達の感受性は、他の世界よりもはるかに強い。 結果、本当の名を呼べぬのならと、家族や友人ら考えた名は“花”であり、以降、その仮名が彼のプライベートでは浸透している。 この字という転生者は、転生先が必ず人であったということはない。 人工知能AIであったり、獣であったときも神であった時もあるという、もはや人間としての感覚はかなり薄れている。 そのため、字はあまり、人間の美意識が分からない。 人の顔の見分けは苦手で、そのひとのオーラで判断するということもしばしば。 そんな彼の着る洋服のセンスは、はっきりいって皆無である。 前世での彼の母親はなんでも嫌がらず着てくっれるわが子に喜び、そのあげく変ガラTシャツをきせはじめたりとしはじめた。 絶対普通の感覚の人間は着ないようなものを気にせず着る我が子。それをみて轢く周囲の表情が見たいがために、彼女はおかしな服を着せ続けた。 その影響があきらかに今世でもでていて、現在“弥生字”であるはずの字は、衣類に関してなにがどう変なのか理解していない。 今世ではじめての服選びの時「これがいいんじゃない?」っと字が幼少期、無意識に示したのは、 まさに前世の彼の母親が周囲から渋い顔を見たいがために字に着せていた変ガラシャツだった。 その幼少期いこう、家族は字がああいう変なものが好きなのだと思い込んだ。 自分ではよくわからないからと服を自ら選ばない字に、服を選ぶのは家族の仕事となり、若干ましな格好をするようになった。 とはいえ、面白いTシャツをみつけるたびに彼の今世の妹が「これお兄ちゃん喜びそう!」と嬉々と購入しては、字に送りつけるようになるのだが、それはまた別の話。 現在アイドルとなり寮生活の字は、おしゃれな恋や陽やらに、 そのかこうで出歩くな!と強くくぎを刺されており、「せめて!カーディガンとかでかくして!!」と上から何かゆるいものを羽織らされたりしている。 しかし今回は完全にプライベートであり、アイドルなんか関係ないと言わんばかりの学校での部活動。 その試合である。 おしゃれなど不要だとそばにあったTシャツとズボンにキャップをして出陣した。 鞄も着替えとシューズ、タオルやらをつめた完全、スポーツをする学生スタイルである。 なお、バスケをしているときの字は、完全に前世の記憶が前面に出てしまい、無意識に「花宮」としてふるまっている。 口調も態度もまさにバスケ部主将の者である。 その結果がこれである。 おしゃれコンビのストップが間に合わずなんとも言い難い格好で寮を飛び出、しかも“前世モード”な字を、だれがほんわかアイドル“弥生春”だと気づくだろう。 字『主将の弥生花です。よろしくお願いします』 敵「「「・・・・・・」」」」 仲間「主将!先に着替えてから挨拶しましょうよ!」 仲間「なんで着替える前に対戦相手と遭遇しちゃうかな!!!」 字『なんでだ?まだ汗もかいてないし?』 仲間「かぐんじゃねぇ!!」 敵「ひぃ!?」 敵「の、のろわれて」 仲間「「ません!!!」」 この試合後、二重人格レベルで豹変する表情とTシャツのせいで、「呪われた選手」と言われることになるのは・・・ まだだれもしらない。 ----------------------- |