外伝 ・ も し も 話
[花悲壮] → ツキウタ



【お題】 色気について

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※魔法の国(字の世界)…『漢字名称』
※魔法のない国(零の世界)…「カタカナ名」

<弥生字>
・本名《字》
・魔法のある世界の春成り代わり主
・一つ前の世界は【黒バヌ】の花宮成り代わり
・魔力豊富な世界で、生まれつき魔力0体質
・だれも本名を呼べないので、むかしは《花》と呼ばれていた
・芸名「春」
・始の魔力で生かされてる
・ロジャーという蝶は字の魂と連結している存在(現在、始に張り付いて魔力を常に供給してもらっている)
・ロジャーがいないと情緒不安定になる
・始は充電器か空気という認識

<霜月シュン>
・本名「零」
・魔法のない世界の、隼成り代わり主
・一つ前の世界は【黒バヌ】の火神成り代わり
・前世の影響で大食い
・口調がまんま「火神」な外見隼









【一緒に寝よう (上)】
 〜side 春 成り代わり世界〜



字『はい、陽はここね〜』
陽『え?』
始『布団2枚でいいな』
陽『え?』

陽『えぇ???ちょ!?これ、どういう状況ですか!!!』


陽の頭の中は混乱で埋まっていた。
現在、始陽字の並びで、川の字で寝ている。



* * * * *



ことの発端は忘れたが、全員がパジャマになりそろそろ寝るかという段階で、 共有ルームからあくびをしながら出ようとした陽は、楽し気なニヤリとした笑みを浮かべた始に手首を取られた。
わけがわからず字に助けを求めるも、陽の意に反して字はいつものホワリとした笑顔を浮かべて 「じゃぁ、みんなおやすみ〜」と、会話の流れをしめ、 有無を言わさず陽は始につれられ、字の部屋へつれてこられた。

理由としては《いつも頑張っていてあまり甘えるのが得意でない年中組を甘えさせ隊》というのが、 年長組の間でいつのまにか発足していて、今夜はその第一回目甘えさせ日である。
年長組の中では、一緒に寝ながら修学旅行気分で愚痴を聞いてやろうという魂胆のもと、簡素なお泊り会を企画しただけだ。

ただし。
SixGravityの年長組とお泊り会なんかやって無事であるはずがない。

考えてみてほしい。

チラリと視線を動かせば、横にはアッハ〜ンでウッフ〜ンな色気が半端ない大人組が二人。
SixGravityの始の色気は普段でさえすごいと評判だが、これが就寝前後はもっと半端ないことを誰もが知っている。
字以外。

彼らと共に同じ部屋で寝ることになった者に、心休まる暇は間違いなくないだろう。

さすがのこれには、愉快犯のProcellarum年長組と笑いながら眠った方がましだと、だれもが思うだろう。

普段と違う年上さんが相手であれば、いつも甘えられない子も少しは甘えられるんじゃないか!と考えたとのことだ。
しかしそれの発案者は、だれであろう愉快犯である霜月隼だ。
彼の本音は、もちろん別のところにある。
いわく、
「慣れた子じゃぁ驚かないから、からかいがいがない。自分に慣れてない子をよこせ。
協力してくれたら、愉快な子を君に貸すよ」
――っというのが、本音である。

もちろん元祖愉快犯・睦月始が、その真意に気づかないはずもなく、即隼の《年中組を甘やかし隊()》に賛成の意を告げた。

もう一度いう。
この計画は愉快犯による提案である。

結果、「わぁ〜それいいかも!あまり親しくないほうが本心話しやすいっていうもんね」っと、 どこかで人間らしい常識を置いてきたくせに知識だけは豊富な純粋な心を持った眼鏡が、愉快犯たちの策略により釣れた。
海はなんとなく愉快犯たちの意図を理解しつつ、言葉通りに乗せられるのもいいかもしれないと「年中組を甘やかしてやろう」っと思い了承した。
なお、本当にうれしそうな字に苦笑しつつ、その頭をわしゃわしゃなで、ハテナマークを字に返されたのはいうまでもない。


そういった経緯を経て、陽が捕獲された。
悪い顔をした始にひきづられていく陽もまた、この先の展開が恐ろしく思えて抵抗するものの、 アイアンクローで鍛えたのか始の見た目を裏切る怪力(握力)にどうすることもできず「いやだー!」という悲鳴だけを残して連行されていった。
陽は一番最初の生贄として、《甘えさせ隊()》の黒年長にささげられたのだった。

なお、プロセラの隼と海の方には、今頃、新が送られているころである。


そして陽は黒の年長組へ、新は白の年長組へと。
売られていった。

生贄選出、および本日の提供は、《甘えさせ隊》協力者である年小組である。



今頃、六人のいなくなった共有ルームでは、訳知り顔の年少組が手を合わせていることだろう。
事情を聞かされていない残りの年中組は不思議そうな顔をして、おがむ年少組をみていたが、 彼らの運命も明日の夜まで。
明日は我が身である。

後日、葵と夜もすべてを理解することとなる。それはもう・・・身をもって。





* * * * *





陽(ここはグラビの春さんの部屋だよな?なんで俺?え、葵ちゃんとか百歩譲ってもメンバーの新だろ!!なんでおれだぁー!!!!)


陽は戸惑っていた。

男なのにこんなに色気ってでるものなかと、何度同じ言葉が頭の中で回ったことか。
むしろ口を手で押さえて悲鳴を飲み込むのに必死だ。


現在陽は、横になっている字と始からあつい視線向けられている。
いわく、「はやくこい」っとの催促であるが、陽の足は動かすことができず、ただただ部屋の入り口で立ち尽くしていた。

ここは春もとい字の部屋である。
折り畳みテーブルやマット、植物の鉢植えなどは隅の方へかたずけられ、あくどい顔つきのヒヨコのぬいぐるみやツキウサのぬいぐるみ(特大)、お手製ホケキョくんクッション(けっこうでかい)などはベッドの上。ベッドの上は、もふもふしたもので人形でいっぱいだ。
広くなった床には、一人用のベットでは狭いからと、敷布団が二枚ひかれ、それをくっつけて広げられている。
そこへ始と字の順でころがり――

二人は対照的な笑顔で、固まる陽を手招きして真ん中に誘っていた。

字『今日は陽が主役だから、陽が真ん中ね!』
始『ふっ。はやくこい陽』

っと、すでに眼鏡をはずして待ち構えているた字が、うれしくてたまらないとばかりに笑顔で、「お泊り会なんてはじめて!」っと、始との間に空いた空間をポンポンとたたく。
始は横になった状態で頬杖を突きつつ、真ん中の布団をパサリとめくり、いかにもお前の言いたいことはわかっている。存分に慌てろ。その様を自分に見せて楽しませろ」っと言わんばかりの、裏がありますとまるわかりの綺麗なイイ微笑みを浮かべている。

陽(そ・こ・に・い・け・と!?無理だろぉーーー!!!!)

字のふんわりとした微笑みが、眼鏡をはずすだけでなんだかいつもより柔らかく弧を描き、その微笑みの周りは陽だまりのようだ。
それに比べて始はというと、視線だけでこちらをみているだけであるのに、その仕草がいろっぽく、本人は気づいていないであろう色気がのって、まるで花街の男を誘うことになれた美しい遊女に流し目でみられているようだ。
その圧倒的なまでの男の妖艶さは、世界中の女子のハートを一気に奪い去ることなど造作もないだろうほど。

字『今日はね。お泊り会だとおもってよ陽。
いつも頑張ってる陽たちに相談に乗ってあげてねって言われてね。 それなら修学旅行みたいに転がりなら話してればいつのまにかねちゃうし、相談も聞けるしって。 隼が考えたんだよ〜。だから陽!今日はオレたちに何でも相談でしてね!なんでもきくよ!』
陽『は?』
始『おい陽』
陽『ひぃ!?ナ、ナンデスカ?』
始『早く入れ。寒いだろうが』
陽『す、すいません!!!』

うちのアホ毛が無条件で頼られたいと喜んでるのに、お前、この笑顔をみて断れるのか?ええ?
っと、無言の威圧を感じ取った陽は、顔を引きつらせる。

陽(そこにいけと!?この俺にそこにはいれと!?ぁぁあぁぁ!!!寝るならかわいい女の子がよかった!こんな違う意味でエロイ人たちと一緒はいやだぁぁああああ!!!!)

チラリと字をみて、助けを求めようにも。視線が合ったことでさらに笑みを深めた字をみて絶望においやられる。
断れるわけがなかった。

陽は年長組二人のあつい視線に頬を引きつらせながらも、意を決す。
ごくりと唾をのみ、緊張ごとそれを嚥下すると、ええい!ままよ!っと「シツレイシマス」っと片言になりつつも気合で、 二人の間の空いている空間まで足を運ぶ・・・・・・・・・・っが、しかし。陽はしょっぱなから言葉を失った。
寝転がっているグラビ年長コンビによってあけられた一人分の空間に、立ったまではよかったが、異様な雰囲気が左右からきている。
そのまま立ち尽くしたまま、どうやっても布団に入る勇気などわいてこない。

眼下の二人は布団の端で転がっているだけだ。
しかし立ったままの陽の眼下には、お泊り会に興奮しているのかうっすらと頬を染めた字が、ホワリホワリと花をとばしてニコニコしている。
始はきっちり服を着ているのに、パジャマのえりもとから覗く男らしい肌が、黒いパジャマに映えて、なんだ艶っぽい。

陽『う・・・』

どうしたらいいんだ。あの間に飛び込むのか?どんな無茶だ。
泣きたくなってきた陽だが、それをさえぎるようにさらに追い打ちをかけれらる。

字『よーう?風邪ひいちゃうよ』

戸惑う陽に、字はお泊りごっこが楽しみでしかたないようで、くすぐったそうに笑うと、その顔を隠すように掛け布団を口元まであげる。
しかも「はや〜く」と布団のせいでどこか熱のこもったようなくぐもった声で陽をまねくしまつ。
眼鏡をはずしているせいか、いつもよりはっきりと見える緑の瞳が、うっとりと細められ、 静かにおのれを待っているさまは、しゃべらなければなんだか先程までの雰囲気とは違ってみえる。
陽は一気にあがる体温に思わず左の方へと視線を逸らせば、今度は始と視線が合う。
そこには「ふっ」と目を細めて微笑み、それは大人びた表情のまま、髪を耳にかけるしぐさがもうなんともいえない始がいる。

