字春が海賊になりまして |
【 シリアス ルート 】 〜 side 春に成り代わった字 〜 気付いたらあら不思議。 すってんころりんしてないのに気づいたら、どこかの建物の陰に自分はうずくまっていて。 ピ?とくっついてきたホケキョくんになぐさめてくれる。 ここは海の上で争いが起きる―――海賊と海軍のいる世界。 海賊だから、悪。 海軍だから、正。 それが絶対であると誰が決めた? なにが正義か悪であるかに絶対はなく、他者への価値とは自分の心に従うものだ。 とはいうものの・・・ 隼〈大丈夫かい春?〉 字『大丈夫くない。もう最悪だよ隼・・・帰りたい』 しゃべったのは、緑の小鳥。 ホケキョくんの口から魔王の言葉がこぼれる。 白き魔王こと隼による異世界へすってころりんはもうすっかり慣れた。 だけど、今度の世界は有り得ない。 長くいたくない。 感覚からするに、この世界はオレたちがアイドルをしていた世界とは全く違う世界だ。 海の音が近い。 自分の手のひらを見つめていれば、なんと小さな手だろうか。 字『隼、これってもしかして、“こっちのオレに憑依した”・・・と思う?それとも体ごときちゃったかんじかな〜。なんか縮んでるけど。 そういう問題以前に、なんだかすごい嫌な予感がするんだけど』 あちらの世界で隼が、動物から逃げられるオレのためにと、魔界からいろんなものを召喚してくれる。見た目は目白に見えるホケキョくんはまさにそれ。だから今回の異世界転移のもついてこれた。 見た目はどう見ても目白だが、ホケキョとなく小さな小鳥。 ホケキョくんと名付けたそれに、オレの世界の隼が今は仮に魂を憑依させている。 そうすることで一人異世界に飛ばされたオレと交信を可能とさせているのだ。 隼〈残念ながら。こっちの春の体が消えちゃってね。しかもロジャーも始のもとから消えた〉 字『あー・・・やっぱり』 魂がかけずに、自分の中にきちんとした一つの存在として感じているからには、そうだろうなとは思った。 転生するたびにロジャーの蝶の痣が、動脈にそうように身体のどこかに痣としてでていたはずだから、いまも身体のどこかにその痣は浮かんでいるだろう。 腕を持ち上げても痣はないから、首か心臓かそのあたりにだろう。 でも、久しぶりの魂が自分の力だけで完全な状態の感覚。 字『ロジャー?』 声にこたえるように体からほんの少しだけ何かが抜け出る感覚、それが首元へと流れていき、首の裏あたりがチリっと一瞬熱くなる。 それに耐えて目を開けば、目の前にはふわりふわりと優雅に羽をひらいたりとじたりしている黒い蝶が青い光をまといながら目の前を飛んでいた。 頭上でピと小鳥がなく。 隼〈やはり彼もこちらに飛ばされたようだね〉 隼〈僕の力では、あまりこの世界に接触できない。でも、いつか迎えにいくから。それまで大丈夫かい春?〉 字『うん。だめでも頑張る』 通信がきれ、ホケキョくんはホケキョくんにもどってしまう。 字『・・・とはいったものの。どう思う爺様。どうみても、ここ“海兵さんち”って感じだよね』 頭の上にいる蝶の姿のロジャーにとえば、パサリと羽ばたきの音が返ってくる。 建物の陰からそっとのぞくと、水兵さんとばかりの水色と白の格好をした兵隊さんがあちらこちらにいる。 訓練してる声も聞こえる。 あきらかに“海兵”って雰囲気だった。 たまに「どこどこに海賊が出た!」「海賊を捕らえろ!」なんて声も聞こえてくるから間違いはないだろう。 さざ波の音が響く。 ここに長居すると気が狂ってしまいそうだ。 どんなにたくさんの世界を回って、自分を含めたたくさんの生死をみてきたとしても。 転生しすぎて前世の記憶があいまいになってきても。 魂に根付いて忘れられない光景がひとつある。 それはロジャーが処刑される瞬間の光景。 腹立つことに、ロジャーは処刑台の上で、最期まで笑っていやがった。 どうして笑えるの。 どうしておいていくの。 どうして・・・・ 思い出したら当時の感情があふれてきそうになって、そのまま記憶に飲み込まれかけた時。 ふわりと頬になにかが触れる感覚で、我に返る。 字『ロジャー・・爺様・・もうおいてかないでよ・・・お願いだからひとりにしないで』 視界に青い光がきらきら舞う。それの根源とおもわれる場所に手を伸ばし、手の中に納まった温かいぬくもりをそっとつつみこみ胸に引き寄せる。 