有得 [アリナシセカイ]
++ 字春・IF夢見草 ++
00. 三日月の夢
零れ落ちる涙は、まるで舞い散る桜の花びらのよう。
哀しみに震え閉じられた瞼は、まるであの空の三日月のよう。
飛び散る"ヒイロ"は誰の心が流した命の灯か。
まるで
まるで・・・・
これでは
まるで終末の世界ではないか。
〜 side 成り代わり春 〜
――たすけて
字『ん〜んん?』
年中組が夢見草という舞台に出ることが決まり、最近その稽古を始めた。
そのころから、なんだか夢を見てるような気がする。
夢のなかにはいつも大きな月が出ていて、桜の花びらがとても印象的なのだけは覚えている。
そこには、とっても優しくて、とっても辛い思いをしている子がいて。
その子は声を出すことができないから、周りの誰もその子の声に気づかない。
でも、いつも「たすけて」って、ずっと泣いてる。
背後にあるのはいつも―――三日月。
字『んーっと、さて。どうしたものかな』
夢見る小鳥はだれかしら。
なんて歌ってみるも、はたして助けを求めているのは、本当にだれなのか。
さっぱりだ。
そもそもその夢をみているのは、オレなわけで、つまり夢見る小鳥はこの場合、オレ自身ということになる。
まぁ、間違ってない。
夢は心の整理をつけるためとか、本心の表れなのだとかよくきく。
なにせ夢を見てるのは、オレなのだから。
ならこんな夢を見るのは、気づいていないだけでオレはつかれているということか。
オレの体調不良は基本的に始が関係してるから、始に「最近元気?寝てる?」と聞けば、答えは「当然だろ」「睡眠こそ俺の生きがいだ」というもの。
なら、疲れてるのはオレなのかもしれない。
それともオレ自身が気づかない間に疲れているのだろか。
夢を見るのは、オレがよく眠れてないせいか。
よくため込むタイプの人間は、ためにためまくると、心より先に体に不調がでるらしい。
ため込んだ覚えはないぞオレ。
オレは疲れていたかな?
毎朝、郁と海と一緒に走り込みをしているし、暇があればバスケしてるし、そんなに体はなまっていないはず。
じゃぁ、企画とか大学の授業とか、頭を働かせすぎた?
隼じゃあるまいし、お仕事嫌だなんて言わないようにしてるけど。まさかの仕事のしすぎ?
ストレスをためていた覚えはないのだけど。
はて?
それなら、最近こう体に違和感を感じるのはなぜだろう。
隼『春、よばれてるよ?』
春『ん?』
隼『なんだか、葵くんや夜もそうだけど。君たちに近いなにかにみんなよばれてるから気を付けてね』
春『ああ、なるほど。そういう意味の“よばれてる”ね』
寮で、隼がオレをみて驚いたような顔をした。
通り過ぎ際に、ありがたい忠告をいただく。
なんだか納得した。
始もオレも具合は悪くない。
でもやたらと夢をみる。
それもたぶん悪夢。
つまりオレは、そのオレを呼ぶ誰かに、共鳴というか感化されているらしいということ。
どうやら勝手にどこかの誰かと意識が同調してしまったようだ。
それを夢として見ているらしい。
あれから日付が少したって。
ほら、今日も誰かの夢を見た。
そのまま誰かにひきずられるのは、まずいと本能がわかっているから起きる。
どこの誰かもわからなければ、どうして意識が同調しているのかとか、意味がわからないことだらけ。
というより、もっと意味が解らないのは――
字『どうごまかすべきかな』
今回はちょっとやばい。
共鳴具合が以前より増しているのだろうとは思う。
その証拠に、そっとシャツ袖をめくれば、夢で泣いていた誰かが怪我をしたところと同じ個所、そこと同じ場所に現実でもこうしてまったく同じ傷が存在している。
意味が分からないと斬り捨ててしまうには、ちょっと痛い。
むしろちょっとというか、かなり痛い。
できたての新しい傷は、抑えても血があふれ出る。
字『シーツ、新しいの買わないとダメじゃん』
夢を見ていたということは、目覚めたオレがいるのは、当然オレの部屋のベッドの上である。
ボタボタとおちる赤に、勘弁してくれよと思わずため息がこぼれる。
オレのせいじゃないはずなのに。シーツ代がオレもちとか、マジで意味わからないよ。
な〜んて冗談はさておき。
この傷はきっとあまりにリアルすぎる夢のせいで、脳が現実と錯覚して、夢の中の登場人物と自分を重ねて勢いあまって現実の身体まで傷ついた。
科学的に考えれば、そう判断するのが妥当だ。
・・・と、いいたいところだけど。
そうもいかない。
困ったことに、こういうときばかり、超直感が働いてしまう。
超直感は「科学的要因にあらず」と非現実的な回答を述べている。
しかもその原因さえ、"なんとなく"分かってしまう。
何もまだ起きていないというのに、超直感のおかげで“答え”だけがわかってるところが困りどころだ。
字『はぁー・・』
こまったこまった。
いちおう、きちんと"帰って”きたいとは思う。
けど、へたをすると二度とこの部屋に戻ってこれないような気もして。
大切なものを二つ。
常に持ち歩くことにした。
目を閉じれば、ほら――
あの鮮烈なまでの赤い月が、脳を焼き尽くす。
だれかがないている――
あまたの未来を夢見て。
あまたの願いを諦めるように。
桜だけがすべてを見守っていた。
月だけがその"祈りの声"をしっていた。
夢見るだれかが閉じた瞼から、涙をこぼした。
それはまるで空に浮かぶ月のようで・・・
それはまるで散る桜の花びらのようで・・・
音もなく
静かに
また灯が一つか消える。