- 元死神「夢主3」の異世界旅行記 -
00. 君の声が聞こえる
どうやら自分は死んだらしい。
それだけはわかる。
誰も俺を見向きもしないのだ。いや、彼等には“みえない”のだろう。
それに胸に穴開いてるし。
非現実的なことに、そこから鎖が出てるのも変だ。
結論
幽霊って一種のファンタジーじゃないかと思った。
-- side 夢主3 --
『おぉ!オレすげー。オレがファンタジーになってるよ』
あまりに今のオレという存在が面白すぎて、胸元の鎖を引っ張ってみた。
ズッキっといたくなる。
『死んだ後も痛みがあるなら、そういうのやだぁ〜』
痛かったし、これ以上はイヤな予感がしたので、とっとと鎖から手をすぐに離した。
――っと、まぁ。これが現状のオレである。
このめんどくさがりのようで、ちゃっかりしてるのがオレだ。
痛いのだけはマジ勘弁という心情で、まったりのんびりと生きていた。
まぁ、最後はあれだ。
なんか錯乱した人に刺されて終わった。
鈍い痛みですんだだけ、オレはきっとラッキーなんだろうさ。
うん、痛いの嫌いだしね。
実のところ、オレはその場その場の流れで生きていたような人間で、両親はとっくの昔に他界しているし、これといってなにかしらの変化を求めていたり、夢と呼べるような望みがあったわけじゃない。
両親などはいつまでも新婚夫婦のようにラブラブだったような二人から、たぶん死後の世界もいちゃついているだろう。
残念なことにオレにはいちゃつける人間はいないが、それでも未練なんか何もなかったんだ。
だけど気がつけば幽霊になっていて――。
とりあえずはもう勉強しなくていいんだ〜とか、これは学校をサボったことになるのだろうかとか。
そんなくだらないことばかり浮かんで、でもそれは結局生きている奴の特権で、もう死んでしまって先のないオレには関係ないことだと気付き、興味の矛先はすぐに移った。
地縛霊でないオレは、家からも死んだ場所からも自由に動けたので、今後はどうしようかと街をみてまわることにしたんだ。
適当にふらついて、まずやったことは“人間だれしも幽霊ならば一度はやるだろう”定番のことだ。
たとえばオレの年齢では入れないような場所。
勇気がなくて入れなかった店とか。
遠慮せず入って、映画館とかただで観まくったりした。
時間感覚は幽霊になってからあまりない。
せっかく幽霊で姿が見えないのだからと、オレはかなりふらふら遊びまくった。
昼間でも見えないので補導されることもないのをいいことに、もういかなくていい学校等の頭が痛くなるような勉強するところをさけて、公園をふらついた。
しかし、オレはそこで、別の幽霊に捕まった。
公園でおばさんの幽霊とであった。
おばさんの話はとても長く、長すぎて……
昼と夜が気がつけば逆転していたから、日付も変わっていただろう。
疲労が増した。
それからなんとかおばさんを撒いてたどり着いたのは、生前に通っていた高校の校舎裏。
勉強をしたくなくて遠ざけていたはずの学び舎だったが、今では一番の避難場所。
おばさんの幽霊は、話し相手が逃げたとしるや、物凄い形相で追いかけてきたのだ。
追われれば逃げる。これは小心者の真理だ。
まして彼女のやたらと長い話に付き合うほの精神力は…もうない。
さすがは世間話が大好きなおばさん!という感じで、彼女は商店街や住宅街にばかり足を向けていたため、オレが学校に逃げ込むとは考えもつかなかったようだ。
どうやらおばさんの幽霊は、視野が狭いらしく、彼女が学校の中に足を踏み入れることはなかった。
おかげでオレが一番避けていた場所が、安全地帯となってしまった。
まぁ、「勉強をしろ」や「教室にもどれ」と怒鳴られることもないが―――。
同時に・・・。
幽霊でしかないイナイハズのオレに声をかけるものは誰もいないわけで。
校舎裏のくせに、適度に木が生えていて明るくて。
ちょうど晴れていたこともあって、大きめの木に寄りかかって昼寝を決行する。
どうやら肉体がないので体力は関係ないようだが、あのおばさんとの会話で精神疲労がピークに達していたようだ。
オレは幽霊になってはじめて寝た。
死ぬ寸前、人は過去を振り返るのだという。
じゃぁ、死んだ後でも夢を見るのだろうか?