陽の眼下には、あでやかな大輪の華のような二人がそこいにた。

そんな一つの動作がおかしいぐらいに様になる二人の間に転がれとか、どんな拷問だ?と陽の意識が一瞬遠ざかる。
始は「どうした?」と不思議そうにしつつも布団に優雅に横になったまま。
首を傾げたせいで、いつもと違う始のおろした黒い髪が、頬にかかる。
サラリと音が立てそうなほど綺麗な髪は、整った始の顔立ちをさらに引き立て、みなれない分、より一層、ドキドキさせらる。
うす暗い部屋さえ、彼の黒の王としての存在を引き立たせるだけの背景にしかならない。
昼間であれば凛とした空気をまとう始だが、寝転がっているだけで、闇が手をかし、いつもとは違う艶やかな色気が際立つ。
V字のパジャマの襟は、第一ボタンまでとめていても、そこからのぞく肌が見える。それが暗闇の中では白く強調され、どうしてもひきよせられるようななまめかしさがある。
字はいつまでも固まっているままの陽にじれたのか、布団から顔を出すと、「よ〜う?」と白い手を出してこいこいと手招く。


はっきり言おう。
上から見下ろしてるだけだが、エロイ。
なぜかめちゃくちゃグラビの二人がエロイ。

さらに場所が悪い。
字の部屋は、彼の趣味で、アロマがある。
日によってかわるそれは自然をイメージする清涼さがあるが、今日は少しだけ甘い。
いわれてみると字はここ最近はたまに甘くておいしそうなにおいや、花のような匂いをまとわせてることがあったと思い出す。
あれは香水などといったものではなく、部屋のにおいかと、陽は気づく。
そうえいば今日などは、「春さんひとりでリンゴでも食べました?」と恋と駆が字のにおいをかいでいた。 それに字は「誕生日にもらった青りんごのオイルだよぉ〜。部屋のアロマを変えたんだ」とは字の言葉だ。
だが、なにも今日使わなくてもいいのにと思うと同時に、陽は字に甘いにおいのオイルをプレゼントした人物を呪った。

陽(だれだよ春さんに甘いのあげたの!!!めっちゃそれが今の雰囲気を余計怪しくさせて・・・・・って、自分じゃん!!! 俺だよ!これ!!!春さんって甘いにおいが一番合いそうなのに持ってなかったから、ってなにしてんの少し前の俺ぇぇ!!!!!)

甘いにおいのせいで、なんだかクラクラしてきそうな状態だ。
こんな人らの横で眠れるか!っと陽は顔をさらに引きつらせ、「ちょっと用事を」と回れ右して慌てて逃げ出そうとしたのだが、 始がガシリと彼の腕をまた捕まえた。

始『どこに行く気だ陽?』

始がニヤリと口端を持ち上げたのを視界に入れた瞬間、陽は力任せに引き込まれ。 バランスをくずし布団の上に倒れこむこととなった。
陽の悲鳴むなしく、背後からたおれるように布団にたおれこむと、そのまま布団をかぶせられ、完全に川の字のまん中にひきずりこまれてしまった。


その後、陽が一睡もできることはなかった。

陽(つかなんなのこのひとたち!!なんなんだよ!!!ただいるだけでエロイんですけど!!!動作がひとつひとつえろい!!!!!!!!!!!たすけて夜!!まじ無理!ムリムリムリムリッ!!!いろいろ無理です!!!たすけろシューーーーーーーン!!!!!!!)


 




隼『おやおや。今、ずいぶんと楽しそうな気配をキャッチしたよ』

海『まーたなにかわるだくみか?』
隼『ふふ。さぁて?ああ、そういえばあちらはどうなってるのだろうね』
新『川の字・・・むこうもやってるなら、陽はさぞ神経をすり減らしてるでしょーね。俺、海さんと隼さんでよかった』
隼『ふふ、かわいいこというね。そういういい子にはいい夢が見れるようにおまじないをしてあげるよ〜』
新『わーい(棒読み)』

隼『さぁ、おやすみ。大丈夫。とってくったりはしないからね。おやすみ新』

新『ふぁーおやすみなさーい』
海『おう。寝ろ寝ろ。いい夢を〜ってな』


海(とはいえ、明日はお前が陽の位置になるんだがなぁ(苦笑))





* * * * *





夜『お泊り会・・・なるほど。そういうことだったんだね』

恋『ごめんなさい!黙ってて!でも年長組が言っちゃダメって!』
駆『特に“リーダーズ”が!』
涙『驚かせたかったんだって“隼が”』
恋『そ、それに始さんがめっさいい笑顔でこっちみるんですよぉ〜手をにぎにぎしながら!あれは間違いなくアイアンクローのかまえでした!断れなかったんです』
涙『でもたぶん春だけわかってない』
駆『あはは(苦笑)だよねー。一応、海さんがあんまりひどいことしないようにって、見張ってくれるって言ってました!(春さんがいろんな意味で気づいてないけど!)』

郁『っというわけで、すみません夜さんにも葵さんもだまってて!』

共有ルームでは、どこからか聞こえてくる陽らしき悲鳴をBGMに、年少組が夜と葵に土下座をしていた。
その正面では、何が起きているのかさっぱり理解していなかった、年中組が苦笑を受けべている。

どうやら自分たちのためにと企画されたことだと知り、怒るわけにもいかないし、むしろこちらが感謝すべきだよと笑っている。

夜『・・・でも、良かったって思うんだ。陽ってあまり甘えてくれないから…ちょっと俺寂しいけど』
葵『新もああ見えて甘えないかな。さっきのぞいてきたら、夢でもみてたのかな。随分と幸せそうな顔でよく寝てたよ』

葵夜『『年長組に感謝だね』』


キラキラとしたさわやかなオーラで、聖母のように微笑む二人を見て―――年少組は、全員視線をそらした。

まぶしい。まぶしすぎる。



―――明日はあなたたちの番です。
なんて、言える雰囲気でもなければ、葵も夜も今回の企画の対象が、“陽と新”ではなく“年中組”であると気付いてない。


どうしよう。
ここに聖母がいるんですが!
なんかだましてる気分になるんだけど。
嘘は・・・何もついてないよ。
あの黒い二人と一緒にお泊りとか、二人もするんですよーって・・・だれか言ってよ。
無理無理無理!!!この空気の中いえるわけないじゃん。
あの二人の寝起きがどれほどか、しらないのか?
知ってるでしょ。

・・・・・・

だれか言ってよ。


こどもたちが視線だけで会話をしているなんて思ってもいない夜と葵は、二人で互いの幼馴染が今頃ゆっくりできているといいね〜と話し合っていた。
クスクス笑うさわやかな皇子たちに、年少組は・・・・だれも「明日はあなたたちの番ですよ」とは、言えなかった。





* * * * *





川の字作戦を決行され中な陽の心臓はおかしな具合で、早鐘をたたいている。

陽は、はじめ羊を数えていた。
しかし横からぎゅっと腕をにぎられ、目を覚ました。
仰向きで寝ていた陽の視線が、植物のつるされた字の部屋の天井を視界にみとめる。
むしろ寝れる状況ではなったので、目を閉じていただけとも言える。

いつまでたっても左腕から気配が消えない。
さすがにいたたまれなくなって、手を放してもらおうと陽が左をむけば、案の定、字が腕にだきついていた。

普段は自分より背の高い字だが、寝るときはいつもなのか、猫のように身体を縮めているせいで、 ふんわりとした柔らかい髪が陽の目線より下にある。
その状態で字は、いつも一緒に寝てる悪趣味なヒヨコのぬいぐるみと陽をまちがっているのか、 「ヒヨコさんかたい」とつぶやいて――そのまま抱き着くようにして陽の腕にさらにすりよると頬をくっつけ、それで満足したのか、 陽をみあげて、それはそれはふわりと「ほっかいろありがとう。これあったかくてすきぃ〜」と微笑んで、そのまま眠ってしまう。 確実にまだ本人は夢の中にいるに違いない。

上目遣いである。
眼鏡なしである。
普段は見せないようなとろけるような笑顔である。
しまいには「好き」である。

陽は目をカッとひらいたまま固まり、羊のことは忘れて慣れ親しんだお経を唱え始めた。

字『・・ん・・ぅん・・・』

陽『そうだ円周率だ3.141592653・・・だめだ。俺、これ以上覚えてない』

字『・・・・ぁ・・そこは・・』
陽『!?』

字『そこには黒子が!・・・原は・・ばんをマーク・・・オレにまわ・・・ぁ・ザキ・・パスだぁ〜・・・むにゃ・・・よ?・・・・・うー・・ぅん・・・火神・・つぶす!!』

ふいに字がだきつく力が強まり、腕に縋り付いてくる。
上がったかすかな声と腕の力にぎょっとするものの、次の言葉で陽にはいった力が抜け、大きく息をつく。

陽『・・・・・・パスってことはバスケの夢でも見てんのかね〜・・・ハァー心臓に悪い』

陽が大きくため息をついたところで、今度は右側から鋭く風を切る音がして、とっさに身の危険を感じた陽は慌てて字をおしやるように、というか抱きしめる形で左の方へと転がる。
ドスっと音がして振り返れば、つい先ほどまで陽の顔があった位置にこぶしがのっていた。
みれば、いかにも眠そうで完全にすわった目をした始が、陽を睨んでいた。
思わず陽は恐怖に息をのみ、すやすやと寝たままの字を腕に抱きしめたまま、布団の端へと逃げるように移動する。

始『うるさい花。ヒヨコはここにあるだろ!さっさと寝ろよ!!』

半眼の始は上半身を布団から起こすと、《花》と呼びつつなぜか陽を睨み、傍にあった枕をおしつける。
字がロジャーがいないせいで精神的に不安になって眠れないと思い込んでいる始は、ロジャーのかわりにヒヨコのぬいぐるみを字にだきつかせて自分は安眠を得ようとするのだが、寝ぼけているせいで、根本的に何かが間違っている。
始が字におしつけようとしていたのは、今はベッドの上にあるはずのあくどい顔のヒヨコの人形であるが、彼の手には枕。
しかも彼がそれをおしつけた人物は字ではなく、陽で・・・。

始はどうやら寝ぼけているらしく、陽を枕でつぶさんとせんばかりに強く枕をおしつけてくる。
しかしギュウギュウとおしつけられたそこは、陽の腕の中。ズバリ字の顔があった。

『むぎゅー』っとつぶれたような呻きが聞こえ、そこであらためて字を抱きしめていたことに気づいた陽は、慌てて手を放す。
ゴトンと音がして字が敷布団の上におちたが、彼の起きる気配はない。

字『いた・・ぃ・・・』
陽『ご、ごめん!大丈夫か春さん!』
字『・・ろじゃー・・・』

寝言なのか字がつぶやくも、そのまま特に反応はない。
それにほっとしたところで、そばで枕をおしつけていた始が、不思議そうに枕と健やかに寝ている字を交互に見て首をかしげる。

始『おい花、ヒヨコ』

っと、始が次に手にしたのは、陽だった。
相変わらず始の手にには、あるべきヒヨコのぬいぐるみではない。
今回はきちんと字を《花》として認識しているが、何を勘違いしたのか始はヒヨコのぬいぐるみを枕ではなく、陽こそがヒヨコだと思い込んだ。

