脇役推進委員会
- ハ リー・ポッター -



05.ドラコ・マルフォイ





 ホグワーツまでの列車の中で、“彼”は言ったのだ。
「ひねくれた寮に入れるように悪巧みでも考えておくさ」
そう言った“彼”は、相変わらず弟のためとブラコン具合丸出しではあったが、その言葉を実現させようとしている。
列車を降りたときそこには“彼”はいなかった。
髪形も雰囲気も口調も何もかも変え、見事に別人になりきった金髪の少年に、友人たる焦げ茶の少年は爆笑した。
そこにいるのは“彼”とはかけ離れた皮肉った笑みを浮かべる『ドラコ・マルフォイ』だった。
また列車の中で“彼”と出会い、優雅で品のある“彼”に乙女心を抱いた者達が一目“彼”を見ようとさがすが、“彼”と目の前の人物が同一人物であることに気付かない。
ハリウッド映画の女優さえ顔負けな、とんだ演技派貴族様である。
そうして見事なふるまいは、まさに完璧なまでの悪役で道化だった。





**********





 新入生達は、汽車を降りるとすぐに小船で湖を渡り、城のような巨大な建物を目指した。
学校、新しい仲間。
すべてに胸を躍らせる子供たちは、羊の群れかなにかのようにまとまって階段を登っていく。
 階段の最上階では、とんがり帽子をかぶった一人の妙齢の女性が彼らを待ち構えていた。
彼女は子供たちがそろうのを確認すると、後ろの方の生徒にも聞こえるようにと声高々に寮の組み分けをするのだと告げた。
 寮は全部で四つ。
その中のスリザンという名を聞いたとき、極力気配を消すように集団にまぎれて隅の方で、うつむき加減だった金髪の少年が顔を上げる。
その目はギラギラと暗い炎が輝いているが、気付いた者はいない。
そこに含まれるのは、純粋なまでの強い意思。
殺意や狂気といった異質な腐敗したような負の感情はなく、しいえていうならそれは老いてなお歴戦の戦士としての深い知性と野望の混ざり合ったそれ。
しかし子供たちに寮の説明をしているとんがり帽子の女教師もまた、別の生徒が気になるようで、人の壁に隠れた隅の方にいた子供らしからぬ子供の変化に気付かない。

「この学校にいる間は寮があなた方の家です。
よい行いをすれば寮の得点となり、規則を破ったりすれば減点されます。
学年末には最高得点の寮に・・・」

ゲコゲコ

「・・・・・・寮に、優勝カップが渡されます」

ふいに彼女の説明をさえぎるようにどこからともなくカエルの鳴き声が、静かな踊り場に響く。
だがそこはさすがグワーツの教師。
とんがり帽子の女教員は、眉をしかめつつもカエルを見ることもなく話を最後まで終わらせた。

ゲコッ

そして再び聞こえた鳴き声に、今度こそ彼女を含めた新入生達が、鳴き声の主を捜すべく視線を彷徨わす。

 最初に“それ”をみつけたのは、金髪の少年だった。
 生徒達の足元にのそりと動く影を見つけたのだ。
そのままカエルは自己を主張するように、ゲコゲコ鳴きながら、階段の終わりである踊り場に這い上がってきた。
全員の前に姿をさらしたのは、金髪の少年が列車の中で追いかけたあのヒキガエルであった。

「トレバー!」

 ぎょっとしたように飼い主たるぽっちゃりめの少年ネビルが群れの間をとびだし、唖然
としている女魔法使いの前でヒキガエルのトレバーを捕獲する。

「ご、ごめんなさい・・・」

本来なら荷物と共に部屋に先にいっていなければいけないはずなのになぜかここにいるヒキガエルは――逃亡壁とその技がなぜか凄まじいとしても――あれでも自分には可愛いペットだ。ネビルはこのまま踏まれては困ると、新入生たちの前に飛び出たが、その様に生徒達が失笑し、老齢の女性教員からの冷めた視線を浴びて、気弱な彼の肩がビクリとゆれる。
無言のままに列に戻るよう促され、ネビルはトレバーをだきしめるとすごすごと群れの中に戻っていく。