夢うつつに、オレはそんなことを考えて意識を手放した。
目を閉じる―――だが、その感覚はなく。
ただ疲労をとろうと、肉体があったときと同じように意識が眠ろうとする。
睡眠を試みたオレに訪れたのは、なにもない暗闇だった。
……………えて
……ぇテ…み………ぃ…ぉぅ‥………ぅけて…
ふいに声が聞こえた気がした。
声とともに、オレの知らない感情と光景が流れ込んでくる。
その映像のどれにも赤い水溜りがかならず広がっていて、引き裂かれた魂が“たった一つのこと”をずっと訴え続けてくる。
ポチャー・・ン――・・・
水滴が水溜りに落ちる音が空間にこだまする。
雨だろうか?
それとも泣きすぎただれかの、涙が溢れた音だろうか。
たくさんの、たくさんの声――
それに呼び起こされるように、オレの意識が浮上する。
暗闇から戻り、目を開けると目前に何かがたたずんでいた。
それはに白い仮面をつけた大きなオバケで、オレを見下ろすようにじぃっと見つめていた。
白い仮面のオバケは、口を開けることもなく、ただじっと微動だにせずオレを見ている。
オバケはしゃべらないのだけど、たしかにオレの心には彼の『声』が聞こえていた。
声が 響いていた
『そうだね。誰も望んでこうなったわけじゃない』
――ポチャー・・ン―――
――・・・ポチャー――・・ン――
水音にまぎれて、たくさんの泣き声が、オレに訴えかけてくる。
「たすけて」
「気付いて」 と――。
狂いそうなほどのたくさんの声が、雨のようにオレの中に響く。
その声がすべて、目前の白い仮面のオバケから聞こえてくるのに、苦笑してしまう。
『オレもだよ』
ぽっかりと空いたオバケの胸の穴は、きっと誰にも存在を気付いてもらえない寂しさであいてしまったんだ。
幽霊は生身の人間には気付かれない。
そこにいるのに、みてもらえない。
どんなに叫んでもこの声が、この訴えが、どこかに届くことはなくて――
だから「さびしい」と、この空洞を埋めようとするかのように、幽霊達はなにかをもとめるんじゃないだろうか?
たぶんその気持ちは、生前の記憶(思い)に頼るしかなくて。
でも、知り合いの側に行っても、普通の人間が幽霊はみえない。そんな自分を見向きもしない彼らに、孤独は広がる。
『君の言いたい事は、よく、わかんないけど』
オバケが一度だけ口を動かしたが、それは獣のうなり声のようでやはり音としてはオレの耳には意味不明でわからない。
それでも聞こえてくるものはある。
『オレもね。本当は、死にたくて死んだわけじゃないよ。
だれだって、望んだわけじゃない。そうでしょ。
だって死んだら誰にも見つけてもらえなくなるじゃない』
笑って仮面を見つめ返す。
だけどなぜか涙がこぼれた。
これは憐みでも同情でもない。
オレは今日、幽霊だった。
学校でいつもあいさつをかわす友人に、普段と同じように声をかけても、誰かにふれることさえもできず…悲しくなった。
冗談はよせよとこっちが笑ってみせても、こたえる声はない。
誰も気付かない。
誰も見向きもしない。
『たすけてって。何度も叫びそうになったよ』
あまりの孤独に何度も宙へと手を伸ばした。
だけど手は、なにもつかまない。
声さえ届かない。
オバケは頷かない。
ただ静かにオレの言葉を聴いているだけ。
『君は、無口なのかな?