ヒヨコのぬいぐるいみがあれば大人しく字が眠るのは、幼いころからみてきた始には常識として認識されている。
ゆえに眠ってる字にヒヨコをもたせようと、本人としてはとても真剣であるが、ヒヨコと勘違いされた陽からしたらたまったもんではない。
なにせあの怪力で始は、陽の頭を鷲塚み、字におしつけているのだ。
今度は枕ではなく人間なので、衝撃が柔らかいはずもなく、字にくっつけようとギュウギュウ押さえつけられる陽からは悲鳴が上がる。

陽『ひぃ!!お、俺は花さんでもなければヒヨコでもないですー!!いた!いたたた!春さんがつぶれるって!いやー!ちょ、やめ!やめて始さん!!!』
始『あ?なんだよ花。俺にこの寒い中、服を脱げって言うのかお前』
陽『言ってない!言ってないから!!というか脱ぐな!だからやめろぉ!!!』
始『っち。ロジャーのかわりにこれでがまんしろ』
陽『いや、ちょ!?ぐっ!?』
字『うーん・・かたい』
陽『○×△○××□×!?』

始はいったんしかたないとばかりに服を脱ごうとしたが、それに陽が字の首元付近に顔を押さえつけられたまま抗議したところ、字が拒否したと認識した始は、だからヒヨコで我慢しろと舌打ちをかます。
「おら!」とばかりに力任せにさらに陽を字の上に押し倒すと、始はそのままポンポンと陽の頭をたたき、「これでよし」っと布団に潜り込んでしまう。
うつ伏せに倒れた陽の顔は、字の首筋に埋もれている。
チラリと視線を動かすとついさっきまで横で寝ていたはずの字の顔がとんでもない至近距離で存在する。

陽(ちかい!!!!!!!!!!!ぎゃー!!!!どうしろってんだ!!!!!)

せめて字の上からどこうと陽が身じろぎすれば、始が「まだ寝れないのか」とより字に陽をくっつけようと、押してくる。
始の強い力で身動きできなくなった陽は、字が自分の体重でつぶれないようにするのに必死だ。
始のせいでとんでもない至近距離から、気持ちよさそうな寝息が耳をくすぐるたびに、陽は顔に熱がたまっていくのを感じた。

陽『お、俺は寝ろ…何も考えずに寝るんだ…色気なんてないんだよ(小声)』

始『うるさい!寝ろっ!!』
陽(だからあんたらのせいでねれねぇーんだよ!!!だれかたすけて!!夜ぅ!!!)

いい加減にしろとばかりに不機嫌そうな始の声が聞こえたかと思えば、 陽が字の上からどくよりも先に「これでいいだろ」と始が字ごと陽を抱きしめてしまう。
体制が悪いのか始がうごいたおかげで、陽はようやく字の上からどくことにせいこうするも、川の字に戻っただけだ。
ただしすでにガッチリとしめられるように陽の背後から始がだきついていて、 パニックのあまり自分から動くことができなくなっていた陽の腕の中にはいまだ字がいる――そんな川の字の状態だ。
しかもロジャーの気配を感じ取ってか、陽の腕の中にいた字は無意識に陽にすりついてくる。
結果、陽は背後に始、正面から字と、二人からがっちりホールドされ寝返りすらうてない状態となった。

陽の混乱は半端なく、頭がいろんな意味でまっしろになったとことで、“精神不安定になった字がようやく寝た”と勘違いした始も寝入ってしまい、そのまま陽は目覚ましが鳴るまで微動だにすることなく固まっていた。





* * * * *





新『本当にいい夢だった』

海『はよーさん』
新『あ。お二人ともおはよう、ございます』
隼『おはよう新。どうだった?おまじないの効果は?』
新『イチゴ牛乳の海に出て大冒険をする夢を見ました。宝箱の中は新鮮なイチゴでした。隼さんありがとうございます!』
隼『え、あ、うん。君が幸せならそれはそれでいいんだ。まぁ、よく眠れたならよかったかな?』
海『ははwww新のは壮絶な夢、いや、お前が楽しそうならよかったよ。ふっ。いい夢か。よかったな〜』
新『はい!』

プロセラ年長にすっかり甘やかされ、面白おかしくたくさん話をした後は、何事もなくすや〜っと眠った新は、朝からテンションが高い。
隼のおまじないの効果で、良い夢を見れたためだ。
仲良く共有ルームにやってきた三人を見て、彼らのためにとみそ汁や朝ごはんを用意していた葵と夜が、ほほえましそうに見やる。


陽『し、死ぬ・・・orz』

隼『おやおや、こっちは逆にずいぶんボロボロのようだねぇ』


続いてやってきたのは、きっちり着替えを済ませいつもと同じグラビ年長組と、着替えもせずにぐったりとした陽がはいってくる。

本来であれば階ごとに共有ルームがあるが、このお泊り期間は、プロセラの共有ルームで朝は食事を共にすることになっている。
これもすべて字と海の手配が回っていることから、この《甘やかし隊》はずいぶん前から企画されていたことがうかがえる。

陽はぐったりとした様子で着替えもせず幽鬼のようにゆら〜っとゆれていたが、プロセラの共有ルームをみたら肩の荷が下りたのか、 優雅にソファに腰を下ろしていた白の魔王をみると、無言のままガバリと隼ににだきつき、そのまま生まれたての小鹿のようにブルブルと震えている。

始『おはよう隼』
字『おはよう、隼。ん?陽はどうしたの?』
隼『おはよう春、始。
どうしたのはこっちが聞きたいところなんだけどねぇ』

隼『どうやら僕の予想以上のことがあったみたいだね。ふたりとも、うちの陽に何をしたんだい?』

隼がよしよしと頭をなでてやるものの、赤い顔のまま陽はガチガチ歯を鳴らしている。
そのまま陽は向こう(黒年長)は見たくないといわんばかりに、隼に顔を押し付け、「死ぬ」「エロイ」「無理」「怖い」「エロイ」「無理」「無理」っと言葉を繰り返している。
震えが止まっていないが、何かを思い出したのか、ボフンと音を立てて顔がさらに真っ赤になっていく。

隼『あっは、ちょっと陽くすぐったいって』
海『あちゃー。これは相当まいってるなぁ』

頭を撫でれば、陽からはふわりと字と同じ微かな甘い香りがする。
それで十分だった。
白の年長コンビは、いろいろ察した。

昨晩の新の言葉がよみがえる。

隼『うん、まぁ・・・あれだ、よくやったよ陽は。頑張ったね』
陽『・・・・・エロイエロイエロイエロイ白いシーツ怖い。始さんエロイ。始さんの暴力怖い。うなじエロイ・・・なんなんだよあのひとたち本当に人間か?本当に俺らと少ししか違わないのかよ』
海『カオスだな』
隼『海』
海『ああ、あとはまかせろ。陽、大丈夫だからな?』
隼『ほら、あっちいっておいで。あっちには怖いのいないからね』

ぞろぞろと起き始めた年少組と、陽の様子に心配そうにしている年中組のかたまりへと陽を誘えば、陽が無言で駆け出し、新や葵も巻き込んで夜に飛びつき、そのままぎゅうぎゅうだきしめていた。

恋『あ!陽さんが楽しそうなことしてる!俺も仲間に入れて!いくよかけるん!とぉっ!!』
駆『あ、ちょっと恋!』
郁『おっはよーございます。っと、え?これどうかしたの?』
涙『おはよう陽。・・・みんなにうもれて何してるの?陽、ねこみたいだよ』
陽『いやされてるんだよ!日常に!!』
涙『楽しそう。僕もいれて』

陽『全員こい!!』

年中組を抱きしめてうもれてる陽は、やってきた年少組をひっぱりこむと、全員で床に転がるようにおしくらまんじゅうのようにギュウギュウし始める。
そのまま年少組の頭をかきまぜるようになでたり、年中組をさらにだきしめたりして、まだ少し顔は赤いもののようやく陽は落ち着てきたようだ。

陽『・・・・・癒される。お前ら全員大好きだ!!!!』

夜『大丈夫陽?なんだか顔が赤いよ?』
郁『あはは(察して苦笑)』
葵『もーくすぐったいよ陽。・・・う・・っていうか重っ。重い・・・ちょっとだれ!俺の上にのかってんの!?上からどいて!』
涙『あ、ごめん。僕だ』
葵『まって、まだだれか・・・ぐ・・・・・・』
陽『全員なでまくってやるぅ!!うりゃー!!!!』
恋『ふぁ!?あ、髪がぐしゃぐしゃに!ヘアピン一個ふっとんだ!』
駆『うわー!!俺たちは黒田じゃないんでもふってもきもちよくないでしょうが!』
涙『モフ・・ヤマト呼ぶ?』
葵『つぶれ・・・ぐは』
新『わーお。なんか陽ってば荒れてる?っというかどけ恋。葵がつぶれてる。うん。陽はめっちゃ踏んでるから』

陽を中心に団子状態になった幼少組は、それはそれで騒がしいが、陽はそれに満足そうであった。
そんな彼らを眺めつつ、年長組四人は年中小団子から少し距離をとって、会議中だ。


隼が腰に手を当て「怒ってるんですよ」のポーズで始を見やる。

隼『はーじーめー。陽になにしたんだい?あんなになるまで』
海『まったく。いたわるための泊り会だろ。あれじゃぁ今日の撮影に影響してるじゃないか。疲れさせてどうするんだ』

隼『さぁ、昨日の夜なにがあったのか話してくれるかい。
もちろん陽があんなになるってことは、始も春もそれはそれは面白いことをしてくれたんだろう?』
海『はぁー・・隼、お前こそ自嘲しろ。仲間の危機に。なに目ぇ、かがやかしてんだ』

始『まずは夜のことだ』
海『“まずは”って、朝もなにかしたのか』
隼『ふんふん。それで?』

始『・・・昨晩、俺は寝ぼけて、陽を人形と勘違いして春になげつけた』
字『へ?いつのこと?』
海『それはないわー。人形とってことは、寝てる春に陽をくっつけようとしたってことか。起きない春もだが、陽はかわいそうに』

始『朝はまず俺だ。湯たんぽと間違って、朝まで抱き着いていた・・“俺が”陽に』
隼『朝まで始にだきついてもらえたなんて!?なにそれうらやましい!僕なんかいつも蹴飛ばされるのに!』
海『隼、そうじゃないだろ』

始『・・・一応、朝あやまったんだがあの調子でな』
字『どうせ始の力が強すぎたんでしょ。それじゃぁ、しめられすぎて陽は眠れなかったのかな。 始って見てくれからは考えられないくらい握力も腕力も強い(黒田をよゆうで運べるぐらい)んだから、自嘲しなってあれほど』
海『いや、春。お前も違う!そこじゃないだろ。問題は始の垂れ流されまくった色気だ。それを朝までってどんな拷問だって普通思うぜ』
始『色気とか、しるか』
海『お前なぁー、自分の顔が、どう見られてるか認識ぐらいあるだろ。
あと春の無自覚が周囲に与える影響のでかさもわかってるくせに』
字『???なんのこと?』
始『春のはまぁ、しってたが。あまり影響はないかと・・・なんだ?陽はアレにやられたのか?』
海『うーん。春のはただの天然だって思うことにして、俺は慣れたけどな。慣れたから気にもしなかったけど。ほら、春っていえば、やっぱり天然タラシだから』
隼『あちゃー陽もかわいそうに。たらされちゃったかwww』
字『?』

