劇場版 『セレビィ 時を超えた遭遇』 |
――森の声が聞こえたら、けっして動いてはいけないよ 森の入り口でパンをくれた女性が言っていた言葉を思い出し、緑の子供は顔をひきつらせた。 赤い子供は不安そうに、腕に抱いているヤドンの子供をより強く抱きしめ、その桃色の背に顔をうずめる。 とある森の社の正面。 そこには赤と緑の少年が、ただただ呆然とたたずんでいた。 双方ともに7,8歳と幼い子供たちである。 「ぴちゅ、ぴちゅぴちゅぴ?」 「やどぉ〜?」 「“森の声”って、ポケモンの『技』のことだったのか…」 「……」 片方の赤い少年は、ふわりとした赤いリボンをしっぽにつけたヤドンの子供をギュッと抱きしめている。 その肩には、ふわりとした柔らかさはないものの凝った意匠のある緑色のリボンを、耳のつけねにつけたピチューがいる。 「どうすんだよレッド」 「……」 《なんでオレにきくわけ?》 「ポケモンを経由して語るな!口でしゃべれよ!っで?どうすんだよ!ユキナリ消えちゃったんだぞ!!」 《…そのうちもどってくるよ》 「そ、そうだよな。そのまま行方不明とかあんないい奴がなるわけ」 《良心的なセレビィだったらね》 「おいぃ!!!」 小さなヤドンをだきしめつつ無表情な赤色の少年が、ポケモンにテレパシーを使わせて、その声を直接隣の少年の脳に届けている。 それに激しくツッコミながら淡い髪の緑目の少年は、どうすればいいんだと頭を抱えてその場に膝をつく。 赤いTシャツに赤い帽子。黒い髪に無表情無口な――電波な少年はレッド。 淡い茶色の髪を逆立て、黒に近い緑の長袖シャツを着こんだ緑目の少年は、グリーン。 レッドとグリーンはまだ10歳には程遠かったが好奇心が勝り、ユキナリという少年の旅にくっついてきたのだ。 ユキナリは、いつもスケッチブックをもっていて、グリーンと同じ髪色をした大人しい少年である。 しかし今レッドとグリーンの側には、保護者でもあるもう一人の少年の姿はない。 これはむかしむかしの物語。 少年たちがいるこの時代は、まだ図鑑もなければポケモンの生態に世界は詳しくなく、赤と白のモンスターボールが開発されるよりも数年前のことだ。 水筒のような形のモンスターボールをリュックにいれて旅をする彼らは、ユキナリをのぞいてまだ十歳になってもいない幼いこどもたちだ。 最年長のユキナリでさえ、まだ11歳でしかない。 この年齢で旅をする者も少なく、トレーナーになるのにルールもまだほとんどなかった――そんな時代のこと。 アニメの主人公であるサトシが生まれるよりも、これは四十年も前。 あるとき、ある森で、ひとりの少年が、旅の途中の森の中で、ポケモンの〔ときわたり〕に巻き込まれて姿を消した。 ********** 「――その後、ユキナリは帰ってくることはなかった。パチパチパチ。おしまい」 「おわるなっ!! そこでしゃべるんかよ!ってか、不吉なことを言うんじゃないっての。このバカレッド!」 《でもオレたち“覚えて”るよ?》 「…まぁ、そうなんだが」 相変わらず口ではなく他力本願で語るなレッドに、グリーンはどこからとりだしたのかハリセンで殴ってのツッコミを炸裂させている。 そんな幼馴染みたちに、ユキナリはおかしそうにクスクスと笑う。 二人の目の前にこうしてユキナリは戻ってくることができたが、レッドとグリーンの記憶の中には『森の声とともに消えた幼馴染み』という、 彼がいない間の四十年分の記憶があった。 それは〔ときわたり〕で “一人の少年が戻ってこなかった” 間に流れた時間。 けれどユキナリは再び〔ときわたり〕で元の時間に戻ってきた。 それにより、その “一人の少年が戻ってこなかった時間” が “ないもの” となったのだ。 いわばパラレルワールドの「もしも世界」の記憶を引き継いだというのに近いだろう。 本来であればその事実がなくなった時点で、消える記憶だ。 しかしレッドとグリーンの中には、リセットされることなくその記憶はしっかりと残っていた。 グリーンの肩にのっている緑のリボンをしたピチューと、レッドの腕に抱かれている赤いリボンをしたヤドンには、彼らの言葉に不思議そうに首をかしげていることから、 パラレルワールドの記憶はないようであるが。 ユキナリにとって、レッドとグリーンは、騒がしい年下の幼馴染みであった。 しかし〔ときわたり〕から戻ってみれば、十歳にも満たないはずだったの子供たちは、 外見的にはなにも二人は変わっていないのに、ずいぶんと落ち着つきを身に着け、すっかり大人びた雰囲気をまとっていた。 