 その様子を見て、唯一笑いを漏らさなかった金髪の少年は、周囲からみえないように位置で頭痛をこらえるように頭を抑えている。
「屑ガエルめ。あの逃亡野郎、煮て揚げて喰えば少しはおとなしくなるか?」と友人を笑われたことで腹を立てていた少年の怒りの矛先が、すべての元凶であるカエルに向かう。その際、ギリギリと奥歯をかみ締めて眉間に皺を寄せる彼の口からこぼれたのは品も何もない言葉だった。
ちなみに沸騰した湯の中にかえるを放り込んだ段階で、おとなしくもなにもあったもんじゃない。むしろ彼が先ほど口に出してあげた選択肢はどれを選んでも行き着く先が「死」しかないことを明記しておこう。
もちろんそんな考えさえない少年の中では、さらに非道な手段があげられていて、いつかはどれかをかならず試そうとあの手この手と計画されていく。
 しかしそんな彼の様子にも呟きも生徒達のざわめきが広がっている今は、隣の人物にもソレは聞き取れなかったようだ。
否、むしろ隣でそんな彼を偶然にも目撃してしまった生徒は――いた。
少年が純血主義の貴族の子供であることを知って、媚を売るべく近寄ろうとしていた者達だ。
彼らはネビルとトレバーのネタに少年に取り入ろうと声をかけようとしていたが、そこでみてしまったのだ。あの般若のような彼の顔を。それを間近で見てしまい、二人の子供は顔色を青褪めさせて動けなくなっていた。
固まって動けなくなっているのは、ビンセント・クラッブ、グレゴリー・ゴイル。
その二人の顔は金髪少年の殺気にあてられ、恐怖にひきつり今にも泣き出しそうなほどだ。
もちろん続いてすぐに金髪の少年から漏れ出た尋常じゃない殺気に「ヒッ!!」と小さく悲鳴を漏らし、あまりの恐ろしさに視線を慌ててそらしたのは言うまでもない。
 それからしばらくひとりでもんもんとしていた少年だったが、己の色素の薄めの金髪をかきむしるように片手で弄くり、なにを思ったかチラリと視線を教師へもどす。
そのとき彼女の正面にいた黒髪に丸眼鏡の人物と、その彼と仲良さげに言葉を交わしながら横にたたずむ赤毛をみつけ、カエルごときに本気できれかけていた金髪少年の表情から剣呑さが消える。
彼は乱れた髪を手串で直すと、怒りの代わりにニヤリと口角を持ち上げた。

「それでは、間もなく組み分けの儀式をはじめます」

 とんがり帽子の魔女教師は、トレバーのせいで私語があふれ出し騒がしくなった生徒達の視線を集めるように、一度わざとらしい咳をゴホンとし、「静かに」とパンパンと手を叩いて生徒達を黙らすと歓迎の準備をするのでおとなしく待っているようにと告げた。

 彼女がそうして背を向けたと同時に、金髪の少年が一歩前にでた。
その瞳には、いたずらをたくらむようなそれでいて知的な強い光をたたえていたが、彼自身の内面を知らないものからすれば傲慢で横柄な態度にも見えた。


「本当なんだな」

 そのままもう一歩前に踏み出すと、彼は全員に聞こえるように声を上げた。
その言葉に新入生たちの視線が、彼ひとりを注視する。
それに気をよくしたかのように、さらに金髪の少年の口が弧を描く。