海『ん?そうなると・・・。あー・・そうか。ああいうのは周囲の目があるから、慣れたらまずいんだったな。やべっ。つい弟たちと同じ扱いしてたわ・・・慣れって怖いな』
隼『ふふ。相変わらず黒の年長さんはおもしろいなぁ』

字『なんの話?』
隼『はぁーる。始だけじゃなくて、春も陽を困らせてたんだよ』

字『え!?・・・オレ、なにかしたかな?普通に朝起きて「おはよう」って言って起きただけだよ?寝る前は、・・・そういえばオレテンション上がってて、陽じゃなくてオレだけがしゃべってた!?え?だから陽眠れなかったとか!?陽も話したかったけどさせなかったからストレスだった?だから朝から具合悪かったの?』

隼『・・・あーうん。さすが天然タラシ。発想がおもしろいよねwww
春に聞いた僕が間違ってたね。
っで、始。始が抱き着いたこと以外に、なにがあったでしょ』

始『あったな。あえて言うなら、近かったからじゃないか?』
隼『近い?』
字『だからなにが???』

始『字が陽に・・・いや、陽がか。陽が字を抱きしめたまま寝てた感じだ。
起きる前の段階では字が完全に陽にくっついてたな。
おはようの距離は、だっこ状態のままちょっと顔を放して字が陽を見あえげてニッコリ。この段階で陽の目はあらぬ方を見ていたし、死んでた』
隼『それは・・・まぁ。かわいそうに』

字『ねぇなにかあったの?陽が元気なかったのオレのせい?』

海『うーん。なんというか、もうお前は気にすんな。どうしようもないことだって世の中にはあるしな』
字『えー意味が分かんないよ』

隼『ねぇ、始。春って人間捨ててるよね』
始『間違っちゃいないが、お前にだけは言われたくないと思うぞ』

字『ねぇ、陽の話だよね?なんでオレの話になってるの?っていうか、さっきからなんの話さ』

隼『うーんちょっと予想外が重なりすぎたかなってこと。か〜い!僕はお手上げだ。あとはたのんだよ』

話がどうやら自分の話になったことには気づいたが、肝心の単語がふせられてる気がすると字は頭上にハテナを山のように量産していく。

字が転生者であり、いろんな世界で死んでは生まれてを繰り返したりしているという話や、前世の記憶があるということは、この世界に生まれて一度だってしたことはない。
けれどその影響は出ている。
前世の経験は残っているため知識は多いが、転生しすぎた字は、これ以上新しいことを覚えるのが苦手だ。
本人いわく記憶の容量オーバーであるらしい。
長く生き過ぎたという感覚を持つ字は、“孤独”や生きること以外にはあまり強い反応を見せない。
願望があまりないのだ。
普通で、だれかと笑いあえる人生を送れればそれでいいとさえ思っている。
つまり今世の彼は、人間の三大欲求と呼ばれる食欲、睡眠欲、性欲などの感覚が欠如している。
金も地位も名声も彼は求めない。
さらには人間でない前世もあったせいで、言ってしまえばあまり人間である自覚が薄い時もあるほど。

そんな字は、人間を顔で判断することさえも苦手だ。
記憶の限界に到達している字は、記憶力が悪いともいえる。そんな彼に新しく人間についての常識をたたきこむ場合は、以前の常識を上書きしてしまうので、別の世界では常識があっても今回上書きされてしまうと「今」が正しいと認識される。

つまり現在「色ごと」にうとい字に説明するためには、“そういった”ことの知識を懇切丁寧に説明し、彼の中の常識を破壊し、再構築する必要があった。
だが、その場合なんだかいろいろと教えてはいけないことまで口にしなければいけなくなるのは明白で、まず隼が説明をすることを拒否し、いまだ団子状でわちゃわちゃしている年中・年少組へと突撃していく。

せっかく人間の三大欲求がことごとくないためと、抜けている常識ゆえに、純粋培養に見える状態の字だ。
余計な知識を与えて、これ以上周囲に影響を与えるのはよくないし、むしろ周囲からは純粋な生き物を見ている方が和む・・はずだ。・・なごむ・・・・・・はずだ。
本人がまき散らす何気ない大人の色気とか、まぁ、抜きにして。

字『どういうこと?』
海『あーつまりだな。あんまりいい年した大人が、ベタベタ同性にくっつきすぎるのはよくないって話だな』

説明をなげられた海は、これまた純粋そうな質問を向けられ苦笑を浮かべるものの、知識の塗り替えに影響がないように言葉を選ぶ。
だがそこで字はショックを受けたような顔で眉をヘニョリとたらす。
海は思わず何かしてしまっただろうかと一瞬焦るが、次の字からの言葉で、口をつぐむ。

字『でもロジャーさんいないと・・・オレ、生きていけない!!』

それを聞いた誰もが「そりゃぁそうだ」と心の中で全力で同意した。
むしろお前、ロジャーと離したら本当に死ぬだろ。と、ツッコミが入ったのは言うまでもない。

だが字がその認識のままでは困る。周囲が。
ロジャー=始という考えの字は、少しでも不安を感じると始をさがしてだきつくのだから、それを周囲にみられるのはまずい。
あと(始以外に)だきつくのも、たぶん抱き着かれた人が、今日の陽の二の舞になるのでやめたあげてほしいものだ。

海『えーっとだな春』
字『始の傍にいると魔力がオレにも直接供給されるから、できれば傍にいたいんだけど。・・・それでもだめなのかな』
海『あー・・・えーっと、あれはお前の生存問題にかかわってくるのは間違いないな。うーん。あ!じゃぁ、こうしよう。始以外にあんまくっつくなよ?』
字『ラッキーバキュームとかだめ?オレ、運が悪い時は駆ぐらいついてないから、みんなからラッキーもらいたい』
海『あー・・・うーん・・・プロセラとグラビ以外?』


恋『アウトー!』

ぬくぬくと遊びつつひそかに年長組の会話に聞き耳を立てていた癒し団子から、海の説明にたいするツッコミがはいる。
青ざめ引きつった顔をしている陽以外の団子たちの顔は、それはもう恐怖と困惑が浮かんでいる。

駆『そんなこというと今の陽の二の舞にみんなされちゃいますよ!!』
葵『おさえておさえて』
新『だな。せっかく聞こえてないふりしてるんだから』
夜『あの様子だと、春さんの被害者はまだまだ出そうだね』
陽『いや、始さんの被害者もまちがいなくとまらないだろ』
郁『でもまだ始さんは“意味がわかる”から自嘲してくれそうな?』
隼『そうだね。始はともかく。今の春にとって、始って輸血装置か人工呼吸器か充電器みたいなものだから、その認識が根付いちゃったんだろうね』
涙『つまり?』

隼は向こうでああでもないこうでもないと海と始からいろいろ指導を受けている春をみつつ、小声で激しくツッコミを入れる子供たちをなでる。

隼『春にとって始にくっつくってことは、存在を確固たるものにするもの。生死がかかってるから、そりゃぁありえないぐらいの距離でくっつくよね。
だけど幼い頃からそうやって始の傍にいるのが当たり前だったから、春のなかの常識が「このくらいの距離が普通」って上書きされちゃったんだよ。
そうすると他の人とどれだけくっついていようと、春の中では「普通」のことで、「あたりまえ」のことだから、何がおかしいかわかってないんだ』

かみ砕いて説明をしたところで、耳年魔な年中組が顔を引きつらせる。
陽の目が一瞬、過去というか昨晩のことを振り返るように遠くに向けられる。

隼『本来あるべき常識が、間違った日常生活をおくってるうちに、書き換えられちゃったんだろうね』
涙『すりこみ?』
隼『うーん。それに近いかな』
新『だから常識ないのかあのひと』
葵『どっかでただせばよかったんだろうけどね。こればかりはねぇ』
恋『えー!?なにそれ。至近距離でも何も思わないって・・・だから朝起きがけの壮絶な色気を放つ始さんに無反応なのかー!』

隼『信じないなら恋。いまから春のキスにひとつやふたつかましておいでよ。「どうしたの?今日はいつもと違うね?」とか、 くすぐったそうに笑って聞き返してくるだけだろうし』




恋『・・・・やってきました』
陽『つか、本当にやるとか勇気あるなー恋。相手はあの春さんだぞ』
夜『で?どうだった?』
恋『まんま隼さんの言葉通りの反応で、あっさり「はい、おはよう」って、あげくほっぺにキスをしかえされました』
葵『さすがタラシ王の異名を持つ男(遠い目)』

新『ただでさえあの二人、色気魔人なのに。春さんがそんな非常識を常識としてただななんて・・・』
葵『キス・・・平気なんだ。お、大人だよね///』
恋『その大人の空気がやばいんですって!!!春さん、なんかいい匂いするし!それでふんわり笑いながらキスですよ!!心臓が飛び出るかと思いましたよ!!』
駆『うんうん。仕草が色っぽいというか、雰囲気というか、えっちいよね(遠い目)』
隼『あー始の色気!春の無自覚の大人の仕草!それを至近距離だなんて!考えただけでもドキドキしちゃうよね!』

夜『あ、うん。なんとなく昨晩の陽の状況がわかった』


陽『・・・・・始さんは艶やか。春さんは優美』


夜『陽?』

ふいにボソリと聞こえたつぶやきに振り返れば、真顔で陽が腕を組み、しょせんゲンドウポーズでテーブルによりかかっている。

陽『最初は噂の始さんだけどを警戒してたんだが・・・春さんももっとひどかった(遠い目)。
あれだ。二人とも大人の色気が半端なかったんだ。
ただし二人とも違うベクトルの色気を放ってる。
寝ようにも背後からは、色っぽい吐息が耳元でかかるわ、人肌って服越しでもわかるんだと改めて知ったし。心臓の音が直接聞こえるし。
しかもめっちゃ春さんが俺にはりついてたんだ。
へたするとそこらの女より顔とかきれいだし、肌白いし、まつげ長いし。普段は隠れてるうなじが、ちょっとみえたりするとドキッとしないはずないし。
朝一番に寝ぼけまなこのとろけるようなほんわかとした笑顔で、腕の中で「おはよう」と、それはゆっくりとした口調で息が口に触れるかというほどの至近距離。
なお、この際の春さんは眼鏡という障害物が一切ない上目遣いの状態だ。
視線をそらせば、起きだした始さんがるんだが。
始さんの服は若干乱れてて、胸板ドーンだし。前髪おりてるし、まつ毛ながいし。無意識に髪をかき上げるときなんかヤベー。まじでヤバイ。
しかも黒って白に映えんだな。白いシーツにひろがる黒い髪とか、黒いパジャマとか・・・なんかなまめかしくて。
そのままなかなか目が覚めないし、すっげーバリトンきいた声で、寝息と一緒にかすかになんか聞いちゃいけないような声がこぼれてくるし。
ちなみに朝には、正面から春さん。背後には始さんに抱き着かれて、前後ゼロ距離。
なぁ、俺ってチャライってけっこう言われるけど、別に男襲うほどうえてないっていうか、なのにいけない扉の鍵がひらきそうになったんだけど。なぁ、なにこれ?神様からの俺への罰かなにかかってマジで思った。いや、冗談じゃなく、まじで俺の分の苦労を誰か味わえばいいのにとかおもって・・・めっちゃ思ってるし。むしろなにも知りたくなかった。うん。はじめからかわってというか、なんで俺なのって思うんだけど。そこのところどうよ?』