でもうるさいほど、君の声が聞こえるんだ・・・』
オレも君と同じ幽霊でね。
本当はここ、学校には・・・にはきたくなかったんだ。
今は授業中だから誰も出歩いてないけど、それでもこの学校はオレが通っていた場所で…。
それはつまりオレのことをしっている人たちがいて、オレ自身が交友を持って“しって”いる人もいるわけで。
だけど、オレの声に振り返ってくれる人は誰もいない。
ポロポロと流れる涙は、地面に落ちても水後を残さなくて笑えてしまう。
だって――
だれに話しかけても…
きづいてくれないんだ。
だからもう半分以上は諦めていて、消えてもいいとさえ思っていた。
そう思って、目を閉じたんだ。
そこへオレの意識を呼び起こすように、君(仮面オバケ)は現れた。
聞こえてくるのは音を伴わない――『声』。
それが“たくさんの”魂の訴えだと気付いて、涙腺が壊れたように涙が溢れ出た。
目の前にいる仮面オバケは一体。けれど、その中には、たくさんの魂があるのを感じた。
走馬灯じゃないけれど、ここで過ごした日々や、いままでのことを思い返していたら、また声が振ってくる。
上を見上げて、その声が白い仮面のようなオバケから聞こえるんだと気付いた。
オバケはしゃべらない。
ただそこに立っているだけで――
全身で「さびしい」と訴えている気がした。
『君もそうだったんだよね』
だからさびしくてさびしくて…
『こんなになっちゃったんだね』
オレの言葉のせいか。
白い仮面にあいた目の部分から、透明なものが流れおちた。
それをみて、大丈夫だよと笑い返す。
そっと手を伸ばす。
その涙をぬぐうように――
ぐうぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおーーーーーーー!!!!
獣の方向のような啼き声が、白い仮面オバケから響く。
それは地獄からのものではないかと思うほどに低く、けれどとても悲しげだった。
その絶叫ともとれる咆哮が何度もあがる。
―――ぉぉぉぉぉ――……ん
―――ぉぉぉぉぉ――……ぉぉぉぉ――…・・
仮面の下で涙を流しながら空に向かってほえるそいつからは、今のオレと同じものを感じた。
空間が震えるほど獣の哭き声。
敏感な鳥たちがいっせいに飛び立っていくのも、その存在と遠吠えに恐怖が身体を震わすよりも先に、オレは気がつけば仮面オバケに抱きついていた。
たすけて。たすけて…
『無理。オレには何もできないよ』
ずっと聞こえてくる声に、ごめんねと謝る。
それでも
『君の声は聞こえてる』
オバケが一度笑った気がした。
いままで獣のような言葉しか発しなかったソレが、一言だけ言葉を発した。
それにオレはバカだなぁと……光となって消えようとしている相手に手を振る。
『さようなら』
ありがとう――そう告げて、すごくキレイな光となった相手に、オレは別れの言葉でこたえる。
別れ際にお礼を言われても困るんだよ。
だって君は、もう二度とオレとは出会わない場所へ行ってしまうのだろうから。
お返しはいらない。
ただオレは愚痴を言っただけ。
君はそれを聞いていただけ。
さようなら、ありがとう。
それから何度か誘われる声にひかれるがままに歩み寄り、彼らが光に包まれる。何度かこの光景を見て―――空へ昇る光が、“昇天”だと知るのは、それから数日も後のこと。
その言葉を教えてくれたのは死神。
オレは和服をきた黒い死神によって、魂の世界と送られた。
魂の世界――尸魂界(ソウル・ソサエティ)というらしい。
そこでは現世と魂の量の均一化をはかるために、用意された場所。
・・・に、オレはいくはずだった。
だけどなんでかな?
目覚めたオレは、赤ん坊でした。
あれれ?
これって転生ってやつじゃないかな。
なんでだろう。
世の中には考えてもわからないことはいっぱいあるのだと知った。
死んで幽霊になった。
死神に霊界に送ってもらい、そこで時間を待つはずだったオレは、だけど、なぜかあっけなく転生しちゃた。
死んでから知ることもあるらしい。
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――その声が 誰かの孤独の訴えだと知った・・・
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