「汽車で聞いた話はどうやら本当らしいな。
ハリー・ポッターが、ホグワーツに入学したっていうのはさ」

 ネチネチと絡まるように、一言一言区切って告げる。
そのまま一番上の踊り場まで上がると、金髪の彼は一段下の段からいぶかしげにコチラを睨んでくる『額に傷のある』丸眼鏡の人物のもとまで歩み寄る。
そのまま上から下、その容姿やらすべてを確認するように、彼の周りを「へぇ〜君がねぇ」となにかを確認しながら眼鏡少年の周囲を大またで一周する。
この場には誰が誰など時にすることもなく新入生全員が集まっていたため、眼鏡少年のすぐ側にまで子供たちは詰めていたが、金髪の彼の注目を集めるようなその大げさなまでのて動きに思わず自ら道を譲ってしまった。
そのため丸眼鏡の彼が嫌そうに顔をしかめても、金髪の少年が値踏みするような観察するような視線や行為は止まらない。
むしろみんながよけてしまったため、金髪の彼はさっさと一周を終えてしまい、眼鏡少年の正面、先程の一段上の位置に再び立つ。
そのままニマニマと意味深に細められた灰色がかった彼の目は、どこからどうみても相手を見下したようなそれだった。

そしてそのまま騒ぎになっても隠すそぶり一つしない相手に、金髪の少年はそのまま自分の腕を持ち上げて自身の右額を指差して、ニィっと笑う。

「君が、あの有名なハリー・ポッターだろう」

 金髪の彼はその傲慢さを隠す気もないのだろう。
同じようにハリー・ポッターもまた額の傷を隠すそぶりさえせずそこにたたずんでいる。

 『ハリー・ポッター』――その言葉に、正面からハリーを見たことのない子供たちの間に「あいつがあの有名な・・・」などと新たなざわめきが広がる。

ポッターの丸眼鏡の上にある額の傷が、前髪の下であらわになっている。

ハリー自信の傷ではなくあえて何もない自分の金髪の下のおでこを指差したのも一つの策略だ。
普通の子供たちには額にない傷。
ハリーだけがもつ『特別』ということの証。
それを持たない自分と本物をくらべさせることで、ハリーの“それ”をより引き立たせる。
噂や言葉だけの尊敬や憧れだけでは足りないとばかりに、金髪の少年はハリーを持ち上げるためにすぐさま策を練っていく。
比べるという行為により、“ない自分”とは違い、ソレが“あるハリー”が特別であると認識させる。目立たせる。
特別な彼は性格も破綻していてはいけない。
『英雄』ならば、血の優劣や金で動くことなく、強い意思を持ち、なお周囲に好かれないといけない。
そうして不敵な笑顔の下では、彼をより目立たせるための言葉が選択されていることをしらない子供たちは、やすやすと金髪の策士の口車に乗って、ほぼ全員と言っても過言ではない人数が『生き残った男の子であるハリー・ポッター』へ視線を向ける。

 ある程度視線を集めると、これまたわざと目立つように、金髪の少年はハリーに手を差し出して自己紹介を始める。

「僕はマルフォイ。ドラコ・マルフォイだよろしく」

 瞬間、なにが面白かったのか、ハリーの横にいた赤毛が噴出した。
内心ドラコは「だろうな。そうだろうとも」と、なんだかやるせなさに意識を飛ばしたくなりつつ、自分の姿を理解しているのと演技中であるため口にも表情にも出さない。
肌が白くしかも小柄でひょろりとした自分には不釣合いな“竜(ドラコ)”という名前。
なんだか竜に近しいながらもなれなかったヒョロイトカゲかなにかになったような気分で、実はこの名前は昔から好きではなかったのだ。
内心己の名前について嘆きつつ、それを一切顔には出さず、デリカシーのない赤毛へ視線を向ける。
 そばかすに、彼の一族特有の髪の色。
それは赤毛というより橙に近い明るい茶色の髪だ。
ローブは真新しく見える隣のハリーそれと比べると、なんだか可愛そうなほどよれっとしている。
お下がりなのだろうか。サイズも若干あっていなそうだが、今の子供は成長期。
たぶん彼も大きくなるだろうから大丈夫だろう。
自分と同じように背の低い彼に同情しつつも、ドラコは軽蔑し見下すような表情を浮かべる。

“そういう”仮面をかぶる。

「僕の名前が可笑しいか?君の名前は聞くまでもないな」

――赤毛にお下がりのローブ。ウィズリーの家の子だろ?