息継ぎはどこにあった?と思わんばかりの勢いで、昨日のことを真顔で語った陽に、夜が涙目で「陽・・・よくがんばったね!」となぐさめている。
いかに昨日のお泊り会の異常さというか濃厚さをまのあたりにした仲間たち全員の顔が引きつったのは言うまでもない。

陽『むり・・もうむり・・・本当にあの二人の間とかもうヤダ・・・だれか二人に常識叩き込んで・・・・・orz』
新『よかったー俺あっちのおふたりとでー』


字『え?次は新だよ』


陽『は、はるさん!?いつの間に!?』
新『というか、今、なんと?』
字『え。明日は新だよ〜。って話だよね。交換こだよ♪』

新『嘘だろ・・・・(真顔)』

陽の回想につきあってるうちに年長組の話が終わっていたようで、こどもたちの傍に字が嬉しそうにやってきていた。
そうなることを知っていた年少組が、同乗の視線を年中組四人にむけている。
チラリと海をみれば、「わり、だめだったわ」と片目をつぶって手を拝むようなかたちにされる。言葉がなくともよくわかる仕草である。
それに新の顔から血の気が引く。

字『だから陽は今日は隼と海と寝てね。隼がわくわくしてたから、なにかあるかも。さっきも言ったけど、新は今日はオレ達とだよ〜』
陽『よっしゃ!!隼さん、よろしくお願いします!!』
新『そんな・・・』
隼『すごい喜びようだね陽』
字『あ、明日は夜くん一緒に寝ようね!』
夜『ひっ?!』
葵『・・・も、もしかして俺たちも?陽と新だけじゃなくて・・ですか?』

恋『なんて不憫。頑張ってください!年中のみなさん!』
駆『俺たち、応援してますから!』
涙『うん。がんばれ』
郁『がんばってください!』
葵『ちょ、ちょっと!?そんなぁ〜(涙目)』
夜『うらぎりもの〜!』

始『何を言ってるんだ?年少組も交代でだ。当然だろう』

涙郁恋駆『『『・・・・・・』』』』

涙『ぼく、しばらく兄さんのとこ』
郁『させない!お願いおいてかないで!』
恋『涙が一番に逃げるなんて!』
駆『うわーん!!!朝のアハ〜ンでウッフ〜ンな二人なんか見たくない(号泣)!!』


隼『うーん、決まっていたこととはいえ、なんかわるいことしちゃった気分になるのはなんでかな?』

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【色気なんてもんはない】
 〜side シュン成り代わり世界〜



ゾクッ

零「へっ・・・ぶっし!!!」


こちらは魔法のないごくありきたりな地球。
ツキノ寮プロセラ共有ルームにて、成り代わり転生者である零こと霜月シュンは盛大なくしゃみをした。

涙「どうしたのシュン?風邪?」
陽「つか、その容姿でなんちゅークシャミをしてるんだんあたは。色気ねぇーな」
郁「シュンが風邪かーなんかイメージないなぁ」
海「明日槍がふるとか?www」
零「いや・・・なんというか」

零「今、俺(火神)に潰す宣言された気がした!!」

陽「誰にだよ?!」
涙「潰す?だれが何を?」
海「シュンのたわごとなんかほっとけルイ。それに俺たち全員アイドルだぜ。噂なんて四六時中されてんだろうが」
涙「あ、それもそうだった」
郁「それに一応念のため弁解すると、だれも噂してませんからね。いま“ここにいる人とたち”は」
零「ううーん。じゃぁ、グラビ?いやでも・・・・(なんで“火神”だとおもったんだろう?)」

零「いいや別に。なんでもねー」

海「とりあえずお前は布団にでもくるまってあったかくしてろ。風邪ひくなよ〜」
零「おう」

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【一緒に寝よう (下)】
 〜side 春 成り代わり世界〜



――その日、新は、まれにみる窮地に陥っていた。

新『俺の恋愛トークをきいてもらえず、ここで俺は果てるのか・・・失恋レッドはもう限界です・・・無念(バタリ)』


翌朝。

隼『おはよ・・・って、今度もなにしたの?新の魂が抜けてるよ?』
字『おはようみんな。なにってひどいなー』
始『・・・いや、お前アレはひどいぞ』
字『そう?』

葵『おはよ・・わー新!?どうしたの!?なにがあったの!!』
陽『・・・やられたのか。新、お前の雄姿は忘れない!!』
夜『つ、次は俺の番。うわー、今日仕事遅くなったりしないかなぁ(涙目)』

隼『はーる。なにしたのかな?』

字『なにって・・・年中組を甘やかすって名目だから、気を楽にしてもらおうと・・・』
始『こいつ新をふとんにひきづりこんだあと、顔の筋肉をほぐすためとか言って、新をくすぐったんだよ』
字『新っていつもゆるいけど、大声ってあまり出さないから。だから少しは大声で笑ったらすっきりするかなって思って!悪気はなかったんだよ!疲れさしたら力抜けるからなって』

『『『『そりゃぁ、ひどい』』』』

字『そういえば・・・くすぐりの刑っていうのは本当にあってね。死に方としては一番苦しい拷問の一つなんだって』
海『春ぅー・・・それがわかっててなんでやるんだよ(額を抑えてあきれたようにため息付きながら)』
字『あ』


涙『ねぇ、無自覚の大人のフェロモンあびるのと、笑いすぎて意識が飛ぶのって・・・どっちがまし?』





* * * * *





夜が、春の部屋の前で戸惑うこと数分。
ごくりと唾をのみ、意を決して、いざゆかん!と春の部屋のとびらを開けた夜が見たのは、布団の上で転がる春と、その春の顔面にぎゅうっとあくどい顔をしたヒヨコのぬいぐるをおしつけている始だった。
きょとんとそれをみていれば、夜に気づいた春が人形の下から「いらっしゃい」と声をかける。

夜『え?えっと・・・大丈夫ですか春さん?』
始『気にするな。こいつはむかしから人形をおしつけておけばおとなしいから』
字『あははは。だからっていつも窒息しそうな感じで押し付けるのやめてくれるかな始。なんで顔につけるかな〜』

よいっしょと始の腕をつかむと人形の下から春が顔を出す。
そのままヒヨコの人形を抱きしめると、春はちょいちょいという風に手招きをして、夜を布団の真ん中へといざなう。

夜ははじめはオロオロしていたが、布団にはいってたわいのない会話を二人としているうちに、いままでの疲労がでてきたのか会話の途中からうとうととし始める。

字『ふふ。だいじょーぶ、寝ていいから。おやすみ夜』
始『よい夢を、夜』

字の手が夜の頭をやさしくなでると、その温かいぬくもりに夜は無意識にすり寄りうれしそうに笑うと、そのまま眠ってしまった。
それをやさしく見守りつつ黒い年長二人もねむりにつく。

朝起きて一番に寝入ってしまったことにわびようとした夜が、自分の両脇で眠る二人をみて思わず顔を真っ赤にしたのだった。
それから間もなく字が起き、字にたたき起こされた始も起きだし、顔を赤くして戸惑うように視線をそらす夜の頭を二人は「おはよう」と笑いながらなでた。

夜『あ、えっと、その・・・はい!おはようございます春さん!始さん!』





* * * * *





葵はチラリと横を見て、自分の行動を後悔した。

始『どうした葵?』
葵『あ、いえ・・なんでも』

そこには字を抱きしめて横になっている始がいる。


立て続けの仕事に疲れていたようで、予想外にも字が一番最初に寝入ってしまったのだ。
正確には、葵がお泊りの招待を受け、春の部屋に訪れた時には、すでに字が寝ていた。
はじめは字は川の字の一番右側で体を丸めるようにして、すーすーと寝息を立てていた。
どうやらこのお泊り会の企画のために、全員の帰りが遅くならないように調整し、そのしわ寄せをひとりで請け負っていたらしい。
眼鏡をはずした目元には、うっすらと隈ができていて、よくよくみると字の顔色はいつもより悪くいっそ白い。

そう。普通に寝ていたのだ。
“はじめのうちは”で、ある。

葵はみんなが言う「強烈な色気」とやらに警戒していたが、それも少し始が艶をまとった仕草をする程度。ただそれすらも大人らしい仕草という感じでしかなった。
眠気からくるいろっぽさをだす気配もなく、男らしくサバサバとした始は、普段とあまり変わらない。
葵はそんな始にほっとしつつ、二人の間に空いたスペースに潜り込む。
二人はそのまま、字を起こさないように小声でなにげない日々の会話をしていた。
始は聞くのが、というより話を引き出すのが上手く、葵も普段は言えないよう愚痴もすこしこぼしてしまったほど。
やり方としては、始一人が聞き出しているので“二人で聞き出す”という方向は少し変わってしまっていたが、年長組の本来の《甘やかし隊》としての目的は達成していた。

そんなとき、寝ていた字の様子が変わったのだ。

字『・・むぅ・・・じめ』

葵『春さん?』
字『・・・ぁい』
始『おいおい、はぁーる?』
字『む?』

寝ぼけているのだろう。返事がおもしろい。始がそんな字を見てわらっている。
葵もびっくりはしたものの、「普段と違ってかわいー」と笑っている、
そうこうして二人が右端の布団の塊を見守っていると、布団がゴソゴソと動くと、ふとんから字の手が伸び横にいた葵をひきよせだきしめる。

字『はじー・・・・うーやわい』
葵『ふふ。春さん、俺は葵ですよー』

葵は小さい子を相手するように、くすぐったいですよと笑いながら自分を抱きしめている字の背をポンポンとなでる。
字は名を呼ばれ顔をあげ、葵を見ると、不思議そうに首をかしげる。

字『あおーい?うー・・・みずいろー?』

眼鏡をかけていない緑の目が葵をみつめたあと、まぶしそうにほそめられる。
どうやら“あおい”とは名前ではなく、色のようだ。しかし目の色というわけではなそうだ。葵は首をかしげるも真正面から見ても、字とどこか視線が合わないことから、字が今は眼鏡をしていないことに思い当り納得する。