ただの子供でしかなかったグリーンとレッドは、パラレルワールドの記憶により、経験と知識を得たのだ。それが四十年分の記憶から得たものである。 そうなってしまえば、外見に変化がなくとも彼らは子供のままではいられない。 ユキナリからしては弟のような存在が、一週間ほど見ない間にすっかり内面だけ成長してしまったのが残念に思えた。 それでも相変わらずの赤と緑のボケとツッコミ具合を見ていれば、自分より大人びてしまっても彼ら自身は何も変わっていないのだと気づき、 ツッコミのキレがよくなったぐらいの変化だと納得した。 《「っで?ユキナリはどこでいったいなにをしてたのさ?」》 「まねするなよ」 《してない》 「…お前は!だから口でしゃべれよこの他力本願ちゃんめ!」 「“未来” は、楽しかった?」 「しゃべるんかい!?」 「あはは。よかった。“別の記憶”があっても、二人とも全然変わってないね。 そうだね。レッドの言うとおり、とても楽しかったよ。 トワさんのパンは40年を超えても、冷めてもとっても美味しかったし。それにね。あっちでね、ボクは…とても素敵な出会いをしたよ。 大事な…友達ができたんだ」 ユキナリは四十年分の歳月をこえてしまい再び手元に戻ってきた古びたスケッチブックを愛しむように撫でながら、柔らかい笑みを返した。 それに満足そうにレッドが頷くも、ふとグリーンとユキナリの視線が赤い彼に向かう。 「「ところで。なんでユキナリ(ボク)が未来にいったって知ってるんだ(い)?」」 「……」 「返事しろよ!」「う、うん。そこは、ちょっと返事してほしいかな。さすがにボクも気になるんだけど」 ギュっとヤドンをだきしめながら視線をそらずレッドに、グリーンがつっこみ、ユキナリは困ったように苦笑を浮かべた。 「ぴちゅぴ〜」 「や〜どぉ〜ん」 グリーンの肩に乗っていたピチューがやれやれとばかりに肩をすくめる。 それにヤドンがめずらしく動き、もっともだとばかりに頷いたのだった。 ********** 「いっちゃったな。ユキナリ」 「うん」 「しかたないさ。彼には彼の時間がある。待ってる人もいる」 「四十年か…今頃ユキナリはどうしてるんだろうな」 過去からタイムスリップしてきた少年を友と呼んだアニメの主人公は、涙をこらえて、セレビィの〔ときわたり〕を見送っていた。 サトシたちの前には、スィクンにより美しさを取り戻した湖が、緑の波紋の光を微かに残してキラキラと輝いていた。 ・・・・・。 〔ときわたり〕の波紋がいまだキラキラと……。 ********** なにかを知っていそうなレッドを問い詰めようとしたオーキド一族が二人。 それにジリジリと後退をしていたレッド。 幼いヤドンが主を守ろうと、ゆっくりとした動作ではあるものの指を持ち上げようとした。 〔ゆびをふる〕でも使うつもりだったのか。 なおヤドンという種に〔ゆびをふる〕は使えないので、きっと別の技であろうが。レッドの腕の中の彼に攻撃意志があったのは間違いない。 グリーンのピチューも二対一は卑怯だとばかりに飛び出そうとした。 まさにそのときとだ。 「びぃ?」 「「「!?」」」 木々の影から一匹のポケモンが嬉しそうに飛び出してきた。 そして―― 「びぃ〜っ♪」 「ユキナリ、レッド!にげるぞ!!」 「う、うん!」 「だっしゅ」 「ぴちゅー!」 「やど〜」 ついさっきのような。 四十年前のような。 子供たちにとっては、そんなどこかでみたことのある光景が、ポケモンが指を振るのと同時に広がった。 ゴーーーンと鐘の音とが響き始め、森は緑の輝きに溢れ出す。 ********** 湖をみつめていたサトシたちの背後。 残滓として残っていた〔ときわたり〕の光が、一瞬輝きを増したかと思いきや―― ドサドサドサッ!! 「いたっ!」「ぴちゅっ!?」「やどっ」「…10点」「ぐはっ!レッド!ヤドン!お前ら、人の上に着地すんじゃねーよ!!」 「「「え?」」」 サトシ、カスミ、タケシの背後で何かが降ってきた。 それとともにクルリと宙に踊り出すは緑のらっきょう――セレビィだ。 「びびびびびびぃ〜♪」 「「「セレビィー!?」」」 「なんでここに…って、え?ゆ、ユキナリ!!さっきわかれたばっかじゃん!なんでいるんだよ!?それに…… だれだ?」 もうひとつの史実はこう語る。 行方不明者の子供は複数だと。 ――時のまよいごは、“ひとり” ではなく “三人” だったらしい。 |