字『どうしよう・・・ここにいたら・・・オレ』 海の音と喧騒にひきよせられてよみがえる記憶にひきずられて、正気をたもっているのもきつい。 もう立っているのもきつくて、そのままそっと黒い蝶をつぶれないようにだきしめたままその場にしゃがみこむ。 頭がぐらぐらして、手に力が入らなくて、気付けばロジャーが手から離れ、ふわりふわりとオレを心配するように肩にとまっていた。 ホケキョホケキョと小さな小鳥が誰かを呼ぶように鳴いている。 ぐらぐらぐら。 ああ、もう――― 「はる?」 ふいに聞こえた声に意識が戻る。 字『・・・はじ、め?』 朦朧としつつも視線を上げれば、なんだか白いスーツをっぽい、あれは制服だろうか。白い衣装の始がいた。 舞台衣装かなにかかとおもったけど、グラビの章は基本黒だ。 白い衣装って・・・ 字『魔王かよ』 黒の王様が白なんておかしいの。 そう思いながら、延ばされた手に、手を伸ばし返そうとして―― オレの意識は一度とぎれた。 * * * * * 春「ハジメ!こんなところにいたんだね!もう時間もない。いこう!」 始「ああ。そうだな」 それなりに階級を重ねたであろう証拠に、ハジメの胸元には、立派な飾りがついている。 ハジメはその飾りをむしりとって捨てると、肩にはおっていた白いロングコートを脱ぎ、それを足元にあるものにかぶせ包み込むとしっかり抱え上げる。 ハルはそれに不思議そうに首をかしげつつも今は時間がないとそれに対して言及することはなく、「船が出るよ」とハジメをせかす。 始「本当にいいのかハル?」 春「もちろん。後悔はないよ」 走りながら問えば、しっかりした意志の強い目がむけられる。 しだいに人気のない場所につく。 普段はそこに船が着くことはないが、いまはハルとハジメを待ちわびるように、一隻の黒い船が止まっている。 それはハジメが率いる小隊のものだが、いま、二人に指令は出ていない。 ハジメとハルは、任務の途中で政府の機密事項をしってしまったのだ。二人はそのことを他の誰にも語ってはいない。 胸の内をすっきりするために愚痴のように語れば、語った相手も罪にとらわれることになる。 ならば革命を起こしたらどうかと思うが、その秘密をどうこうするには二人には力も時間も残されてはいなかった。 なによりその秘密により、二人は、政府に絶望した。 結果として、二人は政府に気づかれる前に、政府所属の軍を抜け出すしか道はなかった。 ハジメはこの場に、みきりをつけたのだ。 船に飛び移る間際、ハジメは一度振り返り、丘のにたつ要塞のような軍の施設を仰ぎ見る。 始「―――俺たちは二度とここへは戻らない」 まるで海軍に別れを告げるように言い切ると、ハジメとハルはためらいもなにもなく船へと乗り込んだ。 のちにその漆黒の船は、旗から海軍のマークがけされ、別のマークを掲げることとなる。 春「ところでハジメ」 始「なんだ?」 春「“それ”はなに?戦利品?なんてね」 始「おいおいハル。海軍を抜けたとはいえ、ずいぶん気が早いな(笑)俺たちはまだ海賊にさえなってないぞ」 春「えへへちょっとね、言ってみただけよ。でもそうだね。海賊になるのもいいかもしれないよ。 ただ逃げるだけなんて性に合わないでしょう、ねぇハジメ?」 始「そうだな」 もはや軍の階級も何もないただの白い布でしかない。 ハジメはそれを大事そうに抱え、船医の待つ部屋へと進む。 春「で、それ、なぁに?」 始「これはさっき拾ったんだ。きっと驚くぞお前。まずは海軍本部から距離を取ってからだ」 春「ふふ。それは楽しみだね」 その後―― 海軍基地から離れた、とある海域、漆黒の船の上。 ハルの悲鳴が響いたのだった。 春「えええぇぇぇーーーーーーーーーーー!?」 始「うるさい」 春「ちょ!ちょっと!!!ゆ、誘拐!?あのハジメ・ムツキが誘拐!?ハジメってばなに小さな子を誘拐してきてるのさ!これじゃぁオレ達本当の犯罪者だよ!」 始「落ち着けハル。よくみろ。連れてきたのにはわけがあるんだよ」 春「え?えええええぇっぇぇ!?」 始「うるさい」 春「うそ!?え!?だってこの顔って!?ええええ!?どういうこと?なんで・・小さい・・・オレぇ!?」 始「よくできました」 春「ど、どういうこと!?