始『なんか違うもん視てんな』
葵『そうみたいですね。春さんおもしろいww』
始『そういえば、俺たちの月のシンボルカラーって考えるの面倒になった挙句、春の眼鏡ぶんどってオーラ診断とかやらせて決めたんだよな。今の春には葵が水色に見えてるんじゃないかw』

始の声が聞こえたからか、猫のように葵にじゃれついていたのをやめ手を放すと、始の方へ顔をむける。
始は「お、くるか?」と冗談のように言い、上半身を起こしたところで――

字『ろじゃー!!!』
始『いや、ちがっ・・・ぁ、おい!』
葵『あたたたた!』
始『大丈夫か葵?』
葵『な、なんとか。あ、アグレッシブですね(苦笑)』

字は抱き着いていた葵にかまわずのりこえると、始の方へところがっていく。
普段は大人びているひとが、こどものようにはしゃいでいるのをみて、踏みつぶされたものの葵もどこか楽しげである。
上半身を起こしたのは運がよかったようだ。
字はそのまま始の腰にだきつき、ゴロゴロと喉を鳴らすように頭をすりつけている。
慣れているのか、始は苦笑をうかべると、「ほら、寝ろ」と字をだきあげ、寝やすいだろう位置までもちあげるとその頭をくしゃくしゃとなでる。
猫のようになっていた字は、始の肩に頭をくっつけしばらくもぞもぞとしていたが、フィットする位置をみつけたのか大人しくなる。

葵『あ、もう寝てる。なんだか本当に猫みたい』
始『どうも疲労がたまりすぎるとちょっとばかり情緒不安定になるみたいで、無意識にくっついてくる。安心するとすぐにおちる。悪いな葵。せっかくお前らを甘やかそうっていう企画だったのに、こいつを甘やかすことになって』
葵『いえいえ。大きな猫さんですね』

っと、よりかかるようなだっこ状態で始の腕の中でぐっすり眠っている字をほほえましい気持ちで見ていたのだが・・・。
それがただ微笑ましいと思っていられる時間は、とても短かった。

「今日は離してくれないか」っと、この後のことを想像したのだろう、字を抱きしめている始が疲れたような表情でため息をついた。
はぁ〜っとこぼれたそれが、疲労からくるけだるさがのって、いままで押しとどめられていた色気となってあふれだす。
吐かれたため息一つだけだというのに、葵の心臓がドキリとはねる。
始をみれば、憂い顔の始が、腕の中の人物をかかえながらうつむいている。
長いまつ毛がパサリとゆれる音が、静寂の中に響く。
その様はただ疲労を表しているだけだというのに、なぜかひどくなやましげだ。
しかもその腕の中の字は、その始の肩に寄り掛かるように眠っている。
意識がないのに、その手はまるですがるように、始の服をつかんでいる。
その手が始の服をつかんでいるには、無意識にロジャー(魂の半分)を求めてのことだろう。
始の胸板に頬をくっつけるさまは幸せそうな顔をしているとはいえ、その顔はいまだ青白く、へたをすると今にも消えてしまいそうな儚さがある。

葵(え!?ちょ、これ、どこみればいいんだろう!?)

始『ふぅー。しかたない。
葵、今日はおひらきだ。このバカあっちの布団で寝かすから』
葵『あ、はい。では俺は自分の部屋に』
始『かけぶとん持ち帰るなんて面倒だろ。もうそこで寝ておけ』
葵『あ、はい・・・え?始さんはどこで寝るんですか?』
始『どこって決まってるだろ』

重いと文句を言いながら字を抱き上げた始は、並べた川の字用の布団から立ち上がると、本来の寝床であるベッドへと部屋の主を寝かす。
本人が起きているときは、かなり大雑把なあつかいばかりしてときに投げ飛ばしたり背負ったりしているのだが、今日は文句は言っても扱いが丁寧だ。
そのまま字をそっとベットへおろすと、ベッドの上にいた特大ツキウサをどかし、 あくどい顔のヒヨコのぬいぐるみを呆然としている葵へ「湯たんぽにちょうどいいぞ」と手渡し、葵の横に放置されていた字の抜け殻となったかけぶとんを手に取り戻る。
始はふぁ〜とあくび一つだして、手にしていた布団を字にかけると、なんでもないといわんばかりにするりと字の横に入り込んだ。

その後、安心させるように始は字を抱き寄せると、そのまま寝てしまう。
一連の流れについていけず呆然とヒヨコをかかえていた葵だったが、二人で眠ってしまった黒の年長コンビの寝息をきき、ようやく理性が戻ってくる。

葵(え?ヒヨコ・・・これヒヨコなんだ。・・えっと・・・どうしよう。っていうか、さっきの始さんと春さんより、なんか・・・なんか・・・・・え、ちょ!?ロジャーさんいるし、春さんが不安がってるってのもわかるけど。安心させようってのもわかるけど。聞いててしってたけど!?知ってたけど・・・え!?ふ、二人がくっついていた方がいいのは理屈的にはわかるけど。ちょっとちかっ!!!え?えええええええぇぇぇぇぇぇーーー!?こ、これ・・・ちょ///////)

あまりに近すぎる距離と、眠ったことでにじみではじめたなんともいえない空気に、葵は顔を真っ赤にした。



葵『お、おはよー・・・』
陽『どうだった葵ちゃん!?大丈夫か?』
夜『やっぱギュっとかポンポンとかされた?』

葵『あ、えっと。・・・されたけど俺じゃなくて。あの・・・えっと・・いろいろ心臓に悪いというか、いろいろきわどかった・・・・・です///』

その日、字は体調不良で起きてこなかった。

陽『え!?それって・・・』
隼『なにもないからね』

始『バカが自分の容量以上のことをして、頭のねじがおかしくなってたんだよ。だから疲れをためるようなことすんなって言ってんのに。はー。
反省と説教を兼ねて、ちょっと魔力の供給を減らして動けなくしただけだ。本人はいたって元気だぞ』

葵『魔力・・・って自分の意志で操れるひとはじめてみた』
夜『そもそも魔力とか見えないし、魔法とか普通はつかえないけどね』
恋『魔力が自分の中にもあるってのはなんとなくわかる程度ですよねふつうは』
海『まぁ、王様といい春といい、いろんな意味で規格外だからな。うん、気にしたら負けだぞ』





* * * * *





涙『いっくん・・・』
陽『おま、なんてことを』

郁『はは(苦笑)。つい』

始『ほんとにな。驚かされたのはこっちだ』
隼『とはいえ始が好きそうなおどろきだったみたいだね』
始『ああ、まあな。まさか――』


始『布団に入って、横をみたら、もう郁が寝てた時はさすがに驚いた』


字『これじゃぁ、目的達成しないからって。申し訳なかったけど、ほっぺつっついてみたり、肩をゆすってみたりしたんだけどね(苦笑)』
始『おまえの起こし方は生ぬるいんだよ』
字『だってかわいそうじゃない。あんなに気持ちよさそうなのに。むしろ始の方がひどいと思うよ』

隼『何を言うんだい春!僕はむしろ始によくやった!って言いたいね!朝から笑いをありがとう!』

字『しゅーん!ここは笑うところじゃないでしょ!郁も!』
海『笑う笑わないより、謝れよ始。むしろ春はとめろよ!』

郁『いや〜俺も朝おもわずわらっちゃったんでwwwだって――』


郁『「俺は寝てました」って洗面台いったら、顔に書いてあって。予想外ですwww』

海『だからっていつまでお前は顔にそれをつけたままにしてるんだ郁』
隼『わざわざ鏡に映したときにちゃんと読めるように反転文字で書くなんてさすが始だね!しかも鏡文字なのになんてきれいなんだ』
始『ああ、安心しろ。水つけた瞬間すぐに落ちる』
郁『気づかいありがとうございます始さんwwwこれ、恋たちに見せてから顔洗いますwwww』
涙『きづかい?どこが?』
字『あ、郁。顔あれちゃわないように、洗い終わったらちゃんと化粧水とか乳液とかつけるんだよ』
涙『これが、気づかい』

字『もうアイドルなのになにしてるの始ってば』
始『アイドルだからこそ笑いが必要だろうが!(真顔)』


その日、郁のSNSに、顔に文字を書かれた郁が、鏡を顔の横に持った状態のとても楽し気ないい笑顔の写真がアップされた。





* * * * *





涙は・・・・・・真顔で泣きそうになったまま、ずっと目を開けている。

そんな涙の様子に、横にいた二人が苦笑を浮かべる。
言葉少ないどころではなく、今日は一切口を開かず、むしろ真顔である。
普段の様子が嘘のように眠気はどこかにふっとんだようで、涙は左も右もチラリともみようとはせずひたすら固まっている。

涙『僕はもうだめだ』

字『そう言わないでよ。どうしてみんなオレたちと一緒に寝るの嫌がるんだろう?』
始『お前がかまいすぎるのと、お前の寝言と、お前の寝相のせいだろ』
字『ちょ!始ってばひどい!おととい葵くんをつぶしちゃったのは申し訳なかったとは思ってるんだよ。記憶ないけど』

両脇で自分をはさんで始まったやりとりに、涙は心の中で思った。「そうじゃない」っと。
いろんなことに疎いといわれる涙だって、原因はすぐにわかった。
黒年長コンビの色気がヤバイと。

字『そういえば涙は歌がというより音楽が好きだよね。子守り歌とかどう?』
始『それは誰が歌んだ?子守り歌というと一番に隼が浮かぶが、魔王あたりが村娘をさらってくるような・・・ああいうのか?』
字『ちょっと始、それ“眠らせる”の意味違くない?隼の歌だと子守り歌じゃなくなっちゃう。別の永遠の別れ的な意味での“ねむり”をイメージするんだけど。 というか、オレ、あんなに低い声でないよー』
始『そうか?』

二人が左右で会話をするごとに、言い合うためか上半身を起こして涙の向こう側の相手をみて会話をするので、気が付けば涙をはさむ始と字の距離が近くなっている。
しまいには「涙〜かまってよー」と字が凝固している涙にだきついた。
始は「だきつくなって海に言われただろ」と字をたしなめるものの、その目はやさしく涙をみている。
始の手が延ばされるところで、涙はさらに目を見開きカチンと動きを止める。
ふわりとぬくもりが頭をなでる。
始はそんな涙に苦笑をしつつも、「たとえグループが違ってもいつでもたよってこい」と声をかけてきた。

字『今日は緊張させちゃったかな。ごめんね。今日はだめかなって、みんなのことみて、なんとなくわかってるから。
だからいまはなにも語らなくてもいい。
ねぇ、涙。ただ、本当に必要な時は呼んで。オレたち、みんなのこと本当に大事でしょうがないから』

