その花は桃色ですか?



 02 エステリーゼ





物心ついたころには
城という鳥かごに、私は、私ともうひとりと、飼われていた。

世界を統治する帝国。
その跡目争いに、騎士団と評議員たちの意見が割れてしまったためだ。

騎士団が押すのは、前皇帝の甥であるヨーデル。
評議会が押すのは、わたし、エステリーゼ。

私かヨーデルどちらかが、玉座を継ぐために城にむかえられ、お互いが唯一の親戚であるにもかかわらずめったに会うこともかなわず、互いに彼らの思惑にのっとった方針で育てられた。

皇帝の地位は、とても重く、責任が伴うもの。
それは私にだってわかる。
けれど大きな戦争も、血が流れるのも、争い事も・・・
すべてが城の外出来事。
城の外の人々がどのような生活をしているかも言葉や本でしか教えられず、実物はなにひとつ与えてはもらえなかった。
外に出たいと望んでも「やれ御身のためです」と彼らは言うのだ。
わたしとヨーデルの後継人たちが望むのは、民のためを考える賢い王ではなく、自分たちの思惑通りに動く傀儡だった。

わたしが知っているのは、本の知識だけ。
男であるヨーデルは皇帝になる確率が高いから、帝王学というのを学んでいた。
女である私には、本と、外と言える唯一の場所――城内にある庭の散策だけが与えられたものだった。

けれど争いは止まらない。

騎士たちとだって、わたしたちは顔を合わせることはめったにない。
しかし城の外から負傷して戻ってくる騎士たちを遠目にこっそりみた。
仲良かった兵士が入れ替わったのだって指を曲げる数以上。
知り合いの名前が、読み上げられる死者の名簿にあるときだって・・・。

だから私は、“自分が知りうるもの”で、せめて「いつか」だれかの役に立てるようにと――

私は当時「尽忠報国の騎士」と呼ばれる忠勇の士 ドレイク・ドロップワートに、剣を教えてくれと頭を下げた。
案の定、貴族の戯れと思ったのか、断られてしまった。
二度目は立場を考えてくれと言われ、また断られた。
けれど私にはそれしか、騎士たちが持つ剣というものしか…身の回りに“外”と繋がる“本物”を知らなかったから。
それしか私という存在を鍛え、いつか誰かのために役立たせる方法が思いつかなかった。
だから無謀も承知でドレイクに、何度も何度も・・頭を下げに行った。

根気勝ちというのでしょうか。
何十回も断られた後に、ようやく承諾を得た。
自分が王族であることをふまえ身を守る術に盾を持つことを第一条件にされ、そこから今度は敵となる何かを傷つけるための剣を手渡された。

剣は重かった。

そのときドレイクに言われた言葉は、いつまでも胸の中に残っている。

「貴女に教えるのは貴族のたしなみではない。生かし、殺す術です」
彼は自分はただの騎士で、貴族のような品の良い剣術を知らないとつけたすように言っていたが、本当はそうでないのだろう。
武器の重さ。騎士たちの苦悩、エステリーゼという存在の重要性。それらすべてを知る覚悟。武器を持つ覚悟。命を奪う感覚。その覚悟があるかと、私に本物の剣をくれた。

はじめてそれを持ったとき、剣の重さにふるえた。

木刀では人は切れない。重さがないから、本物を使ったときに重心がずれてしまう。
私がドレイクに初めに渡されたのは、真剣だった。

しばらくして身体の小柄さをいかしスピードを出せ小回りもきくようの細めの剣が用意された。
いまの剣になるまでには、なんどか打ち合い、私の手になじむものを調整していった。

自分自身の剣を得たことで、私は新たに剣に覚悟を刻みつけ、盾にドレイクとの誓いを込めた。
何かを傷つけ、ときに命を奪う覚悟を。
そうまでしてでも自分の命を守りきる誓いをたてた。


その剣がいつか役に立つことを願い、そうして私は、あの日、ユーりと出会った。
彼との出会いこそ、私の物語の始まりだった。








 -- side エステリーゼ --








自分が〈エステリーゼ〉の記憶を引き継いだのは、物心つく前。
だからそれが夢であり、自分そのものではなく、前世の出来事なのだと気づくのにずいぶん時間がかかった。

はじめはどうしても現実と夢の境目が分からなかった。
“それ”が何かなんて当時はわからなくて、ただひたすらに受け入れるしかなかった。夢の中の〈エステリーゼ〉も自分であると。
けれど夢の中の自分は物知らずすぎて・・・そのせいで仲間が傷ついていく。それが、つらかった。

どちらが夢か現実か。
幼い自分にはその区別さえつかなくて。

空にはどうして結界がなくて大丈夫なのか。
魔物はどこにいってしまったのか。
魔導器(ブラスティア)はどこ?
精霊たちは?

ようやくここが違う世界なのだと気づいたのは、なにかのこどもむけアニメがきっかけだった。
青い未来の狸がいろんな道具をとりだすアニメのなかで、“平行世界”の話をやっていた。
“もしも”の世界というのもあった。

幼くとも、過去の経験を夢というあいまいな形ではあるが見続けてきたからこそ、同じ年齢の子供より少しばかり理解力があった。
だからこそ、その少しの情報で、理解してしまった。
あの夢の光景は、この世界のどこにもないのだと。

〈自分〉が生きてきた痕跡が何もない。

まだ未熟な感情と知識しか持ち合わせないこどもの自分には、その事実はあまりに辛くて。
体の中でぐるぐると渦巻く感情をどう処理したらいいかさえ、わらなかった。
そのままわけもわからず、大声を上げて、家を飛び出してしまった。

そのとき、なにが辛かったのかはよくわからない。
〈大切な人たち〉が誰もいないことが辛かったのか。
自分はあの光景が本当にあると知っているのに、この世界では探してもどこにもないことが辛かったのか。
その日、思い出した過去がたまたま“仲間を傷つける自分の姿”だったからか。

パニックになったまま走って走って。
気付けば知らない公園の隅の方で丸まって泣いていた。

たすけてと嗚咽にまみれた声が漏れるが、とめることができなかった。
まるで見知らぬ世界に一人ポンと弾け飛ばされたようで、怖くて怖くて悲しくてしょうがなかった。
けれど本当は何が辛いのか。
なにに、だれに助けを求めているのかもわからなくて。
答えられないのに声をかけられたらどうしようとさえ思った。
それでさらにパニックになり、ひたすら心は恐怖におかされ、思考が飽和していく。

そんなときに、自分に覆いかぶさるようにかげがおりた。
うずくまる自分に「大丈夫か?」と差しのべられた手。
顔を上げて見やれば、“今”の自分と同じか少し年上だろう男の子がいた。

短い髪の男の子は、自分をみて驚いたような顔をすると――


「エステリーゼ様?」


そう、“〈私〉だった頃”の名を呼んだ。








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