あれだけの特徴があれば相手が誰かなど一目瞭然だった。
そう嘲笑うかのように鼻で笑ってやれば、赤毛の少年ロンことロナルド・ウィズリーが口ごもる。
 誰にでも言われたくないことのひとつや二つ。むしろいくらでもあるものだ。
それを人前で指摘すれば対外は、憤るか羞恥に動けなくなるものだ。
ドラコは自分の名前に不満を抱いていた。
それへのあてつけに言い返したが、やはりそれらの特徴はロンにとっても“ドラコにとっての名前”と同程度のコンプレックスがあったようだ。

「魔法族にも家柄のいいのとそうでないのがいるんだ。
付き合う友達は選んだ方がいいよ」

そこでふとドラコは己の手を見つめ、さらに楽しげに口端を歪める。
そのまま手を出し

「僕が教えてあげよう」

ドラコからしてみれば、本心まったくもって関わりたくない相手であり、 近寄りたくもない相手であるが――そんな仕草さえ見せない。

同時に、今までの不遜な態度にか、ハリーはドラコに嫌そうな顔を隠そうともせずむけて、「いいよ。友達なら自分で選べる」とその手をとらなかった。

手を取り返されたらどうしようと、ひそかに思っていたドラコは、満足そうに自分に空振りの手を下ろす。
ふんと鼻を鳴らしてハリーから離れつつ、その顔から笑みは消えない。
あのままハリーが手を取ったら、「ハリー・ポッター」とは英雄願望のあるうつけ者としてドラコは認知しただろう。

「感謝するよハリー・ポッター」

かの“名前を言ってはいけない(らしい)あの方”と敵対するであろう子供。
君は俺を嫌う。俺も嫌う。
これで俺らは敵。互いに意見の合わない存在として学校で過ごすこととなるだろう。
それこそが狙い。
友達でもない。ましてや犬猿の仲ならば、よけいに自分は彼がこれから巻き込まれるであろう事件に巻き込まれずにすむ。

それは遅れてくるであろう病弱な弟を守る手段でもある。

ドラコはそのことを心の底から喜んでいたため、喜びを隠すために必死で表情を引き締めたていたのではためには手を払われ険しい表情を浮かべているように見えた。
ただひとり、ドラコの笑みに気付いた人物を抜かしては。

(・・・・・・みごとなまでにひねくれてる。本当に悪やくっぽすぎるよディー!?)

ドラコの本当の性格を知っているからこそ、心の中で激しくつっこみつつ笑いをこらえていたネビルだった。
 そしてハリーとのやり取りに子供たちが非難めいた視線をドラコに浴びせる中、タイミングよくトンガ張り防止の魔法教師が戻ってきた。
女教師は元凶と思われるドラコの肩をたたき、ハリーと距離をおかせると、すぐに子供たちを静め扉へ向かう。

「準備ができました。ついて着なさい」

 そのときチラリと振り返ったドラコとネビルの視線が合い、ドラコはさも楽しげにウィンクをするとクスクス笑みを浮かべて列に戻っていった。
ネビルはそれに思わず苦笑するしかなかった。

そうして食堂への大扉が開かれる。










【その言葉は】

(ねぇ、さっきの「汽車で聞いた話はどうやら本当らしいな」ってボクが言ったから?)
(ああ。イイネタになった)
(ネタって・・・ハリーに悪いことしちゃったかなボク)
(バカか?あれは“傷のある男の子”だ。ゆえに【トクベツ】だ。
ましてやここは学校。名を呼ばないことなど一度だってあるわけはないだろう。ここにいる限りあいつがハリー・ポッターだと周囲が認知するのは絶対だ。それが早くなったか遅くなったかの違いだ)
(君がブラコンだってことは誰も知らないのにね)
(・・・・・・)








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