始『お前が言うとくさいセリフがさらにうさんくさくなる』
字『ひどいなー本音だよ』
始『しってる』

涙だってしってる。
字のセリフがタラシめいていようと、どこか中二病じみていようと、彼の放つすべてのセリフは“本当”。 くさいセリフほど、それはまぎれもない彼の本音であるということは、プロセラもグラビの仲間たちのだれもが知っている。

だから恥ずかしくてしょうがなくなる。
傍にいることがうれしいのに、そんな言葉を素でいってくる人なんか周りにはいなかったから。だから恥ずかしい。

だけど、これはない。

涙『オネガイダカラ・・モウ、ハナシテー』

気が付けば涙は、春に膝枕をされている状態で、転がりながらこちらを見つめてくる始に頭をふわりふわりとなでられたいた。

なんでひざまくらー。
なんでなでてるの。

下から見上げた二人の表情はいつもよりくっきりみえ、家族にはあまり向けられなかったとろりとした蜂蜜のような甘いやさし気な瞳が目に入る。
眼鏡がないから春のまつげながいの初めて知ったーとか、若干長めの前髪が顔を部分的に隠しているハジメかっこいいとか・・・思わずにはいられない。
そんな二人から同時に「ふっ」っとばかりに、穏やかな微笑みを返される。
ぶわっと顔が熱くなるのを感じる。

吸い込まれそうなアメジストの至宝に、包み込むようなペリドットの花。

二つのこの世の宝石と花の美しさと可憐さと輝きと・・・すべてを凝縮したような目にみつめられ、もう無理だーっと、 表情にも感情にもでなかったが、涙は心の中でギブアップ宣言をした。
もう涙目だ。ただし水滴がこぼれることはなく。
このまま意識がおちてしまえばいいのに、よけいに目がさえて、その後、大人組二人が眠るまで寝れない涙なのだった。


涙『春、始・・・』

自分をなでるのをやめ、改めて横になった二人の会話が途切れ、寝息が聞こえ始めてからしばらくして、涙がおきあがる。
上半身をおこして左右を見るも二人はまったく反応がない。
始など、「はやまるな隼!その娘をさらうぐらいなら春をやる!だから犯罪なんかに手を染めるんじゃない!」っと叫んでいた。
あ、これは本当に寝てるなと涙は思った。
二人が寝たのを確認して、始と字を交互に見た後、「おじゃまします」とそっと春のそばに潜り込む。
ふわりといつもの木漏れ日の森の中のようなさわやかな香りが鼻孔をくすぐり、その匂いを吸い込んで、字に寄り添って目を閉じた。


翌朝、人の気配に涙が目をあけると、すべてを見通すような目が弧を描いていた。

字『おはよう涙。たよってくれてありがとう』

あのとき起きていたのかと目をパチパチと瞬きをし、瞬間、夜に自分がしたことが浮かび、涙はちょっと顔を赤くし照れたのをごまかすように視線を顔ごと横へ向け「おはよう」と告げた。



始『うー・・・雪だるまがおそって・・』

始はまだまだ眠っていた。
なお、始は眉間にしわを寄せ、バサリと布団を蹴って向きを変えていた。
そんな始を一瞬だけ視界にとめたものの、涙はものすごい勢いで視線をそらし、字に抱き着いた。

乱れた布団。シーツのうえであおむけで寝てる始。気崩れチラチラと覗く肌色。
片腕が光をさえぎるように額にのっていて、白いシーツにひろがる黒髪のなんと色っぽいことか。
これが陽がつぶやいていた「おそろしい白いシーツ」というやつかと、涙は瞬時に理解する。
言葉にするなら「あっは〜ん」というあれである。
直視なんてできるはずもない。

ただ春だけはそんな始をみて「もう、始だって寝相悪いじゃん」と、プリプリとしていた。
それでも本気では怒っておらず、子供をみるような慈愛にあふれためで、布団をかけなおしてあげていた。

そんな二人をみて顔をさらに真っ赤にしたまま――――。

ふぅー・・・

涙『陽、僕は何も見てないよ、うん』





* * * * *





恋『わーい!みんなでごろごろ!』

年中組の様子を見てきた恋は始め、ビクビクとしていたが、ひかれたふとんをみて、「なんだかお泊り会みたい」と喜んで字にだきつき、そのまま布団の上でごろごろとじゃれつきながら、思う存分に甘えようとしていた。
川の字とか何年ぶりだろうと、愛しい双子の片割れとの幼少期の話を喜々と語ったりもした。
そう、しばらくは、大人ふたりに抱き着いたりして、恋は和気あいあいと話していたのだ。

しかし。しだいに恋の顔が下から徐々に赤くなっていく。

その様子に、横で腹ばいで寝っ転がって腕をまくらにしていた字が、どうしたの?と視線を投げかけるも恋はうつむいたまま動かない。
恋のくせっけをいじっていた始も不思議そうに動きを止める。


そして―――

恋『うわーーーーん!!!もうむりぃ!!!!えっちい!!!!!』

突然布団を蹴り飛ばすと、大声で泣きながら部屋を飛び出してしまう。
その去り際、鼻から赤いものが垂れていたとか。


始『なんだあれ?』
字『うんん?陽がアロマだめっていったからなにも今日はつかってないよ?オレのせい・・じゃ、ないよね?』
始『ふあ〜。もういいや。寝ろ』
字『寝ようじゃなくて、寝ろってひどくない?まぁ、いいけど』

始『また明日な。おやすみ花』
字『おやすみ〜ロジャーさん、ヒヨコさん』
始『おい』





* * * * *





駆は横になる前からカチンコチンに固まっていた。
逃げることも近づくこともできず、チワワのようにふるえて視線を左右に動かしていた駆だったが、早く寝たいのだと待ちつかれた始が駆を俵抱きにして運び、そのまま布団につっこんだ。
同じ布団には、左から始・駆・字と順に横になっている。
布団に入れられてもなお、直立不動の体制でカチンコチンの駆に、始は「だんだんお前らの言いたいことが分かってきたから安心しろ」と苦笑を浮かべている。
やはりどこかずれた字は「大人しかいないから逆に緊張しちゃったかな?」という結論に達して、どうしたらいいのかと考えている。
かもしだされる大人の色気に、さらに駆が息を止めて体を固くする。
しかしこの場にはいるのは、固まった駆が面白くてしょがない愉快犯と、緊張しちゃってかわいいと年下が好きでしょうがない眼鏡しかいない。
しかも眼鏡は、本体である眼鏡をいずこかへやっており、眼鏡で隠れていたものが見えている。やさしい光をたたえた目が地母神のごとき柔らかさを載せてこちらをみてくる。

駆『ひ!?』

白く長い指が、駆の頬を撫で、手のひらが駆の顔の位置を固定するように頬にそえられる。
こっちをみながら、そういうことはやめてほしい。

頬をそっとなでる字の指がくすぐったい。
さらにすっとのばされた手に顔をおさえられて、視線が外せない。

というか、その鮮やかな緑の目をこっちにむけないでほしい。むしろその表情やめて!

本人は駆の緊張を和らげようとしているのだが、キスする直前の男が女にやる仕草に近い動きである。
ちなみにちょっとでも視線を動かせば、また別の色気を漂わす黒と目が合うしまつ。
駆の精神は限界に近かった。


――結果。

駆の身体がさらに固まるのだが、大人二人の手はやさしく駆の頭を撫で続けていた。
その後、あまりの緊張で、完全に凝固し、息を吸うことさえ忘れた駆が気絶したのは言うまでもない。
このまま寝ないようなら、手刀でもって無理やり意識を奪う手段さえもひそかに考えていた始はほっと息をつく。

字『寝た?』
始『気絶だな。極度の緊張のし過ぎだろ』
字『・・・それでも寝ないよりはいいよ。そのままよい眠りへいけますように』

明日には疲労が残りませんように。
明日にはみんなが君のいつもの笑顔をもらえますよに。

慈愛にあふれた緑の瞳が細められ、そっと駆の頬にかかった髪を白い手がはらい、悪夢をよりつかせまいと寝むりが深くなるまで撫で続けた。





* * * * *





隼『わーい!次は僕の番だね!』
始『お前までやるのか』
隼『もちろん川の字で寝るよね!僕が二人の間だね!わかってる。わかってるさ! なんたって僕が今日のメ・イ・ン!ああ、始の隣で一緒の布団なんて!始クラスタとしてはたまらない至福!なんて楽しみなんだろう!早く夜にならないかなぁ』



隼『ねぇ、これはどういうこと?』
字『?』
始『どうって、お前の望みどおりちゃんと“川の字”だろ』

隼『川の字は川の字だけど・・・』


隼『なんで僕が真ん中じゃないの!?


隼『おかしいじゃないか!こういうときふつうは呼ばれたゲストが真ん中だろ!あるいは始が真ん中でもよし!
いや、べつに春のことが嫌いなわけじゃないけど・・・遠いいよぉ〜はじめぇ〜』
始『川の字にしてやっただけありがたいと思え』

夜、始によって指定された場所に隼が潜り込めばに、見事な川の字が完成する。
しかし隼の期待を見事に裏切り、始・字・隼というまったく予想外の並び順で、川の字になった。
始としては共ににいたずらを仕掛ける相方としては、隼のことを気に入ってるし、よき共犯者とさえ思っている。 だが、「始クラスタ」としての隼のことは、ただのうっとうしいストーカーだと思っている。
ときたま隼は朝わけもなく布団の中に潜り込んできたリ(わけがある春はスルー)、言動がおかしな方向でストーカーじみているときがあり、そういうとき始はようしゃなく隼を足蹴にするし、ふつうに追い出す。
今回は寝る時までくっつかれてたまるかと(春のことは棚に上げ)、川の字で寝る際に真ん中に字を配置したのだった。


わきあいあいと話していれば、やがて眠気がやってくるもの。
気が付けばいつのまにか眠っていたらしい。
朝日の気配がまだ遠いもののなぜか目を覚ました始は、自分が起きた原因が息苦しさだと感じて、目をひらき――

隼『やぁ、はじめ。寝顔も色っぽくて素敵だね』

ドカッ。
自分の上で寝そべってこちらを見ていた白色を目にするや、腹パンををきめた。
隼は布団から転げ落ち、腹を抱えてうずくまるもどこか楽しそうだ。

字『ぅ・・ん?どーしたのー』

音で意識が浮上したのか、字が目をこすって床の上にいる隼を見つめている。

始『なんでもない。まだ早い、お前は寝てろ』
字『うん』

二枚を繋げた真ん中が空いていたため、字は今にも閉じそうな目のまま、のそのそと始の方へいくと、それが当然とばかりに、始の腕に自分の手を絡めると、それはもうぺったりと始にくっついて――3秒後にはみごとな寝息を立てて眠ってしまった。
そんな字の頭を一回なでると始は、布団をひきあげ、字を布団の中にしまって向き合うような形でその柔らかい頭に顔をよせて目を閉じる。
ぬいぐるみのふわふわっとした感触に似ていると、淡い色の髪に顔を埋めてみる。
痛みから復活した隼が、自分に背を向けて眠る始をみて、「そんな〜」と嘆く声がむなしく響いた。