ただのそっくりってわけじゃ」 始「お前と間違って、“ハル”と呼んだら反応した。俺を“ハジメ”と呼んだから、間違いなく“春”なんだろうな」 春「えぇぇぇ!?ほんとうにどういうこと!?」 * * * * * ※このお花、「字」という真名の方では名乗ってません。 名乗ってしまうと、ロジャーさん(魂)も字の肉体もこちらの世界にあるため、世界に固定されてしまう。 と隼に言われ、字さんはもっぱら「ちび」とよばれています。 異世界転移の段階で、字さんは10歳ぐらいの子供になってしまっています。 この世界には魔力などあっても存在は認識されてないし、だれも使えません。 字さんとしては、「春」とよんでほしいけど、この世界にはもう「ハル」さんがいます。 だから誰も名前を呼んでくれません。 「花」ともよばれません。 あまりに長いこと「春」って呼ばれないものだから、字さんはしだいに自分が“誰”なのかわからなくなりはじめてしまいます。 字さんのSAN値がめっちゃやばいことに!? っで。 船室でひとり「かえりたい」とつぶやいたら、後ろの姿見の鏡が光り、そこにはなつかしい霜月隼のなんともいいがたい部屋が映し出され、 すぐに隼の姿も映った。 っで、会話をして。 字『オレ、たぶんこの世界で容赦とかできないよ? たぶん、向こうの世界の仲間と同じ姿の人がいても・・・オレ、オレは・・・・海軍であれば容赦はできない。 あと好きになることも絶対ないよ』 なにせ転生をするさいの精神安定剤であるロジャーは、某海賊世界の海賊王です。しかも海兵に公開処刑されています。 字さんはロジャーに依存しているのに、その死の現場を見ていて、あげくいまだにその記憶だけは忘れられません。 当然プロセラが、海軍だとわかると。 同じ世界では大切な仲間でも・・・容赦せず殺しにかかるレベルで、海軍にトラウマがあります。 鏡の中の隼はその話を聞いているので、苦笑しながら頷きます。 別の世界はとりあえずおいてこうと考えたようです。 隼〈うんうん。それはわかってるよ。しょうがないよ。 でも約束してね、ね、春。 必ず生きて。 そっちの世界の僕たちにつかまったのなら、逃げてきちゃっていいから。 いざとなったら一人ぐらい海に落としてもいいからね。どうせ泳げないなんて子はプロセラにはいないだろうから。 いてもそっちのカイがなんとかしてくれるでしょ♪ だからね、春。生きることだけを考えて。そっちの世界をどうしようとおもわなくていい。 ただ生きて。そうじゃないと僕たちはまた君と会うことができないからね〉 っと、字を元気づけます。 かなり字が精神的に参ってるなぁとはわかっているのですが、なかなか世界をつなげるきっかえがつかめないので迎えに行けないためです。 でも字に戻ってきてほしいアイドル世界の隼は、必死に字に約束を持ち掛けます。 字さんは約束をハンコできない子なので、自殺だけはしないでしょう。 隼〈その体も魂もこっちの世界の春のものだ。ロジャーさんも春も無事じゃないと、僕ら泣いちゃうよ〉 隼〈だから。生きてね春〉 っで、しばらくすると通信がきれてしまい、鏡は普通の鏡に戻ってしまいます。 その鏡にすがるように、10歳ぐらいの字さんが泣きそうに 字『隼、隼、しゅん・・・はじめぇ・・・・お願いだから。おねがい、名前を、名前を呼んで・・・』 と、いやもう、泣いてますね。 気がおかしくなりかけてるので、泣いちゃってます。 本当のところ。 元のアイドル世界で、だれかひとりでも「字」って、字さん真名を呼べば、すぐにでも戻れます。 ですが、肉体と魂まるっと異世界にきてしまったので、むこうの魔力と世界の修正量の影響が出てていて、なかなか真名に誰も到達しません。 ぶっちゃけあの隼でさえ「字」とも「花」とも呼べず、アイドル世界ではもう誰も呼べなくなっています。 隼も必死で字さんの真名を探しますが、思い出せません。 だからまだもどれなくて・・・ 字『帰りたい。帰りたいよ』 と、字さんのSAN値がどんどん下降していくと。 まぁ、結論としては、次の通信の時が鍵ですね。 字さんは自分の名前をしっかり覚えてるので、ヒントをだして、それにより隼さんが思い出します。 それから12人に春さんを思い出させて、名前を呼んで。 無事帰還 ―――――っていう超濃厚なドシリアス展開もあった。 |