隼『僕だけなんで!なんで春もこどもたちもよくて僕だけ始の布団の外なんだい!?』
始『うるさい。布団はそっちがあいてるだろ』
隼『ぶーぶー。始がひどいー』

隼『いいもん寝るもん。僕も春をだっこしちゃうよ?』
始『勝手にしろ』

ごそごそと二人をまたぐと、先程まで字が寝ていた場所に今度は隼が横になる。
そのまま抱き着くのではなく、ふと何を思ったか隼は横になりつつ、観察するように緑と紫の塊を見る。

本人たちからしたらお気に入りのぬいぐるみをだきしめているような感覚らしいが、 さすがにこれは常識的にやばいよねと、隼は見た目は華やかで麗しいその光景を見つつ思うのだった。
寝ているときの二人はやっぱり、いろんな意味で“すごいなぁ”っと、苦笑を禁じ得ない。
しかし隼がそれを二人に注意することはない。
「僕もだっこ〜」っと布団を引きずると、字にも布団がかかるように半分半分になるように自分にもかけ、隼は字を抱きしめ目を閉じた。



その後、年長組は、二度寝したせいで、いつもと同じ時間に起きることができず、ギリギリまで寝ていた。
おりてこない年長組を起こしに来た恋が、字をはさんで眠る川の字をみて、悲鳴を上げ、海がよばれることとなる。


恋『さ、三人そろうと、なんかいろいろゴージャスだった(涙目)
・・・いつもの陪、色気ムンムンに、隼さんのせいできらびやかさが追加されてた。まぶしかった・・・(遠い目)』





* * * * *





隼『もとは一つのものだったんだ。それを無理やり二つに分けて、離しておいてるんだ。そりゃぁ〜互いに戻ろうとする引力がはたらくよね』

海『なんでお前がいるんだ?』
隼『春が始にくっつく原理だよ?』
海『いや、だからなんでいるんだ隼?』

隼『ちょっと始の寝起きのベストショット写真を撮ろうと忍び込んだところでした。テヘ(笑)』



字の部屋には、海が泊りにきていた。
どうやって海を甘えさせればいいんだろう?と二人で首をかしげていた字と始だったが、よくわからないままにゲストを招き、いつも通り川の字で寝転がった。
考えた結果、頭を撫でてみたり、「なにか俺たちにできることはないか?」と「相談があればきくぞ」と会話を求めてみたり、黒年長は年長として頑張った。
しかし兄弟が多く、その兄弟と同じように思われている字と始は、「気にすることないぜ」と朗らかに笑われ、逆に「こいこい」と手招きされて海にだきしめられ、こどもをあやすように背中をポンポンたたかれてしまうしまつ。
ならばと、ここで調子に乗ったのは始で、海を“あまやかす”ではなく“いじる”ことに決めたらしい。 そのふてぶてしい笑みを浮かべる始に「お、やるか」と、こちらも楽しげである。
字はというと、普段から人間=自分より年下=守るものという転生者ならではの認識のため、子ども扱いされるのに慣れていない。というか、認めない。普段であれば海が頭を撫でようと許容するし、逆に「なにかきになることでもある?」っと気遣いをみせるのだが。今回は本人からお許しが出たので、甘えてみることにしたらしい。
始が調子に乗って、海に「これでどうだ!?」などとくすぐりっこをしたりなでなで対決をしているのを見て、最初はどうしたものかと字は困ったような顔をしていたのだが、しだいにそわっとしだし、自分もなにかしなければとおそるおそるではあるが海へと手を伸ばした。
始ではなれている。だが、さすがに海には抱き着いたことはない。
字はどうすればいいのかわからなそうに、始の頭をぐしゃぐしゃになでまくっていた海の腕に触れてみる。
改めていわれるてみると、意識して甘えるというのはどうやるのだろう?そんなことやったことないなーと字は考え込んでしまい、腕に触れたところで、その先が分からず首を傾げた。

海『ん?なんだ?春もかまってほしいのか?ほーらもっとこっちこいって。お前の頭も今以上にふわふわにしてやるよ』
字『あ、いや。実際に、それも突然。「さぁ、甘えろ!」と言われても何も浮かばないものだと』

だからこどもたちがアワアワしていたのかと、ひとり納得する。
だがそんな春を、始があきれたような渋い顔でみつめていた。海は苦笑である。
絶対、そういうことじゃない。っと、心の中で二人のツッコミが重なった。

始『お前はなでられてればいいんだよ』
字『ん?それがなんで甘えることになるのさ。いつもやられてることだよね?』
海『おっとー。しまった。たしかに“いつも”やってたわ』
始『ああ、なるほど。“い・つ・も”、ねぇ』

海に頭を撫でられるのはいつものこと=それすなわち日常。
つまりそれは字にとって、通常運転であって、甘えるにはならない。

言葉のややこしさに気づいた海だったが、「ま、いいや」と説明を放棄した。
かわりとばかりに、さらにあきれたような顔になっていた始と、さらに頭上にハテナマークを増やして首を傾げてはアホ毛を揺らしている字をまとめて抱きしめると、ごろんとシーツの上に転がった。

そのまま本当になにげない会話をしているうちにとちゅうから字に枕にされている認識はあったものの、海はかまわず仲良く三人で寝たのだ。



―――っで、字のうめき声が聞こえ、目を開ければ、淡い黄緑色の目と視線が合うが、そこにいたのは白の魔王隼だった。

なんでいるんだと聞いても、のらりくらり。
始に会いに来たという発言もなければ、なぜか体は動かないし、字の声はまだ聞こえている。
どういう状況だと顔を起こすも体までは起こせない。

海『おい、隼どけ。お前だろ。俺の上にのってんの!』
字『うー、お、おも』
隼『うーん。ちょっと違うかな。海の右わき腹の重しは、春の頭だ。そんでみてわかるとおり左のお腹にのっているのは僕。春と僕と海の足をかためているのは、そこで真横になって寝てる始だ。つまり――ごめん、僕も動けない』
海『そうきたか!!!!おい!始!はーじめぇっ!!!!』
始『・・んあ?』
隼『始のぬくもり感じられるのはうれしいんだけど、ちょっとどいてくれるかい。みんな困ってるんだけど』

始『・・・・・』

海『こぉら!!!「なんだ隼か。ならいいや」みたいな顔してまた寝るな!!お前らどけ!!おもい!!』
隼『むりーはじめがーおもいよー』
字『おれも・・・重くて動けな・・です。ちょ!?けらないで・・・ぐふっ!!』
海『なんだ今の悲鳴!?おまっ!!ちょ!始ぇ!?お前それ隼じゃない!!春だ!!』
隼『みんなひどい!僕はどうなってもいいの!』
海『おい隼さわぐな!お前が騒ぐと始が暴れる』
字『始のケリがいたぃ・・・』
海『う!ったぁ!!腹に来たぞ今の拳!』
春『海〜顔の下で動かれると骨が当たって痛い〜』

海を枕に眠ってしまった字。
なにげなくいたずらしようとやってきた隼はこけた拍子に海の上に倒れこみ、逃げ出す暇もなく始にのしかかり攻撃を受けた。
そんな字と海、隼をふみつぶように真横になった始が寝ている。
隼が声を上げると、いつもと同じように隼を傍から離そうとするように腕と足を動かす始。その結果、背中をこぶしでたたかれた隼。蹴り飛ばそうと足を動かす始に、足元でつぶされている字。そしてその衝撃は、一番下の海まで来る。
悪循環である。
一番上にいる始が起きないと、どうしようもない状態であった。

それから、しばらくギャーギャーと騒いでいた四人だが、思いのほか始の眠りが深く微動だにしない。
抵抗するのに疲れた字と隼が早々にダウンし、ぐったりと海の上でうつぶせのままたおれている。
そんな二人を「まぁ、お前らはよくやったよ」と海がつげる。両腕は白と緑のしたので動かすことはできないままだ。

なにかあきらめきった三人の上では、始が大の字になって悠々と寝ている。

ずいぶんとお疲れのようである。っが、寝る場所がおかしい。
字いわく、隼が朝方ふとんに入り込むようになってから、朝なにかが傍にあると攻撃する癖がついたようで、その攻撃後動いたり寝なおすと、寝た時とは違う体制になってることが多いらしい。

海『やっぱりおまえのせいかぁ・・・つかれた・・』
字『・・・・くる、し、い・・』
隼『めんぼくない・・・なんというか、春に関していろいろ突っ込みたい部分があるけど。それもどうでもいいというか。僕のせいっていうのをもう否定する気も起きないというか・・・』

ガスッ!
字『ぐっ・・』

隼海『『・・・・・・』』


隼の謝罪がきこえたと同時に、始の足が動き、再びカエルがつぶれたような声とともに、それ以降、字の声が途絶えた。
隼と海はそれ以降、口を開かず、ひたすら始が起きるのを待った。





昨日も行ったんだから大丈夫!二度目だから、朝の年長組への耐性ができただろう――と、起こしに行く役をおしつけられたのは恋だった。
昨日のは、本当にたまたまだ。たまたま自分が扉の近くにいたから、そのまま起こすように言われただけで。まさかそのせいで、今日もおこす役目を任されるとはだれが思うだろうか。
恋は「はぁー」と、それはそれは深い深いため息をつきながら廊下を進み、「春」と書かれたプレートのある扉の前で、足を止める。
この中には昨日のアッハ〜ンを超えるものはないはず。
今日は海と黒年長しかいないはず。それなら。きっと・・・。
そう自分に言い聞かせ、恋は扉の前で何度か深呼吸すると、とってにてをかけ、勢いよく開けた。

恋『おっはようございまーす!!今日も二度寝ですか!?もうあさで・・・』

救世主、もとい扉を開けた恋がみたのは、全員集合している年長組の塊だった。

恋『・・・・・('_')』

扉をあけた恋をみて、隼は助けが来たと顔を輝かせると、必死の形相で、声をださないように口をパクパク動かし、「助けて」と訴える。
一番下でつぶれてる海は、ほぼ白目をむいて、遠いところを見ている。
字はその海の上で、うつ伏せのままピクリとも動かない。
始はそんな三人のさらに上で、気持ちよさそうに男らしい大の字であおむけで寝ている。

壮絶な体制の四人を目撃し、恋は――

恋『・・・・(´v`)』

チベットスナギツネのような顔したあと、扉をパタンととじた。



隼『ちょっと!恋!まって!たすけ』
海『隼!』
隼『あ』

ゲシ!

字『・・・』

隼の声に反応して、始の足がすでに身動きしない字に再びヒットしたが・・・反応はなかった。
それに顔を青くした隼と海が、大慌てで始を起きるように促したり、大声で扉の外に助けを求めたのだった。

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